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2010年3月

2010年3月30日 (火)

Delphic

< 2009. 08. 29 @ NME/Radio One Stage, Reading Festival '09 >

< 2010. 02. 16 @ Nouveau Casino, Paris >

「良いライブ」の定義はいろいろあると思うのだが、ミュージシャンの調子の良し悪しや演奏の出来不出来といった先方頼みの要素だけではなく、自分自身の決断と努力によってそのライブが極上のものになった、という経験をした。ライブ鑑賞のポジション取りがうまくいったのである。

その夜オレはひさしぶりに Delphic を観に出かけたのだが、会場に入ったのが前座バンドの終了直後、さすがに人気の満員御礼で、文字通りぎゅうぎゅうのすし詰め状態である。www.myspace.com/delphic 一歩も前に進めないばかりかステージも拝めない。このままでは何のためにやってきたかわからない、と一瞬ひるみかけたが、次の瞬間オレは確信を持って周りの人間を掘り進めながら最前列まで行く決断をした。

オレは心理学の専門家ではないが、長年のヨーロッパ暮らしの結果こっちの人間の行動心理を実体験を持って深く学んでいたからである。ヨーロッパ人の行動心理、それは常に「なにも考えていない」という原則に貫かれていることをオレは知っているのであった。

たとえばのハナシ、海外から飛行機に乗って成田空港に到着したとしよう。日本人用のパスポートコントロール窓口が仮に3箇所開いていたとしたら、その3箇所に並ぶ人間の数は自然に均等に調整されてくる。あとから並ぶ人間は、できるだけ短い(と自分が感じる)列に並ぶのがフツーだからだ。ところが欧州のいろいろな町で経験するのは、この原則がかならずしも当てはまらない、ということだ。さすがに窓口がすぐ横に並んでいたりすると一応は自然の調整機能が働くわけだが、もしひとつの窓口だけがぽつんと離れた場所にあったりすると、とたんに人々の注意が払われなくなる。つまり、ほかの列は長蛇でならんでいるのに、すこしはなれたところにはヒトが一人か二人しか並んでいない窓口が存在したりするものなのである。

同じようなことはフェスティバル会場でもよく経験する。

大型小型を問わずテントステージに人気者が登場する場合、観客がごった返してしまうのはよくあることである。テントの外まであふれかえるヒトの海。それにつられてさらにヒトがどんどんと集まってくる。こうなった時点で、もう中のステージを堪能するのはほぼ不可能に思えることだろう。ところがヒトの波が流れる導線をはずして、テントの逆側に足をはこんでみよう。テントの左側が混沌状態だとすれば、右側の前方にむかってみるのである。するとどうしたことか、ほとんどの確率でそのあたりはヒトもスカスカで、テントに容易に入り込めるのみならず、ずんずんと奥まで入っていけてしまうものなのである。

これらのことから導き出される結論は何か。それは欧州人の行動心理上の原則は「なにも考えていない」ということに他ならない。「すいているところがあるかもしれないから探してみる」というアクションを起こす中枢神経があまり発達していないのかもしれない。いずれにしても、オレのようにこざかしい日本人からしてみればまるで「チャンスの国アメリカ」状態である。その時点で「もっとも良い場所」を探しだすことの出来る天性の才能を持った日本人にとって、ヨーロッパはぬるい戦場であるともいえる。

そんなわけでオレはとにかく Delphic を最前列で堪能するべく行進をはじめた。たしかに最初の10メートルほどはかなりのしんどい思いをした。隙間のまったくない中、ムッシューやマドモアゼルたちを無理やり押しのけて前進するのである。かなりイヤな顔をされるのはいたしかたない。ところが、ある地点にいったんたどり着くとどうだろう。観客は適度な間隔をあけて立っており、そのどこに身を入れても違和感はないし、邪魔にも思われない。そしてさらにずんずんと一番前まででてみると、そこにはヒトがまったくいない広大なスペースが。オレはパリにいながら「ここは自由の国アメリカか!」とこころで叫ばすにはいられなかった。会場内の気温も上がってきたので、オレはコートをステージそでにたたんで置くと、ステージ左側の最前列に陣取った。もうすこしステージ正面に移動することも可能だったが、みるからに爆発的なダンスを踊りだしそうな観客数名の姿を確認したため、すこし恐れをなして、横にずれたのである。その時点でオレのうしろ3メートルはヒトがまったくいないフリーゾーンである。オレは適切な判断と勇気ある行動によって、絶妙のポジションを獲得することが出来たのであった。

