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2008年9月

2008年9月24日 (水)

Pete and the Pirates その8

< 2008. 08. 22 @ Reading Festival '08, Radio One Stage >

いったい彼らのライブを観るのは何回目か。初めて目にしてから1年半の月日が流れたが、しかしついにこの日を迎えた。

オレのイチオシバンドの Pete and the Pirates だが、栄えあるレディング・フェスティバル ('08) で、大テントすなわち Radio One Stage で演奏することとなったのである。昨年は、カーリングステージ(小テント)でその日いちばん最初の出演バンドだったから、順当な「出世」といえるだろう。オレは当然応援に出かけることにした。

初日金曜日、ふたバンド目の登場となった彼らだが、テントをほぼいっぱいにした大観衆からは割れんばかりの声援。それを受け取るメンバーの姿にもいまや余裕さえ見て取れる。この間の月日の流れを感じないわけにはいかなかった。シングル曲のイントロがかかると歓声も一層大きくなる。オレはいままで「影ながら」の声援を送り続けた日々を思い返し、大きな拍手とともに会場をあとにしたのである。

これまでのレディングフェスティバルの歴史を振り返れば、小テント~大テントと順調に階段を上り、そして更に大きく羽ばたいたバンドもあれば、その一方で翌年には影もカタチもなくなってしまった連中も少なくない。だが、ここまでくればあとは自分たちでなんとかがんばっていってくれ。実際にはバンドのために何かしたわけでは全くないのだが、なにか大きなひと仕事を終えたような気がして、一服しながら空をながめた。

来年の夏、レディングはまた彼らを暖かく迎えてくれるだろうか。

Reading_2008_001

@ Radio One Stage

ところで、昨日ポストされた彼らの MySpace ブログによると、この10月からスタートする彼らのUKツアーに、地元レディングが含まれていないというバンドへの問い合わせが多いようである。それに対する彼らの答えが『とっても残念なんだけど、ニーズに見合ったサイズのベニューがないんだよ・・・。是非(近くの)ロンドンに来てくれるか、今度レディングに行くまで待っててくれないか?』というものであった。

オレは「小さいハコでも良いからレディングで3日間演れ」、と心の中でちょっと思った。出身地は大事にしたい。

● コメントバックできないので追記します。

「大学生の町」というのが自分の持つレディングのイメージですが、永遠の予備校生にしか見えないリトル・ピートもまさにレディングらしい外観をしたミュージシャンといえると思います。バンドの活動的にはブライトンやリーズからくらべると明らかに地味なエリアですが、出身地に似合ったビジュアルのバンドという意味でも「地元」対策には細心の注意を払いたいものです。

Pete and the Pirates その1 (2007年4月~8月のライブ3回)

Pete and the Pirates その2 (2007. 10. 09 @ Barfly)

Pete and the Pirates その3 (2007. 11. 15 @ La Maroquinerie)

Pete and the Pirates その4 (2007. 11. 16 @ Fleche d'Or)

Pete and the Pirates その5 (2008. 01. 04 @ Showcase)

Pete and the Pirates その6 (2008. 05. 17 @ Horations Bar)

Pete and the Pirates その7 (2008. 08. 09 @ Paris Plages)

2008年9月23日 (火)

Cage the Elephant

< 2008. 08. 24 @ Reading Festival '08, Festival Republic Stage >

先月のことになるが、東京の本社にいる同僚から一本のメールが届いた。ずいぶん前に同じ部に所属していたことのある同期入社の人間だ。

彼によれば、15年ほど前の当時わずかな期間だけその部の部長をしていたおじさんが、定年を数年残して会社を辞めるという話だった。で、当時の部員が集まって、なつかしい顔ぶれだけの送別会を開きたい、というお知らせなのであった。いまやオレを含めてほとんどの「元」部員が、そのおじさんの当時の年代になってしまったわけなので、かなり「じじい臭」のする飲み会になるに違いない。是非駆けつけて皆の変わり果てた姿を肴に酒を飲みたいと思ったのではあるが、いかんせんここは遠い異国。残念ながら不参加の返信のかわりに、僭越ながら当人に激励文を送らせていただくこととした。

この会に参加できなくて残念だと思ったののは、もうすこしだけ深い訳がある。

当時この「元」部長と、オレやオレの同期を始めとした「元」部下全員は、正直言ってかなり折り合いが悪かった。いろいろなことの積み重ねで、最後の方にはかなり険悪な雰囲気になっていた、と思う。本人もその部を出たいと考えるようになっていたみたいだし、我々の方も彼をその部から「追い出す」ようなアクションを取ったりしたこともあった。

15年の歳月を経て、まさに『恩讐(おんしゅう)の彼方に』ではないが、あのとき「お互い若かったな」という雰囲気が、コトバにはださなくても感じられるような場を共有することができれば、なんとなくだが自分自身に対するわだかまりも解けるような気がしたのである。彼も初めて「部長」になった稚拙な新米上司だったかもしれないし、我々も自分たちで解決できないことを、ただただあたりちらす無能でわがままな部下だったかもしれなかった。だから、「おつきあい」ではなく、できれば彼の送別会に出席したかったと思ったのである。

ところで、オレにはその「元」部長の忘れられない姿がある。彼が我々の部に着任したまさにその日、歓迎会が開かれた。この会社にしては珍しく、全く別の部署から部長になるためやってきたその人は、我々部員からは「未知」の存在であった。彼から見たわれわれもそうだったに違いない。お互いに、けん制しながらも期待を持って初顔合わせである「歓迎会」の宴席に臨んだのだ。

とりあえず和気あいあいとしたまま一時会は終了し、二次会のカラオケボックスに10人ほどでなだれ込んだ。誰かが景気づけに1~2曲歌いだして盛り上がりはじめたころ、オレは小用をたしにトイレのドアを開けた。そこで出会いがしらに見たものは、件(くだん)の元部長が鏡を真剣な表情で覗き込みながら、今まさに自分の首からはずしたばかりのネクタイをハチマキ代わりにアタマに巻きつけている、そして巻き付け方を微調整している、実にその瞬間だったのだ。

オレはかなり見てはいけないものを見てしまった気がして、急に千鳥足風で「♪なっかあのしい~まあ、ぶうるううすよお~っ。」などと酔っ払ったふりをしながら元部長に気づかないふりをして便器の並んでいる方向へ一目散に向かった。これは明らかに、「いい心持ちになって盛り上がっているオヤジサラリーマン」を演出している作為以外の何者でもない。そしてその姿のまま、今まさに宴たけなわになりつつあるカラオケボックスに再乱入することで、場の雰囲気を一気に盛り上げよう、部員のこころをひとつかみにしてしまおう!という戦略に違いないのであった。

