2009年11月 5日 (木)

James Yuill

<2009. 04. 25 @ Electric Ballroom, London (Camden Crawl '09)>

いささか旧聞に属するものであるが、例の「のりピー」事件で人々が最も衝撃を受けた映像は、酒井のり子氏がクラブのDJスペースで、ヘッドホンを耳に当てながらテクノ系の曲をガシガシとかけまくっていた、あの光景ではなかっただろうか。

なぜアレがびっくり映像だったかといえば、それはいうまでもなく世間一般の持つ酒井氏のイメージと、「テクノDJ」との落差をアタマのなかで瞬時に埋めることができなかったからに違いない。少なくとも、オレはそうだった。職業としての「清純派アイドル」は、暗黙のうちに突飛なことの許されないイメージ上の制約があり、それは突飛ではない世間の大多数を占める一般大衆の期待の上に成り立っているのである。まあ、あんなフツーの(かわいらしい、という意味で)顔してテクノDJはねえべ、ということだ。

一方、フツーの顔してるのに(まっとうな人に見えるのに)、何をやっても許されてしまうのはいわゆる「オタク」の世界の方々だ、と常々考えている。

この「ライブ道」ではオタク系ミュージシャンに対しては基本的にサポーターの立場を取っていることは、これまでも繰り返し述べてきたことである。オレはオタク感のある連中のライブを観るのが好きなのだ。自分の考えるヲタ系とは、ロッカーっぽくない見た目、それでいてある種現代のロックの本質を突くような新しい音楽をかなり粘着質なライブパフォーマンスで披露してくれるヤツらのことだと定義したい。

オレのココロの中で永遠の「オタク」ミュージシャン・ヒーローは Tom Vek だが、2005年に一度ライブを観たきりで、その後まったく消息不明になってしまった。ヤツの場合は見た目も本当に「オタク」そのものであったが、ライブバンド4名中ツインベースという構成はオタク魂を見せつけられた思いで、すっかり参ってしまった。いま何やってんのかなあ。

もちろん、オレの中では Lady HawkeFriendly Fires などもライブを観た結果、マイ「オタク」ミュージシャンの範疇にに入れているのでその範囲自体は決して狭くないのだが、Tom Vek 以来となる「本命」を探していたのもまた事実だ。そんな折、見た目がイキナリ「ヲタ」感全開の物件を発見したので、ことしの春先、Camden Crawl ('09) で様子を探ることにした。フォークとエレクトロニカのミックス音楽をやっている、James Yuill 氏のことである。www.myspace.com/jamesyuill Camden Crawl は2日間の期間、両日出演。初日は満員で会場に入れず姿を拝めなかった。すでになかなかの人気があるようだ。

MySpace の音源や、先ごろ発売されたアルバムを聴くと、比較的フォーク色が強く出ている感じがするのだが、実際にそのパフォーマンスを見た彼のステージを一言でいいあらわすとすると「のりピーのテクノDJ」のようなものだといえるだろう。音のたとえとしてはちょっと違うけど。もちろん、両者とも見た目が善良な市民であるにもかかわらず、のりピーには違和感があって、James Yuill だとしっくりくるのは、彼からかもし出される「オタク」感のせいである。いずれにしろフォークミュージシャンのオタクがエレクトロ系DJをやっている、という印象が彼のライブの醍醐味だ。アルバムと違って、打ち込みダンスのパートが多い。フォークギターを背中にしょってDJをやってるようなものなのである。

Tom Vek の「意表をつくバンド構成」とは違って、全て一人でおこなうDIYが James Yuill のスタイルだが、それゆえの「あたふた」感も含めてなかなか期待の持てるよいオタク・ミュージシャンに出会えた夜だった。

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@ Electric Ballroom

たぶん彼もいろいろなクラブでDJをやっているだろうと思うのだが、DJとしてはいわゆる薬物感のあまりしない稀有な存在といえよう。

今月はアルバムも日本発売となり、12月には来日公演を行なうようだ。James Yuill のアルバムをリリースする「もしもしレコード」は、その音楽ではなく彼がステージでダンスする姿を観て契約を決めたという。オタクの「キラー」ダンス姿を是非堪能してください。

2009年10月31日 (土)

Camera Obscura

< 2009. 10. 16 @ La Moroquinerie, Paris >

さて、ライブ道をライフワークとするオレにとって、世の中で最も興味のないことの筆頭に来るのが「サッカー」である。

もうすぐ50歳を大台を迎えて「天命を知る」に違いない年齢に達した昨今、いまだに「オフサイド」の意味を理解していないというのもいかがなものかとは思うのだが、ここまでくると意地もあるので、生涯サッカーのルールを解しない老人として死んでいくのが、ささやかながら開き直ったオレの夢である。まあ、自分にとってのサッカーとは、その程度の存在でしかないということだ。

もちろん、サッカーファンがパブで衛星中継放送を見ながら嬌声を上げるさまを見るのはほほえましいし、UK音楽フェスティバルの会場でお約束となっている「プレミアリーグ、今日の試合結果」がメインステージで主催者からマイクで発表されるたびに歓声とため息が湧き上がる光景も風物詩として楽しめる光景だ。もちろん、フーリガンの皆さんが興奮して会場を燃やしたりするさまをテレビで見るのも、血わき肉おどるイベントだといえるだろう。

とはいえサッカーと言えばなんとってもワールドカップだが、まあはっきり言ってオレの人生にはまるっきり関係ない世界での出来事だと考えている。従って、自分にとって生まれてはじめてのサッカー観戦が1998年のワールドカップ・フランス大会、決勝のフランス対ブラジル戦をサン・ドニの新スタジアムでの得意先接待(こっちが接待する側)であったこと自体、いまやほとんど記憶の中にのこってもいない。もっともそのときオレが座ったのは、最端の隅っこであったため、「せっかくこんな話のタネになるような試合を見るのなら、頼むからテレビで見せてくれ」と真剣に思ったものである。なんだかよく分からないうちに試合は始まり、そして終わっていた(ようだ)。

ただそのとき思ったのだが、どうせ見るんだったら、スコットランド・チームの試合を見たかったなあ、とふと頭によぎった。

サッカーのスコットランド代表。後から調べたらそのフランス大会を含めてワールドカップに8回出場し、すべて一次リーグで敗退している悲しい連中だ。そいつら自身に対する興味はもちろんなかったが、そのときのオフィシャル応援歌がなかなか心を打つものであったのだ。

Del Amitri のうたう [Don't Come Home Too Soon] (←もの悲しい名作PVです)。とてもナショナルチームの応援歌とは思えないほどに哀愁を帯びた曲調は置くとしても、「お願いだから、あまりはやく帰ってこないでね。」とはいったい何ごとだ。この歌を合唱するサポーターの切ない歌声が仮にスコットランド戦の試合会場を覆っていたとすると、さぞや相手チームも度肝をぬかれたに違いない。そして肝心のナショナルチーム自身も、切なくがんばって、そして散っていたであろうことを想像すると、やはりフランス大会で最も見るべきはスコットランド戦ではなかったか、と思うのだ。いずれにしても、ワールドカップ・オフィシャル応援歌史上における金字塔というか、最高傑作だとオレは考えている。そしてそれは、Del Amitri の才能もさることながら、スコットランド特有のちょっぴりうら悲しい調べと、そしてそれを応援歌としてよしとする「国民性」のなせる業だと思うのである。

