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2009年8月

2009年8月26日 (水)

Blur その2

< 2009. 06. 28 @ The Pyramid Stage, Glastonbury Festival '09 >

さて、UKフェスティバルの中でも荒くれ者の祭典として定評のあったレディングフェスティバルに、ここのところ異変が起きている。

昨年からメインスポンサー並びに運営主体が変わったこともあるからか、以前にはなかったような新しい施策がいろいろと取り入れられているのだ。たしかに観客がステージにビール瓶を投げ込んで、バンドのボーカリストをノックアウトしたり、暴力沙汰が原因の逮捕者が毎年何人も出るようなことは褒められるものではないだろう。しかし、10年近くこのイベントに通い続けた身からすると、なんとなくだが、「らしさ」というか風物詩が変わっていくような寂しさを禁じえないのも事実である。

昨年、イベントのウェブページを見て、オレは目を疑った。なんと、「会場内では火を燃やさないでください」ときやがったもんだ。8月とはいえ、最終週のイギリスは夜になると格段に冷え込むことがある。そこで、メインステージを見ながらも、あたりに無尽蔵に捨てられている紙ごみを集めて火をつけ、それを焚き火にして暖を取るわけだ。焚き火ができればそれを輪にして新しいコミュニティが誕生し、それまでは知らなかったもの同士がステージを観ながら皆で一緒に盛り上がる、とまあそんな光景があちこちで見られるのもこのイベントの特徴である。こういったことをやめてしまえ、というのである。

さらには昨年から始まった「グリーン・レディング」なる合言葉も、この荒くれイベントには本来まったくもって似つかわしくない。リサイクルの推奨やキャンプ用具の置き去り禁止、タバコのポイ捨てやめましょう!も、まあわからんではないのだが、改めて説教くさく指示されると興もさめるというものだ。挙句のはてには、「会場内の売店では、できるだけオーガニック・フードを買いましょう!」という忠告にいたっては、さすがのオレも噴き出さざるを得なかった。おまえ、キャラがぜんぜんちがうよ、と。

もちろん、鍛えこまれたレディングの観客達は、そんなことはどこ吹く風で、去年も焚き火の火の手はあがっていたし、あたり一帯ごみは捨て放題。毎朝その日のステージが始まる前に、会場をきれいに清掃してくれるクルーの皆さんには手を合わせて感謝しつつも、この雑然としたそれでいて自由な雰囲気がオレの好きなフェスティバルそのものだといってよい。リサイクル促進のために、紙コップにデポジットを取り、返却すると15円ほど返金してくれるシステムには、オレは反旗を掲げたい。今年からはペットボトルもだと。しかし、周りに捨てられた紙コップは自動的に中学生などの小僧が小遣い稼ぎで集めまくるため(バンド全く観てない)、結果的にゴミ激減→焚き火消滅の危機に直結しているのである。

思えば、こうした傾向が英国でもみられるようになったのは、もちろん「地球温暖化危機」などといった時代の影響ということは確かにあるのだが、UKフェスティバルのもう一方の雄、グラストンベリー・フェスティバルから少しづつ始まってきたような気がする。こっちの方はもともとヒッピーの祭典なわけだから、ナチュラルなことに対する意識は本来あったのにちがいない。一部過激さを伴う環境保護団体「グリーンピース」が協賛するこのフェスティバルは、「自然」を謳いながら、その実全く自然にやさしくないことをしている、とある日突然気がついたのだろう。ここ数年突然「テント用具は一切残して帰るな」「ゴミは分別して出せ」などと、唐突に説教じみたフェスティバルになってきた。

こういった本来「正しいこと」に対して異論を挟む権利をもとよりオレは持っていないわけだが、このイベントのオーガナイザーであるマイケル・イーバス爺さんから自然にかもし出されるなんとなくの「怪しさ」が、オレを意固地にさせていることは否定できない。このブログでもすでに何回か取り上げたこのおっさんは、「UKフェスティバルの創始者」というレジェンドとして受勲までしているわけだが、本来「ヒッピー」「ナチュラル」「グリーン」等々を標榜しながらも、ぐちゃぐちゃの(オレは好きだが)フェスティバルを今まで開催してきたくせに、最近の時代の流れに乗って突如正義の味方のような言動を取るようになったことが気に食わないのである。