通常は(そもそも通常は、そんなオヤジなどいまどきいないのであるが)、興が高じて「ネクタイハチマキ」に自然に移行すべきものであるところ、その「新」部長は新しい上司としての自分と部下との距離を一気に縮めるために、ある種「禁じ手」の荒業に手を染めたものと思われる。オレはこのことで、「人間ってヤツは、場を盛り上げるためにこんななことをしてしまう生き物なんだ」ということを学んでしまったのである。もしトイレでこの一件を目撃していなければ、自分の見逃したスキに、酔いに興じた部員が部長のネクタイをはずしてそのアタマに結びつけた、くらいにしか考えなかったであろう。そしてたぶん、オレと部長の関係も、一気に親しみのこもったものになっていたかもしれないのだった。

今回の送別会、当時の当事者双方に、この一件が実際のところどんな雰囲気をかもし出したのか、あらためてちょっと聞いてみたかった。もう誰も覚えてないかもしれないが。でもオレはとにかくこの部長とのあいだの良かったことも悪かったことも、ほとんど何にも覚えていないのだが、このことだけはふとした拍子に頭の中によみがえる。

というあまりにも長い前フリだが、先月のレディング・フェスティバル ('08) で、そのときのネクタイハチマキの一件が、一瞬にしてクリアに呼び起こされる出来事があった。 アメリカの新人、Cage the Elephant のボーカルの Matt がステージに登壇した瞬間だ。www.myspace.com/cagetheelephant

今年のグラストンベリー・フェスでも見逃していたので、レディングでは最も期待していたバンドのひとつだった。ステージ上に現れた彼のいでたちは、まさにフェスティバル3日目の最終日、週末通してたっぷりと楽しみまくった観客のスタイルそのもの、であった。上半身ハダカ、そしてカラダには蛍光色のいい加減なペインティング、腰には売店で売っているようなフリフリの女性物、とにかく全身小汚く薄汚れた格好などなどとにかくこのフェスティバル会場で、何日間も徹夜続きで遊び通した「証拠」を身に満載にまとっているのであった。そこにいるのはミュージシャンの姿ではなく、あきらかに、いわゆる Festival Goer というか、会場で大騒をしながら大いに楽しんでいる観客の姿そのものであった。

もちろん、この日朝から彼が会場の中でこのフェスティバルをたっぷりと堪能していた可能性はある。リーズ・フェスティバルで演奏したあと、テント代わりにバンで寝食をとればあれだけすっかりその場に馴染んだ格好になることも有りえるだろう。だがオレは突然にして例の元部長のことが頭をよぎり、こいつ、Matt はステージ直前になってフェスティバル観客に馴染んだ格好を「化粧」してきたのではないか?という疑いを持ってしまった。

万がいち仮にそうだとしても、悪意は無いしかわいらしい話なので罪はない。だが、オレとしては当時のビミョーなキモチがよみがえり、なんとなく見てはいけない姿がバックステージであったのではないか、などと想像力がたくましくなってしまった。そのため肝心のステージに十分な集中ができなくなったのである。ステージ後半に客席への乱入を繰り返す彼の姿を見るにつけ、英国のミュージシャンに時々ありがちな「照れ」や「てらい」が全くない、まさにアメリカン・エンタテイメントの真髄を垣間見た気がして、「つくり」くらいはやりかねないという確信さえ芽生えてしまった。彼らの演奏は、そういったアクションやパフォーマンスを含めてとても良かったと思うのだが、オレ個人の小さなトラウマが、自分自身の完全燃焼を妨げてしまったのも事実である。

後日、彼らの MySpace を見るにつけ、そこに貼り付けてあるレディング・フェスティバルでの夜間キャンプサイトのゲリラ・ライブ映像や、先日の Bestival での泥にまみれた格好での映像を見るにつけ、ヤツラは実は「つくり」ではなく「ホンモノ」であった疑いが濃くなってきた。そう、実際に観客と一緒になって本当によれよれの格好になってしまったヤツラだったのか?そう思うと、当日、もっと素直に彼らのステージを楽しむべきだった、とも後悔する。真相はわからないままなのだが、オレ自身が毎晩ホテルへ帰ってはシャワーと着替えをキッチリ済ませてから毎朝フェスティバル会場へ向かう、「ひよった」人間なので、ひねくれて考えすぎてしまったのかもしれない。

この「ネクタイ・ハチマキ」のトラウマを克服するために、次回 Cage the Elephant のライブでは、バンドメンバーのいでたちを完全にまねして作りこみ、ステージからボーカリストとツイン・ダイブを試みるくらいの意気込みで臨みたい。そんなことを考えた。

@ Reading '08 キャンプサイト

で、下がオレが撮ったステージ写真

Reading_2008_120

こんな格好で登場したので、最初から仲間感100%のたいへんな盛り上がりようであった。

* コメントバックができないので、追記します:

● そうですね。言葉の壁、まったくないですよね。うらやましいです。さらにプラスして言わせてもらえば、年齢の壁も人種の壁もないともっといいのですが、「ライブ道」はメガネをかけた日本人中年サラリーマン(風がふくと髪型が2:8分けになる)なので、壁がありまくりなのが残念です。

2008年9月18日 (木)

Elle s'appelle

< 2008. 05. 15 @ The Water Margin, Brighton, The Great Escape '08 >

ロンドンとパリの両方に住んだ、あるいは住んでいる経験から言うと、双方に住む日本人を比較して一番「ちがうなあ~」と思うのは、パリのほうが「自分が住みたい街だから住んでいる」という人々が圧倒的に多い、ということだ。

ロンドンにはやはり金融企業やらなにやらいろいろあって、日本人にしても企業駐在員の数が圧倒的に多い。もちろん「ロンドンで背広の仕立てを修行したい。ロンドンでなければダメだ!」という、かなり狭い世界でつきつめているヒトもいる事はいるだろう。だが、同じロンドンに住むにしても、なんとなく英語だし、とか、とりあえず転勤で来ました、特にこの街に思い入れがあるわけではありません、というヒトが実際にはかなり多いと思う。この学問を成したいのだが、師事すべき専門の教授がたまたまここにいました、とかいう程度の動機である。そういう意味では、オレから見てあからさまに「濃い」エネルギーをあたりに発散するヤツが、そうたくさんいる街ではない。

一方のパリ。ここはロンドンに比べて日本企業の事務所がそんなにあるわけではなく、なぜ自分が今ここにいるのか、よく考えたらわからない、というオレのような存在はあくまで少数派だ。パリがすてきな(ところもある)街だということは否定のしようのない事実かもしれないが、アイ・ラブ・パリな特濃の日本人がうようよひしめいているため、時として呼吸困難やめまいを覚えてしまうのは、おそらくオレがフランス語を話すことができないヒガミからくるものに違いない。