来年開かれるワールドカップ南アフリカ大会。先月終わった欧州予選でフランス大会以降出場を果たしていないスコットランドチームはまたしても力尽きて敗れた。つまりわれわれは、Del Amitri 以来となる、こころに深く染み入る「スコットランドチーム・オフシャル応援歌」の誕生を、今回も逃してしまうことになったのだ。

残念ではあるが仕方ない。ライブ道としては、スコットランド・チームのご冥福をお祈りするべく、パリにやってくるスコットランド人ミュージシャンのライブを立て続けに訪れては、仮の応援歌というか、オレだけの「スコットランドチーム」応援歌をさがしに出かけたのであった。

以来、先月から今月にかけて、1990's Malcom Middleton 御大のステージを観たが、共によいライブではあったものの、スコットランド・チームの応援歌としては帯に短し・・というのが正直なところであった。前者は、もしかすると、実際にいい応援歌になってしまいそうで、ひょっとするとチームが本当に勝ってしまったりするのではないか、という恐れがなくもない。後者は、これは初めてライブを観たのだが 、さすがにここまでしんみり、「泣き」のスコットランド感100%を出されてしまうと、本当に敗戦選手たちの鎮魂歌になってしまうなあ。キツイ酒が飲みたくなる感じである。

そんなことを思っていた矢先、先日これも初めて姿を見たグラスゴーの中堅 Camera Obscura の歌う、非常にスコティッシュな、すこし元気で、それでいてすこしもの悲しい旋律は、演奏開始から瞬時にしてオレから「オフィシャルチーム応援歌」を歌うにふさわしいバンドとしてのOKサインを獲得したのであった。  www.myspace.com/cameraobscuraband 会場は人のよさそうなフランス人観客で満員のほのぼのとした様子であったが、歓声も大きく、なかなか人気のほどを見せつけられたかっこうだ。

ライブも後半になって、ボーカルのトレーシーアンが曲の紹介しながらつぶやいた珍しい一言が、オレの「ナショナルチーム応援歌を歌う資格のあるバンド」という判断に間違いがなかったことをなんとなく教えてくれたような気がした。

「今夜のこの会場(パリ)にもスコッツは観にきてくれているのかしら?是非、彼らのために一曲歌いたいと思います。」

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@ La Maroquinerie

演奏中「歌詞を忘れる」という大ハプニングがあったが、観客のやさしい応援で、もちなおした。日常生活でオレには厳しい態度を取るフランス人達も、彼らにはなぜか優しい。スコットランドチームの応援歌は、相手チームのサポーターをもほのぼのしんみりさせてしまうものでなくてないけない、と確信した。

年明け一月には初来日だという。

●ににさん、コメントありがとうございます。ライブ求道、活発にご活躍のことと拝察いたします。

そうですか、The Drums 観たんですか~。うらやましいです。評判高いみたいですよね。曲もおもしろいし。実はここのところ The Drums ならびに Girls 、Fuck Buttons と、ぜひとも押えておきたい新顔連中を立て続けに見逃しており、ちょっとしょんぼりしてます。ご縁をつなげておくために、先日レコード屋の店頭で、The Drums の7インチシングルだけ購入しました。プレーヤーがないんで、聴けないんですけどね。でもこうやって「お布施」を施しておくと、不思議とまた観る機会がめぐってくるものです。ただ同時に、こうした「願掛け」の効果を損ねないためにも、縁起の悪いライブはできるだけ観ないように気をつける必要がある、とも考えていますが。

ちなみに明晩(フランス11月5日)パリで Hockey がヘッドラインを務めるイベントがあります。自分がブログでけなしたバンドには「妖気」を感じるのでもちろん観に行きませんが、チケットは売れ残っているようです。

●ににさん、応援ありがとうございます。励みになります。

James Yuill のエントリーにも書き足したんですが、やはりライブにおけるステージ上の「踊り」や「動き」というのは人々のこころを揺さぶる大きな要素ですよね。ライブ道も突き詰めていえば、究極の「動き」を探す旅なのかもしれないと思っています。The Drums のくねくねを生で体感し、そして習得できるように修業したいと考えています(ひとまえでは披露しませんが)。

2009年10月17日 (土)

Hockey

< 2009. 06. 27 @ John Peel Stage, Glastonbury Festival '09 >

今年の初夏のころ、田原俊彦氏が23年ぶりに『自叙伝』を出版したらしいが、はたして日本では話題になっていたのだろうか。タイトルは『職業=田原俊彦』というらしく、中味を読まなくても氏の頑ななまでの自信にあふれた信念が伝わってくるようで、歳相応に分別のつきすぎてしまった中壮年同世代のオレからすると、この表題を見ただけで軽いめまいをおぼえそうな、どんよりしたエネルギーがこちらに伝わってくるのを感じてしまう。よく言えば「信念の人」ということか。まあ、問題はそんな「信念」に関心のある人が、残念ながら世の中的には皆無に近いであろうことを本人が認めたがらないように見えてしまうことである。なんというか、もっと良い方向で「過去の人」になるやり方もあったのではないか、とそんな気がしてならない。

ところでその本が出版された同じころ、オレは偶然にも田原俊彦氏のことを思い出していた。青空広がる今年のグラストンベリー・フェスティバルの会場でのことだ。

日本のテレビを10年ほどほとんどみてないので想像で言うのだが、おそらくいまどき「トシちゃん」のバカものまねで「あははははははは~」と例のおなじみのヤツをやってくれる芸人さんはほとんどいないだろう。だが今をさかのぼること田原氏全盛期には、「トシちゃん」のバカまねはお笑いさんの定番中の定番だったことを皆さんも覚えているはずだ。なかには本人を目の前にそれをやってドツかれていたつわもの芸人もいた記憶があるが、要は「トシちゃん」しゃべり、「トシちゃん」笑いというのは、一歩間違うと放送禁止感の漂うヤバい方向にさえ行ってしまいかねないほど、ネジの足りない人の代名詞と化しいていたのである。(類例:たこ八郎)

今年も早々とBBCジュールズ・ホランドのショー「Later」に生出演していた期待の大型新人 Hockey であるが、その番組を見ていたときはすこし「いかがなものか」感が漂っていたものの、Xfm で毎日毎日流れてくる曲を聴いているうちに、うーむこれはこれで今年のハヤリものとしては抑えておいた方がいいかな、ぐらいの気持ちにはなっていた。www.myspace.com/hockey  www.hockeyband.co.uk その日のグラストンベリーでオレがはり付いていた John Peel Stage に彼らが登場するというので、引き続き残って姿を確認することにしたのである。

出だしは・・・可もなく不可もなくの滑り出しか。まあ期待以上でも以下でもないものだったので、そのまま終わればこの「ライブ道」レポートに登場することもなかったかもしれない。

だが、最初の曲が終わってボーカルの Benjamin 氏が観客に語り始めたとき、オレの腰はくだけた。コイツ、「トシちゃん」しゃべりだったのである。詳しい内容は記憶してないが、だいたいこんな感じだ。→(トシちゃんものまねふうに)「ははっ、えっとねー、やっぱねー、ははは、今日はサイコー。」

