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2007年12月

2007年12月30日 (日)

年末年始

年も暮れまして、この日記風想い出ブログは、数日間休みます。年明け適当に再開しますので、また寄ってくれるとうれしいです。

今月(12月)はライブ道にはなかなか厳しい月でした。忘年会~送別会やらいろいろあって、この一週間でもチケットを購入しておいたのに見逃してしまったのが、Young Knives、Late Of The Pier、1990's などと、さびしい限りです。サラリーマン道も、また大事な道なのですがね。

来年も、バンドの「うんちく」や、CDの論評は極力さけた、単なる『見た目一発のライブレポート』をめざして書き進める予定です。ただまあ、「ライブ道」と言ってはみたが、ほとんどが「寄り道」なんだけどな。

良いお年を。

2007年12月29日 (土)

Jimmy Eat World

< 2007. 08. 24 @ Reading Festival '07, Main Stage >

なぜ Jimmy Eat World のステージを今年のレディングで見たのか、理由が全く思い出せないが、そういう不思議な出来事が、フェスティバルにはつきものである。そのステージでそのバンドを観る理由が自分には全く見当たらないのに、なぜだかそこに居た。そして、当然ながらステージには何の感動も覚えなかった、という具合だ。

たぶん、今年のレディング・フェスティバルは猛暑で体力も気力も失い、ずーっとテントの内側にこもっていたが、ようやく夕方になってさわやかな風が吹き始めた。外の空気を吸いに出たら、たまたま演っていたのが、Jimmy Eat World だった、という程度のことになるのだろう。そう考えると、もったいないことをしたもんだ。もっと別なバンドだったら良かったのにな、といまさらになってから思う。

実は自分としては彼らは「過去のレジェンド(というほどでもないが)」で、今年のフェスティバルのために再結成で特別公演を披露している、くらいにしか考えていなかった。ところが、当たり前ですが、現役のちゃんとしたバンドだったということを、あとから知ったわけです。なぜそう思い違ったかというと、ボーカルのお兄さんの髪型が、ある時代で止まってしまったような髪形で、まったく現役のバンドっぽくなかったからである。全く無知というのは恐ろしいものだが、オレは彼の髪型ひとつで瞬時にして、「このバンドは昔のバンドの再結成」と勝手に決め付けてしまっていたのであった。

彼等のステージに初めてふれて収穫があったとすれば、それは、「若作り」をライフワーク化しているオレにとって、ヘアスタイルの重要性を改めて教えてくれたことだと思う。会社に出かけるときと、ライブを観にいくときで、姑息ながらもビミョーに髪型に違いを持たせる、この肝の小さな行為が間違っていなかったと、すこし確認できたような気がする。意味不明ですが。

2007年12月28日 (金)

Foals

< 2007. 02. 26 @ Shepherds Bush Empire, London (with Young Knives) >

< 2007. 04. 19 @ NW1, London (Camden Crawl '07) >

< 2007. 08. 09 @ Victoria Park, London (Field Day) >

年の瀬である。今年一年間歩んできた道を振り返る時期になってきた。年齢のわりには、今年はよくやった、がんばったものだ、と思いたい。

さて、「2007年を代表する音」ということではすでに、Help She Can't Swim を10月13日のエントリーで披露した。今も考えは変わっていない。

バンドとしていちばん2007年っぽい人たち、となると、この Foals を推したいと思う。www.myspace.com/foals  www.wearefoals.com どちらも好きなバンドだが、一年を通してのベストバンド、という意味ではない。今年もいろいろなライブを見歩いた中で、『2007年』を「ひとこと」で記憶に残すとすると、彼らが一番適当だと思うのである。

Foals 自身は、かなりオリジナルな音楽をやっているという自負もあるだろうし、実際にそうだと思う。たしかに今年の2月、彼らをはじめて目にしたとき、その音楽的な傾向はもちろん、見た目にもかなり引き込まれるものがあった。

ギターストラップの短い「胸もち」で、細かい音をそれぞれが「つまびき」、そしてなぜだかみんなで輪になって内側を向きながら忙しくせわしない演奏をしている、頭のヨコが刈りあがったような人たち。とまあ、そんなところだろうか。暮も押し詰まり、周りを見回してみると、そんな連中だらけになっていた。みんな Foals みたいになりたいんだろうなあ、と思わせる昨今のバンド事情である。

今数え上げたそれぞれの特徴は、個人的にはどれも今風の、カッコのいいものだと思う。Foals だけが先駆者ではないだろうが、それらをすべて持ち合わせて代表しているのは確かだ。だがこのバンドの魅力の核心はもうひとつ別にあって、それはもったいぶるまでもないが、ボーカルの Yannis 氏である。出世曲[Hummer] の『振り付け』は、オレが25年ぶりに覚えたくなったダンスである。ともあれ、街で出合ったら「うわーっ、ちっちぇーっ」と思わず叫んでしまいそうな、Yannis 氏くらいのミニっ子が今年から来年にかけては「来る」のではないかとにらんでいるのだが、どうだろうか。

Foals2

彼等のMySpace より。

「ミニっ子」フロントマンは、ほかにも隠し玉があるので、また改めて。

● Foals その2

● Foals その3

2007年12月27日 (木)

Future Of The Left

< 2007. 05. 19 @ Kabuki, Brighton (Great Escape '07) >

2007年度のNME ベスト・アルバムの上位にランクされたのを記念に、彼らのことにも触れておきたい。 Future Of The Left、かなりの苦労人である。www.myspace.com/futureoftheleft  www.futureoftheleft.com なかなか男くさい、骨太インディ・サウンドの連中だ。たまには、こういうのもいいぞ。アンダーエイジのスリムパンツバンドばかり聴いているとバカになるぞ!

一般には、共にウェールズ出身のマクラスキー(Mclusky)と、ジャークルー(Jarcrew)の元メンバーが結成したバンドとして紹介されているかと思う。正直、Mclusky には何の思い入れもないのだが、Jarcrew の方は、かつてはかなりのお気に入りバンドであった。だから解散後メンバーの去就が気になっていたのである。今年の春先、NMEのライブ告知欄に『元Jarcrew』と小さな広告を出していたこのバンド。観にいく機会をうかがっていたが、早くも今年の Great Escape で名前を発見した。Artrocker マガジン協賛のステージである。

最前列で観た彼らは、とても Artrocker とは思えないような、けんかの強そうな外見と年季の入った演奏をしていたが、迫力と緊張感につつまれた、まずまずのステージであった。

Jarcrew でフロントマンを勤めていた Kelson は、今回はベースギターでサイド・ボーカルという扱いになっている。オレが Jarcrew 時代にお気に入りだったお兄ちゃんが彼なのだが、彼の持ち味である絶叫ボーカルと、感極まったステージアクションが影を潜めていたのが唯一のココロ残りである。多少脇役感のあるポジションなので、しょうがないといえばしょうがない。やはり会社が合併した場合、吸収される方の扱いがゾンザイになってしまうのは止むを得ない、ということか。今度はちょこっとだけ成功の兆しも見える。なんとか苦労が報われてほしいものだ。

Fotl

@ Kabuki での一こま。

もはや「幻のバンド」に成り下がってしまったJarcrew についてはライブも何回か見に行ったので、改めて書きたいと考えている。

2007年12月26日 (水)

Interpol

< 2003. 06. 28 @ Glastonbury Festival '03, The Other Stage >

< 2007. 08. 24 @ Reading Festival '07, Main Stage >

昨日とは逆に、「唄のうまい人」。

Interpol はアルバムを何枚出してもクオリティが下がらない、むしろどんどん良いほうに成長しているという、珍しいバンドだと思う。世間的評価はともかくとして、自分自身がそう思う現役バンドは、片手にも満たないのではないかと感じているからである。www.myspace.com/interpol  www.interpolnyc.com

バンドのボーカルPaul の歌声は、ライブで聴いてもしっかりと安定している。キャラクターはあるものの演奏能力がそれほど優れているバンドとは言いがたいため、彼の「ぶれない」ボーカルは、Interpol のライブをギリギリのところで「台なし」から救い上げている。うまいボーカリスト、という表現は正しくないのかもしれないが、この貢献度合いがオレから見て「唄のうまい人」というポジションを与えしめている大きな要因だ。

ともかくも、彼らを最初に観た2003 年のグラストンベリーでは、その演奏能力の無さに、本当にド胆を抜かされたものである。デビューまもなくとはいえ、期待の新人でもあり、The Other Stage という2番目に大きなステージに登場だ。そのような場所で、この演奏技能のレベルは、イベントの過去の歴史を振り返っても他に例が無いであろうことは容易に想像がつくものであったのだ。さすがにこのときは、Paul の歌声がカバーするとかしないとか言うレベルではなかった。

それから4年経ってみた彼等のステージ。演奏は、さすがにうまいとは言えないが、アルバムで聴くのとそう相違ない歌声のおかげで、フツーに楽しめるレベルのものになっていたのであった。そういうボーカリストを「唄がうまい」と呼びたいのである。ほめてるのか、けなしてるのか判らないけど。

2007年12月25日 (火)

Snow Patrol

< 2004. 03. 16 @ The Electric Ballroom, Camden, London >

いまさらではあるが、Snow Patrol 。実は個人的には思い入れのあるバンドであった。www.myspace.com/snowpatrol  www.snowpatrol.com

最初のアルバムは愛聴盤であったが、とにかく売れなかった。レコード会社もそれなりにプロモーションしてたんだけど。例の売れたセカンド・アルバムも、出たのは 2003 年。最初のシングル・カットもそんなには売れなかたこと、その後 2004 年になってじわじわと火がついてロングセラーの結果的大ブレイクであったことは、よく知られている通りだ。

そのときフロントマンの Gary であったか。カムデンの老舗ライブハウスを満員にして(キャパシティは500-800人くらいか)、これほどうれしかったことは今までの人生でなかった、と思われるくらいの感激をしていたのを覚えている。何度も何度も、「エレクトリック・ボールルームがこんなに満員だなんて・・・・。本当に信じられないよ。本当にうれしい。最高の瞬間だよ・・・。」と、感極まっていた。もちろん会場は大喜びだ。新作で彼らを観にくることになった客もいただろうが、彼等の不遇時代からの客が多かったからと思われたのである。このときの Electric Ballroom のチケットは、発売当初はあまり売れず、つまりしばらく売れ残っていて、ある日を境に突然プラチナチケットに変わってしまったというとても珍しいパターンであったことを思い出す。