こういったマダム「特濃」や、ムッシュー「特濃」は、予期せぬタイミングでオレの目の前にあらわれる。もちろん彼ら自身「日本人」として、パリのダメなところをけなしたりはするのだが、自分らが「パリはここがすばらしい」と信じて疑わない分野にこちらが疑問をはさもうものなら、まるで自己を否定されたかのような興奮状態でこちらに反論を試みる。で、こちとらは結局フランス語も話せない「マイノリティ」なので、市民権なく強制退場、とあいなるのであった。

オレはオレで悔し紛れに、そういったマダム「特濃」や、ムッシュー「特濃」に影でニックネームをつけるのだが、それはたとえば「すまたん田中(仮名)」とか、「じゅてえむ鈴木(仮名)」とか、そういったものである。で、なぜそんな名前かというと、フランス語で名前をつけると圧倒的に間抜けに見えるからである。フランス語とは、所詮そのようなものなのである。

ミュージシャンも同じだ。フランス人を除き、国籍問わずでフランス語のバンド名をつける連中は、すべてムッシューかまやつとピエール瀧に通ずる、というのがヒガミを通りこしたオレのやけっぱちの結論である。

今年 Camden Crawl から Great Escape、そして Glastonbury Festival と大活躍な英国の新人3人組 Elle s'appelle www.myspace.com/ellesappelleband

MTV2 でもよく流れいたので目にしていたが、曲はわるくない。しかし、フランス語でバンド名とはいい度胸ではないか?なんとなく語感的にも「とわえもあ」に通じなくもない。そもそもこの「えるさぺーる」の親戚である「じゅまぺーる」は、できればフランス語を話さないで穏便に一生を終えたいと考えているこのオレが、得意先の事務所の受付で毎回必ず話さなければならない屈辱のフレーズでもある。「じゅ、じゅまぺーる、Funfa 77 (対訳:Funga77 と申しますですが・・)」と毎回決まっておどおど話さなければならないのは、一応はささやかながら社会的地位を築いたサラリーマンにとって、拷問ですらある。このバンド名を見るたびに、キモチが重たくなってしまうのだ。そこで、こんなフランス語のバンド名をつけてしまうのって、オマエらセンス的にホントは大丈夫か?というのが、半分八つ当たりで半分ホントに当たっているかもしれない、オレの疑問である。

初めて観る彼らのステージは、ビックリするようなすばらしいものではなかったが、まあまあ期待どおり楽しめるものだった。あらためてひとつ気がついたのは、フロントの紅一点のお姉さんが、パリでよく見かけるすっきりほっそりしたパリジェンヌのような外見ではなく、背は高くないががっしりしてガタイのよい、典型的な英国女性だったことだ。

ダサい名前かとかそんなことはどうでもよくなって、なんというかイギリスのバンドって見た目も安心できていいよな、とわけのわからない結論に自分で納得して彼らに拍手を送ったのだった。なんとなく「濃い」ヤツラではなさそうだと思ったので、すこし安心した。

Great_escape_2008_008

@ The Water Margin

ベレー帽とかかぶって出てきたらどうしよう、とか真剣に心配した。フツーの格好をしていただけでオレから高得点を獲得した。

* コメントバックができないので、追記します:

コメントありがとうございます。たしかにしゃべりはかなり訛ってました。それを含めて安心感が醸成されたのだと思います。よく考えたら、「える、さっぺええ」と自分で発音してみると、世界共通の訛りのようにもきこえます。おれのくにことばも、そんなだ。

2008年9月17日 (水)

The Week That Was

< 2008. 09. 05 @ Fleche d'Or, Paris >

儲けることは無頓着にも見える職人さん、というのがいると思う。

熟練の技巧とセンスで自分に納得のいく「いい仕事」を必ずするのだが、「自分は職人だから」と頑(かたく)なに世間に迎合せず、ひけらかしや利潤の追求をむしろいさぎよしとしないマイスタータイプのことである。なんとなく結果的に「清貧」になっている感じ、とでもいえるだろう。

音楽家の場合、基本的にヒトはそれを「アーチスト」と呼ぶので、超テクを誇るジャズミュージシャンを「職人芸」と賞賛することはあっても、バンドのコンセプトや楽曲自体を「職人」にたとえることはあまり適切ではないかもしれない。しかも、本来何とか売り出したい、成功したいととがんばっているバンドに対して第三者のオレがそんな形容をつけることは不謹慎かつ僭越であることも理解しているつもりだ。

それでもなお、オレはこのバンドを「儲からない職人さん」と呼ばせていただきたい。先日観た The Week That Was という連中のことである。www.myspace.com/theweekthatwas 繰り返しになるが、演奏テクニック云々の話ではない。その音楽もさることながら、演奏風景を鑑賞しながら「コイツら、売れようが売れまいが関係ないところで生きてるな」と思わしめる、力強くも悲しいパワーを感じたのである。

実はこのバンド、同じ英国 Sanderland という街出身の The Futureheads のメンバーと過去にバンドを一緒に組んでいた Field Music という、そこそこ名の知れたバンドの主要メンバーBrewis 兄弟の片割れが、母体になっている。Field Music 自体は過去にCDを買ったりライブを観たことのあるお気に入りのバンドだったので、最近その動向が静かなことが気にはなっていた。そんな折に飛びこんできたのが彼のこの新バンドによるアルバム発表とライブの告知だったので、何はともあれ観にいってきた。

そしてその感想が、ひとことでいうと「堅気な職人さん」、ということなのである。ハッキリ言って、曲はかなり良い。だが、もしカラオケにあったとしても決して唄いたくなる歌ではないだろう。ヒトに口ずさんでもらうことは望まれていないような波長を感じる楽曲の数々。ステージ上のメンバーの面構えや服装も、これほどあえて地味にしなくても良いのではないかとさえ思わしめる様相だ。皆さんにも、究極にすぐれた地味な楽曲を是非堪能して欲しい。→[ Scratch the Surface ] こんなヒトタチが、6弦ベースなどを黙々と弾いていたりするのである。

基本的には Field Music の延長線上の音楽をやっているのだが、彼(か)のバンド同様、知らないうちに歴史の狭間に埋もれて消えていってしまうバンドに違いない。ほめているのかけなしているのかよく判らないが、そんな「儲からない職人さん」に見えてしまうところがこのバンドの弱点なのだと思う。楽しかったが、ちょっとキモチが寂しくもなったライブであった。

Img_0279

@ Fleche d'Or

Brewis 兄弟のもう一人の片割れは、Scholl of Language www.myspace.com/schooloflanguage という、これまたマニア感あるプロジェクトを始めたが、こちらのほうはまだ売れることを意識しているようにも見える。フェスティバルなどで観ようと思えば見る機会はあったが、いまひとつ足を運ぶには至らなかった。こっちは「職人さん」ではなく「売れない芸術家」とでも言えるか。

