音楽

2011年9月19日 (月)

Dutch Uncles

< 2011. 05. 01 @ The Bulls Gate, London, Camden Crawl '2011 >

< 2011. 05. 12 @ Hector House , Brighton, Great Escape '2011 >

< 2011. 08. 28 @ Reading Festival '2011, Festival Republic Stage>

ヒトはバンドのライブを観たときに、なぜかくも興奮し、カッコイイ!と感じるのだろうか?

それは突き詰めて言えば、フロントマンの「動き」、あるいはステージ上での「ダンス」と言い換えてもいいかもしれないが、それを目の当たりにした衝撃から湧き上がる自然な感情だといえるのではないか。

オレ自身は踊れないよ。いばってもしかたないけど。

オレにとっての「ダンス」とは、エジプト観光旅行のおきまり「ナイル川クルーズ・ディナー」最中に、ややふくよかな余興ベリーダンサーのお姉さんが踊りながら客席をねり歩き、「こっちの方に来てくれるな!」というオレの心の絶叫もむなしく、明らかに気弱そうな日本人のオヤジであるこっちの手をとって共に踊ってくれるという脳死の瞬間の記憶がすべてである。つまり「ダンス」=「さらし者」というのがオレの人生に中における位置づけといっていいだろう。ちなみに、食事後に高く売りつけられた『知らないうちに撮られていたベリーダンサーとのツーショット観光写真(手を取り合ってダンス中)』を見たときは「冥土の土産」という言葉が去来しながら意識を失いました。

そんな人生ではあるが、いやそんな生き方をしているからこそかもしれないが、すばらしいダンスをステージで披露してくれるミュージシャンには感動を越えて畏敬の念をいだくものである。オレはこのステージを見るためにライブに通い続けていたのだ、と。

ではどんな「ダンス」がすばらしいといえるのか?

理屈っぽく言えば、それはいままで一度も見たことのないオリジナルな動きと、力強さに満ち溢れたものでなければならない。たとえば「ダンス甲子園」(ふるいですね・・)のように一定の価値観の中で技を鍛え上げるという世界とは対極にあるものと言ってよいだろう。つまり、初めて目にするような「動き」だが、自分の本能に突然深く突き刺さるものに出くわした瞬間に、それを「すばらしい」と感じるはずだとおもうのである。この「ダンス」はオレそのものではないか!と覚醒する瞬間こそが、最高のダンスとの出会いであり、そのライブ体験はかけがえのないものになるに違いない。

とまあ、久しぶりにこのブログを書いているのでやや力みすぎではあるが、要するに、この動き・踊りこそが自分の探していたものに違いない!というバンドに出会ったのであった。Dutch Uncles のフロントマン、Duncan Wallis 氏のことである。  http://uk.myspace.com/dutchuncles

オレは「踊れない」と書いたが、クラブに行ってからだを「ぐしぐし」と動かしたことはあるよ。そのときの様子を知っている友人と一緒に今年の Camden Crawl ('11) を観にいったのだが、初めて観る Dutch Uncles のステージが始まった瞬間に友人からこう言われた。「このボーカリストの動き、funga77さんのダンスとまったく同一ですね。」それはまさに「コイツらスゲーかっこいいっ!!」と思った矢先のことであった。

勘違いしないでいただきたいのだが、オレはもちろん Duncan のように踊ることはできない。だけど、彼の感情高ぶるダンスとオレの本能のおもむくままの動きは「他に類が無い」という視点で同じように見えるらしいのである。世間で「カッコイイ」ことになっているストリートダンスや、伝統的ロックスターのステージアクションなどとは1ミリの接点も無い Duncan の動き。オレが本能的に捜し求めていたものとの出会いだったに違いない。なにしろそれは「オレ自身」なのだから。

ひさしぶりに「追いかけ」をしようと思い立つようなソウルメイトを発見できてうれしい。ところで言い忘れましたが、Field MusicEverything Everything にも通ずるような音楽の方も文句なしです。

これは2年前の曲(ビデオも当時撮影)なので、動きはいまひとつです。

いまはだいたいこんな感じ。最近のLondon でのライブ風景。雰囲気を汲み取ってもらえるでしょうか?日本人でいうとエガちゃんか?

Camden_2011

@The Bull Gate

劇的な出会いの場所。

Ge2011

@Hector House

そして最前列(50センチ)で鑑賞。

Reading_2011

 @ Festival Republic Stage, Reading

「本能の動き」ではあるが、実は練習とステージ慣れでさらに高みにまで昇華していくことが証明されたステージ。すごいことになってました。

2010年8月 9日 (月)

Veronica Falls

< 2010. 07. 24 @ The 1-2-3-4 Shoreditch Festival, London >

さて、興奮のサッカー・ワールドカップが終了してからはや半月以上が経過した。

ご存知の通りイングランドチームは不本意な結果におわり、優勝争いにはまったく絡めなかったわけだが、われわれ日本人から見ても岡田ジャパンが涙の敗退をする以前に消えてしまったイングランドチームの存在など、もはやなかったことになっているのかもしれない。

イングランドチームの不吉な予兆は最初の試合にあった。「負けるはずのない」対アメリカ戦でまさかの引き分け。オレはその様子をロンドン中心部のパブリック・ビューに混ざってビール観戦していたわけだが、キーパーの後逸、そして試合終了ホイッスルの瞬間、集まった大衆の絶望的なうなり声とためいきは、もはやこの世の終わりを思わせるほど悲壮感にさいなまれたものであったことを生々しく思い出す。当然勝つべきはずのアメリカ相手に善戦をゆるしたこと。この事実がその後の結果のすべてにつながってくるかもしれないことを、観客たちは胸騒ぎしたにちがいない。そしてそれはほぼ現実のものとなってしまった。

ところでこの対アメリカ戦がおこなわれる日の朝、オレはロンドン市内でBBCのニュースを見ていたのだが、当然ながら国中が応援一色に染まっている様子が次々とレポートされていた。イキナリ見覚えのある顔が出てきたと思ったら、 We Are Scientists のキースとクリスの二人組のインタビュー映像だ。秀作のワールドカップ・イングランド応援歌をこしらえた彼らアメリカ人ミュージシャンにBBCの記者は問う。「今夜の試合ですけど、アメリカとイングランドのどっちを応援するんですか?」 彼らの答えはいうまでもなく、「ナニいってんだ、あんた?アメリカごときが我らイングランドに勝つはずないべ・・。」

思えば2006年に彼らがブレークするきっかけとなった場所こそがUKマーケットであり、彼らお得意ののジョークもイギリス人にぴったりだったのかもしれない(つい最近もNMEで We Are Scientists への「お笑い質問コーナー」の大特集あり)。イギリスは彼らのようなアメリカ人ミュージシャンを拾って救った国であるともいえるだろう。だからこそこの国に愛着がわいているのに違いない。彼らは数多くいるそういった「アメリカ産英国育ち」ミュージシャンの代表のひとつに違いないのだが、実は逆に考えれば、イギリスこそが彼らアメリカ人に助けられている、という言い方はできないだろうか?

