音楽

2009年11月 5日 (木)

James Yuill

<2009. 04. 25 @ Electric Ballroom, London (Camden Crawl '09)>

いささか旧聞に属するものであるが、例の「のりピー」事件で人々が最も衝撃を受けた映像は、酒井のり子氏がクラブのDJスペースで、ヘッドホンを耳に当てながらテクノ系の曲をガシガシとかけまくっていた、あの光景ではなかっただろうか。

なぜアレがびっくり映像だったかといえば、それはいうまでもなく世間一般の持つ酒井氏のイメージと、「テクノDJ」との落差をアタマのなかで瞬時に埋めることができなかったからに違いない。少なくとも、オレはそうだった。職業としての「清純派アイドル」は、暗黙のうちに突飛なことの許されないイメージ上の制約があり、それは突飛ではない世間の大多数を占める一般大衆の期待の上に成り立っているのである。まあ、あんなフツーの(かわいらしい、という意味で)顔してテクノDJはねえべ、ということだ。

一方、フツーの顔してるのに(まっとうな人に見えるのに)、何をやっても許されてしまうのはいわゆる「オタク」の世界の方々だ、と常々考えている。

この「ライブ道」ではオタク系ミュージシャンに対しては基本的にサポーターの立場を取っていることは、これまでも繰り返し述べてきたことである。オレはオタク感のある連中のライブを観るのが好きなのだ。自分の考えるヲタ系とは、ロッカーっぽくない見た目、それでいてある種現代のロックの本質を突くような新しい音楽をかなり粘着質なライブパフォーマンスで披露してくれるヤツらのことだと定義したい。

オレのココロの中で永遠の「オタク」ミュージシャン・ヒーローは Tom Vek だが、2005年に一度ライブを観たきりで、その後まったく消息不明になってしまった。ヤツの場合は見た目も本当に「オタク」そのものであったが、ライブバンド4名中ツインベースという構成はオタク魂を見せつけられた思いで、すっかり参ってしまった。いま何やってんのかなあ。

もちろん、オレの中では Lady HawkeFriendly Fires などもライブを観た結果、マイ「オタク」ミュージシャンの範疇にに入れているのでその範囲自体は決して狭くないのだが、Tom Vek 以来となる「本命」を探していたのもまた事実だ。そんな折、見た目がイキナリ「ヲタ」感全開の物件を発見したので、ことしの春先、Camden Crawl ('09) で様子を探ることにした。フォークとエレクトロニカのミックス音楽をやっている、James Yuill 氏のことである。www.myspace.com/jamesyuill Camden Crawl は2日間の期間、両日出演。初日は満員で会場に入れず姿を拝めなかった。すでになかなかの人気があるようだ。

MySpace の音源や、先ごろ発売されたアルバムを聴くと、比較的フォーク色が強く出ている感じがするのだが、実際にそのパフォーマンスを見た彼のステージを一言でいいあらわすとすると「のりピーのテクノDJ」のようなものだといえるだろう。音のたとえとしてはちょっと違うけど。もちろん、両者とも見た目が善良な市民であるにもかかわらず、のりピーには違和感があって、James Yuill だとしっくりくるのは、彼からかもし出される「オタク」感のせいである。いずれにしろフォークミュージシャンのオタクがエレクトロ系DJをやっている、という印象が彼のライブの醍醐味だ。アルバムと違って、打ち込みダンスのパートが多い。フォークギターを背中にしょってDJをやってるようなものなのである。

Tom Vek の「意表をつくバンド構成」とは違って、全て一人でおこなうDIYが James Yuill のスタイルだが、それゆえの「あたふた」感も含めてなかなか期待の持てるよいオタク・ミュージシャンに出会えた夜だった。

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@ Electric Ballroom

たぶん彼もいろいろなクラブでDJをやっているだろうと思うのだが、DJとしてはいわゆる薬物感のあまりしない稀有な存在といえよう。

今月はアルバムも日本発売となり、12月には来日公演を行なうようだ。James Yuill のアルバムをリリースする「もしもしレコード」は、その音楽ではなく彼がステージでダンスする姿を観て契約を決めたという。オタクの「キラー」ダンス姿を是非堪能してください。

2009年10月31日 (土)

Camera Obscura

< 2009. 10. 16 @ La Moroquinerie, Paris >

さて、ライブ道をライフワークとするオレにとって、世の中で最も興味のないことの筆頭に来るのが「サッカー」である。

もうすぐ50歳を大台を迎えて「天命を知る」に違いない年齢に達した昨今、いまだに「オフサイド」の意味を理解していないというのもいかがなものかとは思うのだが、ここまでくると意地もあるので、生涯サッカーのルールを解しない老人として死んでいくのが、ささやかながら開き直ったオレの夢である。まあ、自分にとってのサッカーとは、その程度の存在でしかないということだ。

もちろん、サッカーファンがパブで衛星中継放送を見ながら嬌声を上げるさまを見るのはほほえましいし、UK音楽フェスティバルの会場でお約束となっている「プレミアリーグ、今日の試合結果」がメインステージで主催者からマイクで発表されるたびに歓声とため息が湧き上がる光景も風物詩として楽しめる光景だ。もちろん、フーリガンの皆さんが興奮して会場を燃やしたりするさまをテレビで見るのも、血わき肉おどるイベントだといえるだろう。

とはいえサッカーと言えばなんとってもワールドカップだが、まあはっきり言ってオレの人生にはまるっきり関係ない世界での出来事だと考えている。従って、自分にとって生まれてはじめてのサッカー観戦が1998年のワールドカップ・フランス大会、決勝のフランス対ブラジル戦をサン・ドニの新スタジアムでの得意先接待(こっちが接待する側)であったこと自体、いまやほとんど記憶の中にのこってもいない。もっともそのときオレが座ったのは、最端の隅っこであったため、「せっかくこんな話のタネになるような試合を見るのなら、頼むからテレビで見せてくれ」と真剣に思ったものである。なんだかよく分からないうちに試合は始まり、そして終わっていた(ようだ)。

ただそのとき思ったのだが、どうせ見るんだったら、スコットランド・チームの試合を見たかったなあ、とふと頭によぎった。

サッカーのスコットランド代表。後から調べたらそのフランス大会を含めてワールドカップに8回出場し、すべて一次リーグで敗退している悲しい連中だ。そいつら自身に対する興味はもちろんなかったが、そのときのオフィシャル応援歌がなかなか心を打つものであったのだ。

Del Amitri のうたう [Don't Come Home Too Soon] (←もの悲しい名作PVです)。とてもナショナルチームの応援歌とは思えないほどに哀愁を帯びた曲調は置くとしても、「お願いだから、あまりはやく帰ってこないでね。」とはいったい何ごとだ。この歌を合唱するサポーターの切ない歌声が仮にスコットランド戦の試合会場を覆っていたとすると、さぞや相手チームも度肝をぬかれたに違いない。そして肝心のナショナルチーム自身も、切なくがんばって、そして散っていたであろうことを想像すると、やはりフランス大会で最も見るべきはスコットランド戦ではなかったか、と思うのだ。いずれにしても、ワールドカップ・オフィシャル応援歌史上における金字塔というか、最高傑作だとオレは考えている。そしてそれは、Del Amitri の才能もさることながら、スコットランド特有のちょっぴりうら悲しい調べと、そしてそれを応援歌としてよしとする「国民性」のなせる業だと思うのである。

来年開かれるワールドカップ南アフリカ大会。先月終わった欧州予選でフランス大会以降出場を果たしていないスコットランドチームはまたしても力尽きて敗れた。つまりわれわれは、Del Amitri 以来となる、こころに深く染み入る「スコットランドチーム・オフシャル応援歌」の誕生を、今回も逃してしまうことになったのだ。

残念ではあるが仕方ない。ライブ道としては、スコットランド・チームのご冥福をお祈りするべく、パリにやってくるスコットランド人ミュージシャンのライブを立て続けに訪れては、仮の応援歌というか、オレだけの「スコットランドチーム」応援歌をさがしに出かけたのであった。

以来、先月から今月にかけて、1990's Malcom Middleton 御大のステージを観たが、共によいライブではあったものの、スコットランド・チームの応援歌としては帯に短し・・というのが正直なところであった。前者は、もしかすると、実際にいい応援歌になってしまいそうで、ひょっとするとチームが本当に勝ってしまったりするのではないか、という恐れがなくもない。後者は、これは初めてライブを観たのだが 、さすがにここまでしんみり、「泣き」のスコットランド感100%を出されてしまうと、本当に敗戦選手たちの鎮魂歌になってしまうなあ。キツイ酒が飲みたくなる感じである。

そんなことを思っていた矢先、先日これも初めて姿を見たグラスゴーの中堅 Camera Obscura の歌う、非常にスコティッシュな、すこし元気で、それでいてすこしもの悲しい旋律は、演奏開始から瞬時にしてオレから「オフィシャルチーム応援歌」を歌うにふさわしいバンドとしてのOKサインを獲得したのであった。  www.myspace.com/cameraobscuraband 会場は人のよさそうなフランス人観客で満員のほのぼのとした様子であったが、歓声も大きく、なかなか人気のほどを見せつけられたかっこうだ。

ライブも後半になって、ボーカルのトレーシーアンが曲の紹介しながらつぶやいた珍しい一言が、オレの「ナショナルチーム応援歌を歌う資格のあるバンド」という判断に間違いがなかったことをなんとなく教えてくれたような気がした。

「今夜のこの会場(パリ)にもスコッツは観にきてくれているのかしら?是非、彼らのために一曲歌いたいと思います。」

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@ La Maroquinerie

演奏中「歌詞を忘れる」という大ハプニングがあったが、観客のやさしい応援で、もちなおした。日常生活でオレには厳しい態度を取るフランス人達も、彼らにはなぜか優しい。スコットランドチームの応援歌は、相手チームのサポーターをもほのぼのしんみりさせてしまうものでなくてないけない、と確信した。

年明け一月には初来日だという。

●ににさん、コメントありがとうございます。ライブ求道、活発にご活躍のことと拝察いたします。

そうですか、The Drums 観たんですか~。うらやましいです。評判高いみたいですよね。曲もおもしろいし。実はここのところ The Drums ならびに Girls 、Fuck Buttons と、ぜひとも押えておきたい新顔連中を立て続けに見逃しており、ちょっとしょんぼりしてます。ご縁をつなげておくために、先日レコード屋の店頭で、The Drums の7インチシングルだけ購入しました。プレーヤーがないんで、聴けないんですけどね。でもこうやって「お布施」を施しておくと、不思議とまた観る機会がめぐってくるものです。ただ同時に、こうした「願掛け」の効果を損ねないためにも、縁起の悪いライブはできるだけ観ないように気をつける必要がある、とも考えていますが。

ちなみに明晩(フランス11月5日)パリで Hockey がヘッドラインを務めるイベントがあります。自分がブログでけなしたバンドには「妖気」を感じるのでもちろん観に行きませんが、チケットは売れ残っているようです。

●ににさん、応援ありがとうございます。励みになります。

James Yuill のエントリーにも書き足したんですが、やはりライブにおけるステージ上の「踊り」や「動き」というのは人々のこころを揺さぶる大きな要素ですよね。ライブ道も突き詰めていえば、究極の「動き」を探す旅なのかもしれないと思っています。The Drums のくねくねを生で体感し、そして習得できるように修業したいと考えています(ひとまえでは披露しませんが)。

2009年10月17日 (土)

Hockey

< 2009. 06. 27 @ John Peel Stage, Glastonbury Festival '09 >

今年の初夏のころ、田原俊彦氏が23年ぶりに『自叙伝』を出版したらしいが、はたして日本では話題になっていたのだろうか。タイトルは『職業=田原俊彦』というらしく、中味を読まなくても氏の頑ななまでの自信にあふれた信念が伝わってくるようで、歳相応に分別のつきすぎてしまった中壮年同世代のオレからすると、この表題を見ただけで軽いめまいをおぼえそうな、どんよりしたエネルギーがこちらに伝わってくるのを感じてしまう。よく言えば「信念の人」ということか。まあ、問題はそんな「信念」に関心のある人が、残念ながら世の中的には皆無に近いであろうことを本人が認めたがらないように見えてしまうことである。なんというか、もっと良い方向で「過去の人」になるやり方もあったのではないか、とそんな気がしてならない。