* コメントバックができないので追記します。

● 返信ありがとうございます。「イギリスらしさ」が匂ってくるようなバンドに久しぶりに出会ったカンジです。彼らのステージの後、バンドTシャツでも買おうと会場内を見回したのですが、このバンドに限ってはマーチャンダイズが皆無でした・・・。正統派の応援方法しかなさそうなので、本日Amazon にアルバムをオーダーしたところです。

2008年9月16日 (火)

Breakbot

< 2008. 09. 12 @ Fleche d'Or, Paris (DJ Set) >

長年ライブ道の修行をつきつめているのだが、ときどき「寄り道」をしたい衝動に駆られることがある。

オレの場合、自分が観たいと思い続けていたバンドであれ、偶然でくわしたバンドであれ、それにかかわるすべてを「一期一会」として記憶にとどめ、このブログに書き残すことで各々に「成仏」してもらっている。ライブハウスに行く道すがらや、あるいは結局そのバンドを観ることができなかったとしても、そういう「縁の無さ」までふくめてライブ道の修行だというような受け止めかたをしているので、「実際に観た」という行為の結果だけを目的化していることは無いのである。

ところが、オレには収集癖があって、いまだに切手なども集め続けている絵に描いたようなマニア中年だ。音楽に関しては 7inch 盤収集などにも食指が動かないでもないが、ライブ道を続ける限り他にはあんまり時間やお金もかけたくない。ときどきロンドンはオックスフォード・ストリートのCDショップで売っている、『来店バンドのサイン入り 7inch だが、いまだに売れ残って定価の 1.99 ポンド(400円弱)で売っているもの』などを購入したりするくらいだ。(ちなみに、 Tower Of London とか、Dead 60s とか、そういったうら悲しい陰のあるバンドがほとんどであるが)

そこでライブ道の範囲の中での「寄り道」なのだが、バンドのライブをおなじ観にいくにしても、なにかテーマを持って完全収集、すなわちそのテーマにかかわるバンドすべての姿を観ようというのはどうだろうか、とときどき考えたりするのである。たとえて言うと、山手線の各駅で降りて、それぞれの駅の記念スタンプを押し集めてまわるようなものである。

いちばん判りやすいのは、何かのオムニバスアルバムを1枚取り上げて、そこに収録されているバンドのライブをとりあえずすべて観る、まずはそのこと自体に目的を置いてみる、というものだ。最初に試みようと思ったのは「Kitsune」のコンピレーションアルバムであったが、とあるバンドのライブがとてつもなくつまらなかったために、あっという間にあきらめた。やはり、ああいうプロデューサーものは、ライブではきつかったりするので、あまり楽しくない。

そこで現在自らのサイドテーマとして取り組んでいるのが「Moshi Moshi Singles」という、UKの「もしもしレコード」が出している同レーベル所属バンドのコンピレーションCDアルバム収録バンドの『完集』、すなわち「全バンドのライブ制覇」である。www.myspace.com/moshimoshisinglesclub  www.moshimoshimusic.com

Moshimoshi_b_2

このアルバムは、「Moshi Moshi Singles Club : The A Side」として市販されており、Amazon でも買える。そもそもこの存在そ知ったのは、同じシングルから B サイドの曲ばかりを集めた「Moshi Moshi Singles Club : The B Side」という、ジャケットが同じCDが、定期購読している Artrocker マガジンの「オマケ」としてくっついていたのを聴いてみたのが発端だ。「オマケ」が気に入ったので、「A面」の方もお金を出して買ったのである。

以前にも紹介したことがあるこの Moshi Moshi Records だが、フォーク系からアートパンク、そしてエレクトロ系までと幅広いジャンルのミュージシャンの作品をリリースしている。ところがそのどれもが、なかなか放っておけない、気になるバンドが多いのである。普段聴かないジャンルの音楽であったとしても、そのセンスを信頼できると思わせる力がある。そういうところから出されたコンピレーションなので、かなり愛聴盤になっているのである。AサイドとBサイド、2枚両方聴いてみるとむしろ「B面」の方が良い楽曲ではないか、と思わせるバンドもいくつかあり、そういう意味でも侮りがたい。

当然すでに姿を観たことのあるバンドも少しはあったので、これをベースにしながら「全バンド制覇」にチャレンジしようと思いたった。コレならどうやら楽しめそうだ。レーベル自体が「もしもしナイト」と称して、ロンドン以外、すなわちパリやらブライトンの The Great Escape でイベントを組んでいるので、バンドに出会える機会も多そうだ。

過去に観たことのある Kate Nash などは別として、Friendly Fires や、Late of the Pierそして、 Wave PicturesSlow Club、Elle S'appelle などのステージを観たので、次は Matt and Kim や Pacific! のライブに行きたい!と彼らのライブスケジュール表に目をやったりしているのが現状である。

ところが。そうはいうものの、バンドの国籍もさまざまで、自分の都合とバンドのスケジュールなど、なかなかうまく合致することばかりとは限らない。ライブのお知らせがしばらく出てこないバンドもある。このままではもしかしたら「完集」前に、そのうちのあるバンドが解散してしまったりする恐れだってあるだろう。そう思うと、少しだけだが気がせいている自分の姿があった。自分の楽しみのために始めた「寄り道」ではあるのだが、普段のライブ道と違って「観にいくこと自体」が結果的には最終目標になってしまっているため、目的優先でとりあえず「鑑賞済み」バンドの数を増やしてしまおう、という邪(よこしま)な考えが、ココロに芽生え始めるのに気がついたのであった。

エレクトロ系のヒトタチなので、「ライブ」ではなくて「DJセット」でも観たことは観たことになるのではないか、と自分で勝手な理屈を考えて、「Moshi Moshi Singles Club」に収録されている Breakbot を観にいってしまおうと考えたのは先週のことだった。基本的に「クラブ」アワーになったイベント会場には全く興味が無いにもかかわらず、である。www.myspace.com/dothefunkybot  ただ、ここで観ておけば、「1バンド稼げる」と、思いついたのであった。

しかし、しばし深く自問し、結局出かけるのをあきらめた。

深夜のクラブに出かけるのは体力的にキツイと考えたこともあるが、やはり Breakbot はナマでライブを観ておくべきだ、と考え直したからだ。特に「B-Side」アルバムに収録の彼らのの曲は気に入って、繰り返し聴いている。堕落のこころが芽生えて悪事に手を染めかけたが、すんでのところでぎりぎり思いとどまった感覚に近い。はっきりって、このブログを読んでも、「いったい何を言っておるのだ、コイツは?」と言うカンジかとはおもいますが、そういう葛藤も人生の中にはあったりする、という話である。 Breatbot はけっこう真剣にライブを観たいバンドだと再認識して思いなおしたが、なかにはまだギリギリ境界線に乗っているようなバンドもあったりして、今後くじけそうなことがあったら、つまり安易なほうに流れていきそうになったら、今日のエントリーを自分で読み返したいとおもう。