ここ最近、アメリカンバンドのUKにおける影響のひろがりはめざましく、一方それは純粋な英国バンドの不調と表裏一体となっている。たとえば、今年の話題をほぼ独占しているバンドが The Drums であることにはほぼ異論がないだろう。単独公演とフェスティバルとで目にしたが、楽曲・ライブパフォーマンス・ステージ上での礼儀正しさ、とあらゆる点で高得点のまったくスキのない連中だ。NMEの表紙で取り上げられた週には、同誌から「ベスト・ブリティッシュ・バンド・フロム・アメリカ」とまで言い切られる始末だ。ちなみに同号にはアメリカ特集が組まれており、最近の傾向を反映して、有望な多くのアメリカ出身バンドが紹介されていた。

今年の上半期に自分が英国で観たライブを思い出しても、こころに残るステージを披露してくれたバンドを指折り数えると、The Drums はいうまでもなく、先日のエントリーでもすこし触れた Dirty Projectors や Local Natives、それに加えて Beach House、Avi Buffalo、Real Estate、Here We Go Magic、War Paint、Best Coast、Surfer Blood、Girls、Still Flyin'、などなどといった、アメリカン・ドリームの素敵なヤツらばかりが名を連ねる結果とあいなってしまうわけである。そうだ、新人さんではないけど Hold Steady のステージには魂を洗われましたよ、まったく。ビジュアルでお前たちに勝てるバンドは、21世紀中には絶対にでてこないことだろう。

一方の英国ご当地バンドはどうか?話題の Egyptian Hip Hop なども念のため2回ほどステージを覗いてみたが、音源で聴くならばともかく、ライブはけっこうキツイ。おとなの(オヤジの、というか音楽ファンの)鑑賞には堪えられない物件であった。これは真剣にヤバくねか、おマエらイギリス人?外タレさんに頼らないと、ちょっときわどいところまで来てるんではないか、とオレは問いたいわけである。もちろん問い質して責めたいわけでは全然なくて、なんとかがんばってほしいだけなのであるが。

さて、そんなわけでオレは有望な英国バンドの新人さんをさがしに、そういった連中が集まりそうな気配をかもし出す、ロンドンはショーディッチの公園で開かれる都市型の小型フェスティバルに今年は足を運んでみたのであった。ただいま売り出し中のバンドからまったくのニューカマーまで、ベテランのゲストを含めると総勢80バンド以上が勢ぞろいだ。晴天にめぐまれ、絶好の屋外イベント日和である。コンパクトなレイアウトの会場にはステージが4つ。満遍なく移動しやすいので、極端に言えばすべてのバンドの姿を観るのも可能といえる。オレは気になるラインナップをできるだけ数多くチェックするべく、ビールを片手に会場内をぐるぐるとまわり続けた。

ところが期待に反して、なかなか「及第点」をかるくクリア、という案件にはでくわさない。ここでもやはり琴線に触れるライブパフォーマンスを見せてくれたのは、Dum Dum Girls というキャーリフォルニャァ出身のお姐さんたちだった。だれか・・・だれがオレを驚かせてくれるイギリス人はいないのか?ちなみにピーター・フック氏(&バンド)がゲストステージを努めていたのだが、まあ [Love Will Tear Us Apart] を演奏するのはよし、としよう。一応 ジョイ・ディビジョンのメンバーだったんだし。そこで当人がボーカルを務めるのもギリギリ許そう。だがしかしだ。その名曲でこぶしを振り上げ絶叫しまくりながら、全編「ウウァオー!!」と歌うのはアリか!? なあ、オヤジ?故人のバンドメイトに対してはもちろん、ここに来ている観客に対してそもそも失礼ではないのか、それは?というわけで、それはそれで真剣に驚かせていただきました。

それだけではない、最初からアメリカとの戦いを放棄しているとしか思えないような仕打ちはエスカレートしていった。ボビー・ギレスピー、グレン・マトロックそしてザック・スターキーらによる一晩限りのライブユニット、 The Silver Machine という余興バンドにいたっては The Troggs など往年の名曲をカバーするためのバンド、ようするにパブで仲間内でだけ盛り上がっていてもらいたい、といったような企画モノである。オレは当然ながらこれを無視することとし、別なステージで演奏中のアメリカン・スピリット Vivian Gilrs を堪能させていただいたわけである。

オレはそもそもアメリカ対イギリスの対決を評価するためにここに来たのではない。有望そうな地元の連中を探そうとしているだけなのである。しかしながら、一応はロンドンの若者文化の中心ということになっているこのショーディッチのイベントで、客寄せの柱となっているのがボビー・ギレスピーの座興バンド、ということでは、何の発信力もないタダの休日の暇つぶしだ。それはそれでまあよしとしても、結果的にアメリカからのゲストに完敗前提のこのオーガナイズは敗北主義と呼ぶべきか、それともさびしい現実と捉えるべきなのか。

そんなことを思っているうちに日も暮れてきた。メインステージでトリをつとめるカナダのバンドだけすこし眺めてから家路につこう、と考えたそのときだった。ふと見た「新人バンド」のテントに人だかりができている。するするっと中に入り込んで、会場中ほどのポジションを確保した。その日いちにちを通しての経験からさしたる期待も抱かず眺めたこのバンドが、実は最後の最後で大当たりだったのである。Veronica Fallswww.myspace.com/veronicafallshard  旋律そして音質と、オレのお気に入りのイギリスらしい音を聴かせてくれるスコットランドの新人さんであった。現在 iTune で3曲ほど購入し、アタマですっかりループしているところである。

この連中に出会わなければこの日のイベントは、とてもイギリスのフェスティバル会場で売っているものとは思えないほどおいしかった焼き立てのピザと、そしてやっぱり今のイギリスの音楽シーンはアメリカ人によって助けられ支えられている、という思いを新たにしただけにすぎなかったことだろう。しかしピザに限らず、イギリス人やればできるじゃないか!と今は言いたい。イギリスらしい音、いや「イギリス」マーケット、という方が正確かもしれないがそこにしっくりする音。オレの好きなそんな音を出してくれる新人のライブステージに出会えて、すこしだけホッとしてから帰り支度を始めた。

そういえば、前述のHMEでのインタビューで The Drums のメンバーがこう発言していた。「たとえば、 The Field Mice が世界一のバンドだった、ってことがあってもいいわけだよね?」

The Field Mice はオレが1988-89年ころ、圧倒的に好きだった、いうまでもなくイギリスのバンドだ。いや、バンドが好き、というよりはその「音」が「これこれ。まさにコレだよ!」という連中である。The Drums の発言は、彼らが最も影響を受けたに違いないこのバンドを引き合いに出して、でも自分たちは同じように優れた音楽を作りながら、成功もおさめてみせる、という自信の表れかもしれない。

オレ自身は、The Drums が今後どの程度のビッグなサクセスを手に入れるかどうかにはあまり興味がないが、いつの時代にも彼らや、そして The Field Mice、さらには Veronica Falls のような音を聞かせてくれる連中がいてくれればそれでよい。そして、それがライブで観続けられればなおよし、である。

ただ、できれば本家のイギリス人の方が不調を脱して活躍してくれると、もうすこしだけうれしいのではあるが。サッカーの話じゃないよ。

Vf

@ The 1-2-3-4 Shoreditch Festival

足がすくみますね、Beachy Head (英国南東部の切り立ったガケ)。わたしがイギリスで一番キライな場所です。夢に出るよ。

画像は動かないけど、名曲。昔のオレは「ライブ道」ではなくて「7インチシングル道」だったので、せっせと買い集めてました。

画像として人に見せる価値があるがどうかは分からないけど、怪作。なんだかドラムは見覚えのあるイギリス人のようですな。ご参考に。

●Kannouさま

コメント並びに応援、ありがとうございます。ライブ道の修行は続けております。近いうちに山を降りて説法にまわりたいと考えているのですが・・・。

実はいま、Reading Festival (2011・三日目最終日)に来ております、というか会場から民宿まで戻ってきたところです。曇天と寒さのため、PM4時には会場を後にしました。早退の新記録です。寄る年波には勝てないものですね。

2010年7月19日 (月)

Jamaica

< 2010. 05. 13 @ Horatios Bar, Brighton (Great Escape '10) >

パリのアパートを引き払い、ここフランクフルトに着任してから、一ヶ月半ほどが過ぎた。この間、仕事でロンドンやパリに行く機会はあいかわらず多かったのだが、ロンドン出張の場合には何とか一泊してライブハウスを駆け巡るパターンが常態化している一方で、パリで仕事がある際には、そそくさとその日のうちに日帰りで帰ってきてしまいがちである。

よく考えたら「粗食」に甘んじざるを得ないここドイツに急い帰ってきて夕食を食べる必然性もあまりないのであって、せっかくパリに行ったのなら、あちらこちらの安くておいしい店に誰か知り合いを誘って行けばよいようなものである。店も知ってんだし。まあ面倒くさいから今日のうちに帰っちゃおう、と思いやすいのは、オレが食通でもスウィーツ・ハンターでもないからなのだが、やはりナイトアウトをするにしても、UKのバンドをフランスでわざわざ観ることもないだろう、という理由が大きいと思う。

もちろん、フランスのバンドを観るために、いまさら夜のパリをさまようつもりもない。バンドと観客のコミュニケーションの輪にも入っていけないしな。まあ、フランス語の習得をあからさまにサボったオレが悪いだけなのかもしれないが。もちろん、とはいえそんなに観たいフランスのバンドがあるわけでもないのだから、しょうがあるまい。

