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2008年2月

2008年2月29日 (金)

Comanechi

< 2008. 02. 27 @ Fleche D'or, Paris >

いま、Comanechi がすごいことになっている。www.myspace.com/comanechi  www.comanechi.com

何がすごいかというと、バンドのT シャツがスゴイ。

で、どれくらいスゴイかと言うと、こんなカンジである。

Fleche_dor_20080227_033_2

彼等の MySpace ページでこのTシャツを見た瞬間に、オレはメールオーダーで発注していた。日中は自宅が不在なので、会社宛に送ってもらうよう手配したのだが、万が一にも会社の人間の目に触れるようなことがあってはいけないと、ビクビクモノであったことは言わずもがなである。

そこまでして手に入れたTシャツだが、予想通りこれを着て外出する機会にはいままでのところ恵まれていない。これを買っておいて言うのもなんだが、分別のある社会人としては当然のこととも言える。

一昨日彼等のステージを観にいったここパリの Fleche D'or では、バーテンダーが得意げにこのTシャツを着用しながら給仕しており、同じものを購入した自分自身のセンスに間違いがなかったことを確認することができた。と同時に、このバーテンダーの無鉄砲な心意気に深く感じいったものである。

さて、初めて目にする彼等のステージは、先入観というか、予想に反してとても印象深いものであった。バンドとして確立したスタイルから発せられるインパクト、という言い方もできるが、別な言い方をすれば「かなりの見世物」感というのが適切か。皮肉や否定的なことを言いたいのではない。この Comanechi というバンドのステージは、東洋文化(特に日本)好きなフランス人から見たら「たまらない」ものを持っているであろう事は、オレの短いフランス滞在経験からも明らかである。なんといっても大相撲の本場所に通い続けた大統領シラクを擁した国である。観客の興奮度合いがハンパではない。

オレのホームグラウンドである Fleche D'or で、今回に限っては観客の中にかなりの数の日本人が混じっていたことでちょっとばかりこそばゆかったが、ロンドンではなくこのパリで彼等の姿を見ることができたのはとても良い経験であったと思うのである。

Fleche_dor_20080227_030_3

@ Fleche D'or

この日出演4バンドのトリを飾る、堂々のステージであった。Indie Dad からの評価も高い。

さて、オレは観なかったのだが、この日の最初のステージは The Suzan という日本のバンドであったらしい。彼らや、オレたち日本人観客をふくめてこの日の Fleche D'or は、なかなかの「見世物小屋」と化していたのである。

2008年2月26日 (火)

Sons and Daughters

< 2004. 11. 23 @ ULU, London >

< 2005. 06. 26 @ Glastonbury Festival '05, John Peel Stage >

< 2008. 02. 25 @ Le Boule Noire, Paris >

さて、全国津々浦々で、わたし同様ライブ道を追い求める皆さんに昔からぜひ聞いてみたいと思っていたことがある。

「はじめて行くライブ・ベニューでは何時ころ入場した方がいいか、どうやって決めてますか?」

たいていの場合、Time Out 誌を見ても、あるいは前売り券そのものや会場のウェブサイトを見てすら、お目当てのバンドがいったい何時ころから演奏を始めるのか詳細の情報が提供されているることは「まれ」である。自分にも時間があって会場に早目に入ることができ、そしてビールでも飲みながらお待ちかねのバンドが登場するのをゆっくりと待っていられるときはいい。前座バンドがたくさん出演し、それもいったいいくつのバンドが出てくるのか何の情報もなく、しかもそいつらがこぞって「カスバンド」の香りを漂わせている場合。あるいは目当てのバンド登場ギリギリまで、現在仕掛かり中の残業を片付けていたい場合など、自分の見たいバンドがいったい今日は何時にステージに登場するのか?できるだけ正確な情報を仕入れて無駄をなくしたい、と思うのは人情というものだ。

一番手っ取り早いのは会場などに電話をして聞いてみることだ。だが、オレの経験では、まともに教えてくれる会場の数はそう多くない。前売り券に書いてあるような「開場予定時間」だけ教えられてお茶を濁されるのがオチである。

確実なのは会場そのものに行ってみて、そこに貼られている「タイムテーブル」を確認することだが、そもそもそんなことをする時間がないから困っているのであり、しかも、その時間割は一方的に無視されることがフツーである。

そうすると、残された頼りになる方法は、「そのライブ・ベニューのパターンを覚える」こととなる。そこに一回ライブを観にいけば、だいたいのパターンがつかめるのである。ここは開場○○時とあるけれど、最初のバンドが始まるのはだいたい△△時くらい、従ってメインバンドが演奏を始めるのはおおむね××時、という具合だ。

そこで最初の質問に戻るのだが、それではいったい初めて観にいく場所の場合には、何を頼りに行けばよいのか?これがオレにとっての永遠の大命題なのである(アホですが・・・)。

今夜、ひさしぶりに Sons And Daughters を観にいこうとした Le Boule Noire という会場は、今回初挑戦だ。www.myspace.com/sonsanddaughters  www.sonsanddaughtersloveyou.com パリの中心からやや北より、ピガールという、猥雑な繁華街の真ん中に位置したライブ開場だ。ムーラン・ルージュやモンマルトルのある方向、といえば想像のつくかたも多いだろう。このバンドの [Johnny Cash] という曲は、ビデオも含めて 2005 年のベストトラックのひとつといってよい。しばらく音沙汰が無かったのだが、新作を引っさげてのツアーを開始した。最後に彼等のステージを観たのが 2005 年だから、ちょっとした懐かしさと、それから彼等の健闘をたたえに行きたいという気持ちもあり、前売り券を入手したのである。

入場券には 「20:00から」 と記されているが、例によってあまり期待できる情報ではない。会場の Le Boule Noire のウェブページにも 20:00 とあり。オレの読みでは、20:00 開場、最初の前座バンドがきっと 21:00 登場予定なのだが、実際に出てくるのは 21:30 ころ。そしてそいつらが 30 分ほど演奏してからステージ準備を経て Sons And Daughters の登場予定は22:30 。こんな予想を立てた。しかしオレのようにライブ道求道者は単にメインバンドだけを観ればよい、というものではない。誰とも知れぬ前座バンドを観ることにこそ価値があるというものだ。もしかすると、Sons And Daughters が彼等の気に入りのバンドを地元グラスゴーから連れてきている、という可能性だってある。そうすると、前座とはいえ見逃すのがもったいないではないか!彼ら自身も、世間で名前が知られるようになったのは、同郷の Franz Ferdinand が前座に呼んでくれたことが直接のきっかけだったと記憶している。

そこでオレは今夜は 21:30 には会場に着いて、「期待の(By オレ)」前座バンドまで見ようと準備万端で Le Boule Npire に向かったのであった。

会場入り口に着いたのがちょうど 21:30 ころ。あたりはまったく人気(ひとけ)が無い。セキュリティのお兄さんが独りいるだけだ。しまった!もう前座バンドははじまってしまったのか?オレは小走りでセキュリティ・ガードに入場券を指し示した。彼は半券をモギリながらつぶやいた。「もう、おわりだよ・・・」

