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2008年10月

2008年10月25日 (土)

Late of the Pier その2

< 2008. 08. 22 @ Festival Republic Stage, Reading Festival '08 >

さて、お気に入りのミュージシャンがステージ上でどんな洋服を着ているのか。つまりステージ衣装というものは、ライブの良し悪しの決定的な要因にはならないが、それでもけっこう気になったり、楽しめたりするものには違いない。

とくに「フェスティバル」という『ハレ』の場では、ミュージシャンもいろいろな意味で力を入れたり、趣向を凝らしたりすることが多い。おなじみ赤ジャージの Data Rock でさえ、大きなフェスティバルで観たときは、なんとなくだが新品のジャージをおろしてきたように見えなくもなかった。

ライブハウスで見たときはTシャツ一枚だったのに、フェスティバルではちょっぴり学芸会のようないでたちで現れた、Be Your Own Pet、あるいは、方向性としては紅白歌合戦方面に向かってしまった感のある Yeah Yeah Yeahs など、やはりこのへんは女性特有の心理がはたらくからなのだろうか。

オレが個人的に断然支持したいのは、レディングのトリのステージで、よれた紺のジャケットにくたびれた黒いズボンを合わせてくる手合い、つまりデーモン・アルバーン氏のようなすがたである。仮にこれが計算されつくしたコーディネートだったとしても、見ているわれわれから「コイツ、何も考えてないな。」と思わせることのできる力量、ともいえるだろう。ま、これが本当の大物、ということか。たぶん実際何も考えてないと思うが。

だが、若い皆さんが『ハレ』のフェスティバルで、衣装にいろいろと凝ってみるのは決して悪いことではない。お祭りなんだもの。そんなわけで今年のレディング・フェスティバル('08) での企画衣装大賞は、Late of the Pier のご一行である。ステージに登場した彼らを見て確認できたのは、チェックのパジャマ(スーパーで売ってる1,500円くらいの品物?)1名、白いバスローブ1名、そして悪党のオヤジがいかにも着そうなナイトガウン1名であった。ドラムの格好は、おそらくは何がしらの寝具関係だとは思ったが、残念ながら肉眼では確認できなかった。

予想を裏切るいでたちだったので、「そうか、その手できたか~」と周りの観客と一緒に声援を送ったのではあるが、ところでいったい『その手』ってなんだ?。よく考えたらまったく意味が分かりませんが、まあよしとしよう。その場にいる大半のヒトビト(つまり観客)はパジャマを着ていない、パジャマ・パーティということで。まあ、ベテランがコレをやってしまうとちょっと寒い企画になるのだが、若いってことはすばらしい。

Lotp_1

@ Festival Republic Stage

すみません。かなりぼけました。リード・シンガーの Samuel は、パジャマを着ると、誘拐されてきた小学生にしか見えなかったが、良いライブであった。

最近昔のシングルをまた再発しているのはいただけないが、PVを作り直さず昔のままなのは良いことだ。今改めて以前のPVを見直すと、Klaxons のチープな偽者にしか見えない、と人は言う。が、ライブは良い。この手のバンドにしては珍しく、というと怒られるかもしれないが、しっかりとしたライブバンドである。

Late of the Pier その1

●パソコン変えても相変わらずコメントバックできないので追記します。

来月彼らはここパリで HOT CHIP と共演というか前座を務めるようですが、「若いっていいな」というバンドと、「歳とってるように見えていいな」というバンドの両巨頭ですね。

2008年10月24日 (金)

Million Dead

< 2003. 12. 02 @ The Garege, London >

さて、ヘビーロックというのか、エモというのかよく分からんが、突然シャウトしたりする例のあの音のことである。

2001年ころだったかのレディング・フェスティバルでは、メインステージで出てくるバンド出てくるバンドすべてがごっつい体格のヘビーロック系アメリカ人で、しかも低音のおどろおどろしい声で叫び続けるものだから、かなり恐れ入ってしまった記憶がある。

