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2009年10月

2009年10月31日 (土)

Camera Obscura

< 2009. 10. 16 @ La Moroquinerie, Paris >

さて、ライブ道をライフワークとするオレにとって、世の中で最も興味のないことの筆頭に来るのが「サッカー」である。

もうすぐ50歳を大台を迎えて「天命を知る」に違いない年齢に達した昨今、いまだに「オフサイド」の意味を理解していないというのもいかがなものかとは思うのだが、ここまでくると意地もあるので、生涯サッカーのルールを解しない老人として死んでいくのが、ささやかながら開き直ったオレの夢である。まあ、自分にとってのサッカーとは、その程度の存在でしかないということだ。

もちろん、サッカーファンがパブで衛星中継放送を見ながら嬌声を上げるさまを見るのはほほえましいし、UK音楽フェスティバルの会場でお約束となっている「プレミアリーグ、今日の試合結果」がメインステージで主催者からマイクで発表されるたびに歓声とため息が湧き上がる光景も風物詩として楽しめる光景だ。もちろん、フーリガンの皆さんが興奮して会場を燃やしたりするさまをテレビで見るのも、血わき肉おどるイベントだといえるだろう。

とはいえサッカーと言えばなんとってもワールドカップだが、まあはっきり言ってオレの人生にはまるっきり関係ない世界での出来事だと考えている。従って、自分にとって生まれてはじめてのサッカー観戦が1998年のワールドカップ・フランス大会、決勝のフランス対ブラジル戦をサン・ドニの新スタジアムでの得意先接待(こっちが接待する側)であったこと自体、いまやほとんど記憶の中にのこってもいない。もっともそのときオレが座ったのは、最端の隅っこであったため、「せっかくこんな話のタネになるような試合を見るのなら、頼むからテレビで見せてくれ」と真剣に思ったものである。なんだかよく分からないうちに試合は始まり、そして終わっていた(ようだ)。

ただそのとき思ったのだが、どうせ見るんだったら、スコットランド・チームの試合を見たかったなあ、とふと頭によぎった。

サッカーのスコットランド代表。後から調べたらそのフランス大会を含めてワールドカップに8回出場し、すべて一次リーグで敗退している悲しい連中だ。そいつら自身に対する興味はもちろんなかったが、そのときのオフィシャル応援歌がなかなか心を打つものであったのだ。

Del Amitri のうたう [Don't Come Home Too Soon] (←もの悲しい名作PVです)。とてもナショナルチームの応援歌とは思えないほどに哀愁を帯びた曲調は置くとしても、「お願いだから、あまりはやく帰ってこないでね。」とはいったい何ごとだ。この歌を合唱するサポーターの切ない歌声が仮にスコットランド戦の試合会場を覆っていたとすると、さぞや相手チームも度肝をぬかれたに違いない。そして肝心のナショナルチーム自身も、切なくがんばって、そして散っていたであろうことを想像すると、やはりフランス大会で最も見るべきはスコットランド戦ではなかったか、と思うのだ。いずれにしても、ワールドカップ・オフィシャル応援歌史上における金字塔というか、最高傑作だとオレは考えている。そしてそれは、Del Amitri の才能もさることながら、スコットランド特有のちょっぴりうら悲しい調べと、そしてそれを応援歌としてよしとする「国民性」のなせる業だと思うのである。

来年開かれるワールドカップ南アフリカ大会。先月終わった欧州予選でフランス大会以降出場を果たしていないスコットランドチームはまたしても力尽きて敗れた。つまりわれわれは、Del Amitri 以来となる、こころに深く染み入る「スコットランドチーム・オフシャル応援歌」の誕生を、今回も逃してしまうことになったのだ。

残念ではあるが仕方ない。ライブ道としては、スコットランド・チームのご冥福をお祈りするべく、パリにやってくるスコットランド人ミュージシャンのライブを立て続けに訪れては、仮の応援歌というか、オレだけの「スコットランドチーム」応援歌をさがしに出かけたのであった。

以来、先月から今月にかけて、1990's Malcom Middleton 御大のステージを観たが、共によいライブではあったものの、スコットランド・チームの応援歌としては帯に短し・・というのが正直なところであった。前者は、もしかすると、実際にいい応援歌になってしまいそうで、ひょっとするとチームが本当に勝ってしまったりするのではないか、という恐れがなくもない。後者は、これは初めてライブを観たのだが 、さすがにここまでしんみり、「泣き」のスコットランド感100%を出されてしまうと、本当に敗戦選手たちの鎮魂歌になってしまうなあ。キツイ酒が飲みたくなる感じである。