・・・・・・・・・・・・。

オレのフランス語がどんなにダメなものであっても、ジェスチャー交じりでそういわれるとさすがに「えええっ!?」と驚いた。何が?何が終わりというのか?まさにその瞬間目の前のドアが開き、中からヒトがどっと沸きだしてきた。言うまでもなく、 Sons And Daughters のステージをたっぷり堪能してきた皆さんのお帰りである。そう、彼らは前座バンド無しで、20:00 からのステージを十分お勤め上げになったのであった。そして、一応瞬時にして事情が飲みこめたオレも、周りの皆さんと一緒にお帰りになる以外選択肢は残されていなかった。

「完敗だ。」と意味無くつぶやき、さびしく家路をいそいだ。

Sad

彼等の MySpace より。

事前に会場に問い合わせをすれば防げたはずの事故ではあるが、オレのフランス語の実力ではいかんともしがたい。このこと自体を「経験」として将来の糧にするしかないのだ。

Sons And daughters 。もう一度どこかでお目にかかりたい。

2008年2月25日 (月)

The Crimea

< 2006. 09. 16 @ The Luminaire, London >

ロンドンではほぼ2年おきに引越しをしている。それぞれ事情があって転居しているわけなのだが、理由のうち大きいのは「こんなに家賃払っているんだったら、もっとイイとこあるんじゃないか?」というありがちなパターンである。ロンドンの家賃の高さにふと我に返る瞬間が2年に一回くらいおそってくる、とも言える。

おととし2006年の暮まで住んでいた Kilburn (キルバーン)というロンドン北西部の街は、特にお気に入りであった。ロンドンに住んでいる方にはよくお分かりだと思うのだが、北西部に向かう地下鉄ジュビリー線沿線も West Hampstead (ウエスト・ハムステッド)を西に超えて、次の駅 Kilburn まで来ると、とたんにガクッと家賃が下がる。この線路と交差して北に伸びるA5(通称 Kilburn High Road ) 沿道が、かなり荒れている印象があるからだ。

故 Ian Dury のバックを勤めたバンドは、The Blockheads が有名で、現役選手だ。ところで、その Ian Dury がシーンに登場し始めたときは、たしかその名も Kilburn and Highroad というバンドを率いていた。ここの通りの名前、そのまんまだ。荒くれ者の印象が強い通称「パブ・ロック」バンドの連中がつける名前である。高校時分に目にしたバンド名だが、ロンドンに来てからも、その辺りはずいぶんと荒くれているんだろうなあ、という思い込みがあったものである。

結果的に Kilburn で決めた賃貸物件は2つの点で成功だったといえる。ひとつめは、物件(建物)自体も周りの環境も意外とよかったこと。確かに Kilburn の商店街付近は不穏な雰囲気も皆無とは言えないが、駅から近くの Mapesbury というエリアはとても穏やかなところだった。どのストリートも裏庭がとても広い。

そしてもうひとつは、お気に入りのパブとライブハウスに出会えたことである。近所にあったNorth London Tavern (ノース・ロンドン・タバーン)というパブのサンディ・ロースト(ロースト・ビーフ)はオレがトライしたあまたのパブ・サンデー・ロースト(調査20店以上)のなかで最も絶品だったと、記しておきたい。加えてそこからほど近くに The Luminaire というライブハウスがオープンした。じつはこれがなかなか良かったのである。

The Luminaire はキャパシティ250人前後と思われ、決して大きなハコではない。だが、ここのブッキング・リストはいつも目が離せない物となっている。これから伸びてくるであろう新人バンドと、けっこうなキャリアのあるバンドがいい具合に交じり合っているのだ。明日も Fanfarlo という連中が演奏するようだが、最近気になっているバンドだ。今年成長をみる人たちだと期待している。かと思うと、月があけて来月になれば、Art Brut がブッキングされていたりするのである。しかも、この手のライブハウスにしては、多少小奇麗な感じがするので、精神衛生上もわるくない。家から徒歩圏内ということもあり、その日になってから Time Out やここの Web をチェックしてから普段着のまま出かけていく、ということがよくあった。ソールド・アウトということがあまり無かったし、あっとしても、なんとかなるのではないかという安心感を何の根拠も無く持っていたからである。サイアク中に入れてもらえなかったとしても、 例のNorth London Tavern に立ち寄ってビールを1パイントひっかけてから家へ帰ればいいだけの話ではないか。そんな気軽さも、ご近所ならではのメリットであったのだ。

よく、パブでビールのコップを手で持ちながら寝ている地元のオヤジがいるが、オレもいつしかこの The Luminaire では居眠りをしながら、しかも手にはビールのコップを持ったままこぼさず(ときどきこぼして股間をぬらしつつ)、次のバンドの登場を待っている、という100%地元のオヤジそのものになっていた。

そんなマイパブ The Luminaire で、ちょっぴりだけ悲しい気持ちになったことがある。例によって、その日になってから Time Out で名前を見つけた The Crimea を観にいったときのことだ。www.myspace.com/thecrimea  www.thecrimea.net

当時彼らは前身のバンドをふくめるとかなりの芸暦で、演奏も中堅に手が届き始めたバンドとしてなかなか見ごたえのあるものであったと記憶している。要するに、安心して見て楽しめた、ということだ。メロディアスな曲も得意としており、いろいろ「中ヒット」も出ていたのではないか。フェスティバルの会場で、通りすがりで横目で見ながらまずまずの人気であったことを思いだした。ところがこの日、当然のように「当日入場」できた彼等のステージは、決して満員とは言いがたかった。良い演奏だっただけに残念だ。オレはオレで、混みすぎていると文句を言うくせに、こうしたちょっとさびしい客席を見ると、また文句を言うのである。勝手だけど。地元のオヤジとしては、このライブハウスで演奏した連中の先行きが怪しそうだと、ちょっとばかり、悲しくなったりするのであった。

その後オレの記憶が正しければ、彼らはメジャーの契約を切られ(もしかすると、もう切られていたかもしれないが)、その後、「アルバム新作の曲、すべてウェブから無料ダウンロード可」という荒業というか暴挙に出た。

Kilburn High Road に面したこの「ご近所」ライブハウスで、オレを楽しませてくれた連中、みんながみんな幸せになるわけではない。そう思うと、頭の中には走馬灯のようにいろいろなバンドの演奏風景がよみがえってくるのであった。一番通う頻度が高いのは Camden Barfly かもしれないが、そこではオレはいつでもわざわざ観に出かける「お客さん」にすぎない。わけあって Kilburn を離れたが、もう一度住みたい街のひとつだ。

Cma

彼等の MySpace より。

今年になって、彼等の新曲 [Loop a Loop] が、トライデントのCMに使われだした。世間の評判もまずまずのようだ。CMに使われることの是非はあるだろうが、起死回生でがんばってくれ。