さて、今日のお題は彼等の苦労話ではない。

「感激」していた Gary は、歌がめちゃくちゃヘタであった。そのときは感極まっていたからだろう、くらいにしか思わなかったのだが、今では世間の誰もが彼の歌は恐ろしくヘタだと皆知っている。しかもそれが「味」になっている。初めてのライブでそこまで見破ることができなかったのは、不徳のいたすところである。感激のあまり、うたがへろへろになっている、と良心的解釈をしてしまったのであった。

世界3大「ライブで歌のヘタな人気者」は誰かと考えたが、このギャリィ、そして、Super Furry Animals のグリフ 、それから Flaming Lips のウェイン、で決まりだと思うのだが、2007 年末を迎え、新御三家を選定する作業に入りたいとも考えている。もしかしたら、あまり楽しい作業ではないかもしれないが。

2007年12月24日 (月)

Reykjavik Nights

< 2007. 06. 17 @ The Luminaire, London >

Rwykjavik Nights というのは、もちろんバンドの名前ではない。アイスランドの首都名をフィーチャーしたアイスランドのニュー・カマーたちを紹介するイベントだ。アイスランドと言えば、言うまでもなく Bjoke であり、Sigur Ros なのであるが、彼等の成功が、国の経済を左右することに気がついたのであろうか、アイスランドには若い音楽家を海外で売り出していくためのサポートをする政府機関が存在し、このイベントも彼等の協賛なのである。www.myspace.com/reykjaviknightsinlondon 

もちろん、全人口が50万人足らずのこの小国で、無限に音楽的才能を持っている若者がたくさんいるわけではない。だが、イギリス人の作る音とはちょっと違ったバンドがいろいろと活動していそうなことは確かなのである。

今年の6月のイベントは、個人的にはベスト・ライブハウスの The Luminaire でおこなわれることになっており、興味もあって早々とチケットを予約したのであるが、予約が必要なほどの混み具合ではなかったようだ。出演バンドを MySpace でチェックしてみたところ、3バンドほど。そのうち活動の拠点がアイスランドにある連中がこの2バンドであった。

Aela www.myspace.com/aelaspace 

Trabant www.myspace.com/trabantofficial 

聴く限りではすこしヤバ目の空気が漂わないでもないが、そこから何かを見つけてくるのが「ライブ道」。明日の Sigur Ros 達がブレイクする最初の瞬間に立ち会えるかもしれないのである。

ところが結果的にはオレは「道」を踏み外して、ちょっと「ひよった」方へ行ってしまった。先日も紹介したように、ロンドンの中心部 Hyde Park でおこなわれる、O2 Festival という、ちょっとぬるいほうのイベントに行くほうを選んでしまったのであった。これはこれでまあ、そのとき初めて観るいくつかのバンドがあったし、それなりに楽しめたので、「失敗した」とまでは思っていない。

だが年の瀬を向かえ、今年の「ライブ道」は正しく求道できたかを振り返ったとき、コレを見逃したのはやはりいくつかの心残りのうちのひとつであった。来年に向けて、決意を新たにするものである。

なお、オレが「ココロの師」と仰ぐインディ・ダッド。年下ではあるんだけどね。彼のインディ道を究める姿勢はマネをしたくてもなかなかできるものではない。いまやアンダーエイジバンドにとっては、彼にライブをどう評価してもらえるかが、とにかく一大事だ。

インディ・ダッドはReykjavik Nights を観にいったようである。オレの負けである。完敗だ。ま、競える相手ではないが。< Indie Dad : Reykjavic Nights Review >

2007年12月23日 (日)

Das Pop

< 2007. 05. 05 @ Scala, Kings Cross, London (Chalk) >

Das Pop という、かなりビミョーなバンドを観た。www.daspop.com ベルギー人だということである。

クラブイベントで偶然見ただけなので、なかなかなんとも言いがたいのだが、基本的には何の特徴もないように思えるポップ・バンドだ。見た目も年齢もそうだが、演奏内容も「中堅」と呼ぶにふさわしいもので、ソツがない。これがフツーのときに観たフツーのバンドだったら、「つまらんね、コレ」で終わってしまうバンドである。

ところが気になる点がいくつか。(1)スカラでおこなわれる Chalk イベントは、通常は気鋭の新人バンドがフィーチャーされるため、個人的には期待も高いが信用もしている。そこが「セレクト」したバンドだ。 (2)ベルギー人といわれても、そもそもベルギーってなんだ?どんな音楽が話題となっているのか?なにか、イギリスにいるだけでは把握のできない、大きなウェーブがあるのか? (3)外見は「お笑いの人」風である。何を主張したいのか、裏の目的があるのか?

本来まわりの風評にとらわれず、自分の経験とセンスだけを頼りに、ライブの見た目だけでバンドを評価していこうというのが、オレの基本スタンスであり、いままでこのブログでもそうしてきたことなのである。

だが、ときどきまだこうして「迷う」物件に行き当たることがある。ダメなバンドにしか見えないのだが、まだなにか自分に見えていないものがあるのではないか・・・・。

まだまだ修行である。また、自分自身を振り返る機会でもある。それがライブ道。

Das_pop

せっかくコメントをいただきましたが、わたしの方からコメントバックできないので、ここに追記します。指摘のあったスーパーマン写真を探して発見したので貼り付けました。コレはやっぱりやっちゃあいかんのではないかと、わたしも思います・・・。 (2008. 01. 17 funga77)

2007年12月22日 (土)

Maps

< 2007. 05. 30 @ Koko, Camden, London (with Blonde Redhead) >

< 2007. 08. 26 @ Reading Festival '07, Carling Stage >

自宅のベッド・ルームでの宅録で、ことしのマーキュリー・ノミネートに輝いたと話題になっている Maps 。こと本名 James Chapman 氏。 www.myspace.com/mapsmusic  www.mapsmusic.com

実は今年3月に The Earlies の前座としてパリで演奏することになっており、チケットを入手して楽しみにしていたのだが、急遽ロンドンに戻る大仕事が発生したのでその前売り券は無駄になってしまった。なんとか次の機会を、と狙っていたのだが、5月の末に Blonde Readhead の前座でUKツアーをしており、再びチャンスがやって来た。久々に観るのが待ち遠しかったミュージシャンだ。

宅録なので、基本は一人で全部こなせる範囲の音楽である。MySpace ~ ミニアルバム ~ フルアルバムと聴いていて、曲作りや曲の内容ががどんどん良くなっている。そう気づいて思ったのだが、宅録のメリットは、なんといっても一人でやっているので、取り返しというかやり直しがすぐできることですな。ちょっと何かのアイディアを思いついて、曲に厚みを持たせたりすることが、手間的にはかなり簡単にできるはずなのである。

一方でライブのほうだが、これはフルメンバーのバンド構成であった。生ドラム、すなわち打ち込みではなく人間が叩いていたのである。しっかりとしたライブ構成で、CDとはまた一味ちがった楽しみ方ができて、大満足であった。観客も大喜びだ。作曲から録音までは自宅のベッドルームで完結するのだが、ライブ・ステージの準備のために練習スタジオにこもってくれているはずなので、彼の音楽に対する姿勢が良く現れていてうれしくなる。今後も「宅録」と「バンド・ライブ」の両輪でがんばっていってほしいと思った。

Maps_2

彼等の MySpace より、ライブ風景。こんな感じです。

Reading Festival のステージもなかなか良かった。ひとつだけ残念だったのは、同じステージで彼等のあとが、Kate Nash だったことだ。大ヒット曲がでた直後でもあり、彼女を観る準備のために、多くの観客が Maps のステージの後半にかけてなだれ込んできたのである。その多くは「テレビに出ている芸能人の Kate Nash 」を観に来たぬるい連中で、他のバンドには興味も知識もない。そんなやつらが Maps のステージにぎゅうぎゅう詰めに押し込んできたのである。挙句の果てに、オレの前後に現れたのは、ステージを観るためというよりも周辺の男性に色気をふりまくことを目的としたように踊りまくるパーティ・ピープル系の女性たちであった。気分が悪くなり、Maps 終了の余韻を待つ間もなく、テントから退散したのである。

以前観た Kate Nash の客層とは全く違うものとなっていた。これがお茶の間人気を獲得したミュージシャンが払う代償である。問題は、実際の代償を払うのがオレタチ観客だ、ということなのだが。

2007年12月21日 (金)

The Whip

< 2007. 04. 19 @ Dingwalls, Camden Crawl '07 >

< 2007. 04. 20 @ Barfly, Camden Crawl '07 >

< 2007. 06. 03 @ Koko, Camden, London >

今年はフジロックにも登場し、近頃は単独公演もおこなったようなので、日本でもすでにそこそこ人気者になってきたのではないか、と思う。The Whip 。実はオレも大好きなバンドなのだ。www.myspace.com/thewhipmanchester  www.thewhip.net

最近パリで過ごすことが多いのだが、フランスはなんと言ってもエレクトロ・ミュージックである。ライブイベントを観にいっても、大雑把に言って「ロック系」イベントか、「エレクトロ」系の催しに大別される。自分としては興味の対象がインディ・シーンなので、そういった「ロック系」のフランスのバンドもよく目にするようになってきたが、正直言ってなかなかここで取り上げて紹介したいと思えるようなバンドにはめぐり合わない。まだまだ層が薄いのだ。それに比べて「エレクトロ」系のイベントで出てくるバンドのほうが、フランスとしてのオリジナリティを確立しているように感じられる。さすが、Duft Punk の国だけある。

ところが、残念ながら、ここパリで観るシンセ系の音楽は、ビミョーながらも自分の趣味からハズレており、観ててもあんまり楽しくないことに徐々に気がつきだした。やはりオレが好きなのは、同じエレクトロニカのダンス系でも、もう少し、「バンド感」のある音だ。まさに The Whip の出すような音が好きなのだ。そういう意味でもフランス勢よりはイギリスの連中に軍配を上げたいと思うのである。

