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2008年6月

2008年6月25日 (水)

Wild Beasts

< 2008. 05. 15 @ The Pressure Point, Brighton (Great Escape '08) >

< 2008. 06. 20 @ Fleche d'Or, Paris >

「なっ、なんなんだコイツはいったい!!」

ステージ最前列で、ライブ開始の一曲目からその表情ならびに歌声に衝撃を受けてオレは一瞬ひるんだ。そんな独り言に対して、連れの人間がイキナリ次のような答えを用意してくれた。

「尾藤イサオ・・・ですな。尾藤と呼びましょう。」

先月の The Great Escape '08 で、初日に観た Wild Beasts のステージ前でのできごとである。www.myspace.com/wildbeasts  www.wild-beasts.co.uk

オレ自身は尾藤イサオ氏が実際に歌っている姿を観たことはないのだが、『明日のジョー』を唄うときだけは、絶対に渾身(こんしん)のチカラをこめて苦悶きわまった表情をしながら絶唱しているに違いない、という確信をガキのころから持っていた。いま我々の目の前にいるのは、まさにそういった男の姿である。ボーカルのHayden 、全編ファルセットのうなり節という歌唱法は尾藤氏のそれとは異なるのだが、「アンタそこまでせんでも」という突っ込みを全く受け入れる余地の無い力強さは、二人に共通する天賦の才だ。まさにUK歌謡界の異才と言ってさしつかえないだろう。

このバンド、すなわち彼 Hayden のすごいところは、一度観るとかならずトラウマになってしまうことである。ステージのあとで冷静になって考えると、彼らの楽曲がどれくらいすばらしいのか、あるいは自分はどれだけ彼らのことがすきなのか、がはっきり言ってよくわからない。しかし、なぜだか必ずまた観に行かないわけにはいかない、という深い業を背負わされてしまったような気がするのである。

先週、つきものに憑かれたように、ふたたび彼らのステージに出かけていった。今回もほぼ最前列で食い入るように彼らを見つめたが、オレ自身の精神の「解毒」はいまだ十分とはいえないようだ。たぶんまた観にいってしまうに違いない、と思ったのであった。

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@ The Pressure Point

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@ Fleche d'Or

肩パッド入り(にしか見えないような)のGジャンや不思議な柄のカーディガンなど、このバンドの古着ファッションのセンスも「トラウマ」級であった。

Wild Beast その2

2008年6月22日 (日)

Late Of The Pier

< 2008. 05. 15 @ Brighton Barfly (Great Escape '08) >

さて、ブライトンの町といえば、海岸である。

そしてブライトンの海岸といえば、桟橋である。

桟橋と言えば Pier (ピア)である。

ということで、今日のお題は Late Of The Pier という、ただのダジャレで、ゴメンナサイ。www.myspace.com/lateofthepier  www.lateofthepier.com だが、このダジャレを言うだけのために、オレは執念をかけていた。

昨年(2007年)の春先にはそこそこ話題になっていたバンドだったので、その年ブライトンで開催される Great Escape '07 では「観たいものリスト」に載せていた。運よく初日のトップバッターとして、海岸沿いの Concord 2 という会場に登場するという。彼らの次が Hot Club de Paris だというので、この2つのバンドを観ようと、意気揚々と出かけたのである。MTV2がホストをしている会場だったので、このイベントの中では比較的大きなハコだが、万が一にも遅れてしまっては一大事。開演の予定時間よりかなり早めに、余裕を持って出かけたのであった。

会場に着くと、ドアの前には10人ほどが列を作って待っていた。が、しかし、コレはいくらなんでも少なすぎはしないか、と思ったオレはアマちゃんだった。この会場はイベント全体の中心部からかなりはなれて位置しており、したがって他の会場への移動はたいへん面倒くさい。いきおいここに長期滞在する観客が多くなる。本日この Concord2 では当時人気急上昇中の CSS がトリを勤める予定になっており、それゆえ早い時間からこの会場は観客でごった返していたのである。つまり、オレの目の前に並んでいる10人の観客は、この時点ですでに会場の中に入れず、「空きまち」をしている連中なのであった。

愕然としてセキュリティガードに様子を聞くが、とにかくもう一杯なのでこれ以上入場できないという。あわてて後ろを振り返ると、あっという間に列は50人ほどに膨らんでいた。つまり、タッチの差で、オレは入場できなかったのである。

困った。ここから市の中心部に歩いて戻るには、かなり時間がかかる。そうすればどこの会場にも入れなくなってしまうはずだ(後で冷静に考えれば、物理的にみて、どこかにはすいているところがあるはず)。そう思っていると、われわれ長蛇の列をすり抜けて、「満杯」のはずの会場にするすると入っていく連中が後を絶たない。