とまあ、最後までおフランスに冷たかったオレなのだが、パリを離れる直前の数週間はさすがにすこしだけ優しい気持ちになっていたのかもしれない。今年の Great Escape '10 では、先日紹介した Pony Pony Run Run をふくめてフランスのバンドを3つも観に出かけたのである。個人的にはあまり楽しい記憶の少ない国ではあったが、一応は数年間世話になった土地だ。その国出身の若いミュージシャンがインターナショナルなバンドのショーケースで演奏する場を、あたたかく見守ってあげるくらいのことはしてあげるべきであろう。そう思って、イベント3日間のトップ、いの一番に観たのがコイツら Jamaica であった。www.myspace.com/ithinkilikejamaica

3~4年の月日をパリで過ごした結果、オレの中で「フランス人のムッシュー」というと、かなり限定的で特定された見た目のビジュアルがアタマに思い浮ぶ。具体的にいえば、かなり「髪型」に寄ったハナシになってしまうのだが、「ムッシュー」イコール、①7:3分けが伸びた長髪・②モシャモシャのアタマ、というのが経験に基づくオレの見解だ。で、この Jamaica というバンドを観終わったあとの印象は、「この二人組み、あからさまに①と②だなァ。以上終わり。」というものであった。

以前にも書いたことだが、いわゆるビッグネームでない「 Kitsune 」系のミュージシャンは、CDの Kitsune コンピレーションで聴くのではなく、ライブでお目にかかると、しょんぼりする確率が低くない。要するに、CDで聴くとカッコいいのだが、ライブだと馬脚を現すのである。音が加工されていないので。そしてこの Jamaica も残念ながらそのパターンにすっぽりと収まっている連中なのであった。

「地元民」としてせっかく応援に駆けつけたステージだったが、イキナリ不発でした。これからは再び「ヨソ者」として、フランス人に対しては厳しい目で見つめていきたいものだと思う。

Jamaice

@ Horatios

今年のフジロックにも初日の金曜日から出演するようなので、要注意物件である。この日は The XX や Broken Bells など、良いバンドがたくさん出演するようなので、あまりこんな連中にまどわされないようにしたいものである。

とはいうものの、あまりネガティブな情報だけを垂れ流すのでは気が引けるので、同じく金曜日のフジのラインナップの中から、お勧めできる連中を参考までに貼り付けときます。最近観たものなので、同じようなセットを体験できると思うが、 Jamaice よりは断然良いとおもうよ。あまり新人とはいえないですが。↓

Ln

Local Native @ Glastonbury Festival '10 (25/06/2010)

Dp

Dirty Projectors @ Glastonbury Festival '10 (27/06/2010)

2010年7月11日 (日)

Steve Mason

< 2010. 06. 25 @ The Park, Glastonbury Festival '10 >

さて日本ではそろそろ梅雨明けといったところでしょうか?じめじめしていると、それはそれでキツイものではあるが、からっと晴れ上がっても炎天下でアツいことには変わりがない。

欧州では一般的に言って「湿度」が低いため、気温が高くても「さわやか」ということになっているらしいのだが、当地フランクフルトでも毎日37℃とか、35℃とかいった日が続くと正直きびしいいものがあるぞ。オフィスや住居のエアコン装着率はいまだ高いとはいえないし、最近はタクシーもエアコン車が増えてきたとはいえ、客待ち時にはエンジンを止めているので、乗り込んだ瞬間に体中「鉄砲汗」だ。

先週も猛暑に襲われたパリ事務所の同僚とメールでやり取りをしていたのだが、夕刻あたりから彼の文面がおかしくなり始め、「暑すぎて、思考がまわりません・・・」という遺言と言うか辞世の句を送ってきて以降、プツリと音沙汰がなくなってしまった。当然ながらエアコンのついていないオフィスの中で悶絶しているのに違いないのだが、本当に気を失っていたり絶命していたりするとコワイので、オレは彼の無事を確認することなく、オレ自身もそんなことになってしまってはたいへんなので、そそくさと自分の事務所をあとにした。このヨーロッパも実はけっこう厳しいのである。

もちろん気温の高いこと自体は決してネガティブなはなしではなく、とくに通常は夜半にかけてぐっと冷え込む6月に実施される恒例のグラストンベリー・フェスティバルにおいては、「あたたかい」かどうかがこのイベントを楽しめるか否かの大きな分かれ道となる。UKのなかでも「グラストンベリー」イコール「泥」、といわれているように、この時期雨に見舞われて泥だらけになってしまいがちなフェスティバルなので、確かに「雨」にたたられるかどうかは、このイベントを堪能するための大きな分岐点だといえる。しかし意外と忘れがちだが、「夏フェス」といっても6月は冷え込む日がすくなくないので、かりに雨までは降らなかったとしても、厚い雲に覆われた日など、夕方になるとダウンジャケットを着込んでもまだ寒い!よって撤収!!という過去があったことは厳しいながらも事実なのである。(よく考えたら、夏フェスにダウンを持ってくのって、めんどくさいよね)

40年目のアニバーサリーを迎えた今年のグラストンベリーは、そういう意味では個人的にも大満足・大成功と呼べるものであった。なにせ雨が降らないどころか、気温は連日30度超。最後のバンドまで見終えても、ほぼTシャツ一枚ですごすことができたからである。オレが個人的に参戦してからの10年間では文句なくのベスト。BBCによれば、このイベント始まって以来の「でき」ではないかとさえ言う。いずれにしても、今年は期間中、朝から晩まで縦横無尽に巨大な会場を歩きまわることが出来、真剣に足が疲れた、というのが贅沢な悩みであった。こういうことがあるから「地球温暖化」も悪くないのではないか、ということだろうか、今年は暖かいにもかかわらず会場内の夜の焚き火発生率が昨年より高かった、と思う。

もうひとつだけ贅沢な悩みを言わせていただくと、さすがに日中は暑くて汗だくになった、ということである。もちろんそれはそれで楽しいんですけど。

実はオレは個人的に昔から守り続けているかたくななファッション・ポリシーがある。自分のようなただのおやっさんが「ファッション」というのも気恥ずかしいが、一種の身だしなみのようなものである。それはヒトコトで言えば、『人前で短パンをはかない』ということであって、それがプライベートであっても、仮にリゾート地であっても、決して短パンをはかないことをオレは人生訓としているのである。オヤジが素足のスネを人様の目にさらすのは、失礼千万極まりない、という個人的な過激思想をその根拠にしているわけだが、短パンを身につけた己の姿があまりにも情けないから、という真の理由はいちおうオブラートに包もうと、姑息に考えている。

まあなんにしても今年のフェス参加者17万5千人の中で、長ズボンや長ジーンズをはいていた人間の割合は、おそらく0.1%にも満たないであろう。数少ない例外が、スリムフィット・パンツ以外の選択をかたくなに拒むイマドキの子供と、そしてオレであった。炎天下で厳しい日差しの太陽の下、オレは下半身すべての場所で常に汗まみれ状態という、むしろかえってキモチ悪いオヤジになってしまっていたのであった。はたしてオレのポリシーは何らかの意味が少しでもあるものなのだろうか?よく考えたら、演奏する側のミュージシャンはそのたいていがフツーのいでたち、すなわち「短パン」ではなくて通常の長モノである。オレは見てないが今回のフェスに登場したスヌープ・ドッグにいたっては、ダウンのコートを着用して登場したという。客と演奏者、立場は180度ちがうが、彼らに見習うべきこともあったりするのではないか?そんなことも思いながら、ふとももに汗でべっとり張り付くズボンと格闘していたのであった。

さて、オレの予想通り Black Affair 名義の活動にもすっかり飽きてしまったように見かけられる Steve Mason 氏。ソロ名義の新作を発表し、このグラストンベリーにもやってくるというので、足を運んでみた。www.myspace.com/stevemasonlovesyou 前にも書いたとおり、なにをやっても結局は皆同じになってしまうヒトなので、安心しながら楽しむことのできた、良いステージであった。個人的に見逃して悔しい思いをしていた King Biscuit Time の名曲もいくつか披露してくれたことも、彼のセットに花を添えてくれていた。