オレ自身は参加したことがないので詳しくは分からないが、その出自からしてクリーンで整然としたものを目指している日本のフェスティバルだと、参加者の意識も含めてその意義の高さは理解できなくはない。だが、このマイケル爺さんのここ数年の「改革」は、それって自分の見栄えのこと考えて言ってんだろう的な、斜め目線でどうしても見てしまうのである。しかもこのおっさんの罪は、そうした言動が、なんとなく変な形でレディング・フェスティバルにも影響を与えてしまっているのではないか、という点にも認められるのである。

そうはいってもグラストンベリーは「お祭り感」がイノチなので、会場内で大型ろうそく(別名小型たいまつ)燃やし放題、ろうそく気球飛ばし放題、焚き火だ花火だとにぎやかなのだが、レディング・フェスティバルのほうはむしろなんだか良く分からないうちにいろいろな「禁止」を打ち出し始め、今度はその影響を逆に受けてグラストンベリーのほうが迷い始める、という事態が発生した。ここのところNMEで話題になっているのが、今年から「ステージ前の旗・のぼり」禁止を打ち出したレディングの決定を受けて、その実施前であるにもかかわらず、今度はグラストンベリーのマイケル爺さんが、「来年はウチも禁止にしようかのう」と発言したことに端を発する『旗』論争である。

ステージ前で大旗をふる行為は昔からあって、そのミュージシャンの出身国の観客が応援のために振る国旗や、バンドのプロモーション用の旗、あるいはここ数年観客のグループが自分達のいる場所を仲間(ビール購入中など)に知らせるための目印として、以前の「杖」様の小型のものではなくて、大旗をその役に立てているケースが目立ってきた。しかしごく最近では、単に旗をふりたいからふっているようなヤツが大勢いるようにしか見えないくらい「旗」の数が増えてきたのは確かだ。

これによって後ろ側に位置する観客が、ステージ上のミュージシャンを全く見えなくなるという事態が発生するにいたり、それを受けてレディングでは今年から「旗」を禁止にしたものとおもわれる。その効果が確認される前に、マイケル爺さんが「おれも」といったのが事の発端で、それに対してNMEが賛否の意見を募っているのである。賛成の者は「あとから旗もって割り込んでくるバカモノのせいでステージが見えなくなるなんて最低!」といい、反対の者は「そうは言うけどさ、イギリスのフェスティバルらしさがなくなっちゃううよ」という。

オレはまあどっちの意見も正しいとは思うが、マイケル爺さんがこ憎らしいのと、あと個人的経験により、「旗禁止」を阻止したい反対派であることをここに宣誓する。

毎年グラストンベリー・フェスティバルに通いながらも、ここ何年もメインステージである「ピラピッドステージ」には一瞬たりとも寄らないことが続いていた。もちろん観たいバンドが出てこない、あるいはすでに何回か見たバンドだ、などがその主な理由だが、年齢もあってあのあまりにも混雑した環境が「一日の終わり」としてはキツかったし、離れて観ればバンドが豆粒ほどにも見えないとこよりは、むしろ音がぜんぜん良くないこともオレのモチベーションを下げていた。そもそも夜半になって寒くなってくると、気力も衰えるというものだ。

ことしはしかし、気温が毎日暖かかったこともあって、自然と最後まで残って会場内をうろうろしていたのだが、最終日の Blur はなんとなく見てみようと思った。話題の「オリジナルメンバー再結成ステージ」でもある。そしてそれをピラミッドステージのできるだけ一番後ろから観ながら感慨にふけって雰囲気を楽しむのも悪くないだろう、と考えたのだ。

オレが位置したポジションはほぼ最後尾、演奏前はみなチェアーでくつろぐ子供連れのファミリーであふれるほのぼのゆったりスペースだ。バンドが登場し、大歓声が上がるが、このあたりで立ち上がる者は3割程度。立っても座ってもステージでわかるのはピラミッドの三角形だけ。ステージ上の人間が肉眼で確認できる距離でもなければ、ましてや埋め尽くされた「旗」だらけでそもそも何も見えるはずがない。音は割れ、風に流されるが、正直言ってオレは十分満足し、堪能することができた。Blur の再結成ステージという事実も多少は感動的な要素だったかもしれないが、日没前から真っ暗に変わっていくなかで、会場全体から受ける雰囲気がとてもよかったのだ。オレはとても満足して家路につく事ができた。