ところでその本が出版された同じころ、オレは偶然にも田原俊彦氏のことを思い出していた。青空広がる今年のグラストンベリー・フェスティバルの会場でのことだ。

日本のテレビを10年ほどほとんどみてないので想像で言うのだが、おそらくいまどき「トシちゃん」のバカものまねで「あははははははは~」と例のおなじみのヤツをやってくれる芸人さんはほとんどいないだろう。だが今をさかのぼること田原氏全盛期には、「トシちゃん」のバカまねはお笑いさんの定番中の定番だったことを皆さんも覚えているはずだ。なかには本人を目の前にそれをやってドツかれていたつわもの芸人もいた記憶があるが、要は「トシちゃん」しゃべり、「トシちゃん」笑いというのは、一歩間違うと放送禁止感の漂うヤバい方向にさえ行ってしまいかねないほど、ネジの足りない人の代名詞と化しいていたのである。(類例:たこ八郎)

今年も早々とBBCジュールズ・ホランドのショー「Later」に生出演していた期待の大型新人 Hockey であるが、その番組を見ていたときはすこし「いかがなものか」感が漂っていたものの、Xfm で毎日毎日流れてくる曲を聴いているうちに、うーむこれはこれで今年のハヤリものとしては抑えておいた方がいいかな、ぐらいの気持ちにはなっていた。www.myspace.com/hockey  www.hockeyband.co.uk その日のグラストンベリーでオレがはり付いていた John Peel Stage に彼らが登場するというので、引き続き残って姿を確認することにしたのである。

出だしは・・・可もなく不可もなくの滑り出しか。まあ期待以上でも以下でもないものだったので、そのまま終わればこの「ライブ道」レポートに登場することもなかったかもしれない。

だが、最初の曲が終わってボーカルの Benjamin 氏が観客に語り始めたとき、オレの腰はくだけた。コイツ、「トシちゃん」しゃべりだったのである。詳しい内容は記憶してないが、だいたいこんな感じだ。→(トシちゃんものまねふうに)「ははっ、えっとねー、やっぱねー、ははは、今日はサイコー。」

これはいけません、これは。オレはそそくさとテントの外に撤収、チェアーを広げてぐったりと背中すわりしながら次の登場バンドを待つことだけに神経を集中させようとした。「可もなく不可もなく」と書いたが、オレが「せっかく観るのだからそうあってほしい」と思い込んでいただけかもしれない。だから曲を聴いた瞬間に「ヤバイッ、やっぱり選択を間違えていた!」とおもったことで、Benjamin の言動に、より厳しく臨んでしまった、ということはあるかもしれない。

まあ、個人的にはハズしたライブだったが、コイツにトシちゃんの名曲を歌わせたら面白いんじゃないかな、とか、Hockey の曲自体、けっこうトシちゃんの歌に似てんじゃねえの?などと考えていたら、いつのまにかステージ終了してました。

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@ John Peel Stage

♪「バイッバイッ、哀愁ディ!」

そういえば、アルバムの評価はNMEで10点満点中たしか4~5点というきわめて中途半端でどうでもよい得点であった・・・。

2009年10月14日 (水)

Man Like Me

< 2009. 10. 01 @ L'Alhambra, Paris >

< 2009. 10. 09 @ Round House, London >

現在のイギリスで「国民的バンド」といえば、いったい誰のことを思い浮かべるだろうか?もちろんいまでも姿を見ることができる連中、という条件の中での話しだ。

しばらく前に再結成ツアーを行なっていた Police なんかだと、あれはやっぱりバンドというより Sting を観にいく、ということになるんだろうか?U2 は「外国人」であるという以前に、「国民」というよりは「世界中の偉い人」のほうを向いているバンド、といえるだろうし。まあ、Sting にしても Bono にしても、世界的森林資源を守ったりあるいはアフリカの貧困撲滅を目指したりなど、なんとなく上から目線で壮大且つ正しいことを説教しているように見えてしまうのもいただけない。やはり「国民的」というからには地元に足のついた感じというか、親近感がないといけないのだと思う。

以前イギリスのTV番組の中で、道行く住人へのインタビューを見ていたときのことだ。マイクを向けられたその人いわく、「えっ!?Radiohead ってイギリス人なの?わしはアメリカ人だとばかり思い込んでたよ。」という恐るべきシーンに遭遇した。英国人とはいえ、音楽にそれほど造詣の深くない人たちからこのような発言が出てしまうのは、いたし方ないことなのかもしれない。もちろん、たとえこうした事実があっても Radiohead が持つその価値をいささかも損なうものではないだろう。しかし、ではあるがこの事実をもってして、オレは 彼ら を「イギリスの国民的バンド」とは呼びたくない、とそう思うのである。「国民的バンド」-それは単に「有名」で「高評価」、「影響力がある」というだけでは十分ではない、特別の栄誉を持った呼称なのだという気がするからである。

さて、ではいったい誰がその「国民的バンド」という呼び名に値するヒトタチなのか?オレの意見では Madness を置いて他にいない、というのが本日の結論です。

Madness。80年代の前半から中盤にかけて200週以上にもわたって数々の名曲を英国のチャートに送り込んでいた連中。当時のラジオのリスナーは、Madness の曲が流れてこなかった日はなかった、というくらいに強い印象があるのではないか。そしてなにより Suggs をはじめとした愛すべきキャラクターの面々も取り変えのきかない魅力だろう。そういえば何年も前、その Suggs も出演していた「Our House」というその名も彼らの屈指のヒット・ナンバーから取ったミュージカルをウェストエンドまで観にいったことがある。全編 Madness の曲をフィーチャーしたこのステージは、観客の紳士淑女もスタンディング・オベージョンで感動のうちに幕が閉じたことを覚えている。

幅広い層からの人気、楽曲のよさ、愛すべき個性、そして今年もオリジナルメンバーによる再結成で各地各国を熱狂につつんでくれた精力的な活動など、そういった理由で彼らを「英国の国民的なバンド」の候補と呼ぶのに不足はないだろう。しかし、加えてここが決定的だと思うのだが、Madness には強力な地元密着感というか、「ご当地」感があることが、彼らを「国民バンド」たらしめている最大の要因だと思うのである。

ミュージカルの「Our House」においても、その設定は当然彼らの出身地ロンドン北部のケンティッシュ・タウンだ。ステージの小道具の道路標識にはしっかりと「NW5」(Kentish Town の郵便番号)と書かれていた。もちろん、「Our House」という楽曲自体世間はみな彼らの「地元」のことが歌われているのだと知っている。そして Madness にはその名もずばり [NW5] という名曲さえもある。さらに彼らの代名詞ともなっているのがケンティッシュ・タウンのとなり街、カムデン・タウンだ。そこで初めてのライブを行なって以降、彼らはカムデンを根拠地としていたらしい。だから Madness といえばカムデン、カムデンといえば Madness というイメージが世間に定着しているのだと思う。そして、ケンティッシュ・タウン~カムデン・タウンというロンドンやや北部の狭いエリアに彼らの思い入れが集約し、地元に対するキモチが伝わってくることこそが、彼らに This Is England な「国民的バンド」として疑いのない支持を与えているに違いない、と考えているのだがどうだろうか。

さて、その Madness が初めてライブを行なった場所として有名なのが Dublin Castle というパブ兼ライブハウスである。当然ながらというか、店内には Madness の写真が飾ってある。比較的よく訪れる場所なのだが、店内に足を踏み入れるたびにオレは思うことがある。「80年代の Madness に会いたかったなあ、ここカムデンで・・。」オレはリバプールのキャバーン・クラブでビートルズのデビュー当時を観てみたかったなあ、などと夢想することはない人間だが、大学生だった20歳当時になんでカムデンに Madness を観に行こうとは思わなかったんだろうオレは・・・・などいった後悔はするのであった。レコードは家で毎日聴いていたのに。そんな負のエネルギーがオレの現在の「ライブ道」へのモチベーションになっていたりするのかもしれない、とも考える。

さて、いつも以上に能書きが長いのであるが、今月に入って今年のマイ・ベスト・ライブバンドに偶然出合った、というのが今日の本題だ。

Man Like Me www.myspace.com/manlikemeパリで VV Brown を観にいったら前座で登場してきた連中だ。その存在は以前から知っていたが、なんとなく食わず嫌いであった。自分の守備範囲の音楽をやっている連中ではない、という先入観があったのだ。だが、彼らのステージは主役の VV Brown を完全に食ってしまった、といってもいいだろう。オレも含めて観客のほとんどは彼らのことをよく知らなかったに違いないにも関わらず、だ。表現が適当でないことを重々承知の上で書くと、しかも打ち込み主体の Man Like Me の音楽とくらべてそれほど共通性があるわけでもないことも知っての上で言うのだが、むか~し初めてカムデンあたりで Madness のライブを観た人は、たぶんオレやその他の観客が、今日 Man Like Me を観て思ったのと同じような印象を持ったのではないか、今夜はいいライブを観たなあ、と感慨にふけったのではないかと想像したのである。そしてステージが充実していたことに加えて、いいバンドに出会えてよかったなあ、とオレは思った。同時に、たしかに80年代初頭に Madness を見る機会は逸してしまったが、今日こうして Man Like Me のステージを観られたからよかったではないか、と、そんな風に思ったのである。

ところで実際のところ彼らの出身地はロンドンのカムデン・タウン。いくつもの曲の歌詞に「Camden」の名前が登場する。今はもう貼り付けていないが、少し前までは彼らの MySpace に自分達がリミックスした Madness の [NW5] が乗っかっていた。しらべたところ、今年の夏の Madness の大型コンサートでも、前座を務めていたらしい。なんとなくノースロンドンご当地バンドとして世間的にも Madness の継承者としてみられているのであろうか? 両者の音楽性に共通項は少ないと書いたが、ラップ・ダンス・インディ・R&Bなどがミックスされた彼らのサウンドは、実は本当に「スカ」を中心にごった煮状態だった Madness サウンドの現代版なのかもしれない。だがそうした音楽的な側面よりも、ライブでの面白さ、あるいは愛らしい動きなどといった要素の方があえていえば「Madness」風と呼べるような気がした。最初は怪訝な顔で見ていた観客が(オレも含め)最後には鳴り止まない拍手と歓声を送っていたのだから、その「後継者」にたとえられる素質は十分といえまいか。

Man Like Me 。彼らが今後「国民的バンド」に成長するかといえば、それは難しいのかもしれないとは思うが、ぜひ応援はしていきたい。パリの直後、今度はカムデン・タウンで(再び別なバンドの前座として)再度彼らの姿を捕えることができた。期待通りに楽しめた、というだけではなく、新しいカムデンのローカル・ヒーローの登場を地元で応援できたのがよかった。なんとなく Madness の雪辱を30年近くたってようやく晴らせたような気がした。

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@ L'Alhambra

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@ Round House

この日のカムデン Round House ではメイン・アクトがおしゃれサウンド・クリエーターの Zero 7。観客の大半はうっしっしなかんじの若い男女のカップルであった。 Man Like Me のステージが彼らオーディエンスの度肝を抜いたのは間違いない。Chav系ファッションも相当場違いだしな。だが、ステージが終了時には大歓声を受けていたのはオレの予想通りであった。

PVも「捨てビデオ」無し、アルバムを買ったが「捨て曲」なしだ。だが、ライブはもちょっと面白いぞ

●アリさん コメントありがとうございます。 

カムデンのバス停あたりに、大麻売りの黒いヒトタチが半無尽蔵にいるのはまったくも困りものですよね。個人的にはあのへんの路上で酒を飲んでは突然奇声を発する大量の若者群のほうがイヤですが・・・。ただ、警官に歩行飲酒をとがめられ、酔った勢いで威勢をはるものの、警官から「そうですか・・・。じゃあ、罰金500ポンドね。はい。」といわれた瞬間、ちっちゃくなって缶ビールをゴミ箱に捨てる若者達の姿を見るのはたのしいカムデンでのひとときです。

2009年10月 1日 (木)

Reverend and the Makers

< 2009. 09. 17 @ La Maroquinerie, Paris >

「アニキィ、腹ぁちっとばかり出っ張りすぎでねえの?」

自分と比べて親子ほど歳の離れた若造がシャウトする姿を目の前にして、オレはそいつを「アニキ」よばわりをしながら独りでつぶやいた。先日パリのライブハウスで The Reverend こと Jon McClure 尊師率いる The Reverend and the Makers のステージを観たときのことである。www.myspace.com/reverendmusic www.iamreverend.com