これはいけません、これは。オレはそそくさとテントの外に撤収、チェアーを広げてぐったりと背中すわりしながら次の登場バンドを待つことだけに神経を集中させようとした。「可もなく不可もなく」と書いたが、オレが「せっかく観るのだからそうあってほしい」と思い込んでいただけかもしれない。だから曲を聴いた瞬間に「ヤバイッ、やっぱり選択を間違えていた!」とおもったことで、Benjamin の言動に、より厳しく臨んでしまった、ということはあるかもしれない。

まあ、個人的にはハズしたライブだったが、コイツにトシちゃんの名曲を歌わせたら面白いんじゃないかな、とか、Hockey の曲自体、けっこうトシちゃんの歌に似てんじゃねえの?などと考えていたら、いつのまにかステージ終了してました。

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@ John Peel Stage

♪「バイッバイッ、哀愁ディ!」

そういえば、アルバムの評価はNMEで10点満点中たしか4~5点というきわめて中途半端でどうでもよい得点であった・・・。

2009年10月14日 (水)

Man Like Me

< 2009. 10. 01 @ L'Alhambra, Paris >

< 2009. 10. 09 @ Round House, London >

現在のイギリスで「国民的バンド」といえば、いったい誰のことを思い浮かべるだろうか?もちろんいまでも姿を見ることができる連中、という条件の中での話しだ。

しばらく前に再結成ツアーを行なっていた Police なんかだと、あれはやっぱりバンドというより Sting を観にいく、ということになるんだろうか?U2 は「外国人」であるという以前に、「国民」というよりは「世界中の偉い人」のほうを向いているバンド、といえるだろうし。まあ、Sting にしても Bono にしても、世界的森林資源を守ったりあるいはアフリカの貧困撲滅を目指したりなど、なんとなく上から目線で壮大且つ正しいことを説教しているように見えてしまうのもいただけない。やはり「国民的」というからには地元に足のついた感じというか、親近感がないといけないのだと思う。

以前イギリスのTV番組の中で、道行く住人へのインタビューを見ていたときのことだ。マイクを向けられたその人いわく、「えっ!?Radiohead ってイギリス人なの?わしはアメリカ人だとばかり思い込んでたよ。」という恐るべきシーンに遭遇した。英国人とはいえ、音楽にそれほど造詣の深くない人たちからこのような発言が出てしまうのは、いたし方ないことなのかもしれない。もちろん、たとえこうした事実があっても Radiohead が持つその価値をいささかも損なうものではないだろう。しかし、ではあるがこの事実をもってして、オレは 彼ら を「イギリスの国民的バンド」とは呼びたくない、とそう思うのである。「国民的バンド」-それは単に「有名」で「高評価」、「影響力がある」というだけでは十分ではない、特別の栄誉を持った呼称なのだという気がするからである。

さて、ではいったい誰がその「国民的バンド」という呼び名に値するヒトタチなのか?オレの意見では Madness を置いて他にいない、というのが本日の結論です。

Madness。80年代の前半から中盤にかけて200週以上にもわたって数々の名曲を英国のチャートに送り込んでいた連中。当時のラジオのリスナーは、Madness の曲が流れてこなかった日はなかった、というくらいに強い印象があるのではないか。そしてなにより Suggs をはじめとした愛すべきキャラクターの面々も取り変えのきかない魅力だろう。そういえば何年も前、その Suggs も出演していた「Our House」というその名も彼らの屈指のヒット・ナンバーから取ったミュージカルをウェストエンドまで観にいったことがある。全編 Madness の曲をフィーチャーしたこのステージは、観客の紳士淑女もスタンディング・オベージョンで感動のうちに幕が閉じたことを覚えている。

幅広い層からの人気、楽曲のよさ、愛すべき個性、そして今年もオリジナルメンバーによる再結成で各地各国を熱狂につつんでくれた精力的な活動など、そういった理由で彼らを「英国の国民的なバンド」の候補と呼ぶのに不足はないだろう。しかし、加えてここが決定的だと思うのだが、Madness には強力な地元密着感というか、「ご当地」感があることが、彼らを「国民バンド」たらしめている最大の要因だと思うのである。

ミュージカルの「Our House」においても、その設定は当然彼らの出身地ロンドン北部のケンティッシュ・タウンだ。ステージの小道具の道路標識にはしっかりと「NW5」(Kentish Town の郵便番号)と書かれていた。もちろん、「Our House」という楽曲自体世間はみな彼らの「地元」のことが歌われているのだと知っている。そして Madness にはその名もずばり [NW5] という名曲さえもある。さらに彼らの代名詞ともなっているのがケンティッシュ・タウンのとなり街、カムデン・タウンだ。そこで初めてのライブを行なって以降、彼らはカムデンを根拠地としていたらしい。だから Madness といえばカムデン、カムデンといえば Madness というイメージが世間に定着しているのだと思う。そして、ケンティッシュ・タウン~カムデン・タウンというロンドンやや北部の狭いエリアに彼らの思い入れが集約し、地元に対するキモチが伝わってくることこそが、彼らに This Is England な「国民的バンド」として疑いのない支持を与えているに違いない、と考えているのだがどうだろうか。

さて、その Madness が初めてライブを行なった場所として有名なのが Dublin Castle というパブ兼ライブハウスである。当然ながらというか、店内には Madness の写真が飾ってある。比較的よく訪れる場所なのだが、店内に足を踏み入れるたびにオレは思うことがある。「80年代の Madness に会いたかったなあ、ここカムデンで・・。」オレはリバプールのキャバーン・クラブでビートルズのデビュー当時を観てみたかったなあ、などと夢想することはない人間だが、大学生だった20歳当時になんでカムデンに Madness を観に行こうとは思わなかったんだろうオレは・・・・などいった後悔はするのであった。レコードは家で毎日聴いていたのに。そんな負のエネルギーがオレの現在の「ライブ道」へのモチベーションになっていたりするのかもしれない、とも考える。

さて、いつも以上に能書きが長いのであるが、今月に入って今年のマイ・ベスト・ライブバンドに偶然出合った、というのが今日の本題だ。

Man Like Me www.myspace.com/manlikemeパリで VV Brown を観にいったら前座で登場してきた連中だ。その存在は以前から知っていたが、なんとなく食わず嫌いであった。自分の守備範囲の音楽をやっている連中ではない、という先入観があったのだ。だが、彼らのステージは主役の VV Brown を完全に食ってしまった、といってもいいだろう。オレも含めて観客のほとんどは彼らのことをよく知らなかったに違いないにも関わらず、だ。表現が適当でないことを重々承知の上で書くと、しかも打ち込み主体の Man Like Me の音楽とくらべてそれほど共通性があるわけでもないことも知っての上で言うのだが、むか~し初めてカムデンあたりで Madness のライブを観た人は、たぶんオレやその他の観客が、今日 Man Like Me を観て思ったのと同じような印象を持ったのではないか、今夜はいいライブを観たなあ、と感慨にふけったのではないかと想像したのである。そしてステージが充実していたことに加えて、いいバンドに出会えてよかったなあ、とオレは思った。同時に、たしかに80年代初頭に Madness を見る機会は逸してしまったが、今日こうして Man Like Me のステージを観られたからよかったではないか、と、そんな風に思ったのである。

