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2008年4月

2008年4月30日 (水)

Witch

< 2008. 04. 25 @ Fleche d'Or, Paris >

昨日のエントリーで取り上げた、The Victorian English Gentlemens Club を観にいった先週の金曜日のこと。

だいたいここは毎晩4バンドほどが出演することになってのだが、オレはなんとか当日3番目に出演予定の彼らのステージに間に合うべく、その日の残業をそそくさと切り上げた。「3番目」ということは、PM10:30ころ演奏開始、ということだ。深夜になると「クラブ」のはじまるここ Fleche d'Or では、週末は特に夜10時をまわるとことさら混んでいなくても入場制限がかかったりする。そうなるとオレはいつも「言葉のよくわからない、不思議なアジア人」を演じ、セキュリティのお兄さん達を困らせ、無理やり突破して入場するのが常である。もちろん、実際にフランス語が全くわからないため、「演じる」必要すらそもそもないわけではあるが。ところが多少顔を覚えられるようになってきたため、時間厳守で入場しないと、追い返される恐れがでてきた。「オマエ、いいかげんにしろ!」というわけか。当たり前ですが。

ともあれそんなことで10時ギリギリに飛び込んだのだが、その日2番目のバンドがちょうど終了するところであった。

本来の目的からすれば間に合うには間に合ったのだが、実はたった今終了したばかりのこのバンドも、うまくいけば見てみたい、と思っていたのである。そのバンドは This is Pop と言う名前のフランスのエレクトロ・アート・パンク系男女3人のユニットなのだが、今年2月のNMEには彼らのアルバム・レビューが載っており、10点満点中7点だと言う。辛口評が多いここのレビューで『国境を感じさせない』と高く評価されていた。

せっかくなら観てみたかった、と多少悔やんだのだが仕方がない。今日の主役はあくまで、The Victorian English Gentlemens Club である。昨日のブログに書いたとおり満足できる内容だったので、いまさら取り返しのつくことでもないとあきらめた。 This is Pop についてはパリのバンドだし、また機会もあるだろう。

ところで、The Victorian English Gentlemens Club の開演をステージ前から2列目くらいで待っているとオレの前と横に立っている連中が異彩を放った集団であることに気がついた。普段の観客はフランス人、そして英国のバンドを見に来るイギリス人、という風情のヒトタチなのだが、こいつらは一見してアメリカ人とわかる外観・体型で、「ロック」な小汚さ、つまり、「ロックな雰囲気だが着ているものは普通ののジャンパー」といういでたちである。ただの観客ではないことは明らかだが、身なりのみすぼらしさから「名」のある人たちとも思えない。

うち一人は、100人中99人が「このヒトは  Dinosaur Jr のドラムのヒト」と誤解しそうな銀髪ロンゲで黒セルフレーム眼鏡。そのほかもヒゲ+登頂ハゲや、せつない長髪など、ひとくせ、ふたくせ以上ありそうなオッサンばかりだ。The Victorian English Gentlemens Club のステージがはじまると、女性メンバーの写真をしきりに撮ったりしているし、いったいこのオヤジ連中は何なんだ。疑問は深まるものの程なく彼らはそこからいなくなり、オレはお目当てのバンドのステージをたのしむことに集中した。演奏が終了し、次のバンドを待たずして洋々と家路につくころには、この不思議な観客のことはすっかり頭から忘れ去っていたのである。

ところで、昨日のブログ・エントリーを書くために、会場の Fleche d'Or のWeb ページで確認をしていたところ、当日の4番目、最後に演奏したバンドのことが紹介してあった。アメリカのハードロックバンド、 Witch というらしい。そうか、あの連中はこのバンドのメンバーだったに違いない。www.myspace.com/witchofficial  http://teepeerecords.com/bands/witch/index.php 念のため音を聞いてみると、そう、まさしく往年のハード・ロックそのものである。なるほど、自分の趣味ではないが、こういう音は時代を超えて需要と供給があるものなのだなあ、などと思った。

音を聞きながらバンドの紹介文を読むと、こう書いてあった。「Dinosaur Jr のドラマーである J. Mascis が参加しているバンド」・・・・・・・・・・・。

あっ、あのオレの目の前でたたずんでいた小汚い銀髪ロンゲオヤジは、まさにレジェンド、伝説の人そのヒトでありました。 Dinosaur Jr をリスペクトする人間のひとりとして、そしてライブ道を追い求める求道者として、取り返しのつかない失敗をしてしまったのである。

こうしてオレは伝説のミュージシャンがプレイするのを(しかも無料で)、最前列で観る機会を棒に振ってしまったわけである。このブログを通して「若い皆さんへ」と、説教を垂れ流していた自分が恥ずかしい。明日からまた初心に帰ってライブ道三級あたりから、鍛えなおさなければいけない。強くそう思った・・・。出演バンドの基本情報を押える。基礎中の基礎である。

Witch

彼らの MySpace より。

左端が「レジェンド」氏。この写真もそうだが、もうすこしミュージシャンらしいものを着ると、このヒトではなくなってしまうのかもしれない。3年前の Reading Festival では Dinosaur Jr がメインステージで、まさに「伝説バンド」扱いで登場していた。堪能させていただきました。「伝説バンド」ツアーをやりすぎたのか、昨年の Reading Festival では、テントでの演奏に。しかも客はすくなめだった。

2008年4月29日 (火)

The Victorian English Gentlemens Club

< 2008. 04. 25 @ Fleche d'Or, Paris >

去年の夏には Artrocker 誌の表紙を飾ったこともある、まさにアートロッカーらしい音を出すバンド The Victorian English Gentlemens Clubwww.myspace.com/thevictorianenglishgentlemensclub  念願かなってようやくその姿を捉えることができた。現在ヨーロッパ大陸をツアー中のようだ。

この手のバンドにありがちな「怖い面構えのおねえさん」、ということはなく、なかなか愛嬌のある人たちで安心しました。ステージも満足のうちに終了。

ところで、彼らの曲の中でわたしが一番好きな曲である [Impossible Sightings Over Shelton] はなぜだか結局演奏せずじまい。PVまで作っているのに、そして Artrocker 誌のオムニバスCDにも入っているのになぜだろう?理由がまったくわかりません。以上。

25042008

@ Fkeche d'Or

ギター&ボーカルの Adam とベースの Louise は、このように向かい合って足踏み行進。最後の曲でドラムの Emma が前に出てきてヒト暴れすると、観客の野郎どもは大喜びだ。

2008年4月26日 (土)

South Central

<2008. 04. 20 @ Cuban Bar, London (Camden Crawl '08)>

英国ではいわゆる「フード」をかぶった状態では入場あるいは通行できない場所が増えてきた、と聞く。「フード」をかぶった若者が不良の代名詞となって久しいわけだが、その見た目が不穏当で、周りの人間を威嚇するからである。街の環境悪化率は、グラフィティとフードの分量に比例するのは疑う余地がない。

いまどき世界中の人気(ひとけ)の少ない夜道を「フーディ」な連中とすれ違うときは、オレのように明らかに体力の劣った日本人中年サラリーマンでなくとも緊張することこの上ないはずだ。ロンドンでもパリでも、夜の往来で「あのう、タバコの火ぃ貸してもらえませんか?」と近寄ってきた若者がフードをかぶっていたら、オレは失禁寸前だ。