2008年2月22日 (金)

Blood Red Shoes

< 2006. 10. 16 @ The Luminaire, Lonodn (with Brakes) >

< 2007. 04. 19 @ Purplr Turtle, London (Camden Crawl '07) >

< 2007. 08. 24 @ Reading Festival '07, Carling Stage >

まだまだ先の話ではあるのだが、今年の Camden Crawl 。去年の Pete and the Pirates 発見がそうであったように、今年も新人バンド発掘の場としては1年のうちでもっとも楽しみにしているイベントである。

おととし、ブライトンの Brakes を自分の地元キルバーンのライブハウスに観にいったとき、前座でプレイしていた同じくブライトンの Blood Red Shoes www.myspace.com/bloodredshoes  www.bloodredshoes.co.uk 実はそのときは何の印象にも残らなかったのだが、翌年すなわち去年の Camden Crawl '07 で姿を見たときは、なかなかの貫禄さえ感じさせるバンドへと成長していた。全くの「ぽっと」出た新人バンド、というわけでもなく、この Camden Crawl に出演する旬のバンドのステージというのは、もしかするとそのバンドの「一番見ておくべき瞬間」だったりするのではないか、と思う。Blood Red Shoes も、もちろんまだまだこれからのバンドではあるが、たまたま3回観たからそう言えるのであるが、このCamden Crawl はおさえておいて良かった。早すぎず、遅すぎず、である。そう考えると、今年もこのイベントでどのバンドを観るのが良いのか、全く気の抜けない真剣勝負である。気合を入れて臨みたいものだ。

さて、この Camden Crawl であるが、出演バンドはあらかじめアナウンスされているので「誰が出演するのか」は事前にわかる。しかし、当日どのバンドがどのライブハウスで何時から演奏するのか。すなわち、スケジュールというかタイムテーブルは、当日にならないと教えてもらえない。所定の場所で入場券をリストバンドに変えてもらうときにはじめて当日のプログラムをもらうのだ。

リストバンド交換受付開始がイベント初日の午後4時ころ。そして最初のバンドが始まるのが6時過ぎなので、この間の2時間がマイ作戦タイム、となる。オレの場合はリストバンドを交換するや、The Hawley Arms というパブに飛び込んでビールを一杯引っ掛けながら緻密な作戦作りをするのが好きだ。このカムデンの真ん中に位置するパブは、地元のお年よりはもとより、カムデンを拠点とするミュージシャンからかなりのリスペクトを受けている。聞いた話では Razorlight のメンバーもご贔屓だという。カベにも各種ビニール盤が飾ってあったりして、この音楽タウン Camden のなかでもとりわけ「本場感」が漂う。

そんな The Hawlye Arma であるが、先日カムデンで大火事が発生し、あらかた燃えてしまったと聞いて驚いた。NME 2月16日号にも詳細が載っていた。

今年のCamden Crawl 。パイント・ビールに舌鼓を打ちながら作戦練りに集中するための新たな「我が家」を開発しなおさねばならないようだ。ちょっと、ディス・アドバンテージ。ここのロースト・ビーフ・サンド、まずまずだったんだけどね。

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彼らの MySpace ページより。

ちょうどここまで書いたところで、MTV2 で彼等のライブ映像が流れてきた。あらためて、なかなか優れた外人部隊(仏・西)だと思う。

Blood Bed Shoes 関連 2008. 10. 27 

2008年2月20日 (水)

The Whip その2

< 2008. 02. 16 @ Showcase, Paris >

昨日取り上げた Datarock 同様、この The Whip も去年の前半何度かライブに足を運んだオレのお気に入りバンドのひとつだ。先日パリのクラブで演奏する彼らの姿を捕らえることができた。ほぼ8ヶ月ぶりの再会である。[Trash] を始めとした彼らの代表曲は、すでにここパリでもオーディエンスから熱狂的な支持を受けていた。しばらく姿を見ない間に、ずいぶんと立派になったものだと父親のようなキモチで誇らしく思ったのである。

ところで、この8ヶ月のあいだにこのバンドにはもうひとつ大きな変化が発生しており、衝撃を受けたのでそれをここで報告しておきたい。オレは基本的に The Whip のライブを観にいくときはステージ最前列、すなわちかぶりつきで観にいくことを旨としているので、常にメンバーの姿や動きを詳細に、しかももらすことなく観察できる立場にいる。この日この目で見たオリジナルメンバーの2人(ブルースとダニー)は、とてつもないオヤジ臭をかもし出していた。とくにキーボード担当の Danny は、見た目の老化が尋常ではない。まさにオヤジそのものの風情である。もちろん彼ら2人は、一度バンドを失敗している苦労人なので、ただの若者というわけではないのだが、それにしてもいつもながらの英国人進行性老化現象にはただただ驚かされる。(参照:2007年10月1日 The Boys

Bruce のほうは、見た目は変わっていないのだが、以前の「オタク」感の残るステージと異なり、観客を盛り上げよう、踊らせようというアクションが増えてきたため、ビミョーなギャップを感じるようになってしまった。痛々しい、とまでは言わないが、お前ちょっとばかりトシだったんだよな、という意味でのオヤジ臭である。

ホンモノのオヤジであることに関しては、オレもやつらにひけを取らない(とるはずがない)のだが、上に書いた「父親のような気持ちで」というところだけはちょっと訂正したい、と思った。The Whip 。まだまだ先は長いんだから、生き急がずにがんばっていってくれ。

2008年2月19日 (火)

Datarock その2

< 2008. 02. 17 @ La Maroquinerie, Paris >

さて、昨年も一度取り上げた Datarock であるが、一昨日通算7回目となる彼等のステージを観にいった。節目節目に「Fa Fa Fa」を聴きに行き、そして「Fa Fa Fa」と叫ぶのが、オレの人生の潤滑油にすでになっているのだ。このあとの人生、いったい何回彼らを観にいくことになるのだろうかとさえ、ふと思う。(参考: [Fa Fa Fa] )

ところで、ヒトは(オレは)なぜ Datarock を何度でも観にいきたくなるのだろうか?ライブハウスに向かう道すがら頭にうかんだこの疑問は、この日のステージを眺ているうちに、突然氷解した。

1年半ほどのあいだにこれだけ何回もステージを拝むことができたのは、彼らが休みとどまることなく世界中でツアーを続けていることによりはじめて可能となっている。これほどの長期間にわたり、ほぼノンストップでツアーからツアー、ステージからステージを渡り歩いている彼らには実際のところ頭が下がる。しかも、基本的に1枚しかアルバムを出していないので、多少の新曲はあるとしても延々と同じ曲を無限に繰り返しながらツアーを渡り歩いているのである。