ところで実際のところ彼らの出身地はロンドンのカムデン・タウン。いくつもの曲の歌詞に「Camden」の名前が登場する。今はもう貼り付けていないが、少し前までは彼らの MySpace に自分達がリミックスした Madness の [NW5] が乗っかっていた。しらべたところ、今年の夏の Madness の大型コンサートでも、前座を務めていたらしい。なんとなくノースロンドンご当地バンドとして世間的にも Madness の継承者としてみられているのであろうか? 両者の音楽性に共通項は少ないと書いたが、ラップ・ダンス・インディ・R&Bなどがミックスされた彼らのサウンドは、実は本当に「スカ」を中心にごった煮状態だった Madness サウンドの現代版なのかもしれない。だがそうした音楽的な側面よりも、ライブでの面白さ、あるいは愛らしい動きなどといった要素の方があえていえば「Madness」風と呼べるような気がした。最初は怪訝な顔で見ていた観客が(オレも含め)最後には鳴り止まない拍手と歓声を送っていたのだから、その「後継者」にたとえられる素質は十分といえまいか。

Man Like Me 。彼らが今後「国民的バンド」に成長するかといえば、それは難しいのかもしれないとは思うが、ぜひ応援はしていきたい。パリの直後、今度はカムデン・タウンで(再び別なバンドの前座として)再度彼らの姿を捕えることができた。期待通りに楽しめた、というだけではなく、新しいカムデンのローカル・ヒーローの登場を地元で応援できたのがよかった。なんとなく Madness の雪辱を30年近くたってようやく晴らせたような気がした。

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@ L'Alhambra

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@ Round House

この日のカムデン Round House ではメイン・アクトがおしゃれサウンド・クリエーターの Zero 7。観客の大半はうっしっしなかんじの若い男女のカップルであった。 Man Like Me のステージが彼らオーディエンスの度肝を抜いたのは間違いない。Chav系ファッションも相当場違いだしな。だが、ステージが終了時には大歓声を受けていたのはオレの予想通りであった。

PVも「捨てビデオ」無し、アルバムを買ったが「捨て曲」なしだ。だが、ライブはもちょっと面白いぞ

●アリさん コメントありがとうございます。 

カムデンのバス停あたりに、大麻売りの黒いヒトタチが半無尽蔵にいるのはまったくも困りものですよね。個人的にはあのへんの路上で酒を飲んでは突然奇声を発する大量の若者群のほうがイヤですが・・・。ただ、警官に歩行飲酒をとがめられ、酔った勢いで威勢をはるものの、警官から「そうですか・・・。じゃあ、罰金500ポンドね。はい。」といわれた瞬間、ちっちゃくなって缶ビールをゴミ箱に捨てる若者達の姿を見るのはたのしいカムデンでのひとときです。

2009年10月 1日 (木)

Reverend and the Makers

< 2009. 09. 17 @ La Maroquinerie, Paris >

「アニキィ、腹ぁちっとばかり出っ張りすぎでねえの?」

自分と比べて親子ほど歳の離れた若造がシャウトする姿を目の前にして、オレはそいつを「アニキ」よばわりをしながら独りでつぶやいた。先日パリのライブハウスで The Reverend こと Jon McClure 尊師率いる The Reverend and the Makers のステージを観たときのことである。www.myspace.com/reverendmusic www.iamreverend.com

オレが「アニキ」と呼んだのは、Jon McClure師が Arctic Monkeys の例のアルバムジャケット青年のお兄さんであるということが理由ではない。あるいは彼が一時期 Arex Turner とフラットシェアをしていたからといって、「男同士」系のアニキを疑っている、ということではもちろんない。彼が自らを「大口たたき」と言ってはばからない上に、The Reverend (牧師)と自称して周囲の迷える者たちに導きを与えようとステージ上で尊大なアクションを繰り返す姿を見て、おもわず「アニキ・・・」と口から出てしまったのだ。

たとえば観客に盛り上がりを強要するように、両手を広げてすばやく何度も上にしゃくりあげるしぐさ、にらみを利かせながらステージ上を無意味に徘徊するすがたなど、何をとってもイタイほどに「アニキ」感100%の男であった。それに加えてまじめに「二枚目系」のバンドをやってる人間とは思えないほにでっぱったビール腹を見て、オレはかなりたじろぎ、そしておもわずつぶやいてしまった、というわけである。

2年ほど前にちょっとしたブームとなり、デビューシングルはUKチャート8位。来日もこなし、サマソニでも姿を拝んだ人もいることだろう。ところで時は流れてこのたびリリースされたセカンド・アルバムはいまひとつ話題になっておらず、なんとなく「旬」の過ぎてしまった人たち、という感じは否めない。その夜、La Maroquinerie というライブハウスで月イチで開かれているインディバンド・イベントで、彼らはトリを務めていたのだが、このイベントとしてはかつてないほど集客上もさびしいものであった。そんな中での尊大な「アニキ感」と、彼の思いっきり出っ張った腹が、えもいわれぬハーモニーを生み出し、うら寂しい雰囲気づくりにたいへん貢献をしていたのである。なんとなく痛々しい様がオレの涙を誘い、演奏の途中で家路に向かうことと相成ってしまったのである。アニキィ、ちょっとばかりイタかったよ・・・・。

しかし、家に帰ってから落ち着いて考えたのだが、見方を変えてみれば、こうもいえるのではないか。すなわち、Jon McClure 師は一瞬かがやいては消えていくタイプの人間ではなく、ローカル・パブでビールをノンストップで飲みながら若いヤツラを説教してくだをまいているワーキング・クラスの親父を代表する歌手として、これからもず~っと説教オヤジ系シンガーをつづけていくのではないか。そしてアルバム2枚目にしてすでにそっちの方向に人生の舵を切り定めたために、もはやビール腹は必要不可欠な必須アイテムなのだ、と。そんなオヤジを必要とする人たちは少ないかもしれないが、これこそがまさに英国の風物詩とでもいうべきパブオヤジ(労働者階級)だと、みんなそれとはなしに思っているにちがいない。なんとなく「いてもらいたいミュージシャン」としてポジションを確立しつあるように思うのである。

イタさがつきまとうのは致し方ない。この寂しさ漂う感じこそがが本当の意味でのワーキングクラス・ヒーローなのかもしれない。(英国限定)

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@ la Maroquinerie

宍戸錠は悪役顔を作るために頬にシリコンを入れたが、我らのアニイは説教パブオヤジ腹をつくるのにビールを飲み続けたに違いない。ナチュラル・バイオ志向と見た(意味不明)。

2009年9月29日 (火)

Oscar-U その2

< 2009. 09. 25 @ Aux Disquaires, Paris >

フランスで「オスカルさま」といえば、通常日本人にとっては『ベルサイユの薔薇』に登場するオスカル・フランソワのことだが、オレにとっての「オスカルさま」は Oscar-U というささやき系のおじ様(推定オレより年下)のことである。www.myspace.com/oscarufr 

ついにその姿をパリのうらぶれたライブハウスで捕えることができた。場所は奇しくもオスカル・フランソワがフランス革命で命をおとした(ことになっている)バスチーユ周辺だ。ここ数年来自分自身のテーマ曲だと勝手に思っている [London Baby London] をご唱和させていただきました。いい冥土の土産ができた、とおもう。