こういった世相に対処するべくオレがあみ出した方法は、「フード」の仲間入りをする、というものである。ライブハウスに向かって夜道をこころぼそく歩くとき、「フード」の若者に絡まれたらいやだなあ、と思っているから気が弱くなるのであって、みずから「フード」をかぶって周りを威嚇して練り歩くことで、逆に問題は解決するのではないか?早速オレは試してみることにした。衣装棚から古いパーカーのようなものを引っ張り出して袖を通したのである。

夜、いつものようにライブハウスに向けて出発だ。俗に東映のヤクザ映画を見終えた観客は、映画館を出るとヤクザのような歩き方になっている、というが、そのときのオレの心境をたとえるとそんな感じだったかもしれない。半ば期待していた「フード」連中とすれ違うこともなく、善良なフランス市民を押しのけてオレは目的地まで到着した。これはいい。「オヤジ狩り」の対象から「オヤジ狩りの現場を良心の仮借なく」素通りできる側に出世した気分だ。日々ライブ道を追い求める中で、大きな問題となっていた「ビクビク歩き」がこれで一挙に解決したのである。

この快挙をさっそく翌朝会社の日本人同僚に披露した。かなり自慢げに。しかし彼はたいへん申しわけなさそうな目をしながらこう言ったのである。

「Funga77さん、フードというのは、一定の年齢を超えたヒトがかぶると『頭巾(ずきん)』と呼ぶんですよ・・・。」

そして彼はオレのトシがその「一定の年齢」の2~3倍をクリアしていることも付け加えてくれた。そうか・・・オレは夜のパリを闊歩(かっぽ)するアジア人の頭巾おじさんだったのだ。一般人から見て、できればあまり近寄りたくないヒト、という意味ではフードと同じ効果を発揮していると言えなくもないが、かえってフード連中の暇つぶしの相手にもなりかねない。

オレのフード、いや「頭巾」はその一夜だけで永遠に封印されることとなった。

さて、最近はリミキサー・チームとしても評判の高い South Central ステージを先週の Camden Crawl '08 最終日の最後のバンドとして観にいった。www.myspace.com/southcentralmusic 演奏途中電源が一切落ちる、と言うアクシデントにもめげず、できるだけクールさを保ちながらがんばっていた。電力、使いすぎましたな。

音の方は最近のフレンチもののパクリのようでもあるが、センスは悪くない。ブライトンらしさがすこし感じられた、というとUKバンドを応援したいひいき目に聞えるだろうか。一応フルバンドという構成もライブの点ではプラス要素だ。残念ながら「ライブ慣れ」というカンジからは程遠かったが。

ただこのバンドの問題点はいかんせん、その見た目、いでたちにある。バンド自体が公言しているように、全員おんなじ黒いパーカーのフードをかぶっているのである。そう、彼らはステージ上でもフードをかぶることをトレードマークにしているのであった。

彼らは South Central というバンドのヒトたちだと観客みんながわかっている中で、あえて「不良っぽさを演出するファッション」として、フードをかぶっているのである。これではオレの「頭巾」と対極をなす、ただの「コドモ」だ。これはこれで全然カッコよくないので止めた方がいいよ、と思った。こういう音を出すのだったら、もっとフツーの服装が断然ステキだ(オタク感のある格好であればなお良し)。

フードの使い方はこんなにも難しいものだったのか、頭巾オヤジは改めて反省した。フードをかぶっていいミュージシャンは世界にただひとつ、Data Rock だけである。

Sc

彼らの MySpace ページより。

ライブは黒フード5人組でした。

2008年4月25日 (金)

New York Dolls

<2004. 06. 16 @ Royal Festival Hall, London (Meltdown)>

毎年6月に開催される Meltdown (メルトダウン)Festival は、他の催しとは異なった魅力を観客に提供してくれる。

ひとつには、会場がテムズ川の南に面するロンドン中心部 Southwalk (サザーク)のアート・タウン、South Bank Centre だという点にある。この施設が有する Royal Festival Hall や、Queen Elizabeth Ⅱ Hall は、最新設備の整った、とてもきれいなコンサートホールだ。クラシック音楽から民族音楽、そして前衛舞踏など、ジャンルを超えて芸術性の高いプログラムが日々組まれている。普段通っている阿片窟(あへんくつ)のようなライブハウスとは異なり、たとえ登場するミュージシャンが暴れん坊のインディ・バンドだったとしても、ここでは着席しながら鑑賞し、演奏が終了するとスタンディング・オベーション、と言った具合だ。「自分は今、『芸術』を観ている」というキモチにさせてくれる会場なのである。

魅力のもうひとつは、これがまさにこのメルトダウン・フェスティバルの性格を決定付けているわけだが、毎年「キュレーター」が一人選ばれて、その人間が全プログラムを決定するところにある。そのキュレーター自身がミュージシャンで、もちろん本人も演奏するのだが、彼が観たいバンド、ヒトに紹介したいバンドなどだけで構成されるプログラムは、そのキュレーター本人にとってだけではなく、我々観客にとってもまさに「夢」のスケジュールであることが少なくない。

過去にキュレーターを勤めたミュージシャンには Nick Cave や David Bowie、Lee "Scratch" Perry、Patti Smith、Robert Wyattなどがおり、昨年は Javis Cocker だった。Scott Walker がキュレーターのときは、Blur と Radiohead がプログラムに参加していたが、さすがにこのときは発売から一瞬にしてチケットが完売したようである。

2004年は Morrissey がキュレーターを勤めた年だった。彼は知られている通り New York Dolls の大ファンであり、若いころはイギリスにおける New York Dolls ファンクラブの会長さえ勤めていたそうだ。彼がこの「キュレーター」の特権で New York Dolls の再結成公演を画策したのは自然なことだったにちがいない。かくして70年代に解散して以来、New York Doll 名義では一切ステージに立っていなかったメンバーにMorrissey が働きかけることで、このメルトダウン・フェスティバルでの「再結成公演」が実現したと言うわけである。やりたいことをやってしまった Morrissey 自身も大満足だろう。

いまさらこのバンドを観てなにかインスピレーションを受けるものでもないだろうが、やはりなんといっても「レジェンド」である。この機会を逃してはならないと思って早速チケットを購入した。オリジナルメンバーは、David Johansen、Sylvain Sylvain と Auther 'Killer' Kane の3人。ギタリストは当然ながら代役が立ち、ドラムもこの年のメルトダウンのプログラムに Morrissey が組み込んだ Libertines の黒いお兄さんが叩いていた。

それから4年経った今となってはそれほどはっきりと当日のステージの様子を覚えてはいないのだが、それでもオリジナル・メンバーの3人からはカリスマ性がかなり感じられたと記憶している。感動した観客のスタンディング・オベーションも当然とうなづけるものであった。この公演から時をおかずしてにベース・プレーヤーの Auther 'Killer' Kane が不幸にも他界してしまい、あらためて心にしみいるものがあったのは、われわれ当日の観客だけではなく Morrissey も同じに違いない。

このあと2人になった New York Dolls は、すこし腰を落ち着けた活動を開始した。日本にも行ったようだし、UKツアーも敢行したらしい。これらも Morrissey の、そしてメルトダウンの賜物(たまもの)かと思うと、あらためてその意義を認めないわけにはいかないだろう。

そんなメルトダウン・フェスティバルの今年('08)のチケット発売が開始された。今年のキュレーターは Massive Attack である。予想通り顔ぶれも Mark Stewart などブリストル人脈が目に付く。Massive Attack は、きちんと観た事が今まで一度もなかったので、今回のメルトダウンにぜひ駆けつけたい、と思った。そして South Bank Centre のWeb予約ページに行ってみたのだが・・・・なんと発売と同時に完売してしまったようだ。