まあ、「寄り道」なのに自分を苦しめてどうする、という話もあるが、オレは山手線のスタンプを一駅集めたら、途中でやめられなくなってしまうタイプの人間なのである。

Breakbot Breakbot。このキャラもすてきだ。このように思い直してみると意外と道は開けるもので、新たにアップされた MySpace のスケジュールによれば、年内に何度かパリでライブがある模様。ちなみにコイツはパリジャンである。あらためてトライしたみたい。

2008年9月15日 (月)

Friendly Fires その3

< 2008. 09. 04 @ Fleche d'Or, Paris >

先月末レディング・フェスティバルでステージを見たばかりではあるが、パリの Fleche d'Or にやってくる、というのでまた Friendly Fires のライブに足を運んでみた。

今年のアタマ2月にはこの街で有料公演をおこなっていたし、まもなく11月にも再び大きなインディ・イベントで再度「来仏」するにもかかわらず、無料ライブを見せてくれるというのは太っ腹なものである。

会場は混んではいたが、どうにもならないほどのカオスということでもなく、今回初めて彼らをステージの最前列から鑑賞することができてとてもよかった。なにがよかったかというと、フロントマンの Ed が着ているニット・セーターがどのようなデザインのものか間近で観察できたことがよかった。ステージ登壇前に彼がオレの目を横切ったので、素材感もなんとなくだが確認できた。

実はレディング・フェスティバルで彼らを観たときに Ed の着ている洋服がかなり気になっていたのであるが、混雑した会場では遠めに眺めるしかなかった。ところが彼自身もこのニットはお気に入りと見え、全く同じものを2週間後のこのパリでも着てくれたのである。自分で洗濯したのかなあ。まあ、いずれにしてもおかげで、自分のアタマの中にだいぶ「どのようなデザインか」のイメージができた。そう、オレは年甲斐も無く芸能人のステージ衣装を参考にしながら自分の洋服を選んだりすることが多いのであった。そんなの実際買っても、あまり着る機会ないけどね。いや、おはずかしい。以上です。

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@ Fleche d'Or

このヒトのいわゆる「スラックス」ファッションには、なんとなくひきつけられるものを感じる。

ところで、アメリカで Wii のTVCMに使われているという [ On Board ] や、ご当地ソング [ Paris ] よりも、ニューシングルである [ Jump In The Pool ] の人気が高かった。というか、歓声の大きさが圧倒的に違った。先日のエントリー( Friendly Fires その2)で書いたばかりだが、サンバリズムはラテンの血を引くフランス人にも強くアピールしたようだ。特にこの Fleche d'Or は無料ベニューなので、「このバンドを観にきたわけではないが、なんとなく酒を飲みに来たパリジャン」の数も多い。サンバがかかればなにはともあれ条件反射的に皆「踊るあほう」である。

過ぎ行く夏を惜しむ夏祭りの様相であった。

● Friendly Fires その1

● Friendly Fires その2

* コメントバックができないので、追記します:

● いつもツボを得た新情報、ありがとうございます。実は「洗っていないのではないか?」という嫌疑はわれわれの仲間うちでも話題になったのですが、これでほぼ「クロ」と断定してよいのではないでしょうか。もっとも、実はこのライブを観た3日後にロンドン・イーストのデザイナーズ・セールと古着屋めぐりをしたのですが、このニットのイメージに直結する物件にはめぐりあえませんでした。もしかすると当人が「買占め」をしているのかもしれません。タンスを開けたら同じ服がずらり、というオバQ状態であれば、なおすてきです。

● リンクありがとうございます。一度観たら十分、というバンドが多い昨今、何度でも足を運びたくなる数少ない連中だと思います。11月のチケットも購入。セーターの一件についてはしつこく再確認する予定です。

● ふたたびコメントありがとうございます。この写真の「キモ」が『腹』であることに気がついていただいて、とてもうれしいです。この一枚は、実はライブ道が撮影したものではなく、同行した友人から分けてもらいました。いつも自分が撮ったボケ写真が多いので、ちょっとカッコいいやつを貼りたかったのです。その友人の一番のお勧めが、この「はら」写真でした。その方の連写の中にはかなりの怪作が含まれていたのですが、Ed氏の名誉のためにその友人が墓場まで持っていくことになっております。

2008年9月11日 (木)

Ash

< 2001. 05. 11 @ The Ocean, London >

< 2002. 08. 24 @ Reading Festival '02, Main Stage >

< 2008. 09. 06 @ The Astoria, London >

All Tomorrow's Parties (オール・トゥモローズ・パーティズ=ATP)という、ヴェルベット・アンダーグラウンドの名曲タイトルを、そのままイベントタイトルに持ってきた音楽フェスティバルがイギリスで催されている。いまやそれなりの歴史を持ち、確固たるポジションを築いているイベントだ。「明日をになう」、あるいは「明日を先取りする」といったあたりの意味合いなのだろうか。いずれにしろ、いまや日本でも知られた存在になってきていると思う。

このフェスティバルに出演するバンドのラインナップは明らかにその他のイベントと趣を異にしており、だいたいが玄人筋から評価を受けそうなアングラ系のバンドが大半を占めている。そのたいていは見たことも聞いたこともない連中なのだが、さすがにメインアクトあたりには Mogwai やら Yo La Tengo といった名前が見える。おそらく週末の3日間、めいっぱい繰り広げられるインディ感100%のこのイベントには、かなりコアな音楽ファン&おたくが結集するに違いないと思われるのである。コドモが生半可に手を出せない、濃いイベント、というのがオレの印象だ。

オレ自身は Mogwai や Yo La Tengo をリスペクトしているのではあるが、このフェスティバルだけは及び腰で、いまだに参加したことがない。で、50歳に手が届こうとしている昨今ではあるが、もうすこしオトナになってからでないと観にいってはいけないような気がしているのである。

ところで、今日のテーマは直接この ATP とは関係ない。関係ないが、実はこの ATP というオーガナイザーはこうした「アングラ」フェスティバルのほかにも各種いろいろな音楽イベントを主催しており、それぞれなかなか趣向が面白い。そのひとつに、これまた歌のタイトルから取った Don't Look Back (ドント・ルック・バック)という企画が時々あるのだが、それはなにかというと、Sonic Youth や Dinosaur Jr といったレジェンド系のバンドに、彼らの過去のある特定のアルバムだけをフルに演奏してもらう、という催しだ。