今年から2日間の開催になった、Camden Crawl 。半分以上のバンドは両日会場を代えて出演するため、「お見逃し」のリスクが小さくなった。プラス、お気に入りの場合には2日間続けて、という選択肢もありえるのである。基本的には新人バンドの『見本市』みたいなイベントなので、同じバンドを観るために時間を費やすのはもったいなかったりするのだが、この The Whip については、初日のステージを堪能したあとの2日目、他の会場は「アフターパーティ」に入るような遅い時間からの登場であったため、心置きなく2日目も続けて楽しめた。個人的には今年の Camden Crawl におけるハイライトのひとつであった。

彼等の演奏は見た目もそんなに派手なものではないのだが、不思議と魅力があるのは無条件に踊れるところだ。ダンス・ミュージックだから当たり前といえばそれでおしまいなのだが、自分としては The Whip の音楽をただの「ダンスミュージック」の枠には押し込めたくない。彼等のもつ雰囲気も、演奏の場所も、そしてオーディエンスも、普通のロックバンドとしての世界観を共有している。イギリスらしい「PUNK」フレーズが出てくるところも魅力である。泥臭いというか、ヘンに浮ついた感じがしないところが安心できるのである。そのへんがなかなかいとおしいので、微力ながらというか、実際無力なのだが、彼らがもうすこしブレイクするまで、積極的に応援していきたいと考えているのである。

Whip

彼等のMySpace ページより。

まだ2人組だった時代は、しばらくこの写真が彼等のMySpace キャラクターであった。この無理やりな笑顔がなかなかいじらしい、と当時思ったものである。

The Whip その2

2007年12月20日 (木)

The New Pornographers

< 2007. 06. 25 @ Glastonbury Festival '07, John Peel Stage >

めったに起こることではないのだが、確かにステージを観たのに全く記憶に残っていないバンドがある。バンドクオリティが低かったと言うことでは必ずしも無い。

ことしのグラストンベリー・フェスティバル初日の金曜日。午後の3時以降は John Peel Stage にこもりきり、Good Shoes, Tokyo Police Club, The New Porno Graphers, Hold Steady, Jack Penate と続けて観ていたのだが、なぜかカナダの中堅バンド The New Porno Graphers を観た記憶だけが何も残って無い。www.myspace.com/thenewpornographers   www.thenewpornographers.com あとからその日を振り返ったら、そうだっ、観ていた、とバンドの名前は思い出したのだが、ステージの姿がいまだに思い出せないのである。最近になってから彼等の曲を改めて聞きなおしてみると、なかなか良いバンドではないか。せっかく観たのに頭の中に残っていないなんて。もったいないことをしたものである。「ライブ道」の根幹に関わる話である。でもなぜだろう、とちょっと不安になる。

自分なりに理由を考えてみた。(1)バンドがカスだった。これはどうも違う。改めて聞きなおしてみてもなかなか魅力的な曲が多い。(2)オレのアルツ。これはそろそろ50歳の大台と言うのも射程に見えてきたことを考えると、年齢的にもありえない話ではない。しかしこれも違う(と信じたい)。(3)そのとき「廃人化」していたか、「心身こう弱状態」に陥っていた。実はこれはありえない話ではない。考えながらすこし思い出してきた。

以前のエントリーで書いたとおり、今年のグラストンベリーは雨&泥&雨&泥&雨&泥・・・の最低のコンデションであった。確かに2005 年の初日もすごかった(人生の中で初めて「生」の稲妻を100本以上見た)が、今年は、もっとヒドかった。2006 年は開催されなかったこのフェスティバル、2年間待ちに待った結果がこの有様で、金曜の朝から絶望的なキモチになっていたのである。もちろん取り返しのつく話ではないのでキモチを切り替えるには切り替えたのだが、雨の中あちこちに出向く気力も失せて、John Peel テントでしんみりとビールを飲み続けていたのである。もちろん、ビールを買いに行くのと、その結果として発生する頻尿にために、雨の中出て歩く必要があった。The New Porno Graphers の演奏まっただなかに、オレはトイレに出かけたに違いないのであった。

ただでさえフェスティバルのトイレは難物であるが、この状況では尿意=「死」を意味した。John Peel Stage からトイレに向かう方向は、地形の関係で雨が降ると巨大な「池」、いや「海」それも『大海原』に変身をとげているのであった。ウェリントン・ブーツを履いているものの喫水ぎりぎりなので、よろよろ歩きだ。泥に足も取られる。泥の海にダイビングする狂人の泥しぶきからも逃げなければならない。ものすごく時間がかかる。そしてトイレにたどり着いたらついたで、泥だか、XXXXだか、判別の難しくなったような個室内である。トイレの帰り道また豪雨が俺を襲った。天を仰いでこの状況を呪ったものである。

そんなわけで、The New Pornographers のステージ時間は、こんなことをして大半の時間を費やしてしまったようだ。もちろん、観るには観たのだろうが、トイレかから戻った後しばらくは、放心状態だったに違いない。記憶が死んでいるのであった。

人間、畳の上で死にたい、と思ったものだ。もう一度彼等のステージをしっかりと観て雪辱を晴らしたい、と考えている。

2007年12月19日 (水)

Rocket Science

< 2003. 08. 22 @ Reading festival, Carling Stage >

< 2003. 11. 25 @ 93 Feet East, London >

オーストラリアと言えば、最近元 Midnight Oil のハゲ巨人ピーター・ギャレットが環境大臣に就任したと聞いた。懐かしい名前である。日本で言えば、町田康が大臣になる感じか?ちょっと違うような気もするが、まあ、いずれにしろ意外とパンクな国ではある。

いまはもうみんなの記憶から消えてしまったかもしれないが、オレには忘れられないオーストラリアのバンドがある。もちろん現役だ。Rocket Science というガレージ系バンドである。www.myspace.com/rocketsciencerock  www.rocketsciencerock.com

バンドのプロモーション・ビデオの効用をここでいまさら述べるまでも無いが、ただ一曲のビデオによって、自分の頭の仲から一生消えることのなくなった連中である。それもMTVの系列では全くお目にかからなかったが、「AMP」というパッと出てはパッと消えていった不思議なチャンネルでのみ流されていた、 [Being Followed] という曲である。

わざわざクリックして見てもらっても、「コレのどこが面白いの?」と言われてしまうことは想像に難くない。自分の「ツボ」にオモイッキリはまってしまった、とした言いようがないのである。詳しく解説することはしない。ただとにかく、こいつらを観にいかねばならない!とそのとき強く思ったのである。

程なくして同じ年の Reading Festival に登場すると知ったときはうれしかった。新人バンドテントに早い時間での登場で、そんなには混んでいない。ボーカル Roman が、[Being Followed] 演奏中に、あえていろいろとプロモビデオと同じアクションを披露してくれたことにも感動した。こいつらもけっこうこのビデオ、気に入ってるんだな、と直感したからである。この曲を含む [ Contact High ] というアルバムはなかなかの佳曲ぞろいで、2004 年には Fuji Rock にも出演したようだが、その後音沙汰が無い。メンバーの病気で活動を休止した時期もあったようだが、基本的には今日まで地元オーストラリアに「引きこもって」、シーンの顔役として活躍をしているようだ。もうグローバルに勝負をかけることは無いかもしれないが、ここイギリスにもいい想い出を残してくれて、ありがとうと言いたい。ちなみに、Reading Festival の同じ日、同じステージで、彼ら Rocket Science の直前に演奏していたのは、ブレイク前のFranz Ferdinand であった。彼らはオレにとっては、フランツよりも「記録より、記憶に残るバンド」なのである。なんだか良くわからんが。

Rs

彼等のMySpace より。

Reading のあと3ヶ月してからロンドンのショーディッチで彼等のヘッドライン・ライブを観た。そのとき購入したTシャツは、いまだにオレの基本アイテムとして活躍中である。

2007年12月18日 (火)

Hot Club de Paris

< 2007. 05. 17 @ Concord2, Brighton, Gerat Escape 2007 >

イギリス南部の海岸線に位置するブライトン。ここでおこなわれるバンドのショーケース・イベント Great Escape については、すでにいくつかのバンドの思い出話とともに紹介してきた。ロンドンからそう遠くないとはいえ、どこかホテルに泊まって腰を落ち着けるしかない。普段から余暇を過ごす家族連れが多い町でもあり、ホテルの予約は容易ではない。ところが今年は運よく、リストバンド・エクスチェンジがおこなわれている場所の真正面、このイベントの中心地、Queens Hotel の部屋を予約することができたのであった。そんなに早くから部屋探しをしたわけではなかったのだが、かなりラッキーである。思い返せば昨年は、街の中心地からちょっと西側に寄ったB&Bの予約しか取れなかったため、「行動範囲内」と思われるイベントのライブ・ベニューに限りがあったものである。ことしはど真ん中、北でも西でも東でも(南は海です)、どこの会場にでも「のしのし」と歩いて観にいくぞ!

木曜~土曜の3日間開かれるイベントなので、気合を入れて、会社は休暇を取ってきた。ただ、普通のファスティバルとは違って基本的には夕方からのスタートになるため、日中は各自好きなことに時間を費やすことになる。もちろん、この Great Escape に関連したイベントがそれぞれのベニューで独自に催されていたりするので、昼間の時間からアン・オフィシャルながらも、本来のラインナップにはないさまざまな「期待の新人バンド」を観ることができる。さてオレはどうしたかと言うと、初日の日中はホテルにチェックイン後ブライトンの街を散策し、早めの夕食を。二日目の日中はなぜか近郊でゴルフ。そして三日目は、昼から通して夜中までバンド鑑賞、と決め込んだのであった。屋外の空気を楽しめる一般のフェスティバルと違ってすべて阿片窟のようなライブハウスで過ごすわけなので、3日間ぶっとおしで昼から夜中までというのは厳しい、と思ったからである。海の見える小高い丘の上でプレーするゴルフも良いものですよ、青少年のみなさん。とはいえ、45歳を過ぎてからはじめたばかりのゴルフである。1ホールにつき3回は『今の無し』できる権利を自分自身に与えている。

さて初日、散歩がてら見つけたパブで夕食をオーダーする。ビールを飲みながら本日の行動予定について、戦略を練る必要があるのだ。このイベントは、Camden Crawl と違って、ライブベニューとベニューの距離が大きく離れている。そうそういくつも移動できるわけではない。1日に4バンドから5バンド見ることができるとして、会場を4つも駆け巡るのは現実的な選択肢ではない。そこで、プログラムを見ながら、自分の見たいバンドと効率性を掛け合わせながら、最大公約数の大きい場所をターゲットにするのである(何を言っているのか、自分でもよくわからなくなってきたが)。まあ、一箇所にとどまり続けるとしたときに、一番いいのはどの会場か、ということである。