あちこちから上がる火の手やろうそく風船、そして何重にもはためく旗の波がその演出としてと最高だったことはいうまでもない。その「旗」が来年から禁止だ、という。だがオレは、そんな決まりごとはお構いなしだ!という無鉄砲なイギリス人が大量に出てくることをなんとなく願っている。UKフェスティバルの風物詩保存のために。

今週末は今年のレディングフェスティバルが開催される。本当に旗はなくなってしまうのだろうか?ここの客は紙コップのデポジットのような現世利益に走ってしまいがちなので、フェスティバル主催者が「旗」を掲げさせないための秘策を用意してくると、意外とすんなりその旗を降ろしてしまうのではないか、と心配しているのである。

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@ The Pyramid Stage

Blur + 旗 (日没前)

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@ The Pyramid Stage

Blur + 旗 (日没後)

で、以下Flickr からさがしてきたのがこれ↓

Hata5

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たしかに何にも見えませんが・・・。

ま、これとかのほうがもっとすごいかな。

Hata6

ただし、ここくらいまで前に行くと、良く見えるみたいですな。姿見たい人はがんばれ。

● Blur その1

2009年8月23日 (日)

The Soft Pack

< 2009. 06. 28 @ John Peel Stage, Glastonbury Festival '09 >

さて、今年のグラストンベリー・フェスティバルで、オレが一番期待していた新人バンドは、ただいま話題沸騰中の Passion Pit や Hocky でもなければ、La Roux でもなく、そして Dan Black ではもちろんなくて、The Soft Pack というアメリカのローファイ・バンドであった。www.myspace.com/thesoftpack

個人的な音の好みとして、なんとなくアメリカっぽさを感じさせてくれるイギリス人の Let's Wrestle 同様、どことなく英国感を漂わせる 米国人 The Soft Pack のサウンドは、タイプは違うがオレのお気に入りローファイ組だ。ただ、オレから合格点をとるには音の方向性だけではなく、更に重要なポイントが二つあるぞ。ひとつは、そこがローファイの真髄でもあるのだが、ボーカルも含めていかに音が「へなちょこ」か、という点。もちろん、「へなへな」であればあるほど高得点だ。そして二つ目が、いかにバンドメンバーの「見た目がさえないか」という点だ。見た目のしょぼくれた青年達が、楽器を持ってステージに上がったらアラ不思議!、演奏する姿も全くさえないではないか!というのが、オレの理想だ。

この点 Let's Wrestle は、まともにアルバムデビューする前から「オタク」系肥満の道を一気に突き進み、ライブではCDで聞くよりさらにへろへろなボーカルスタイル。オレからすればもはや神がかり的な完成度の高さだが、イケメン狙いの邦人婦女子などからは、なかなか敬遠されてしまうだろう。

さて、「ムスリム」というイキナリ硬派なバンド名が物議をかもし出し、新生 The Soft Pack と改名した人たちとは思えないほど、ふにゃふにゃなPVを観てオレは感動した↓

このへなちょこドライブ感は、ほぼオレの理想の姿といえた。

ライブの映像を見ても、なかなかラフでおおざっぱ。メンバー全員見た目のじょぼくれ具合、も高得点だ。

これだ、これっ!といきり立ったオレは喜び勇んでステージに足を運んで彼らの登場を待った。ちなみの彼らの出番は Florence And The MachineLady Hawke のあいだ。ともに鳴り物入りで超満員の彼女達のそれぞれのステージのすきまに集まってきた観客数は、これ以下はない、というくらいしょぼしょぼのものであった。The Soft Pack がステージにのぼった時点でのオーディエンス数は、最前列があってその次が無し、というぐらい悲惨である。これは応援しないわけにいくまい。オレは心の中で「究極のへなちょこ演奏で、ここに来ている観客すら、その度肝(どぎも)を抜いてやってくれ!」と興奮しながら応援した。