オレが「アニキ」と呼んだのは、Jon McClure師が Arctic Monkeys の例のアルバムジャケット青年のお兄さんであるということが理由ではない。あるいは彼が一時期 Arex Turner とフラットシェアをしていたからといって、「男同士」系のアニキを疑っている、ということではもちろんない。彼が自らを「大口たたき」と言ってはばからない上に、The Reverend (牧師)と自称して周囲の迷える者たちに導きを与えようとステージ上で尊大なアクションを繰り返す姿を見て、おもわず「アニキ・・・」と口から出てしまったのだ。

たとえば観客に盛り上がりを強要するように、両手を広げてすばやく何度も上にしゃくりあげるしぐさ、にらみを利かせながらステージ上を無意味に徘徊するすがたなど、何をとってもイタイほどに「アニキ」感100%の男であった。それに加えてまじめに「二枚目系」のバンドをやってる人間とは思えないほにでっぱったビール腹を見て、オレはかなりたじろぎ、そしておもわずつぶやいてしまった、というわけである。

2年ほど前にちょっとしたブームとなり、デビューシングルはUKチャート8位。来日もこなし、サマソニでも姿を拝んだ人もいることだろう。ところで時は流れてこのたびリリースされたセカンド・アルバムはいまひとつ話題になっておらず、なんとなく「旬」の過ぎてしまった人たち、という感じは否めない。その夜、La Maroquinerie というライブハウスで月イチで開かれているインディバンド・イベントで、彼らはトリを務めていたのだが、このイベントとしてはかつてないほど集客上もさびしいものであった。そんな中での尊大な「アニキ感」と、彼の思いっきり出っ張った腹が、えもいわれぬハーモニーを生み出し、うら寂しい雰囲気づくりにたいへん貢献をしていたのである。なんとなく痛々しい様がオレの涙を誘い、演奏の途中で家路に向かうことと相成ってしまったのである。アニキィ、ちょっとばかりイタかったよ・・・・。

しかし、家に帰ってから落ち着いて考えたのだが、見方を変えてみれば、こうもいえるのではないか。すなわち、Jon McClure 師は一瞬かがやいては消えていくタイプの人間ではなく、ローカル・パブでビールをノンストップで飲みながら若いヤツラを説教してくだをまいているワーキング・クラスの親父を代表する歌手として、これからもず~っと説教オヤジ系シンガーをつづけていくのではないか。そしてアルバム2枚目にしてすでにそっちの方向に人生の舵を切り定めたために、もはやビール腹は必要不可欠な必須アイテムなのだ、と。そんなオヤジを必要とする人たちは少ないかもしれないが、これこそがまさに英国の風物詩とでもいうべきパブオヤジ(労働者階級)だと、みんなそれとはなしに思っているにちがいない。なんとなく「いてもらいたいミュージシャン」としてポジションを確立しつあるように思うのである。

イタさがつきまとうのは致し方ない。この寂しさ漂う感じこそがが本当の意味でのワーキングクラス・ヒーローなのかもしれない。(英国限定)

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@ la Maroquinerie

宍戸錠は悪役顔を作るために頬にシリコンを入れたが、我らのアニイは説教パブオヤジ腹をつくるのにビールを飲み続けたに違いない。ナチュラル・バイオ志向と見た(意味不明)。

2009年9月29日 (火)

Oscar-U その2

< 2009. 09. 25 @ Aux Disquaires, Paris >

フランスで「オスカルさま」といえば、通常日本人にとっては『ベルサイユの薔薇』に登場するオスカル・フランソワのことだが、オレにとっての「オスカルさま」は Oscar-U というささやき系のおじ様(推定オレより年下)のことである。www.myspace.com/oscarufr 

ついにその姿をパリのうらぶれたライブハウスで捕えることができた。場所は奇しくもオスカル・フランソワがフランス革命で命をおとした(ことになっている)バスチーユ周辺だ。ここ数年来自分自身のテーマ曲だと勝手に思っている [London Baby London] をご唱和させていただきました。いい冥土の土産ができた、とおもう。

ところで、この Oscar-U氏が何者か、どうしても興味のあるかただけこちらをクリックしてください→ Oscar-U その1 別に何者でもないけど。今日のところはとりあえず以上、です。

Oscaru

@ Aux Disquaires

左のムッシューがOscar-U氏、右のお姐さんが「ロンドンベイビロンド~ン」の方である。

Oscar-U その1

2009年9月25日 (金)

Koko Von Napoo

< 2009. 09. 16 @ Le Cigal, Paris >

世界的に景気が低迷する昨今、ひとり気を吐いているのが我が本邦の誇る「ユニクロ」である。

何と言っても「近いうちに何兆円企業になるぞ」と気炎をあげている鼻息の荒さで売り上げを伸ばし、新事業を成功に導いているのだからたいしたものである。日本やアジアはもちろん、ロンドンでは都心部に何軒も店舗を構えて繁盛しているようだし、先ごろできたオックスフォード・ストリートの旗艦店はその他の有名ハイストリート系ブランドの店構えに比べても決して引けをとらない迫力だ。ここパリでもいよいよ都心に旗艦店を作る、というのでかなりの話題にもなっているようだ。

ところでオレのようなしがないサラリーマンからほめられても別段うれしくもないだろうが、オレは実際ユニクロには感心していている。なぜかというと、今をさかのぼること約10年ほど前、一度はイギリス進出を試みて大失敗し、ほうほうの体で撤収していった姿を同時代に現地で見ているからである。

当時一挙に英国中に多店舗展開をした彼らだが、冷やかし気分で訪れたロンドン市内のお店でオレのようなファッション業界には全く明るくない者ですら、「こりゃあダメだな」と思わずにはいられなかった。理由は簡単で、「よいものを安く」という趣旨はわかるが、その時代の英国の「はやりすたり」には全く関係ない品揃えだったからである。更に驚いたのは店内にあったカタログを見たときで、ユニクロの思想とも呼ぶべき能書きの文章が延々と書かれてあるだけで、なかなか商品がでてこないようなものだった。当時鳴り物入りで有名プレミアム系スーパーマーケット・チェーンから有能な英人マネージャーを引き抜いて現地側責任者に据えたものの、「日本側の経営陣は全然私の意見に耳を傾けてくれない!こんなところでは力を発揮できないよ。」と、あっという間に辞めてしまったのも有名な話だ。

彼らユニクロが日本で成功した体験をそのままロンドンにもってきて、どこまで通用するかチャレンジしてみたい、という心意気は分かる。だがそのチャレンジをイキナリ多店舗展開してコストを下げようとしたものだから、撤収が「大失敗」に見えてしまったわけである。

彼らが偉かったのは全店撤収ではなくて、ロンドン市内の数店舗だけ残し、営業し続けたことだろう。つまり、あんまりは儲からないけど、この国で成功するにはどうしたらよいかを細々とではあるが観察を続ける道を選んだのである。その結果、遅ればせながらではあるが、やはり流行に乗り、流行を作り出すようにならなければならない、という当たり前の結論に至り、そのための方策をいろいろと打ち出した、それが今日の再起の兆しに現れている、といえるのだと思う。

もっとも、これがほんとうのリベンジとして欧州での成功をみるかどうか、その結論まではまだすこし時間がかかるだろう。

やはり大きくブレイクするにはミュージシャンなどの人気者の支持が不可欠だ。数ヶ月前に読んだ英国の雑誌で The Teeagers の Quentin くん、インタビューに応えていた。「今ボクのおすすめは、ユニクロかな。ジーンズとか。American Apparel が大好きなんだけど、あまりにもみんなが着すぎちゃってるからね。すぐ『あのブランド着てる』ってわかっちゃうんだけど、ユニクロだとまだみんなに気がつかれない。」 

つまりは、Quentin くんが「みんなが着てるから、もうユニクロやめた!」というところまでくれば、セールス的には大成功ということだ。人気者でもあり、そしてハイストリート系ファッションを楽しむという普通の若者でもある Quentin 君のような存在はユニクロとしても大事にしたいところではあろう。まあ、「どう大事にするか」ってのが、商売上はむずかしいんだろうけどさ。ともあれ、そんな「ユニクロ」ファンのミュージシャンが増えてくることを祈る。まあオレもバーゲンで買うくらいしか貢献はできないかもしれないが、がんばってください。

ところでその Quentin くんであるが、さすがフランス人だけあって、本人的に一番好きなブランドは A.P.C というフレンチ洋品店であるらしい。オレは買ったことはないが、日本でも人気のあるセンスよいブランドとして定着しているようだ。上述の Quentin くんのインタビューでもこのブランドの服を着て登場していた。そしてこの A.P.C は今年 The Teenagers をはじめいくつかのフレンチ・バンドの申し出により、彼らと組んで、オリジナルのFrench Band T-Shirts というものをこしらえ、それを日本でも販売しているようだ。なかなかかわいらしいTシャツではあるが、オレの趣味である Comanechi T-シャツや、Let's Wrestle T-シャツとくらべると、目指すところにかなりの隔たりは感じてしまうが、もちろんオレは A.P.Cのターゲットには入っていないのだろう。

ともあれ、日本の A.P.C ではこのバンドT発売に合わせて、それらのバンドを日本に呼んでパーティをおこなったとのことである。したがって、もしかしたらすでに東京でライブを目にした方もいるかもしれないが、そのときの来日バンドのひとつである Koko Von Napoo の姿を彼らの地元パリで目にする機会があった。www.myspace.com/kokovonnapoo このパリでも人気絶大な Metronomy を観にいったら偶然前座で登場したのであるが、今年はブライトンの The Great Escape にも参加をしており、そのときは観ることができなかったが、気にはなっていた。

で、ライブ自体の採点だが、今ハヤリの80年代エレポップ系のサウンドは、決して悪くはないのだが、このくらいの実力をもつバンドは英国に行けばそれこそいくらでもいるような手合いでもあり、あまりもう一度観にいこうと思えるようなものではなかった。すでにUKツアーも行なっているようなので、「世界基準」で判断するとすれば、残念ながら及第点には及ばなかった。

もっとも、A.P.Cというすでに確立したファッション・ブランドが、その出自であるフレンチ感を日本でさらに増幅させるための「装置」としてはなかなか的を得た選択だった、ともいえる。フランスのバンドというのは、ファッションという世界からやはり切り離されて見られることがない、ということなのだろうか。

ユニクロが目指すのは「日本のブランド」という小さなものではないのだろうし、日本のバンドのTシャツみたいなことになってくると、また独善的で変な方向に行ってしまうかもしれない(ごく局地的に、フランス人には「日本のビジュアル系バンド」でも受けるかもしれないが)。ここは、ユニクロを支持してくれそうなバンドの連中の中からベストの選択でバンドTシャツをつくってもらいたい。その選ばれたバンド・リストの「センス」が外れていなければ若者のアイコンになると思うよ。イギリスでも。

Kvn

@ Le Cigale

客との掛け合いは当然フランス語。当たり前ですが。なんも分からんかった。

ちなみにオレが自分のセンス一発で購入したTシャツはこれ。良識ある店舗で売れるようなものではないことは知ってます。Letswretretshirt_2 Comanechi_2

2009年9月23日 (水)

The Duloks

< 2009. 09. 05 @ Offset Festival, London >

皆さんはドリフを生で見たことがあるだろうか?ドリフ。言わずもがなだが、あの「日本のモーガン・フリーマン」とも呼ぶべきいかりや長介氏が率いていたドリフターズのことである。

残念ながら、オレは見たことがない。だがしかしそれはオレが単に田舎の小学生だったからで、都会にもし住んでいたのなら、親に頼んで公開収録に行きたいとせがんでいたことは想像に難くない。うまくすれば一度くらい「ライブ」で「なんだばかやろう」や「うんこちんちん」(ネタかなり古し)を見る機会に恵まれていたかもしれない、とも思う。

ところで今日オレが本当に尋ねたい質問というのは、バンドとしてのドリフのライブを見たことがありますか?ということなので、なかなか「イエス」というひとは少ないだろう。ドリフターズがメンバーチェンジを繰り返してコミックバンド路線に舵を切り、そしてわれわれが良く知るメンバー構成になったのが1960年代の半ば。そのころ演奏していたジャズ喫茶でライブを見た人というのは今明らかに還暦近い方々だということになるからだ。

良く知られるようにビートルズの来日公演の前座で演奏したときの映像は、いまだにテレビでも時々目にすることがある。そのころの彼らはほとんどカバー曲中心に演奏していたということらしいが、おそらくそれより少し前は、いろいろとオリジナルの曲もあったということである。

