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2009年9月

2009年9月29日 (火)

Oscar-U その2

< 2009. 09. 25 @ Aux Disquaires, Paris >

フランスで「オスカルさま」といえば、通常日本人にとっては『ベルサイユの薔薇』に登場するオスカル・フランソワのことだが、オレにとっての「オスカルさま」は Oscar-U というささやき系のおじ様(推定オレより年下)のことである。www.myspace.com/oscarufr 

ついにその姿をパリのうらぶれたライブハウスで捕えることができた。場所は奇しくもオスカル・フランソワがフランス革命で命をおとした(ことになっている)バスチーユ周辺だ。ここ数年来自分自身のテーマ曲だと勝手に思っている [London Baby London] をご唱和させていただきました。いい冥土の土産ができた、とおもう。

ところで、この Oscar-U氏が何者か、どうしても興味のあるかただけこちらをクリックしてください→ Oscar-U その1 別に何者でもないけど。今日のところはとりあえず以上、です。

Oscaru

@ Aux Disquaires

左のムッシューがOscar-U氏、右のお姐さんが「ロンドンベイビロンド~ン」の方である。

Oscar-U その1

2009年9月25日 (金)

Koko Von Napoo

< 2009. 09. 16 @ Le Cigal, Paris >

世界的に景気が低迷する昨今、ひとり気を吐いているのが我が本邦の誇る「ユニクロ」である。

何と言っても「近いうちに何兆円企業になるぞ」と気炎をあげている鼻息の荒さで売り上げを伸ばし、新事業を成功に導いているのだからたいしたものである。日本やアジアはもちろん、ロンドンでは都心部に何軒も店舗を構えて繁盛しているようだし、先ごろできたオックスフォード・ストリートの旗艦店はその他の有名ハイストリート系ブランドの店構えに比べても決して引けをとらない迫力だ。ここパリでもいよいよ都心に旗艦店を作る、というのでかなりの話題にもなっているようだ。

ところでオレのようなしがないサラリーマンからほめられても別段うれしくもないだろうが、オレは実際ユニクロには感心していている。なぜかというと、今をさかのぼること約10年ほど前、一度はイギリス進出を試みて大失敗し、ほうほうの体で撤収していった姿を同時代に現地で見ているからである。

当時一挙に英国中に多店舗展開をした彼らだが、冷やかし気分で訪れたロンドン市内のお店でオレのようなファッション業界には全く明るくない者ですら、「こりゃあダメだな」と思わずにはいられなかった。理由は簡単で、「よいものを安く」という趣旨はわかるが、その時代の英国の「はやりすたり」には全く関係ない品揃えだったからである。更に驚いたのは店内にあったカタログを見たときで、ユニクロの思想とも呼ぶべき能書きの文章が延々と書かれてあるだけで、なかなか商品がでてこないようなものだった。当時鳴り物入りで有名プレミアム系スーパーマーケット・チェーンから有能な英人マネージャーを引き抜いて現地側責任者に据えたものの、「日本側の経営陣は全然私の意見に耳を傾けてくれない!こんなところでは力を発揮できないよ。」と、あっという間に辞めてしまったのも有名な話だ。

彼らユニクロが日本で成功した体験をそのままロンドンにもってきて、どこまで通用するかチャレンジしてみたい、という心意気は分かる。だがそのチャレンジをイキナリ多店舗展開してコストを下げようとしたものだから、撤収が「大失敗」に見えてしまったわけである。

彼らが偉かったのは全店撤収ではなくて、ロンドン市内の数店舗だけ残し、営業し続けたことだろう。つまり、あんまりは儲からないけど、この国で成功するにはどうしたらよいかを細々とではあるが観察を続ける道を選んだのである。その結果、遅ればせながらではあるが、やはり流行に乗り、流行を作り出すようにならなければならない、という当たり前の結論に至り、そのための方策をいろいろと打ち出した、それが今日の再起の兆しに現れている、といえるのだと思う。