なんだなんだなんだあれは、と思ってよく見ると、それはプレスパスもしくは関係者パスを持った人たちなのだった。この Great Escape というイベントは、バンドのショーケースならびに業界見本市みたいなものなので、専門家による講演会なども盛りだくさん組まれており、よってプレスや業界関係者が主役の一端を担っている、という性格がある。従ってこういった「関係者パス」を持った人の数が通常のフェスティバルなどと比べても格段に多いのである。彼らは当然ながら列に関係なく出入りできるため、30ヶ所くらいあるイベント会場すなわちライブハウスでは、こういった関係者がどどどどっと大量になだれ込んできても収容可能なように、あらかじめ客の収容具合は余裕をみながら対応しているのに違いないのであった。

つまり、ここ Concord2 では会場の中にまだかなりの余裕があるはずなのにもかかわらず、実際にはこのあとどれくらいの人数がくるのかわからないプレスの皆さんのことを慮(おもんぱか)って、われわれ平民を外に待たせているのであった。そうこうするうちに、ついに Late Of The Pier の演奏が、外まで聴こえてきた。とうとうはじまってしまったのだ。

オレは次々と会場に入っていく関係者パスの連中を見ながら、「コレはまだ入れる、まだ絶対に入れる!」と念力を振り絞り、 彼らの姿を短時間でもいいから観たい、という方に賭けて、列に並びつづけることにした。どれくらい時間がたっただろうか、せつない気持ちで待ち続けた甲斐があり、ようやくセキュリティガードから入場許可が出たときには、オレを含めて列に並ぶものの数はほんのわずかに減っていた。

だが、ときすでに遅かった。入り口を通り、バーカウンターを抜けてフロアにでるまえに、無常にも彼らの演奏は終了してしまったのである。オレは気持ちを切り替えて Hot Club de Paris の登場を待つことにしたが、Late Of The Pier を見逃した悔しさを忘れることは決してできなかった。

それから一年の月日が流れ、今年の Great Escape '08 。「ピアでピア」という冗談を言うために、というのはもちろんウソだが、この一年間すでに何度も彼らの姿を捉えるのに失敗していたために、今回は気合を入れ、万全の体制て臨んだのであった。その甲斐あって、首尾よくブライトンの雪辱をブライトンで果たすことができた。今年の初日、今度は Barfly でトリを勤めるまでに出世していた彼らのライブを、この「夢破れた」町で初めて観ることができたのである。

ところで、音はもともと知ってはいたが、ライブを観てけっこうぶったまげた。ガンギマリにしか見えない自由奔放で激しいステージアクション+ダンスと、絶妙のチームワークで組み立てられた完璧なパフォーマンス。今年の Great Escape は個人的にも大当たりのライブをたくさん観ることができたのだが、彼ら Late Of The Pier のステージも今年前半のベスト・エンターテイメントのひとつに躊躇無く数えられる出来だった。

一年待った甲斐があった、と思いたい。

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@ Brighton Barfly

Xfm がホストをしていた会場なので、例によって John Kennedy がDJ & MC 。 ライブ会場で叫んでも、声が上ずらなくなっており、成長が見られた。

Pier

燃え残りの「こげ桟橋」。ずーっとこのまま置いておくのも風情なのか・・・。

2008年6月21日 (土)

I Was A Cub Scout その2

< 2008. 06. 19 @ La Maroquinerie, Paris >

自分はムカシの人間なので、最近のように音楽ダウンロードだけで事が足りてしまうような風潮があまり好きではない。

やはり気になったバンドはCDを買って、それを所有して(そしてときどきどこにいったかわからなくなって、あわてたりして)、というようなことがないと、アーティストに対しても愛着がわかないのではないか、と考えている。レコードからCDになってサイズは小さくなったとはいえ、ジャケットのアートワークや、ケースの素材などまで含めてバンドからのメッセージであるはずなので、CDという物理的なモノが手元にあると、多少なりとも心情的に近づいた気がするものだ。だから、なにか接点のできたアーチストの楽曲はダウンロードではなくてCDで聴くようにしているのである。

以前、偶然一曲だけステージでの演奏を観た事がある I Was A Cub Scout 。そのときのことをレポートしたエントリーでも書いたように、フルステージを観て雪辱を晴らしたいとは思っていたが、なかなか機会が無かった。はじめて観たときは、かなり評判だという彼らの名前を聞いたことがあるだけで、曲は知らなかったし、目にした「一曲」も、正直そんなに記憶に残るものではなかったような気がする。だから、積極的に追いかけようと思ってはいなかったのかもしれない。

ところが今年の春にアルバムが出たので、せっかくの一期一会だからとCDを購入した。賛否はあるかもしれないが、オレは決して悪くない出来だと思った。不思議と何度も繰り返して聴きたくなる曲が多かったと思う。ツアーのスケジュールを調べたらパリにも来るというので、前売り券を購入したのである。

そして当日会場に向かう前、会社のパソコンから出演時間確認のためにライブハウスのホームページをチェックしたところ、「バンドは今月解散したので、キャンセルです」とでていた。知らんかった。いまさらどうなるものでもないが、とても残念なことになってしまった。CDを繰り返し聴いていたので、今回は楽しめるライブになるはずだったに違いない。