この日の結論は Concord 2 。狙っていたバンド Late Of The Pier と、Hot Club De Paris が出演予定なのである。www.myspace.com/hotclubdeparis  www.hotclubdeparis.com

この2つのバンドのあとは、CSS と The Rakes。どちらも過去に何回も見たバンドであり、今回特に見ても見なくてもよい。状況に応じて居残るか、他の場所に行くのもありだ。ここ Concord 2 は、Great Escape イベントの中では大きい会場である。したがって、本来「新人バンド・ショーケース」であるこの催しにゲスト待遇でやってくるバンドが混じるのである。CSS や The Rakes はまさにその口だ。特にこの会場は MTV2 がホストしており、撮影隊も入るのであった。 後から考えると、このことが裏目に出た。

この会場は全体の位置づけで言うと東の端にあり、いくらホテルが街の中心にあっても「てくてく」歩くとかなりの距離があった。そんなに疲れるわけではもちろんないが、時間的にはここから他の場所に移動するのはかなりのロスになる。すなわち、何かあってもなかなか後戻りできないというか、フレキシビリティのすくない場所なのである。満腹の腹を抱えて会場まで着くと、そんなに並んでいる人が多いわけではなかった。だが様子がおかしい。会場の中ではもうすでにたくさんの人間が盛り上がっている様子が聞えてくる。

ここに並んでいる人たちはいったい・・・。いやな予感は的中した。すでに会場内は満杯。そこに並んでいる人の列は、「間に合わなかった人たちが、次のバンドを待つための列」であった。・・・・・・・・・・・・。

何のために会社まで休んでここに来たのか。余裕をこきすぎた。大失敗だ。我々の後ろには、すぐさま50メートル以上の長い列ができたが、理論的に考えて、最初のバンドは見ることができない。そうこうするうちに、会場の中では Late Of The Pier がはじまりだした。悔しいが中の様子を垣間見ることはできない。オレの後ろに並ぶ連中は、事の重大さに気がついた順番に列を離れて別の会場に向かって、一目散だ。ついにギリギリの選択を迫れれた。ここで待つか、別の可能性にかけるかだ。

あえてもったいぶる必要もないが、結論としてはここから町の中心部まで一旦戻る気力がなかったため、ただひたすら待つことを選択した。トータルで一時間ほどまっただろうか。ようやく我々を受け入れてくれた会場で待っていたのは、Hot Club de Paris であった。ひとバンド、完璧に見逃したのである。あまりに悔しくて、どんなステージだったかも、あまり覚えていない。このことは、明日以降、そして来年以降に向けて教訓としなければいけない、大失敗であった。

会場に入ったら入ったで、ものすごく蒸し暑い。上着を脱いでTシャツ1枚になっても汗が噴き出してくる。Hot Club de Paris の連中は言った。「まさに Hot Club だね。」覚えているのは、たったそれだけがすべてである。ほとんど前置きで、ゴメン。来年日本から Great Escape に初参加するひとがこれを読んでいたら、教訓としてほしい。先人の死を無駄にしないでほしいものである。

2007年12月17日 (月)

The Aliens

< 2007. 06. 22 @ Glastonbury Festival '07, The Park Stage >

< 2007. 08. 09 @ Field Day, London >

フェスティバルでグループ移動するときの必需品は、なんと言っても目印となる「旗モノ」であろう。ビールを買いに行った仲間、トイレから帰ってくる仲間が戻るべき目的地を見失わないように、グループの一人が絶えず群衆の中で旗を振りかざしているのである。もちろん、旗に限らず、「魔法の杖」だったり、膨らませた「ダッチワイフ」なども最近の定番のひとつである。

演奏が始まったらはじまったで、こういった旗はバンドを応援するにぎやかしにもなるわけだが、ダッチワイフを振り回されてもあまりうれしいミュージシャンはいないと思われる。だが、自分たちの出身国の国旗などで応援されれば、キモチも高まるに違いない。今年のグラストンベリー・フェスティバルの初日、オレは行くところ行くところで、一本のしなびけた「ROBOT MAN」と書かれた旗を目にすることになった。見るからに手作りのハタ。そのもち手が移動する場所が、こっちの見たいバンドと完全に合致していた、ということに他ならない。雨のようやくあがった夜、その旗は予想どうり、オレの最終目的地、The Aliens のステージ前で発見することができたのである。www.myspace.com/thealiens1 http://thealiens.musicblog.co.uk/

彼らの名曲、[Robot Man] はなんともいえない味わいの名曲だが、聞きようによっては、ゴダイゴのモンキーマジックにしか聴こえない人もいるという。意外と納得のいく話ではある。それにしても、その日一日中移動していた「ROBOT MAN」旗。それで応援されていた他のバンドの皆さんは、何だと思ったことやら、であるが。

さて、初めて目にする The Aliens 。[Robot Man] のプロモビデオを事前に見ていたので、なんとなくの予感はあったのだが、こちらの予想をはるかに上回る「バカ・パフォーマンス・バンド」であった。白装束に豆電球をまとわりつけて、不思議なジャンプを繰り返すボーカリスト。大好きです・・・・コイツら。

The Aliens は、Beta Band からスティーブ・メイソンを除くメンバーと、遠い昔にBeta Band に在籍していた連中が結成したと聞く。そういわれれば、音楽にその片鱗を聴き取ることができなくもない。だがしかし、このバカ・パフォーマンスとスティーブが相容れなかったのが、Beta Band 分裂の原因ではなかったのか。とまあ、オレはそう思ったのであった。

Aliens_2

彼らのMySpace ページより。人間、まずはジャンプだ。

「♪はぴはぴはぴはぴはぴはぴはぴはぴ、はぴはぴはぴはぴはぴはぴはぴはぴ~♪」はフランツの歌だと思っていた。

2007年12月16日 (日)

Fish!

< 2007. 05. 06 @ Tommy Flynn's, Camden, London >

最近のイギリスのバンドブーム。そしてその根っこをなすアンダーエイジ・バンドの台頭。実はコレは、xfm 主催の Rock School に端を発しているのではないか、と言うのが自分としての見立てである。

ジャック・ブラック主演の映画『ロック・スクール』に影響を受けて、2004年に始まった xfm の企画が、この Rock School コンペテションである。イギリスで一番のスクールロック・バンドを発掘する、という名目で、Christian O'Connell がDJを勤める朝の人気番組『Breakfast Show』の中で応募が呼びかけられた。18歳以下で、学校の仲間と組んでいるバンド、と言うのが参加の条件である。中学生や小学生からの応募もたくさんあったようである。応募曲はオリジナルではなく、「ロックの名曲」。往年のクラシックロックが並ぶ中、現在進行形のヒット曲を選ぶ子供も多かったように記憶している。

2004年の当時、通勤で車を運転しており、朝は毎日この企画を聞きながら通っていた。毎日聞いているうちに、実はコレがたいへん優れた企画であることに気がついた。毎日局に送られてくる応募曲のなかから、局側が「コレはっ!」と思われるものをピックアップして、DJのChristian がいろいろと紹介してくれる。中には肝を抜かれるようなアイディアのアレンジ曲があったりして、たかが子供とあなどれない恐ろしさを感じたのである。

つまり、あまたある応募バンドの中から番組の方で選んで紹介してくれるのは、単に「コドモなのに演奏が完璧」とか、「このギターソロの腕前は末恐ろしい」というような類では全くなく、演奏はド下手でも、原曲を全く違う世界に作り変えてしまう、オリジナリティあふれるアイディアの数々なのであった。子供のやることでもあり、意識しないで「そうなってしまった」感じが、なお一層の感動を覚えた理由である。不思議な世界観の音楽を作りながらも、まったくあざとい感じがしない、オリジナリティあふれる演奏が、毎日毎日紹介されるのだ。仕事を終えて家に帰ると、xfm のホームページから、投票用にアップロードされた数々の名作を発見することができた。今はもう音源にアクセスできないと思うのだが、たとえば一例を挙げると、とある中学生の女の子バンドが演奏していた Clash の London Calling 。基本構成は『元気のない縦笛』と、『合唱クラブ系脱力ボーカル』の組み合わせ。そして曲はもちろんパンクの名作である。当時から3年以上経った今でも、そのときの音が頭の中にクリアに蘇る。そんな怪作が満載だったのである。これはスゴイことになってきたな、とわくわくしてきた。

これらの応募の中から、リスナーの投票で「本選」出場バンドが決まる。その「本選」では、選ばれた幾つかのバンドがライブ会場で演奏を行い、業界関係の審査員たちが最終的な優勝者を決める、というものである。優勝バンドは、毎年恒例12月におこなわれる xfm 主催のイベントで、有名バンドに混じって、Carling Academy Brixton での演奏が約束されているのであった。たとえば仮に、その London Calling の女の子たちがその場所で演奏したとしよう。それを目の当たりにしたら、後ろに控える気鋭のプロの連中でさえ仰天するのではないか。そう真剣に思ったほどである。

ところが。ふたを開けてみると、xfm 側の懸命のプロモーションにもかかわらず、リスナー投票で上位に上がってきたのは、ほとんど番組では取り上げられなかったような、「コドモなのに演奏が完璧」とか、「このギターソロの腕前は末恐ろしい」というようなバンドばっかりであったのだ。確かに映画の『ロック・スクール』のコンセプトを考えると、そういう結果になるのもわからないではないが、コドモのオリジナリティの才能を発見するのは大人の役割ではないか。だが、実際に投票した人間の多くは、自分の子供をプロにさせたい親御さんの組織票か、「こいつら、うめぇ!すげぇ!」という同年代の子供たちの投票であろう。もしくは、あまりにまっとうに「演奏の上手」な子供たちに投票した、良識あるフツーの大人たちに違いない。ずいぶんとつまらん結果に終わったものだ。唯一の救いだと自分が思ったのは、「999」 という70年代のマニアックなオリジナル・パンクバンドの曲を選んだ小学生バンド(演奏優秀)が準優勝したことくらいであろうか。これは選曲の妙であった、と思う。

さて、そんな結果ですっかり興味をなくしてしまい、しかも2年目以降は局のDJもスタッフもいれ変わってしまったようので、この「ロック・スクール」企画はあまり聴かなくなってしまった。いや、聴かなくてもわかる。どのような応募曲がピックアップされて、そして本選はどうなるか、も。