もっとも、これがほんとうのリベンジとして欧州での成功をみるかどうか、その結論まではまだすこし時間がかかるだろう。

やはり大きくブレイクするにはミュージシャンなどの人気者の支持が不可欠だ。数ヶ月前に読んだ英国の雑誌で The Teeagers の Quentin くん、インタビューに応えていた。「今ボクのおすすめは、ユニクロかな。ジーンズとか。American Apparel が大好きなんだけど、あまりにもみんなが着すぎちゃってるからね。すぐ『あのブランド着てる』ってわかっちゃうんだけど、ユニクロだとまだみんなに気がつかれない。」 

つまりは、Quentin くんが「みんなが着てるから、もうユニクロやめた!」というところまでくれば、セールス的には大成功ということだ。人気者でもあり、そしてハイストリート系ファッションを楽しむという普通の若者でもある Quentin 君のような存在はユニクロとしても大事にしたいところではあろう。まあ、「どう大事にするか」ってのが、商売上はむずかしいんだろうけどさ。ともあれ、そんな「ユニクロ」ファンのミュージシャンが増えてくることを祈る。まあオレもバーゲンで買うくらいしか貢献はできないかもしれないが、がんばってください。

ところでその Quentin くんであるが、さすがフランス人だけあって、本人的に一番好きなブランドは A.P.C というフレンチ洋品店であるらしい。オレは買ったことはないが、日本でも人気のあるセンスよいブランドとして定着しているようだ。上述の Quentin くんのインタビューでもこのブランドの服を着て登場していた。そしてこの A.P.C は今年 The Teenagers をはじめいくつかのフレンチ・バンドの申し出により、彼らと組んで、オリジナルのFrench Band T-Shirts というものをこしらえ、それを日本でも販売しているようだ。なかなかかわいらしいTシャツではあるが、オレの趣味である Comanechi T-シャツや、Let's Wrestle T-シャツとくらべると、目指すところにかなりの隔たりは感じてしまうが、もちろんオレは A.P.Cのターゲットには入っていないのだろう。

ともあれ、日本の A.P.C ではこのバンドT発売に合わせて、それらのバンドを日本に呼んでパーティをおこなったとのことである。したがって、もしかしたらすでに東京でライブを目にした方もいるかもしれないが、そのときの来日バンドのひとつである Koko Von Napoo の姿を彼らの地元パリで目にする機会があった。www.myspace.com/kokovonnapoo このパリでも人気絶大な Metronomy を観にいったら偶然前座で登場したのであるが、今年はブライトンの The Great Escape にも参加をしており、そのときは観ることができなかったが、気にはなっていた。

で、ライブ自体の採点だが、今ハヤリの80年代エレポップ系のサウンドは、決して悪くはないのだが、このくらいの実力をもつバンドは英国に行けばそれこそいくらでもいるような手合いでもあり、あまりもう一度観にいこうと思えるようなものではなかった。すでにUKツアーも行なっているようなので、「世界基準」で判断するとすれば、残念ながら及第点には及ばなかった。

もっとも、A.P.Cというすでに確立したファッション・ブランドが、その出自であるフレンチ感を日本でさらに増幅させるための「装置」としてはなかなか的を得た選択だった、ともいえる。フランスのバンドというのは、ファッションという世界からやはり切り離されて見られることがない、ということなのだろうか。

ユニクロが目指すのは「日本のブランド」という小さなものではないのだろうし、日本のバンドのTシャツみたいなことになってくると、また独善的で変な方向に行ってしまうかもしれない(ごく局地的に、フランス人には「日本のビジュアル系バンド」でも受けるかもしれないが)。ここは、ユニクロを支持してくれそうなバンドの連中の中からベストの選択でバンドTシャツをつくってもらいたい。その選ばれたバンド・リストの「センス」が外れていなければ若者のアイコンになると思うよ。イギリスでも。

Kvn

@ Le Cigale

客との掛け合いは当然フランス語。当たり前ですが。なんも分からんかった。

ちなみにオレが自分のセンス一発で購入したTシャツはこれ。良識ある店舗で売れるようなものではないことは知ってます。Letswretretshirt_2 Comanechi_2