ここのイベントは当日会場近辺にほとんど「ダフ屋」が出ないので、最後の手段=カネで解決=も使えない。衝撃を受け、しょんぼりしながら今年は他にどんなプログラムがあるかを探っていると、YMO(イエロー・マジック・オーケストラ)が出ると書いてあった。思わず購入ボタンを押してお金を振り込んでしまったあと、はたしてオレはそんなものを本当に観たいのか、と我に返った。

YMOは去年もどこかで「再結成」ステージを披露したと聞いたことがあるし、希少感があるわけでもなさそうだ。そういえば、メルトダウンはこうしたわけのわからない衝動買いをしやすいイベントであることをあらためて思い出した。それだけイベント自体のお祭り感に対する期待が大きいのかもしれない。

Nyd 在りし日の彼ら。

この日の Royal Festival Hall での演奏のあと、彼らはステージ上から何者かによって、「心情的に」とても大事な歌詞ブックを盗まれてしまったそうである。会場が会場でも、観客はけっこう「やんちゃ」だよね。

●追記:5月1日現在、まだYMOのチケットはかなり(全体の1/4以上)売れ残っている模様である。

2008年4月23日 (水)

...And You Will Know Us by the Trail of Dead

<2001. 08. 25 @ Reading Festival '01, Main Stage>

<2002. 02. 07 @ Astoria, London (NME Award)>

<2002. 08. 25 @ Reading Festival '02, Radio One Stage>

今年で20年目を迎えるレディング・フェスティバルであるが、3日目最終日の大トリ一つ前に登場するのは、なんと Tenacious D だという。そもそもみんな、彼らの曲を知っているのか?という気がするのは、彼らのDVDを買ったことのあるオレですら頭にうかぶ曲は [Tribute] しかないからだ。とはいえいまや人気者のジャック・ブラックである。ミュージシャンとしても栄えある舞台が用意されたことをここはすなおに祝福したい。

彼が出世作映画『School of Rock』のプロモーションで来日した際、「ブラッド・ピットを『ブラピ』と呼ぶように、自分のことを『ジャブラ』と呼んでくれ」と言ったとか。けっこう気に入っているので、オレも人知れずそう呼んでいる。

ところで、日本人が考える略称にはなかなか味があると思う。「ジェイロー」ではなく、「ジェニロペ」だ。もはや短くなってすらいない、むしろ付加価値がついてしまったようなものも少なくない。Happy Mondays を「ハピマン」と唱えれば、もはや強面(こわもて)の不良とは思えない、なにか友達になれそうな雰囲気をかもし出す。考えてみれば自分の中で勝手な略称をつけて友人と会話しているものもいくつかあった。Richard Ashcroft を「リチャアシュ」、Shed 7 を「シェド七(しち)」といった具合だ。後者は「べらんめえ」なカンジが悪くない、と思っている。

バンドの名前を無理やり短く呼ぶ必要は本来ないのだが、このバンドだけはどうしてもそうせざるを得ない。テキサス Austin 出身の ...And You Will Know Us by the Trail of Dead のことである。 www.myspace.com/trailofdead  http://trailofdead.org/ したがって、彼らのことをたとえば会話の中でどう呼ぶか。これはわたしを含め、皆さん一人ひとりにとって「自分自身の問題」と言っても差し支えない。ちなみに Google で検索してみると、バンド自身も使っている「トレイル・オブ・デッド」や「TOD」、なかには「俺達デッド」などの略称・呼称が登場するが、正直言って個人的にはピンとこない。実は大好きなバンドなので、もすこしだけ愛情を持った呼び方をしているのだ。

自分がこのブログで「ライブ道」と称している楽しみの半分はいわゆる「ライブハウス」めぐりだが、残りの半分は「フェスティバル」めぐりである。ライブハウスにせよフェスティバルにせよずいぶん以前から通っていたわけだが、2001年のレディングで、彼らのステージに接したときに初めて「フェスティバル」というものの真の醍醐味に気がついたことを今でもはっきりと覚えている。

その年、天候にもある程度恵まれたレディング。オレはメインステージの後ろの方で芝生の上に「大の字」になって寝っころがりながら OPM やらその他のぬるいバンドを聴いていた。うとうとし始めたとき前方で歓声が上がる。これで次のバンドがステージに登場したことがわかる。一曲目が始まった瞬間オレは飛び起きて立ち上がった。全く予期せず自分の知らないバンドが質の高い曲を演奏し始めたのだ。「こいつらは、いったい誰だ・・・。」胸元のタイムテーブルに目をやると ...And You Will Know Us by the Trail of Dead と書いてある。おっ、覚えられない・・・。とにかく今はステージに集中しよう。とりあえず自分の中で『いいバンド』と命名した。

太陽の高い午後早めの時間であるにもかかわらず、緊張感を保ったまま 彼らのステージは終了した。このときオレは「うとうと芝生に横になりながら、突然はっと我に返るようなすばらしい音が耳に飛び込んでくる瞬間」というのが、人間にとって最も贅沢で貴重な一瞬であるとの悟りを得た。そしてその翌年からあらためて、その瞬間を探す旅、「ライブ道フェスティバル篇」の求道を自分に課すこととしたのである。彼らのことは、それ以来、今日までずうっと「いいバンド」と呼んで、固有名詞化しているのである。

正直いって近年の彼らは停滞気味だが、今年は「誰も曲を知らない」Tenacious D あたりが意外にも演奏で人々を「ハッ」とさせてくれたりするのだろうか。

Tod

彼らの MySpace より。知らないうちに、ヒト増えてた。

1年後の2002年のレディング・フェスティバルで彼らを再び観て、「いいバンド」の中味を再定義した。「いいバンド」の観客は『暴れ者パンク』と『音楽オタク』の2層にきっちりと分かれており、前者は前で大騒ぎ、後者はやや距離を置いて後ろでたたずみながら垣間見るという風情であった。歴史に名を残すバンドはこれらの両者から高い評価を得る必要があることを肝に銘じた。

Mistakes and Regrets いままで自分の iPod で一番たくさんプレイされた曲だ。

2008年4月22日 (火)

Foals その2

< 2008. 04. 16 @ Le Trabendo. Paris >

久しぶりに観た Foals のステージは、今最も勢いのあるバンドのひとつの数えられるだけのことはある、迫力と緊張感に満ちたものであった。あまり広すぎない会場のサイズや、音響もよかったと思う。以前は汗まみれになってステージ前から3列目ぐらいで彼らを応援していたことから比べると、今回は後方に陣取って余裕の鑑賞となったが、それでも楽しめる距離感であった。今年の後半には Carling Academy Brixton でブッキングされており、もうそうなると、身近に応援するカンジではなくなってしまうだろう。

このバンドは初期のシングル曲をアルバムに収録しなかったり、新しい音作りを目指しているというインタビュー記事が前面に出てくるなど、とかく他と違ったことをやろうという姿勢が目立つ人たちだ。ところでこの日のステージ・オープニングであるが、メンバー登場から最初の曲に入るまでの音の出し方、そして引っ張り方が、いわゆる普通のロックバンドのようなものであった。まあ、オープニングの盛り上げパターンなので観客は大喜びだがな。

けっこう「孤高」な道を目指そうとしているような印象があったので、こういうオープニングではなく、意表をつくようなものにトライしてほしかった。Oxford 出身で、Radiohead と比較しようという新聞評もあるくらいだから、ファンとしては厳しくライブも採点していきたい。

