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2010年2月

2010年2月27日 (土)

The Band Of Holy Joy

< 2009. 10. 10 @ The Vortex Jazz Club, London >

昨晩も、いつものようにライブを観にいった。けっこう若手のバンドだったので、当然観客の皆さんの年齢層も若い。バンドもオーディエンスも跳んだり跳ねたりと、元気なものである。若いっていいなあ、とはあえて言わないが、この歳になると3バンドも立ち尽くして観るのは正直身体にキツイ。家に着いたらヨッコイショ、だよ。ホント。いったいいつまでこんなことやってんのかなあ、オレ。

もっとも、いったいいつまでこんなことやってんのかなあ、と思うのは、バンドの皆さんの姿を見るときも同様である。去年グラストンベリー・フェスティバルで姿を捕らえた Gong は70才超のおっさん(というかおじいちゃん)だったしなあ。そういえばしばらく前に出された The Stranglers のステートメントには「うちんとこのドラマーは、齢70を超えちゃってますんで、ライブ活動の方は縮小していきます・・・」というしんみりしたものだったし。もうここまでくると畏敬の念を覚えざるを得ません。

そう考えると、オレと同年代とか、ちょっとだけ上の世代のバンドで、自分自身がかつて一生懸命追いかけて聴いていた連中が、仮にそれが「懐かしイベント」だったとしても、いまだにステージに立っている姿を眺めるときこそが、「オレもこんなことやってていいんだよ。」とちょっぴり安心できる瞬間である。したがって、そういう40代半ば~50歳がらみのおっさんたちのステージを観にいくことが、オレはけっこう好きなのである。

とはいえ、それが「オリジナル・パンク」世代のオヤジさんたちだと、その「ノー・フューチャー」具合によってあまりにも切ない空気がライブ会場を包んでしまうことをオレは何度も経験しているので、時にはもっと感傷的になれるバンドのライブに行きたくなる。昨年暮れにノース・ロンドンの小さなライブハウスで観た The Band Of Holy Joy のステージは、久しぶりのこころ温まるひと時だった。www.bandofholyjoy.co.uk , www.myspace.com/bandofholyjoy

彼らは1989年から1990年にかけて活躍したバンドで、当時オレがもっとも気に入っていた連中だ。このころ日本からロンドンに出張中、偶然見つけた Happy Mondays のライブに出かけたのも、この The Band Of Holy Joy が前座をやっていたからだ。マンディズの方はカスのような演奏に耐えられず3曲ほどで会場を後にしたが、The Band Of Holy Joy のほうは、マイ「生涯ベストライブ」のひとつに数えられる感動的なものであったのだ。

昨年観た彼らのステージは、もちろんそのような輝きはなかったのだけれど、自然に楽しめ、そして自然に声援を送れるような、そんなライブだった。オレは最前列で、メンバーの顔のしわの一本一本までがはっきり判るような距離で惜しみない拍手を送った。そしてなんとなくだが、自分自身に対しても拍手をしているような気がしたのだった。

Tbohj

@ The Vortex Jazz Club

改めてベスト版CDを購入。泣けました。

●  コメントバックができないので、追記します。

mayaさん、コメントありがとうございます。派手さはありませんでしたが、とってもアットホームな雰囲気のライブでした。アコーディオンがいなかったのが残念でしたが、逆にすこし「枯れた」感じもよかったです。「死ぬまでに観たいものリスト」をやっつけるには、偶然のちからも大切です。お互い気長にライブ道に精進していきましょう。

●不沈艦さん、コメントありがとうございます。ホント、捨て曲無し!のいいバンドですよね。今のところ特別なことがない限り、あまり人前には出てこないみたいなので、観ることができたのは幸運でした。こうした英国伝統民族音楽の香りがするバンド、残念ながら最近あまりないんですよね。リバイバルの動きもあんまり無いようだし、自分のようなオヤッさんからすると、あんまり応援対象がいないがもさびしいところです。

2010年2月25日 (木)

The Chapman Family その3

<2009. 04. 24 @ Purple Turtle, London (Camden Crawl '09)>

<2009. 05. 15 @ Concorde2, Brighton (Great Escape '09)>

<2009. 05. 16 @ The Hope, Brighton (Great Escape Artrocker Matinee Show)>

<2009. 08. 29 @ Reading Festival '09, Festival Republic Stage>

<2009. 09. 05 @ Offset Festival, London>

<2009. 10. 09 @ Koko, Camden, London >

最近のニュースによると、ビートルズのアルバムタイトルで有名なロンドンのアビー・ロード・スタジオが、持ち主のEMIの経営不振により売却されるとか、それが撤回されたとかされないとか、ちょっとした話題になっているようだ。