そんなことを思っていた矢先、先日これも初めて姿を見たグラスゴーの中堅 Camera Obscura の歌う、非常にスコティッシュな、すこし元気で、それでいてすこしもの悲しい旋律は、演奏開始から瞬時にしてオレから「オフィシャルチーム応援歌」を歌うにふさわしいバンドとしてのOKサインを獲得したのであった。  www.myspace.com/cameraobscuraband 会場は人のよさそうなフランス人観客で満員のほのぼのとした様子であったが、歓声も大きく、なかなか人気のほどを見せつけられたかっこうだ。

ライブも後半になって、ボーカルのトレーシーアンが曲の紹介しながらつぶやいた珍しい一言が、オレの「ナショナルチーム応援歌を歌う資格のあるバンド」という判断に間違いがなかったことをなんとなく教えてくれたような気がした。

「今夜のこの会場(パリ)にもスコッツは観にきてくれているのかしら?是非、彼らのために一曲歌いたいと思います。」

Co_2

@ La Maroquinerie

演奏中「歌詞を忘れる」という大ハプニングがあったが、観客のやさしい応援で、もちなおした。日常生活でオレには厳しい態度を取るフランス人達も、彼らにはなぜか優しい。スコットランドチームの応援歌は、相手チームのサポーターをもほのぼのしんみりさせてしまうものでなくてないけない、と確信した。

年明け一月には初来日だという。

●ににさん、コメントありがとうございます。ライブ求道、活発にご活躍のことと拝察いたします。

そうですか、The Drums 観たんですか~。うらやましいです。評判高いみたいですよね。曲もおもしろいし。実はここのところ The Drums ならびに Girls 、Fuck Buttons と、ぜひとも押えておきたい新顔連中を立て続けに見逃しており、ちょっとしょんぼりしてます。ご縁をつなげておくために、先日レコード屋の店頭で、The Drums の7インチシングルだけ購入しました。プレーヤーがないんで、聴けないんですけどね。でもこうやって「お布施」を施しておくと、不思議とまた観る機会がめぐってくるものです。ただ同時に、こうした「願掛け」の効果を損ねないためにも、縁起の悪いライブはできるだけ観ないように気をつける必要がある、とも考えていますが。

ちなみに明晩(フランス11月5日)パリで Hockey がヘッドラインを務めるイベントがあります。自分がブログでけなしたバンドには「妖気」を感じるのでもちろん観に行きませんが、チケットは売れ残っているようです。

●ににさん、応援ありがとうございます。励みになります。

James Yuill のエントリーにも書き足したんですが、やはりライブにおけるステージ上の「踊り」や「動き」というのは人々のこころを揺さぶる大きな要素ですよね。ライブ道も突き詰めていえば、究極の「動き」を探す旅なのかもしれないと思っています。The Drums のくねくねを生で体感し、そして習得できるように修業したいと考えています(ひとまえでは披露しませんが)。

2009年10月17日 (土)

Hockey

< 2009. 06. 27 @ John Peel Stage, Glastonbury Festival '09 >

今年の初夏のころ、田原俊彦氏が23年ぶりに『自叙伝』を出版したらしいが、はたして日本では話題になっていたのだろうか。タイトルは『職業=田原俊彦』というらしく、中味を読まなくても氏の頑ななまでの自信にあふれた信念が伝わってくるようで、歳相応に分別のつきすぎてしまった中壮年同世代のオレからすると、この表題を見ただけで軽いめまいをおぼえそうな、どんよりしたエネルギーがこちらに伝わってくるのを感じてしまう。よく言えば「信念の人」ということか。まあ、問題はそんな「信念」に関心のある人が、残念ながら世の中的には皆無に近いであろうことを本人が認めたがらないように見えてしまうことである。なんというか、もっと良い方向で「過去の人」になるやり方もあったのではないか、とそんな気がしてならない。