2009年9月23日 (水)

The Duloks

< 2009. 09. 05 @ Offset Festival, London >

皆さんはドリフを生で見たことがあるだろうか?ドリフ。言わずもがなだが、あの「日本のモーガン・フリーマン」とも呼ぶべきいかりや長介氏が率いていたドリフターズのことである。

残念ながら、オレは見たことがない。だがしかしそれはオレが単に田舎の小学生だったからで、都会にもし住んでいたのなら、親に頼んで公開収録に行きたいとせがんでいたことは想像に難くない。うまくすれば一度くらい「ライブ」で「なんだばかやろう」や「うんこちんちん」(ネタかなり古し)を見る機会に恵まれていたかもしれない、とも思う。

ところで今日オレが本当に尋ねたい質問というのは、バンドとしてのドリフのライブを見たことがありますか?ということなので、なかなか「イエス」というひとは少ないだろう。ドリフターズがメンバーチェンジを繰り返してコミックバンド路線に舵を切り、そしてわれわれが良く知るメンバー構成になったのが1960年代の半ば。そのころ演奏していたジャズ喫茶でライブを見た人というのは今明らかに還暦近い方々だということになるからだ。

良く知られるようにビートルズの来日公演の前座で演奏したときの映像は、いまだにテレビでも時々目にすることがある。そのころの彼らはほとんどカバー曲中心に演奏していたということらしいが、おそらくそれより少し前は、いろいろとオリジナルの曲もあったということである。

さてそんな、オリジナル曲を演奏しつつ、合間にコントを入れるようなライブを行なって人気を博していたであろうドリフを、おそらくは生演奏で聞いていたひとたちも世の中にはいるものなんだよなあ、どんな曲やってたのかなあ、などとふと想像してしまうような経験をした。

このところ局地的ではあるが徐々に話題になってきた女の子3人組 The Duloks www.myspace.com/theduloks 曲、言動そしてビジュアルと、どれをとってもコメディタッチではあるが、もちろんバンドとしての評価が高いのが魅力である。最近リリースされたデビューアルバムの評価はNMEで8点。ほぼ同じ時期のMUSE新譜が6点、アークティック・モンキースの3枚目が7点であることを考え合わせれば、なかなか将来を嘱望されていることがわかるというものだ。

9月の最初の週末、ロンドン市内からすこし北東部にぬけた公園でひらかれた、Offset Festival というイベントで、オレが楽しみにしていたバンドだ。このイベントは今年で2年目、土日の2日間で150近いインディー系バンドが中心となって7つのステージで演奏するというもので、オレは1日しかいなかったがそれでも25バンドほども楽しむことができた。もちろん The Futureheads や Metronomy、そしてThe Horrors なんかもでてくるので、全くの無名バンドだけというわけではないのだが、そのほとんどは今回初めて姿を拝んだような連中であった。

今回とらえた彼らのステージは相当衝撃的で、これはいかにNMEのアルバム評価がたかかったとしても、やはりライブを見てなんぼ、のまさにライブバンドと呼ぶべきものであったといえるだろう。

基本的にはいい加減な体操着みたいなものを着てでてきては、変なステージアクションをとり、ネタ満載の歌をうたうこと自体ですでにオモシロイのだが、かれらの真骨頂は基本的には「客いじり」にあり、しかも半分以上の曲ではステージから下りてきて客の真ん中で行なうので、気の小さい者にはまったくもって向いていないライブである。

われわれ観客が食らったのは、たとえばこんな感じだ。

「えー、今日は客席に友人の○○君が来てくれていま~す。こっちへどーぞー。彼はインド人なんだけど、顔、まっくろだねー。今日の会場で唯一顔の黒いひとですー。ずいぶん勇気あるなー、おまえ、こんなとこやってきて。」(みんな笑って、インド人本人も笑っているが、オレ自身も有色人種なので、やや引きつる。)