Fleche_dor_20080329_013

@ Le Trabendo

未完成の新曲を「未完成ですが・・・」と言いながら、本当に未完成なまま演奏したのは『芸術』か、ファンサービスか、それとも新人さんで曲が少ないからか・・・・。

● Foals その1

Foals その3

2008年4月17日 (木)

Supergrass

< 各種屋外音楽フェスティバル in UK >

さて、このブログも書き始めて 170 本を超えたようだが、それはつまりはこれまで その数に近いだけのバンドについていろいろ好き勝手に御託(ごたく)を並べてきた、ということである。

エントリーごとにそのてっぺんには「いつ」「どこで」観たかを過去必ず書いており、正確さを期すために意外と時間をかけてキッチリ確認しながら書いているつもりだ。しかし、今回初めて「日時」と「場所」をあえて無視させていただいた。 Supergrass 。単独で観にいったことはないが、ファスティバルでは良く目にする連中だ。「目にする」と言うよりは、「お世話になっている」と言った方がいいかもしれない。

毎年いくつもの屋外フェスティバルに足を運んでいると、気候や体力その他たのいろいろな条件が重なって、「いまこの時間、見るものがない」ということがある。言葉を変えれば、「まあ、どれでもいいや」という言い方もできる。そんなとき、「やっぱりこのヒトたちにおせわになるか。」と足を運ぶのが Supergrass である確率が高い。今はそうでもないが、以前すなわち新人バンド発掘にそんなにエネルギーをかけていなかった時期は確かにそうだった。そんなわけで、確かに何回もステージを見てはいるのだが、それがいつのどこだったか、なかなか思い出しづらいのである。

ネガティブに聞えるかも知れないが、これはこれでなかなかエライことだ。毎年主要なフェスティバルでそれなりのポジションを占めているということだし、結局こちらも「では観てみるか」と思うのは、やはりそれなりの期待があるからだ。こういうポジションのバンドっていくつかあると思うのだが、なんとなく彼らが代表格のような気がしてしまう。

そんなことを思ったのは、昨朝見た Sky News の芸能ネタが理由である。昨日のお題は最近UKで繁盛している「ロック・スクール」の話であった。

2004年の秀作映画、ジャック・ブラック主演の『School of Rock』を引き合いに出し、この映画以降現実世界のの「ロック・スクール」がたくさん生徒を集めている、というのがニュースの筋である。主には楽器やバンドとしての演奏の習得が目的だと思うが、「ロック(音楽)業界」のマネジメントを学ぶコースもある。たくさんの若者がそこで「ロック」を学ぶためにやってきている、という話になっていた。

その中で、実際のロック・ミュージシャンにコメントを求めており、カメラを向けられたSupergrass の連中が「ロックって、学校で学ぶものじゃあねえだろ。」と答えていた。この至極当然な感想は、おそらくプロのミュージシャンが100人いたら100人とも答えそうな内容なので、Sky News としてはこのニュースの中に当然入れるべくして入れたコメントである。従って、あとは「誰に聞くか」「誰の口からいわせるか」だけが問題だ。

たまたま Sky が取材しやすかったところに Supergrass の連中がいたという可能性もあるが、オレはそれだけでもないと思う。記者の企画会議で、「今回のコメント、誰からもらいますかねえ?」という課題に対し、なんとなく自然に誰かが「やっぱ、Supergrass あたりですかねえ?」と発言し、みんな特に反対でもないし、確かにそんな感じかなあという雰囲気の中で、なしくずし的に決まったような気がしてならないのである。そんな、「なんかあったときに、そんなに間違いもないし、お世話になろうと思う」バンドとして確立したポジションを占めているように思うのである。

2008年4月16日 (水)

Kid Harpoon

< 2007. 04. 19 @ The Electric Ballroom, Camden Crawl '07 >

さて、今週はいよいよ Camden Crawl '08 だ。

昨年木曜・金曜の催しだったものが金・土になったのは、会社勤めのサラリーマンとしてはありがたい。そろそろ真剣に新人バンドの予習をはじめないといけない。

いろいろなヒトが書いているが、このイベントの醍醐味は今まで知らなかったバンドとの偶然の出会いにもあるし、夜を通してあっちこっちとベニューを渡り歩くこと自体の面白さにもある。すべてのステージに驚くほどの発見を求める必要もなければ、自分の普段聴かないジャンルの音を生で目にする機会であったりするわけだ。

Kid Harpoon は自分から観にいくことはないと思っていたら、去年(2007)の Camden Crawl で、Kate Nash を鑑賞中にに突然ステージ上ってきてゲスト出演だ。まあ、新人同士なので友達同士励ましあっている、ということだろう。Kid Harpoon 自身は別なステージで両日演奏することになっていたのだが、「クロール」して Kate Nash のステージまでやって来たのである。www.myspace.com/kidharpoon  

今となっては彼がどんなプレイをしていたのか記憶にないが、それはそれでいいと思う。このあと、けっこう活動が目立つようになってきたので、「ああ、あのときのあいつかあ・・。今年のカムデン組もけっこうがんばっておるのう。」と目を細めながら父親のような温かい目をして想い出を振り返る、そんな楽しみが似合うイベントという位置づけで、オレは見ている。

もしかすると、このブログを読んでくれている方の中にも今年「初 Camden Crawl 」という若者がいるかもしれない。イベント当日渡されるプログラムを見てみると、「ゲスト出演」という形でいくつものビッグネームが小さなライブハウスで演奏する予定であることを発見するはずだ。思わずそこに行きたくなってしまうのもわかる。いくつも前のバンドから同じライブハウスに張り付いてでもそういった機会を逃したくない、というキモチはよ~くわかる。

が、そこをあえてこらえてブレイク前のバンドのステージを旅するカムデン・クロールであって欲しい、そのほうが楽しいかもよ、というのがこのライブ道おやじからのささやかな助言である。

Kh

彼の MySpace より。

MySpace で彼のライブスケジュールをみると、今年もカムデン・クロールで演奏する、と書いてあるが、イベントのオフィシャル・ページの「ラインナップ最新情報」には載っていない。非常に「Camden」感のある人だと思うので、2年連続出場は驚かないが、昨年の The Rumble Strips の悲劇の二の舞でなければよいが・・・。

2008年4月10日 (木)

Figurines

< 2008. 03. 29 @ Fleche d'Or, Paris >

ここのところお気に入りのパリのライブハウス Fleche d'Or であるが、やはり「無料」でこれだけのラインナップが楽しめるのは客観的にみても高い点数をつけられるベニューだと思う。イギリスにいてイギリスのバンドを観るのとはわけがちがう。UKから、ヨーロッパ大陸から、北米からそしてアジアからと、中堅どころから旬なバンドまでと、ここのブッキングリストは本当に見逃せないものが多い。当然地元フランスのカス・バンドが多いわけだが、それもご愛嬌だ。

英国人のブロガー(と言っても、バンドのインタビューを行なう専門的なヒト)が書いていた。「この雰囲気、このラインナップ、これがアートだよ。」

まさにこれがアート、なのだが、実際ここは昔パリ市内を走っていた環状線鉄道の駅跡を、近くのアーチスト達(音楽家に限らず、だと思う)が共同でイベントスペース&パーに改造したもので、アーチスト自体がバーカウンターに入っていたりするそうだ。そう思うと、バーテンダーが何人も Comanechi Tシャツを喜々として着用していたことも合点がいく。こいつは自分がアーチストだと思っているヒトしか着こなせないデザインだからである。