個人的には正直ちょっと勘弁していただきたい方面の音楽だったので、別に観なければいいだけの話ではあった。ただまあ、せっかく晴れてもいるし、日向ぼっこをしながらビールを片手に寝っころがって垣間見る分には、そんなに悪いということでもない。知らないバンドばっかりだし(その世界では皆超メジャー級)、なあるほどねえ~と自分の知らない世界をしばし楽しんだ。

しかし、みんなほんとにガタイがいいよなあ。何食うとあんなでっかくなるのかのう、などと感心したのは、普段接しているイギリス人ならびにUKバンドとは明らかに体のつくりが違って見えたからである。したがって、この手の音楽は、ひょろひょろっとした英国人の青二才が演奏したとしてもあまり「さま」にはならないだろうな、いやむしろ、まったく別のものになってしまうだろうな、などとどうでもいいことを考えながら眺めていたのである。

もちろん、イギリスにもKerrang 系の悪そうな面がまえをした、コピーバンドみたいな連中はたくさんいた(体格的にはアメリカのバンドの縮小80%くらいの見え方だった)。だが、もちろんわざわざ観に行きたいという興味がわく連中ではない。それから1年か2年もたったころだろうか。ふと見たMTV2を通して、お約束のシャウトをしながらもオレの琴線に触れる音を聞かせてくれた初めてのバンドは、果して、ひょろひょろっとした英国人の青二才がボーカリストであった。名前は Million Deadwww.myspace.com/amilliondead  歌のタイトルは [ I am the Party ] といった。

運よく彼らの「初ヘッドライン」ツアーをロンドンで見ることができた。12月の寒い日だったが、会場の The Garage はものすごい熱気に包まれていた。とても良いステージあでったことを覚えている。

もちろん彼らだけにとどまらない。曲作りの巧者 Biffy Clyro、外見がオタクの集団にしか見えなかった Reuben、その年のマイ・ベストアルバムを提供してくれた Jarcrew、などなど、あっち方面の音をベースにしているが、「さすがイギリス!」とひざを叩きたくなる連中が次々とあらわれた。アメリカ人とくらべて、やはり食ってるものも違うのだろうし、体格も違えば音も違ってくるのだな、とひとり悦に入ったものである。

ただしこれらの連中は、今は残らず解散してしまったか、音沙汰がなくなったか、あるいは、その音の内容を大きく変えてしまった。うまく進化した連中もいれば、だれもついてこられなくなってしまったバンドもある、ということなのだろうか。だがオレは今でもこのころの彼らの曲を、比較的くりかえし聴いていることが多いのである。この Million Dead も、2005年ころには活動を休止、すなわち残念ながら解散してしまったようだ。そのあとのことはまったく追いかけていなかった。

ところで、オレから青二才呼ばわりをされた、かなり細身のボーカリスト、Frank Turner 氏であるが、知らないうちになんとアコースティック・ギターをかかえたミュージシャンとしてしっかりと復活していた。http://www.frank-turner.com/ www.myspace.com/frankturner  今年のグラストンベリーやレディングのフェスティバルでは見逃していたので、まだ目にしてはいない。しかし、MTV2ではかなりチャートも上昇中で、今注目株のようである。音は直球で、以前のような泣かせどころを用意するような曲とは違ったポジティブ・シンガーだといえるだろう。

この人はイートン校というイギリスで一番有名な高校をでているお坊ちゃん出身だ。だがロックに目覚めて、ロックでヒッピーな世界を突き詰めているに違いない、自由人なのだと思う。Million Dead の良さや持ち味も、このヒトのキャラクターに負っていたにちがいない。このヒトの今やってる音楽は、あんまり面白そうなものでもなかったりするのだが、来月パリの Fleche d'Or に来るというので、ぜひかけつけて声援を送ってあげたいと考えている。

やっぱりオレはヘビーなんたらや、エモなんちゃらが好きなわけではなくて、良質の英国音楽が好きなだけなのであった。

●コメントバックできないので、追記します。

コメントありがとうございます。ジョー・ストラマーの父親が外交官で、トルコで少年時代を過ごしたのににてますよね。せっかくなので曲、貼り付けました。 

2008年10月23日 (木)