「今日は実はお客さんの中にシークレット・セレブリティがきてくれていま~す。」 すこしどよめく場内。「紹介します。△△(というバンド)のドラマー××君でーす。えっ!?みんな△△知らないの?」(このイベントは参加者6000人-推定-中、参加バンドのメンバーが1割くらいいるというバンド仲間感満載のフェスティバルで 、みんな「セレブって誰だ?」って思ったらその辺にうじゃうじゃいるバンドのお兄ちゃんだった、というオチで、指された本人は衆人注目でとても照れていた。そのあと、ステージ前まで引きずり出されてさらにいじられていたのは言うまでもない。)

一曲終了後、突然ドラマーがいちゃついている観客を発見して「なんだなんだなにやってんだ、そこ!」 それをうけてフロントのお姐さんが後を引きついだ。「なんだって?今晩はテントの中でコンドームがないけどいいかい?って、こっちが真剣に演奏中にそんな相談すんじゃねー。」

全てこんな感じでノンストップのステージは進んでいくのであった。

オレはいじられまくっている観客の皆さんの心情に思いを寄せ、こちらにタマが飛んでこないように身をかくし、しかしそれらの一部始終を見逃さないように機敏な臨戦態勢を取っていたため、面白かったのと同時にモノスゴク緊張した。終わってみたら曲の印象があまり残っていなかったが、これはオレ自身が彼らのライブにまだまだ十分追ついていけていなかった、自らの力のなさの証拠に他ならない。

だがしかし、何かひとつの時代の生き証人になったような気がなんとなくだけどした。ドリフの初期ステージを見ていた人も、もしかしたら同じような気持ちを持ったのかもしれない、と根拠無くそんなことを思った週末だった。

Duloks2

@ Offset Festival, Guiter Hero New Bands Stage

ちなみに今年になってからメンバーチェンジがあり、新しく参加のキーボードの方は Abi Makes Music www.myspace.com/abimakesmusic  という活動をしておられるようで、全く偶然ながら2年以上前に一度ソロ・ステージを拝見したことがあります。いわゆる「見た目天然」の方でした。こういう特異な才能というか業の深そうなキャラの人々が少しづつ自然に集まってはくっついていく東ロンドンの奥深さを感じないわけにはいかない。

他の観客が撮った当日の様子を Flickr で発見したぞ。 →コレ

あと、当日の様子を YouTube で発見。 [Bad Vegetarian] という名曲です。ちなみにオレの顔も観客の中に一瞬写っているのを確認。

それからこの [Octopus in Love] という曲ではタコ踊りを披露してくれたのがこころに沁(し)みた。

●コメントバックできないので、追記します。

なんとなく、あたっていると思います。首だけ浮いてます。

2009年9月 2日 (水)

The Big Pink その2

< 2009. 06. 26 @ The Queen's Head, Glastonbury Festival '09 >

< 2009. 06. 27 @ John Peel Stage, as above >

さて、ノエル・ギャラガー氏脱退宣言を受けてオアシス解散か、などということになっているらしいが、いまや何の驚きも感動もない出来事ではある。しかし一週間前の英国Vフェスティバルで恒例の「ドタキャン」が発生したにもかかわらず、この週末のパリ公演にけなげに足を運び、挙句のはてには開演直前のラストミニッツ・キャンセルを食らったフランス市民のみなさまの無謀な期待にはこころからお悔やみ申し上げたい、と思う。やられましたね。

さて、Vフェスティバルの翌日だったか、「のどを痛めたため」にキャンセルせざるをえなかったというリアム・ギャラガー氏のコメントが、NMEのウェブ・ニュースに載っていた。彼の発したメッセージはふたつ。ひとつは参加してくれたファンに対する謝罪。そしてもうひとつは、オアシスの不参加を受けて彼らの曲をステージ上でカバーしてくれたいくつものバンドに対する感謝の気持ちである。今回のVフェスティバルでは、スノー・パトロール (Snow Patrol)、キーン (Keane)、そしてMGMTなどのフェスティバル参加バンドがオアシスの曲をそれぞれカバーしたらしく、そのことに対して謝意を述べたのである。