ところで、この Oscar-U氏が何者か、どうしても興味のあるかただけこちらをクリックしてください→ Oscar-U その1 別に何者でもないけど。今日のところはとりあえず以上、です。

Oscaru

@ Aux Disquaires

左のムッシューがOscar-U氏、右のお姐さんが「ロンドンベイビロンド~ン」の方である。

Oscar-U その1

2009年9月25日 (金)

Koko Von Napoo

< 2009. 09. 16 @ Le Cigal, Paris >

世界的に景気が低迷する昨今、ひとり気を吐いているのが我が本邦の誇る「ユニクロ」である。

何と言っても「近いうちに何兆円企業になるぞ」と気炎をあげている鼻息の荒さで売り上げを伸ばし、新事業を成功に導いているのだからたいしたものである。日本やアジアはもちろん、ロンドンでは都心部に何軒も店舗を構えて繁盛しているようだし、先ごろできたオックスフォード・ストリートの旗艦店はその他の有名ハイストリート系ブランドの店構えに比べても決して引けをとらない迫力だ。ここパリでもいよいよ都心に旗艦店を作る、というのでかなりの話題にもなっているようだ。

ところでオレのようなしがないサラリーマンからほめられても別段うれしくもないだろうが、オレは実際ユニクロには感心していている。なぜかというと、今をさかのぼること約10年ほど前、一度はイギリス進出を試みて大失敗し、ほうほうの体で撤収していった姿を同時代に現地で見ているからである。

当時一挙に英国中に多店舗展開をした彼らだが、冷やかし気分で訪れたロンドン市内のお店でオレのようなファッション業界には全く明るくない者ですら、「こりゃあダメだな」と思わずにはいられなかった。理由は簡単で、「よいものを安く」という趣旨はわかるが、その時代の英国の「はやりすたり」には全く関係ない品揃えだったからである。更に驚いたのは店内にあったカタログを見たときで、ユニクロの思想とも呼ぶべき能書きの文章が延々と書かれてあるだけで、なかなか商品がでてこないようなものだった。当時鳴り物入りで有名プレミアム系スーパーマーケット・チェーンから有能な英人マネージャーを引き抜いて現地側責任者に据えたものの、「日本側の経営陣は全然私の意見に耳を傾けてくれない!こんなところでは力を発揮できないよ。」と、あっという間に辞めてしまったのも有名な話だ。

彼らユニクロが日本で成功した体験をそのままロンドンにもってきて、どこまで通用するかチャレンジしてみたい、という心意気は分かる。だがそのチャレンジをイキナリ多店舗展開してコストを下げようとしたものだから、撤収が「大失敗」に見えてしまったわけである。

彼らが偉かったのは全店撤収ではなくて、ロンドン市内の数店舗だけ残し、営業し続けたことだろう。つまり、あんまりは儲からないけど、この国で成功するにはどうしたらよいかを細々とではあるが観察を続ける道を選んだのである。その結果、遅ればせながらではあるが、やはり流行に乗り、流行を作り出すようにならなければならない、という当たり前の結論に至り、そのための方策をいろいろと打ち出した、それが今日の再起の兆しに現れている、といえるのだと思う。

もっとも、これがほんとうのリベンジとして欧州での成功をみるかどうか、その結論まではまだすこし時間がかかるだろう。

やはり大きくブレイクするにはミュージシャンなどの人気者の支持が不可欠だ。数ヶ月前に読んだ英国の雑誌で The Teeagers の Quentin くん、インタビューに応えていた。「今ボクのおすすめは、ユニクロかな。ジーンズとか。American Apparel が大好きなんだけど、あまりにもみんなが着すぎちゃってるからね。すぐ『あのブランド着てる』ってわかっちゃうんだけど、ユニクロだとまだみんなに気がつかれない。」 

つまりは、Quentin くんが「みんなが着てるから、もうユニクロやめた!」というところまでくれば、セールス的には大成功ということだ。人気者でもあり、そしてハイストリート系ファッションを楽しむという普通の若者でもある Quentin 君のような存在はユニクロとしても大事にしたいところではあろう。まあ、「どう大事にするか」ってのが、商売上はむずかしいんだろうけどさ。ともあれ、そんな「ユニクロ」ファンのミュージシャンが増えてくることを祈る。まあオレもバーゲンで買うくらいしか貢献はできないかもしれないが、がんばってください。

ところでその Quentin くんであるが、さすがフランス人だけあって、本人的に一番好きなブランドは A.P.C というフレンチ洋品店であるらしい。オレは買ったことはないが、日本でも人気のあるセンスよいブランドとして定着しているようだ。上述の Quentin くんのインタビューでもこのブランドの服を着て登場していた。そしてこの A.P.C は今年 The Teenagers をはじめいくつかのフレンチ・バンドの申し出により、彼らと組んで、オリジナルのFrench Band T-Shirts というものをこしらえ、それを日本でも販売しているようだ。なかなかかわいらしいTシャツではあるが、オレの趣味である Comanechi T-シャツや、Let's Wrestle T-シャツとくらべると、目指すところにかなりの隔たりは感じてしまうが、もちろんオレは A.P.Cのターゲットには入っていないのだろう。

ともあれ、日本の A.P.C ではこのバンドT発売に合わせて、それらのバンドを日本に呼んでパーティをおこなったとのことである。したがって、もしかしたらすでに東京でライブを目にした方もいるかもしれないが、そのときの来日バンドのひとつである Koko Von Napoo の姿を彼らの地元パリで目にする機会があった。www.myspace.com/kokovonnapoo このパリでも人気絶大な Metronomy を観にいったら偶然前座で登場したのであるが、今年はブライトンの The Great Escape にも参加をしており、そのときは観ることができなかったが、気にはなっていた。

で、ライブ自体の採点だが、今ハヤリの80年代エレポップ系のサウンドは、決して悪くはないのだが、このくらいの実力をもつバンドは英国に行けばそれこそいくらでもいるような手合いでもあり、あまりもう一度観にいこうと思えるようなものではなかった。すでにUKツアーも行なっているようなので、「世界基準」で判断するとすれば、残念ながら及第点には及ばなかった。

もっとも、A.P.Cというすでに確立したファッション・ブランドが、その出自であるフレンチ感を日本でさらに増幅させるための「装置」としてはなかなか的を得た選択だった、ともいえる。フランスのバンドというのは、ファッションという世界からやはり切り離されて見られることがない、ということなのだろうか。

ユニクロが目指すのは「日本のブランド」という小さなものではないのだろうし、日本のバンドのTシャツみたいなことになってくると、また独善的で変な方向に行ってしまうかもしれない(ごく局地的に、フランス人には「日本のビジュアル系バンド」でも受けるかもしれないが)。ここは、ユニクロを支持してくれそうなバンドの連中の中からベストの選択でバンドTシャツをつくってもらいたい。その選ばれたバンド・リストの「センス」が外れていなければ若者のアイコンになると思うよ。イギリスでも。

Kvn

@ Le Cigale

客との掛け合いは当然フランス語。当たり前ですが。なんも分からんかった。

ちなみにオレが自分のセンス一発で購入したTシャツはこれ。良識ある店舗で売れるようなものではないことは知ってます。Letswretretshirt_2 Comanechi_2