演奏が始まり曲が進むうちに、しかしながらオレの興奮はなぜだか少しづつ冷め始めていた。なぜだ・・どうしたんだろう。

実は彼らの演奏はPVで見るようなふにょふにょではなく、実にしっかりしたもので、ステージ運びもなかなか堂に入ったものなのであった。ライブのほうがCDよりぜんぜんしっかりしていたのである。見た目のさえなさ感もまるでなく、フツーにかわいくカッコイイ、ちゃんとしたバンドのみなさんのようであった。

ふと振り返ると、いつのまにか会場にはそこそこ人が入って声援をあげていた。満員というには程遠いが、それでも何とか格好がつくくらいにはなっていただろう。ステージが終了し、オレもできるかぎりの拍手をおくったが、ことしは例年に比べてもまずまず満足度の高いステージがつづいたこのグラストンベリーで、この The Soft Pack だけは期待感が高かっただけ多少の消化不良であった。

悪いバンドでは全然ないのだが、お見合い写真(PV)にちょっとだまされた感じです。

Sp

@ John Peel Stage

でも、今年パリにも来るようなので、もう一回観にいきたいとは思っております。年末、といわれているアルバムも楽しみではある。

● The Soft Pack その2

●コメントバックできないので追記します。

アリさん、コメントどうもありがとうございます。たしかにピート・シェリー(志村けん)の髪型の方向性にも似てるかんじがしますね。このPVの彼。

一年に数回ですが、聴いてから一週間くらい頭から離れない曲、というのがあります。しばらく前は、この曲がぐるぐるまわってました。

●そういえばどうでもいい話ですが、 La Roux のステージ写真を最前列で撮りまくったことがあるのですが、それをデジカメで確認しながら、彼女の髪型は常に、どこか「ある方向」を指していることに気がつきました・・・。オチのない話で、すいません。

2009年8月16日 (日)

Fujiya And Miyagi

< 2009. 08. 07 @ Paris, Festival FnacIndetendances >

オレは Fujiya and Miyagi が大好きだ。www.myspace.com/fujiyaandmiyagi もちろん楽曲もすばらしいが、日本人的に考えればこれを超えるバンド名はこのさき向こう20年くらいはでてこないであろうとさえ思われる。そしてこのバンド名がいかにすばらしいかを我々に常々思い出させてくれるのは、言うまでもなく彼ら屈指の名曲 [Ankle Injuries] であろう。

♪「ふじやっみやぎっふじやっみやぎっふじやっみやぎっふじやっみやぎっふじやっみやぎっふじやっ・・・・」と延々繰り返される自らのバンド名の連呼。この不可思議な感覚にハマってしまい、夜な夜なヘッドフォンで何度もリピートして聴いているオレのような人間も、決して少なくないだろうことは想像に難くない。何年も前の曲なのに、いまだにiPod でリピート演奏しながら街を闊歩することもある。

そんなわけでロンドン在住時代から常に観にいきたいと思っていたし、彼ら自身も活動は比較的活発であるにもかかわらず、なかなかめぐり合うタイミングがあわずにパリに引っ越してきてしまったが、パリでも人気の彼らはよくやってくる。しかし、たいがいはオレのような素人中年日本人サラリーマンにはそのドアさえ発見することができないような秘密めいたおしゃれクラブが演奏会場だったりして、今日までついに一度も目にすることができていないまま、マイ幻バンド化してしまっていたのである。

ところで、待てば海路の日和ありなどと申します。このたび彼らはパリの夏の風物詩であるParis Plages にやってくるという。去年 Pete And The Piretas を観にいったこともあり、場所の勝手も分かっている。Paris Plages というのは、真夏の一定期間、海のないパリ市民のために市が主催してセーヌ川河畔を一定範囲、「ビーチ」として開放し、そのために一部交通を遮断してつくる、いわば人工日光浴場+市民の憩いスペースだ。あちらこちらにビーチチェアがおかれ、ビヤスタンドがでたりするのだが、小型プールや小さなイベントスペースなどがいくつもあるわりには、やはりニセモノ感というかさびしさが拭い去れないものでもある。