こうした長いツアーにより鍛えられ、完成の極みをみた彼らの芸風は、まさに「ショーパブ」そのものといえる。毎度毎度のなじみの曲に乗せて、これまたお約束の動きの数々。この曲のアタマでこういった動きが入る、というのが手に取るようにわかるのだが、その「こなれた」カンジがショーパブ芸人のそれと同じでたまらなくうれしい。エンディングにいたっては、新宿のショーパブとの違いを指摘することさえ難しい。

そう、ヒトは皆ショーパブが好きなのだ。

Datarock 。バカバンドのように見えて、そうではない。働き者の、ショーパブ・エンタティメントなのである。

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@ La Maroquinerie

暗くてわかりづらいが、構成が5人から4人に減っていた。ベース担当のツアーメンバーが抜け、Datarock のミニっこがベースを弾いていた。ショーパブを引退したひとの行方が気のなるのは洋の東西を問わない。

● Data Rock その1

2008年2月18日 (月)

Turzi

< 2008. 02. 16 @ Showcase, Paris >

ここのところ滞在時間の長くなっているフランスでは、なかなかコレといった地元バンドに出くわしていない。Oui (ウィ)FM という「ロック専門チャンネル」を普段聞いているのだが、フランスでは「放送ではフランス語の曲を何割以上含めること」みたいなことが法律で定められており、したがって、フランスのバンドも耳にする機会が多い。しかいフランス語自体が「ロック」の曲調になじまないのか、聴いてて腰砕けになることがほとんどだ。今日もラジオから流行りのインディ風イントロが流れてきて、一瞬「おっ!?」と思ったのだが、次の瞬間ボーカルがはいってしなびけてしまった。『せっとれとれぼおお~ん。』

ライブを観にいってもそうだ。フランスにいても観にいくのは英国や時によってはアメリカのバンドが多いのだが、前座で出てくるフランス人バンドはこちらの期待と声援もむなしくたいていの場合はオレから「カスバンド」の烙印を押されてしまう。やはりフランス語ということが大きなハンディなのか。

もちろんこのハンディを逆手にとってがんばっているのがエレクトロ系である。こちらのジャンルのミュージシャンやプロデューサーがグローバルに活動しておるのは周知の通り。このジャンルは「うた」や「歌詞」の中味に重きが置く必要がないことから、あくまで音作りに専念することで世界に通用する得意技を開発した、という例だろう。

昨晩観た Turzi というバンドはフレンチ・ロックのもうひとつの可能性を示してくれた、というと言いすぎだろうか。www.myspace.com/turzi  http://www.recordmakers.com/ 

彼ら自身は典型的サイケ・バンドである。エレクトロ系とギター系の両方守備範囲にしている、というのが特徴で、まあまあ楽しめたバンドであった。さすがジャン=ミッシェル・ジャールの国、と思わせるようなフレーズもあり、多少のお国柄もかもしだされている。

自分自身としてはサイケバンド常に大歓迎なのであるが、ここのところイギリスにおけるギター・サイケ系バンドは元気がない。ちょっと時代に合わない、「ギター・サイケ冬の季節」なのか?そんな折にまずまず合格点をつけられるフランスのサイケバンドに出会ったのでうれしかった。よく考えると、はっきり言ってサイケバンドも歌詞やメッセージはどうでもいい。ほとんどインストでもいいくらいだ。条件としてはフランスのお家芸エレクトロと同じだろう。

フランスのギター小僧達に言いたい。流行りのUKインディ・バンドのコピーは今すぐやめて、サイケに走れ、と。パリがギター・サイケの本場になってくれれば、もうすこしだけ楽しい街になる。

Turzi

彼等の MySpace ページより。

Simian Mobile Disco と回ったUKツアーも好評であったらしい。このツアーの最後を飾る昨晩のパリ公演はいわば「凱旋」ステージだ。大きな声援を受けていた。

ちなみに、この写真からは全く想像がつかないのだが、キーボード担当者は、外見も動きも「くいだおれ人形」とうり二つであった。

Kuidaore

←担当楽器は違うが、目指す方向性は明らかに同じであった。

2008年2月17日 (日)

Lee Scratch Perry

< 2003. 06. 11 @ Royal Festival Hall, London (Meltdown Festival '03) >

レジェンドと呼ばれる人たちを目の当たりにしたときは、独特の感動がこみ上げてくるものだ。仮にそれまでさしたる興味がなかったとしても、いま自分の目前でパフォーマンスを繰りひろげているのがあの伝説のミュージシャンかとおもうと、やはり「後光」がさしてみえることすらある。

「後光」をはるかに通りこして、コドモには見せられないものを見てしまった!(別に子供はいませんが)、というキモチになったことがある。その存在自体が放送禁止といっても言い過ぎではない存在感に圧倒された Lee Scratch Perry のステージを観たときだ。 一緒にステージに立っていた Mad Professor がただの善良な公務員に見えたほどである。いったいどれほどすごかったのか?オレの貧困な文章力ではとうてい表しきれない。たしかに衣装・いでたち、ステージ上での挙動もスゴイにはスゴイが、やはりその姿全体からみじみでてくる、「やばいヒト」感。とてもこの世のものとは思えないオーラを力強く発していたのである。いい冥土のみやげができたものだ・・・・。

ところで、2年ほど前にジャマイカ旅行に出かけたことがある。とはいっても、首都のキングストンにいってレゲエに浸るほどの勇気は到底持ち合わせていない。郊外の安全なリゾートホテルとそこのビーチにこもっていただけのぬるい観光客である。

そのホテルにはゴルフ場が併設されており、そこでオレは生まれてて初めて18ホールのゴルフ場デビューを飾ったのである。ちなみにそれまでの戦歴は「打ちっぱなし」2回だけだ。当然まともなプレーなどできるはずも無いのだが、毎日ビーチで本を読むだけではすこし飽きてきたのでチャレンジを試みたのである。

さてと、快晴でキモチ良いゴルフ日和だ。だが難点は「キャディ」抱き合わせということであった。ホントは誰の目にも触れず、ひとりでのびのびプレーをしたかったのだが、観光地でもありやむを得ない。第一打。キャディのジャマイカ人オヤジ、こっちをじーっと見つめてる。緊張するなあ・・。

第一ホールで空振りを3回ほど繰り返したあと、そのキャディはオレにクラブの振り方を教えてくれたのだが、そいつのスウィングはさすがにうまい。だがこちらはというと、相変わらずの体たらくだ。キャディもあきらめて空振りを繰り返すオレを置いて、木陰に涼みに行ったようだ。当然といえば当然だが、ずいぶんとなめられたものではある。ふとそいつの手元をみると、タバコの煙が揺れている。いくらなんでもフェアウェイで喫煙していいのか、このキャディ。と思ったのだが、よくみるとそれはタバコではなく、地元の特産品であった。

・・・・・・・・・・・・・・・。

健康にわるいタバコを、しかも一応は一流と銘打っているリゾートホテルのゴルフ場従業員が勤務中に勤務場所で吸うなど言語道断である。誤解をして申し訳なかった。彼はただ地場の特産品を消費しながら、気持ちよくなっていただけなのである。ビーチで寝そべっているだけでは判らない、このジャマイカという国の日常を垣間見ることができてよかった。