2009年9月23日 (水)

The Duloks

< 2009. 09. 05 @ Offset Festival, London >

皆さんはドリフを生で見たことがあるだろうか?ドリフ。言わずもがなだが、あの「日本のモーガン・フリーマン」とも呼ぶべきいかりや長介氏が率いていたドリフターズのことである。

残念ながら、オレは見たことがない。だがしかしそれはオレが単に田舎の小学生だったからで、都会にもし住んでいたのなら、親に頼んで公開収録に行きたいとせがんでいたことは想像に難くない。うまくすれば一度くらい「ライブ」で「なんだばかやろう」や「うんこちんちん」(ネタかなり古し)を見る機会に恵まれていたかもしれない、とも思う。

ところで今日オレが本当に尋ねたい質問というのは、バンドとしてのドリフのライブを見たことがありますか?ということなので、なかなか「イエス」というひとは少ないだろう。ドリフターズがメンバーチェンジを繰り返してコミックバンド路線に舵を切り、そしてわれわれが良く知るメンバー構成になったのが1960年代の半ば。そのころ演奏していたジャズ喫茶でライブを見た人というのは今明らかに還暦近い方々だということになるからだ。

良く知られるようにビートルズの来日公演の前座で演奏したときの映像は、いまだにテレビでも時々目にすることがある。そのころの彼らはほとんどカバー曲中心に演奏していたということらしいが、おそらくそれより少し前は、いろいろとオリジナルの曲もあったということである。

さてそんな、オリジナル曲を演奏しつつ、合間にコントを入れるようなライブを行なって人気を博していたであろうドリフを、おそらくは生演奏で聞いていたひとたちも世の中にはいるものなんだよなあ、どんな曲やってたのかなあ、などとふと想像してしまうような経験をした。

このところ局地的ではあるが徐々に話題になってきた女の子3人組 The Duloks www.myspace.com/theduloks 曲、言動そしてビジュアルと、どれをとってもコメディタッチではあるが、もちろんバンドとしての評価が高いのが魅力である。最近リリースされたデビューアルバムの評価はNMEで8点。ほぼ同じ時期のMUSE新譜が6点、アークティック・モンキースの3枚目が7点であることを考え合わせれば、なかなか将来を嘱望されていることがわかるというものだ。

9月の最初の週末、ロンドン市内からすこし北東部にぬけた公園でひらかれた、Offset Festival というイベントで、オレが楽しみにしていたバンドだ。このイベントは今年で2年目、土日の2日間で150近いインディー系バンドが中心となって7つのステージで演奏するというもので、オレは1日しかいなかったがそれでも25バンドほども楽しむことができた。もちろん The Futureheads や Metronomy、そしてThe Horrors なんかもでてくるので、全くの無名バンドだけというわけではないのだが、そのほとんどは今回初めて姿を拝んだような連中であった。

今回とらえた彼らのステージは相当衝撃的で、これはいかにNMEのアルバム評価がたかかったとしても、やはりライブを見てなんぼ、のまさにライブバンドと呼ぶべきものであったといえるだろう。

基本的にはいい加減な体操着みたいなものを着てでてきては、変なステージアクションをとり、ネタ満載の歌をうたうこと自体ですでにオモシロイのだが、かれらの真骨頂は基本的には「客いじり」にあり、しかも半分以上の曲ではステージから下りてきて客の真ん中で行なうので、気の小さい者にはまったくもって向いていないライブである。

われわれ観客が食らったのは、たとえばこんな感じだ。

「えー、今日は客席に友人の○○君が来てくれていま~す。こっちへどーぞー。彼はインド人なんだけど、顔、まっくろだねー。今日の会場で唯一顔の黒いひとですー。ずいぶん勇気あるなー、おまえ、こんなとこやってきて。」(みんな笑って、インド人本人も笑っているが、オレ自身も有色人種なので、やや引きつる。)

「今日は実はお客さんの中にシークレット・セレブリティがきてくれていま~す。」 すこしどよめく場内。「紹介します。△△(というバンド)のドラマー××君でーす。えっ!?みんな△△知らないの?」(このイベントは参加者6000人-推定-中、参加バンドのメンバーが1割くらいいるというバンド仲間感満載のフェスティバルで 、みんな「セレブって誰だ?」って思ったらその辺にうじゃうじゃいるバンドのお兄ちゃんだった、というオチで、指された本人は衆人注目でとても照れていた。そのあと、ステージ前まで引きずり出されてさらにいじられていたのは言うまでもない。)

一曲終了後、突然ドラマーがいちゃついている観客を発見して「なんだなんだなにやってんだ、そこ!」 それをうけてフロントのお姐さんが後を引きついだ。「なんだって?今晩はテントの中でコンドームがないけどいいかい?って、こっちが真剣に演奏中にそんな相談すんじゃねー。」

全てこんな感じでノンストップのステージは進んでいくのであった。

オレはいじられまくっている観客の皆さんの心情に思いを寄せ、こちらにタマが飛んでこないように身をかくし、しかしそれらの一部始終を見逃さないように機敏な臨戦態勢を取っていたため、面白かったのと同時にモノスゴク緊張した。終わってみたら曲の印象があまり残っていなかったが、これはオレ自身が彼らのライブにまだまだ十分追ついていけていなかった、自らの力のなさの証拠に他ならない。

だがしかし、何かひとつの時代の生き証人になったような気がなんとなくだけどした。ドリフの初期ステージを見ていた人も、もしかしたら同じような気持ちを持ったのかもしれない、と根拠無くそんなことを思った週末だった。

Duloks2

@ Offset Festival, Guiter Hero New Bands Stage

ちなみに今年になってからメンバーチェンジがあり、新しく参加のキーボードの方は Abi Makes Music www.myspace.com/abimakesmusic  という活動をしておられるようで、全く偶然ながら2年以上前に一度ソロ・ステージを拝見したことがあります。いわゆる「見た目天然」の方でした。こういう特異な才能というか業の深そうなキャラの人々が少しづつ自然に集まってはくっついていく東ロンドンの奥深さを感じないわけにはいかない。

他の観客が撮った当日の様子を Flickr で発見したぞ。 →コレ

あと、当日の様子を YouTube で発見。 [Bad Vegetarian] という名曲です。ちなみにオレの顔も観客の中に一瞬写っているのを確認。

それからこの [Octopus in Love] という曲ではタコ踊りを披露してくれたのがこころに沁(し)みた。

●コメントバックできないので、追記します。

なんとなく、あたっていると思います。首だけ浮いてます。

2009年9月 2日 (水)

The Big Pink その2

< 2009. 06. 26 @ The Queen's Head, Glastonbury Festival '09 >

< 2009. 06. 27 @ John Peel Stage, as above >

さて、ノエル・ギャラガー氏脱退宣言を受けてオアシス解散か、などということになっているらしいが、いまや何の驚きも感動もない出来事ではある。しかし一週間前の英国Vフェスティバルで恒例の「ドタキャン」が発生したにもかかわらず、この週末のパリ公演にけなげに足を運び、挙句のはてには開演直前のラストミニッツ・キャンセルを食らったフランス市民のみなさまの無謀な期待にはこころからお悔やみ申し上げたい、と思う。やられましたね。