さてそんな、オリジナル曲を演奏しつつ、合間にコントを入れるようなライブを行なって人気を博していたであろうドリフを、おそらくは生演奏で聞いていたひとたちも世の中にはいるものなんだよなあ、どんな曲やってたのかなあ、などとふと想像してしまうような経験をした。

このところ局地的ではあるが徐々に話題になってきた女の子3人組 The Duloks www.myspace.com/theduloks 曲、言動そしてビジュアルと、どれをとってもコメディタッチではあるが、もちろんバンドとしての評価が高いのが魅力である。最近リリースされたデビューアルバムの評価はNMEで8点。ほぼ同じ時期のMUSE新譜が6点、アークティック・モンキースの3枚目が7点であることを考え合わせれば、なかなか将来を嘱望されていることがわかるというものだ。

9月の最初の週末、ロンドン市内からすこし北東部にぬけた公園でひらかれた、Offset Festival というイベントで、オレが楽しみにしていたバンドだ。このイベントは今年で2年目、土日の2日間で150近いインディー系バンドが中心となって7つのステージで演奏するというもので、オレは1日しかいなかったがそれでも25バンドほども楽しむことができた。もちろん The Futureheads や Metronomy、そしてThe Horrors なんかもでてくるので、全くの無名バンドだけというわけではないのだが、そのほとんどは今回初めて姿を拝んだような連中であった。

今回とらえた彼らのステージは相当衝撃的で、これはいかにNMEのアルバム評価がたかかったとしても、やはりライブを見てなんぼ、のまさにライブバンドと呼ぶべきものであったといえるだろう。

基本的にはいい加減な体操着みたいなものを着てでてきては、変なステージアクションをとり、ネタ満載の歌をうたうこと自体ですでにオモシロイのだが、かれらの真骨頂は基本的には「客いじり」にあり、しかも半分以上の曲ではステージから下りてきて客の真ん中で行なうので、気の小さい者にはまったくもって向いていないライブである。

われわれ観客が食らったのは、たとえばこんな感じだ。

「えー、今日は客席に友人の○○君が来てくれていま~す。こっちへどーぞー。彼はインド人なんだけど、顔、まっくろだねー。今日の会場で唯一顔の黒いひとですー。ずいぶん勇気あるなー、おまえ、こんなとこやってきて。」(みんな笑って、インド人本人も笑っているが、オレ自身も有色人種なので、やや引きつる。)

「今日は実はお客さんの中にシークレット・セレブリティがきてくれていま~す。」 すこしどよめく場内。「紹介します。△△(というバンド)のドラマー××君でーす。えっ!?みんな△△知らないの?」(このイベントは参加者6000人-推定-中、参加バンドのメンバーが1割くらいいるというバンド仲間感満載のフェスティバルで 、みんな「セレブって誰だ?」って思ったらその辺にうじゃうじゃいるバンドのお兄ちゃんだった、というオチで、指された本人は衆人注目でとても照れていた。そのあと、ステージ前まで引きずり出されてさらにいじられていたのは言うまでもない。)

一曲終了後、突然ドラマーがいちゃついている観客を発見して「なんだなんだなにやってんだ、そこ!」 それをうけてフロントのお姐さんが後を引きついだ。「なんだって?今晩はテントの中でコンドームがないけどいいかい?って、こっちが真剣に演奏中にそんな相談すんじゃねー。」

全てこんな感じでノンストップのステージは進んでいくのであった。

オレはいじられまくっている観客の皆さんの心情に思いを寄せ、こちらにタマが飛んでこないように身をかくし、しかしそれらの一部始終を見逃さないように機敏な臨戦態勢を取っていたため、面白かったのと同時にモノスゴク緊張した。終わってみたら曲の印象があまり残っていなかったが、これはオレ自身が彼らのライブにまだまだ十分追ついていけていなかった、自らの力のなさの証拠に他ならない。

だがしかし、何かひとつの時代の生き証人になったような気がなんとなくだけどした。ドリフの初期ステージを見ていた人も、もしかしたら同じような気持ちを持ったのかもしれない、と根拠無くそんなことを思った週末だった。

Duloks2

@ Offset Festival, Guiter Hero New Bands Stage

ちなみに今年になってからメンバーチェンジがあり、新しく参加のキーボードの方は Abi Makes Music www.myspace.com/abimakesmusic  という活動をしておられるようで、全く偶然ながら2年以上前に一度ソロ・ステージを拝見したことがあります。いわゆる「見た目天然」の方でした。こういう特異な才能というか業の深そうなキャラの人々が少しづつ自然に集まってはくっついていく東ロンドンの奥深さを感じないわけにはいかない。

他の観客が撮った当日の様子を Flickr で発見したぞ。 →コレ

あと、当日の様子を YouTube で発見。 [Bad Vegetarian] という名曲です。ちなみにオレの顔も観客の中に一瞬写っているのを確認。

それからこの [Octopus in Love] という曲ではタコ踊りを披露してくれたのがこころに沁(し)みた。

●コメントバックできないので、追記します。

なんとなく、あたっていると思います。首だけ浮いてます。

2009年9月 2日 (水)

The Big Pink その2

< 2009. 06. 26 @ The Queen's Head, Glastonbury Festival '09 >

< 2009. 06. 27 @ John Peel Stage, as above >

さて、ノエル・ギャラガー氏脱退宣言を受けてオアシス解散か、などということになっているらしいが、いまや何の驚きも感動もない出来事ではある。しかし一週間前の英国Vフェスティバルで恒例の「ドタキャン」が発生したにもかかわらず、この週末のパリ公演にけなげに足を運び、挙句のはてには開演直前のラストミニッツ・キャンセルを食らったフランス市民のみなさまの無謀な期待にはこころからお悔やみ申し上げたい、と思う。やられましたね。

さて、Vフェスティバルの翌日だったか、「のどを痛めたため」にキャンセルせざるをえなかったというリアム・ギャラガー氏のコメントが、NMEのウェブ・ニュースに載っていた。彼の発したメッセージはふたつ。ひとつは参加してくれたファンに対する謝罪。そしてもうひとつは、オアシスの不参加を受けて彼らの曲をステージ上でカバーしてくれたいくつものバンドに対する感謝の気持ちである。今回のVフェスティバルでは、スノー・パトロール (Snow Patrol)、キーン (Keane)、そしてMGMTなどのフェスティバル参加バンドがオアシスの曲をそれぞれカバーしたらしく、そのことに対して謝意を述べたのである。

もっとも彼のコメントにあったとおり、「俺はそのうちいくつかのバンドにはかつて『クソ』よばわりしたけどな」ということで、昔リアム氏にボロクソに言われながらも皆さん有事の際の助け合い精神というか、尊厳ある人間の態度というのを示したものなのであった。「いくつかのバンド」が誰なのか定かではないが、まあおそらく「キーン」は当確、で「スノー・パトロール」は当選圏内であろう。オレはよく知らんが。

で、これは美談と言えなくもないが、オレはカッコ悪い、と思う。別のインタビューで「これで本当の『仲直り』さ。リアムには自分達のプロデュースをやってもらいたいよ。」と言い切った、キーンのメンバーが、ではない。自分達がもしかしたら本当は『クソ』であるかもしれないのに、他人を『クソ』呼ばわりしたはてに、「今回、敬意を表する」とのたまったリアム氏が、である。世の中誰の助けを借りて生きていくか分からないのに、直接被害を受けたわけでもない他人の実名を挙げて中傷誹謗するのはいかがなものか、とも思うし、世の中キーンやスノーパトロールを「カス」だと思っていながらも、オアシスはもっと「うんこ」だと思ってる人も多々いるわけなので、そういうことに想像力が働かないクリエーターやアーチストには限界があると思うのである。

そんなことを考えていたら、先週のNMEの記事のことを思い出した。

今年何かと話題の The Big Pink であるが、いよいよ待望のデビューアルバムが発表されることになった。実は、このアルバムには彼らが世間広くの注目を集めるに至った、とあるシングル曲が収録されておらず、その記事ではバンドのメンバーが理由を述べていた。いわく、「あの曲はサビがスノー・パトロールみたいなカンジだったんで、ちょっと考えてアルバムに収録するのやめた。」だと。もちろん、ここでスノー・パトロールの名前はあくまで否定的な意味で使われており、要は、売れ筋狙ったような歌に聞こえるので、「作品」としてのアルバムには入れたくないと思った、ということだろう。

この思考回路の是非はともかくとして、ここであえて出す必要のない「スノー・パトロール」の名前をなぜ唱えなければならないのか。この文脈で意図を伝えたいのであれば、そのバンド名を出さなくてもぜんぜん通じるはずではなかっただろうか。

今年のグラストンベリー・フェスティバルで、期せずして彼らのステージを2回も観ることができた。シューゲイザーと言ってもなかなか守備範囲はひろいだろうが、このバンドの曲調には比較的ヘビーなものが多く、特にライブにおいては、ときどき演奏されるキャッチーなフレーズで我に返る瞬間がこのバンドの好き嫌いを決定付けるような気もする。シングルヒットしそうな音をときどき持ってくることは、「原理主義者」からの支持はあまり得られないかもしれない。しかし、スノー・パトロール調のリフかどうかはともかく、耳を引きやすい音もまたこのバンドの持ち味のひとつといえるだろう。であれば、「スノー・パトロール」だけをはずすのも、なんかかわいそうでないの?

自分の放ったコトバがみずからに帰ってくるのはリアム氏の「カッコ悪い」例をひきだすまでもない。自分と価値観の違うミュージシャンに対して名指しで非難めいた言動を取ることは、おなじミュージシャンとしは慎まれたほうが賢明であろう。このバンド、日本人の準メンバーの方もいるようなので、和をもって尊しとなす精神をぜひメンバー間にも説いてほしいと切におねがいいたします。

Bp

@ John Peel Stage

それにしても、「ボクは売れる曲を作る!」と宣言したスノーパ・トロールのようなバンドの行く末は、つねにこうした揶揄の対象であろう。もちろん今やオレも彼らの新譜を買うことはないが、最初のアルバムを買ったころは「通受けのいいバンド」という世間のイメージだったのになあ~。自分の中で「スノー・パトロールみたいな音」というのは、そのころの佳曲のことを指すのであって、The Big Pink がアルバムから省いた自らの曲ともまた違うような気がするのである。

● The Big Pink その1

2009年8月26日 (水)

Blur その2

< 2009. 06. 28 @ The Pyramid Stage, Glastonbury Festival '09 >

さて、UKフェスティバルの中でも荒くれ者の祭典として定評のあったレディングフェスティバルに、ここのところ異変が起きている。

昨年からメインスポンサー並びに運営主体が変わったこともあるからか、以前にはなかったような新しい施策がいろいろと取り入れられているのだ。たしかに観客がステージにビール瓶を投げ込んで、バンドのボーカリストをノックアウトしたり、暴力沙汰が原因の逮捕者が毎年何人も出るようなことは褒められるものではないだろう。しかし、10年近くこのイベントに通い続けた身からすると、なんとなくだが、「らしさ」というか風物詩が変わっていくような寂しさを禁じえないのも事実である。

昨年、イベントのウェブページを見て、オレは目を疑った。なんと、「会場内では火を燃やさないでください」ときやがったもんだ。8月とはいえ、最終週のイギリスは夜になると格段に冷え込むことがある。そこで、メインステージを見ながらも、あたりに無尽蔵に捨てられている紙ごみを集めて火をつけ、それを焚き火にして暖を取るわけだ。焚き火ができればそれを輪にして新しいコミュニティが誕生し、それまでは知らなかったもの同士がステージを観ながら皆で一緒に盛り上がる、とまあそんな光景があちこちで見られるのもこのイベントの特徴である。こういったことをやめてしまえ、というのである。

さらには昨年から始まった「グリーン・レディング」なる合言葉も、この荒くれイベントには本来まったくもって似つかわしくない。リサイクルの推奨やキャンプ用具の置き去り禁止、タバコのポイ捨てやめましょう!も、まあわからんではないのだが、改めて説教くさく指示されると興もさめるというものだ。挙句のはてには、「会場内の売店では、できるだけオーガニック・フードを買いましょう!」という忠告にいたっては、さすがのオレも噴き出さざるを得なかった。おまえ、キャラがぜんぜんちがうよ、と。