ジャマイカ。その音楽はとても自分の手に負えるものではないと思い知った。

Lsp

キャディさん Lee Scratch Perry 近影。

2008年2月15日 (金)

White Stripes

< 2002. 06. 29 @ Glastonbury Festival '02, Main Stage >

音楽フェスティバルにおける薬物過剰摂取者がくりひろげる不思議な、しかも魅力的な「踊り」について思うところを先日のエントリーで披露した。

こういった過剰摂取者を観察することを楽しみにしている側から言うと、目が離せなくなるのはなにも「ダンサー」に限らない。キマッた状態を英語で「Stoned」ということからも判るとおり、石のように固まってしまって全く動かなくなってしまった人たちの集団を見るのもなかなか味わい深いものがある。やはり薬物の作用で微動だにしなくなってしまった方々もまた、フェスティバルにおける貴重なオレの観察ターゲットなのである。

動きの無いヒトで最も魅力的なのは、「寝ている」というよりは、行き倒れにしか見えない姿で動けなくなった者の雄姿だ。人間が寝ている姿とは思えない、すなわちひいき目に見てもただの「死体」にしか見えないツワモノの姿である。万一ホンモノの亡骸だったりするとイヤなので、第一発見者になってしまわないよう、オレから「大丈夫ですか?」と声をかけるようなことはしない。しかしなんといっても心躍る瞬間は、その「死体(にしか見えない物体)」が、突然我に返って起きだす瞬間だ。

自分としては比較的そういった「死体」の横ににじり寄っていくことがキライではない。そいつがある瞬間に突然むっくりと起き上がり、おそらく最初のころは付き添っていたであろう自らの友人の姿をさがしてあたりをキョロキョロする。もしかすると、自分が今どこにいるのかも判然としていない様子だ。おそらくは、彼が「死体」を演じているあいだ、同じステージでは4バンドほどすでに終了しているはずなので、いったい自分がどこで何をしているのかよくわからないのである。

いままでこういった「長期間死亡の後、きょとんと起き上がる死体」を3例ほど眼前でみてきたが、なぜか皆よろよろと走ってテントの方に帰っていく。帰巣本能というやつに違いない。

ところで話は変わるが、オレは2002年のグラストンベリー・フェスティバルのメインステージ後方でその年話題の White Stripes の登場を待っていた。時間はまだ夕方だったと思う。彼等の前に登場したバンドがつまらないものだったのか、ステージ後方の芝生はスカスカだったのだ。自分の周りは観客もまばらである。横になって目を閉じているとすこしうとうとした。そろそろ始まる時間かな?と考えていたころ頭の上で「寝てるぞ、コイツ。」という英語が聞えてきた。

ちょっとムッとして「ヒトが気持ちよく寝ていて悪いか。」とおもったりしたのだが、目を開けた瞬間おどろいた。White Stripes の人気のせいで、自分のまわりは全くすきまなくぎゅうぎゅうづめの大観衆だ。オレの寝ている「人型」スペース以外は、ヒトがびっしり立っている。後ろの人間が「空きスペース」と思ってつめかけるのだが、そこには睡眠中の人間が一人いるため足を踏み入れることができない。そのためかえってあたりは混んでいくという負のスパイラルを発生させていたのであった。

目を開けて1秒後に、「コレはたいへん恥ずかしいことになったものだ」と、事の重大さに気がついた。そして次の1秒でそのあとの行動方針を決定した。「恥ずかしいので、このまま寝つづけよう。」きょとんと起き上がってはカッコわるい。いたたまれない他人の視線は防ぐことができる。オレの作戦は2段階になっていて、次のアクションはバンドが演奏する瞬間に立ち上がる、というものだ。これにより、あたりの人間はステージに釘付けとなる。「寝ているやつ」のことなどどうでも良くなるその一瞬の隙をつくのである。オレには有事の際に帰るべき巣(テント)が無いので、こうして策を弄する必要があるのだった。

ただよく考えると、寝ている人間がきょとんと起き上がる瞬間に興味があるのは自分だけかもしれないんですがね。

いずれにしろ、フェスティバルのメインステージではどのへんの場所を押さえるべきか。人間こうした恥ずかしい経験を踏まえながら、学習していくものなのである。

2008年2月13日 (水)

The Raveonettes

<2003. 06. 29 @ Glastonbury Festival '03, Other Stage>

バンドのライブステージを観にいって、かわいそうなバンドに出会ったときは、強く記憶にとどまることが多い。ボーカリストが急病で倒れたため残りのメンバーだけで急場をしのいだ The Rakes 。最初は観客から罵声を浴びまくっていた。パブの片隅で照明効果一切なしに演奏させられていた These New Puritans 。メンバー2人だけのステージが、哀れさに拍車をかけていた。

しかし、あまりにもかわいそう過ぎて、ほとんど記憶から消えかけていたバンドを思い出したぞ。デンマーク出身のデュオ、The Raveonettes である。www.myspace.com/theraveonettes 

2003年のグラストンベリー・フェスティバル。彼らのことについてはそれほど高い関心を持っていたわけではなかったのだが、テレビやラジオですこし触れるだけではよく位置づけが判らないなあ、と思っていた。NYアンダーグラウンドのスピリットを受け継ぐ『ホンモノ』か、ただの『歌謡曲』か、この際だからライブを観て自分の目で確認しておきたいと考えたのである。

Other Stage という2番目に大きい屋外ステージで彼等の出番を待っていた。すると、演奏予定時間を待たずして、メンバーの一人がステージ中央までやってきて、マイクに向かって何事がを話し始めたのである。話を要約すると、以下のような内容であった。すなわち、彼らは当然ながら今日のこのステージをたいへん楽しみにしていた。ところが英国に向けて送り出した機材が通関で止められ入国できない。したがって、今日は演奏することができない。自分たちもとても残念だが、楽しみに待っていてくれた観客のみなさん、ゴメンナサイ、と。

これはなかなかビックリだが、やはり楽器・機材が一式ないということなので、いかんともしがたく、無念ながらも苦渋の結論であったに違いない。さすがに他のバンドから借りるというわけにもいかないのであろう。というわけで、 The Raveonettes、登場後10数秒で彼等の夏の甲子園は終了した。不戦負である。はかない晴れ舞台であった。コイツらの真贋を見極める一瞬の暇(いとま)すらなかったのである。

ロンドンに長く住んでいるので仕事上ヒースロー空港に日本人の来客を迎えに行くことも多い。自分自身の荷物は意外と「紛失」しないのだが、オレが空港まで迎えに行く客人の荷物はかなりの確率でロストしてしまう傾向にある。自分のせいではないのだが、長旅で疲れきった上にロスト・バゲージという仕打ちを受けて呆然とたたずむ客人の姿を見るにつけ、なんとなく申し訳ない気持ちになってくる。こんな使えない空港で、どーもすいません。