ところでその本が出版された同じころ、オレは偶然にも田原俊彦氏のことを思い出していた。青空広がる今年のグラストンベリー・フェスティバルの会場でのことだ。

日本のテレビを10年ほどほとんどみてないので想像で言うのだが、おそらくいまどき「トシちゃん」のバカものまねで「あははははははは~」と例のおなじみのヤツをやってくれる芸人さんはほとんどいないだろう。だが今をさかのぼること田原氏全盛期には、「トシちゃん」のバカまねはお笑いさんの定番中の定番だったことを皆さんも覚えているはずだ。なかには本人を目の前にそれをやってドツかれていたつわもの芸人もいた記憶があるが、要は「トシちゃん」しゃべり、「トシちゃん」笑いというのは、一歩間違うと放送禁止感の漂うヤバい方向にさえ行ってしまいかねないほど、ネジの足りない人の代名詞と化しいていたのである。(類例:たこ八郎)

今年も早々とBBCジュールズ・ホランドのショー「Later」に生出演していた期待の大型新人 Hockey であるが、その番組を見ていたときはすこし「いかがなものか」感が漂っていたものの、Xfm で毎日毎日流れてくる曲を聴いているうちに、うーむこれはこれで今年のハヤリものとしては抑えておいた方がいいかな、ぐらいの気持ちにはなっていた。www.myspace.com/hockey  www.hockeyband.co.uk その日のグラストンベリーでオレがはり付いていた John Peel Stage に彼らが登場するというので、引き続き残って姿を確認することにしたのである。

出だしは・・・可もなく不可もなくの滑り出しか。まあ期待以上でも以下でもないものだったので、そのまま終わればこの「ライブ道」レポートに登場することもなかったかもしれない。

だが、最初の曲が終わってボーカルの Benjamin 氏が観客に語り始めたとき、オレの腰はくだけた。コイツ、「トシちゃん」しゃべりだったのである。詳しい内容は記憶してないが、だいたいこんな感じだ。→(トシちゃんものまねふうに)「ははっ、えっとねー、やっぱねー、ははは、今日はサイコー。」

これはいけません、これは。オレはそそくさとテントの外に撤収、チェアーを広げてぐったりと背中すわりしながら次の登場バンドを待つことだけに神経を集中させようとした。「可もなく不可もなく」と書いたが、オレが「せっかく観るのだからそうあってほしい」と思い込んでいただけかもしれない。だから曲を聴いた瞬間に「ヤバイッ、やっぱり選択を間違えていた!」とおもったことで、Benjamin の言動に、より厳しく臨んでしまった、ということはあるかもしれない。

まあ、個人的にはハズしたライブだったが、コイツにトシちゃんの名曲を歌わせたら面白いんじゃないかな、とか、Hockey の曲自体、けっこうトシちゃんの歌に似てんじゃねえの?などと考えていたら、いつのまにかステージ終了してました。

 Hocley2

@ John Peel Stage

♪「バイッバイッ、哀愁ディ!」

そういえば、アルバムの評価はNMEで10点満点中たしか4~5点というきわめて中途半端でどうでもよい得点であった・・・。

2009年10月14日 (水)

Man Like Me

< 2009. 10. 01 @ L'Alhambra, Paris >

< 2009. 10. 09 @ Round House, London >

現在のイギリスで「国民的バンド」といえば、いったい誰のことを思い浮かべるだろうか?もちろんいまでも姿を見ることができる連中、という条件の中での話しだ。

しばらく前に再結成ツアーを行なっていた Police なんかだと、あれはやっぱりバンドというより Sting を観にいく、ということになるんだろうか?U2 は「外国人」であるという以前に、「国民」というよりは「世界中の偉い人」のほうを向いているバンド、といえるだろうし。まあ、Sting にしても Bono にしても、世界的森林資源を守ったりあるいはアフリカの貧困撲滅を目指したりなど、なんとなく上から目線で壮大且つ正しいことを説教しているように見えてしまうのもいただけない。やはり「国民的」というからには地元に足のついた感じというか、親近感がないといけないのだと思う。

以前イギリスのTV番組の中で、道行く住人へのインタビューを見ていたときのことだ。マイクを向けられたその人いわく、「えっ!?Radiohead ってイギリス人なの?わしはアメリカ人だとばかり思い込んでたよ。」という恐るべきシーンに遭遇した。英国人とはいえ、音楽にそれほど造詣の深くない人たちからこのような発言が出てしまうのは、いたし方ないことなのかもしれない。もちろん、たとえこうした事実があっても Radiohead が持つその価値をいささかも損なうものではないだろう。しかし、ではあるがこの事実をもってして、オレは 彼ら を「イギリスの国民的バンド」とは呼びたくない、とそう思うのである。「国民的バンド」-それは単に「有名」で「高評価」、「影響力がある」というだけでは十分ではない、特別の栄誉を持った呼称なのだという気がするからである。