去年見た Pete たちのステージも、そのセッティングは小規模並びにかなりいいかげんなものであって、まあ所詮お祭りの余興の程度を超えるものではなかったが、とにかくライブハウスというライブハウス、全てがお休みになってしまうこの夏場の8月にお気に入りのバンドがタダで観られるのはたいへんありがたいことだ。しかも今年は待望の Fujiya and Miyagi がでるというので、喜び勇んで会場に向かった。

彼らの出演時間が夕方早かったため、オレは就業時間終了早々に会社をとびだし車に乗った。Paris Plages 自体の交通規制があり、目的地に近づいてくるとやや渋滞気だ。会場近くの公共地下駐車場に車を停め、河岸についたときはちょうど彼らの演奏時間が始まるころだった。さてここからステージまでは5分以上歩くかな、と思い始めて足を踏み出したとたん、どこか向こうの方からもごもごとビートが鳴っていることに気がついた。いかん、もうはじまってしまったぞ! [Ankle Injuries] が最初から演奏される可能性は少ないと信じたいし、むしろ最後の曲に違いないはずだ。ほはいえ気がせいて早足になる。

さて、ここからオレの知っているはずのステージ方向に向かって歩き出したが、ビートの音量はどんどん小さくなるぞ。もしかしたら今年は場所が違うのか?案内図を見てもよくわからない、というかステージ場所がどこにも描かれていない。右に左に文字通り右往左往したが、音の方向に行き着かない。気はあせるばかりだ。こんなことで迷っている場合ではない、と、そもそも目指しかけた「去年のステージ」まで6~7分かけて歩いていってみると、ことしはなんとビーチチェアが置いてあるだけだ!

気を取り直して案内板を凝視し直し、ことしのステージが河岸ではなくて市役所前広場だと分かったときにはもう演奏終了時間間近。ちなみにオレが車を停めたのが市役所の駐車場だったので、振り出しにもどるかっこうだ。汗をだらだら流しながら市役所前に着いたとき、彼らは最後の曲 [Ankle Injuries] のエンディング直前だった。オレが姿を見ることができたのは、ラスト30秒。そのときの記念すべき光景である。オレは復讐を誓った(何に?)↓

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@ パリ市役所前広場

とつぜんやってきて割り込むやいなや、♪「ふじやっみやぎっふじやっみやぎっふじやっみやぎっふじやっみやぎっふじやっみやぎっふじやっ・・・・」と半泣きながらも大声でさけぶ日本人のオヤジを見て、気持ち悪がっていたパリのみなさん、すいませんでした。

●コメントバックできないので追記します。

アリさん、コメントどうもありがとうございます。彼らがいなければ、自分自身40歳も過ぎてから「これからはジャージだ!」とジャージに目覚めなかったと思うので、そういう意味でも人生に影響を与えてくれたバンドといえます。

なお、翌週の8月15日、今度は Kap Bambino が出演するというので再び出かけてみたところ、急遽キャンセルした模様。しかたなくその他のフランス人カスバンドをしばらく見ていたのですが、あまりにもつまらなく、耐え切れずに15分で退場。ステージのみ遠めで観光写真風に撮りました↓

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2009年8月10日 (月)

VV Brown

< 2009. 06. 26 @ John Peel Stage, Glastonbury Festival '09 >

さて、今年のサマソニも終了し、皆さんも VV Brown 姐さんのダイナマイト・ステージをすっかり堪能されたことと思う。www.myspace.com/vvbrown  www.vvbrown.com

今年彼女はフェスティバルというフェスティバルに出ずっぱりで、それも Camden Crawl やら Great Escape といったインディ感漂うものから、グラストンベリー・フェスティバル、そして果てはVフェスティバルといった「ぬるめ」の大型フェスまで方々で大活躍なのである。しかもカムデンやブライトン(Great Escape)ですら複数のステージをこなし、グラストンベリーに至ってはメインのピラミッドステージから、インディの John Peet ステージまで、都合3~4セットをフル操業するというモーレツ社員並みの働きぶりだ。

MySpace でチェックした彼女のフィフティーズ・サウンドは、正直オレの琴線に触れるものではなかったが、一体ぜんたいなぜ Camden Crawl に出る?なぜ Great Escape に出演するんだ?彼女の何がいま新しいというんだ?そんな疑問がだんだん渦巻いていたものだから、6月のグラストンベリー・フェスのころには、これはやはり今年一度は観なければならないな、というキモチになっていた。