オレは日本人ではあるのだが、一応英国在住の人間を(勝手に)代表して、The Raveonettes のメンバーが立ち去ったステージに向かって、「使えない国でどーもすいません。」と唱えた。海外からの来客に対する最低限の気遣いである。

Ravo

彼等の MySpace ページより。

The Raveonettes は雪辱を晴らすために翌2004年にもグラストンベリー・フェスティバルにやって来た。New Band Tent (現 John Peel Stage) に格が下がってたけどな。ところで、わたしはすでに興味を全く失っていたので、この年彼等の演奏時間は、別なステージに行っておりました。人間、所詮そんなものだ。

2008年2月12日 (火)

Matisyahu

< 2006. 08. 20 @ V Festival, Chelmsford >

第50回グラミー賞が発表された。一番の話題はなんといってもエイミー・ワインハウスの5部門受賞だろう。英国人女性シンガーの快挙である。度重なる薬物使用などもあってか、授賞式出席のための米国入国ビザがおりなかったそうであるが、大物歌手然とした無軌道ぶりが潔い。

彼女の両親はユダヤ人だそうだが、思い返せば大量のユダヤ人の集団を目の当たりにするという経験は、英国に来なければきっとできなかったに違いない。ロンドンでは何度も引越しをしたが、必ず近所にはシナゴーグがあった。週末になると、あの独特の装束に身を包んだ集団が礼拝に向かう敬虔な姿が見られたものである。ユダヤ教のことは良くわからないのだが、あの黒い洋装に黒い帽子。そして独特のひげともみあげ。そういったいでたちに自体にインパクトがあることは確かだろう。ロンドン北西部にある有名なユダヤ人街 Golders Green 。礼拝の時間帯に迷い込んだことがあるのだが、何百人いるともしれないユダヤの方々以外歩く者がいない町並みを見たとき、その現実離れした光景にしばし我を忘れて見入ったことを覚えている。

ユダヤ人ラッパーである Matisyahu のステージを目の当たりにしたときに受けた衝撃・感動というものは、やはりあの衣装抜きには語れないと思う。www.myspace.com/matisyahu  www.matisyahuworld.com 来日経験もあるはずなので、彼のステージを観た方もいるのではないかと想像するのだが、Golders Green で見た敬虔で物静かな集団の中からまさに出てきたような彼の格好と、エネルギッシュなステージに大きなギャップを感じたのである。

あの大集団が突如全員で Matisyahu 同様に暴れだしたら、とてつもなく恐ろしいものがあるに違いない。そう思うととても興奮して飛び跳ねながら彼のステージを見ていた。宗教的熱狂が、自分にも乗り移ったような、不思議な体験であった。

Mati

彼の MySpace ページより。

当然ながら、かわいらしい帽子(頭頂部に「かぽっ」と乗せるやつ)姿で登場することもあります。

2008年2月 9日 (土)

Spiritualized

< 2001. 10. 11 @ Hammersmith Apollo, London >

毎年いろいろな音楽フェスティバルに顔を出すのだが、会場の中での楽しみは音楽に限らない。青空の広がる昼下がり、屋外ステージを遠くに眺めながら芝生の上で大の字になる。至福の瞬間だ。遠くかなたで演奏しているバンドが、自分のお気に入りかどうかさえ関係なくなる。フェスティバルに来てよかったなあ~と一人悦に入るのはこんなときだ。

もうひとつ、フェスティバルでは音楽の良し悪しに関係なく、しっかりと楽しませてもらえる光景がある。特殊な薬物摂取が効果的に働きすぎ、たいへん気持ちよくなってしまった方々の「本能の赴くままの踊り」を堪能させていただく瞬間である。自分としては、音楽フェスティバルの個人的楽しみのうち3割以上はこういった「見世物」にあると言っても過言ではない。

5年ほど前までのグラストンベリー・フェスティバルでは、会場内に入る前に過剰摂取で動けなくなってしまった人たちの集団とか、首から「クスリ売ってください!」とプラカードをぶら下げた人がぞろぞろ居た。さすがにそれだけのことはあり、会場の中のあちこちには音楽に合わせて不思議な踊りがとまらなくなった「ダンサー」がぞろぞろといたのである。ところが、ここ数年來、このフェスティバルへの違法入場がむずかしくなり、壁をよじ登って進入してくるヒッピーの数が減ってしまった。入場料も高騰し、分別のある普通の観客が増えてきた分、「特殊ダンサー」の数がすくなくなってきたのは残念なかぎりである。

そのかわり、最近は相対的にレディング・フェスティバルが元気だ。2日目土曜日の夕方をまわると、キマリくん以外、すなわち「キマッて」ないやつを探す方が難しいというものだ。Carling (カーリング)のバーカウンターのスタッフですら、ほぼ全員固まっている。それに呼応して、不思議な踊り、通常の生活をしている限りなかなか見ることのできないようなダンスを披露する人間が増えてくる。ステージで演奏中のバンドがつまらなかったりすると、オレの目はそういった「ガンキマリ・ダンサー」にくぎ付けになってしまうのだ。

そういった方々の写真をここで貼り付けてしまっては、さすがに不適当なので、自粛する。しかし、思い返してみると、こうした「不思議な踊り」が止まらなくなってしまった人の集団を初めて目にして、そしてビックリしたのは、今をさかのぼること6年以上前、Spiritualized のライブを観にいったときであった。www.myspace.com/spiritualizeduk www.spiritualized.com

よく考えれば着席シアター方式のライブ会場に足を運ぶことは、そもそもあまり多くない。この日の Spiritualized はたまたまなのか、そういう会場であった。オレの目の前の観客たちは、基本的に皆着席している。ところが、一旦気持ちよくなってしまった方々は、席を立ちあがって踊りに取り組むため、後ろに座る我々からは100%その勇士が丸見えである。日本にいたときはあまり気がつかなかったが、スペースロック、サイケミュージックの真髄とはまさにこういうものなのであろうと、すっかり感心したものだ。みんな、宇宙と交信中だ・・・・。

そのときはただただ驚いたのであるが、月日は流れて今はフェスティバル会場で、みずから「ダンサー」の姿を探し回る自分がいる。良いライブを観られることと、よい「踊り」にめぐりあうこと。いまや自分にとって、どちらも妥協できないフェスティバルの「華」である。

2008年2月 8日 (金)

Fridge

< 2007. 08. 11 @ Victoria Park, London (Field Day) >

「ジャケ買い」というのは、意外と正しい音楽の買い方だと思うのだが、同様に「顔買い」もありだという気がする。

「ジャケ買い」のほうは音も聴かずにCDやらレコードを買うわけなので確かに冒険だ。オレの考える「顔買い」というのは、フェスティバルやバンドのショーケースイベントを観にいくとき、あまた居る「知らない」バンドの中からどいつらのステージを見るのが良いかを事前に絞り込むための方策である。