さて、Vフェスティバルの翌日だったか、「のどを痛めたため」にキャンセルせざるをえなかったというリアム・ギャラガー氏のコメントが、NMEのウェブ・ニュースに載っていた。彼の発したメッセージはふたつ。ひとつは参加してくれたファンに対する謝罪。そしてもうひとつは、オアシスの不参加を受けて彼らの曲をステージ上でカバーしてくれたいくつものバンドに対する感謝の気持ちである。今回のVフェスティバルでは、スノー・パトロール (Snow Patrol)、キーン (Keane)、そしてMGMTなどのフェスティバル参加バンドがオアシスの曲をそれぞれカバーしたらしく、そのことに対して謝意を述べたのである。

もっとも彼のコメントにあったとおり、「俺はそのうちいくつかのバンドにはかつて『クソ』よばわりしたけどな」ということで、昔リアム氏にボロクソに言われながらも皆さん有事の際の助け合い精神というか、尊厳ある人間の態度というのを示したものなのであった。「いくつかのバンド」が誰なのか定かではないが、まあおそらく「キーン」は当確、で「スノー・パトロール」は当選圏内であろう。オレはよく知らんが。

で、これは美談と言えなくもないが、オレはカッコ悪い、と思う。別のインタビューで「これで本当の『仲直り』さ。リアムには自分達のプロデュースをやってもらいたいよ。」と言い切った、キーンのメンバーが、ではない。自分達がもしかしたら本当は『クソ』であるかもしれないのに、他人を『クソ』呼ばわりしたはてに、「今回、敬意を表する」とのたまったリアム氏が、である。世の中誰の助けを借りて生きていくか分からないのに、直接被害を受けたわけでもない他人の実名を挙げて中傷誹謗するのはいかがなものか、とも思うし、世の中キーンやスノーパトロールを「カス」だと思っていながらも、オアシスはもっと「うんこ」だと思ってる人も多々いるわけなので、そういうことに想像力が働かないクリエーターやアーチストには限界があると思うのである。

そんなことを考えていたら、先週のNMEの記事のことを思い出した。

今年何かと話題の The Big Pink であるが、いよいよ待望のデビューアルバムが発表されることになった。実は、このアルバムには彼らが世間広くの注目を集めるに至った、とあるシングル曲が収録されておらず、その記事ではバンドのメンバーが理由を述べていた。いわく、「あの曲はサビがスノー・パトロールみたいなカンジだったんで、ちょっと考えてアルバムに収録するのやめた。」だと。もちろん、ここでスノー・パトロールの名前はあくまで否定的な意味で使われており、要は、売れ筋狙ったような歌に聞こえるので、「作品」としてのアルバムには入れたくないと思った、ということだろう。

この思考回路の是非はともかくとして、ここであえて出す必要のない「スノー・パトロール」の名前をなぜ唱えなければならないのか。この文脈で意図を伝えたいのであれば、そのバンド名を出さなくてもぜんぜん通じるはずではなかっただろうか。

今年のグラストンベリー・フェスティバルで、期せずして彼らのステージを2回も観ることができた。シューゲイザーと言ってもなかなか守備範囲はひろいだろうが、このバンドの曲調には比較的ヘビーなものが多く、特にライブにおいては、ときどき演奏されるキャッチーなフレーズで我に返る瞬間がこのバンドの好き嫌いを決定付けるような気もする。シングルヒットしそうな音をときどき持ってくることは、「原理主義者」からの支持はあまり得られないかもしれない。しかし、スノー・パトロール調のリフかどうかはともかく、耳を引きやすい音もまたこのバンドの持ち味のひとつといえるだろう。であれば、「スノー・パトロール」だけをはずすのも、なんかかわいそうでないの?

自分の放ったコトバがみずからに帰ってくるのはリアム氏の「カッコ悪い」例をひきだすまでもない。自分と価値観の違うミュージシャンに対して名指しで非難めいた言動を取ることは、おなじミュージシャンとしは慎まれたほうが賢明であろう。このバンド、日本人の準メンバーの方もいるようなので、和をもって尊しとなす精神をぜひメンバー間にも説いてほしいと切におねがいいたします。

Bp

@ John Peel Stage

それにしても、「ボクは売れる曲を作る!」と宣言したスノーパ・トロールのようなバンドの行く末は、つねにこうした揶揄の対象であろう。もちろん今やオレも彼らの新譜を買うことはないが、最初のアルバムを買ったころは「通受けのいいバンド」という世間のイメージだったのになあ~。自分の中で「スノー・パトロールみたいな音」というのは、そのころの佳曲のことを指すのであって、The Big Pink がアルバムから省いた自らの曲ともまた違うような気がするのである。

● The Big Pink その1

2009年8月26日 (水)

Blur その2

< 2009. 06. 28 @ The Pyramid Stage, Glastonbury Festival '09 >

さて、UKフェスティバルの中でも荒くれ者の祭典として定評のあったレディングフェスティバルに、ここのところ異変が起きている。

昨年からメインスポンサー並びに運営主体が変わったこともあるからか、以前にはなかったような新しい施策がいろいろと取り入れられているのだ。たしかに観客がステージにビール瓶を投げ込んで、バンドのボーカリストをノックアウトしたり、暴力沙汰が原因の逮捕者が毎年何人も出るようなことは褒められるものではないだろう。しかし、10年近くこのイベントに通い続けた身からすると、なんとなくだが、「らしさ」というか風物詩が変わっていくような寂しさを禁じえないのも事実である。

昨年、イベントのウェブページを見て、オレは目を疑った。なんと、「会場内では火を燃やさないでください」ときやがったもんだ。8月とはいえ、最終週のイギリスは夜になると格段に冷え込むことがある。そこで、メインステージを見ながらも、あたりに無尽蔵に捨てられている紙ごみを集めて火をつけ、それを焚き火にして暖を取るわけだ。焚き火ができればそれを輪にして新しいコミュニティが誕生し、それまでは知らなかったもの同士がステージを観ながら皆で一緒に盛り上がる、とまあそんな光景があちこちで見られるのもこのイベントの特徴である。こういったことをやめてしまえ、というのである。

さらには昨年から始まった「グリーン・レディング」なる合言葉も、この荒くれイベントには本来まったくもって似つかわしくない。リサイクルの推奨やキャンプ用具の置き去り禁止、タバコのポイ捨てやめましょう!も、まあわからんではないのだが、改めて説教くさく指示されると興もさめるというものだ。挙句のはてには、「会場内の売店では、できるだけオーガニック・フードを買いましょう!」という忠告にいたっては、さすがのオレも噴き出さざるを得なかった。おまえ、キャラがぜんぜんちがうよ、と。

もちろん、鍛えこまれたレディングの観客達は、そんなことはどこ吹く風で、去年も焚き火の火の手はあがっていたし、あたり一帯ごみは捨て放題。毎朝その日のステージが始まる前に、会場をきれいに清掃してくれるクルーの皆さんには手を合わせて感謝しつつも、この雑然としたそれでいて自由な雰囲気がオレの好きなフェスティバルそのものだといってよい。リサイクル促進のために、紙コップにデポジットを取り、返却すると15円ほど返金してくれるシステムには、オレは反旗を掲げたい。今年からはペットボトルもだと。しかし、周りに捨てられた紙コップは自動的に中学生などの小僧が小遣い稼ぎで集めまくるため(バンド全く観てない)、結果的にゴミ激減→焚き火消滅の危機に直結しているのである。