メンバーがステージに上がってきた時点でオレとの距離1メートル。アルバム発表直後の彼らの絶好調ライブをしっかり堪能させていただきました。バンド自体もすばらしかったが、彼らの力だけに頼ることなく、自分自身の気力でなしとげた良いライブであった。なかなかみみっちいハナシだが、オレとしてはかなり充実した夜だったのである。

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@ Nouveau Casino

キツネつきのひとにパリジャンはやさしい。大声援を受けていた。

Delphic

@NME/Radio One Stage

2010年3月29日 (月)

The Pains Of Being Pure At Heart

<2009. 05. 14 @ Po Na Na, Brighton (Great Escape '09)>

オレは「ライブ道」を突きつめるために、日々それなりの投資をおこなっているので、それ以外のことにまわすお金はそんなに多くない、普通のしがないサラリーマンだ。

ライブのチケット代は日本でバンドを観るよりは安いかもしれないが、それでも闇雲(やみくも)にいろいろなチケットを購入してしまうクセがついてしまっているので、合計するとかなりの金額になっていると思う。急な得意先接待が入って無駄になるチケットも少なくない。もちろんフェスティバルなどへの遠征費(旅費)が重なってくると、これはこれでばかにならない散財となる。

もちろん、生活が苦しい、ということでもないのだが、オレはこの「ライブ道」求道を言い訳として、ほかの出費、たとえば家の中の飾り、すなわちインテリア周りには一切というかほとんどお金をかけないことにしているのだ。いつも「家具」「食器」つきという、オンボロながらなんとか使用に耐えうるおまけのついた借家を借りるようにしているので、そもそもインテリアを購入する理由が無い状況をつくりだしている。今住んでいるアパートも、バスタオルやシーツから包丁・まな板まで最初からそろっているので、あえて何かを買い足す必要もないのである。

だいたいロンドンにしろパリにしろ、最初から揃えてある家具・小物の類は大家の趣味で選ばれたものである。もちろんほとんどの場合彼らは「センス無しノ介」か、あるいは何も考えないでインテリアを選んでいるので、はっきり言ってなぜこんなものが世の中に存在するのかまったく理由がわからないような得体の知れない柄のカーテンやベッドカバー、そしてカーペットがあらかじめ備え付けられていたりするのがフツーであり、従ってそのようなインテリアでもこころ安らかに暮らせるだけの精神力が必要となってくるのである。「こんぶ柄」(にしか見えない)シャワーカーテンが設置された部屋に、「フィガロ・ジャポン 北欧-小物の王国」特集号などを普段から愛読している婦女子が入居を決心するのはたいそうな困難を伴うであろう、と想像するのである。

オレ自身は多少の物事に動じない年齢に達してしまったので、どのようなインテリアの家でも念仏を唱えながら暮らすことが苦にならない。というか、オレ自身が「センス無し蔵(ぞう)」なので、そのインテリアのありえなさに気がつかないだけなのかもしれない。ところで、今日はそんなこのオレが「一瞬にしてあなたの部屋をおしゃれに変えるインテリア小物」アドバイスをおこなおう、というまさかの試みにチャレンジしたい。

さきごろ来日公演を盛況に終えたと聞く The Pains Of Being Pure At Heart www.myspace.com/thepainsofbeingpureatheart コイツらの音はオレのようなじいさんからすると、かつて昔一生懸命追いかけていたようなメロディと音のてんこ盛りなので、聴くたびに青春の甘酸っぱい思い出がよみがえるという、なかなか捨て置けないバンドである。オレにとってはそういう音がこの21世紀にライブで生で聴けるのだから、たいへんありがたい方々であると言えるだろう。一度だけ観にいった昨年の Great Escape ('09) では、大盛況のあまりメンバー全員のすがたをしっかりと拝むことはできなかったのだが、それでもそれなりに楽しめたステージであった。ステージ上でのいでたちはTシャツ、というか基本的に気の張らないフツーの小僧スタイルであり、彼らの音楽スタイルを邪魔するものでは決して無いし、好感の持てるものではあるが、もちろん見た目の「おしゃれさん」という世界からは遠いヒトタチといえるだろう。