この場所は、先日のエントリーで紹介した BRUNO & All Stars (ばか者)が演奏する [Dove Of Peace] なる曲の録音、ならびおそらく撮影にも使われたと思われる、れっきとした現役の音楽レコーディング・スタジオだ。しかし人々の脳裏に浮かぶイメージは、例のアルバムジャケットに移っている、スタジオ前の横断歩道に違いない。実はこの横断歩道、長いことオレが毎日クルマで通う通勤途上に位置していたために、ロンドン在住当時、合計数100組を下らない数の「聖地巡礼者」たちの記念写真撮影の現場に立ちあってきた経験がある。常にヒトで大賑わいなのだった。

もちろん、ビートルズマニアと呼ばれる人たちは世界中にゴマンといて、たぶんそういった連中はこのアビー・ロード前の横断歩道を渡ったり、「ゲット・バック」の撮影があったサビル・ロウのアップル・レコード跡地を訪れるだけではモノ足りず、ロンドン中心部の「リンゴ・スターが、自ら大家をしていた貸し部屋の室内を、借主のジミヘンが真っ黒に塗りつぶしたことに腹を立てて追い出し、裁判沙汰になった物件」などというディープな『名所』を探しだしては訪れているに違いない。そしてマニアの方々は海賊版収集とかオートグラフの収集に飽き足らずビートルズゆかりのものなら何でも追いかける根性を持っているはずだ。駅員から再三注意を受けてもまったく気にせず、ついには電車を止めてしまうような、最近話題の「撮り鉄」マニアに匹敵する気合を持ったビートルズ・オタクも少なくない、とオレは見ている。

で、今日は業の深いビートルズマニアであれば追いかけないわけにはいかないであろう、われらが The Chapman Family を久々に取り上げたい。ジョン・レノンを射殺したマーク・チャップマンからその名前を取り、メンバー全員が「チャップマン」姓を名乗るこのバンド、実はただのおどろおどろしいバンド、というだけではないということを改めて言っておきたかった。

このブログの第一話めで取り上げたときから、なんとなく人目につかずに消えてしまうのではないかというこっちの心配をよそ目に、昨年に入ってNMEからは大絶賛、MTV2の週間チャートでも1位をとるなど、レコード会社契約前からかなりの話題バンドに成長した。初めて音源を聞いたりプレス記事を読んだりした方は、なんかこうダークでうにょうにょなカンジのバンドと思われているに違いないが、確かに最近の音を聞くとそう思われてもしかたない。NMEのお気に入り方向がそっちだったからか、いまや舵を振り切った感が無いでもないのは事実である。しかし、このバンドのもともとのメロディラインはすこし懐かしさをカンジさせる秀逸なパンク~ニューウェイブ・チューンである。いまや旬で話題であるからこそ、あんまり誤解されたままで食わず嫌いというか、一回聴いて「キライ!」となってほしくないなあ、とそう思ったしだいです。

そして音同様に、彼ら自身も、「殺人者」を自分たちに重ねるような、変質者を気取るようなヒトタチではもちろん無い。ファンとのコミュニケーションも大事にしながら一生懸命バンドを成功させようとがんばる、いいヤツラだと思う。演奏終了後、オレの友人がフロントマンのキングスリーに「今日は良かったよ!」と話しかけた。彼の返事は「どうもありがとう。でも今夜は張り切りすぎて、最後にズボンの尻がバックリと破けちゃったんだよね・・・。」

この4月に初来日だという。皆さんも怖がらずに話しかけてやってください。アビー・ロードの横断歩道で記念撮影する人たちにも受け入れてもらいたい、と思えるような英国らしさ満開のバンドです。

Camden

@Purple Turtle

Ge1

@ Concorde2

Ge2

@ The Hope

Reading

@ Festival Republic Stage

Offset

@ Offset Festival

Koko

@ Koko

去年はずいぶん観たなあ。ここまできたので、オレのささやかな応援も一区切り、としたい。

ちなみにオレのお気に入りキャラはドラムのフィルだ。演奏中の死神博士感はハンパないので、免疫の無いヒトが近くで見ると失神するかも知らん。ところで、フィル。オマエ、白髪交じりの頭髪、黒く染めたな!オレはもう白髪だらけどけど、これからも染めずにがんばって生きていきます。