これはなかなか冴えたアイディアだと思う。「あのバンドに、あのアルバムの曲だけライブで演奏してもらいたい」というのは、意外な潜在意識としてヒトビトの気持ちの中にあると思うからだ。だがそうした企画は、現実のところあまり頻繁にはみられない。ATP の場合は、そういうトライアルを試みる余裕を持った、すでに「伝説」化しているようなバンドにプラスしてATP というブランドネームがくっついているので、なんとか成り立っていると思う。しかし現役のバンドがフツーにコレをやってしまった場合、「昔は良かったが最近どうもいまひとつなので、過去の曲と過去のファンに頼るのか?」という、ちょっとうがったネガティブな評価をされてしまいがちだからである。やはりミュージシャンとして、現役で新曲を出し続け、新アルバムをプロモートしなければいけない立場では、現実になかなかできる企画ではないのだと思う。ATPから呼ばれていないのに、つまり誰からも頼まれていないのに、みずから進んでこういったことをするミュージシャンは結果的に少ないのであろう。

ところで、いまだ「伝説化」まではしていないバンドでも、条件さえととのえば、こうした企画で我々ファンを楽しませてくれることがある、という経験をしたのが先週の Ash のロンドン公演だった。かれらはデビュー・アルバムである [1977] をそのままイベントのタイトルにしたライブで、そこに収録されている懐かしい曲すべてを演奏するとあらかじめ告知していたのである。

オレにとっては [1977] こそが Ash のすべてであり、そのあとは数々のヒット曲を含めて彼らの余生のようなものだと考えている。このアルバムは、それが世に出た1995年の間違いなく最高傑作だと思っている。同時に、そのあとの曲はMTVで流れているのを見れば、オレにとってはもう十分、という存在であった。だから Tim の音楽に対する姿勢などには共感ができる部分があるものの、もうわざわざライブを観るようなことはあるまい、と勝手に思い込んでいたのである。

ところがNMEに載っていた広告に、「[1977] をフルで演奏するライブ」と書いてあったものだから、ビッグ・サプライズであった。もちろん、うれしい驚きと同時に、こんなことやっちゃっていいの?という心配の入った驚きもである。オレのように「[1977] 以外はいまひとつ」と考えている人間からしてみると、「こっちはうれしいけど、世間的に『最近どうもパッとしないんですよ・・』と宣伝していることになりはしないか、そんなことより新曲売る心配しなくて良いのか?オマエら、まだそんな、『過去の大物』じゃあねえだろ・・」などなどと思ってしまったのである。

満員でごった返した会場の Astoria では、予想通り「年配」感のある客でにぎわっており、イマドキのコドモタチの姿は見られなかった。だが、楽しそうに演奏する Tim の姿を見ながら考えたのだが、いまの彼らにはこういった企画のライブをおこなうだけの理由が十分あることに気がついた。

Charlotte Hatherley が抜けてもとの3人編成にもどったわけだから、初心に帰って3人でこしらえた [1977] を演奏するというのは、新たなスタートとしておあつらえむきではないか。よく考えたらもうアルバムを発表しない、シングルしか出さない、と宣言しているのだし、ニュー・アルバムのプロモーション・ツアーも必要ないわけだ。そんなわけで、Ash としては今回のような「自主的 Don't Look Back」企画を催すのに必要な条件が整っていたわけだ。

背景はどうであれ、結果的に [1977] をフルで堪能できて、大満足な夜であった。もっとも「本編」のライブは当然ながら40分くらい(アルバム一枚分)で終了してしまうわけだが、そのあとそれよりも長い時間の「アンコール」が延々と繰り広げられ、「余生」に入ってからの各種ヒット曲はもちろん、 [1977] にも収録されていないデビュー・シングルや、スター・ウォーズがらみの楽曲等々、やりたい放題のステージであったのはご愛嬌である。

どんな屁理屈や言い訳をつけても良いので、こういった企画を他のバンドもどしどし行なってほしい、というのは勝手ではあるが音楽ファンの願いだと思う。

2008_09_019

@ Astoria

オレより一回り以上若い「オヤジ」客でごった返した会場は、皆満足げであった。

2008年9月 9日 (火)

The Rascals

< 2008. 08. 24 @ Reading Festival '08, Festival Republic Stage >

< 2008. 09. 05 @ Fleche d'Or, Paris >

先週はちょっと、『ライブ道』の難しさについて自問自答する瞬間があった。

毎晩無料ライブをおこなってる行きつけのライブハウス Fleche d'Or であるが、その夜はこういった4バンドのラインナップであったと想像してほしい。(演奏順)

①いままでに観たことがなく、是非観たいバンド

②いままでに観たことはないが、別に観なくても良いバンド

③かつて観たことがあり、再度観なくても良いバンド

④かつて観たことがあり、再び観ておきたいバンド

これを全部こなそうとすると、午後8時くらいから行って夜中までかかる。そのあとは明け方までDJが入ってクラブになるわけだが、オレはあくまで気になるバンドのライブを楽しみたいだけだから、通常はひとバンドかふたつほど選んで観るだけだ。「この腰痛とは、一生うまく付き合っていってください」と医者から言われている虚弱中年としては、何時間も立ちっぱなしなのはなかなか辛いものなのである。

いずれにしろ、①は当夜はずせないバンドだった。そしてできれば④も観たいと思う。会場に向かう道すがら、購入したばかりの④のデビューアルバムを聴きながら、準備万端でやってきたのである。そうすると問題は②と③だ。Flecha d'Or に入場した時点では、ビールを飲んだり友人と話したりしながらなんとか②と③をやり過ごそうと考えてはいた。特に②は「まだ観たことがない」バンドで MySpace でチェックしただけだから、もしかしたら意外と「当たり」だったりするかもしれない。

そう思いながら①のステージを楽しんだのであったが、会場がどんどん混んできたため急に腰砕けになり、②の登場を待たずにそのまま家に帰ってしまったのであった。④は残念だが次の機会に期待しよう。翌朝早い時間に起きて空港に行かねばならない、という事情はあったにせよ、微妙な判断ではあったし、大きな後悔はしていない。ただ、もし③の連中が②と同様に「いままで観たことがないバンド」であれば、なんとも帰る判断がつかずにずるずると居残っていたような気もするのである。つまり、オレの背中を「帰ろうよ!」、と押したのは他でもない、③のヤツラである。最近一回観てちょっとキツかったバンドだ。

で、③が誰かというと、今日のお題の The Rascals なのであが、そもそも一回観たと言っても積極的に観たわけではなかった。www.myspace.com/rascalmusic

先月のレディング・フェスティバル('08)。最終日の日曜は、ある時間から小テント、すなわち Festival Republic Stage にへばりついていたのだが、オレは基本的には太陽を求めてテントの外の芝生に寝っころがりながらビールを飲んで柿ピーを食べていた。観たいバンドが演奏するときだけテントの中に入ってステージの前まで駆けつけたが、それ以外の時間は外で音だけ聴きながら、友人と語らっていたわけである。