もちろん、鍛えこまれたレディングの観客達は、そんなことはどこ吹く風で、去年も焚き火の火の手はあがっていたし、あたり一帯ごみは捨て放題。毎朝その日のステージが始まる前に、会場をきれいに清掃してくれるクルーの皆さんには手を合わせて感謝しつつも、この雑然としたそれでいて自由な雰囲気がオレの好きなフェスティバルそのものだといってよい。リサイクル促進のために、紙コップにデポジットを取り、返却すると15円ほど返金してくれるシステムには、オレは反旗を掲げたい。今年からはペットボトルもだと。しかし、周りに捨てられた紙コップは自動的に中学生などの小僧が小遣い稼ぎで集めまくるため(バンド全く観てない)、結果的にゴミ激減→焚き火消滅の危機に直結しているのである。

思えば、こうした傾向が英国でもみられるようになったのは、もちろん「地球温暖化危機」などといった時代の影響ということは確かにあるのだが、UKフェスティバルのもう一方の雄、グラストンベリー・フェスティバルから少しづつ始まってきたような気がする。こっちの方はもともとヒッピーの祭典なわけだから、ナチュラルなことに対する意識は本来あったのにちがいない。一部過激さを伴う環境保護団体「グリーンピース」が協賛するこのフェスティバルは、「自然」を謳いながら、その実全く自然にやさしくないことをしている、とある日突然気がついたのだろう。ここ数年突然「テント用具は一切残して帰るな」「ゴミは分別して出せ」などと、唐突に説教じみたフェスティバルになってきた。

こういった本来「正しいこと」に対して異論を挟む権利をもとよりオレは持っていないわけだが、このイベントのオーガナイザーであるマイケル・イーバス爺さんから自然にかもし出されるなんとなくの「怪しさ」が、オレを意固地にさせていることは否定できない。このブログでもすでに何回か取り上げたこのおっさんは、「UKフェスティバルの創始者」というレジェンドとして受勲までしているわけだが、本来「ヒッピー」「ナチュラル」「グリーン」等々を標榜しながらも、ぐちゃぐちゃの(オレは好きだが)フェスティバルを今まで開催してきたくせに、最近の時代の流れに乗って突如正義の味方のような言動を取るようになったことが気に食わないのである。

オレ自身は参加したことがないので詳しくは分からないが、その出自からしてクリーンで整然としたものを目指している日本のフェスティバルだと、参加者の意識も含めてその意義の高さは理解できなくはない。だが、このマイケル爺さんのここ数年の「改革」は、それって自分の見栄えのこと考えて言ってんだろう的な、斜め目線でどうしても見てしまうのである。しかもこのおっさんの罪は、そうした言動が、なんとなく変な形でレディング・フェスティバルにも影響を与えてしまっているのではないか、という点にも認められるのである。

そうはいってもグラストンベリーは「お祭り感」がイノチなので、会場内で大型ろうそく(別名小型たいまつ)燃やし放題、ろうそく気球飛ばし放題、焚き火だ花火だとにぎやかなのだが、レディング・フェスティバルのほうはむしろなんだか良く分からないうちにいろいろな「禁止」を打ち出し始め、今度はその影響を逆に受けてグラストンベリーのほうが迷い始める、という事態が発生した。ここのところNMEで話題になっているのが、今年から「ステージ前の旗・のぼり」禁止を打ち出したレディングの決定を受けて、その実施前であるにもかかわらず、今度はグラストンベリーのマイケル爺さんが、「来年はウチも禁止にしようかのう」と発言したことに端を発する『旗』論争である。

ステージ前で大旗をふる行為は昔からあって、そのミュージシャンの出身国の観客が応援のために振る国旗や、バンドのプロモーション用の旗、あるいはここ数年観客のグループが自分達のいる場所を仲間(ビール購入中など)に知らせるための目印として、以前の「杖」様の小型のものではなくて、大旗をその役に立てているケースが目立ってきた。しかしごく最近では、単に旗をふりたいからふっているようなヤツが大勢いるようにしか見えないくらい「旗」の数が増えてきたのは確かだ。

これによって後ろ側に位置する観客が、ステージ上のミュージシャンを全く見えなくなるという事態が発生するにいたり、それを受けてレディングでは今年から「旗」を禁止にしたものとおもわれる。その効果が確認される前に、マイケル爺さんが「おれも」といったのが事の発端で、それに対してNMEが賛否の意見を募っているのである。賛成の者は「あとから旗もって割り込んでくるバカモノのせいでステージが見えなくなるなんて最低!」といい、反対の者は「そうは言うけどさ、イギリスのフェスティバルらしさがなくなっちゃううよ」という。

オレはまあどっちの意見も正しいとは思うが、マイケル爺さんがこ憎らしいのと、あと個人的経験により、「旗禁止」を阻止したい反対派であることをここに宣誓する。

毎年グラストンベリー・フェスティバルに通いながらも、ここ何年もメインステージである「ピラピッドステージ」には一瞬たりとも寄らないことが続いていた。もちろん観たいバンドが出てこない、あるいはすでに何回か見たバンドだ、などがその主な理由だが、年齢もあってあのあまりにも混雑した環境が「一日の終わり」としてはキツかったし、離れて観ればバンドが豆粒ほどにも見えないとこよりは、むしろ音がぜんぜん良くないこともオレのモチベーションを下げていた。そもそも夜半になって寒くなってくると、気力も衰えるというものだ。

ことしはしかし、気温が毎日暖かかったこともあって、自然と最後まで残って会場内をうろうろしていたのだが、最終日の Blur はなんとなく見てみようと思った。話題の「オリジナルメンバー再結成ステージ」でもある。そしてそれをピラミッドステージのできるだけ一番後ろから観ながら感慨にふけって雰囲気を楽しむのも悪くないだろう、と考えたのだ。

オレが位置したポジションはほぼ最後尾、演奏前はみなチェアーでくつろぐ子供連れのファミリーであふれるほのぼのゆったりスペースだ。バンドが登場し、大歓声が上がるが、このあたりで立ち上がる者は3割程度。立っても座ってもステージでわかるのはピラミッドの三角形だけ。ステージ上の人間が肉眼で確認できる距離でもなければ、ましてや埋め尽くされた「旗」だらけでそもそも何も見えるはずがない。音は割れ、風に流されるが、正直言ってオレは十分満足し、堪能することができた。Blur の再結成ステージという事実も多少は感動的な要素だったかもしれないが、日没前から真っ暗に変わっていくなかで、会場全体から受ける雰囲気がとてもよかったのだ。オレはとても満足して家路につく事ができた。

あちこちから上がる火の手やろうそく風船、そして何重にもはためく旗の波がその演出としてと最高だったことはいうまでもない。その「旗」が来年から禁止だ、という。だがオレは、そんな決まりごとはお構いなしだ!という無鉄砲なイギリス人が大量に出てくることをなんとなく願っている。UKフェスティバルの風物詩保存のために。

今週末は今年のレディングフェスティバルが開催される。本当に旗はなくなってしまうのだろうか?ここの客は紙コップのデポジットのような現世利益に走ってしまいがちなので、フェスティバル主催者が「旗」を掲げさせないための秘策を用意してくると、意外とすんなりその旗を降ろしてしまうのではないか、と心配しているのである。

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@ The Pyramid Stage

Blur + 旗 (日没前)

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@ The Pyramid Stage

Blur + 旗 (日没後)

で、以下Flickr からさがしてきたのがこれ↓

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たしかに何にも見えませんが・・・。

ま、これとかのほうがもっとすごいかな。

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ただし、ここくらいまで前に行くと、良く見えるみたいですな。姿見たい人はがんばれ。

● Blur その1

2009年8月23日 (日)

The Soft Pack

< 2009. 06. 28 @ John Peel Stage, Glastonbury Festival '09 >

さて、今年のグラストンベリー・フェスティバルで、オレが一番期待していた新人バンドは、ただいま話題沸騰中の Passion Pit や Hocky でもなければ、La Roux でもなく、そして Dan Black ではもちろんなくて、The Soft Pack というアメリカのローファイ・バンドであった。www.myspace.com/thesoftpack

個人的な音の好みとして、なんとなくアメリカっぽさを感じさせてくれるイギリス人の Let's Wrestle 同様、どことなく英国感を漂わせる 米国人 The Soft Pack のサウンドは、タイプは違うがオレのお気に入りローファイ組だ。ただ、オレから合格点をとるには音の方向性だけではなく、更に重要なポイントが二つあるぞ。ひとつは、そこがローファイの真髄でもあるのだが、ボーカルも含めていかに音が「へなちょこ」か、という点。もちろん、「へなへな」であればあるほど高得点だ。そして二つ目が、いかにバンドメンバーの「見た目がさえないか」という点だ。見た目のしょぼくれた青年達が、楽器を持ってステージに上がったらアラ不思議!、演奏する姿も全くさえないではないか!というのが、オレの理想だ。

この点 Let's Wrestle は、まともにアルバムデビューする前から「オタク」系肥満の道を一気に突き進み、ライブではCDで聞くよりさらにへろへろなボーカルスタイル。オレからすればもはや神がかり的な完成度の高さだが、イケメン狙いの邦人婦女子などからは、なかなか敬遠されてしまうだろう。

さて、「ムスリム」というイキナリ硬派なバンド名が物議をかもし出し、新生 The Soft Pack と改名した人たちとは思えないほど、ふにゃふにゃなPVを観てオレは感動した↓

このへなちょこドライブ感は、ほぼオレの理想の姿といえた。

ライブの映像を見ても、なかなかラフでおおざっぱ。メンバー全員見た目のじょぼくれ具合、も高得点だ。

これだ、これっ!といきり立ったオレは喜び勇んでステージに足を運んで彼らの登場を待った。ちなみの彼らの出番は Florence And The MachineLady Hawke のあいだ。ともに鳴り物入りで超満員の彼女達のそれぞれのステージのすきまに集まってきた観客数は、これ以下はない、というくらいしょぼしょぼのものであった。The Soft Pack がステージにのぼった時点でのオーディエンス数は、最前列があってその次が無し、というぐらい悲惨である。これは応援しないわけにいくまい。オレは心の中で「究極のへなちょこ演奏で、ここに来ている観客すら、その度肝(どぎも)を抜いてやってくれ!」と興奮しながら応援した。

演奏が始まり曲が進むうちに、しかしながらオレの興奮はなぜだか少しづつ冷め始めていた。なぜだ・・どうしたんだろう。

実は彼らの演奏はPVで見るようなふにょふにょではなく、実にしっかりしたもので、ステージ運びもなかなか堂に入ったものなのであった。ライブのほうがCDよりぜんぜんしっかりしていたのである。見た目のさえなさ感もまるでなく、フツーにかわいくカッコイイ、ちゃんとしたバンドのみなさんのようであった。

ふと振り返ると、いつのまにか会場にはそこそこ人が入って声援をあげていた。満員というには程遠いが、それでも何とか格好がつくくらいにはなっていただろう。ステージが終了し、オレもできるかぎりの拍手をおくったが、ことしは例年に比べてもまずまず満足度の高いステージがつづいたこのグラストンベリーで、この The Soft Pack だけは期待感が高かっただけ多少の消化不良であった。

悪いバンドでは全然ないのだが、お見合い写真(PV)にちょっとだまされた感じです。

Sp

@ John Peel Stage

でも、今年パリにも来るようなので、もう一回観にいきたいとは思っております。年末、といわれているアルバムも楽しみではある。

●コメントバックできないので追記します。

アリさん、コメントどうもありがとうございます。たしかにピート・シェリー(志村けん)の髪型の方向性にも似てるかんじがしますね。このPVの彼。

一年に数回ですが、聴いてから一週間くらい頭から離れない曲、というのがあります。しばらく前は、この曲がぐるぐるまわってました。

●そういえばどうでもいい話ですが、 La Roux のステージ写真を最前列で撮りまくったことがあるのですが、それをデジカメで確認しながら、彼女の髪型は常に、どこか「ある方向」を指していることに気がつきました・・・。オチのない話で、すいません。

2009年8月16日 (日)

Fujiya And Miyagi

< 2009. 08. 07 @ Paris, Festival FnacIndetendances >

オレは Fujiya and Miyagi が大好きだ。www.myspace.com/fujiyaandmiyagi もちろん楽曲もすばらしいが、日本人的に考えればこれを超えるバンド名はこのさき向こう20年くらいはでてこないであろうとさえ思われる。そしてこのバンド名がいかにすばらしいかを我々に常々思い出させてくれるのは、言うまでもなく彼ら屈指の名曲 [Ankle Injuries] であろう。