The Paddingtons

< 2008. 06. 29 @ Glastonbury Festival '08, Left Field Stage >

オレはつい先日また50歳の大台に一歩近づいてしまった、何の変哲もない日本人中年(もしくは初老の)サラリーマンにしか過ぎないのだが、自分自身では「PUNK」だと信じて疑わない。

得意先接待で先方の社長を盛り上げようと大酒をかっくらい、カラオケ屋のトイレで嘔吐し終えた涙目のなさけないよれよれネクタイ姿を鏡で見ても、おれ自身が「PUNK」であることには一点の曇りもないと信じている。で、それはなぜかと言うと、自分には『良いパンクバンド』、つまりは『良いパンクサウンド』と『悪いパンクサウンド』とを見分けられる、そして聴き分けられる絶対の自信があると思っているからだ。そう、以前にも書いたことがあるのだが、オレにとっての「PUNK」とは、生き方・ポリシーではなく、『音』なのである。PUNKが大きなムーブメントになりえたのは、皆がみな、というわけではないが、優れた楽曲やフレーズがあったからに他ならない、と思うのだ。

だから、髪の毛を立てることには興味がなかったが、このお気に入りのPUNKサウンドというやつとは一生涯付き合っていくような気がしているうちに、今日に至っているわけだ。そして、PUNKサウンドは自分の音楽の原体験であるというだけではなく、常にその時代の「良いパンクバンド」を探しておかねばならないことを、自分自身に課してもいる。今われわれは、当時有名だったか無名だったかを問わず、いまやオレと同年代かもっとジジイになっている、かつての70年代パンクバンドの姿を比較的容易に観ることができる。だが、懐メロはCDで聴くだけでよい。本当の追体験とは、今現在の「良いパンクバンド」のすがたを追いかけることに他ならないというのがオレの基本姿勢なのである。(自分の人生を振り返りながら酒を飲みたいときは、懐メロPUNKも観にいくけど)

しかし、宿命と言えるかもしれないが、パンクバンドの、いやパンクサウンドのと言ったほうがいいかもしれないけど、その寿命は短いものだ。たとえば、The Clash の優れたPUNKサウンドとは最初のアルバムのことを指すであり、それ以降はただただ「優れた音楽」、というのがオレ見解だ。彼らはPUNKな姿勢を解散まで貫いたバンドとしてリスペクトされるべきだし、最後まで偉大な音楽家集団であったことには異論はないが、オレにとって彼らの「PUNKサウンド」は初期のものだけだ。だから、中期以降の彼らのステージを観にいくことは、パンクサウンドを聴きにいくことにはならないのである。

一方で、息長くパンクサウンドを続けている連中もいるにはいるが、本当によいパンク曲はそいつらのある特定の時期に数曲あるだけ、と言う場合が大半だ。シングル1枚、あるいはアルバム1枚、というのが「良いPUNK」サウンドの天寿、というのが適当なところではないだろうか。

さて、2005年ごろ、オレにとって良いパンクサウンドを聴かせてくれる代表格がこの The Paddingtons であった。www.myspace.com/thepaddingtons  www.thepaddingtons.net けっこうPUNKらしいPUNKサウンドで、ドライブ感もあり、なかなか琴線に触れてくる音なのであった。

例によって何回か仕事の都合でライブを見逃しているうちに、音沙汰もなくなってしまい、けっこうしくじったな、という感じがただよっていた。そんなおり、今年のグラストンベリー・フェスティバルの出演者リストの中に彼らの名前を発見したのであった。おおおっ、まだやってたか。3日目日曜日の夕方、用意万端で初 The Paddington に挑んだのである。