とはいえ、ここは「旧駅舎」という雰囲気はあるものの、「おしゃれすぎない」たたずまいだ。これは中年日本人であるオレのような観客にとってはありがたい。このパリで「おしゃれ」だと話題の場所に潜入するときは、入り口をくぐる前に緊張して、全精神力を使い果たしてしまうことになるからだ。ここ、Fleche d'Or では、フィガロ・ジャポン誌の街角スナップから出てきたような「さりげないけど、さすがおしゃれ上手なパリジェンヌ」に出くわす可能性はほぼ皆無に近いと言っていいだろう。

だが、最近ここの難点を発見した。いままでも、うすうすは感じていたのだが、「無料」であるがゆえに、「なんだかよくわからないが、ここにただ騒ぎにきているやつら」が多すぎるのである。いままでどんなバンドが演奏しても満員で入場できなかった、と言う経験はないのだが、ぎゅうぎゅう詰めは日常茶飯事だ。観客みんなが少なくとも「音楽」を楽しむためにやって来た連中であればともかく、無料だし、ただ友達とつるむためにやって来ては、バンドがはじまるや意味なく2~3曲スカッと大暴れをして後ろの方に消えていくという輩(やから)が少なくない。はっきり言って鑑賞のじゃま以外の何者でもないし、混雑の元凶でもある。バンドによっては「そういう応援じゃねえだろ!」というオバサンのようなつっこみを入れて、こういう若者に説教したくなるというものだ。

もちろん「アート」をオープン・パブリックに楽しんでもらおうというコンセプトが貫かれているのはさすがパリ、と拍手を送りたいが、やはりちょっとは入場料をとって、客を絞り混んだ方がいいのではないか、とも思う。そういう「無意味大暴れ」の連中に限って、ドリンクを何もオーダーしていないケースが大半だからだ。店に落ちるカネ、ゼロである。

デンマークの中堅バンド Figurines が演奏した晩もそうだった。www.myspace.com/figurinesdk www.figurines.dk

UKよりは比較的北米ですこしづつ足場を固めつつある、良質のバンドである。ビーチ・ボーイズを尊敬するというインタビュー記事が先月号の Artrocker 誌に載っていたが、確かにビーチ・ボーイズの良いところをうまく消化したような曲もあり、けっこう充実したライブであった。

だが、ここでもやはり「バカ」客が登場した。オレの横で、いきなりリフティングだ。危ないからヤメロ、お前ら。さらに各地で「小ばか」も断続的に発生し、せっかくのステージに集中できなかったのが残念であった。若いから、金がないのは許す。だが、ヒトが楽しんでいるのを暴れてじゃまするんじゃあねえ、というのがわたくしの意見です。

オレはこういう無礼な若者になりかわり、ビールを何杯もおかわりして、店への貢献に勤めた。Figurines の余韻にひたりながら、帰りの道すがら、ちゃぷちゃぷと音を立てる膨れた腹をさすりながら家路を急いだ。

Fleche_dor_20080329_004

@ Fleche d'Or

ステージも最後の方、ボーカルのクリスチャンが言った、「あっちのほうにマーチャンダイズがあるんで、ホントよろしく。」

普段のオレなら間違いなく彼らのTシャツを買っていただろう。観客の無軌道な若者に腹が立って、演奏終了後すぐに会場を出てしまったことを後悔している。

2008年4月 9日 (水)

Charlotte Hatherley

< 2005. 08. 26 @ Reading Festival '05, Carling Stage >

< 2007. 08. 26 @ Reading Festival '07, Carling Stage >

「Hot Fuzz (ホット・ファズ)」というタイトルの面白いコメディ映画がある。去年イギリスで公開されたときに早速観にいったのだが、個人的にはかなり人にもオススメしたいと思える出来だった。この映画、日本上映を希望する有志が署名サイトを立ち上げ、ついには今年の7月から劇場公開されるそうである。

監督はカルトムービーとして名高い「Shaun of the Dead (ショーン・オブ・ザ・デッド)」を撮った Edgar Wright (エドガー・ライト)。主演のSimon Pegg (サイモン・ペグ)とNick Frost (ニック・フロスト)というメンバーも前作と同様だ。

事情通によると、以前エドガー・ライト監督が元 Ash の Charlotte Hatherley と交際していたことがあり、そのときに彼女のプロモーション・ビデオを数本撮ったらしい。www.myspace.com/charlottehatherleyofficial  http://charlottehatherley.com/

彼女のソロ・デビューに当たる [Kim Wilde] という曲はなかなかよいできだったが、その後に出た [Bastardo] も悪くない。この曲のビデオを見ると、サイモン・ペグが一瞬出演しているのがわかる。

2005年のレディング・フェスティバルではソロとしての初お目見えに立ち会った。途中ゲストとして元 Blur の Graham Coxon が飛び入りで参加。奇しくも一時期のUKロックを代表するギタリストが同じステージで顔をそろえることになったのである。こういった「おまけ」の盛り上がりも手伝って、なかなか楽しめるライブであったと記憶している。

それから2年経った同じ8月26日、彼女は再び同じレディングフェスティバルの Carling Stage に立っていた。前回は外も暗くなってからの登場だったが、この年はもう少し早めの時間だ。しかも彼女の直前が2007年最も混雑したと言ってよい Kate Nash のステージであったため、直後の「がら~ん」としたスペースは寂しさを通りこして不気味ですらあったことを覚えている。観客、まったくかぶっていなかった。結局は Charlotte Hatherley の開演直前にはそこそこ人は入っていたが、2005年のときよりもにぎやかといえないのは明らかであった。そこで初めて聴くことになった新曲の数々は、彼女お得意の「凝りすぎ」なカンジが影を潜めており、言い方を変えると「フツー」になりすぎており、正直いまひとつではあった。このヒトは才能があると思うので、もっと「オタク」道をつきつめた、「懲りすぎて、わけのわからなくなった曲」を今後は開発していって欲しい。ステージを見終えて、そう思った。

さて、彼女のことは、ここまで。話を「 Hot Fuzz 」に戻す。

映画の舞台は「 Sandford 」という架空の田舎町だ。イギリスの中でもっと田舎らしい田舎、閉鎖的な土地柄という設定である。実はサマーセット州にある Wells (ウェルズ)という町でロケ撮影されており、ここがモデルとなっているのだった。映画にも出てくる大きなカテドラルはこの町の観光名所だが、なんといってもイギリスの中においてももっとも牧歌的な田舎のなかのイナカということで、この町周辺には「のんびり」とした雰囲気を味わうために 国内外から観光客が訪れる。そのための民宿、英国で言う通称「B&B(ベッド・アンド・ブレックファスト)が点在しているのである。

さて、昨日のエントリーでも取り上げた Glastonbury Festival であるが、オレは毎年ここ Welles の民宿に泊まって会場まで通っている。クルマで片道20分くらいかかるが、会場からあまり近いところは道も混雑するし、第一予約が容易ではない。比較的宿泊施設の数に恵まれたこの Welles を拠点にする人たちは、放送を担当する BBC のスタッフをはじめ多いようだ。田舎の B&B めぐりを趣味にしているわけではないのだが、せっかく泊まるのだったら郷に従え、だ。朝カテドラルを散歩するのもキモチの良いものだし、寒くてメインステージがつまらない日は早めに宿まで帰ってきて、近くのパブで地元の方々と一緒にビールを飲んだりすることもたびたびある。自分では、こういったことを含めてのフェスティバルなので、決して「ライブ道」には反していないと考えているのだが。