さて、ではいったい誰がその「国民的バンド」という呼び名に値するヒトタチなのか?オレの意見では Madness を置いて他にいない、というのが本日の結論です。

Madness。80年代の前半から中盤にかけて200週以上にもわたって数々の名曲を英国のチャートに送り込んでいた連中。当時のラジオのリスナーは、Madness の曲が流れてこなかった日はなかった、というくらいに強い印象があるのではないか。そしてなにより Suggs をはじめとした愛すべきキャラクターの面々も取り変えのきかない魅力だろう。そういえば何年も前、その Suggs も出演していた「Our House」というその名も彼らの屈指のヒット・ナンバーから取ったミュージカルをウェストエンドまで観にいったことがある。全編 Madness の曲をフィーチャーしたこのステージは、観客の紳士淑女もスタンディング・オベージョンで感動のうちに幕が閉じたことを覚えている。

幅広い層からの人気、楽曲のよさ、愛すべき個性、そして今年もオリジナルメンバーによる再結成で各地各国を熱狂につつんでくれた精力的な活動など、そういった理由で彼らを「英国の国民的なバンド」の候補と呼ぶのに不足はないだろう。しかし、加えてここが決定的だと思うのだが、Madness には強力な地元密着感というか、「ご当地」感があることが、彼らを「国民バンド」たらしめている最大の要因だと思うのである。

ミュージカルの「Our House」においても、その設定は当然彼らの出身地ロンドン北部のケンティッシュ・タウンだ。ステージの小道具の道路標識にはしっかりと「NW5」(Kentish Town の郵便番号)と書かれていた。もちろん、「Our House」という楽曲自体世間はみな彼らの「地元」のことが歌われているのだと知っている。そして Madness にはその名もずばり [NW5] という名曲さえもある。さらに彼らの代名詞ともなっているのがケンティッシュ・タウンのとなり街、カムデン・タウンだ。そこで初めてのライブを行なって以降、彼らはカムデンを根拠地としていたらしい。だから Madness といえばカムデン、カムデンといえば Madness というイメージが世間に定着しているのだと思う。そして、ケンティッシュ・タウン~カムデン・タウンというロンドンやや北部の狭いエリアに彼らの思い入れが集約し、地元に対するキモチが伝わってくることこそが、彼らに This Is England な「国民的バンド」として疑いのない支持を与えているに違いない、と考えているのだがどうだろうか。

さて、その Madness が初めてライブを行なった場所として有名なのが Dublin Castle というパブ兼ライブハウスである。当然ながらというか、店内には Madness の写真が飾ってある。比較的よく訪れる場所なのだが、店内に足を踏み入れるたびにオレは思うことがある。「80年代の Madness に会いたかったなあ、ここカムデンで・・。」オレはリバプールのキャバーン・クラブでビートルズのデビュー当時を観てみたかったなあ、などと夢想することはない人間だが、大学生だった20歳当時になんでカムデンに Madness を観に行こうとは思わなかったんだろうオレは・・・・などいった後悔はするのであった。レコードは家で毎日聴いていたのに。そんな負のエネルギーがオレの現在の「ライブ道」へのモチベーションになっていたりするのかもしれない、とも考える。

さて、いつも以上に能書きが長いのであるが、今月に入って今年のマイ・ベスト・ライブバンドに偶然出合った、というのが今日の本題だ。

Man Like Me www.myspace.com/manlikemeパリで VV Brown を観にいったら前座で登場してきた連中だ。その存在は以前から知っていたが、なんとなく食わず嫌いであった。自分の守備範囲の音楽をやっている連中ではない、という先入観があったのだ。だが、彼らのステージは主役の VV Brown を完全に食ってしまった、といってもいいだろう。オレも含めて観客のほとんどは彼らのことをよく知らなかったに違いないにも関わらず、だ。表現が適当でないことを重々承知の上で書くと、しかも打ち込み主体の Man Like Me の音楽とくらべてそれほど共通性があるわけでもないことも知っての上で言うのだが、むか~し初めてカムデンあたりで Madness のライブを観た人は、たぶんオレやその他の観客が、今日 Man Like Me を観て思ったのと同じような印象を持ったのではないか、今夜はいいライブを観たなあ、と感慨にふけったのではないかと想像したのである。そしてステージが充実していたことに加えて、いいバンドに出会えてよかったなあ、とオレは思った。同時に、たしかに80年代初頭に Madness を見る機会は逸してしまったが、今日こうして Man Like Me のステージを観られたからよかったではないか、と、そんな風に思ったのである。