ところで、結果的にはちょっとしょんぼりした内容のステージであったと言わざうをえない。

決して不合格というライブではなかったのだが、おそらくはまもなく(11月3日)に発売されるであろう2枚目のアルバムからの新曲が大半を占め、で、その曲はパンクではあるが、それほど良いパンク曲ではなかったのであった。たいへん残念ながら、パンクバンドの短い寿命のうちの、いちばん良いところを見逃してしまっていたのに違いない、というのが結論だ。アルバム発売に先立ち発表されたシングルも、先週号のNMEによれば10点満点で2点。「おいおい、どしちゃったのよ。」と書かれていた。

彼らのステージを観終えると、ちょっと早いが荷物をまとめて今年のグラストンベリー・フェスティバルから撤収した。宿の近くのパブでビールを飲みながら、次の良いパンクバンドを早く探さないといけないな、と思った。

Img_2271_2

@ Left Field Stage

このバンドのギタリストは、去年 Dirty Pretty Things のカールが骨折中、代わりにギターを弾くためにそのバンドのツアーに参加していたということだ。このことでちょっとセンスが狂ってしまったのではないか、とオレはにらんでいる。

●コメントバックできないので追記します。

コメント、ありがとうございます。Dirty Pretty Things 、解散らしいですね。新譜のアルバム評が Pete のバンドはもとより、元ベーシストのバンド Yeti (同時期にアルバム発表)よりも軒並み低い点数だったことで背中を押されたのではないでしょうか。というか、このバンドの曲作りのセンスが怪しいことは、みな薄々気がついていたにもかかわらず、ちょっと回りが引っ張って持ち上げすぎたのではないかと思います・・・・。The Paddingtons も、こいつらに惑わされた時点で負のスパイラルに落ち込んだ負け組みかと思うと、すこし悲しいです。

2008年10月13日 (月)

Ida Maria

< 2008. 08. 22 @ Reading Festival '08, Festival Republic Stage >

Ida Maria のステージを観るのは、この夏のレディング・フェスティバルが初めてだった。www.myspace.com/idamaria

その数ヶ月前におこなわれたブライトンの The Great Escape では、あまたいる出演者のなかから選ばれた彼女の顔写真が、イベント・パンフレットの表紙に載っていたことを覚えている。その直後のグラストンべリー・フェスティバルでは、そもそも出演が予定されていなかったにもかかわらず、突如登場した土曜日の The Other Stage のオープニングで、雨降る中オーディエンスを大いに盛り上げたというはなしだ。やはり一度くらいは観ておくべき今年の顔だろうと考えて、レディングの会場で彼女の登場を待つことにしたのである。

ところで話はさかのぼって、そのグラストンベリーでのことなのだが、ちょうど彼女のステージが終わったあたりでオレはようやく The Other Stage に到着した。一雨あがったので、屋外に出ようと思ったのだ。そこにはたった今演奏を終えたばかりのアーチスト名、つまりは彼女の名前がステージの上に「IDA MARIA」、と大きく掲げられていた。

そのとき同行していたオレの友人(日本人)がそれを見てぽつりと言った。「井田マリアかあ~。聞いたことないけど、今回日系人アーティストがここに出演してるとは知らなかったよ。」

井田マリア。かなり、実在しそうな名前である。単なる勘違いで片付けるにはもったいないくらいだ。

「井田マリア」という語感からオレの想像力が刺激されるビジュアルは、世代的に夏木マリとか山東ルシア、そして辺見マリなどといった『昭和セクシー歌謡』の重鎮たちである。だが、レディングで近くから眺めた彼女のご尊顔は、「悩殺系」というよりは「呪殺系」、もっと具体的に言うと、ビョーク方面の造作であった。

実際彼女は、顔の見た目以上に声質がビョーク似のハスキーボイスで、要するにステージの印象はビョークがロックンロールをやっているようなものなのであった。これが好きかと聞かれたら、オレ自身はちょっと躊躇して答えに窮してしまうような気もするのだが、世の中にはビョーク信仰というものがある。 Ida Maria もビョークの輪廻転生した姿のひとつと考えれば、その信仰の世界から意外と多くの歓迎を受けるアーチストになるかもしれない、と思った。