The Rascals は MTV で観た印象から、あえて観なくても良さそうなバンドだったのでそのまま外で寝ていたのだが、テントの中がそれほど満員にはならなかったために寝そべった腕枕の姿勢のまま、なんとなくステージの様子が垣間見えたわけである。したがって、少なくとも数曲は少し遠めに眺めることになった。「うーむ。まあ、そうですか。そうですよね・・・。」といううちに演奏も終了したのであるが、「なんかの機会にまた観る、ということもないだろうな。」という位置づけのバンドとしてオレの記憶に焼き付けられた。

そこで話はもどるのだが、もしこのとき「垣間見えて」いなければ、パリでも「まあ、一回は観とこうか。」となったような気もするのである。そうすればお楽しみの④までたどり着いていたようにも思うのであった。

『ライブ道』は一期一会、と以前書いたが、こういう思わぬ副作用を引き起こす「出会い」もあるのであった。 (ちなみに、④は The Wave Pictures である。日が悪かった。ゴメンよ、応援するとかブログに書いておきながら・・・。)

Rascals

オレは観なかったが、その夜の Fleche d'Or での演奏風景。Flicker より拝借。レディング・フェスでは「大入り」とはいかなかったが、ここパリでは人気の出る予兆が感じられた。最初のバンド①が終わった直後、「今のがRascalsだったんですか?違います?そうですか、間に合ってよかった。」と隣のフランス人に聞かれたからである。

なんだかよく判らないが観にいく、という話題先行パターンで波に乗ってビッグ・イン・フランスを目指すのも良いだろう。がんばってくれ。

2008年9月 5日 (金)

Rage Against the Machine

< 2008. 08. 22 @ Reading Festival '08, Main Stage >

上の日付を「赤字」で書いているのでお察しの方もあるかもしれないが、今日のお題は「今年のレディング・フェスティバルに行ってきたけど、メインステージのヘッドライナーである Rage Against the Machine は観ませんでしたよ。」という、ただそれだけの話である。

まあオレの場合、よほどのことが無い限りはフェスティバルのメインステージにおけるヘッドライナーを観ることはないのだが、夜の寒さと大群衆の混雑には耐えられない「ひ弱」な日本人中年サラリーマンなので勘弁して欲しい。

従って、そもそもあえて取り上げるまでも無いバンドではあったのだが、実はフェスティバルの前日の木曜日、レディングに向かうべくパリの空港でロンドン行きの飛行に搭乗する列に並んでいたら、同じ飛行機に乗りこむこのバンドのメンバー全員に遭遇したのであった。キャリアであるエール・フランスというのは、間違いなく世界一システムがダメな航空会社で、オレは極安チケットで後ろから3番目の席だったが、列の短い「ビジネス搭乗口」に堂々と並んでいる一方、間違いなくビジネスクラスに乗るであろうレイジのメンバー達は、「エコノミー登場口」の長蛇の列に並んでいた。そのため、ちょうど正面でお互い目が合う位置に対峙したのであった。

オレの同行者が、いきなり「おっ!いたっ、トム・モレロ!」と叫んだので、一緒になって必要以上に彼を凝視したために本人的にはキモチ悪かったと思う。ほかには誰も気にかけるような乗客はいなかったようだ。しばし考えたあと、レイジが明日レディングで演奏することを思い出し、それでは、と Tom 氏の周りを見回したら他のメンバーも発見した、というわけである。まあ、ボーカルの Zack de la Rocha 氏だけはすこし離れれて並んでいたのは、やっぱりそういう人間関係なのかなあ、などとも思ったりしたものである。だが彼の髪型はオレの知っているドレッドではなくて、かなりフツーのものであった。Tom 氏ではなく、Zack 氏を見ただけでは、レイジとは気づかず、ただのマグレブ人と思って見過ごしたに違いない。

翌日になってフェスティバルの会場内を歩いていると、いるわいるわのレイジTシャツだらけである。なぜ彼らが昨日パリから飛んできたかを無言で「説明」してくれるヒトもいて、おもわず「なるほど!」とヒザを叩いた。当たり前といえば当たり前だが、レディング公演の前は、パリ公演なのであった。↓

Reading_2008_025

コアなファンの髪型は基本的にドレッドであり、このボーカリストの現在の髪形を真似よう、という奇特な者はあまり見受けられなかった。

例によって暗くなりかけてきたころホテルに帰った。シャワーを浴びてつまみをほおばりビールを飲みながらBBCのチャンネルをひねる。だいたいこの時間はヘッドライナーの生中継を中心に本日のハイライトを流しているのである。せっかくの縁だし、テレビでくらいは見てやるか、というのがこちらの姿勢であった。

ところがなぜだか不可思議にもレイジの映像だけ出てこない。こいつらやりやがったな、とピンときたとおり、後日調べたら「ライブ映像はバンドの意向により放映禁止」とのことであった。だったらフェスに出るなよ、とも思ったが、よく考えたら、「だったら最後まで残ってナマで観ろよ」というのが正解であろう。

2008年9月 4日 (木)

Future of the Left その2

< 2008. 08. 22 @ Reading Festival '08, Radio One Stage >

人間ついヒトになにか物をあげたくなってしまう瞬間というのがあるようだ。先月のレディング・フェスティバルで Future Of The Left を観ていた時に、そんなことを思った。

フェスティバル初日の金曜日、真昼間の最初のバンド、というポジションではあったものの、大テントすなわち Radio One Stage での登場である。なにはともあれ、よくぞここまで来たもんだ、と大きな感慨を持たずにはいられなかった。

このバンドの紹介のときに必ず枕コトバとしてつく「元McLusky」はオレの興味のまったく対象外ではあったが、レディング・フェスティバルには今を逆のぼること5年前の2003年に、小テントである Carling Stage にはがんばって出演していたようである。とはいっても、McLusky がこの日の夕方出演していた全くおなじ日、同じステージで、昼から午後早めにかけて演奏していたのは、当時は全く無名の Franz Ferdinand であり、Billy Talent であり、そして Razorlight であった。実力の世界とはいえ、各バンドのその後の活躍を考えれば、まさに世の無情を目の当たりにする思いである。(まったくちなみにだが、オレがこの日このステージで観たのは、Rocket Science という、いまはすっかり地元のAustralia に引っ込んでしまった地味目のバンドだけであった。けっこう好きだったんだけど。というか、フランツ見逃してたんですね、オレ。)