もっとも彼のコメントにあったとおり、「俺はそのうちいくつかのバンドにはかつて『クソ』よばわりしたけどな」ということで、昔リアム氏にボロクソに言われながらも皆さん有事の際の助け合い精神というか、尊厳ある人間の態度というのを示したものなのであった。「いくつかのバンド」が誰なのか定かではないが、まあおそらく「キーン」は当確、で「スノー・パトロール」は当選圏内であろう。オレはよく知らんが。

で、これは美談と言えなくもないが、オレはカッコ悪い、と思う。別のインタビューで「これで本当の『仲直り』さ。リアムには自分達のプロデュースをやってもらいたいよ。」と言い切った、キーンのメンバーが、ではない。自分達がもしかしたら本当は『クソ』であるかもしれないのに、他人を『クソ』呼ばわりしたはてに、「今回、敬意を表する」とのたまったリアム氏が、である。世の中誰の助けを借りて生きていくか分からないのに、直接被害を受けたわけでもない他人の実名を挙げて中傷誹謗するのはいかがなものか、とも思うし、世の中キーンやスノーパトロールを「カス」だと思っていながらも、オアシスはもっと「うんこ」だと思ってる人も多々いるわけなので、そういうことに想像力が働かないクリエーターやアーチストには限界があると思うのである。

そんなことを考えていたら、先週のNMEの記事のことを思い出した。

今年何かと話題の The Big Pink であるが、いよいよ待望のデビューアルバムが発表されることになった。実は、このアルバムには彼らが世間広くの注目を集めるに至った、とあるシングル曲が収録されておらず、その記事ではバンドのメンバーが理由を述べていた。いわく、「あの曲はサビがスノー・パトロールみたいなカンジだったんで、ちょっと考えてアルバムに収録するのやめた。」だと。もちろん、ここでスノー・パトロールの名前はあくまで否定的な意味で使われており、要は、売れ筋狙ったような歌に聞こえるので、「作品」としてのアルバムには入れたくないと思った、ということだろう。

この思考回路の是非はともかくとして、ここであえて出す必要のない「スノー・パトロール」の名前をなぜ唱えなければならないのか。この文脈で意図を伝えたいのであれば、そのバンド名を出さなくてもぜんぜん通じるはずではなかっただろうか。

今年のグラストンベリー・フェスティバルで、期せずして彼らのステージを2回も観ることができた。シューゲイザーと言ってもなかなか守備範囲はひろいだろうが、このバンドの曲調には比較的ヘビーなものが多く、特にライブにおいては、ときどき演奏されるキャッチーなフレーズで我に返る瞬間がこのバンドの好き嫌いを決定付けるような気もする。シングルヒットしそうな音をときどき持ってくることは、「原理主義者」からの支持はあまり得られないかもしれない。しかし、スノー・パトロール調のリフかどうかはともかく、耳を引きやすい音もまたこのバンドの持ち味のひとつといえるだろう。であれば、「スノー・パトロール」だけをはずすのも、なんかかわいそうでないの?

自分の放ったコトバがみずからに帰ってくるのはリアム氏の「カッコ悪い」例をひきだすまでもない。自分と価値観の違うミュージシャンに対して名指しで非難めいた言動を取ることは、おなじミュージシャンとしは慎まれたほうが賢明であろう。このバンド、日本人の準メンバーの方もいるようなので、和をもって尊しとなす精神をぜひメンバー間にも説いてほしいと切におねがいいたします。

Bp

@ John Peel Stage

それにしても、「ボクは売れる曲を作る!」と宣言したスノーパ・トロールのようなバンドの行く末は、つねにこうした揶揄の対象であろう。もちろん今やオレも彼らの新譜を買うことはないが、最初のアルバムを買ったころは「通受けのいいバンド」という世間のイメージだったのになあ~。自分の中で「スノー・パトロールみたいな音」というのは、そのころの佳曲のことを指すのであって、The Big Pink がアルバムから省いた自らの曲ともまた違うような気がするのである。

● The Big Pink その1

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