はなしは本題に入るのだが、この Rock School コンペティションも今年で4年目。初期に活躍したバンドはそろそろ独自の音楽活動を始めており、いろいろなところで名前を目にするようになってきた。Camden で観たこの Fish! と言うバンドも、Rock School '05 で優秀な成績を収めたらしい。www.myspace.com/fishuk  現在16歳~17歳と言うことであるが、演奏技能はいぶし銀である。そして、やっている音楽の内容も「いぶし銀」と言う以前に、かなり化石のようなものである。クラシック・ロックに影響を受けた新しい音楽、と言う側面は全くない。クラシックロックそのものを、子供が演奏している、と言うことなのである。カムデンのパブでおこなわれた彼らのライブには、友人に誘われて観にいったのだが、覚悟を決めていたその友人さえ驚くほど、それは「ただの昔のロック」であった。これはもう自分の手に負える世界ではないと悟ったわれわれは、客席にいる親御さんたちをかき分けて、パブの外に出たのである。

まもなくミニアルバムが出るらしい。プロデュース・チームは往年のベテランぞろい。オーティス・レディングうや、ジミヘンを担当した人がマスタリングをおこなうらしい。正に化石製作作業といえよう。こういった時代から頭が止まってしまった人たちが、生で楽しめるバンドが登場した、ということに違いない。伝統芸能の世界、と理解するよりない。

Fish

彼等のMySpace ページより。

見た目はホント、コドモなのだが・・・・・。

2007年12月15日 (土)

Gossip

< 2007. 02. 24 @ Astoria, London >

< 2007. 08. 24 @ Reading Festival '07, Main Stage >

やはり、Gossip のベス・ディットーは、その存在自体が反則技であると言わざるを得ない。www.myspace.com/gossipband  www.killrockstars.com

昨年の夏ごろからNMEにもちらほら写真が載りはじめたのだが、なにしろあの巨漢である。気にするな、と言う方が無理であろう。彼らがブレイクしたシングル [Standing In The Way Of Control ] は確かに名曲だが、このバンドに限って言えば、とにかく実物の彼女の姿を拝ましてもらうのがなんといっても先決だ。残念ながら小さなベニューに観にいくタイミングを逸してしまったが、あとから冷静に考えるとそのほうがオレ自身にとって幸せだったかもしれない。

今年2月の Astoria は、キャパシティが 1,500 人。彼女を一目見ようという客でごった返していた。当然ながら満員御礼である。最初は黒いビニールゴミ袋のようなもので体を覆って登場した彼女であるが、曲がはじまるやその「ゴミ袋」を脱ぎ捨てた。カラダにぴったりとした全身レオタード状の青いコスチュームに、太いベルト一本だ。まずこの時点で観客は大喜び。

そして、なんとなく胸騒ぎはしたのであるが、曲が進んで会場が盛り上がったところで、レオタードを脱ぎ捨て黒いキャミソールのような衣装に早変り。会場を揺るがす観客のどよめきは、オレには悲鳴に聴こえた。

この「脱ぎ変化(へんげ)」により観客のココロをがっしりと捕らえたわけだが、彼女の強みは何をやっても許されるその存在感だ。たとえば彼女はステージ上で、観客に背中を向けながら「尻ふり」をおこなったりするのであるが、これが「美人系」の女性アーチストがやったりすれば、かなりわざとらしいと言うか「不遜」な態度に見えてしまって、観客の共感を呼ぶことはないであろう。ところが、彼女ベス・ディットーがこういったアクションをとっても、すばらしい「見せモノ」として観客は無条件で絶叫することができる。いやあ~、すげえモン見させていただきました。というわけで、歓喜の中終了した会場を後にして、多少のめまいを覚えながらも家路についたのである。

昨日のエントリーで書いた Jamie T @ Glastonbury Festival 2007。実は当日彼のステージのあとが Gossip であり、その日の最後を飾るトリであったわけだ。Jamie T の混み具合で人間として耐えられる環境の限界を知り、更にそのあとの Gossip ではさらなる混雑が予想されたため、オレは見るのをあきらめてテントの外に出た。実際テントのまわりは何重にもすごい人だかりができており、さらに内側を目指す客でごった返していたのである。すごすごと会場の外の宿に戻った後、とりあえずシャワーを浴びてテレビをつけたら、BBCで本日のフェスティバルのハイライト・シーンを流していた。

そこでオレが見たものは、彼等 Gossip のステージ後半、ベスによるまさかの「客席ダイブ」。前方の観客全員、撃沈である。それを引き上げるセキュリティガード達はあからさまな泣き顔であった。彼女はみずからが客席側から引き戻された後、彼女を持ち上げてくれたセキュリティ・ガードたちの健闘をたたえて肩をぽんぽんとたたく。そしてステージ「そで」に帰っていく彼女の後姿は、水入り後の大勝負に勝ったあと花道を引き上げる関取のソレと全く同じものであった。オレは万が一にも会場に残って彼女の下敷きになったかもしれなかったことを想像すると、早めに脱出した自分の判断をほめたいと思うのである。

しかしこわいもの見たさ、というのであろうか。それから2ヶ月後の Reading Festival では、屋外のメイン会場ということもあり、もう一度だけ姿を拝みに行くことを決めたのである。ここでも「脱ぎ」技は披露された。観客はお約束どおりのどよめきである。オレはこころの準備をしていたにも関わらず、目の前の巨大モニターを見ていたため、一瞬腰が引けた。

まもなく日本公演だと聞いた。勇気あるものは前に出でよ、と言いたい。

Gs1

eFestival ギャラリーより、@ Reading Festival 。このあと「黒ブラ+黒パン」に変化するのだが、その写真をここに載せる勇気はオレにはない。しかしNME2006 のクールリスト第一位になって以降、これはキワモノではなく時代最先端のアイコンなのである。

オマケ:Glastonbury 2007 タイムテーブル http://glasto.clashfinder.co.uk/view.htm

2007年12月14日 (金)

Jamie T

< 2007. 06. 24 @ Glastonbury Festival '07, John Peel Stage >

Jamie T は、最近でてきたミュージシャンの中では希少な天才である。と思う。www.myspace.com/jamietwimbledon  www.jamie-t.com

好きなミュージシャンのひとりではあるが、特段思い入れがあるわけではない。CDを聞くたびに、「コイツはスゴイヤツだなあ・・・。」と思わざるを得ない、と言う意味で「天才」だと書いたのである。むしろはじめて彼のステージを観た今年のグラストンべりーでは、演奏のこなしかたがあまりにも「こなれ」ており、イヤミな印象さえ受けてしまった。

そんなネガティブな印象すら持ってしまった原因は、実は Jamie T 自身にあるのではなかったのかもしれない。テント内が異常なまでに混雑していて不愉快だったのと、オレの隣のガキ(+おばさん)との場所取り合戦に疲れてしまって、ステージに集中できなかったことの方が大きい。Jamie T は「天才」であるだけではなく、ご存知のようにお茶の間の人気者である。大人からコドモまで。ムチャクチャ混んでもしょうがない、と言うものだ。小さいテント(John Peel Stage) でブッキングされたことの方が間違っている。

フェスティバルのステージレイアウトを知っている人はスグに判ると思うが、ある意味じっくり鑑賞するベストポジションは、ステージ真正面のPA直前の場所である。演奏前の待ち時間は、PA前の鉄柵に背中を持たれかけながら座って待つことができる。すいているときは簡易椅子を置くにも都合がいい場所だ。イギリスのフェスティバル客は「よい場所」にそれほどの執着もないので、ひとつバンドが終われば移動するため、そういったベストポジションである「PA鉄柵前」に比較的容易に陣取ることが可能なのである。

この日はフェスティバル3日目最終日の日曜。雨が降りっぱなしでテントの外は、泥の海と冷たい雨だ。かなり早い時間から、John Peel Stage の「PA前」に椅子を置いて陣取っていた。オレは普段は簡易椅子を使わないのだが、これほどあちらこちらが泥まみれになると、荷物を置いたり、ちょっと休みを取るために座れる「地面」さえない。必需品としての椅子なのである。椅子に座ったり、荷物を椅子に置いたりしながらかなりしょうもないバンドを幾つかやり過ごし、Jamie T の出番を待っていた。

バンドが代わるたびに観客がすこしづつ増えてきた。Jamie T の始まる前には、もはや椅子を置けるスペースも無い。他の荷物と合わせて鉄柵の後ろに置かせてもらい、自分はその鉄柵の上に腰掛けた。ちょっとばかり尻はイタイが、これこそ真のベストポジションである。かなり混んでくると、背の高いやつらも増えてきて、単に立って観ているだけでは、なかなかステージ上のミュージシャンを拝むことができない。ところがこの鉄柵に乗っかると、背が20~30センチ高くなるので、障害物がかなり少なくなるので都合がよいのである。

したがって、このように混んだ状況になると、いったい何人が鉄柵に座れるかの汚い争いが繰り広げられるのであった。自分の経験から言うと、イギリスのフェスティバルでは遠慮の無い人間が多いため、鉄柵の上、人と人のあいだの、握りこぶしくらいの空間、すなわち物理的に別な「尻」を押し込むことが不可能なスペースにも人間はいくらでも割り込んでくる。コレを防御し、撤退するのが一仕事なのである。

Jamie T の演奏開始直前、オレと隣のイギリス人は1センチのスキマもなく並んで座っていたため、ここに人間が入り込むのはどう考えても不可能であった。その不可能なところにトライを試みたのが、例のそのガキ+オバサンなのであった。Jamie T があまりにもお茶の間の人気者であったために、そのオバサンは息子(推定小学低学年)の息子に言われるまま連れて観に来たのである。そうしてこちらに向かって「この子、このままでは何も見えないので、その鉄柵に座らせてあげて。」ときやがったのである。

グラストンベリー以外ではあまりこういうこともないであろうが、なにしろこの英国イチの大フェスティバルは、家族で楽しむための工夫がふんだんにされており、基本的に音楽に興味がある無しにかかわらず、子供連れのレクリエーションとして参加している人たちも多い。この親子は明らかにその風情であった。