ところでこの Steve Mason、そもそも外見上「オヤジ」感にあふれる逸材だが、今回寄る年波でその「オヤジ」度が以前にも増してアップしていたことは、ステージ最前列から容易に確認することができた。しかし、そんなささいなことは問題ではない。オレが魂を揺さぶられたのは、彼のステージ上でのいでたち、すなわち「短パン」姿に、であった。

今回のフェスに出演するミュージシャンの中にも「短パン」組はほかにもいるにはいたが、その大半は普段から「短パン」をトレードマークにしているような連中か、夏フェスらしさを色添えるために、メンバーのうち一人がおしゃれにショーツを着こなしている、といった風情のものである。ところが Steve Mason 氏の場合は、明らかに「今日暑いんで短パンにしました」的な、オヤジの休日感にまみれた、昔のバミューダ・パンツ風のビジュアルである。コンビニに寄った帰りにステージに上がりました、と説明されても誰も異論を挟めないであろう雰囲気だ。

もちろん、実際はちょっとばかりおしゃれなブランドものであったりする確率が低くないわけだが、少なくともオレの目には「中途半端な部屋着の短パン」にしか見えなかったのである。そしてそれは、彼自身の風貌に寄るところの理由が大である、というのがオレの見方だ。要するに「似合う」「似合わない」でいえば、Steve は圧倒的に短パンの似合わない男といってよいだろう。そしてステージでヒトに見られることを生業とする立場を考慮して考えると、「世界一短パンの似合わないミュージシャン」の称号を贈らざるを得ない、というのが今日のオレの結論だ。ライブの減点にはまったくならないけど。

彼のステージが終了し、引き続き汗だくになりながら別のエリアに移動する最中に考えた。オレが人前で短パンをはかないという意味不明のポリシーは、必ずしも間違ってはいない、と。

Sm

@ The Park

オレは最前列から観たのでヤツがオヤジとして完成している「さま」を理解できたが、遠くから見た観客は夏休みの小学生にしか見えなかったに違いない。「陰」と「陽」だと、このヒトは前者なので、真夏日の真っ昼間はそもそも相性が良くないのかもしれない。

ところで「陽」の The Aliens をはじめてみたのも、数年前のこの The Park ステージだったなあ。このステージの責任監修者 Emily Eavis (主催者の娘)って、ベータ・バンド好きなのね。だったら、Steve のステージを無理やり夜に持ってくる、という選択肢もあったのではないか、とも思う。

2010年6月13日 (日)

The Lotus Eaters

< 2010. 06. 11 @ Barfly, Camden, London >

わたくしこと funga77 はこの道一筋34年ほどになる年配の者である。

「この道」の一環に含まれるであろう「ライブ道」求道(入門11年目)についてはそれが何を指すのか過去に何回がこのブログでも触れてきたが、「この道」自体、すなわちひたすら英国音楽市場の最新動向をフォローし続ける、という行為は、たとえそれが自分自身の一番の趣味であったとしても、よく今まで続いているなァと、すくなからず感慨深いものがある。

まず一番最初にフォローしたバンドは Dr Feelgood であった(東芝EMI当時のファンクラブにも入会済。会員は全国で20名ほどでした)。時代は1975-6年のいわゆる「PUNK前夜」だ。最近で言えば、さきごろライブを見た Chapel Club とか Darwin Deez など、とりあえず話題なので観にいったという新人さんになるのだろう(バンドの国籍に関わらず、英国マーケットでの活躍をめざす方々、もしくは英国マーケットで注目をあつめるヒトタチ)。

まあなんにしても、たゆまず「新しい音」を長年ミーハーに追い続けてきたところがミソである。本当の最先端の音に詳しい方から見れば、かなりぬるいことをやっていることは否定できないし、音楽情報の生き字引みたいな方からすれば、オレの方は素人の域を出ないことは十分心得ている。だけど、この30有余年という単位で、言ってみればインディやオルタナティブ系と一般に称される分野を一貫して飽きることなく続けて追いかけてきたことは、我ながらではあるがゴクローさまでした。ホント。

とはいえこの長い年月の間には「危機」もあって、ようするに「飽き」かけたこともあるのを思い出す。

特に「この道」に入門した高校生時代には、ちょうどPUNKの発生からニューウェーブへの発展期があって、驚くべき新しい音楽が次から次へと出てくるものだから純粋にどっぷりのめりこんでしまったので、かなりマニア化した領域まで一気に突進したのである。その反動、とでも言ったらよいだろうか、1982-3年頃になると新しい領域の音楽が増えてきすぎたためになかなか追いかけられなくなってしまった。ちょっと疲れてしまったのだ。どうもこのころになると、自分の好きな音楽であるか否かを問わず、新しいものすべてを追いかけなければいけない、という脅迫観念に近いものにとりつかれていたようである。

で半年くらいのあいだ、あまり新しい音楽を聴かない期間というものができてしまった。そうするとまた新しい情報から遠ざかってしまうので、なんとなくなし崩し的に音楽趣味に対して距離ができてしまったのである。ここでずるずると行ってしまって今日に至れば、オレは70年代のPUNKにだけやたら詳しい、「昔の音楽はよかったよ~。今の音楽はみんなかつてのパクリでカスみたいなもんだなー。」と威勢はいいが周りの若い方々からはからはまったく尊敬されないおやっさんになっていたことだろう。(注:今のオレが若者から尊敬されているわけではまったくないが、もののたとえとして)

この「危機」を救ってくれたバンドが The Lotus Eaters である。www.myspace.com/thelotuseatersuk 偶然近所の貸しレコード店で見かけたのだが(この頃になると、レコードも買わずに貸しレコード店にあるような「ぬるい」モノだけしか聴かなくなっていた)、この店にしてはちょっとばかり気合の入った品揃えという感じがしてさっそく借りてみたのである。

結果は捨て曲なしの大当たりで、久々に「この道」を目覚めなおすきっかけとなりました。こういういいバンドが、今の世の中には他にもいっぱいあるかもしれないのである。自分から積極的にどんどん探しに行かなければいけない。そう決意を新たにし、「この道」に再入門、以来小さな紆余曲折はあったものの基本的には一貫して一修行僧の立場をつらぬいてきた。 The Lotus Eaters は、オレが信仰を誤りそうになた時に助けの手を差し伸べてくれた「師」とも呼ぶべき人たちである。まさに「蓮(はす)」の上に乗っていそうなカンジではないか。

解散以降地味なソロ活動があったものの基本的にはヒトマエにあまり出てこなくなった彼ら。まあ、お呼びもかからなかったのだろう(オレは輸入版ソロ活動12インチシングルとか買い集めていたが、コレはつまらんかった。)。最後にロンドンで演奏してからもう10年もたつという。そんな彼らが何を思ったのか新アルバムを出すらしい、と聞いた。それに合わせたのかカムデンの Barfly で演奏すると言うものだから、オレは早速チケットを購入し、昔のお礼を言いに出かけたのであった。

ピーターもジェレミーもすっかりパブでサッカー観戦の似合うオヤジさんに成り果てていたが、観客は見かけが輪をかけた切なさのオジとオバである(含むオレ)。かれらの代表曲をすべて網羅したアコースティックのセットは、なかなか感動的なものであったし、会場の定員の半分にも満たない観客ではあったが、その声援の大きさとやさしさは普段の Barfly で経験するものよりは格段上のものであった。

途中ピーターが「新しいアルバム作ってはあるんだけど、発売できるかどうかな~。」と言うのを聞き、オレは即座に「とにかく買わせていただきます」と、いまや即身仏のような髪形になってしまっている彼にむかって心の中で手を合わせたのであった。

Tle

@ Barfly

ちなみにオレが MySpace をはじめたとき、真っ先にフレンズ・リクエストを申し込んだのは彼らThe Lotus Eaters 師に対してである。当時の彼らの近況を知りたかったからだ。それから数年かかってしまったが、今回ついに会うことができてとてもよかった。

ところで彼らの演奏が始まる前、会場では Dr Feelgood のアルバムがずっと流されていたが、個人的にはとても因縁深いものを感じたしだいである。初心を忘れず「この道」を突き進め、というお告げのように聞こえたのであった。