Cf

The Chapman Family その1

The Chapman Family その2

●コメントありがとうございます。

チャップマン、生涯お金に縁がないだろーなー。申し訳ないが。そんなキャラクターだから好きなんんですけどね。ブログでは「打ち止め宣言」しましたが、また今年の Camden Crawl で応援してしまうような気が・・・。

2010年2月18日 (木)

Everything Everything

<2009. 04. 25 @ Dingwalls, London (Camden Crawl '09)>

<2009. 08. 28 @ BBC Introducing Stage, Reading Festival '09 >

<2010. 01. 16 @ Fleche d'Or, Paris>

さて、オレがパリに居を構えてから3年ほどがたつ。もちろん賃貸のアパートを借りているだけなのだが、いまのところまだ一度も引越しはしていない。

実はここにやってくる前のロンドンでは、約7年間の滞在中に5回ほど転居しているのだ。理由の大半は、「どろぼうが2回入って根こそぎもっていかれたのに、大家が鍵を直さない」とか、あるいは「部屋中を巨大なねずみが走り回るようになってしまった」などといった、なかなかやむをえないというか、その家を出るのに十分な事情によるものである。

まあそれから比べれば、現在住んでいる物件は、階下のベトナム人夫婦から「もちっと静かにしてくれませんかのー。」と頻繁にクレームが入るのはうっとうしいが、現時点ではまだどうしても引越しなければならない、という領域にまでは達していないと言える。

とはいえ、引越しは面倒くさいのではあるが、メリットも少なくない。

外国の町に来たばっかりのときは、なんとなく「相場」とか、「日本食材屋」からの距離、みたいなところでいい加減に物件を選んでしまいがちである。ひとことで言えば、可もなし不可もなしの無難なエリアで家賃は意外と高め、ということに陥りがちなものなのである。ところがその都市に住んでしばらくすると、土地勘も得るし、知人などからいろいろな情報も入る。通勤路といった要件だけでなく、自分が活動したい範囲でそれなりに手ごろな物件を探し当てる「センス」も身についてくる、というものだ。

オレの場合は当然「ライブハウス」が必要不可欠な要素になってくるので、これをどう取り込むか、が重要である。それこそライブハウスが軒を連ねるような、真夜中まで酔っ払いが闊歩(かっぽ)する繁華街の真ん中は年齢的にも安らぎが得られないし、賃料も高いのでパス。しかし、会社との通勤路の途中にうまくライブハウス街をとりこむとか、できればごひいきの一軒は徒歩圏内に、などといったところでうまく安い物件を発見できる眼力は身についてきた。おかげでロンドン滞在数年目には、自分としてはかなりお気に入りに物件を、しかも廉価で賃借することができるようになっていた。やむをえない引越しも多かったが、それはそれとして転居自体をたのしんでいた、というのも事実である。

もちろん、「割安で」というのは用心が必要で、かなりヤバい=危険な住環境であったりする可能性があるにはある。ロンドンに着いて間もないころは、グラフィティだらけの通りの景観を見ただけで「このあたりをうろついたら、刺されてしまうに違いない」と震え上がったものだが、しばらく実際に住んでみると、そんなことがあるはずもないことが判ってくる。自分の中で「居住可能エリア」が広がる、ということは、それだけ適価で優良な物件を発見できる可能性が広がる、ということである。ロンドンを離れる時点では、オレは自分自身で確固たる「物件選び」の基準を身につけた。そしてそれはパリで数年過ごした経験を通じ、ヨーロッパの大都市ではおしなべて同じように通用するのではないかと今は考えている。

参考ながらたとえて言うとこんなカンジである。もちろんマイ基準ですよ。

●商店街の界隈を有色人種しか歩いていない。周りのお店自体もそれぞれの「お国」感が漂いまくるエリア=ぜんぜん合格。オレも有色だしな。なじむよ。

●フードをかぶった黒い人の集団が大麻の煙を吹き上げながら夜ごと街角にたたずむようなエリア=なんとか合格。いまのところカツアゲ(オヤジ狩り)にあったことはない。

●インド人のミニキャブ(白タク)ドライバーが、涙目になりながら「旦那、ここから先のジャンマイカン・エリアは本当に恐ろしいので、迂回してもよろしいでしょうか・・・」と切々と訴えるようなエリア=さすがにコレは不合格