でもまあしょうがないか、と気を取り直した。クルマに乗り込んで、かれらのCDをカーステレオのプレイヤーに入れ込む。いままであまり眺めることの無かったCDジャケットの内側ページにも目をやりながら、ちょっとしんみりして家路についたのであった。メンバー2人、それぞれの新しいプロジェクトも見守っていきたい、とそう思った。

Iwacs2

[I Want You To Know That There Is Always Hope] ということだそうです。

2008年6月20日 (金)

The Others

< 2005. 06. 24 @ Glastonbury Festival '05, The Other Stage >

むかしから、グラストンベリー・フェスティバル=泥の海、すなわち、音楽フェスティバル=泥まみれ、というパブリックイメージは確かにあったと思う。しかし、フェスティバルの必需品としてウェリントン・ブーツ(Wellington 通称ウェリー)すなわちゴム長靴を誰しも必ず持参するようになったのは、ごく最近になってからである。

夏の野外音楽フェスティバルが、ヒッピーやコアな音楽ファンのみならず一般の大衆のサマーアウトとして定着したのはここ数年のはなしだ。6~7年もさかのぼれば、音楽フェスティバルに集うのは、ノー・フューチャーな連中が多数を占めていたのだが、スーパーモデルのケイト・モスあたりがパパラッチされ始めたあたりから、なんとなくセレブ感さえかもし出しかねない夏のレジャーに変わってきた。

商売に目覚めたオーガナイザーの思惑もあったのかもしれないが、各種フェスティバルの入場料は高騰し、人情味豊かな「柵越え入場」も姿を消し、いまや会場の中を大手を振って歩くのは、ヒッピーではなく会計士のようないでたちの連中である。

こういった会計士系を始めとして、善良な一般観客は、きちんとしたレクリエーションとして会場までやってくるために、たいへん準備がいい。Time Out のフェスティバル情報を丹念に読み、必要な道具をすべてそろえてやってくる。先週見た朝のBBCのニュースでは、まさにTime Out の担当編集者らがでてきて、「フェスティバル参加心得」を語っていた。今年の必殺アイテムは「ソーラーシャワー」という雨水をためて個人用シャワーにするという、キワモノ、いやすぐれものだった。当然ながらいまやウェリーを持参しない人は皆無と言っていいだろう。

しかし、今からたった数年前、2005年ころにはそのような情報も広くは行き渡っていなかったし、なにより「着の身着のまま」会場までやってくる連中もまだまだたくさん生き残っていたのである。そういうオレ自身もそうだった。

フェスティバルで雨と泥を食らった経験がそれまでに何回もありながら、この年のグラストンベリーをなめてかかっていた。多少の泥でもオレの自慢のトレッキング・シューズで何とかなる、とたかをくくっていたのである。そういう意味では、毎年かならず雨が降ることが決まっているこのフェスティバルにおいて、何も考えないでスニーカー一足でやってくる無鉄砲な連中や、小僧どもとオレは大差ない存在だった。

しかし金曜初日、朝からの雷雨であたりは一変、お約束どおり一面は瞬時に泥の海と化し、「水害」で流される(というか浮かぶ)テントも続出した。泥に足を踏み入れると、ゆうに20センチはある。「渡河」しなければいけないところは水深がもっと深そうだ。これはウェリー以外に生き残れる道はないと、10数万人の観客がいっせいに気づいたことだろう。

さすがに商魂たくましい連中が、自分の会場内ショップで手持ちのウェリーを売りに出すが、べらぼうな値段がついているにもかかわらず即座に完売。はやくも「売りたい」そして「買いたい」人が山といるのに品物が底をついてしまったのである。オレは当然この買い物競争に出遅れ、今日は自前のトレッキングシューズにすべてを賭けるしかなくなったのであった。

雨も止まり日は出てきたが、会場内はいずこも泥だらけだ。どこに行っても歩きづらいのだが、皆少しでも泥の深くないところを歩こうとして、混雑に歯止めがきかない。ようやく知人の皆さんと落ち合ったときは昼ちかくになっていた。まだ今日はバンドをひとつもまともに観ていない。知り合いの知り合い、という初めて会う日本人女性は、普通のスニーカーがすでに完全に水没し、もはや水田に素足を入れるがごとく、フツーに泥の中を歩いていた。若いっていいなあ、この躊躇のなさ、と思ったが、オレ自身は世俗にまだまだ未練があった。つまり、泥と一体化する勇気は無かったのである。

だがそんなささやかな願いはあっという間に打ち砕かれた。The Other Stage - John Peel Stage の移動には、最も低地になっている巨大な大海原を踏破しなければならない。ここをおそるおそる渡りながら、オレはあっという間に水深30センチのトラップに引っかかり、両靴を全没させたのである。このあとは、もう何も守るものがなくなったので、無表情に、かつぞんざいにロボットのような動きで泥の中をまい進したのであった。そしてここからオレのこの日記憶が全くなくなっているのである。