もちろん一応は MySpace などでザッとプロファイルを確認するのだが、フェスティバルの前夜などに一度の何十バンドもチェックしなければならないときは、何らかの指針が必要だ。一曲やそこらで果して観る価値があるかどうか頭にインプットしなければならない。そんなときに、メンバーの顔写真を見て、「コイツは果して使えるやつか?」どうかを判断していくのが、「顔買い」である。

去年の夏におこなわれた Field Day 。良質のインディ系バンドが目白押しのイベントなのであったが、時間割や、ステージの数さえ事前にはわからない。とりあえず出演バンドの中から自分の知らない連中(多数あり)を直前に MySpace で簡単に確認。当日会場でプログラムを入手してから「どの時間に誰を見るか」の作戦を組み立てるしかない。候補バンドを絞り込むために、「顔買い」を試みた。

これに引っかかってきた面構えのひとつが Fridge であった。www.myspace.com/fridgemusic

どんな顔かというと、こんな人たちである。

Fridge

どうです?観にいきたくなったでしょ?

実際に観た彼等のライブはなかなか興味をそそるものであった。インストルメントのインディバンドなのだが、けっこう面白かったし楽しめた。彼らのことは全く知らなかったのだが、後日調べてみると、なかなか玄人ウケのするベテランである。しかもメンバーの一人は要は Four Tet をやってる人で、そういう意味ではその筋の「顔役」である。とはいえそいつのサイドプロジェクト、という感じでもない。個性豊かな3人の集合体で、 Four Tet とは違った、まさにバンドらしさが魅力なのだった。

なかなかいいバンドに当たったな、と今回は「顔買い」が当たりたったのがちょっとうれしかった。

2008年2月 7日 (木)

The Blueskins

< 2004. 08. 13 @ Barfly, Camden, London >

ライブ道を追求することは、時として孤独との戦いでもある。フェスティバルにせよライブハウスにせよ、音楽を聴きに出かけるときは、連れが居たほうが楽しいし、心強くもある。ただ毎度毎度付き合ってくれる人間がいるとばかりは限らない。バンドの演奏が始まる待ち時間、一人のときはビールを飲むか携帯テキストを乱れ射ちするくらいしかやることがない。そもそも一人ではオヤジ狩りの標的にさえなりかねない。ふと周りを見回すと、同じような事情の英国人もけっこう居たりするのだが、それはそれで自分の姿と重なってしまうため、さびしさもひとしおというものだ。

若いコたちならともかく、自分の年齢をよく考えれば知り合いの中でライブハウスに付き合ってくれるような奇特な人間はそういるはずもない。商工会議所の会合で顔を合わせるおじさんたち(自分と同年代です)の面構えを思い出しても、彼らにライブベニューでばったり出くわしたら、かえってコワイものがある。・・・・・とはいうものの、人のことをとやかく言えた義理はない。オレ自身も絵に描いたような生粋の中年日本人サラリーマンなのだ。しかも50台の足音さえ忍び寄る昨今である。

仕事でお世話になっているHさんから久しぶりに夕食の誘いがきた。彼はオレよりすこし年配の日本人だが、イギリスでのビジネスも軌道に乗っている立派な事業家だ。ときどき会っては世間話をする間柄なのであった。彼が「普段食べてないもの食おうよ」と言ってくれたので、その日はギリシャ料理屋さんに行ったのである。

「Funga77くんは、普段どこ遊びに行ってんのよ?」とHさんが聞いてきた。気のおけない彼の人柄もあり、「そうですね・・・。じつはライブハウスとかなんですよ。」と自ら『ライブ道』の求道者であることをカミング・アウトしたのである。その瞬間、Hさんの目がなつかしい、遠い目になったのをオレは見逃さなかった。「ちょっと、今日試しに行ってみますか?」というこちらの問いかけに、「いいの?俺なんか。」とうれしそうに応えてくれた瞬間、今夜の行動予定は決定だ。オレはHさんを連れて自分のホームグラウンドである Camden の Barfly をめざしたのだった。

その夜 Barfly で演奏していたのは The Blueskins www.myspace.com/blueskins www.theblueskins.com いろいろなオムニバスCDアルバムで3曲ほど聴いたことはあるが、見るのはもちろん初めてだ。結果的には彼等のスピード感のあるブルース・ロックはその夜のベストな選択であったといってよい。ちょうど上り調子の、彼等の一番良いときを観る事ができたと思った。Hさんに目をやると、「いいね、コレ!こいつら、いいよ~。」とご満悦である。帰り際Hさんは続けて言った。「実はオレも、むか~しむかし、できたばかりの『ピテカントロプス』(!)とか通ってたんだけどさっ、やっぱり、こういうとこ来なきゃだめだよね。いや、ちょっと最近守りに入ってたなあ、なんて・・・。とにかく今日はけっこう楽しかったよ。ありがとう。』

オレ自身も、バンドを観ながら H さんといろいろな話をすることができて、オモロかった。Hさん、けっこう暴れん坊だったんだ、昔は。彼と別れた帰り道、今日はいい夜だったな、と思った。たまにはこういう連れも悪くない、ライブ道。

Bs

The Blueskins の MySpace より。

普段聴くタイプの音ではないが、その夜はこころに染み入るものがあった。

2008年2月 6日 (水)

Do Me Bad Things

< 2005. 04. 14 @ Mean Fiddler, London >

皆さんはライブ会場でバンドTシャツをよく買うほうだろうか?オレはケッコウ好きなので、物販コーナーがあるときはかならず覗いてみる。フェスティバルでは絶対Tシャツを買わないのに、なぜか小汚いライブハウスの片隅で売られているTシャツは気になってしまうのが、自分でも不思議である。

どのようなときにバンドTシャツを買うかの理由は、人によってさまざまだろうし、自分自身でもいくつかの「基準」を持っている。たとえば駆け出しの新人バンド。いわゆる「ギャラ」などもらえないだろうし、はっきり言ってこの物販からあがる収益だけが「貧乏ツアー」を続けるための命綱に違いない。コレクターズ・アイテムとしては500枚限定販売の7 inch レコードにも食指がはしるが、バンドが得られる利益率を考えたら圧倒的に T シャツに軍配が上がる。こういった場合はちょっとしたタニマチ気分でTシャツを購入だ。チッチャイはなしに聞えるかもしれないが、バンドのメンバー自身がみずから一生懸命売っているのを見ると、決してばかにできない。

一方、これはTシャツというものの存在意義を考えたら当たり前なのだが、「コレ欲しい!」と思えるデザインに出合ったら即買いだ。そんな「一目ぼれ」で買ったお気に入りのTシャツが何枚もある。当然ながらその後の出動回数も多く、フェスティバルなどで全く同じものを着ている人とすれ違うと、お互いおもわず「ニヤリ」とするものだ。