ビョーク本人が、なんとなく日本人から見ても親近感を持たれる顔つきをしているからだろうか、外見上もビョーク信仰にたっぷり浸った日本人婦女子というものを、をこれまで何人も目にした記憶がある。そう考えてみると、Ida Maria 当人自身もおそらくはビョーク信仰者に違いないとオレは勝手ににらんだのであるが、「井田マリア」名で売りだしても日本ではけっこういけるだろうな、とまったく意味なくどうでもいいことを考えた。

Idamaria

@Festival Republic Stage

Flickr より拝借。

井田さん!ストッキング、伝線してますわよ。

● コメントバックできないので、追記します。

皆さま、コメントならびに情報ありがとうございます。 We Are The Physics 来日公演、是非とも成功を祈念いたしております。彼らを初めて見たとき、xfm の John Kennedy が、ライブステージ前のバンド紹介で、「さあ、お待ちかねの、ウィー・アー・フィジクス!」と叫んだのですが、しょっぱなからボーカルのマイケルに訂正されてました。「あのう、ぼくらは、ウィー・アー・・フィジクス、といいます・・・」 けっこうこだわりがあるようなので、関係者の皆さまも、一応、気にかけてあげてください。あと、一ファンとして気になっているのですが、(ボーカル)マイケルはオフステージでは常にリュックをかついでいるのですが、中に何が入っているのか、わかったら教えてください・・・・。

あと、井田さんの歌詞。けっこう、むねとおなかががいっぱいになりますね。

2008年10月 1日 (水)

Black Kids

< 2008. 06. 28 @ Glastonbury Festival '08, The Other Stage >

このブログを始めて丸一年が過ぎた。

始めるに際して「こういうブログにしていきたいなあ」などと、なんとなく考えていたことについては、まあ7~8割は実現できている、というか初志貫徹を続けているのではないか、と考えていた。実際のところ、こういったいわゆる「楽屋話」的なことも、できればほとんど載せないようにしたい、というのが当初からの目標である。しかし、今回に限っては内輪の話を許してもらいたい。

実は、ありがちな話だが先週パソコンがお亡くなりになってしまった。天寿を全うしたかどうかは評価の分かれるところだが、いずれにしろ急逝され、天に召されたのである。ところがあまりに急なことだったので、彼は遺言をまったく残さなかった、というか、ITに弱いオレが、データのバックアップをほとんどとっていなかったのである。ということで結論を言いますと、この「ライブ道」用の元ネタ・資料一切消滅してしまったのである。で、今日ようやく代わりのパソコンが手に入ったのでひさびさのエントリーをアップしようとしているところなのであった。

まあ、ライブ会場で記念の写真を撮りだしはじめたのは1年前ほどからなので、写真データがなくなったと言っても、もともと「古ネタ」のときは、自前の写真は存在しない。今はFlickr もあるし、幸運なことに若干の保存写真もある。そして、なにが面白かったか・なかったか、というのはオレの頭の中にある話なので、認知症の始まるまであと20年くらいはなんとかなるはずだ(と思いたい)。

一番イタイのは、このブログをはじめるに当たって一週間集中でこしらえた、過去のライブ履歴である。何年の何月何日に何処で観たか。実は記録が整理されていないと、ここを調べるのがブログ記述の中で一番時間がかかってしまう作業なのだ。家のあちらこちらに散乱していたライブチケットのもぎり半券をかきあつめ、それが見当たらない場合や、無料イベントの場合にはネットで調査。5年以上古いものだと、意外とウェブでも引っかからないことが多かったりする。記憶だけでは観た年ですらあやふやなものだ。そんな、苦心の大作業である「履歴」も、今回きれいにすっ飛んでしまったのであった。

というわけで、やや「ライブ道」の危機なのであるが、一服して気をとりなおしてがんばりたい。

だがオレは因果応報を信ずるので、今回パソコンが絶命したのには訳があるとにらんでいる。あまりに無慈悲にオレに罵倒されたバンドの呪いがかかってしまった、というのは安易な見方だ。やはりオレ自身が初心を忘れて最初にやりたかったことと違う方向に走っていたのではないか?というのが自分なりの見立てである。