この日、2005年の6月24日、おそらくは夕方おそくまでは会場の中をさまよってライブを鑑賞し、そしてついに寒波&足元からの冷えに耐えられなくなって、宿泊先のB&Bにもどってシャワーを浴びたわけだが、この日どんなバンドを観たのかひとつも記憶に無い。今日改めて当日のラインナップを何度眺めても、思い出せるものが無いのである。こんなことは他になかった。

当時売り出し中の The Others 。 www.myspace.com/theotherstheband  http://new.letskilltheothers.info/ 当日の出演者リストには、明確に彼らがその日の午後 The Other Stage で演奏していた、と書いてある。推察するに、この日彼らがグラストンベリーで出演していた、ということは、おそらくオレはそのステージを観ているに違いないのであった。でもそれを覚えていないのである。おそらく、ロボットのように足を引きずりながら歩いていたオレは、知り合いともはぐれ、何の感動も無く遠い目をしながらこのバンドを観ていたに違いない。しかがって、このバンドのステージがどうだったかについて書けることは何一つないのである。そして、この「ライブ道」でもこの日のほかのバンドのステージについて触れることは二度とないだろう、と思う。

翌朝オレは朝一番に宿の近くの靴屋に飛び込んだ。もちろんウェリーを買うためだ。首尾よくフィットするサイズの長靴を手に入れ、この日からはようやく正気を取り戻し、いくつもの感動的なステージを堪能することができた。会場内で泥足のまま朝を迎えていた日本人の知り合いにも別のウェリーを買って差し入れたが、感謝されたことは言うまでもない。

かつてフェスティバルにウェリーを持ってこない人がいた、という、遠くて近い昔の思い出話である。グラストンベリー・フェスティバル。今年はいよいよ来週開催だが、やはり雨の予報だという。近頃は色柄とりどりのウェリーが靴屋に並んでいるが、オレは2005年に買った、あまりかわいらしくないこの濃紺の一足を今年も持っていくつもりだ。

Banksy3

この日唯一の記憶がコレ。(写真は Flickr より)

このサメの背びれの横には「DANGER」と書かれた小さな札が立っていた。たしかにとても泥が深くて「危険地帯」であった。なかなかいいセンスだなあ、と思ったが、後日 Banksy の作品であると知った。これをかっぱらってくれば(もちろん、そんなことをしても誰も怒らない)、サザビーズやクリスティーズでかなり高く売れたかもしれない、と思った。

ことし Banksy は「仮設トイレ」を組み立てて、会場内で「ストーンヘンジ」を作りたい(!)とグラストンベリーの主催者にオファーしたらしいが、断られたようだ。天才である。

2008年6月19日 (木)

Beirut

< 2006. 11. 11 @ La Maroquinerie, Paris >

< 2006. 11. 12 @ Luminaire, London >

オレはいわゆる「オヤジサラリーマン」よりもさらにちょっと上を行く50代一歩手前の年頃(おっさん)である。したがって歳相応に会社の若い者を夜の巷にひきつれては「サイフの心配はするなっ!カネならまかせろっ!」と大見得を切りたい年頃でもある。

だが現実には不思議と金がない。支払いの段になって、オレが何かを言いだす前にそそくさとワリカン分を差し出す部下の皆さんの姿をみたときに、さびしいモノが無いと言えばウソになる。

だが、カネがないのは実は不思議でもなんでもなくて、「ライブ道場」へのお布施の出費がかさむからである。ライブの前売り券を買って観にいき、そして楽しめれば(悲しくなっても)それは対価(悲しい場合は「投資」)となる。だが、結局その前売り券が無駄になったとき、すなわちライブを観ることができなかったとき、それはお布施として来世への希望を託した寄進となるのである。

ま、要するに、あまりにも観にいけないことが多くて前売り券が無駄になるので、ただの無駄ガネと思うよりは、「こんなことがもうありませんように」とお賽銭として願(がん)をかけているという次第である。

ライブの前売り券が無駄になってしまうのは、いうまでもなくほとんどの場合仕事の都合によるものだ。自分の裁量で作業の調整ができるときは、遅くなっても最後の瞬間を目指してライブハウスまで駆けつける、ということもできよう。しかし、出張で他の街にでてしまうと手の施しようがない。そう、オレはけっこう出張が多いサラリーマンなのだ。

ただ自分の老い先を考えた場合、このやみくもに前売り券を買う作戦を止めるわけにはいかない。このチャンスを逃したら、次のチャンスは無いかもしれないのだ。だからお賽銭も増え続けるし、オレもついにはずいぶん徳の高い人間になってしまうに違いない。

いくら徳が高くなっても、男泣きに泣きたいのはこんなときだろう。おととしの2006年、ブレイク前の Beirut  www.beirutband.com を見たくて買っていた前売り券を2枚無駄にしたときのことである。

このころオレは仕事でロンドンとパリを週に何回も往復していた。そんなときに飛び込んできた Beirut のライブ情報。6月11日がパリで行なわれるインディバンドのイベント・オープニング・アクトとして、翌12日はロンドンはキルバーンの行きつけのライブハウスでヘッドライナーだ。オレは安全策として、この両方の前売り券を購入したのである。こうすればどちらかは確実に観にいけるはずだ。片方が無駄になっても、それはしょうがない。運がよければ両方に足を運べるかもしれないではないか。コレは無駄ガネではなく、投資いやお布施なのである。