●コメントバックできないので、追記します。

コメントありがとうございます。そうなんですよねぇ、ツアーらしきものもおこなう予定のようです。正直言うと、こうして目にすることのできるバンドだとは思っていませんでした。長生きはするものです。

2010年6月 6日 (日)

Pony Pony Run Run

< 2010. 05. 14 @ The Freebutt, Brighton (Great Escape '10) >

英国に居を構えていたときのハナシだが、電気・ガスなどの公共サービス、あるは銀行などの「お客様相談室」に電話をするときは、けっこう身構えたものである。だいたいそういったサービスは北イングランドとかスコットランドにオペレーションセンターがあって、電話を受け取る係りのヒトは強烈な土着訛りの英語をはなす。表情を見ながらだとまだなんとかなるものの、電話だといったい何を言っているのかまったく分からないことがあったりするものだ。

もっとも強烈なのは回線がインドに回されてしまうときで、会社としてはその方が賃金も安くて効率的なのかもしれないが、客であるオレはハッキリいって困る。とりあえず分かりやすい話し方をしてくれるオペレーターもいないではないが、まったく容赦ないインド英語を繰り出されると手の施しようがない、すなわち会話が一歩も前に進まなくなってしまうことがあるのである。「なんですって?もう一度言ってくださいますか?」「ええ。ですからविकिपीडिया(英語を話してるはず)を教えてください。」「えっ?なっ、なんと言いましたか?」「विकिपीडियाです。分からなければज्ञानकोशातूनでもかまいませんよ。」「なっ、な・・・・・・・・。」

先方は何が問題なのかまったくわからないので、ハナシがかみ合わない。そこでオレは逆ギレしたふりをしながら、「キミの説明は要点をえないので、はなしにならん!日を改めて電話かけなおす!」と言って受話器を置き、0.5秒後にはもう一度同じ電話番号にトライしてみるのである。なんとかすこしでもわかりやすい英語を話すインド人にでくわさないか、という淡い期待を抱きながらの卑屈な作戦はあるが、英国で穏やかに暮らすための生活の知恵でもある。

ところで、このインド人大作戦と並ぶほどの緊張を強いられた経験があるのは、ロンドンにおけるフレンチ・レストランであった。

まあ一般的に言ってフランス人の話す英語は分かりやすい。第一母国語でもなければインド人のように公用語でももちろんないので、そもそも難しい単語を使ってこない。オレの所属していた会社に籍を置くフランス人はみな英語が達者だが、多少の訛りがあっても理解できなかったことはほとんどない。せいぜい向こうの英文法がめちゃくちゃな場合に首をかしげたくらいで、それでも先方が一生懸命オレに対して意図を伝えようとしているわけなので、最後には分かり合えるのだ。

オレのいう「フレンチ・レストラン」とはロンドンの中心部セントジェームス近辺に軒を連ねる高級店で、まあハッキリ言って接待でもなければあまり縁のないところだ。UKの場合レストランはミシュラン評の☆のみが評価の基準になるわけではない。味よりは、「いかに高いか」「いかにおしゃれな雰囲気をかもし出すか」「いかにクリエイティブか」がポイントになっていて、少なからずの場合、味のほうはどうでもいいことになっている。そしてだいたいセレブリティ関係者はそういったところに登場するものなのである。

したがって、ロンドンでも伝統的な高級フレンチ店はともかく、こういった「セレブ」系高級店に入ってしまった場合、店員のフランス人から強烈な洗礼を受けることとなってしまう。金融危機のしばらく前、ロンドンがバブルの真っ只中だったころ、オレも接待要員として何度かこういったお店ののれんをくぐったが、なんと彼らはすべてフランス語で話しかけてくるのである!しまった、こういう店に来るには「フランス語」という文化教養がなければいけないのか!と自らの知的レベルの低さを嘆いたわけであるが、よく見るとフランス語が一ミリもできないはずのオレの同行者(英国人)がその店の給仕と談笑しているではないか!

そしてよくよく聞いていると、実は彼らは英語で会話をしているらしいのである。そうなのだ。そのフランス人給仕が話しているのは、文法的には100%正しい英語であって、発音は200%フランス語なのである。つまりこのお店のヒトタチは、本来英語が流暢で、発音も本来かなり本場感のある話し方ができるであろうにもかかわらず、あえてフランス語にしか聞こえないような発音の仕方で英語を話すことで、このお店の高級感、おしゃれ感をかもし出すことに腐心しているのであった。セレブを含む客の英国人は、この雰囲気をたのしむために、ハッキリ言って味的には「いかがなものいか」感の漂いまくるこのレストランに大枚をはたいているという仕組みなのである。しかがって、オレのような外人からすれば、インド人の英語が分からないのと同様に、このフランス人給仕の言っている英語の内容がまったくよくわからないという事態に陥ってしまうのであった。銀行の電話サービス窓口と違って、一方があからさまに分かりづらく話そうとしているわけだから、こちらは更に始末にわるい。

もっともこれは、おフランスに対する憧憬を隠し切れない英国人の弱点と言ってしまってもよいだろう。本来仲の悪い国同士で、お互い相手をバカにする悪口には事欠かないのだが、なんだかんだいって最終的にイギリス人はフランスに対する憧れの部分を隠しきれない宿命を持っているようだ。まあ、オレは単なる東洋の未開人なので、ミソもクソもイギリス人もフランス人も一緒だ。なんでもいいから分かりやすく話してくれよ、と純粋に思う。

さて、そういった英国人のフランスに対する憧れをあらためて思い出したのは、先日の Great Escape ('10) で最近売り出し中のフランス人バンド Pony Pony Run Run を観たときののことである。www.myspace.com/ponyponyrunrun

実は彼らのことは3年ほど前から良く知っていて、もちろんそんなに気になる連中ではなかったのだが、オレがパリに移ってから Fleche d'Or その他のライブハウスに英国バンドを観にいくと、かなりの確率で頻繁に前座をやっていたのを片目で眺めていたからだ。そんなに伸びてくる連中とも思えなかったが、昨年から今年にかけてシングル曲 [Hey You] (英語の歌)が地元フランスで大ブレーク。連日ラジオでヘビーローテーションの人気者となっていた。いまや Phoenix に続け!とばかりに盛り上がっているバンドに成長してきたのである。まあそんなわけでせっかく「地元」のよしみもあるし、バンドのショーケースイベントでどれくらい通用しているかを見るためと、ちょっとばかり応援してあげようとおもって彼らの出演する会場まで足を運んでみたのであった。

会場に入ってみると、まわりでちらほらフランス語の会話が聞こえてきた。そうか、英国在住のフランス人たちも観に来ているわけね、と思いかけたがどうも様子が変だ。「フランス語」が聞こえると言っても、「ぼんじゅーる」とか「とれびあーん」とか子供だましのような単語ばかりだ。もしやと思ったら、そういった会話や発言の源は英国人観客のようだ。そしてバンドメンバーがセッティングのためにステージで作業をし始めると、観客フロア奥のPAスタッフにいろいろフランス語で会話をしだしたぞ。それを観客の英人婦女子のみんさんは、そのフランス語をなぞるように復唱(のマネ)をしながらうっとり眺めているではないか!やはり本物のフランス語をはなすムッシューの威力おそるべし、といったところか。

そして演奏が始まり盛り上がりの中で [Hey You] が演奏されると、観客の皆さんは『♪Hey You!』のくだりで大合唱だ。もちろんいうまでもなく、「ヘイ・ユー」ではなくて「エイ・ユー」だけどな、全員。

「エイ・ユー」はフランスのラジオで聴いて十分知っていたわけだが、英国人にもバッチリアピールしましたな。このバンドがこの日のステージ上であからさまに聞こえるように使う仲間うちフランス語会話(彼らは皆若者なので英語は流暢)を聞いていると、ステージから観客に向かっては英語で話しながらも、英国人観客に「フランス語」が絶大なる効果を示すことを知り抜いているようだ。

イギリス人、とりあえずもてあそばれているような印象もないわけではないが、バンドなりの必死の戦略ともいえる。英国でも売れるといいね。いまやフランスではチケットがソールドアウトのバンドになってしまったので、ブライトンで気軽に見られたのは得したってことなんでしょうか?