さすがに面とむかってそう頼まれると、断るわけにも行かない。コドモにも楽しむ権利はあるはずだ。オレは物理的な不可能を可能にすべく、逆隣の人間を押し出さんばかりの勢いでスペースをこしらえ、そのガキ用の場所を何とか無理して捻出した。ものすごく苦しいが、こうなった以上しょうがない。程なくして Jamie T のステージがはじまった。

実はここからオレとおばはんの戦いが始まったのである。体勢的にはオレも苦しいが、ガキももがいている。コドモなので背が小さく、思うようにステージが見えないようだ。一方オバサンは、最初から Jamie T に興味も知識もないので、息子に寄り添い、彼を支えている。ステージではなく、こちら側を向いてだ。一応は演奏を楽しむオレに向かって、「もう少しなんとかならないですかね」と何度も問いかけてくるのである。目はこちらを凝視したままだ。もう少し何とかするためには、もうオレが鉄柵から降りるしか手はないことは状況からみて明白である。今ここで降りたら、ステージが全く見えなくなるばかりか、移動も困難なのでテントからの脱出も不可能だ。オレにそうしろ、とそのオバサンは迫るのである。

息子のために恥じも外聞もなく、ということではあろうが、そもそもトリ一つ前の遅い時間、こんな不健康で危険な場所にコドモ連れてきちゃいけないのわかるでしょ。常識として。コドモが怪我とかしたらどうするの?小学生の時間は、とうに終了しているのである。オレは目を合わせないように。おばさんは手を変え品を変えこちらにアプローチ。まったく気が散って、そして体勢も苦しいし、演奏を楽しむどころではない。

オバサンは極悪人をにらむような目でこちらを見ている。オバサンが一瞬だけひるんだのは、Jamie T が歌の中で [FxxKing] と連発して叫んでいたときだ。どんな音楽かもわからずに、息子が好きな芸能人、と言うことで連れてきたのに違いない。すこしは場違いなところにやって来たと気がついたか?

精神的にも苦しい中でオレは思った。このガキ、そもそも本当にコレが見たかったのか?そう思った瞬間、そのコドモは演奏半ばにして飽きたのか、鉄柵からおりて「帰る!」と突然言い出した。すると、今度は息子が降りるや否や、オバサンはその手を引きながら、観客を蹂躙しつつ出口へと向かったのである。通り道の観客は皆ビックリだ。ナンだったんだ、今のは。

Jamie T。もうあんまり子供向け番組とか出るなよ。

この日を教訓として、オレはもう「混んだテントには入らない」ことを心に決めた。

Jt

BBCのページより、@ Glastongury 。

この日このあと疲れ果てたオレは、John Peel Stage のトリを観るのをあきらめた。更に混みそうだったからでもある。そのあとの悲しい行軍については10月7日のエントリーを参照ください。

2007年12月13日 (木)

Cajun Dance Party

< 2007. 04. 19 @ Electric Ballroom, London (Camden Crawl '07) >

最近の「アンダーエイジ・ブーム」は、かなりギリギリのヤバイ感じが漂うものであることは、以前も書いたような気がする。そのブームの代表格と言ったらコレ。 Cajun Dance Party 。話題先行ではあったので、一応押さえというか、見ておいたほうが良いという義務感もあって、今年の Camden Crawl で彼らの演奏会場まで足をのばしてみた。www.myspace.com/cajundanceparty  http://cajundanceparty.com

端的に結論を申し上げるが、かなりつまらないので、あまりお勧めしない。もっとハッキリ言うと時間の無駄であった。今年、期待感とライブ・パフォーマンスのギャップというか落差が最も大きかったバンドだ。一応自分なりにお金と時間を投資して数々のステージを観にいっているわけだが、そんなわたしから皆さまに差し上げることのできる、ささやかなアドバイス。「フェスティバルなどで、他に観にいくバンドがあるときは、わざわざコイツらのとこまで行かんでも良いです」。 彼らのソールドアウト 7 インチシングルを転売して儲けたいやつのみ、追いかけるべし。以上。

今年の Reading Festival に臨むインタビューで、「おととしの Arctic Monkeys、去年の Klaxons に続いて、ことしはオレたち!」(最も混雑した、伝説のステージと言う意味で)と発言されておりましたが、その2つの先輩バンドに対して、たいへん失礼である。久しぶりに怒れる中年になったオレであった。つまらんだけなら許せるが、その上に大口を叩くヤツはこらしめないといけない。オトナとして、そう思うのである。

Cdp

彼らのMySpace より。

「期待ハズレ」もライブ鑑賞の醍醐味ではあるのだが、正直いってあまり楽しいものではない。

2007年12月12日 (水)

Bat For Lashes

< 2007. 06. 23 @ Glastonbury Festival '07, John Peel Stage>

惜しくもマーキュリーの受賞は逃したのであるが、Bat For Lashes 。巷の評価はアーチストとしても、お茶の間からも(最近の女性アーチスト・ブームの一環で)なかなか高いようだ。www.myspace.com/batforlashes  www.batforlashes.com 一般の新聞紙上にも、よく登場するようになってきた。

ちょうど今年のグラストンべリー・フェスティバルの時期に出されたシングル [What'a A Girl To Do] が「お茶の間」に浸透する第一弾だったように思う.。このプロモビデオは、間違いなく2007年のベスト・ビデオ候補だろう。それまで何曲かのシングルを耳にした記憶はあったが、グラストンベリーでお目当てバンドのひとつになったのはこのビデオを見たのが直接のきっかけである。

事前の知識・情報もなく観た彼等のステージは、なかなか圧巻であった。メンバーのいでたちやステージ装飾など、予想していなかったぶん新鮮に楽しめた。フロントを勤めるNatasha の「フツーの服に不思議な帽子」というバランスも面白かったです。一方、音の方だが演奏自体も意外な迫力にあふれていた。[What's A Girl To Do ] も大音量のライブで聴くと、一味もふた味も違った魅力のある曲であることがわかったのは大きい収穫だ。

ところで、パキスタン系ということで取り上げられることの多い Natasha ではあるが、振り返ると南アジアをルーツにする英国人ミュージシャンはなかなか個性があって優れた連中が多い、と思う。古くは Monochrome Set の Bid とか、Asian Dub Foundation、そして言うまでもなく Corner Shop などだ。Natasha を含めて共通しているのは、その音楽ジャンルにかかわらず、あまり汗かきな感じがしないことだ。涼しげに音楽をやっているのがカッコよさげな人たちだまあ、と個人的に思うのである。

ところが、同じ南アジア系でも MIA はかなり汗まみれな感じがして暑苦しい。インド系で、見た目も暑苦しそうだと、本場感があって辛いです。音楽的にもあまり好きでない。Bat For Lashes も、このまま涼しげにがんばっていってもらいたいものである。

Bfl 

BBCのページより。@Glastonbury '07 。よくビョークの音楽にたとえられるが、北欧の人間ではなく南アジア系のヒトがやるところに魅力を感じる。

● Bat For Lashes その2

2007年12月11日 (火)

The Little Ones

< 2007. 07. 17 @ O2 Wireless Festival, London (Tuborg Stage) >

< 2007. 08. 26 @ Reading Festival '07, Carling Stage >

去年は2日分のチケットを購入しながら仕事のために見に行く事ができなかった O2 Festival 。今年はちょっと慎重になった。7月中旬の木曜~日曜、4日間続けて行われるイベントだが、一番観たかった Pete And The Pirate は木曜日の出演だ。日中仕事を抜け出すわけにも行かず、あきらめた。そのかわり iTune でダウンロードした [Oh, MJ!] という曲がお気に入りとなっていたアメリカ西海岸のバンド The Little Ones をチェックするために、最終日の日曜日チケットを買ったのである。www.myspace.com/wearethelittleones  www.wearethelittleones.com

彼らの前のバンドが終わるや否や、会場である Tubourg Stage に向かった。客はほとんどいなくなっており、自然と一番前に出た。準備万端である。開演まであと5分、ふと後ろを振り返ると、まだ客の入りはキャパシティの10%未満。こうなると、ちょっと気になってしまう。個人的には「すいてて」「一番前」でも鑑賞の条件を考えると悪いことは何もないのだが、せっかく応援している新人バンドだ。演奏が始まっても客の入りが1割ではそのことが気になって、演奏が楽しめないではないか。そうなっては彼らにとっても、自分にとっても試練である。このままではオレがひとりで盛り上げるしかないか。そんな覚悟をきめた開演1分前、会場はスカスカながらも半分くらい埋まりだした。ぎりぎり何とかなったか。ここでほっと一息つく。

演奏が始まってみると、彼らが奏でるさわやかな曲で観客はみな幸せな気分になっていた。とてもよいステージだったと思う。客が多いとか少ないとか、気にすることなかった。その日の天候はアメリカ西海岸と比べるすべも無い、どんよりと湿ったロンドンらしい暗いものであったが、このテントだけ、確実に「カリフォルニア」でした。どんなところか、よく知らないが。

このバンドになにか親しみを感じるのは、懐かしくも美しいサウンドだけではない。アジア系の顔立ちのメンバーが何名かいるからであり、しかもベースプレーヤーは、腹回りも「たっぷり」としており、おれの高校時代の同級生にそっくりである。そいつの名前は忘れてしまったけど。気がつくと、おれの真横に陣取る英国人(コドモ)4人組の観客は、そのベースプレーヤーにだけ執拗に声援を送っている。なかなか一度観ると忘れられない、愛嬌たっぷりの風体だ。音楽だけではなく、見た目でもガッチリとロンドンの観客のこころをわしづかみである。オレも「わしづかみ」にされた一人なのだが、きっと皆さんも、そうなると思うよ、一回見たら。おすすめです。

008

わしづかみベーシスト@Reading Festival 。このステージのあと、彼は Peter Bjone & John を観客として見ていた。目立ち度100% である。

2007年12月10日 (月)

Kubichek!