オチはお察しの通りで、11日ににはパリではなくてロンドンに、そうして翌日にはパリに戻らねばならなかったのである。お布施の大盤振る舞いをして、オレは残業に励んだのであった。

以来、このような「ルーレットのすべてのコマに賭ける」ような事はしなくなったのだが、おかげさまで最近になってさすがにお布施の甲斐がでてきた。無駄買いが減ってきたのである。前売り券の購入が減ってきただけかもしれないが、買った券はだいたい無駄なく観にいけるようになってきた。そしてもしかすると徳をたくさん積んだので、無駄な出費が減った分、部下にご馳走する予算がちょっとだけ増えてきたような気がするのである。  

2008年6月18日 (水)

Fanfarlo

< 2008. 04. 19 @ The Bullet Bar, London (Camden Crawl '08) >

さて今回は「場所取り」のはなしである。

だいたい同じライブハウスに何回も通っていると、「ここの場所がいちばん好き!」というマイポジションが決まってくるものだ。もちろん「バンドの見易さ」というのが最重要テーマではあるのだが、背もたれやドリンク置き場のあるなしなど、ビミョーな要素もからんでくる。

ステージと観客フロアの高低差があまり無いところは、どこにいてもたいへん観づらいことに変わりない。当然前のヤツの頭がじゃまで、ステージがほとんど見えない。こういうとき、平均して上背の高くない日本人女性客は、その「小ささ」をうまく利用して、するするするっといちばん前に出て行く作戦を取る人が多いようだ。あれよあれよという間のできごとである。

日本ではそんなこともないと思うのだが、イギリスでライブハウスに通っていると、せっかっくステージ前から数列目で陣取っていても、自分の目の前のわずかなスキマにあとからどんどん人が割り込んで入ってくる。そういうヤツに限ってアフロ感のある髪型だったりして、前が1ミリも見えなくなるものだ。されたほうはいい気持ちはしないだろうが(オレは怒る。心の中で。)、あまり遠慮を感じる人間はいないようだ。だから明らかに己(おのれ)の目線より下のほうに頭がくっついている日本人女性があとからいちばん前に入ってきても、誰も気にする者はいない。彼女達もそれを知っているから、躊躇無く行動できるにちがいないのである。残念ながらオレは中肉中背のおっさんだし、肝っ玉もおそろしく小さいので、「するするする」というわけにはいかない。なんとしてでも「マイポジション」を発見し、キープしなければいけないのであった。

一番やっかいなのは初めて行くライブハウスである。

勝手がわからないので右往左往しているうちに、気がついたら見えるのはベーシストの頭頂部だけだった、ということになりかねない。そんなんとき、最後の手段は左右のソデに回り込むことだ。そこからだとバンドは真横からしか見れないが、前をじゃまするものはいないので、ある種即席のマイポジションとして機能するのである。ライブハウスのスタッフから「そこに入るな!」と怒られても、出るふりをしながら3秒後にはそこに戻る程度の「ふとどき」はこの国では許されるのだと、勝手に理解している。

さて、スウェーデン人がフロントマンを勤める Fanfarlo。見たいと思い続けて一年余り、何度もチャンスを逸していたが、ようやく今年の Camden Crawl '08 でそのライブステージを体験できる機会がやってきた。www.myspace.com/fanfarlo 今年のこのイベントではいちばん楽しみにしていたもののひとつである。

会場の The Bullet Bar に足を運ぶのは、その日が初めてだった。基本的にカムデンの地下鉄駅周辺に南北に位置している会場が多いこのイベントで、唯一ぽつんと離れてケンティッシュ・タウンの方にある。地の利が悪いが Fanfarlo を観るために、寒風の中がんばっててくてくと歩いた。ライブハウスの中に入って気がついたのだが、ここは意外と狭くない。一応ステージはせり上がってもいる。そしてどうもあまり観客の数も多くない。さらにステージソデもあるように見える。これはたいして頭をつかうこともなさそうだ。そう思ってオレは慢心してしまった。

演奏開始の5分ほど前、バーエリアからステージに向かって移動したときオレに残されているまともなポジションは無くなっていたのである。前が見えない。ステージのソデに移動しようにも、そこへの道はすでに別な観客らによってブロックされていたのである。大失策であった。

マイポジションを持たないこの初めてのライブハウス。下手に動けば事態は更に悪化するのが相場と言うものである。今はかろうじて見えるベーシストの姿さえ視界から消え去ってしまうリスクを犯すには、自らの期待が高すぎた。冒険を犯さず、自らの不明を恥じ、そして楽しみにしていたバンドの姿をほとんど拝めなかった悔いを心に抱きながら、静かに会場を後にしたのは彼らの演奏終了前だった。