♪「ふじやっみやぎっふじやっみやぎっふじやっみやぎっふじやっみやぎっふじやっみやぎっふじやっ・・・・」と延々繰り返される自らのバンド名の連呼。この不可思議な感覚にハマってしまい、夜な夜なヘッドフォンで何度もリピートして聴いているオレのような人間も、決して少なくないだろうことは想像に難くない。何年も前の曲なのに、いまだにiPod でリピート演奏しながら街を闊歩することもある。

そんなわけでロンドン在住時代から常に観にいきたいと思っていたし、彼ら自身も活動は比較的活発であるにもかかわらず、なかなかめぐり合うタイミングがあわずにパリに引っ越してきてしまったが、パリでも人気の彼らはよくやってくる。しかし、たいがいはオレのような素人中年日本人サラリーマンにはそのドアさえ発見することができないような秘密めいたおしゃれクラブが演奏会場だったりして、今日までついに一度も目にすることができていないまま、マイ幻バンド化してしまっていたのである。

ところで、待てば海路の日和ありなどと申します。このたび彼らはパリの夏の風物詩であるParis Plages にやってくるという。去年 Pete And The Piretas を観にいったこともあり、場所の勝手も分かっている。Paris Plages というのは、真夏の一定期間、海のないパリ市民のために市が主催してセーヌ川河畔を一定範囲、「ビーチ」として開放し、そのために一部交通を遮断してつくる、いわば人工日光浴場+市民の憩いスペースだ。あちらこちらにビーチチェアがおかれ、ビヤスタンドがでたりするのだが、小型プールや小さなイベントスペースなどがいくつもあるわりには、やはりニセモノ感というかさびしさが拭い去れないものでもある。

去年見た Pete たちのステージも、そのセッティングは小規模並びにかなりいいかげんなものであって、まあ所詮お祭りの余興の程度を超えるものではなかったが、とにかくライブハウスというライブハウス、全てがお休みになってしまうこの夏場の8月にお気に入りのバンドがタダで観られるのはたいへんありがたいことだ。しかも今年は待望の Fujiya and Miyagi がでるというので、喜び勇んで会場に向かった。

彼らの出演時間が夕方早かったため、オレは就業時間終了早々に会社をとびだし車に乗った。Paris Plages 自体の交通規制があり、目的地に近づいてくるとやや渋滞気だ。会場近くの公共地下駐車場に車を停め、河岸についたときはちょうど彼らの演奏時間が始まるころだった。さてここからステージまでは5分以上歩くかな、と思い始めて足を踏み出したとたん、どこか向こうの方からもごもごとビートが鳴っていることに気がついた。いかん、もうはじまってしまったぞ! [Ankle Injuries] が最初から演奏される可能性は少ないと信じたいし、むしろ最後の曲に違いないはずだ。ほはいえ気がせいて早足になる。

さて、ここからオレの知っているはずのステージ方向に向かって歩き出したが、ビートの音量はどんどん小さくなるぞ。もしかしたら今年は場所が違うのか?案内図を見てもよくわからない、というかステージ場所がどこにも描かれていない。右に左に文字通り右往左往したが、音の方向に行き着かない。気はあせるばかりだ。こんなことで迷っている場合ではない、と、そもそも目指しかけた「去年のステージ」まで6~7分かけて歩いていってみると、ことしはなんとビーチチェアが置いてあるだけだ!

気を取り直して案内板を凝視し直し、ことしのステージが河岸ではなくて市役所前広場だと分かったときにはもう演奏終了時間間近。ちなみにオレが車を停めたのが市役所の駐車場だったので、振り出しにもどるかっこうだ。汗をだらだら流しながら市役所前に着いたとき、彼らは最後の曲 [Ankle Injuries] のエンディング直前だった。オレが姿を見ることができたのは、ラスト30秒。そのときの記念すべき光景である。オレは復讐を誓った(何に?)↓

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@ パリ市役所前広場

とつぜんやってきて割り込むやいなや、♪「ふじやっみやぎっふじやっみやぎっふじやっみやぎっふじやっみやぎっふじやっみやぎっふじやっ・・・・」と半泣きながらも大声でさけぶ日本人のオヤジを見て、気持ち悪がっていたパリのみなさん、すいませんでした。

●コメントバックできないので追記します。

アリさん、コメントどうもありがとうございます。彼らがいなければ、自分自身40歳も過ぎてから「これからはジャージだ!」とジャージに目覚めなかったと思うので、そういう意味でも人生に影響を与えてくれたバンドといえます。

なお、翌週の8月15日、今度は Kap Bambino が出演するというので再び出かけてみたところ、急遽キャンセルした模様。しかたなくその他のフランス人カスバンドをしばらく見ていたのですが、あまりにもつまらなく、耐え切れずに15分で退場。ステージのみ遠めで観光写真風に撮りました↓

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2009年8月10日 (月)

VV Brown

< 2009. 06. 26 @ John Peel Stage, Glastonbury Festival '09 >

さて、今年のサマソニも終了し、皆さんも VV Brown 姐さんのダイナマイト・ステージをすっかり堪能されたことと思う。www.myspace.com/vvbrown  www.vvbrown.com

今年彼女はフェスティバルというフェスティバルに出ずっぱりで、それも Camden Crawl やら Great Escape といったインディ感漂うものから、グラストンベリー・フェスティバル、そして果てはVフェスティバルといった「ぬるめ」の大型フェスまで方々で大活躍なのである。しかもカムデンやブライトン(Great Escape)ですら複数のステージをこなし、グラストンベリーに至ってはメインのピラミッドステージから、インディの John Peet ステージまで、都合3~4セットをフル操業するというモーレツ社員並みの働きぶりだ。

MySpace でチェックした彼女のフィフティーズ・サウンドは、正直オレの琴線に触れるものではなかったが、一体ぜんたいなぜ Camden Crawl に出る?なぜ Great Escape に出演するんだ?彼女の何がいま新しいというんだ?そんな疑問がだんだん渦巻いていたものだから、6月のグラストンベリー・フェスのころには、これはやはり今年一度は観なければならないな、というキモチになっていた。

新しいシングル曲 [Shark In The water] を聴くと分かるが、彼女はその髪型から連想される単なる「50's」のヒトではなく、かなり「聴かせる」カンジの正統派サウンドの方でした。小さい方のステージで観たグラストンベリーは「単なるツイストおねえさん」という予想が多少裏切られた分、好感のもてるものであった。

たくさんいろんなところに「網」をはっておく、というのも戦略ですな。釣られました。

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@ John Peel Stage

オレが撮る写真は、最前列でも常にぼけぼけだ。Flickr からみつけた、前日のメインステージでの姿↓

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彼女は幼いころから音楽に親しんでおり、オックスフォード大はじめ5つの大学からの入学許可を蹴ってまでこの道にまい進しているらしい。

今年は女性ミュージシャンの当たり年で、La Roux や Florence And The Machine、あるいは Little Boots なぞといった「ハヤリもの」をみんなこぞって聴いているが(オレもそう)、意外とこういうしっかりした正統派のヒトがあとあと生き残るものなのかもしれない。働き者だし。

2009年8月 7日 (金)

The Invisible

<2009. 04. 25 @ Dingwalls, London (Camden Crawl '09)>

< 2009. 07. 12 @ Sous La Plage, Paris >

最近フランス人ネタを書かないので、「Funga77のヤツは、パリに住み着いているうちになんとなくだんだんと不思議で理不尽なムッシューたちと同化してしまったのではないか?」と思われてしまうのもしゃくにさわる。そんなことを考えていたら、久方ぶりに予期せず驚かされるライブにめぐりあった。

そもそもパリで道を歩いていると、「えっ!?オマエらぜんぜん打ち合わせ、とかネゴとかしてないのわけ?」とびっくりする物件に出会うことが多い。たとえば、工事中など何らかの事情で通行止めになっているところに市営の路線バスが乗客をたっぷり乗せて立ち止まる、とする。普通、工事で道をふさいでしまう場合、市バスはあらかじめ連絡を受けていて、別コースをたどることを市民の皆さんに前もってアナウンスしておくだろうし、当然バスの運転手は代わりにどういうコースを取るか分かっているにちがいないはずである。

むか~しオレが見たのは、しっかりと強固に通行止めがなされた道路にさしかかったその市バスの運ちゃんと、通行止めの柵を設置しているおっさんとの怒鳴りあいである。

フランス語は分からないが、その喧騒の内容は疑いなく、「オメえ、こんなとこ突然工事始められたら困んだろ!、バスが通れないだろが!!」「そんなこたあ、俺はしらん。俺は工事始めっから!」という、お互いなんら解決をする意思が見えない水かけ論以外の何物でもない。なにやってんの、アンタら?というのがフツーの良識あるオレのような日本人の感想だが、どうやらフランス人はそうは思わないらしい。まわりの見物客は、「わしは、あっちのほうへ行ったほうが良いとおもうがなあ」と右を指差しながら運ちゃんにアドバイスする人、頼まれもしないのに工事のおじさんに対して説得を試みるタダの通行人など、全く混沌とした状態である。

かくして運ちゃんは憮然としながら左へハンドルを切り、それによってもとの方向にはほとんど戻れなくなることが確実なわけだが、かわいそうな乗客の皆さんはどこか遠い世界に連れて行ってしまわれたようである。さようなら。何でこんなことがおこるのか、なぜあらかじめ調整をつけておかないのか、オレにはさっぱりわからないのである。

さて、英国の TV On The Radio などという枕詞もついている新人の The Invisible www.myspace.com/theinvisiblethree 4月に観たショーケースイベントで気になっていたのだが、この夏パリ市内の屋外無料アート・フェスティバルにもやってくる、ということで足を運んでみた。彼らつい最近は今年のマーキュリー・プライズにもノミネートされ、まあ強敵多い中、本選で選ばれる可能性は高くないものの、無名の新人としてはよくやった、とほめられる結果だろう。そんなに混んでもいない無料イベントで、当日の出演者はオレのお気に入り(見た目のみ)の「食いだおれ太郎」、別の名をエチエンヌ・ジョメという Zombie Zombie の片割れのソロステージ。あるいは数曲演奏したら電気が飛んでしまって、そのまんまステージが終わってしまった、かわいそうなアメリカのバンド(名前忘れた)。そして我らの The Invisible の登場である。結果的に演奏自体はとても印象深い、良いステージであった。

その日このイベントが行なわれたのは、パリの西側にある「シトロエン公園」という、オレの会社からも歩いていける、昔のシトロエンの工場の跡地にこしらえた、緑豊かな快適ひろびろスペースだ。その端っこ、セーヌ川ぞいに平行してステージが組まれているものの、河岸は狭く、イベント参加者すなわち観客の大半は、そのシトロエン公園の緑地に腰を下ろしながら楽しんでいるわけである。

当日は気温が30度を超え、売っているビールが外気温と同じ温度のものしかないのには閉口したが、飲んでみると気分も悪くなった。とはいえ、オレも他の参加者の皆さん同様、芝生に寝転がりながらいろいろなバンドを観ていたわけである。

いよいよ The Invisible の前のバンドが終了し、彼らのこともこの芝生からゆったりと観るか、それともコンクリートの河岸で味気ないが、ステージ前方まで観にいくか、とかんがえはじめたその矢先。いかにも公園の管理人みたいな人が寄ってきてわれわれ観客になにか言っている。いよいよオレの所に来たおじさんが言った。「あー。公園閉める時間なんで、皆さんここからでてください。」

あのう、おじさん。まだバンド残ってんですけど・・・・。というか、このイベントの主催者はいったいどういう仕切りというか交渉を公園側と行なっていたのか。かくして寝そべっていた人たちは、もぞもぞもぞと河岸に強制移動。なんとなく縦に長く連なってバンドのステージ観ましたとさ、というオチです。この時点で単に芝生で昼寝してた人たちは撤収。さらにさびしくなった人数の観客が広くないエリアでバンドに声援を送って楽しんでいたが、なんとなく納得行かない顔をしていたのは、オレ一人しか居なかったと思う。

公園を閉める時間を一時間遅らせるとか、イベント自体を1時間早くはじめるとか、そんな低次元のことを考えているようではオレもいつまでたってもパリジャンにはなれないだろう。あまりなりたくもないが。英国からわざわざやってきたバンドの皆さんはいったいどう思ったか。そんな「他人」のことを気にかけてしまうようでは、タダの日本人である。だがオレはそんな日本人でありたい、と思った夜だった。