新しいシングル曲 [Shark In The water] を聴くと分かるが、彼女はその髪型から連想される単なる「50's」のヒトではなく、かなり「聴かせる」カンジの正統派サウンドの方でした。小さい方のステージで観たグラストンベリーは「単なるツイストおねえさん」という予想が多少裏切られた分、好感のもてるものであった。

たくさんいろんなところに「網」をはっておく、というのも戦略ですな。釣られました。

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@ John Peel Stage

オレが撮る写真は、最前列でも常にぼけぼけだ。Flickr からみつけた、前日のメインステージでの姿↓

Vvb

彼女は幼いころから音楽に親しんでおり、オックスフォード大はじめ5つの大学からの入学許可を蹴ってまでこの道にまい進しているらしい。

今年は女性ミュージシャンの当たり年で、La Roux や Florence And The Machine、あるいは Little Boots なぞといった「ハヤリもの」をみんなこぞって聴いているが(オレもそう)、意外とこういうしっかりした正統派のヒトがあとあと生き残るものなのかもしれない。働き者だし。

2009年8月 7日 (金)

The Invisible

<2009. 04. 25 @ Dingwalls, London (Camden Crawl '09)>

< 2009. 07. 12 @ Sous La Plage, Paris >

最近フランス人ネタを書かないので、「Funga77のヤツは、パリに住み着いているうちになんとなくだんだんと不思議で理不尽なムッシューたちと同化してしまったのではないか?」と思われてしまうのもしゃくにさわる。そんなことを考えていたら、久方ぶりに予期せず驚かされるライブにめぐりあった。

そもそもパリで道を歩いていると、「えっ!?オマエらぜんぜん打ち合わせ、とかネゴとかしてないのわけ?」とびっくりする物件に出会うことが多い。たとえば、工事中など何らかの事情で通行止めになっているところに市営の路線バスが乗客をたっぷり乗せて立ち止まる、とする。普通、工事で道をふさいでしまう場合、市バスはあらかじめ連絡を受けていて、別コースをたどることを市民の皆さんに前もってアナウンスしておくだろうし、当然バスの運転手は代わりにどういうコースを取るか分かっているにちがいないはずである。

むか~しオレが見たのは、しっかりと強固に通行止めがなされた道路にさしかかったその市バスの運ちゃんと、通行止めの柵を設置しているおっさんとの怒鳴りあいである。

フランス語は分からないが、その喧騒の内容は疑いなく、「オメえ、こんなとこ突然工事始められたら困んだろ!、バスが通れないだろが!!」「そんなこたあ、俺はしらん。俺は工事始めっから!」という、お互いなんら解決をする意思が見えない水かけ論以外の何物でもない。なにやってんの、アンタら?というのがフツーの良識あるオレのような日本人の感想だが、どうやらフランス人はそうは思わないらしい。まわりの見物客は、「わしは、あっちのほうへ行ったほうが良いとおもうがなあ」と右を指差しながら運ちゃんにアドバイスする人、頼まれもしないのに工事のおじさんに対して説得を試みるタダの通行人など、全く混沌とした状態である。

かくして運ちゃんは憮然としながら左へハンドルを切り、それによってもとの方向にはほとんど戻れなくなることが確実なわけだが、かわいそうな乗客の皆さんはどこか遠い世界に連れて行ってしまわれたようである。さようなら。何でこんなことがおこるのか、なぜあらかじめ調整をつけておかないのか、オレにはさっぱりわからないのである。

さて、英国の TV On The Radio などという枕詞もついている新人の The Invisible www.myspace.com/theinvisiblethree 4月に観たショーケースイベントで気になっていたのだが、この夏パリ市内の屋外無料アート・フェスティバルにもやってくる、ということで足を運んでみた。彼らつい最近は今年のマーキュリー・プライズにもノミネートされ、まあ強敵多い中、本選で選ばれる可能性は高くないものの、無名の新人としてはよくやった、とほめられる結果だろう。そんなに混んでもいない無料イベントで、当日の出演者はオレのお気に入り(見た目のみ)の「食いだおれ太郎」、別の名をエチエンヌ・ジョメという Zombie Zombie の片割れのソロステージ。あるいは数曲演奏したら電気が飛んでしまって、そのまんまステージが終わってしまった、かわいそうなアメリカのバンド(名前忘れた)。そして我らの The Invisible の登場である。結果的に演奏自体はとても印象深い、良いステージであった。