とはいえ、毎年この Glastonbury Festival のウィーク・エンドは Wells 中の宿と言う宿、B&BというB&Bすべてが混雑する。初夏の観光シーズンであることに加えて最近の Glastonbury Festival は確実に「外で宿泊組」が増えている。よって、滞在先確保のための競争率は高い。オレは毎年泊まっているある民宿に、「来年もくるのでよろしく」といつも頼むようにしていた。この宿は Wells の比較的中心に位置しており、利便が良い。そして親切な老夫婦がいろいろと面倒を見てくれる、心地の良いところだ。毎年クルマで到着すると、夫婦そろって出迎えてくれるのがうれしかった。民宿っていいなあ、と思う瞬間だ。

何年かここに通ったある年、異変が起こった。出迎えてくれたのは婆さんのほうひとり。翌朝のブレック・ファストのときも、いつも給仕をてつだう爺さんの姿がない。もっ、もしやじいさん・・・・。オレは聞いてしまっていいものかどうかさんざん悩んだ挙句、勇気をふりしぼって、いや、いまやひとりでこの宿の切り盛りをけなげにがんばることを決意したに違いない婆さんを勇気付ける意味でも、思い切って聞いてみた。「あのう、デズモンドさん(爺さんの名前)はどうされたんですか・・・・?」

「あ?デズモンド?今キッチンで目玉焼き作ってるけど、会いたい?」というや、爺さんを呼びに行った。・・・・・・じいさんは死んでなかった。なんだ・・・、心配することは何もなかったよ。相変わらず老夫婦そろってがんばって働いていたのであった。爺さん、なんで姿みせなかったのかなあ?ちょっとしんみりして損したけど、なにはともあれよかった。気を取り直してフェスティバルの会場に向けて出発した。

更にその翌年、フェスティバル終了後この宿を出発する朝、会計を済ませながらいつもはオレが「では来年も・・」という瞬間だった。デズモンドの口からこんな言葉が出てきた。「実は、よる年波で夫婦ふたりの民宿経営も辛くなってきてね、たたもうと考えているんだよ。たいへん残念なんだが、来年の予約は取れないんで、申し訳ない。いくつかオススメの民宿を教えてあげるから連絡してみてくれないか。」

そうか、と思った。ここは彼らの終の棲家(ついのすみか)ではなく、リタイヤ後の第二の人生として選んだ道だったのだ。本当に疲れたからなのか、経営上の問題かはわからない。だが彼らは本当のリタイヤ生活を選んだようなのである。だが、ヒトとあったり話したりするのが好きな世話焼きタイプの婆さんのほうは、本当はまだこの民宿を続けたかったんじゃあないか、と思う。デズモンド爺さんのほうは、たぶん会社勤めを定年で辞めて婆さんと二人でこの民宿を始めたのだが、勤め人時代と違って、実はヒトと会ったり話をしたり、世話を焼いたりするのが億劫(おっくう)だったのかもしれない。一年前は、婆さんとはなしをして、「オレもう客の前とか、でたくねえよ・・・。話すこともないしさ。」と弱音を吐いた挙句、二人の間で任務上の配置転換などがなされていたのかもしれなかった。いままでどうもありがとう、とても楽しかったよとお礼をいい、手を振って二人と別れた。

昨年は新たに発見した Wells のB&Bに泊まったのだが、そこの主人が教えてくれた。「ああ、あそこの民宿ねえ・・。あそこはよく経営者変わっちゃうんだよね。」

Hot Fuzz を見た後だったので、映画の Sandford 同様、実は Wells は排他的な町で、デズモンド爺さんたちは地元に溶け込めず、出て行ってしまうしかなかったのではないかと、ふたたびちょっぴり心配になったのであった。

Hot_fuzz

Hot Fuzz 主人公の二人。カテドラル前での雄姿。

2008年4月 8日 (火)

Heck

< 2007. 06. 23 @ Glastonbury Festival '07, Late 'n' Live Stage >

今年も恒例 Glastonbury Festival のチケット販売が、一昨日開始された。それから二日たった今日になってイベントの Web ページをのぞきに行ったら、まだチケット販売中、と出ていた。どうやら「即日完売」とはいかなかったようである。

よく考えたら、このイベントに自分が参加するようになった2002年以降、毎年かならず発売初日には売り切れていたはずなので、年々販売枚数が増えてきているとはいえ、一時期のようなパニック状態は収まりかけてきたとみてよいようだ。まあ、他にも「フェスティバル」に名前のつく催しが急増してきたという背景もあるだろうが、なんといってもUKのフェスティバルでは一番チケットの価格が高い。加えて「事前登録」の必要なチケット購入方法が面倒くさすぎる。あと、これはオレ自身の個人的な意見だが、2005年、2007年と2回続けて(2006年は開催なし)とてつもない『泥まみれ』フェスティバルとなったことから、ちょっと敬遠されてきたのではないか、とすら思う。泥の海に何度も足を取られながら「泥踊り」を繰り返した身としては、2005年の惨事が全く学習されていなかった2007年の主催者側の準備の悪さに、嫌気がさした人が少なくないのではないか、という気がしてならない。泥に敷き詰める『藁(わら)』の量が、2005年のときよりも更に少ないとは、いったいどうしたことか。マイケル・イービス(有名な主催者の爺さん)、強欲の人である。

昨年(2007)のグラストンベリーの中(なか)日、すでに気力と体力をすべて失いきっていた2日目土曜日の夕方。ふりやまない雨の中で考えたことは、「もう雨はたくさんだ」「泥踊り、かんべんしてくれ」そして「年寄りなので、座らせてもらえないだろうか」と、この3つだけだった。すでに、そこに居たのは「ライブ道」の求道者ではなく、歳のわりに無理を重ねたことを悔やむ日本人壮年男性の姿であった。

と、そのとき。重たい足を泥に絡めながら更に重たくして歩いていると、ふと目に飛び込んできたBar があった。ゴミの山に埋もれているが、簡易テーブル席も空いているようだ。うむを言わせず飛び込んで、ほぼ泥と一体化しているリュックを空席に下ろす。オレはテントには泊まらずに毎晩クルマでしばらく走ったところにある民宿でシャワーを浴びることにしている。その快楽を得るために、毎日駐車場から会場まで何キロもの道のりを「生活用品」一切を入れ込んだ重たいリュックを背負って歩く苦行を受け入れているのである。もちろん、会場の中の移動も楽ではない。見渡す限り一面泥の海で、一休みにリュックを置く場所が存在しないからだ。

さてと、一息ついてあたりを見回すと、この Bar には Late 'n' Live というれっきとしたステージがついており、バンドが演奏中であった。Heck という、見たことも聞いたこともないバンドだ。 www.myspace.com/heckisotherpeople

このステージは、メインのピラミッド・ステージから、次に大きいジ・アザー・ステージに向かう途中に面しており、人通りはおびただしい。だが、このバンドの演奏を見ているものがほとんど、というか全くいないことに気がついた。我々が座るテーブル席には10名前後の人間がいるが、ステージからは斜めに位置しており、皆とりあえず横の店で買ったハンバーガーなどを食べながら腹ごなし中のように見える。ステージに目をやる者はいない。ステージのまん前に陣取って立見している連中も、最初は7~8人いたのを確認したが、最後はひとりかふたり残っていたかどうか、というのがオレの記憶である。 Bar の外に目をやると、あがりかけの雨の中、ものすごい数の人間が泥に気をつけながら大混雑の中、右へ左へと移動中だ。しかし、このみすぼらしい Bar を気にかける人の姿は見当たらない。