ところで実際のところ彼らの出身地はロンドンのカムデン・タウン。いくつもの曲の歌詞に「Camden」の名前が登場する。今はもう貼り付けていないが、少し前までは彼らの MySpace に自分達がリミックスした Madness の [NW5] が乗っかっていた。しらべたところ、今年の夏の Madness の大型コンサートでも、前座を務めていたらしい。なんとなくノースロンドンご当地バンドとして世間的にも Madness の継承者としてみられているのであろうか? 両者の音楽性に共通項は少ないと書いたが、ラップ・ダンス・インディ・R&Bなどがミックスされた彼らのサウンドは、実は本当に「スカ」を中心にごった煮状態だった Madness サウンドの現代版なのかもしれない。だがそうした音楽的な側面よりも、ライブでの面白さ、あるいは愛らしい動きなどといった要素の方があえていえば「Madness」風と呼べるような気がした。最初は怪訝な顔で見ていた観客が(オレも含め)最後には鳴り止まない拍手と歓声を送っていたのだから、その「後継者」にたとえられる素質は十分といえまいか。

Man Like Me 。彼らが今後「国民的バンド」に成長するかといえば、それは難しいのかもしれないとは思うが、ぜひ応援はしていきたい。パリの直後、今度はカムデン・タウンで(再び別なバンドの前座として)再度彼らの姿を捕えることができた。期待通りに楽しめた、というだけではなく、新しいカムデンのローカル・ヒーローの登場を地元で応援できたのがよかった。なんとなく Madness の雪辱を30年近くたってようやく晴らせたような気がした。

Mlm1

@ L'Alhambra

Mlm2

@ Round House

この日のカムデン Round House ではメイン・アクトがおしゃれサウンド・クリエーターの Zero 7。観客の大半はうっしっしなかんじの若い男女のカップルであった。 Man Like Me のステージが彼らオーディエンスの度肝を抜いたのは間違いない。Chav系ファッションも相当場違いだしな。だが、ステージが終了時には大歓声を受けていたのはオレの予想通りであった。

PVも「捨てビデオ」無し、アルバムを買ったが「捨て曲」なしだ。だが、ライブはもちょっと面白いぞ

●アリさん コメントありがとうございます。 

カムデンのバス停あたりに、大麻売りの黒いヒトタチが半無尽蔵にいるのはまったくも困りものですよね。個人的にはあのへんの路上で酒を飲んでは突然奇声を発する大量の若者群のほうがイヤですが・・・。ただ、警官に歩行飲酒をとがめられ、酔った勢いで威勢をはるものの、警官から「そうですか・・・。じゃあ、罰金500ポンドね。はい。」といわれた瞬間、ちっちゃくなって缶ビールをゴミ箱に捨てる若者達の姿を見るのはたのしいカムデンでのひとときです。

●ににさん コメントありがとうございます。 コメントバックが遅くなってすいません。昨年末PCが何の遺言もなく突然死され、しばらく荼毘(だび)に伏せっておりました。今日(1月5日)から復活です。これまでブログで放った自らの暴言が招いた呪いが原因かと思うと、今年は地球にもミュージシャンにも優しいブログにしていかなければ、と決意を新たにするおもいです。というか、大人なんだからウィルス対策くらいこまめにするようにいたします。さて、MLMのガレージ、ぜひとも楽しんできてください。絶対楽しめるとおもいますよ!このライブ道も会社をサボってぜひ駆けつけたいものですが・・・。ちなみに Drums は2月のパリ公演へ、入念なる若作りの上での参加を予定しています。

●ににさん DRUMS鑑賞にそなえた的確なアドバイスを頂き、どうもありがとうございます。衣装棚を精査し、できるだけまちがいのないパーカーでトライしたいと考えています。ところで大学で売っていそうなモノが手元にない場合、私のお気に入りのこの意匠のスウェットでも大丈夫でしょうか?↓

Oeuf_oeuf

タモさんがジャージ着てます。ブリックレーンで発見したものです。そうですか、やっぱりダメですか。

●ににさん、いつも素敵なアドバイスありがとうございます。チェックシャツは TOPMAN で買ったものがあるので、それにします。まったく同じものを着ている若者をレディングフェスティバルで3人見ました。全員16歳以下だったと思います。わたしの年齢の3分の一以下です。そんなんでもよいでしょうか。