ところで、オレは昨年(2009)ロンドンとパリの2大都市の繁華街において、合計3回にわたって彼らのアルバム・ジャケット(12インチ・ビニール盤)がブティックないしは洋装店のショーウィンドウに雰囲気を出すための小物として飾られているのを発見した。その店で販売中の洋服や小物をさらに魅力的にアピールするための、ムード作りの小道具として用いられているのである。すなわち、このアメリカ産通称シューゲイザー達のジャケット・ビジュアルは、現在ヨーロッパの中心都市において「おしゃれアイコン」と化していることに気がついたのであった。したがって、理由はまったくわからないのだが、かれらのアルバムジャケットをさりげなく部屋の中に飾ることで、あら不思議。たちまちにしてあなたの部屋はおしゃれブティック並みのセンスとオーラに満ち溢れるに違いないのである。ハンガーで無造作にユニクロのトップスを掛けているだけの室内も、一瞬にして「パリの新たしい情報発信エリア『北マレ』地区のセレクトショップ」並みの輝きを持ってしまうはずである。

オレ自身は「こんぶ柄」の室内がそんなにおしゃれになってしまっては逆に居心地が悪くなってしまうので、彼らの12インチ・ジャケットを部屋に飾る勇気はない。普通にCDアルバムをラックの中に押し込んでいるだけだ。というか、せっかく気持ちよく聴いているバンドなのに、その「音」ではなく「ジャケット」をおしゃれアイテムとして使っているヒトがいるかもしれない、と考えるだけでちょっと気が滅入るというものだ。

ジャケットはともかくとして、彼らは「おしゃれ買い」の対象なのだろうか?いまコレを聴くのがセンスいいんだよ、とかいった会話が平気で世の中でなされていたりするのだろうか?昔なつかしい音が聴けて単純に喜んでいるこのおっさんからすれば若干気の遠くなるような話ではある。

彼らの多少ぎこちない、もっさりしたカンジのライブは、オレには好感の持てるものだった。日本でのライブを観た人たちも、いわゆる「おしゃれさん」ではなく、オレ同様ただの「おたく」の方々であったと信じたい。

Tpobpah

これがキラー・アイテム。これをブティックのショーウィンドウに飾ると、周りの店と比べて一歩おしゃれ感が増すと思われているようだ。

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@ Po Na Na

見た目は全員「疲れた予備校生」のようであった。ビジュアル的にも断然合格点を さしあげられる。

● Kelu さん、コメントありがとうございます。コメントバックできないので追記します。

知りたかったことが聞けて、たいへんうれしいです。これで安心してかれらのCDをこれからも聴いていきたいと考えています。Great Escape の当日、彼らは初日の最初の出演バンドだったのですが、なめてかかって開演直前に会場に行ったらすでに長蛇の列でした。結局途中からしか観ることができなかったのですが、もう一度観にいきたいとずーっと考えてました。もしかしたら「おしゃれさん」だらけ?という心のもやもやが取れて、これで晴れて再度ライブにトライしてみます。

● ににさん、いつもコメントありがとうございます。ご活躍の様子をうかがい、ここのところ寄る年波で「はらいた」をおこして伏せっていた身からするとうらやましいかぎりです。とはいえ Drums にはうまく遭遇することができました。とてもたのしかったですよ。タンバリン・ジャンプの登場が一回だけなので、また観にいきたくなる仕掛けになっているわけですね。今月の Camden Crawl で再トライの予定です。でも同じ日に Man Like Me も登場するらしく、クラッシュのないことを祈念しております。

2010年3月 3日 (水)