そしてオレはオレで、このバンドを凝視したが、今になっても残っている音の記憶は一切ない。だが、18万人がいるというこの場所において、たった一人か二人しか見ていないバンドっていったい何だ。しかも、オレのようにとりあえずなんかの拍子で観るハメになっている、という観客すら他いにないのである。この残酷にも壮絶な事実だけがグラストンベリーの恐ろしさとして脳裏に焼き付けられたのであった。

ステージにビール瓶を投げ入れられる「フェスティバルの洗礼」もつらいが、かまってもらえるだけ、まだいい。「不特定多数」がまったく集まらない、という洗礼もバンドが乗り越えなければならない壁だとすれば、あとはそれぞれのバンドが実力で解決していくしかないのであろうか。

ちなみにこのステージの出演者は入場時に配布されるプログラムにも名前が載っていない。フェスティバルの Web ページに事前の紹介があるだけだ。とはいえ、このステージでは時をおなじくして Scouting For Girls や The Answering Machine、そして The Courteeners なども演奏しているらしいので、運よくそういった「芽の出た」バンドにめぐり合ったひともいるはずだ。

こういった連中は、たとえば最初に7~8人の観客がいたとして、演奏を終えるころには満員になっていたのかなあ、などと想像力がふくらむのであった。

Heck

バンドの MySpace ページより。

2007年の Glastonbury も新しいステージがいくつも増えていた。80以上のステージと、700を超えるライブだったということである。そして、今年もさらに増えると言う噂だ。新人バンドにとってはチャンスが増えるということかもしれない。皆、がんばってもらいたいものだ。

ところで、一度過去に貼り付けたことがあるのだが、2007年の「惨状」を良く物語る写真を一枚。オレのパソコンの壁紙に使用中。

Glastonbury_2007

最終日、ケミカル・ブラザーズ終了後の The Other Stage 。

オレはケミカルでは踊らなかったが、ここを歩くたびに何度も足を取られ、「泥踊り」をまわりに披露した。

Me そしてこれが Michael Eavis 爺さん。2007年、「野外音楽フェスティバルの創始者」として受勲。後の余生は人にもっと喜ばれること(もっと『藁』を放出、など)に気を使って欲しい。グリーンピースなど活動家への支援はそれからだ。

2008年4月 7日 (月)

The Bishops

< 2006. 09. 16 @ The Luminaire, London >

< 2008. 04. 06 @ La Maroquinerie, Paris >

今夜、The Bishops を1年半ぶりに観た。 www.myspace.com/thebishopsuk  www.thebishopsband.com 前座バンド2つを従えた、堂々のヘッドライン・ショーである。会場は残念ながら満員とはいかなかったが、それでもこの間の確かな成長を認めることができた。以前観たときは、確かメジャー系バンドの前座。当時、彼らの名前も存在も知らなかったのである。

実は、今夜目当てのバンドはこの The Bishops ではなかった。同じくイギリスからここパリまで演奏に来ていた、とあるモグワイ似の大掛かりなサイケ・インストバンドを観にでかけたのである。ところが、ヘッドラインは全く毛色のちがう、この The Bishops 。しかもオープニング・アクトは Eight Legs という、これまたサイケ感の全くない連中だ。不思議なブッキングだなあと思いながらも、自分の楽しみにしていたインスト・バンドのほうは大満足のうちに終了。せっかくだからと、トリの The Bishops もビールをおかわりしながら演奏が始まるのを待っていた。正直言うと、どうしてももう一度観たいというほどのバンドではなかったのではあるが。

しかし、いざ彼らの演奏が始まってからあらためて思ったのだが、こういう「見どころ」のあるバンドっていいよね。「見どころ」=双子の兄弟が、同じ顔、同じ髪型、そして同じ服装でフロントに出て演奏し、コーラスをきめるのである。うわ~、おんなじだなあ、などと思いながら見るだけでもライブを楽しめるというのはたいへんお得である。しかも、コーラスもきれいでかなりキモチいいものを聴かせてくれるのだから、早めに退散しないでよかった。

しかし帰り道、小雪の舞う極寒のパリを足早に歩きながら思ったのだが、The Bishops というのは、つくづくメイン・アクトよりも『前座』の似合う連中だ。今夜オレが楽しんだ「おんなじ顔、おんなじ動き」と「ビートルズみたいなコーラス」というのは、全くもって万人向けだと思う。曲自体は毒にもクスリにも・・・、という感じがしないでもないのだが、それゆえにどんなバンドの『前座』をつとめても、絶対にハズレがない。

「前座が似合う」と言ったのは、けっこうポジティブな意味もあって、仮にどんなに超大物の前座をつとめても、それなりにウケを取ることのできるポジションをとれるのではないか。そんな気がするのである。ま、本人達が聞いたらうれしくないだろうけれど、けっこうあたっている指摘だと思うよ。

Bishops_12

@ La Maroquinerie

ボーカルの Mike が、演奏中右手を前に差し出し、歌いかけながら手先を「ぴろぴろ」するアクションは健在。これも The Bishops の見せ所だ。

2008年4月 4日 (金)

The Wave Pictures

< 2008. 01. 18 @ Fleche d'Or, Paris >

以前にも書いたことなのだが、このブログを始めるにあたって自分自身で決めたルールがいくつかある。ひとつは、『CDの論評やバンドの「うんちく」は極力避けて、見た目一発のライブレポートを目指す』というもの。

えらそうなことを言うつもりは毛頭ないです。世の中にはかなり立派なCDレビューを専門とするブログがゴマンとあって、到底太刀打ちできないし、「立ち打とう」などという気力ももともと持っていない。また、バンドの歴史やプロファイルなどを知ったかぶりして書いても、すぐ底が割れてしまうというのを自分でも良く理解しているつもりだ。

そこで比較的地の利を生かしてのライブレポート、になるわけだが、これもなかなか簡単ではない。

それだけが目的というわけではもちろんないのだが、実は一応自分なりの理想がある。たとえばブログの中ではムチャクチャ書いてあって、「こりゃ、ガッカリだ!」なあんて言っていても、読んでくれた人が、「そんなにヒドイのかどうか、自分でも確かめてみたい。今度機会があれば、そいつらを是非見にいこう!」などとと思ってくれたら、一番いいなあと考えている。そして、それがバンドであれフェスティバルであれ、これがひとつのきっかけとなって同じ体験を試みる人が出てくるようなことになるのが、この中年男性の老後の夢だったりするのである。

「簡単ではない」と言ったのは、ときどき自分の過去ブログを眺めなおしながら、コレを読んでも「あんまり観にいきたいとは思わんだろうなあ・・・。」としょんぼりすることが少なくないからだ。自分としてのおすすめバンドのことを書いたときはなおさらである。ライブレポートに徹するにしても、直球ですばらしさや面白さを表現する能力をどうもあまり持ち合わせていないようだ。ヘタにこねくりまわして書くと、「このバンド観てみると面白いよ」という意図が、どこかに消えてしまうことが多かったりする。