その日このイベントが行なわれたのは、パリの西側にある「シトロエン公園」という、オレの会社からも歩いていける、昔のシトロエンの工場の跡地にこしらえた、緑豊かな快適ひろびろスペースだ。その端っこ、セーヌ川ぞいに平行してステージが組まれているものの、河岸は狭く、イベント参加者すなわち観客の大半は、そのシトロエン公園の緑地に腰を下ろしながら楽しんでいるわけである。

当日は気温が30度を超え、売っているビールが外気温と同じ温度のものしかないのには閉口したが、飲んでみると気分も悪くなった。とはいえ、オレも他の参加者の皆さん同様、芝生に寝転がりながらいろいろなバンドを観ていたわけである。

いよいよ The Invisible の前のバンドが終了し、彼らのこともこの芝生からゆったりと観るか、それともコンクリートの河岸で味気ないが、ステージ前方まで観にいくか、とかんがえはじめたその矢先。いかにも公園の管理人みたいな人が寄ってきてわれわれ観客になにか言っている。いよいよオレの所に来たおじさんが言った。「あー。公園閉める時間なんで、皆さんここからでてください。」

あのう、おじさん。まだバンド残ってんですけど・・・・。というか、このイベントの主催者はいったいどういう仕切りというか交渉を公園側と行なっていたのか。かくして寝そべっていた人たちは、もぞもぞもぞと河岸に強制移動。なんとなく縦に長く連なってバンドのステージ観ましたとさ、というオチです。この時点で単に芝生で昼寝してた人たちは撤収。さらにさびしくなった人数の観客が広くないエリアでバンドに声援を送って楽しんでいたが、なんとなく納得行かない顔をしていたのは、オレ一人しか居なかったと思う。

公園を閉める時間を一時間遅らせるとか、イベント自体を1時間早くはじめるとか、そんな低次元のことを考えているようではオレもいつまでたってもパリジャンにはなれないだろう。あまりなりたくもないが。英国からわざわざやってきたバンドの皆さんはいったいどう思ったか。そんな「他人」のことを気にかけてしまうようでは、タダの日本人である。だがオレはそんな日本人でありたい、と思った夜だった。

Img_3228_1

@ Dingwalls

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@ Sous La Plage

無料イベントで観客少ないとキツイががんばれ。オレは応援しているぞ。良いバンドだ。

2009年8月 4日 (火)

The Rifles

< 2006. 07. 09 @ Oxegen Festival, Ireland >

< 2009. 06. 09 @ Nouveau Casino, Paris >

かなりありがちな話ではないかと思うのだが、バンドのいわゆる「セカンド・アルバム」を購入することが、正直言ってオレはあまり多くない。おそらく同じような傾向をもつ人も少なからずいるのではないだろうか。

理由はいくつかあって、たとえばファーストの出来が実のところイマイチだった場合には、セカンドアルバムを買おうというモチベーションは当然低いはずである。あるいは、バンドがファーストアルバムで売れすぎてしまった場合、セカンドの発売前からニュー・シングルが頻繁にテレビ・ラジオで流れるため、はやくも聴き飽きてしまったような気分になるケースもあるだろう。こういったときは、楽曲の良し悪しに関係なく買わなくなってしまうので、ミュージシャンにとっては損かもしれない。まあ、その分他でたくさん売れてるからオレのようなヤツが多少いてもどうってことないかもしれなうが。もしくはファーストが気に入っていたとしても、それがある程度成功した場合、次回作はなんとなく方向性が違ったものになってしまうのではないか、というぼんやりとした不安があり、それゆえに様子をみていたらやっぱり変な方向に行ってしまっていた、とか。

しかし個人的に一番合点のいく説明は、以下のようなものである。「セカンドが多少良くなったくらいでは、一枚目で得られた感動には到達しないだろう。そんなのをわざわざ買うくらいなら、期待の持てそうな新人バンドのデビューCDに賭けてみたほうが、ずいぶんとマシだ。」 