気力も体力も劣るオレのような日本人のおやっさんの基準ではあるが、精悍な若者であればもっと行けるところまで行けるにちがいない。で、この基準とそれから「お気に入りのライブハウスがご近所」という個人的要件を照らしあわせたとき、オレはこのパリにおいても、もし引っ越すとすればこの辺かなあ、というエリアが一つだけあった。それは過去このブログの中にも再三登場したマイ・フェイバリットのクラブ兼ライブハウスである Fleche d'Or (フレッシュ・ドール)に徒歩で通いやすそうなエリアのことである。

現在のオレのアパートがパリ市の西方に位置するのに対して、 Fleche d'Or は東のはずれ。狭いパリ市内とはいえなかなか通うのが面倒くさい。車で移動すると常に大渋滞だ。そんなわけで、このライブハウスが位置するパリ20区というエリアは上の基準で言うと「なんとか合格」エリアであるのだが、近隣にライブハウスが固まっているのと、それほど繁華街でもないので家賃が安そうなのとで、オレはすこしばかり狙いをつけていたのである。近くにあるキリスト教会が「黒人専用教会」だというのは、オレのロンドンのお気に入り Kilburn 地区と同一条件。コレがロンドンなら近くにあるにはケバブ屋だけだが、さすがに腐っても鯛、ここパリではケバブ屋以外にもお食事処があるので更に点数が高い。

ところが、引越しの可能性を真剣に検討する間もなく、オレのそんなささやかな夢が砕かれてしまったのは今から約10ヶ月前。5月6日のエントリーに詳しく書いたのだが、何の前触れもなくこの Fleche d'Or が昨年4月末で突如閉鎖されてしまったのである。このライブハウスがなければ界隈は、ただの「ちょっとヤバエリア」にすぎない。転居の是非を検討するまでもないだろう。オレはその日のブログに悔しさをぶちまけたのであった。

で、実は時は流れてこの Fleche d'Or が同じ場所に再開、したというのが本日のトピックスである。

ここが閉鎖に追い込まれたのは、その騒音のうるささに近隣からのクレームが入ったことに起因する。しかし、そこがまさにオレが Fleche d'Or を支持する理由だったのだが、このライブハウスではその日誰が演奏しようが一切入場料を取らないポリシーだったため(一般収入は飲食代のみ)、多額の費用がかかる防音設備工事を施す資金が捻出できなかった。かくしてやむなく閉店に追い込まれた、というのが事の顛末である。

この「閉店」ニュースは文化人を自認するパリの住人にはインパクトがあったのだろう。結果的には市(役所)の文化部が介入する形で、同じく20区で営業するこれもオレのお気に入りのライブハウス La Maroquinerie と、それから Le Bataclan という2大人気べニューが経営を引き継いだのだ。彼らの投資で防音設備が整い、そのかわりに Fleche d'Or は入場料8ユーロ(約千円)のフツーの営利ライブハウスになった。

ロンドンで観れば、絶対に15ポンド(約2千円)以上するアーチストたちが常時ブッキングされているわけなので、相対的にはお得といえるし、まあオレも大人なんだし千円くらい払うとするか、というのがこのライブ道の結論ではあった。昨年11月末に再オープンしたこのべニューのウェブページを早速チェックすると、ラインナップも悪くない。むしろまったく無料にすると、わけのわからない客(ライブを楽しみに来るわけでもない奴ら)が、ステージ前で無意味に大騒ぎ、なんていうデメリットも経験している。文化都市パリの風物詩=完全無料ライブハウス=が消えてしまうのは多少さびしい気がしないでもないが、それもやむを得なかろう。オレはこの時点で、気が早くも再度このエリアへの引越しの可能性などすら、頭をかすめたのであった。

オレは Flecha d'Or が再オープンしてから数日目、昨年の12月のはじめにさっそく訪れてみることにした。見たいバンド、というよりは自分の体の空いている都合で選んだのだが、その夜のメインアクトは、The Raveonettes (レヴォネッツ)。まあ、今どうしても見なければならないバンドでもないが、とりあえずビッグネームだし、ひさしぶりに観ておこうかと会場まで足を運んだ。