思えば、こうした傾向が英国でもみられるようになったのは、もちろん「地球温暖化危機」などといった時代の影響ということは確かにあるのだが、UKフェスティバルのもう一方の雄、グラストンベリー・フェスティバルから少しづつ始まってきたような気がする。こっちの方はもともとヒッピーの祭典なわけだから、ナチュラルなことに対する意識は本来あったのにちがいない。一部過激さを伴う環境保護団体「グリーンピース」が協賛するこのフェスティバルは、「自然」を謳いながら、その実全く自然にやさしくないことをしている、とある日突然気がついたのだろう。ここ数年突然「テント用具は一切残して帰るな」「ゴミは分別して出せ」などと、唐突に説教じみたフェスティバルになってきた。

こういった本来「正しいこと」に対して異論を挟む権利をもとよりオレは持っていないわけだが、このイベントのオーガナイザーであるマイケル・イーバス爺さんから自然にかもし出されるなんとなくの「怪しさ」が、オレを意固地にさせていることは否定できない。このブログでもすでに何回か取り上げたこのおっさんは、「UKフェスティバルの創始者」というレジェンドとして受勲までしているわけだが、本来「ヒッピー」「ナチュラル」「グリーン」等々を標榜しながらも、ぐちゃぐちゃの(オレは好きだが)フェスティバルを今まで開催してきたくせに、最近の時代の流れに乗って突如正義の味方のような言動を取るようになったことが気に食わないのである。

オレ自身は参加したことがないので詳しくは分からないが、その出自からしてクリーンで整然としたものを目指している日本のフェスティバルだと、参加者の意識も含めてその意義の高さは理解できなくはない。だが、このマイケル爺さんのここ数年の「改革」は、それって自分の見栄えのこと考えて言ってんだろう的な、斜め目線でどうしても見てしまうのである。しかもこのおっさんの罪は、そうした言動が、なんとなく変な形でレディング・フェスティバルにも影響を与えてしまっているのではないか、という点にも認められるのである。

そうはいってもグラストンベリーは「お祭り感」がイノチなので、会場内で大型ろうそく(別名小型たいまつ)燃やし放題、ろうそく気球飛ばし放題、焚き火だ花火だとにぎやかなのだが、レディング・フェスティバルのほうはむしろなんだか良く分からないうちにいろいろな「禁止」を打ち出し始め、今度はその影響を逆に受けてグラストンベリーのほうが迷い始める、という事態が発生した。ここのところNMEで話題になっているのが、今年から「ステージ前の旗・のぼり」禁止を打ち出したレディングの決定を受けて、その実施前であるにもかかわらず、今度はグラストンベリーのマイケル爺さんが、「来年はウチも禁止にしようかのう」と発言したことに端を発する『旗』論争である。

ステージ前で大旗をふる行為は昔からあって、そのミュージシャンの出身国の観客が応援のために振る国旗や、バンドのプロモーション用の旗、あるいはここ数年観客のグループが自分達のいる場所を仲間(ビール購入中など)に知らせるための目印として、以前の「杖」様の小型のものではなくて、大旗をその役に立てているケースが目立ってきた。しかしごく最近では、単に旗をふりたいからふっているようなヤツが大勢いるようにしか見えないくらい「旗」の数が増えてきたのは確かだ。

これによって後ろ側に位置する観客が、ステージ上のミュージシャンを全く見えなくなるという事態が発生するにいたり、それを受けてレディングでは今年から「旗」を禁止にしたものとおもわれる。その効果が確認される前に、マイケル爺さんが「おれも」といったのが事の発端で、それに対してNMEが賛否の意見を募っているのである。賛成の者は「あとから旗もって割り込んでくるバカモノのせいでステージが見えなくなるなんて最低!」といい、反対の者は「そうは言うけどさ、イギリスのフェスティバルらしさがなくなっちゃううよ」という。

オレはまあどっちの意見も正しいとは思うが、マイケル爺さんがこ憎らしいのと、あと個人的経験により、「旗禁止」を阻止したい反対派であることをここに宣誓する。

毎年グラストンベリー・フェスティバルに通いながらも、ここ何年もメインステージである「ピラピッドステージ」には一瞬たりとも寄らないことが続いていた。もちろん観たいバンドが出てこない、あるいはすでに何回か見たバンドだ、などがその主な理由だが、年齢もあってあのあまりにも混雑した環境が「一日の終わり」としてはキツかったし、離れて観ればバンドが豆粒ほどにも見えないとこよりは、むしろ音がぜんぜん良くないこともオレのモチベーションを下げていた。そもそも夜半になって寒くなってくると、気力も衰えるというものだ。

ことしはしかし、気温が毎日暖かかったこともあって、自然と最後まで残って会場内をうろうろしていたのだが、最終日の Blur はなんとなく見てみようと思った。話題の「オリジナルメンバー再結成ステージ」でもある。そしてそれをピラミッドステージのできるだけ一番後ろから観ながら感慨にふけって雰囲気を楽しむのも悪くないだろう、と考えたのだ。

オレが位置したポジションはほぼ最後尾、演奏前はみなチェアーでくつろぐ子供連れのファミリーであふれるほのぼのゆったりスペースだ。バンドが登場し、大歓声が上がるが、このあたりで立ち上がる者は3割程度。立っても座ってもステージでわかるのはピラミッドの三角形だけ。ステージ上の人間が肉眼で確認できる距離でもなければ、ましてや埋め尽くされた「旗」だらけでそもそも何も見えるはずがない。音は割れ、風に流されるが、正直言ってオレは十分満足し、堪能することができた。Blur の再結成ステージという事実も多少は感動的な要素だったかもしれないが、日没前から真っ暗に変わっていくなかで、会場全体から受ける雰囲気がとてもよかったのだ。オレはとても満足して家路につく事ができた。

あちこちから上がる火の手やろうそく風船、そして何重にもはためく旗の波がその演出としてと最高だったことはいうまでもない。その「旗」が来年から禁止だ、という。だがオレは、そんな決まりごとはお構いなしだ!という無鉄砲なイギリス人が大量に出てくることをなんとなく願っている。UKフェスティバルの風物詩保存のために。

今週末は今年のレディングフェスティバルが開催される。本当に旗はなくなってしまうのだろうか?ここの客は紙コップのデポジットのような現世利益に走ってしまいがちなので、フェスティバル主催者が「旗」を掲げさせないための秘策を用意してくると、意外とすんなりその旗を降ろしてしまうのではないか、と心配しているのである。

Img_3608_1

@ The Pyramid Stage

Blur + 旗 (日没前)

Img_3611_1

@ The Pyramid Stage

Blur + 旗 (日没後)

で、以下Flickr からさがしてきたのがこれ↓

Hata5

Hata1_2

たしかに何にも見えませんが・・・。

ま、これとかのほうがもっとすごいかな。

Hata6

ただし、ここくらいまで前に行くと、良く見えるみたいですな。姿見たい人はがんばれ。

● Blur その1

«The Soft Pack

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