< 2005. 10. 16 @ Barfly, Camden, London ( Gonzo Tour) >

< 2006. 05. 20 @ Audio, Brighton, (Great Escape '06) >

< 2007. 01. 20 @ The Luminaire, London (with Rumblestrips) >

< 2007. 08. 26 @ Reading Festival '07, Carling Stage >

つい先日、「一年に一度なんとなく見ることになるバンド」の話を書いたが、この Kubichek! はまさにその代表各と言ってよい。www.myspace.com/kubichek  www.kubichek.co.uk

彼らを目指して観にいったことはないのだが、何かのついでに観てしまう人たち。前座の時間に会場についたら演っていた。あるいは、フェスティバルで「観るべきもの」がなくなってしまった空白の時間帯。まったくキライと言うわけでもないので、ついつい流れで観てしまう、というポジションである。しかも、なかなか「出世」しない伸び悩み、というのもこの「年イチ」バンドの条件だ。

フェスティバルの場合、お目当てのバンドがクラッシュしてしまうため、どちらかを泣く泣くあきらめる、と言うことが、かならずひとつかふたつは発生してしまう。その一方で、Kubichek! のように、「またオマエらか!」ということもおきるのだが、ちょっともったいない気がしうてしまうのである。クラッシュしたバンドと入れ替わりだったらなあ・・・・・。まあ、彼らには全く罪はないんだけどね。イヤなら観なきゃいいだけだし。

せっかくだから、とちょっぴりだけキタイして臨むのだが、やはりなんとなくイマイチのうちにステージは終了してしまうのである。とはいえ、来年は見る機会がくるのだろうか、活動続けているのだろうかと、ちょっと気になったりもする。そんなバンドです。

2007年12月 9日 (日)

The Long Blondes

< 2006. 08. 25 @ Reading Festival '06, Radio One Stage >

< 2007. 03. 29 @ Le Trabendo, Paris >

The Long Blondes 。作詞・作曲を基本すべて担っているのが、ギターの Dorian くんである。姉御ごころの機微を描く歌詞内容は、ボーカルの Kate ではなく、Dorian がこしらえたものだと思うと、なかなか感慨深い。ライブで姿を見ると、なおさらだ。基本的に彼でもっているバンドだ。www.myspace.com/thelongblondes   www.thelongblondes.co.uk

そんな彼の書く歌詞の中には、ロンドンライフが描かれたりするのだが、ボーカルの Kate のもつ外観の雰囲気は、 パリなんかも意識しているような気がする。ベタですけど、ベレー帽とかね。そんなわけで、パリにはよく来ているような印象がある。今年の3月は、Le Trabendo という、まあまあキャパシティのありそうなベニューにやって来た。けっこう気合が入っていたと思います。

結果的には客の入りがかなりさびしかった。もう一歩、というところでした。Dorian くんの演奏やステージでのアクションはがんばってて良かったけど。これが唯一の収穫。Kate 嬢はつまらなそうにそそくさとステージを終了し、アンコールには応えなかったのでした。

もうパリ、来ないかな・・・・。

Lb

彼らのMySpace より。

彼らのバック・コーラスの脱力歌声が好きな人。私と通ずるものがあります。

2007年12月 8日 (土)

Mando Diao

< 2004. 08. 24 @ Barfly, Camden, London >

日本での人気を知らなかったのであるが、何かのきっかけで彼らの日本におけるフェスティバル出演のポジションをみて、ぶったまげた。ほとんど「トリ」扱いである。これはとんでもないバンドを見逃していたものだ、と彼らの Barfly でのステージに足を運んだのであった。Mando Diao のことである。www.myspace.com/mandodiao   www.mandodiao.com

カムデンの Barfly は自分にとってもっとも居心地のよい、ホームタウンのような場所であるのだが、その日はちょっとだけ勝手が違った。キャパ300人の会場で、おびただしい数の日本人観客の姿を見たからである。日本人だからどう、ということも本来ないのだが、バンドとしてそもそもこれはうれしいことなのか、そうではなくてもっとイギリス人客に訴えたかったのか、などと全く自分自身が日本人であることを棚に上げて、どうでもいいことが頭のなかをぐるぐる駆け巡ったのであった。その結果、まったく意味のないことであるのは承知のうえなのだが、「こんな日本人だらけの観客を見て、北欧から気合をこめてロンドンまでやって来たバンドがどう考えているか」だけが気になってしまい、あんまり楽しめなかったのである。しょーもないハナシですが。

そのむかし、日本のフジテレビ系列で放映するための音楽番組撮りに観客として入場したことがある。場所はロンドンの中心部 Astoria。バンドは Shed Seven であった。「ロンドンでのライブ模様」を装ってはいるが、基本はフジテレビから入場券をもらった人によってのみ成り立っている、「なんちゃってライブ」だ。早い時間のしかも観客も少ない設定だったからかもしれないが、Shed Seven のボーカルは、ステージ上でつぶやきましたよ。「うわっ。ジャパニーズばっかりじゃねえかよ。」

なんか文句あるのかよ、お座敷に呼んでもらって。と、思ったのではあるが、まあ彼としては正直なキモチを口にしたに違いない。Mando Diao の連中も、そういう目で見てるのかなあ、などと勝手に想像力を膨らませすぎてしまったのである。

正直言うと、彼ら Mando Diao のことは曲自体もそんなに趣味ではなかったこともあり、ライブの総合点もオレのなかではイマイチであった。自分にとっても、バンドにとってもオレはここに来なかった方が良かったのかなあ、などと考えたりもしたのだが、それは自意識過剰と言うものだ。バンドとして応援団が多くて悲しい理由は本来何もない。

そういえば、そのちょうど一ヶ月前の7月24日、とある理由で、「NHKのど自慢 ロンドン大会」の会場にオレはいた。日本人がこんなにロンドンにいたのか!とまったくもって驚いた。おびただしい日本人の群れである。数千人はゆうにいる。もちろん、自分もその中の一人なのではあるけれど。Mando Diao日本人を狙っても、まだまだロンドンでのポテンシャルはありそうだぞ。そんなことを考えたりした。まあ、オレには何のお手伝いもできないけどな。

月日はながれていまは、「ヨーロッパ全国区」でがんばっているらしい。観客における国籍の割合を確認に行くことは、もうないと思うが。

2007年12月 7日 (金)

Scissor Sisters

< 2004. 04. 03 @ Astoria, London >

Sissor Sisters 。はじめは比較的マニアックなバンドだと思っていた。ピンク・フロイドのカバーの仕方が、なかなか「通」な雰囲気をかもし出していたのは事実である。

ややしばらくしてロンドンの中心部にある Astoria でのライブ・チケットを入手したわけであるが、新人バンドにしては、ずいぶん大きなところでやるものだなあ、と言う印象をうけた。とても満員にはなるまい、と当初思っていたのである。

ところがコンサートの日が近づくにつれて、巷での人気が高いことに気がついた。普段会社で音楽の話などあまりしない若者の同僚が「このバンド好きだよ」などと言ったりしていたのである。当日すこし遅れて足を踏み入れた会場は、満員・大混雑。ものすごい熱気で一気に汗だくとなった。

ライブの当日までには、彼らが「ゲイ」バンドであることを認識していた。そういえば、彼等の話をしていたウチの会社の若者も「ゲイ」だったのであるが、Astoria 自体も週末はゲイナイトの本場である。なかなかの「ゲイ」パワーだ。自分の周りの押すな押すなの満員客がゲイの集団かと思うとちょっとばかり緊張するものがある。

よく考えれば「周りみんな」なんてことはないのであるが、そのときはホントにそう思ったのである。今から思えば、彼らの楽曲のよさや見た目のエンタテイメント具合が大人気の元だったし、その後、どんどんビッグに成長していくさまを知っていればなんでもないのだが。とにかく、そのときは、「ゲイパワー結集」のやばいところに自ら乗り込んで行ったしまった、とすこしビビッたのでありました。

熱気の会場で、曲が進むにつれて、上着を脱ぎだす近くの若者たち。または踊り掛け合いながら歓喜する「男同士」の若者。なかなかステージに集中できない、気のちいさいオレであった。

2007年12月 6日 (木)

The Spinto Band

< 2006. 08. 26 @ Reading Festival '06, Carling Stage >

あまりにもどうでもいい話で、書くのもはばかられるが。って、ブログってそんなモンだよな。

[ Oh Mandy ] が一度頭の中でかかりだすと、なかなか離れない。若いながらも、ほどよい腰砕け具合の歌声がすてきな名曲をもつ、The Spinto Band www.myspace.com/thespintoband  www.spintoband.com

そういえば、Reading Festival で彼らを観るときまで、写真で姿を確認したことがなかった。どんな外見のヒトたちか、全く知らなかったのである。

当日会場は混んでおり、後ろの方からの鑑賞となってしまったため、見える姿は「なんとなく」の「ぼんやり」だ。しかし歌っているボーカルの顔カタチは、なぜか「島田洋八」にそっくりだ。いや、そっくりに見えた。もちろん、そんなことはあるはずがないのだが、そう見えてしまったのだ。

一度そう見えてしまうと、もうキモチの切り替えができない。ステージの最初から最後まで「洋八」とつきあう羽目になったのである。先方さんにはたいへん申し訳ない話であるが。

いまでも iPod で [Oh Mandy] を聴くたびに、頭の中には島田洋八がでてくる。ちょっとしょんぼりです。

Spint

左側前方が「洋八」。まあ、似てなくもないか。オレ自身の頭の中を変えることは、もはや不可能だ。

Simada

たぶんこんなかんじ。

2007年12月 5日 (水)

Tokyo Police Club

< 2007. 07. 03 @ Barfly, Camden, London >

< 2007. 08. 25 @ Reading Festival '07, Carling Stage >

Tokyo Police Clubwww.myspace.com/tokyopoliceclub  http://tokyopoliceclub.com

最近のバンドのなかでは、なかなかのお気に入りである。だが、カナダの方々なので、ロンドンでいつでも観にいけるというわけにはいかない。今年の夏前 Hoxton の小さなライブ・ベニューでのブッキングを発見したが、すでに売り切れだ。一緒に観にいこうよ、と言った友人がバンドの MySpace にコメントを残した。「観にいきたいけど、もう売り切れだよ!」 そうしたら意外にも返事がすぐ来たそうだ。「ゴメン。ゲストリストに入れてあげたいんだけど、もう目いっぱいワクを使っちゃたんだ。Hoxton のギグのチケットが ebay で出てるから、トライしてみて!」

果してebay では、そのライブ・チケットが スタート 0.99ポンド(約250円)で出ていたそうである。特に入札は無かった。我々はその時点ですでに、あたらしくブッキングされた Barfly のチケットを入手していたので、応札はしなかったです。ところでアナタタチ、ebay なんか、日ごろチェックしてるんですね。自分のバンドの名前で検索して・・・。オレは以前からやや確信をもっていたのだが、新人バンドの人っていうのは、絶対自分たちのバンドの名前で、ebay 検索してると思うよ。それがなんとなく実証されたので、ほのぼのとしたキモチになったのであった。