教訓1:お目当てバンドの前には体力を温存し、できるだけマイポジション発見に時間を割く。

教訓2:最悪の場合「するするする」と前方に行くことのできる、精神力の鍛錬・強化の必要性。

Fanfarlo

Fanfarlo @ The Bullet Bar 19/04/2008

自分では写真を撮れる状態ではなかったので、Flickr から当日の現場写真を探したら、コレ1枚だけ出てきた。ちなみに、自分の視界に入ってこなかったメンバー達である。同じ場所、同じ時間を共有したのに初めて見る光景。不思議な気持ちがする。

2008年6月17日 (火)

YMO

< 2008. 06. 15 @ Royal Festival Hall, London (Meltdown '08) >

ここロンドンで一度にこれだけたくさんの日本人の姿を観たのは、2004年の「NHKのど自慢ロンドン大会」以来のことであった。おととい観にいったYMOのロンドン公演のことである。オレ自身も、「YMOは観た事がないけど、ここで行っておかないと一生機会が無いかもな。」ということで、のこのこ出かけていった大多数の日本人観客のひとりである。

意外、といっては怒られるかもしれないが、けっこう楽しめたライブだった。

YMOの演奏前に会場のバーで立ちながらビールを飲んでいたら、観客のなかに Hot Chip のフロントマン Alexis Taylor と Joe Goddard の姿があった。彼らも 「エレクトロのレジェンド」YMOを観にやってきたのだろうが、この夜聴いたYMOの曲の大半は、かなり Hot Chip に趣が似ていたことに気がついた。YMOが演奏した曲はそのほとんどに現代的なアレンジが施されており、あまり原曲のイメージを留めていなかったのだが、決して「むかしのおじさんたち」という印象を観客に与えなかったと思う。

現代のポピュラー・エレクトロの第一人者である Hot Chip にも多くの影響を与えたバンドなのだろうし、そして「今の音」からもずれてない、決してロートルになっていなかったのはさすがだ、と感じた夜だった。まあ、曲の面白さの追求よりも、小技のてんこ盛りをがんばったように聴こえてしまうのは、オレのような素人から言わせれば、大御所ならではのお約束でもある。Hot Chip とは土俵が違う、と言いたげにも聴こえるが、「現役」としての対抗心もあるとすれば、まさにその意気やよし、である。えらそうなこと言ってすまんが。

この日もうひとつうれしかったのは、会場に入ってから知った「前座」が Pivot www.myspace.com/pivotpivot   http://pivotpivot.net/ だったことだ。先月の Great Escape、そしてそのあとすぐのパリ公演を見逃してしまっていたからだ。これも面白かったよ。もうけた。

2年ぶりのメルトダウン・フェスティバルを堪能し、会場の Royal Festival Hall を後にした。その夜は日本人の顔をたくさん見たので、無性に夜食でラーメンが食べたくなったのであった。

2008年6月11日 (水)

Black Cherry

< 2008. 05. 15 @ The Honeyclub, Brighton (Great Escape '08) >

今年の The Great Escape '08 初日。ふとしたことで一番最初に観たバンドが彼ら Black Cherry だった。www.myspace.com/blackcherrymusic  www.blackcherrymusic.co.uk

普段あまり関心がない「黒人女性ボーカリスト」バンドであるが、今年はなんとなく見ておいたほうがよいのではないかという天のお告げもあり、彼らを含めていくつかの「黒いお姉さん」バンドを観にいったのである。

彼らの演奏がはじまってすぐに、オレは人種差別をしている自分に気がついた。歌っている紅一点の Megane。先祖はアフリカ系の方である。決して歌はヘタではないのだが、黒人であれば完璧なまでにもっとうまくなければならない、いやうまいはずだ、という差別的評価である。黒い女性がバックにヤロウどもを従えて熱唱する場合、それは決してアマチュア感のない、聴く者に鳥肌を立たせるような歌声でないはずがない、という先入観をオレは全く根拠無く持っていたのである。

よく考えれば新人バンドのショーケースである Great Escape で、そんなプロ10年目みたいな完璧な歌声が期待できるはずもない。彼らの音楽自体はオレの趣味とビミョーにずれてはいたが、今年はこれからワイト島、グラストンべリーそしてVフェスティバルと大活躍予定の2008年期待の新人である。彼らのステージに魅了される人もいるに違いない。

だが、このあと彼らのほかに観た「黒人女性ボーカル」バンドに対しても、結局オレは同じような印象をもった。だいたい「黒いヒト」というだけでいろいろハンディがあるかもしれないというのに、オレは容赦なく「黒人女性なんだったら、もっとうまい歌を聞かせてくれ」と、それぞれ数曲聴いただけで無情にも会場をあとにしたのである。

次のバンドの会場に向かう道すがら考えたのだが、やはり黒いヒトは歌がうまそうに聴こえてしまうジャンルの音楽をベースにするから難しいのではないか、と思う。そう考えると Lightspeed Champion は別格だ。彼のやっている音楽は、歌がうまくてもうまくなくても味になるジャンルの音楽が前提になっているからだ。

黒いお姉さんのヘタウマ感のあるボーカルが魅力、というバンドを観てみたいものだと思った。2008年、時代はまだそこまで来ていないのかもしれない、というか、そんなもの誰も観たいと思わないかもしらんが。

オレは待ってるぞ。

Great_escape_2008_005

@ The Honeyclub

そういえば、Do Me Bad Things の黒いふとっちょお姉さんボーカルだけは、「完璧歌声」でなくても許せた、というか楽しめた。 B級感を前面に押し出すヒトたちって強いですね。

2008年6月 7日 (土)

!Forward Russia!

