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2009年7月

2009年7月25日 (土)

Florence & The Machine

< 2007. 08. 09 @ Field Day, Victoria Park, London >

< 2009. 06. 27 @ John Peel Stage, Glastonbury Festival '09 >

最近のNMEにオレのすきな Moshi Moshi Records (もしもしレコード) の特集記事が載っていた。

想像のとおり、とにかくこれから伸びてくるアーチストを見つけてつかまえるのが早いレーベルだよね、という前提の記事なわけだが、そのことはまさにその通りで、やはりセンスが良いのだろう。

ただ、どのアーチストも一枚二枚レコードやCDを出すと、大手レーベルに移ってしまうあたり、かわいそうと言ってよいのか、懐が広いのか。記事によればレーベルの主催者は「当時全く無名だった Hot Chip のアルバムを作ったんだけど、お金がなくて彼らのためにタクシーを呼ぶこともできなかったよ。ボクが運転して、みんな詰め込んでまわるしかなくてさ。ある日彼らが大手レーベルと契約したのを知ったときはすげーショックだったなあ。」  やはりかなりかわいそうな人たちだ。

Hot Chip にかぎらず、今 Kate Nash や、Bloc PartyLate Of The PierThe RakesFriendly Fires を持っていればかなりのうっしっしではないだろうか。みなさんきれいさっぱり消えていかれてますが、さすがに気がひけるのか、Moshi Moshi Records のイベントのときなどは、いまだに Hot Chip も駆けつけて演奏したりするようだ。

さらに記事によれば、そんなお金に縁のなさそうなレーベルではあるが、初期の段階で稼ぎ頭だったのが Florence And The Machine ということだったらしい。www.myspace.com/florenceandthemachinemusic

なんといっても今年の Mercury Priize にノミネートされた中では La Roux などとともに本命の呼び声も高いい。そうか~、そういう経営の立ち上がりで苦しいときに助けになるアーチストって、ありがたいもんだよなあと思ったのではあるが、良く考えたら彼女が本当に売れる前にまた逃げられている、というだけではないか!やはりかわいそうな人たちではなく、ほんとうに太っ腹な連中だ、というのが本日の結論です。

2年前偶然はじめて観た、当時無名の彼女のステージは、都市型フェスティバルの灼熱テントの中であったため、オレ達観客は難を避けるためにテントの外から眺める、というすこしかわいそうなものであった。その後HMEはじめプレスから高い評価を得て、ついにヒットアルバムを引き下げての今年のグラストンベリー・フェスティバルでの演奏は、風格さえ漂わせる堂々としたものであった。

なんとなくだが、堂々と振舞えるようになってしてしまったアーティストは、もう Moshi Moshi Records には似合わなくなってしまうのだな、と思った。そう考えると、100年たっても朴訥(ぼくとつ)さが消えないであろう The Wave Pictures や、実際は「役者魂」にあふれながらもあえて素人くささをステージで出そうと試みる Slow Club などが Moshi Moshi の看板アーティストとして残っていくのかもしれない。

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@ John Peel Stage

この日他のバンドで最前列に張り付いたため体力を消耗し、彼女のステージは期せずして再び「テントの外」から眺めることとなった。

2009年7月24日 (金)

The Temper Trap

< 2009. 06. 27 @ John Peel Stage, Glastonbury Festival '09 >

何年か前に働いていたロンドンの会社は、けっこうコスモポリタンだった。アングロサクソン系英国人のほかにいろいろな人がいて、基本的にはスペイン・イタリア・ギリシャその他EUの人たちが多かったけど、オレのような日本人やニュージーランド人、ミャンマー系、メキシコ系、モーリシャス系、スカーフかぶった油っぽい女性、それにもちろん黒い人、加えてある種の多数派を形成していたゲイの方々・・。まあ、そんな環境だったわけです。

ある日、営業の中間間管理職が全社にメールを一斉発信した。いつものように、新たに採用された人間の紹介だ。「今日から会社に『オーストラリア美人』がくるから、あとでみんなに紹介するよ。」

さかりのついた若造どもが興奮していきり立ったのは無理もないだろう。はたしてわれわれの前に現れたのは、100%中国人にしか見えないちっちゃなおねえさんであった。彼女の先代はともかくとして、中国アクセントながらよどみなく英語を話す彼女自身は、正真正銘のオーストラリア人だ。彼女を見て若者たちの腰が一瞬砕けたのは人種の問題だけとも言い切れないが、うちの会社にだって「ヘンリー」という絵に描いたような中国顔をしたイギリス人社員がいたわけだ。アジア顔が登場することを全く予想していなかったところを見ると、英国人にとってはオーストラリアは「白人の国」というのがいまだにイメージなのだろう。

そんなオーストラリアから「話題の超大型新人バンド」が登場!などというあからさまに怪しそうなふれこみが聞こえてきたものだから、今年のグラストンベリー・フェスティバル('09) で登場するという Temper Trap をとりあえず冷やかし気分で観てみることにした。www.myspace.com/thetempertrap  www.thetempertrap.net