もちろん、この Future of the Left に話を戻せば、オレのお気に入りであった方、もうひとつの枕コトバになっているバンド「元Jarcrew」については、こうした華やかなフェスティバルには全く無縁のまま終焉を迎えたのである。そう考えると、バンド解散をそれぞれ経験したメンバー達にとっても、このレディングの大テントで演奏するというのはかなり錦を飾ったカンジがしたに違いない。しかも、この日最初のバンドとはいえ予想外の熱気に包まれた客の入りである。無論、この大きなテントを満杯にというわけにはいかないが、例年ここに通って昼いちばんに出てくるバンドがとてつもなくさびしい中で演奏しているのをよく知る身としては、この盛り上がりは驚きですらあった。メンバー達もうれしかったに違いない。

いよいよ演奏も終了し、観客の拍手と歓声が続く中、ドラマーがスティックを何本も何本もオーディエンスに向かって放り投げ始めた。他のメンバーもピックを何枚も投げているようだ。当然メンバーも観客も大喜びである。ここまではよくある光景として眺めていたのだが、ついにスティックならびにピックの在庫が切れたらしい。ベーシストの Kelson (元Jarcrew)がズボンのポケットに何度も手を入れるや、モノはなんだか判らないが、いろいろな小物をステージから放り投げているぞ。そっ、それは私物なのでは・・・、と思ったが、予想したとおり本当にうれしかったのだろう、その「とにかくなんでも投げ」は、ややしばらく続いていたように思う。さすがに財布は投げてない、と思いたい。

やはりレディング初登場の Kelson がいちばんうれしかったのだな、と思った。Jarcrew 以来のファンとして、その場に立ち会えてよかった、と思う。

さて、肝心の演奏内容の話である。昨年('07)の春観た時は、骨太サウンドでなかなか良かったのではあるが、ちょっと「加齢臭」がしないでもない曲ばかりだったように思う。具体的に言えば、オレが好きだったほうの片割れ、Jarcrew の面影が全くない、新しめのトライアルをあんまりカンジさせない音だった。今回のレディングでは、基本は変わらないものの、シンセの効果的な使い方など、往年の Jarclew の影がすこし見えなくもないような音も増えており、個人的にはまずまず充実したステージだったと考えている。

Img_0151

@ Radio One Stage

右が Kelson 氏。なお、オレもすこしにじり寄ったが戦果(獲得物)なしであった。ちとくやしい。

Future Of The Left その1

2008年9月 3日 (水)

Friendly Fires その2

< 2008. 06. 29 @ Glastonbury Festival '08, John Peel Stage >

< 2008. 08. 22 @ Reading Festival '08, Festival Republic Stage >

ライブステージにおける「反則技」というのがあって、「それをやっちゃあ、盛り上がるにきまってんだろう」という荒業をかけることである。バンドメンバー以外の他力を頼んで観客を喜ばせようとするから「反則」なのだが、それを反則とわかっていながらオーディエンスみずから歓喜の渦に落ちていくのはプロレスと同じである。

この「ステージ反則技」のなかでも頂点に位置するのは『サンバ・ダンサー』以外に無い、というのは大昔 Basement Jaxx のライブで経験して以来、オレの持論になっている。そもそも Basement Jaxx のようなダンス系の2人ユニットでは Carling Academy Brixton のような大きなステージで間を持たせるのは最初から厳しい。必然的に曲ごとにゲストボーカリストが現れるわけだが、それとて天下の有名サプライズ・ゲストが出てくるわけでもなく、ステージ終盤に向かって中だるみとなってくる。とそこへ、準備万端お約束の反則技、本場のブラジリアン・サンバ・ダンサーズの登場だ!観客は一気に熱狂状態へ、そしてオレ自身もなんだかワケがわからないまま「うおおおおっ!」と絶叫の徒と化す。ダンサーズと一緒にステージ上で踊り狂うメンバーの目も完全にイってしまっているようであった。

帰りの道すがら、果たして今日のライブは本当にイイものだったのか?と我に返る瞬間が来るのだが、あの羽ふりふりのダンサーが出てきて大騒ぎになったのだから、まあよしとしよう、となるわけである。サンバ・ダンサーズというのはかくも人心をかく乱する大いなる反則技なのであった。

さて、しばらく前パリでステージを観て、楽曲のみならずそのライブパフォーマンスも大いに楽しませてもらった Friendly Fires であるが、ことし6月のグラストンベリー・フェスティバル ('08) にも登場するというので楽しみにしていた。当日、John Peel ステージの客の入りはまずまずではあったが、以前観たときと比べると、正直に言ってやや精彩を欠いたライブであったと思う。どうしたんだろうなあ。体調悪かったのかなあ、などとブツブツ言いながら、次のバンドを観るために別なステージへ足早に向かったことを覚えている。

それから2ヵ月後の先月、今度は レディング・フェスティバル ('08) の方にも出るようだったので、若干の不安を抱きながらも彼らが登場する Festival Republic ステージで演奏開始を待っていた。フロントマンの Ed は、ステージに上がるなりテンションが相当高い。今日は何か違うぞ!彼の自由奔放(かつ、お尻を後ろに突き出すよう)なダンスはオレたち観客を大いに盛り上げてくれる。演奏も後半に差しかかり、ヒットシングルの [Paris] で ステージもオーディエンスも興奮の坩堝(るつぼ)だ。

ところが予想に反してこの [Paris] が最後の曲ではない。もう一曲あるようだ、と思うが早いかステージ上には手にラテン打楽器を携えた集団が大挙して登壇した。「もしやっ!」と思った瞬間、羽の色も鮮やかなサンバ・ダンサーズたちの登場である。コレで観客はダメ押しの大絶叫だ。反則技の必要ないところに、あえてたたみかけるような「必殺」裏ワザである。

タイガーマスクに出てくる「頭の上に大きな鉄球をのせた怪人レスラー」から反則頭突きを食らったような衝撃を受けながらも、何が楽しいのかよく判らないがサンバダンスの調べに身をゆだね他の観客同様に踊り狂った。うすれゆく意識の中で目に入ってきたのだが、ステージ上の Ed もすっかりいい壊れかたで踊っておられた。

サンバ・ダンサーズというものは、それを観た観客だけではなく、「それがあとから出てくるぞ」と知っているメンバーをも最初から高揚させてしまう効果があるものだということがわかったのが、今回の収穫である。

Reading_2008_040

@ Festival Republic Stage (Reading '08)

まだ普通に尻ふり踊りをしながら唄っているところ。

Reading_2008_043

同じく、サンバ・ダンサーズがでてきてなんだかよくわからなくなったステージ。

なお、自分ではうまく撮れなかったので、「サンバダンサーズ+わけのわからなくなってしまった Ed 氏」というテーマの写真を Flickr から探してきたので貼りつけておきます↓

Ff2

● Friendly Fires その1

● Friendly Fires その3

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