The XX

< 2009. 08. 30 @ Festival Republic Stage, Reading Festival '09 >

< 2010. 02. 18 @ La Cigal, Paris >

去年の晩秋の頃だったか。ロンドンの空港で飛行機の出発を待っていたときに読んだ新聞のサプリメント(付録の雑誌)に書いてあった記事のはなしだ。

マーキュリー賞2回ノミネートの経験を持つ実力派 Bat For Lashes こと Natasha Khan に関する特集が組まれていた。その記事のインタビュアー兼ライターは、取材で観にいった彼女のライブ会場で経験した印象深いできごとを驚きをもって書き留めていた。それは彼女のシングル曲 [Daniel] が演奏されたときである。ライターが自分の周りを見回してみると、驚いたことに近くにいた男性の観客(おそらく大のおとな)が、何人も何人も皆ハラハラと涙をながしながら Natasha の姿を凝視していたという。

オレ自身は、つのだじろうの恐怖漫画を読むとおそろしくてすぐに泣いてしまうような弱虫ではあるが、なにもライブ会場でさめざめと泣かなくてもなあ、かんべんしてくれよ、という意見の日本快男子でもある。[Daniel] が情緒的かつ感動的な曲であることには同意できるが、そんな湿っぽい楽しみ方は、オレの考えるライブ道にもとる!とまあ、すくなくともこの記事を読むのが数ヶ月早ければ、きっとそう思っていたに違いない。

この雑誌を目にするすこし前のことだが、オレはそのとき初めて姿を見るバンドのライブ会場で、一曲目のイントロが奏でられた瞬間にすでに男泣きをする、という経験をしてしまった。最近ついにNME のカバーをも飾った話題の新人 The XX のステージを最前列で見たときのことである。www.myspace.com/thexx  , www.thexx.info そのオープニングは、まんま [Intro] というインスト曲で始まったのだが、ギター演奏開始後わずか数秒にしてオレの涙腺はゆるんでしまったのである。これでは Bat For Lashes のファン・ボーイズを笑えないではないか。

年甲斐もなく、のっけからすっかりヤラれてしまったわけだが、ステージが進むにつれて演奏の緊張感も更に高まり、おれ自身もどんどん興奮していくのがわかった。ステージ上の動きがこれほどまでに地味なバンドで、このように充実して楽しめたライブは過去なかなかなかったのではないか、とも思う。2009年のマイ・ベストライブ番付は、 Man Like Me の『笑いライブ』と、この The XX の『泣きライブ』で東西横綱決定、としたい。(ちなみに The XX と同じタイミングで見たイアン・ブラウンのカスのような、なめとんのかオマエというようなステージは『怒りライブ』の横綱でした。ある種、朝青龍級。もしくは双羽黒。)

まあ、なんにしても今のうちに一度は見ておいたほうがいバンドであることは間違いない。ただし、今もっともチケットが入手しづらい連中でもある。ツアーは軒並みソールドアウト。はじめから泣きにいく目的で人情話の寄席に行くご隠居と同じノリで、直後のパリ公演に行こうとしたがすでに売り切れ。今年に入ってやや大き目の会場でようやく再会を果たすことができたが、混んでてよく見えず。無念です。

Xx1_2

@ Festival Republic Stage

演奏が始まる直前、バンドのスタッフと思わしき連中がステージ前でいくつもの段ボール箱をおもむろにガシガシ空けはじめるや、中からバンドのマーチャンダイズ(商品)をとりだして観客に配りはじめた。バンドのロゴ入りTシャツが観客に無料でふるまわれたわけだが、オレは最前列に陣取っていたおかげもあって、いの一番にそれをゲットすることができた。こんなありがたい経験をしたのは、長いフェスティバル人生の中でも初めてかもしれない。オレがいい歳をしてうかつにも涙を流してしまったのは、うれし泣きだったのかもしれない、ということにしておこう。

Xx3 当日の戦利品

Xx2

@ La Cigale

メンバーひとり減ってました。

●アリさん、コメントありがとうございます。

Blond Readhead のお姉さんでさえあんなに「ぐるんぐるん」動くのに、このバンドのステージにはほとんど動きらしい動きがありません。まさに、動かざること山の如し。で、こっちは鳥肌たつことアルミホイルを指でひっかくが如し、ということで、希少な才能を持ったバンドだとおもいます。来日公演は東京だけのようですが、ことしの各種フェスティバルでは目玉の一つになるのではないでしょうか。パリでは伝統あるコンサート会場で3回目の来仏公演が決定したところです。

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