入場料を取る以外に、システムとか変わったのかなあ、内装にも手が加えられたりしただろうか、などと思いふけりながら現場に着いてオレは相当驚いた。当日3バンド出演する中で、ちょうど今の時間は2バンド目が終了してトリである The Raveonettes の演奏開始を待っているあたりか。にもかかわらず、 Fleche d'Or の入り口前には会場に入場できない連中がマイナス5℃の寒空の中100人単位で列をなして待っているのである。もちろん中は満員で、このお目当てのバンドの演奏が始まりそして終わらない限りここで待っている連中が入場できる可能性はゼロ%と言い切っていいだろう。そんな環境にもかかわらず、コイツらはただただ並んでいるのである。もちろん、その日のバンド演奏が終わればこのべニューは自動的にクラブになるため、どこかの時点で入場できればそれでいい、という人間もいるにはいるだろう。しかしこれではいずれにしても The Raveonettes を観るのは不可能だ。オレは一瞬あきれて立ち止まったあと、きびすを返して家路についた。

それにしても、いったいなんだったんだろう。The Raveonettes、アメリカでも売れてるしなあ。やっぱり「有料」とはいえ人気者が出演する夜を選んではいけなかったようだ。オレはこのムダ足を反省し、次回は「オレはぜひ見たいが、世間的にはいまひとつ有名ではないバンド」の出てくる日に再チャレンジすることにしたのである。

さて、昨年4月の Camden Crawl ('09) で個人的に最大の収穫だったのは、いまや大成功を収めた The Big Pink ではなく、Everything Everything というひねりのある曲を聴かせてくれたバンドであった。www.myspace.com/everythingeverythinguk

いまハヤリの音では決してないが、きわめてイギリスらしい風情の音を出すなかなかクオリティの高い新人だ。そのあと夏のフェスティバルでも姿を垣間見ることができたが、できればもう一度ライブハウスで彼らを観たいと考えていた。そして年が明けて今年の1月、念願かなってパリにやってくることになった。場所はおあつらえ向きの Fleche d'Or だ。今回はあんな変な混みかたはしないだろう。前座のバンドも面白そうなので、オレはその日早めに会場に着くように出かけたのである。

開場してから2時間ほどたったころ、以前であれば客はまだ「まばら」にしかいないであろうタイミングで会場に到着したオレが目にしたのはこのような光景だった。

Img_4629_1

暗くて見えづらいけど、また100人以上並んでます。中は300人も入れない会場なのに。そして列、動かず・・・・。

というか、 Everything Everything には悪いが、なんでこんな売り出し中のちょっと地味目の新人バンドにこんなに人が並ぶわけだ?むかしの Fleche dO'r では、相当有名なバンドが出演しても入場できなかったことは一度もない。しかも「無料」だったのに、だ。これは何かがおかしいぞ。オレは納得できないながらも、仕方なくその場を後にした。

考えれば8ユーロ(約千円)というのはクラブの入場料としては適当だろう。バンド演奏が終わったあとも、深夜まで友人らと踊り語らいあうのが主たる目的だという心情は理解できる。どんなバンドが出ても、まあおまけみたいもの、というヒトもいるだろう。

だがおそらくはこの Fleche d'Or、このたびの「閉鎖」さわぎと「再開」の話題で、いちやく有名スポットになってしまったに違いない。観客全員が「パリ文化」の応援団とは思えないが、話題の場所に群がる集団心理であろう。新たに経営をまかされた老舗ライブハウスのPR能力というのもあるはずだ。いずれにしても、かくしてオレにとっては「聖地」とも言えたこのライブハウスは、いまや入場すらできない、敷居の高い場所に変貌してしまったのである。「有料」ということで考えれば、フツーにチケットを予約して買える一般のライブハウスのほうがはるかに確実だし、マシである。

なんとなく、もう一度ここを訪れてみようというテンションが極度に下がってしまったのあった。そしてもう、この辺に引っ越そうかなあなどということは二度と考えないだろうとも思った。

Everything_everything_2

@ Dingwalls

Ee2

@ BBC Introducing Stage

見た目はちょっとさえないけど、いいバンドだよ。

● tkmr さん。コメントありがとうございます。このライブハウスのすぐ近くには有名人が多く眠るペール・ラシェーズという広めの墓地があります。ドアーズのジム・モリソン氏なども永眠されている場所ですが、土葬の遺骸だらけ、という意味では、自分のように気が小さい者には向かないエリアなのかもしれません。

ただ、もう少し歩いたところに、その名も『Japon通り』というところがあって、住所名としてはちょっとそそられます。一歩ずれると『中国通り』や『カンボジア通り」』などもあって、こちらも悪くありません。気合を入れれば、自分の気に入った不思議な住所の住人になれる、という誘惑はまだ残っているのですが・・・。

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