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@ Dingwalls

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@ Sous La Plage

無料イベントで観客少ないとキツイががんばれ。オレは応援しているぞ。良いバンドだ。

2009年8月 4日 (火)

The Rifles

< 2006. 07. 09 @ Oxegen Festival, Ireland >

< 2009. 06. 09 @ Nouveau Casino, Paris >

かなりありがちな話ではないかと思うのだが、バンドのいわゆる「セカンド・アルバム」を購入することが、正直言ってオレはあまり多くない。おそらく同じような傾向をもつ人も少なからずいるのではないだろうか。

理由はいくつかあって、たとえばファーストの出来が実のところイマイチだった場合には、セカンドアルバムを買おうというモチベーションは当然低いはずである。あるいは、バンドがファーストアルバムで売れすぎてしまった場合、セカンドの発売前からニュー・シングルが頻繁にテレビ・ラジオで流れるため、はやくも聴き飽きてしまったような気分になるケースもあるだろう。こういったときは、楽曲の良し悪しに関係なく買わなくなってしまうので、ミュージシャンにとっては損かもしれない。まあ、その分他でたくさん売れてるからオレのようなヤツが多少いてもどうってことないかもしれなうが。もしくはファーストが気に入っていたとしても、それがある程度成功した場合、次回作はなんとなく方向性が違ったものになってしまうのではないか、というぼんやりとした不安があり、それゆえに様子をみていたらやっぱり変な方向に行ってしまっていた、とか。

しかし個人的に一番合点のいく説明は、以下のようなものである。「セカンドが多少良くなったくらいでは、一枚目で得られた感動には到達しないだろう。そんなのをわざわざ買うくらいなら、期待の持てそうな新人バンドのデビューCDに賭けてみたほうが、ずいぶんとマシだ。」 

数少ない「セカンド・アルバムを買ったバンド」にしても、期待が大きかったのにコケた The Rakes とか、ファーストとくらべてあまりにも変化のなさ過ぎた The Go! Team とか、やはり「2枚目」を買うのを躊躇させるに至るトラウマ体験は意外と多いものだ。デビューシングルを発売日に買いに行くほど入れ込んだ Maximo Park にしても、2枚目は結局一度しか聴いていない。もはや良かったのか、悪かったのかさえ記憶にない。本当は良いCDだったかも知れないのだが、すでにデビュー作で彼らを堪能しつくしてしまったために、新作でなんらインパクトのある感動が得られなかった、ということだろう。

一方で、ライブ道においても似たような傾向があることは否めない。そのバンドの2回目のライブを観るために、もう一度足を運ぶ、というのはオレの場合フェスティバルを除くとそうそうあることではない。

とはいえライブのほうは、そのバンドのライブパフォーマンスにハマると何度でも繰り返し観にいってしまいたくなるものだし、新人バンドのライブををタニマチ気分で通うということもあるだろう。だがしかし、「まあ、一回観ておけばいいか」というバンドが大半を占めることもまた事実である。かくして、まあそこそこお気に入りのバンドであっても、CDはデビュー盤のみ所有、ライブは一回きり、というバンドが自分自身のスタンダードではある。

最近久しぶりのセカンド・アルバムを発表した The Rifles も一見するところそういったグループに括(くく)られてしまいかねない連中だ。www.myspace.com/therifles www.therifles.net このバンド、意外となかなかキャッチーな曲を多数抱えたデビューアルバムを出しており、いまだに引っ張り出しては時々聴いている愛聴版のひとつだ。だがそんな彼らでさえ、すでに昔アイルランドのフェスティバルで一回姿を捕らえており、普通であればオレの中では典型的な「アルバム1枚:ライブ1回」バンドのひとつ、というのが正直なポジションだ。実際のところ、そのセカンドを購入しようという予定もない。

しかし、オレは2ヶ月ほど前、ひさかたぶりに、しかも今度は彼らがヘッドラインで登場するショーを観に出かけたのであった。なぜか?

はなしは飛ぶのだが、実はオレ自身声の通りが極めて悪く、更に「かつぜつ」も良くないという身体的欠陥を持っていてかなりのコンプレックスを抱えている。さすがに声の通りが悪い歌い手というのは世の中に存在しないと思うが、「かつぜつ」の良くない人は時々いるようだ。「かつぜつ」というよりは薬物摂取のためにろれつの回っていないように聞こえてしまう Pete Doherty氏のような存在は別としても、この The Rifles のシンガー、ジョエルの「かつぜつ」の悪く聞こえてしまうようなボーカル・スタイルはなんと表現したらよいのか。

実際に「もたつく」わけでもなく、本当に「かつぜつ」がわるいのかどうか判断がつかないが、ヤツの声がもったり聞こえてしまうことだけは確かだ。オレはそんなジョエルがいとおしいのである。身体的欠陥を持つ仲間として。なんとなく身障者仲間が健常者の世界でがんばっているのを応援したくなる、といった心境か。不適切な表現であればすいません。

で、このたびわざわざパリにまでやって来てくれたので、最前列で口の動きを確認しがてら応援することにした。セカンドアルバム・プロモーションツアーの一環にもかかわらず、1枚目から中心のセットはたいへんありがたかったです。なかなか盛り上がっておりました。結局なんというか、「かつぜつ」というよりは「声質」ですかね。どうやらジョエルは「健常者」のようだが、オレとしては今後も仲間としてつきあっていきたい。つきあっていきたい、というわりには新たしいアルバムを買う予定はあいかわらずないので、ゆるしてくれ。

The Rifles。 CD1枚、そしてライブ2回、ということで、オレの中でちょっとだけ特別なバンドになった気がした。

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@ Nouveau Casino

左が身体的欠陥を克服して歌手になった、オレのヒーロー。しかし、彼の歌が「もっさり」していなければ、もう少し大きい成功を手に入れていたかもしれない。

2009年7月25日 (土)

Florence & The Machine

< 2007. 08. 09 @ Field Day, Victoria Park, London >

< 2009. 06. 27 @ John Peel Stage, Glastonbury Festival '09 >

最近のNMEにオレのすきな Moshi Moshi Records (もしもしレコード) の特集記事が載っていた。

想像のとおり、とにかくこれから伸びてくるアーチストを見つけてつかまえるのが早いレーベルだよね、という前提の記事なわけだが、そのことはまさにその通りで、やはりセンスが良いのだろう。

ただ、どのアーチストも一枚二枚レコードやCDを出すと、大手レーベルに移ってしまうあたり、かわいそうと言ってよいのか、懐が広いのか。記事によればレーベルの主催者は「当時全く無名だった Hot Chip のアルバムを作ったんだけど、お金がなくて彼らのためにタクシーを呼ぶこともできなかったよ。ボクが運転して、みんな詰め込んでまわるしかなくてさ。ある日彼らが大手レーベルと契約したのを知ったときはすげーショックだったなあ。」  やはりかなりかわいそうな人たちだ。

Hot Chip にかぎらず、今 Kate Nash や、Bloc PartyLate Of The PierThe RakesFriendly Fires を持っていればかなりのうっしっしではないだろうか。みなさんきれいさっぱり消えていかれてますが、さすがに気がひけるのか、Moshi Moshi Records のイベントのときなどは、いまだに Hot Chip も駆けつけて演奏したりするようだ。

さらに記事によれば、そんなお金に縁のなさそうなレーベルではあるが、初期の段階で稼ぎ頭だったのが Florence And The Machine ということだったらしい。www.myspace.com/florenceandthemachinemusic

なんといっても今年の Mercury Priize にノミネートされた中では La Roux などとともに本命の呼び声も高いい。そうか~、そういう経営の立ち上がりで苦しいときに助けになるアーチストって、ありがたいもんだよなあと思ったのではあるが、良く考えたら彼女が本当に売れる前にまた逃げられている、というだけではないか!やはりかわいそうな人たちではなく、ほんとうに太っ腹な連中だ、というのが本日の結論です。

2年前偶然はじめて観た、当時無名の彼女のステージは、都市型フェスティバルの灼熱テントの中であったため、オレ達観客は難を避けるためにテントの外から眺める、というすこしかわいそうなものであった。その後HMEはじめプレスから高い評価を得て、ついにヒットアルバムを引き下げての今年のグラストンベリー・フェスティバルでの演奏は、風格さえ漂わせる堂々としたものであった。

なんとなくだが、堂々と振舞えるようになってしてしまったアーティストは、もう Moshi Moshi Records には似合わなくなってしまうのだな、と思った。そう考えると、100年たっても朴訥(ぼくとつ)さが消えないであろう The Wave Pictures や、実際は「役者魂」にあふれながらもあえて素人くささをステージで出そうと試みる Slow Club などが Moshi Moshi の看板アーティストとして残っていくのかもしれない。

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@ John Peel Stage

この日他のバンドで最前列に張り付いたため体力を消耗し、彼女のステージは期せずして再び「テントの外」から眺めることとなった。

2009年7月24日 (金)

The Temper Trap

< 2009. 06. 27 @ John Peel Stage, Glastonbury Festival '09 >

何年か前に働いていたロンドンの会社は、けっこうコスモポリタンだった。アングロサクソン系英国人のほかにいろいろな人がいて、基本的にはスペイン・イタリア・ギリシャその他EUの人たちが多かったけど、オレのような日本人やニュージーランド人、ミャンマー系、メキシコ系、モーリシャス系、スカーフかぶった油っぽい女性、それにもちろん黒い人、加えてある種の多数派を形成していたゲイの方々・・。まあ、そんな環境だったわけです。

ある日、営業の中間間管理職が全社にメールを一斉発信した。いつものように、新たに採用された人間の紹介だ。「今日から会社に『オーストラリア美人』がくるから、あとでみんなに紹介するよ。」

さかりのついた若造どもが興奮していきり立ったのは無理もないだろう。はたしてわれわれの前に現れたのは、100%中国人にしか見えないちっちゃなおねえさんであった。彼女の先代はともかくとして、中国アクセントながらよどみなく英語を話す彼女自身は、正真正銘のオーストラリア人だ。彼女を見て若者たちの腰が一瞬砕けたのは人種の問題だけとも言い切れないが、うちの会社にだって「ヘンリー」という絵に描いたような中国顔をしたイギリス人社員がいたわけだ。アジア顔が登場することを全く予想していなかったところを見ると、英国人にとってはオーストラリアは「白人の国」というのがいまだにイメージなのだろう。

そんなオーストラリアから「話題の超大型新人バンド」が登場!などというあからさまに怪しそうなふれこみが聞こえてきたものだから、今年のグラストンベリー・フェスティバル('09) で登場するという Temper Trap をとりあえず冷やかし気分で観てみることにした。www.myspace.com/thetempertrap  www.thetempertrap.net

ところがステージに上がってきたボーカリストの顔をよく見たら、どうひいき目に見てもむかしマニラの空港でオレをカツアゲして消えていったフィリピン人にしか見えないけっこうな悪党顔で、ロックバンドのフロントマンとしてはある種完璧と言えた。後で調べたら、インドネシアから渡ってきた東南アジア系のオーストラリア人であるらしく、異質といえば異質な趣をかもしだしているバンドといえるだろう。オレも元の同僚同様、先入観が裏切られたわけではあるが、決して悪い方向にではない。

はっきり言うと「今年最大の新人」とか言うなよ、といった感じのお決まりの「ちょっとしょんぼり」感の漂う楽曲とステージではあったが、オレ的にはこの「インドネシア顔」でかなりの高得点だ。というか、曲は記憶に残ってません。

オレがあのピクシーズを尊敬する理由の中で、たぶん他人とは少し違うかもしれないと思っていることがあって、それはやはりフィリピン系アメリカ人の怪ギタリスト、ジョーイ・サンチャゴ氏を擁するからに他ならない。やはり東南アジア顔はバンドに深みを持たせる、というのがカツアゲで失禁しそうになった経験を持つオレの持論だ。

オレから高得点をもらって得したな、オマエら。まあ、何の意味もないけど。

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@ John Peel Stage

今あらためて MySpace で歌声を聴くと、在りし日の Mansun に似ていなくもない。せっかくかわいらしい顔をしていて人気があったのに、通好みの音に走った後失速していった Mansun とちがって、こちとらはあらかじめ東洋魂だ。

西洋人ハンサムハンターの日本人からは必ずしも絶大な支持を得られないかもしれないが、不思議な方向に走ってもうまくいくかもしれないぞ。ぜひがんばってほしい。日本マーケットでの成功をお祈りいたします。

2009年7月12日 (日)