おれ自身が最初に立てた方針。これを思い返してみよう。

●バンドの評論・うんちくは極力避けて、見た目一発のライブレポート。

そうだ、これであった。というわけで、本日は今年のグラストンベリーで姿を観た話題のフロリダ出身バンド Black Kids について語ってみたい。www.myspace.com/blackkidsrock http://blackkidsmusic.com/ なんといっても、今のUKシーンを救うのはアメリカのニューカマーたちであり、その中心を担うのがこの Black Kids であるというのが NME の論調なので、これは大変なヒトタチらしいのである。

やはり一度は姿を拝んでおくべきだろうとグラストンベリーで垣間見たのであるが、結果としては、なんとなく来年いなくなってしまっても誰も困らないバンド、というのが正直な印象である。何かのときにも書いたが、「黒いヒトなのに歌が下手」という、現代のトレンドをしっかりと抑えているにはいるが、逆に言うとそれだけであった。のちに買ったアルバムを通して聴くと、なかなかキャッチーで悪くないところもあるにはある。だが、この黒いお兄さんが歌うとやや気持ち悪く感じてしまう「オレってさびしいやつさ」的な歌詞内容も、ライブで本人を目の当たりにしてしまうと正直ちょっとばかりキツイ。そんなことで、数曲で席を立ってしまったのであった。

ところが。このバンドの真価を目の当たりにしたのは2ヵ月後のレディング・フェスティバルだった。

結局このバンドのステージはレディングでは観なかったのだが、彼らが登場予定の Festival Repblic ステージのやや外側でまったりとしていたときだった。会場付近をうろちょろするメンバー数人と、それを目ざとく(というより、見間違えようもなく)発見したファンが一緒に写真を撮っている。そんなほほえましい光景が、オレのほぼ真横で繰り広げられていた。フェスティバル会場の雑踏の中で一発で本人だとわかってしまうミュージシャンって、いったいいいんだかわるいんだか・・・などとどうでもいいことを考えながら、その黒いお兄さんの顔を初めて近くから眺めてオレは仰天した。

「でっ、でかい・・・。でかすぎる(顔が)・・・・・。しかし、そのわりにはちっちぇえなあ、コイツ(上背が)・・・・。」

イギー・ポップやプリンスなど、世に「小さな巨人」は何人もいるが、コイツの場合は明らかにステージが違う。よくアタマの大きなヒトをサンダーバードの人形にたとえて揶揄したりするが、明らかにそんなスケールを超えていた。背丈は人並みよりすこしばかり低いだけかもしれないが、とにかく顔の大きさが尋常ではないのであった。ミュージシャンという枠を超えて、オレはついに見るべきものを見た満足感で胸がいっぱいになった。

ヒトの身体的特質を捉えておもしろおかしく語ることに、道徳的な正義は無い。しかし彼は、なお他人の遠近感をさらに迷わせるべくあのようなアフロ髪型にしているのである。本来は見た目勝負であるべきアメリカ人でありながら、このバンドはメンバー全員がイギリス人並み、いや、それをはるかに超えていい加減なビジュアルのお歴々。彼らが「救世主」と言われる時代こそがまさに「現代」なのではないか?そう考えると、雰囲気たっぷりの歌詞も、彼らが歌うからこそ意義が出てくるのかもしれない。オレは彼らの術中にあえてはまろうと考えた。ヤツの無言の意思を見た目にとらえて、ここで伝道することに決めたのである。

バンドが無言のうちにも発信する隠れたメッセージを瞬時にして捕らえること。見た目一発レポートとは、つまりはそういうことなのである。

Bk

Flicker より。

こうして下からあおって写真を撮ると、このように「小顔」になります。2週間ほど前のNMEに載っていた「ファンが撮ったツーショット」は圧巻の極みでした。

ところで、今回のエントリー内容によって、バンドのメンバーの呪いがこもった天誅がオレに下った場合、この新パソコンも短い一生を終えるかもしれない。

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