< 2006. 04. 20 @ Camden Crawl '06 >

日本の会社のサラリーマンなので、だいたい上司や得意先から「カネ(予算)が無くても、アタマを使って商品を売り込め~。」とハッパがかかる。

とりあえず精神力で敵戦線を突破しようという、旧日本陸軍式の発想だ。だいたいお金がないなら、まともなプロモーションもできないはずなので、行き着くところはあまり頭を使わない、商品名を刷り込んだ「風船」と「Tシャツ」になるのがオチである。そういえば昔ウチの会社にも、何かというと「風船」や「Tシャツ」の企画を出す「風船おじさん」と、「Tシャツおじさん」がいたなあ、と思い出すのだが、よく考えたら今もそんなに状況は変わっていなかった。

屋外音楽フェスティバルで、ふとした瞬間に新人バンドのプロモーション・ツールを目にすることがあった。むか~し、Kasabian が売り出し始めたころ、会場のいたるところに例の「マスクマン(布で顔の下半分を覆った男のアイコン)」の描かれたプラカードのようなものを持った人間がいたるところに現れ、彼らの演奏が始まるすこし前から計画的にステージのほうに終結した。そしてそれは当時 Kasabian とイコールにイメージがつながっていなかったので、観客はみんな「なんだなんだなんだあれは」ということになり、けっこうヒトビトの興味と喚起を引いていたようで、後をついて行ってみたら Kasabian だった、という仕組みになっていたようだ。

な~るほど、うまいこと考えたなあと思った。さすが大手レコード会社は企画部とかがあったり、外部の専門家を雇ったりしてなかなかやるものである。やはり「アタマ」を使えば「風船」と「Tシャツ」以外の企画が出てくるものだなあ、と感心したが、外注の企画会社に発注するには金がかかる。やはり貧乏人には「風船」から一歩踏み出すのはむずかしいようだ。

さて、2005年のレディング・フェスティバル。NMEで「Un-Signed (レコード会社と契約していない)の最後の大物」として紹介されていた !Forward Russia! が登場した。 www.myspace.com/forwardrussia  www.forwardrussia.com

このバンド、ご存知のようにトレードマークのTシャツを全員が着ている。

Fr2 インディ・レーベルとすら契約していないのであれば、外部のブレーンと相談したとも思えない。彼らは自分たちで考えた結論として、この「トレードマークTシャツ作戦」をあみ出したにちがいない。

オレは出発の出遅れで、タッチの差で彼らの演奏を見逃してしまったのだが、このバンドのまさに演奏終了直後という Carling Stege (小テント)から出てくる観客の何人かが、このマークつきの風船を持っていた。 !Forward Russia! は、お揃いTシャツに続く自分たちのプロモーション企画第二段として、「風船大作戦」を用意していたのであった。

ロック・フェスティバルに「バンドのロゴ入り風船」という組み合わせは、なんだかとっても「しんみり」したのだったが、世に風船あれば、必ずもらう人あり。なんだかわからないが風船をもらいたくなってしまう、という人間の特性を巧みに利用したこの原始的な戦術は、意外にも効果を挙げていたようである。その後わずかな時間ではあったかもしれないが、当時ほとんど無名のこのバンドの「ロゴ入り風船」が、レディングの会場内をさまよって、そして空に散っていったのだと思う。

結局見逃した彼らの姿をようやく捕まえたのは、翌年の春、 Camden Crawl '06 であった。このころにはバンドの知名度もかなり上がっていたと記憶している。絶叫と痙攣(けいれん)のステージを見つめながら、コイツら、いったいいつまで4人そろっておんなじTシャツをステージで着続けるのだろうか、とふと思った。

それから2年経った今年の4月にセカンドアルバムを出すに至ったのだが、ステージでは相変わらず同じ柄のTシャツのようだ。継続はチカラ、などと説教をたれるつもりは毛頭ないが、ここまでTシャツごときに意地を通す姿勢はあっぱれである。

風船作戦&Tシャツ作戦。あいかわらずアタマを使っているカンジは全くしないのだが、オレもこれから社内でまた「何か考えろ」といわれたら、今度は臆せず提案したいものだ。

Fr

彼らの MySpace に貼り付けてあった写真。

なんとなく、「こんなことではないか」と思っていた通りの画像が見れてうれしい。

2008年6月 6日 (金)

Agaskodo Teliverek その2

< 2008. 04. 18 @ The Black Cap, London (Camden Crawl '08) >

オレの中では「見た目のインパクト王」の座から昨年以来一回も滑り落ちることのなかった彼ら Agaskodo Teliverek 。ついに Camden Crawl にも招聘され、その音楽的な実力をも巷に披露する機会がやってきた。