数少ない「セカンド・アルバムを買ったバンド」にしても、期待が大きかったのにコケた The Rakes とか、ファーストとくらべてあまりにも変化のなさ過ぎた The Go! Team とか、やはり「2枚目」を買うのを躊躇させるに至るトラウマ体験は意外と多いものだ。デビューシングルを発売日に買いに行くほど入れ込んだ Maximo Park にしても、2枚目は結局一度しか聴いていない。もはや良かったのか、悪かったのかさえ記憶にない。本当は良いCDだったかも知れないのだが、すでにデビュー作で彼らを堪能しつくしてしまったために、新作でなんらインパクトのある感動が得られなかった、ということだろう。

一方で、ライブ道においても似たような傾向があることは否めない。そのバンドの2回目のライブを観るために、もう一度足を運ぶ、というのはオレの場合フェスティバルを除くとそうそうあることではない。

とはいえライブのほうは、そのバンドのライブパフォーマンスにハマると何度でも繰り返し観にいってしまいたくなるものだし、新人バンドのライブををタニマチ気分で通うということもあるだろう。だがしかし、「まあ、一回観ておけばいいか」というバンドが大半を占めることもまた事実である。かくして、まあそこそこお気に入りのバンドであっても、CDはデビュー盤のみ所有、ライブは一回きり、というバンドが自分自身のスタンダードではある。

最近久しぶりのセカンド・アルバムを発表した The Rifles も一見するところそういったグループに括(くく)られてしまいかねない連中だ。www.myspace.com/therifles www.therifles.net このバンド、意外となかなかキャッチーな曲を多数抱えたデビューアルバムを出しており、いまだに引っ張り出しては時々聴いている愛聴版のひとつだ。だがそんな彼らでさえ、すでに昔アイルランドのフェスティバルで一回姿を捕らえており、普通であればオレの中では典型的な「アルバム1枚:ライブ1回」バンドのひとつ、というのが正直なポジションだ。実際のところ、そのセカンドを購入しようという予定もない。

しかし、オレは2ヶ月ほど前、ひさかたぶりに、しかも今度は彼らがヘッドラインで登場するショーを観に出かけたのであった。なぜか?

はなしは飛ぶのだが、実はオレ自身声の通りが極めて悪く、更に「かつぜつ」も良くないという身体的欠陥を持っていてかなりのコンプレックスを抱えている。さすがに声の通りが悪い歌い手というのは世の中に存在しないと思うが、「かつぜつ」の良くない人は時々いるようだ。「かつぜつ」というよりは薬物摂取のためにろれつの回っていないように聞こえてしまう Pete Doherty氏のような存在は別としても、この The Rifles のシンガー、ジョエルの「かつぜつ」の悪く聞こえてしまうようなボーカル・スタイルはなんと表現したらよいのか。

実際に「もたつく」わけでもなく、本当に「かつぜつ」がわるいのかどうか判断がつかないが、ヤツの声がもったり聞こえてしまうことだけは確かだ。オレはそんなジョエルがいとおしいのである。身体的欠陥を持つ仲間として。なんとなく身障者仲間が健常者の世界でがんばっているのを応援したくなる、といった心境か。不適切な表現であればすいません。

で、このたびわざわざパリにまでやって来てくれたので、最前列で口の動きを確認しがてら応援することにした。セカンドアルバム・プロモーションツアーの一環にもかかわらず、1枚目から中心のセットはたいへんありがたかったです。なかなか盛り上がっておりました。結局なんというか、「かつぜつ」というよりは「声質」ですかね。どうやらジョエルは「健常者」のようだが、オレとしては今後も仲間としてつきあっていきたい。つきあっていきたい、というわりには新たしいアルバムを買う予定はあいかわらずないので、ゆるしてくれ。

The Rifles。 CD1枚、そしてライブ2回、ということで、オレの中でちょっとだけ特別なバンドになった気がした。

The_rifles

@ Nouveau Casino

左が身体的欠陥を克服して歌手になった、オレのヒーロー。しかし、彼の歌が「もっさり」していなければ、もう少し大きい成功を手に入れていたかもしれない。

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