そういった「マイセンス」コレクションをここで披露するのはさすがに恥ずかしいのだが、是非ともここで紹介したいアイテムが1枚だけある。 Do Me Bad Things のライブ会場で購入した彼等のTシャツである。www.myspace.com/domebadthings 

この南ロンドン出身の大所帯バンドはMTV2 で姿を見た瞬間にファンになってしまった。シングル何枚かが出たところで待望のライブを観にいったのである。いつものように「Tシャツ販売コーナー」をかすめたとき、一種類だけオレの琴線にどすんと触れたものを発見した。これは取るものもとりあえず、まずは買わねばなるまい。ところが、これもよくありがちな話ではあるのだが、その他の「いまひとつ」なTシャツはサイズのフルラインナップがそろっているのに、オレのお気に入りだけは『ディスプレイもの一点限り』だという。見る限りではあきらかに巨大だ。聞いたらXLだという。

今の時代、小さめのものをうまく着こなすことはあっても、巨大Tシャツを着て歩ける場所はなかなか存在しない。普通ならここであきらめてライブ会場の中にすごすごと向かうところであった。ただそのときは、あまりに魂が揺さぶられたために、その巨大Tを躊躇なく買ってしまったのである。ちなみに自分のサイズはMだ。だが、そうは言っても結局は何とかなるのではないか。そんな、全く根拠来のない自信もなぜだかわいてきた。まずは買ってから考えろ。自分にそう言い聞かせてその巨大Tを握り締めたのである。

結果は。

どうにもならなかった。家に帰って袖を通すと、今まで見たことのない大きさだ。80年代の「ワム!」ですら着るとお笑いに見える、いや、一昔前のニューヨークのラッパーですら間抜けに見えてしまう、トンデモ・サイズの逸品である。たぶん今後「大きなサイズ」がファッションの主流になってきたとしても活躍の機会はないだろう。ただの異常にでかすぎる服を買っただけのはなしであった。

Fleche_dor_003

サイズ比較に「タバコ箱」を置くのを忘れた。真ん中の「デザイン」が、フツーのTシャツであれば真ん中に大きくプリントされている、と想像ください。購入後2年半塩漬けであったが、このたび『部屋着』に昇格。ただし、冬は風がスースーして寒いことが判明した。お蔵入りの可能性も否定できない、ぎりぎりのところだ。でも数あるバンドTシャツの中でも絶品のひとつだ、と確信をもっている。

なお、Do Me Bad Things の方だが、残念ながら 2006年には活動を休止してしまったようだ。You Tube にも名曲すべてが貼り付けられているわけではないのがさらにさびしい。南ロンドン感ただよう [What's Hideous] をどうぞ。

Dmbt

ありし日の彼ら。ボーカルの Nicolai (右から4人目)にはなかなかの存在感があった。今は一人で地道に活動しているようである。www.myspace.com/nicolaiprowse

2008年2月 5日 (火)

Tiger Force

< 2007. 04. 20 @ Camden Tup, Camden Crawl '07 >

< 2007. 05. 08 @ (Crabs in the UK) London >

< 2007. 05. 19 @ Kabuki, Brighton, Great Escape '07 >

さて、いままでたびたび取り上げてきた話題ではあるが、Artrocker  (アートロッカー)と呼ばれるバンドは、そもそもどんな人達を指すのであろうか?

実は「Artrocker」というのは音楽ジャンルのことではなく、固有名詞であるため、質問の答えはきわめて単純だ。今は月刊誌に昇格した『Artrocker Magazine』というのがあって、その雑誌がフィーチャーしたバンド、あるいはこのメディアが後援する Artrocker イベントに出演する連中が、とりもなおさず「アートロッカー」ということになる。

とはいえ、ある程度の傾向を語ることはできる。ときどきこの Artrocker 誌の付録についてくる新人バンドがてんこ盛りのオマケCD。コレを聴いたたうえでのオレの解釈を言うと、『Artrocker = アート・スクール系パンク』というあたりが良いのではないかと思う。

いわゆる雑誌の付録CDで、これだけ楽しめるのは他に例がないと思われるため、ポジティブな意味でそう言っているのである。もちろん「イメージ」のハナシであって、みんながアートスクール出身でないことはもちろん、パンクバンドというジャンルにすっぽりハマル音がそんなに多いわけでもない。'70 年代の終わりから '80 年代の頭にかけて「パンク」から「ニューウェーブ」に流れが変わる、ちょうどその緊張した時代の音楽に通じるものがあって、自分の好きな音なのである。「今」を知るためにも、ちょっとしたノスタルジーに浸るためにも、このArtrocker 誌ならびにイベントにはそれなりに信頼を寄せているのである。

ところで。

音の方は自分の好みの連中ではあるが、その面構えを見るとなかなか仲良くなれそうなカンジがしない。孤高にすましているか、性格に難あり的なイメージで近づきがたい。いわゆる「人の良さそう」な感じが全くしないのであるが、まあそういうのが似合う人たちなのでそれ自体に問題があるわけではない。実際のところ、自分が知り合いになるわけでもないから実害も無いだろう。

そんな先入観をみごとに崩してくれたのがこの Tiger Force である。www.myspace.com/tigerforce 

去年の Camden Crawl '07 以来、短期間のうちに何回も彼らを観にいったからだろうか、どうやらこちらの顔を覚えてもらったようだ。同じ時期、Artrocker イベントの会場など、彼等の演奏を観た場所意外でも顔を合わせたり、声をかけたりする機会に恵まれたのである。とても腰の低い、そして周りに気を使うことのできる好青年だ。

イベント会場で彼のほうから話しかけてきた様子を、多少ニュアンスを含めて翻訳するとこんなカンジだ。

『あっ、これはこれは Funga77 さんじゃあないですか!いつも観に来てくれてホントにどーもありがとうございます。いつもお世話になりっぱなしで、ホントすいません。移動とかがありますんで、今日のところはお先させていただきます。またひとつ、よろしくおねがいします。』

とまあ、こんな様子なのである。なかなか良いヤツではないか!音は100%インディの Artrocker である。いでたちはやんちゃな感じも伺えるのであるが、実のところはこのようにヒトの良さをまわりに振りまいているのであった。

実は彼は性格が良さそうというだけではなく、面倒見もよさそうに思われた。自分たちでイベントをオーガナイズし、友達のバンドを招待する。そしてそのイベントを成功させようとしてとにかく一生懸命に動き回っているのである。

応援していってあげたいとは思うのだが、ビッグになるのはもしかしたら難しいかもしれない。だが、彼らがもし大きくブレイクしなかったとしても、きっと面倒見のいいオヤジとして将来若いインディバンド、Artrocker バンドをサポートするべくイベント・オーガナイズやプロモーションの仕方などを手ほどきしているに違いない。それはそれで、素敵ではないか。そんなふうに思うのである。

Tf

彼等のMySpace より。

目上の人間をうやまえるヤツが、オレは好きだ。

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