新たにドラムを加えた本格バンド編成に生まれ変わったことは、正解だったようだ。以前のような「実験音楽グループ」感はすこし影を潜めたが、ライブバンドとして楽しめる姿に成長したことと、「怪演」とも呼ぶべき彼らの持ち味がうまく両立したステージであったと思う。

ボーカルの日本人女性の目指す外見上の方向性が、「引田天功」というか手品師系をさまよっているうちはいいが、万一にも一歩ずれて「暗黒舞踏」方面に入ってしまうと、気の弱いオレとしてはもう彼らのライブを見る勇気はなくなってしまうかもしれない、と少しだけ危惧を持った彼らのパフォーマンスでもあった。20年以上前に生で見た「白虎社」がいまだにトラウマになって夢枕に立つのだが、そういった日本人の「美意識」にあまり目覚めないでほしいと、ささやかに願う。

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@ The Black Cap

もちろん「見た目インパクト」を支えるのは左右の両雄だ。特に向かって左側、通称『ヤク中エガちゃん』(命名:By オレの友人)は、ホント、カオこわいよ。

2008年6月 4日 (水)

Sam Sparro

< 2008. 04. 18 @ The Electric Ballroom, London (Camden Crawl '08) >

さて、ロンドンの随一の音楽タウンと呼んで差し支えないカムデン(Camden)には、メディア関係の会社も多く、MTV のオフィスもある。

普段よく見るMTV TWOは一応「Rock」チャンネルと言うことになっているのだが、Fall Out Boy みたいないわゆるロックバンドの音楽は「ロック・チャート」というくくりでオンエアされることが多く、むしろUKシーンで活躍するインディ系のいろいろな音楽に触れることができるのがこのチャンネルの特徴だ。MTV 自身があえて「Rock」と言っているのは、さまざまなジャンルの音楽、たとえばラップであったりダンス・ミュージックであったりと、そういった広い範囲の音楽の中から、MTV TWO がなにかしらの「Rock」を感じた場合にだけ、その曲をピックアップしてオンエアリストに載せることにしているからではないか、とオレは理解している。

たとえばラップ系の音楽は、基本的にはこのMTV TWO で流されることはそんなに多くないのだが、Dizzee Rascal のごく一部の曲は、たぶん何かが「Rock」なので、オンエアされるわけである。逆の極端な例がヘビーロックだ。ヘビーロックはMTV TWO 的にはたぶん彼らの考える「Rock」ではないので、これまた放映されることがあまりないのだが、System Of A Down のごく一部の曲は繰り返し流される。ここに、この局の選曲者の何らかの選択基準が存在するわけだ。

さて、その文脈にのって考えた場合、最近巷のヒットチャートのみならず、なんとMTV TWO でもオンエアされるようになった Sam Sparro の位置づけはどう理解したらよいのか。 www.myspace.com/samsparro  www.samsparro.com シングル曲の [Black & Gold] は全英チャート第二位、今年の夏のアンセムにもはや決定しているかのような勢いである。

Camden Crawl という新人を中心としたバンドのショーケースイベントは、必ず「今売り出し中!」というにぎやかしの出演者がいる。去年(2007)は Calvin Harris だったが、今年はこの Sam Sparro でキマリだ。しかし Calvin Harris は一般のFMヒットチャートでは大活躍中だったけれど、ついに MTV TWO でその姿を拝むことはなかった。このSam Sparro はいったい何が違うと言うのか?どこが「Rock」なのだ?

その答えを見つけるべく、今年の Camden Crawl '08 では、初日の一番最初に登場した彼を観に、会場である The Electric Ballroom へと足を運んだのである。会場が広いので、満員の入り、と言うことはなかったが、去年の同じ会場、同じ時間の Kate Nash に比べると、まだにぎわっていたと思われる。

彼がただのソウルシンガーではない「何」を持っているのか?もちろん曲を聴くだけでもそれが単に「昔の音楽の焼き直し」ではなく、うまくエレクトロな要素を取り込んだ、「新しい」音楽のトライアルであることはなんとなくわかる。だが、オレが知りたかったのは、そんな教科書的な答えではない。バックバンドの演奏が始まるや、Sam Sparro が、歓声の中登壇し、歌いそして踊り始めた。

オレはその瞬間にコイツが持っている『何か』が、判ったような気がした。プレス写真の「サングラス+フード」からは想像ができなかった彼の本当の姿を見たときだ。このヒトは、ひとことで言うと美川憲一のようないでたちで、とてもかわいらしい「キャピキャピ」アクションのヒトだったのである。

「かわいいな、こいつ。」とつぶやいたあと、オレはちょっとだけ、「こりゃあ、ロックだ・・・。」と思ったのであった。

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Sam Sparro @ The Electric Ballroom 18/04/2008 photo from Flickr

足をピョンピョンと後ろに蹴り上げるさまは、小うさぎのような可憐さであった。

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