ところがステージに上がってきたボーカリストの顔をよく見たら、どうひいき目に見てもむかしマニラの空港でオレをカツアゲして消えていったフィリピン人にしか見えないけっこうな悪党顔で、ロックバンドのフロントマンとしてはある種完璧と言えた。後で調べたら、インドネシアから渡ってきた東南アジア系のオーストラリア人であるらしく、異質といえば異質な趣をかもしだしているバンドといえるだろう。オレも元の同僚同様、先入観が裏切られたわけではあるが、決して悪い方向にではない。

はっきり言うと「今年最大の新人」とか言うなよ、といった感じのお決まりの「ちょっとしょんぼり」感の漂う楽曲とステージではあったが、オレ的にはこの「インドネシア顔」でかなりの高得点だ。というか、曲は記憶に残ってません。

オレがあのピクシーズを尊敬する理由の中で、たぶん他人とは少し違うかもしれないと思っていることがあって、それはやはりフィリピン系アメリカ人の怪ギタリスト、ジョーイ・サンチャゴ氏を擁するからに他ならない。やはり東南アジア顔はバンドに深みを持たせる、というのがカツアゲで失禁しそうになった経験を持つオレの持論だ。

オレから高得点をもらって得したな、オマエら。まあ、何の意味もないけど。

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@ John Peel Stage

今あらためて MySpace で歌声を聴くと、在りし日の Mansun に似ていなくもない。せっかくかわいらしい顔をしていて人気があったのに、通好みの音に走った後失速していった Mansun とちがって、こちとらはあらかじめ東洋魂だ。

西洋人ハンサムハンターの日本人からは必ずしも絶大な支持を得られないかもしれないが、不思議な方向に走ってもうまくいくかもしれないぞ。ぜひがんばってほしい。日本マーケットでの成功をお祈りいたします。

2009年7月12日 (日)

Gong / Steve Hillage Band

< 2009. 06. 28 @ The Glade, Glastonbury Festival '09 >

ことしの Glastonbury Festival ('09) は連日例年より気温が暖かかかったこともあり、なんとなくTシャツ一枚でヘッドライナーまで残って観ていた。いつもは夕方の寒風が吹いてくると腰が引けてホテルまで退散してしまいがちなオレなのだが。

最終日、オレから見ればただの「若造」にすぎないが、年齢軸で切ったときにはあきらかに「中年」といわざるを得ない Blur のステージを遠めに眺めながら改めて思ったのだが、やはりフェスティバルにでてくるミュージシャンってオヤっさんがたくさんいますね。今年のグラストンベリー、三日目の Blur はさておくとして、初日のトリはニール・ヤング、そして二日目のヘッドライナーはブルース・スプリングティーンだ。このオレでさえ手の届かない、本物の正真正銘のオヤジたちである。

18万人を数える老若男女の観客からそれぞれのオヤジ( Blur 含む)が絶大なる大歓声を受けたことはいうまでもない。だが、その他のフェスティバルがそうであるように、ここグラストンベリーでも、さまざまなジャンルを超えていろいろなおやっさん達が演奏をしていたのである。オレにとってニールヤング氏はあまりにもおっさん過ぎて、その全盛期を同時代で聞いていたわけではない。一方ブルース・スプリングスティーン氏のほうは、オレがすっかりニューウェーブ青年になってから世のまん中に出てきたので、真剣に聴いたミュージシャンではなかった。

ことしのグラストンベリーで、オレ個人にとって最もビミョーなポジションにいたおっさんミュージシャン。そしてそれが故に今回ステージを観ざるを得ない、とあらかじめ心に決めていたミュージシャン。それが Gong である。今回の Gong Steve Hillage が率いていたwww.myspace.com/stevehillage

イキナリわたくしごとですが(というかわたくしごとでないブログはそもそも存在しないが)、オレが「ロック」を真剣に聴きはじめたのは、1976年、高校1年のときだ。それから1年くらいのあいだだっただろうか、たぶんいくらでも時間が(それと「ロック喫茶」)あったからだと思うが、いわゆる「ロック史」を彩るような音は一通り集中して聴いてしまった。さまざまなジャンルが繚乱していたが、だいたい聴くに値する「ロック」が世の中に出てきてから10年ほどの黎明期でもあり、ミュージシャンやアルバムの絶対数がものすごくすくない時期だったので、一年あればなんとなく「時代」に追いつけたのだ。

そもそも回りにいた同級生の連中が、同じように「あれもこれも聴きまっせ」というヤツらがおおかったこともあり、それから1年の間に、オレは難解な通称「プログレッシブ・ロック」やジャズとロックの境界の音を追求するところまで行きかけた。ところが、そんな高校2年生のころ出合ったのが英国の「パブ・ロック」であり、そのあとの「PUNK」である。音としては、プログレッシブ・ロックまで正常「進化」してきたロックが、ある日突然「二足歩行をやめて退化していく人類」みたいな感じであったと思うのだが、オレはそのときを境にすっかり「PUNK~ニューウェーブ」というマイナーな世界の人になってしまった。高校2年制の終わりごろには、オレは音楽趣味的には校内でもすっかり「変人」の部類にはいっており、「退化」の人となっていた。