Pprr

@ The Freebutt

ちなみに、フランスのラジオ局DJが彼らを紹介するときは、英語読みの「ポニーポニーランラン」ではなくて、「プニプニランラン」にしか聞こえません。日本におけるフランス語の弱点がもろに出た好例といえよう。

●ににさん、いつもコメントありがとうございます。

そうなんですよ、彼ら (We Are The Physics) ひさしぶりにロンドンで演奏するんですよね。実はその夜はThomas (Tom) White のチケットを買ってあって、テムズ川の南側に行く予定です。どうしても今彼を観たい、というものでもないのですが、ハッキリいうとこのブログネタのためです。さいきんライブ道もだいぶ動機がよこしまになってきましたが、「うわーつまんねーやっぱりフィジクスいっとけばよかったー」と後悔してしてしまうのも、ライブ道修行になるのではないかと瞑想中です。荒行すぎますが。

でも、彼らのライブぜひ楽しんできてください。観ていて楽しめるだけでなく、応援もしてあげたくなってしまう方々です。あとちょっとだけ真剣に行く末も心配しているので、万が一にも「負」のオーラを感じてしまうような事態があったら、ぜひ教えてください。

期せずしてライブ道初の「予告編」になり、失礼しました。

●ににさん、We Are The Physics いかがだったでしょうか?当方はTom氏の演奏を見終えて帰ってきたところです。まったく予想を超えた、驚くべきものだったので、慎重に筆を進めたいとかんがえております。

●ににさん、We Are The Physics 楽しんでもらえたようですね。なにより、彼らからネガティブな念波が発せられていなかったいうことで、本当にほっとしました。次回は応援に駆けつけたいものです。ところで、Tom氏はともかく、当日のメインアクトはわたしの苦手なザ・フラテリスのお兄さんがやってるサイドプロジェクトでした。まあ、トム・ホワイトだけ観にいったので、おまけだったのですが。まったく偶然ながら彼(ジョン・フラテリ)を椅子席の一番前で見る、という経験はロッキー・ホラー・ショーを観にいったあとのように、トラウマになりそうです。

2010年5月31日 (月)

Silver Columns

< 2010. 05. 13 @ The Freebutt, Brighton (Great Escape '10) >

さてエレクトロ系2人組といえば、たいていは「もぞもぞくん」、と相場が決まっているものだ。

Chemical Brothers しかり、Simian Mobile Disco しかりで、「音源」の演奏者たちは狂乱のダンスフロアをあざわらうかのように、ただただステージの上で鍵盤と格闘しながら体をわずかにもぞもぞと動かしているのみ、というのがお約束である。まあ、ライブとして見ごたえがあるかというと、踊っている方はただの「あほう」なので、そんなことはどうでもいいことだろう。オレのように踊らない(年齢的制約がキツく、踊る意思があっても体が=具体的には腰が=ちょっと心配な)オーディエンスはよるべなくステージを眺めるわけだが、乱痴気のフロアを自ら仕切っている連中と言うのは、ある意味、あんまり激しく動かない方がカッコよかったりするものかもしれないな、とも思う。

ところで、仮に新人のDJがブースに登場して曲を流し始めても、フロアがしーんとすることはあまりないだろう。DJの実力にかかわりなく、客は皆踊りに来ているだけだからだ。しかし、これがバンドのショーケース・イベントにおけるエレクトロ系の連中だった場合、多少様子は違ってくる。

客は彼らを観るのは初めて。どういった連中がいかなる演奏をするのか、固唾を呑んで見守っているはずである。最初は様子を見守っていたオーディエンスも、バンドの力量そして盛り上げ方しだいで、徐々に体が動いて踊りだす。ついには大盛り上がりの大団円でライブは終了-というのが、ある種理想的なながれと言えるだろう。

最近オレの頭の中でループしてはなれない、[Brow Beaten] という曲を擁する Moshi Moshi レコード一押しの新人エレクトロ2人組 Silver Columnswww.myspace.com/silvercolumns どうひいき目に見てもジミー・サマーヴィルのコピーにしかきこえないところが、たまらない魅力である。今月頭の Camden Crawl ('10) では会場が離れすぎていたため寒さに負けて断念したが、2週間後の Great Escape では首尾よく姿を捕らえることができた。

もっとも当日は日中の出演で、そんなに多くない観客はまだ酒にも酔っていなければ、薬物で正体不明にもなっていない。最近話題のこのデュオを一目見ようと意気込んで駆けつけてきた連中(含むオレ)が、腕組みしながら彼らの演奏を待っている、というありがちな緊迫した状況だ。演奏開始から彼らは「もぞもぞ」プラスアルファ以上の動きである。観客に動きがない分、自分たちが多少大きめに動く、というのは常道と言えるだろう。まずは自分たちが「ぐしぐし」と動くことによって、観客側によいインパクトを与えようというわけだ。

演奏も中盤から後半にかけて、オーディエンスの反応もだんだん良くなってきたぞ。セット後半で [Brow Beaten] がプレイされると、会場内はそこそこの盛り上がりになってきた。このショーケースはなかなか成功だったのではないか。そう思った瞬間、メンバーの片割れ(ハゲ+メガネ)がなんとドラムを一基かかえて観客側に飛び込んできた。残りの一人が鍵盤をたたいている間中、観客のど真ん中で狂ったように太鼓のバチたたきである。オレタチは大喜び、というよりはあっけにとられてそれを眺めていたわけだが、そいつが観客側からステージ壇上によじのぼり、鍵盤に戻ったあたりでたしかにこのライブは最高潮を迎えたと言ってよいだろう。

ところでその直後、どうにもそのハゲ+メガネの様子がおかしいことに気がついた。演奏しながらしきりに頭をさすっている。そして観客の一人がさしだす白いハンカチ。・・・・どうやら頭から血を流しているようだ。

重篤な事態ではもちろんないが、どうもコイツはステージに上る際、頭上のPAにあたまを「ゴチン」してしまったようなのである。そして挙句の果てには側頭部からかなりの流血をしながら気丈に演奏を続けていたのであった。まもなく演奏はフルセットを終了し、歓声の中2人はステージを降りていったが、こっちに手をふらんでいいから早く手当てしろ。

エレクトロ2人組と「流血ライブ」。はっきり言って、まったく似合わない組み合わせである。オレの中では強烈な印象をのこしたライブとなったが、やはりこっち系のヒトは「もぞもぞ」に徹した方が良い、という教訓を改めて教えてくれたような気がした。見ていて面白いとかつまらないのはなしではない。ヒトの健康に関わることである。

ケミカルやシミアンの連中も、一度「痛い目」にあって今のようなスタイルを確立したのかもしれない。

Sc

@ The Freebutt

演奏者が観客からハンカチをもらう歴史的瞬間。流血直後。

Brow Beaten 絵は動きません。

2010年4月29日 (木)

Caribou

< 2010. 04. 23 @ Point Ephemere, Paris >

仕事柄、「出張」ということでヨーロッパの中を飛行機で移動することが多い。先週は例の火山灰騒動のおかげでロンドン出張とフランクフルト出張がすっ飛んでしまった。いろいろはかどらなくなってしまったので、まあ面倒といえば面倒なことではある。

もっとも悪いことばかりではなかった。

南仏からロンドンに行く予定の飛行機がキャンセルになり、とりあえずパリでしばらく足止めされることになった、会社の同期入社にしてもと同じ部署の同僚(現在は別な会社に勤務)N君から急遽の電話が入り、お互い旧交を温めることができたのだ。あいかわらず高そうなスーツ着て、人生の成功者のようだったなあ。まあオレも齢50を間近に控えてこれからの会社員人生がどうなるのか考えないでもないのだが、いずれにしろ「ライブ道」で突っ走れるうちはなんとかがんばろう、と決意を新たにした夜だった。

もうひとつ良かったことがあって、それは前売り券を買って楽しみにしていたにもかかわらず、その後決まった出張のために観にいけないことになってしまっていた Caribou のパリでのライブを、結果的に楽しむことができたことである。www.myspace.com/cariboumanitoba 新作を引っさげてのツアーではあるが、オレ自身はず~っと見逃し続けていて、初めてのライブ体験だ。当日は火山灰後の空港再開から2日目だったが、オレが出張で乗るはずだった飛行機は混乱の中で間引かれ欠航し、パリから外に出られず。一方ミュージシャンの彼らは首尾よくパリに移動してこれたようだ。仕事の方は多少困ったことになったが、ライブ道的には偶然にも喜ばしいことになったのであった。