初めて目にした Barfly のステージではあったが、元気いっぱいではあるものの、演奏力を含めてちょっと荒かった。CDの方がライブより楽しめます。でもまあ、曲作りの才能はかなり持っている連中だとおもう。これからも応援していきたい。

2007年12月 4日 (火)

The Zutons

< 2004. 02. 03 @ 100 Club, London >

いまや、Mark Ronson もカバーする、The Zutons である。そんなことでエライのか、とも言えるが。www.myspace.com/thezutons 

その日オレは、お気に入りバンドである Dogs Die In Hot Cars と言うバンドのヘッドライン・ショーを観に、過去Sex Pistols の伝説のステージで有名な、ロンドン中心部の 100 Club に足を運んだ。 Dogs Die In Hot Car はすでに別な場所で観たことがあったのだが、このときが彼らのロンドン市内での初ヘッド・ラインではなかったかと思うこのステージを観るのを、楽しみにしていたのである。

会場についてみると、その日のイベントは、なんと突然「ダブル・ヘッドライン・ショー」と銘打たれており、Dogs Die In Hot Cars + The Zutons のショーとなっていたのである。The Zutons 自体はそれまで何かのオムニバスCDで曲を聴いたことがある程度だったが、評論家筋の評価も高かったので見る機会があれば見たいと思っていたバンドだ。なんとなく儲けた気がしないでもなかったが、なにも「ダブル・ヘッドライン」とか、わけのわからないことをわざわざ言わなくてももなあ、という気もした。出演の順番で言えば、The Zutons の方が先であり、別に前座扱いでも同じではないか、と思ったからである。

姿をはじめてみる The Zutons は、そのときはおなじみの 宇宙人服みたいなものは着ておらず、フツーのカッコウでした。2つのバンドは傾向は違うが、ともにクオリティの高いステージを見せてくれて、とても楽しめるものだった。

今から思えば、同じレコード会社が今後この2つのバンドのどちらに力を入れていくかの試金石だったのか。 The Zutons のその後の活躍はご存知の通りである。Dogs Die In Hot Cars はセカンド・アルバムを出さずにその活動を事実上中止してしまったのである。とても残念だ。今日に至るその「源」が、あの日の突然の「ダブル・ヘッドライン」にあるような気がしてしまうのである。

2007年12月 3日 (月)

We Are Scientists

< 2005. 10. 10 @ Astoria, London (with Editors) >

< 2005. 10. 17 @ 93 Feat East, London >

友情で結ばれたバンド同志というのは、なかなかよいものである。

アル・ヤンコビックにしか見えない外見のベーシストを擁する We Are Scientists 。彼らのライブを初めて観にいったのは、今から2年ほど前、Editors のステージを観にいった折だった。当時ロンドンの小さいベニューで積極的にライブを行なっていた We Are Scientists であるが、この Editors の前座として、初めて大き目のステージに姿を現したのであった。www.myspace.com/wearescientists  www.wearescientists.com

当時すでに We Are Scientists の外観に惹かれるものがあったオレは、彼らのホームページをチェックしていた。バンドのキャラクターそのままの、なかなかシャレの効いた「味」のあるダイアリーが頻繁に更新されており、バンドのホームページの中では唯一頻繁に訪れていたのである。ツアーを一緒におこなったバンド同士が仲良くなる話はよくあるが、彼らもまた、お互いにこれから売り出し中の新人バンドとして相通ずるものがあったのだろう。アメリカ・イギリスという国境を越えて友情をはぐくんだようだ。We Are Scientists のダイアリーにも Editors が登場するようになる。特に、アメリカとイギリスの「いやらしい言葉」のスラングを教えあう、ということに、お互いかなりのエネルギーを割いていた様子がよく伺える。やはり「わい談」は親しくなるのに欠かせない要素だ。

Astoria のステージもよかったのだが、やはり彼らのヘッドラインステージを観にいきたい。そう思っていたところ、Editors とのUKツアーが終わった直後、Astoria から一週間後にロンドンのイーストで彼らのライブを観る機会に恵まれた。「熱気」がすごくて熱くなりすぎた会場内だったが、大歓声の中、彼らの今後の成功を感じさせつつ興奮のステージは終了した。

実は We Are Scientists のステージが始まる直前、恒例の「Tシャツ」売り場で物色していたところ、そのTシャツ販売を担当していたのは、Editors のギタリスト Chris だと言うことに気がついた。新人バンドにとって物販収益はたいへん貴重な収入源だ。その大切な役回りを、「友人」のクリスが手伝っていたのだった。いまでは考えられない話だが、当時は彼だと気がつく人も数人しかいない状況だったのである。

オレと一緒に行った友人はさっそくクリスのサインをもらいに話しかけた。Tシャツ買わなかったけど。サインを書く適当な紙もなかったので、彼が手に取ったのが、We Are Scientists の中版ポスター。メンバー3人の写真の上に書かれたメッセージは「マイ・フレンドへ。ぼくは We Are Scientists のメンバーじゃないよ。クリスXX。」というものであった。

We Are Scientists のみなさん、そんなポスターの使いかたをして申し訳ない。でも、仲の良い友達同士だよな、オマエらって。

その後2つのバンドはともに出世街道を登っている。 Editors は Alexsandra Pareceで、We Are Scientists は Carling Academy Brixton で演奏するところまでやてきた。だがそんないまでも、もし一緒にいたら仲良くわい談をしていそうな気がするのである。

2007年12月 2日 (日)

Humanzi

< 2006. 04. 20 @ Underworld, London (Camden Crawl '06) >

< 2006. 07. 09 @ Oxgen Festival, New Band Stage, Ireland >

去年、うまれて初めてアイルランドの地を踏んだ。Oxgen Festival を観にいくためである。この Oxgen Festival は、毎年7月の週末土日の開催で、同じ週末スコットランドで開かれる T in The Park Festival と交代でバンドが入れ替わる。スコットランドに行くか、アイルランドに行くか・・・。なんとなく、なんの根拠もないのだが、アイルランドの方が晴れそうな気がしたので、Oxgen にしたのであった。バジェット・エアラインを使っての、安旅である。

結果的にはアイルランドもスコットランドも「雨&寒波」で全くダメだったのだが、特に Oxgen の初日は天候条件が悪すぎ、結局会場には入ったもののバンドの姿を観ることなく撤収。近隣のパプに出かけてギネスを注文。これはこれで予想以上においしく、感動した。

さて、2日目最終日は多少天候も盛り返し、せっかっくこんなところ「くんだり」まで来たのだから、元を取らなければいけない。朝から晩までしっかりとバンドを鑑賞した。いくつか気になる新人バンドをチェックしたあと、このイベントももうスグお開きの時間だ。「ニューバンド・テント」でトリは誰かとプログラムに目をやると、Humanzi とあった。www.myspace.com/humanzi  www.humanzi.com

すでにCamden Crawl '06 で姿を一度拝んでいたが、ステージのトリとは。カムデンで観てから3ヶ月もしないうちに、あれよあれよと言う間に出世街道をかけのぼったのか?なんとなく気になったので、彼らのステージをもう一度観に行くことに決めた。新人バンドとはいえ、さすがにこの日の締めくくりだけのことはある。それまで装飾のなかった「ニューバンドテント」のステージ・バックは Humanzi のロゴやデザインをあしらえたビジュアルになっている。シングル1枚しか出していないわりには、ずいぶん大げさな扱いではないか。

彼らのステージは、正直「可もなく、不可もなく」的な状態であったのだが、最後になって気がついた。そうか、彼らはアイルランド出身だったのだ。いわゆる「地元のヒーロー」なのである。アイルランドのなかでは、輝ける期待の星として、すでにもう確立された存在なのかもしれなかった。

イギリスに居を構えて8年以上になるので、正直言って日本のバンド事情には詳しくない。個人的にはこのブログがそうであるように、「観て何ぼ」なので、目にする機会が薄いバンドの興味は自然と減退してしまうのはやむを得ない。したがって、時折 Fuji Rock Festival のラインナップに目をやると、自分にとっては見たことも聞いたこともない日本のバンドが Kaiser Chiefs や Mogwai より後に出てくきたりして驚く、というか自らの不明を恥じるのであった。 たぶんそれと同じことで、アイルランドの若者にとっては、Humanzi がトリを勤めても、ビックリすることはなかったに違いない。

さて、そんな地元ヒーローであったが、今日現在、大きく化けたとは正直言いがたい状況である。今はベルリンに活動の拠点を移して、レコーディング中だということだ。

Hmz

こんな絶頂期もありました。

2007年12月 1日 (土)

Dogs

< 2005. 09. 29 @ Scala, Kings Cross, London >

< 2006. 04. 20 @ Koko, Camden, London (Camden Crawl '06) >

< 2007. 08. 25 @ Reading Festival '07, Radio One Stage >

なんとなく縁があって、1年に一回は観るバンドというのが自分の中に幾つか存在する。もちろんそのバンド目当てにイベントに繰り出す場合だけとも限らないので、結果的には「たまたまそうなった」とか、偶然の部分もあるのではあるが。

正統派で推すパンクバンド Dogs もそのひとつだ。www.myspace.com/dogsmusicspace   2005年以来,、年に一回で合計3回観ている。ボーカルのJohnny にはなかなかのカリスマ性が備わっていると思う。フロントマンらしい、フロントマンだ。デビュー当初の曲 [ Selfish Way ] はシングルに納められたいた曲3曲ともなかなかのレベルにあったと思う。

ただ残念ながら、そのあとが続かない。続けてシングルを出すたびに、苦しくもがいた感じが伝わってきてしまうのであった。ライブも同様で、[ Selfish Way ] (+ 同盤収録曲)以外はあまりこちらに伝わってくるものが無い。なかなか期待に応えてくれないもどかしさがある。

とりあえず気にかかっているバンドでもあり、一年に一回観るたびに多少なりとも「出世」感が漂っていないと、ちょっぴり心配になってしまったりするものである。なんとか「落っこちず」に良い曲を出してほしい。

今月Scala で公演するが、ソールドアウトのようだ。2年前も同じ会場だったけど。ただ「売り切れ」ではなかった。ものすごくゆっくりではあるが、Dogs、前進中である。

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