で、オレ自身はそれ以来音楽嗜好性が30年間何も変わっていないのだが、高校2年生の時分、みんなの行く輸入レコード店の中においては「PUNK~ニューウェーブ」コーナーというのは店内全体の50分の1くらいの小さなスペースがあてがわれているだけだったのである。当時は「J-POP」なんていう気の利いたものはなかったから、歌謡曲以外の音楽を聴くことと「洋楽=ロック」はイコールであった。同級生や上級生はみなプログレッシブ・ロックやジャズ・ロック、もしくはなんらかの形でオトナの香りがする音楽をきいており、高校の学園祭でみんなが組むバンドは例外なくドゥービー・ブラザーズとか、そんなかんじであった。(キング・ムリムゾンは演奏能力的に不可能であった、らしい)

そんな「おとなのロック」が極限までつき詰まった一例が Gong であることは今考えても疑いがない。高校の校内の残る伝説に、われわれの2年上の先輩達の代、校内で音楽「ファンジン」がいくつか自主出版されており、そのうち「Gong」とその周辺だけに特化した内容の刊行物が2種類もあったという。ジャズロックというのかプログレッシブというのかよく分からないが、とにかく最も難解なものを追い求めたい背伸び盛りの高校生の知的好奇心を刺激してくれる頂点にいたバンドだったといえるだろう。

Gongも、そこに一時期滞在した Steve Hillage も、オレはPUNKの傍ら細々と聴き続けたわけではあるが、今やオレにとっては歴史のかなたの連中である。しかしいまやオレも50歳手前のおっさんだ。いまだにはやりものの音楽、そして今一番新しいと思われる音をミーハーに追いかけ続けているのだが、さすがにこの歳になると、「背伸び」をする必要も、「背伸びをすることがかっこ悪い」とおもうことも無くなったようだ。いまから30年前、オレの同級生や先輩達の「知的好奇心」をくすぐった音をなまで触れてみるのもいいものだ、とおもった。そしてことしのグラストンベリー、最終日3日目にして「The Glade」というあまりなじみのないテントまで足を運んでみることにした。

当日観たステージは、Steve Hillage の超絶ギターテクを生で観たことを除いては、音楽の旋律として考えればあらためて驚くものではなかった。新曲もあるとはいえ、基本はもともと聴いたことのある音でもある。だがオレはその会場をとりまく雰囲気に目からうろこがおちた。ステージに映し出される映像はあからさまなサイケ映像。そして当然ながらオヤジの群れで固められた観客達からは全員もれなく「大麻臭」が。グラストンベリー・フェスティバル自体が、世間にあまたあるフェスのなかでも最も大麻感が強いイベントであることは否定し得ない。もともとヒッピーのお祭りなんだから。しかし、80を超えるステージをもつこのフェスティバルに通い続けて8年、今回の The Glade は大麻臭密度がもっとも高かった出来事であったと記録しておきたい。おやじ達は拍手を送りながら宇宙と交信しており、Gong というバンドがあらためて「スペース・ロック」のレジェンドであったことを思い知らせてくれたのであった。オレは今見ているのが伝説のサイケバンドであることに改めて気がつき、感動の中惜しみない拍手をおくりながらステージを後にしたのであった。

思えば、オレの高校の先輩達は、Gong の難解な旋律に知的好奇心を刺激されたのかもしれなかったが、Gong の本質はそんなものではなかったと、いまさらながら気がついた。ストーンヘンジやミステリーサークル出現場所からほど遠くないここグラストンベリーのフェスティバルで、彼らが実は遠い昔にも「伝説のステージ」をつとめていたことにあらためて思いをはせた。彼らを楽しむ、ということは理屈や知識の世界のことではない。「サイケにひたる」ということだったのであった。

よく考えてみれば、PUNKに走ったオレにしても、ケツの青い日本の田舎の高校生に「PUNK」自体の本質が同時代にわかるものでもなかったはずだ。先日観たB級パンクの成れの果て、 Johnny Moped ライブでの観客の姿(=すべからく「ノーフューチャー」な人生を送ってきたに違いない40 - 50 代のおっさんたちとおっかさんたち)を思い出し、オレはただただ平和な国で平和な人生を送っていただけだという当たり前のことを頭の中で反復していた。オレはPUNKもニューウェーブも体の芯から好きだったし、いまでもそうだが、日本の高校生にとっての知的好奇心という意味での「理屈」や「知識」という側面もけっこうあったかもしれないのだった。

ネガティブな気持ちでは全くないが、この歳になって精神の「解毒」がすこしできてよかったな、と思った。

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@ The Glade

会場内の不思議なモニュメント、ステージ後ろの「電波」映像、そしてステージのじいさんたち。観客は全員キマってます。

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ステージ右は Steve Hillage。いぶし銀です。視界に飛び込んでくる客はみなハゲです。みなうれしそうでした(オレも)。

Gong はなんと今年フジロックでも演奏するらしい。他にもいろいろ良いバンドがある中であえてお勧めしづらいが、大麻の余った方あるいはオレのように青春の決着を付けたい方は寄ってみてください。

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