当日の会場 Point Ephemere は映画『アメリ』で主人公が石を投げて水切りをするサン・マルタン運河に沿って位置するライブハウス件文化イベント施設だ。ちょうど陽気が良くなってきたこともあり、あたり一帯は若者を中心にとてもにぎわっている。なかなか雰囲気の良いエリアでもあり、オレは散歩がてら運河沿いを行ったりきたりしていたら、どうやら時間を食いすぎてしまったようだった。会場に入ったときにはすでに演奏がはじまってしまっていたのである。

とはいえどうやら演奏開始直後のようす。おれはソールドアウトで混雑する客をなんとかかきわけて、会場の中間ほどまで進むことができた。斜めからのポジションなので、会場の柱が多少視界の邪魔になるものの、主役のダンはバッチリ、そしてゆったりと観ることができる、なかなか悪くない位置である。オレはアンコールまで含めて、この才気あふれる連中をたっぷりと楽しむことができた。やっぱり、「録音は個人プロジェク」、そして「ライブはバンドで」って、ライブ観にいく醍醐味ですな。

最後の拍手を送りながら改めて思ったのだが、フランス人の女性って、基本的に上背が高すぎなくて、いいですよね。ライブ鑑賞のライバルとしては。この日の観客、それもオレの目の前からステージに至るスペースに陣取っていた方々は、偶然すべて女性。しかも全員フランス人としても小柄か、せいぜい平均身長のかたがたばかりと見えて、オレの視界を邪魔するものは、例の柱以外何もない状態。柱は通常うごかないから、ライブを通して前にいる人間のアタマがあっちへこっちへじゃまくさい!ということがまったくなかったのであった。これだけでもなかなかの高得点ライブといえまいか。思い返せばイギリス人はもうすこし背が高かったしなあ。以前のエントリーでも書いたが、結局前に立ちはだかる人間の「アタマ」のためにせっかっくのステージが台無しになってしまうのはなんとももったいないものだ。

過去イチバン最悪だったのは、今をさかのぼることもう20年位前だが、当時それこそ出張で東京からドイツのフランクフルトに数ヶ月滞在していたときの話だ。

夜は比較的暇な日が多かったこともあり、せっせとライブに出かけたりしていたのだが、ある週末、当時オレのお気に入りだったマット・ジョンソン率いる The The が隣町のビースバーデンで屋外ライブを行うという情報を入手した。しかも The Smith を脱退して間もないジョニー・マー(現 The Cribs)がギタリストとして参加して初めてのツアーという記念すべきおまけまでついていた。喜び勇んで観にいったのはいうまでもない。会場入り口で首尾よくダフ屋チケットを入手したのだが、ステージ前まですすんだときに驚愕せざるを得ない現実をつきつけられた。よく考えたら当たり前なのだが、観客のドイツ人若者たち、みな巨人なのである。いや、もしかすると巨人とまではいえないのかもしれないが、オレの目の前に展開されるのは、彼らの背中でこしらえられた壁・壁・壁である。結局オレはマット・ジョンソンもジョニー・マーも、1ミリも拝顔することなく、演奏終了と同時にすごすごとホテルに帰らざるを得なかった。

とまあ、そんなことを思い出したりしたので、普段はパリの悪口ばかり言うオレではあるが、パリのライブもなかなか悪くないかもしれないかなあ、などと思いながら再び運河沿いを歩いた。すっかり日は落ちていたが、若者の賑わいは相変わらずだ。夜は夜でまた違った趣がある場所だ、と思った。

ところではなしは変わりますが、このたびパリからフランクフルトへの転勤が決まりました。

移動まではまだ多少の時間があるが、引越しを含めて忙しくなるかもしれない。ロンドン同様「出張」でパリには頻繁にもどるだろうが、「住民」としてパリのライブハウスを訪れるのはもしかしたら今夜が最後かもしれない。そんなことを思いながら再びサン・マルタン運河沿いを散歩してから家路についたのであった。デカ敵にくじけなければ、今後もレポートを書きたいと思っている。軒並みソールドアウトだった The XX のヨーロッパツアーで数少ない「未完売」都市だったフランクフルト。もしかしたら意外な穴場なのかもしれない。

Caribou

@ Point Ephemere

ドラムを連打しているときが、一番うれしそうでした。

Pe

Point Ephemere 夜景。外から引っ張ってきた写真。

2010年3月30日 (火)

Delphic

< 2009. 08. 29 @ NME/Radio One Stage, Reading Festival '09 >

< 2010. 02. 16 @ Nouveau Casino, Paris >

「良いライブ」の定義はいろいろあると思うのだが、ミュージシャンの調子の良し悪しや演奏の出来不出来といった先方頼みの要素だけではなく、自分自身の決断と努力によってそのライブが極上のものになった、という経験をした。ライブ鑑賞のポジション取りがうまくいったのである。

その夜オレはひさしぶりに Delphic を観に出かけたのだが、会場に入ったのが前座バンドの終了直後、さすがに人気の満員御礼で、文字通りぎゅうぎゅうのすし詰め状態である。www.myspace.com/delphic 一歩も前に進めないばかりかステージも拝めない。このままでは何のためにやってきたかわからない、と一瞬ひるみかけたが、次の瞬間オレは確信を持って周りの人間を掘り進めながら最前列まで行く決断をした。

オレは心理学の専門家ではないが、長年のヨーロッパ暮らしの結果こっちの人間の行動心理を実体験を持って深く学んでいたからである。ヨーロッパ人の行動心理、それは常に「なにも考えていない」という原則に貫かれていることをオレは知っているのであった。

たとえばのハナシ、海外から飛行機に乗って成田空港に到着したとしよう。日本人用のパスポートコントロール窓口が仮に3箇所開いていたとしたら、その3箇所に並ぶ人間の数は自然に均等に調整されてくる。あとから並ぶ人間は、できるだけ短い(と自分が感じる)列に並ぶのがフツーだからだ。ところが欧州のいろいろな町で経験するのは、この原則がかならずしも当てはまらない、ということだ。さすがに窓口がすぐ横に並んでいたりすると一応は自然の調整機能が働くわけだが、もしひとつの窓口だけがぽつんと離れた場所にあったりすると、とたんに人々の注意が払われなくなる。つまり、ほかの列は長蛇でならんでいるのに、すこしはなれたところにはヒトが一人か二人しか並んでいない窓口が存在したりするものなのである。

同じようなことはフェスティバル会場でもよく経験する。

大型小型を問わずテントステージに人気者が登場する場合、観客がごった返してしまうのはよくあることである。テントの外まであふれかえるヒトの海。それにつられてさらにヒトがどんどんと集まってくる。こうなった時点で、もう中のステージを堪能するのはほぼ不可能に思えることだろう。ところがヒトの波が流れる導線をはずして、テントの逆側に足をはこんでみよう。テントの左側が混沌状態だとすれば、右側の前方にむかってみるのである。するとどうしたことか、ほとんどの確率でそのあたりはヒトもスカスカで、テントに容易に入り込めるのみならず、ずんずんと奥まで入っていけてしまうものなのである。

これらのことから導き出される結論は何か。それは欧州人の行動心理上の原則は「なにも考えていない」ということに他ならない。「すいているところがあるかもしれないから探してみる」というアクションを起こす中枢神経があまり発達していないのかもしれない。いずれにしても、オレのようにこざかしい日本人からしてみればまるで「チャンスの国アメリカ」状態である。その時点で「もっとも良い場所」を探しだすことの出来る天性の才能を持った日本人にとって、ヨーロッパはぬるい戦場であるともいえる。