それはそれとして、おととい Delphic を久しぶりに観ました。間近(1メートル)で楽しめたので、良かったです。昨日は Local Natives に出かける矢先、得意先の社長から「飲みに行こうよ」電話が・・・。サラリーマンの悲しいところです。今晩は The XX、なにがあっても観にいかねばならないと、気合がはいってます。昨年見たバンドのなかでは個人的ベストアクト・ランク2位(1位はMLM)だったので、いずれブログで書くつもりです。ただ、ちょっと連夜のとばしすぎで、寿命を縮めているような気がしてなりません。

2009年10月 1日 (木)

Reverend and the Makers

< 2009. 09. 17 @ La Maroquinerie, Paris >

「アニキィ、腹ぁちっとばかり出っ張りすぎでねえの?」

自分と比べて親子ほど歳の離れた若造がシャウトする姿を目の前にして、オレはそいつを「アニキ」よばわりをしながら独りでつぶやいた。先日パリのライブハウスで The Reverend こと Jon McClure 尊師率いる The Reverend and the Makers のステージを観たときのことである。www.myspace.com/reverendmusic www.iamreverend.com

オレが「アニキ」と呼んだのは、Jon McClure師が Arctic Monkeys の例のアルバムジャケット青年のお兄さんであるということが理由ではない。あるいは彼が一時期 Arex Turner とフラットシェアをしていたからといって、「男同士」系のアニキを疑っている、ということではもちろんない。彼が自らを「大口たたき」と言ってはばからない上に、The Reverend (牧師)と自称して周囲の迷える者たちに導きを与えようとステージ上で尊大なアクションを繰り返す姿を見て、おもわず「アニキ・・・」と口から出てしまったのだ。

たとえば観客に盛り上がりを強要するように、両手を広げてすばやく何度も上にしゃくりあげるしぐさ、にらみを利かせながらステージ上を無意味に徘徊するすがたなど、何をとってもイタイほどに「アニキ」感100%の男であった。それに加えてまじめに「二枚目系」のバンドをやってる人間とは思えないほにでっぱったビール腹を見て、オレはかなりたじろぎ、そしておもわずつぶやいてしまった、というわけである。

2年ほど前にちょっとしたブームとなり、デビューシングルはUKチャート8位。来日もこなし、サマソニでも姿を拝んだ人もいることだろう。ところで時は流れてこのたびリリースされたセカンド・アルバムはいまひとつ話題になっておらず、なんとなく「旬」の過ぎてしまった人たち、という感じは否めない。その夜、La Maroquinerie というライブハウスで月イチで開かれているインディバンド・イベントで、彼らはトリを務めていたのだが、このイベントとしてはかつてないほど集客上もさびしいものであった。そんな中での尊大な「アニキ感」と、彼の思いっきり出っ張った腹が、えもいわれぬハーモニーを生み出し、うら寂しい雰囲気づくりにたいへん貢献をしていたのである。なんとなく痛々しい様がオレの涙を誘い、演奏の途中で家路に向かうことと相成ってしまったのである。アニキィ、ちょっとばかりイタかったよ・・・・。

しかし、家に帰ってから落ち着いて考えたのだが、見方を変えてみれば、こうもいえるのではないか。すなわち、Jon McClure 師は一瞬かがやいては消えていくタイプの人間ではなく、ローカル・パブでビールをノンストップで飲みながら若いヤツラを説教してくだをまいているワーキング・クラスの親父を代表する歌手として、これからもず~っと説教オヤジ系シンガーをつづけていくのではないか。そしてアルバム2枚目にしてすでにそっちの方向に人生の舵を切り定めたために、もはやビール腹は必要不可欠な必須アイテムなのだ、と。そんなオヤジを必要とする人たちは少ないかもしれないが、これこそがまさに英国の風物詩とでもいうべきパブオヤジ(労働者階級)だと、みんなそれとはなしに思っているにちがいない。なんとなく「いてもらいたいミュージシャン」としてポジションを確立しつあるように思うのである。

イタさがつきまとうのは致し方ない。この寂しさ漂う感じこそがが本当の意味でのワーキングクラス・ヒーローなのかもしれない。(英国限定)

Rm

@ la Maroquinerie

宍戸錠は悪役顔を作るために頬にシリコンを入れたが、我らのアニイは説教パブオヤジ腹をつくるのにビールを飲み続けたに違いない。ナチュラル・バイオ志向と見た(意味不明)。

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