というわけで、今日は何のヒネリもないけれど、「このバンド、けっこう面白いかもよ。」というご案内です。美辞麗句ならびに「茶化し」なしで紹介したい。 The Wave Pictures www.myspace.com/thewavepictures www.thewavepictures.com というウェールズ出身、ヨレヨレ声のソウルフルなフォーク・ギターバンドを観た。新しさを全く感じさせないところが、むしろ今新しいのかもしれない。曲は100点はつけられないが、どれも味わいのあるものであった。しかしなりより魅力的なのは彼らの佇(たたず)まいにある。なんのわざとらしさもない、人の良さそうな表情と髪型、そして素朴な服装。雰囲気の良いライブであったし、なんとなくだが、応援してあげたくなる人たちであった。

今月にはアルバムも出るらしい。キルバーンの The Luminaire でのヘッドライン・ショーもブッキングされたようである。チャンスのある方は早めに一度観ておいてはどうだろうか。伸びるバンドかどうかは正直わからないが、意外とすぐに日本に行く機会があるかもしれない。名前を覚えておいても損はない、と思う。

Fleche_dor_028

@ Fleche d'Or

Artrocker Magazine の先月号付録CDで1曲聴けます。

 

2008年4月 2日 (水)

Guillemots

< 2006. 07. 09 @ Oxygen Festival, Ireland >

< 2006. 11. 11 @ La Cigale, Paris (Le Festival des Inrock) >

スカイニュース (Sky News) の最近の「芸能」ネタをもうひとつ。

イアン・マッケラン卿 (Ian Mckellen) という俳優さんは、人気シリーズの『ロード・オブ・ザ・リングス』でガンダルフ (Gandalf) を演じているおじさんだ。舞台活動を中心に、トニー賞もとっているはずの実力派ベテランである。スカイの芸能ニュースによれば、彼は「Sir」の称号を持つ今日においても、ミュージシャンをサポートする意味合いで、ミュージック・ビデオにも積極的に登場するということなのであった。有名人が一瞬だけ特別出演や友情出演する映像のことを「Cameo」と呼ぶが、彼は過去にも Petshop Boys などのミュージックビデオで Cameo として顔見せをしたことがあるらしい。

ニュースでは、Guillemots が現在制作中の新曲プロモビデオに登場する彼の様子を紹介していた。www.guillemots.com www.myspace.com/guillemotsmusic テレビで見る限りは渋めの役柄で、しかもすぐに本人とわかる感じだ。いわゆる Cameo ミュージック・ビデオのなかでも秀作と呼べるものになるに違いない。

思えば、初めてアイルランドという国に足を踏み入れた2006年極寒の夏、Oxygen Festival で、自分が「ライブを観てみたい」リストに名前を入れていたのは Jim NoirThe Rifles、そしてこの Guillemots であった。前2者は、音だけ聴いたことがあったが、姿を全く知らなかった人たち。一方の Guillemots[Train to Brasil] のプロモビデオが曲・映像ともとても印象深かったため、そのライブ・パフォーマンスを是非とも見ておきたいと思っていたのである。

果して彼らのステージはなかなか見所もあり、演出もありで、けっこう楽しめたのではあったが、プロモーション・ビデオの出来が100点だとするとステージは80点で、贅沢な文句ながらもこのキモチのギャップのために、その年のベストバンドのひとつに勘定するまでには至らなかった。この年の暮れにもう一度観にいったときも悪いステージではなかったが、結果的には「キライではないがセカンドアルバムを買うには至らない」バンドの仲間入りをしてしてしまったのである。

イアン・マッケラン卿をフィーチャーした新しいビデオも魅力的なものになるに違いない。オレが彼らのセカンド・アルバムを買い、もう一度ステージを見ようと思う原動力になるだろうか?

Gm

彼らの MySpace より。

人間には一生の間に赤いスーツを着ることがある人間と、そうではない人間の2種類があると思う。オレは「着る方」の人生を歩みたい。彼らのステージを見たとき、意味なくそう思った。

2008年4月 1日 (火)

The Dodoz

< 2008. 03. 29 @ Fleche d'Or, Paris >

フランス人が風呂にあまり入らないという俗説があるが、本当のことだと思う。

日本人の「無臭」「風呂好き」という属性と異なり、香りがきつい上に風呂にも入らないという連中がこの国に多いことは、自分の短い在仏経験からも自信を持って言える。長年住んでいるイギリスにおいても、躊躇のない体臭を発散する連中に遭遇したことは数多いが、フランス人の場合、これに加えて風呂に入らない汗臭さの蓄積という、これまた格別なものを提供してくれる人たちが後を絶たない。

フランスではこの壮絶な「香り」の二乗をはからずも経験してしまうことがあるが、極めつけはタクシーだ。乗り込んだ瞬間に、あまりの匂いに呼吸が不可能であることに気づき、このまま目的地まで無呼吸で通すか、ここですぐに嘔吐すべきか、しばらく悶絶したことがある。脳細胞が瞬時に死んでしまったために、クルマの窓を開けるということさえ思いつかなかったのである。さすがにこんなスゴイことはロンドンではなかった。

人間本来が持つ体臭とは異なり、「汗臭い」ほうは風呂に入って洗濯すれば本来かなりの解決を見るはずなのだが、この国の連中はゴーイング・マイウェイのみならず、他人の体臭が全く気にならないときている。かくて人々は風呂にも入らなくなり、匂いに打たれ弱いわれわれ日本人を容赦なく攻め立てるのであった。

オレはこの歳になってもけなげに「ライブ道」を究めようと日夜頑張っているわけだが、その志がくじけそうになるのはこの「フランス体臭」に襲われる瞬間だ。ライブハウスが満員になって、逃げ出す隙間のなくなったときに限ってこの「汗臭い」連中が自分の前後左右を取り囲んでしまうのが世の常というものである。一瞬の隙を突いて横に逃げおおせても、そこには更に悪質なニオイ罠が仕掛けられているのである。フランスのライブハウスというのはそんなところなのである。

NME誌のウェブページ「Vote For Us At NME Breaking Bands」にも登場中のフランス期待の新人バンド The Dodoz のステージを見たのだが www.myspace.com/thedodoz、オレの横でステージを見ていた若者(汗臭系:ハンサム)に対する『なぜコイツは風呂に入らず、洗濯もしないのだろう?』という疑問と、そいつの横にいる彼女に対する『なぜこのマドモアゼルは、この汗臭系と抱き合いながらニオイが気にならないのだろう?』という二つの大命題が頭の中をぐるぐるとうずまき、せっかくのステージの印象が少ししか残っていない。オレはニオイ系の無軌道な若者に、自分の横で大騒ぎされてしまうと、すぐにしょんぼりしてしまう弱虫なのである。

The Dodoz でかろうじて覚えているのは、どの曲もなかなか期待させるイントロで始まるものの、女性ボーカルがはいると後はすべて同じ曲に聴こえてしまうことか。たぶん、悪くはないのだがもう一歩なのだと思う。がんばってくれ。メンバーみんな、かわいらしいしね。ステージ通してみると、けっこう「本格派」の音づくりだということがわかる。

彼らには、ひ弱な日本人が周りのニオイも気にならなくなるほどのパフォーマンスを見せられるようになってくれ、とハッパをかけたいが、それは酷というものだ。鍛えなおさねばならないのは自分のほうだとはわかっているのだが、では果してどう鍛えればよい(汗臭いニオイに強くなる)のか?あるいは、鍛える価値があるのか? 険しい「ライブ道」(香り篇)はつづく。

Fleche_dor_20080329_003

@ Fleche d'Or

だが、イギリスのこの手のバンドに比べると「音」作りが古く感じてしまうのは、彼らを含めてフランスのバンドの特徴のような気がする。

それがフランス・バンドの「個性」だとすると、ちょっとさびしい。

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