そんなわけでオレはとにかく Delphic を最前列で堪能するべく行進をはじめた。たしかに最初の10メートルほどはかなりのしんどい思いをした。隙間のまったくない中、ムッシューやマドモアゼルたちを無理やり押しのけて前進するのである。かなりイヤな顔をされるのはいたしかたない。ところが、ある地点にいったんたどり着くとどうだろう。観客は適度な間隔をあけて立っており、そのどこに身を入れても違和感はないし、邪魔にも思われない。そしてさらにずんずんと一番前まででてみると、そこにはヒトがまったくいない広大なスペースが。オレはパリにいながら「ここは自由の国アメリカか!」とこころで叫ばすにはいられなかった。会場内の気温も上がってきたので、オレはコートをステージそでにたたんで置くと、ステージ左側の最前列に陣取った。もうすこしステージ正面に移動することも可能だったが、みるからに爆発的なダンスを踊りだしそうな観客数名の姿を確認したため、すこし恐れをなして、横にずれたのである。その時点でオレのうしろ3メートルはヒトがまったくいないフリーゾーンである。オレは適切な判断と勇気ある行動によって、絶妙のポジションを獲得することが出来たのであった。

メンバーがステージに上がってきた時点でオレとの距離1メートル。アルバム発表直後の彼らの絶好調ライブをしっかり堪能させていただきました。バンド自体もすばらしかったが、彼らの力だけに頼ることなく、自分自身の気力でなしとげた良いライブであった。なかなかみみっちいハナシだが、オレとしてはかなり充実した夜だったのである。

Img_4668_1_2

@ Nouveau Casino

キツネつきのひとにパリジャンはやさしい。大声援を受けていた。

Delphic

@NME/Radio One Stage

2010年3月29日 (月)

The Pains Of Being Pure At Heart

<2009. 05. 14 @ Po Na Na, Brighton (Great Escape '09)>

オレは「ライブ道」を突きつめるために、日々それなりの投資をおこなっているので、それ以外のことにまわすお金はそんなに多くない、普通のしがないサラリーマンだ。

ライブのチケット代は日本でバンドを観るよりは安いかもしれないが、それでも闇雲(やみくも)にいろいろなチケットを購入してしまうクセがついてしまっているので、合計するとかなりの金額になっていると思う。急な得意先接待が入って無駄になるチケットも少なくない。もちろんフェスティバルなどへの遠征費(旅費)が重なってくると、これはこれでばかにならない散財となる。

もちろん、生活が苦しい、ということでもないのだが、オレはこの「ライブ道」求道を言い訳として、ほかの出費、たとえば家の中の飾り、すなわちインテリア周りには一切というかほとんどお金をかけないことにしているのだ。いつも「家具」「食器」つきという、オンボロながらなんとか使用に耐えうるおまけのついた借家を借りるようにしているので、そもそもインテリアを購入する理由が無い状況をつくりだしている。今住んでいるアパートも、バスタオルやシーツから包丁・まな板まで最初からそろっているので、あえて何かを買い足す必要もないのである。

だいたいロンドンにしろパリにしろ、最初から揃えてある家具・小物の類は大家の趣味で選ばれたものである。もちろんほとんどの場合彼らは「センス無しノ介」か、あるいは何も考えないでインテリアを選んでいるので、はっきり言ってなぜこんなものが世の中に存在するのかまったく理由がわからないような得体の知れない柄のカーテンやベッドカバー、そしてカーペットがあらかじめ備え付けられていたりするのがフツーであり、従ってそのようなインテリアでもこころ安らかに暮らせるだけの精神力が必要となってくるのである。「こんぶ柄」(にしか見えない)シャワーカーテンが設置された部屋に、「フィガロ・ジャポン 北欧-小物の王国」特集号などを普段から愛読している婦女子が入居を決心するのはたいそうな困難を伴うであろう、と想像するのである。

オレ自身は多少の物事に動じない年齢に達してしまったので、どのようなインテリアの家でも念仏を唱えながら暮らすことが苦にならない。というか、オレ自身が「センス無し蔵(ぞう)」なので、そのインテリアのありえなさに気がつかないだけなのかもしれない。ところで、今日はそんなこのオレが「一瞬にしてあなたの部屋をおしゃれに変えるインテリア小物」アドバイスをおこなおう、というまさかの試みにチャレンジしたい。

さきごろ来日公演を盛況に終えたと聞く The Pains Of Being Pure At Heart www.myspace.com/thepainsofbeingpureatheart コイツらの音はオレのようなじいさんからすると、かつて昔一生懸命追いかけていたようなメロディと音のてんこ盛りなので、聴くたびに青春の甘酸っぱい思い出がよみがえるという、なかなか捨て置けないバンドである。オレにとってはそういう音がこの21世紀にライブで生で聴けるのだから、たいへんありがたい方々であると言えるだろう。一度だけ観にいった昨年の Great Escape ('09) では、大盛況のあまりメンバー全員のすがたをしっかりと拝むことはできなかったのだが、それでもそれなりに楽しめたステージであった。ステージ上でのいでたちはTシャツ、というか基本的に気の張らないフツーの小僧スタイルであり、彼らの音楽スタイルを邪魔するものでは決して無いし、好感の持てるものではあるが、もちろん見た目の「おしゃれさん」という世界からは遠いヒトタチといえるだろう。

ところで、オレは昨年(2009)ロンドンとパリの2大都市の繁華街において、合計3回にわたって彼らのアルバム・ジャケット(12インチ・ビニール盤)がブティックないしは洋装店のショーウィンドウに雰囲気を出すための小物として飾られているのを発見した。その店で販売中の洋服や小物をさらに魅力的にアピールするための、ムード作りの小道具として用いられているのである。すなわち、このアメリカ産通称シューゲイザー達のジャケット・ビジュアルは、現在ヨーロッパの中心都市において「おしゃれアイコン」と化していることに気がついたのであった。したがって、理由はまったくわからないのだが、かれらのアルバムジャケットをさりげなく部屋の中に飾ることで、あら不思議。たちまちにしてあなたの部屋はおしゃれブティック並みのセンスとオーラに満ち溢れるに違いないのである。ハンガーで無造作にユニクロのトップスを掛けているだけの室内も、一瞬にして「パリの新たしい情報発信エリア『北マレ』地区のセレクトショップ」並みの輝きを持ってしまうはずである。

オレ自身は「こんぶ柄」の室内がそんなにおしゃれになってしまっては逆に居心地が悪くなってしまうので、彼らの12インチ・ジャケットを部屋に飾る勇気はない。普通にCDアルバムをラックの中に押し込んでいるだけだ。というか、せっかく気持ちよく聴いているバンドなのに、その「音」ではなく「ジャケット」をおしゃれアイテムとして使っているヒトがいるかもしれない、と考えるだけでちょっと気が滅入るというものだ。

ジャケットはともかくとして、彼らは「おしゃれ買い」の対象なのだろうか?いまコレを聴くのがセンスいいんだよ、とかいった会話が平気で世の中でなされていたりするのだろうか?昔なつかしい音が聴けて単純に喜んでいるこのおっさんからすれば若干気の遠くなるような話ではある。

彼らの多少ぎこちない、もっさりしたカンジのライブは、オレには好感の持てるものだった。日本でのライブを観た人たちも、いわゆる「おしゃれさん」ではなく、オレ同様ただの「おたく」の方々であったと信じたい。

Tpobpah

これがキラー・アイテム。これをブティックのショーウィンドウに飾ると、周りの店と比べて一歩おしゃれ感が増すと思われているようだ。

Pah2

@ Po Na Na

見た目は全員「疲れた予備校生」のようであった。ビジュアル的にも断然合格点を さしあげられる。

● Kelu さん、コメントありがとうございます。コメントバックできないので追記します。

知りたかったことが聞けて、たいへんうれしいです。これで安心してかれらのCDをこれからも聴いていきたいと考えています。Great Escape の当日、彼らは初日の最初の出演バンドだったのですが、なめてかかって開演直前に会場に行ったらすでに長蛇の列でした。結局途中からしか観ることができなかったのですが、もう一度観にいきたいとずーっと考えてました。もしかしたら「おしゃれさん」だらけ?という心のもやもやが取れて、これで晴れて再度ライブにトライしてみます。

● ににさん、いつもコメントありがとうございます。ご活躍の様子をうかがい、ここのところ寄る年波で「はらいた」をおこして伏せっていた身からするとうらやましいかぎりです。とはいえ Drums にはうまく遭遇することができました。とてもたのしかったですよ。タンバリン・ジャンプの登場が一回だけなので、また観にいきたくなる仕掛けになっているわけですね。今月の Camden Crawl で再トライの予定です。でも同じ日に Man Like Me も登場するらしく、クラッシュのないことを祈念しております。

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