Gong / Steve Hillage Band

< 2009. 06. 28 @ The Glade, Glastonbury Festival '09 >

ことしの Glastonbury Festival ('09) は連日例年より気温が暖かかかったこともあり、なんとなくTシャツ一枚でヘッドライナーまで残って観ていた。いつもは夕方の寒風が吹いてくると腰が引けてホテルまで退散してしまいがちなオレなのだが。

最終日、オレから見ればただの「若造」にすぎないが、年齢軸で切ったときにはあきらかに「中年」といわざるを得ない Blur のステージを遠めに眺めながら改めて思ったのだが、やはりフェスティバルにでてくるミュージシャンってオヤっさんがたくさんいますね。今年のグラストンベリー、三日目の Blur はさておくとして、初日のトリはニール・ヤング、そして二日目のヘッドライナーはブルース・スプリングティーンだ。このオレでさえ手の届かない、本物の正真正銘のオヤジたちである。

18万人を数える老若男女の観客からそれぞれのオヤジ( Blur 含む)が絶大なる大歓声を受けたことはいうまでもない。だが、その他のフェスティバルがそうであるように、ここグラストンベリーでも、さまざまなジャンルを超えていろいろなおやっさん達が演奏をしていたのである。オレにとってニールヤング氏はあまりにもおっさん過ぎて、その全盛期を同時代で聞いていたわけではない。一方ブルース・スプリングスティーン氏のほうは、オレがすっかりニューウェーブ青年になってから世のまん中に出てきたので、真剣に聴いたミュージシャンではなかった。

ことしのグラストンベリーで、オレ個人にとって最もビミョーなポジションにいたおっさんミュージシャン。そしてそれが故に今回ステージを観ざるを得ない、とあらかじめ心に決めていたミュージシャン。それが Gong である。今回の Gong Steve Hillage が率いていたwww.myspace.com/stevehillage

イキナリわたくしごとですが(というかわたくしごとでないブログはそもそも存在しないが)、オレが「ロック」を真剣に聴きはじめたのは、1976年、高校1年のときだ。それから1年くらいのあいだだっただろうか、たぶんいくらでも時間が(それと「ロック喫茶」)あったからだと思うが、いわゆる「ロック史」を彩るような音は一通り集中して聴いてしまった。さまざまなジャンルが繚乱していたが、だいたい聴くに値する「ロック」が世の中に出てきてから10年ほどの黎明期でもあり、ミュージシャンやアルバムの絶対数がものすごくすくない時期だったので、一年あればなんとなく「時代」に追いつけたのだ。

そもそも回りにいた同級生の連中が、同じように「あれもこれも聴きまっせ」というヤツらがおおかったこともあり、それから1年の間に、オレは難解な通称「プログレッシブ・ロック」やジャズとロックの境界の音を追求するところまで行きかけた。ところが、そんな高校2年生のころ出合ったのが英国の「パブ・ロック」であり、そのあとの「PUNK」である。音としては、プログレッシブ・ロックまで正常「進化」してきたロックが、ある日突然「二足歩行をやめて退化していく人類」みたいな感じであったと思うのだが、オレはそのときを境にすっかり「PUNK~ニューウェーブ」というマイナーな世界の人になってしまった。高校2年制の終わりごろには、オレは音楽趣味的には校内でもすっかり「変人」の部類にはいっており、「退化」の人となっていた。

で、オレ自身はそれ以来音楽嗜好性が30年間何も変わっていないのだが、高校2年生の時分、みんなの行く輸入レコード店の中においては「PUNK~ニューウェーブ」コーナーというのは店内全体の50分の1くらいの小さなスペースがあてがわれているだけだったのである。当時は「J-POP」なんていう気の利いたものはなかったから、歌謡曲以外の音楽を聴くことと「洋楽=ロック」はイコールであった。同級生や上級生はみなプログレッシブ・ロックやジャズ・ロック、もしくはなんらかの形でオトナの香りがする音楽をきいており、高校の学園祭でみんなが組むバンドは例外なくドゥービー・ブラザーズとか、そんなかんじであった。(キング・ムリムゾンは演奏能力的に不可能であった、らしい)

そんな「おとなのロック」が極限までつき詰まった一例が Gong であることは今考えても疑いがない。高校の校内の残る伝説に、われわれの2年上の先輩達の代、校内で音楽「ファンジン」がいくつか自主出版されており、そのうち「Gong」とその周辺だけに特化した内容の刊行物が2種類もあったという。ジャズロックというのかプログレッシブというのかよく分からないが、とにかく最も難解なものを追い求めたい背伸び盛りの高校生の知的好奇心を刺激してくれる頂点にいたバンドだったといえるだろう。

Gongも、そこに一時期滞在した Steve Hillage も、オレはPUNKの傍ら細々と聴き続けたわけではあるが、今やオレにとっては歴史のかなたの連中である。しかしいまやオレも50歳手前のおっさんだ。いまだにはやりものの音楽、そして今一番新しいと思われる音をミーハーに追いかけ続けているのだが、さすがにこの歳になると、「背伸び」をする必要も、「背伸びをすることがかっこ悪い」とおもうことも無くなったようだ。いまから30年前、オレの同級生や先輩達の「知的好奇心」をくすぐった音をなまで触れてみるのもいいものだ、とおもった。そしてことしのグラストンベリー、最終日3日目にして「The Glade」というあまりなじみのないテントまで足を運んでみることにした。

当日観たステージは、Steve Hillage の超絶ギターテクを生で観たことを除いては、音楽の旋律として考えればあらためて驚くものではなかった。新曲もあるとはいえ、基本はもともと聴いたことのある音でもある。だがオレはその会場をとりまく雰囲気に目からうろこがおちた。ステージに映し出される映像はあからさまなサイケ映像。そして当然ながらオヤジの群れで固められた観客達からは全員もれなく「大麻臭」が。グラストンベリー・フェスティバル自体が、世間にあまたあるフェスのなかでも最も大麻感が強いイベントであることは否定し得ない。もともとヒッピーのお祭りなんだから。しかし、80を超えるステージをもつこのフェスティバルに通い続けて8年、今回の The Glade は大麻臭密度がもっとも高かった出来事であったと記録しておきたい。おやじ達は拍手を送りながら宇宙と交信しており、Gong というバンドがあらためて「スペース・ロック」のレジェンドであったことを思い知らせてくれたのであった。オレは今見ているのが伝説のサイケバンドであることに改めて気がつき、感動の中惜しみない拍手をおくりながらステージを後にしたのであった。

思えば、オレの高校の先輩達は、Gong の難解な旋律に知的好奇心を刺激されたのかもしれなかったが、Gong の本質はそんなものではなかったと、いまさらながら気がついた。ストーンヘンジやミステリーサークル出現場所からほど遠くないここグラストンベリーのフェスティバルで、彼らが実は遠い昔にも「伝説のステージ」をつとめていたことにあらためて思いをはせた。彼らを楽しむ、ということは理屈や知識の世界のことではない。「サイケにひたる」ということだったのであった。

よく考えてみれば、PUNKに走ったオレにしても、ケツの青い日本の田舎の高校生に「PUNK」自体の本質が同時代にわかるものでもなかったはずだ。先日観たB級パンクの成れの果て、 Johnny Moped ライブでの観客の姿(=すべからく「ノーフューチャー」な人生を送ってきたに違いない40 - 50 代のおっさんたちとおっかさんたち)を思い出し、オレはただただ平和な国で平和な人生を送っていただけだという当たり前のことを頭の中で反復していた。オレはPUNKもニューウェーブも体の芯から好きだったし、いまでもそうだが、日本の高校生にとっての知的好奇心という意味での「理屈」や「知識」という側面もけっこうあったかもしれないのだった。

ネガティブな気持ちでは全くないが、この歳になって精神の「解毒」がすこしできてよかったな、と思った。

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@ The Glade

会場内の不思議なモニュメント、ステージ後ろの「電波」映像、そしてステージのじいさんたち。観客は全員キマってます。

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ステージ右は Steve Hillage。いぶし銀です。視界に飛び込んでくる客はみなハゲです。みなうれしそうでした(オレも)。

Gong はなんと今年フジロックでも演奏するらしい。他にもいろいろ良いバンドがある中であえてお勧めしづらいが、大麻の余った方あるいはオレのように青春の決着を付けたい方は寄ってみてください。

2009年6月25日 (木)

Kap Bambino

< 2009. 06. 18 @ La Maroquinerie, Paris >

パリといえばオペラ座である。で、オペラ座といえば「怪人」なのだが、期せずしてその怪人探しをできる機会にめぐまれた。

というか、ありていに言ってしまうと、知り合いの方が行く予定だったパリのオペラ座(ガルニエ)での本格派オペラの公演チケットを、その人の都合が悪くなってしまったためにオレが偶然譲り受けたのだ。オペラ自体には何の興味もないが、もしかするとそこに住んでいるというらしい「怪人」が発見できるのではないか。ところでそもそもオペラ座にいる怪人って何だ?しかもそれって、パリのオペラ座だったべか?などとどうでもよいことが次々に頭を駆け巡ったが、とりあえずはタダ券だし、その程度の動機でとりあえずは出かけることにした。

だけど何を着ていこうか?一人で観にいくのだし、職場用のスーツで行って、あからさまな日本人サラリーマンの格好(普段のオレ)をするのは何かこうあまり「オペラ座」なかんじがしない気もする。だけどオペラといっても「ライブ道」の一種には違いないので、結局はオレのライブ道出動スタイル、すなわちただの普段着ででかけることにしたのである。ジーンズと多少よれたチェックシャツだが、いつものように「若作り」としては合格点が付けられる格好だろう。まあ、オペラとか言っても学生割引券は千円くらいから売ってるらしいし、そういう「クラシック」好きの貧乏学生さんたちももたくさん観にきているにちがいない。そんなに気張った格好をすることもないだろさ、とオレは考えたのだった。

外観以上に更に荘厳なオペラ座の内装に圧倒されながら、係のおじさんに席まで案内された。だが着席した瞬間にオレは思った。 『これは大変なことになったな。』

座った席は、客席の一番前。すなわちオレの目前、ついたての先1メートルのところにはオーケストラの皆さんが。そしてその奥には当然ながらステージが鎮座しており、いわゆる高級ボックス席といった趣とは異なるものの、あきらかにすばらしいポジションであった。オレの両隣、いや周り一帯は当然のように盛装したした紳士淑女でにぎわっており、経験の浅そうに見える若いオーケストラ要員の皆さんなどは、このガルニエで演奏できるととに胸がいっぱいなのか、潤んだ目で客席を眺め回している者までいる様子だ。そんなところにイキナリくたびれた格好の日本人がやってきたものだから、あきらかになんじゃこりゃ感がオレから発散されてしまっているのである。たとえて言うと、仮にこの客席の光景をステージから写真に撮った場合、オレさえいなければ絵葉書として売り物になるビジュアル、といったところだろうか。

はじまったオペラが、「歌イタリア語、電光字幕フランス語」ということもさらに加速的にオレをしょんぼりさせたわけだが、正直けっこう恥ずかしかったので、演目が終わるやいなや、とにかくTPO大事なり!、と当たり前のことをいまさらながらつぶやいて、そそくさと家路を急いだのである。ちょっとなめすぎてました。

今回オペラという、自分の守備範囲でないところでつまづいてしまったが、本筋のライブ道活動ではそうもいくまい。気をしっかり引き締めることに決心した。

先月の Great Escape では出演の時間が遅すぎ、睡魔に耐えられず観るのを挫折してしまったテクノ系PUNKダンスDUO の Kap Bambino www.myspace.com/kapbambino ジグ・ジグ・スパトニックの全盛期をほうふつさせる爆発力のある音をぜひともライブで観たいと思っていたのだが、期せずして彼らの地元フランスでその姿をつかまえる機会がすぐにやってきた。

とはいえ「ダンス系」という、ちょっと気をつけなければいけない物件でもあり、オレはやはりTPOにも心くばりしたいと考えた。彼らのライブ会場では観客はどんな格好をしているのだろうか?せっかくのライブで気まずい思いをしないためにも、そうして仕入れた情報を参考にするのはいいことだ。ネットで彼らのことを調べたら、早速2年ほど前に日本でライブを行なったときの写真が貼り付けてあるサイトにめぐり合った。(勝手に貼り付けますが、コレです。そのページの最後のほうに出てきます。) しかし、サイトを開いてスクロールし始めたオレはすぐにこう思った。『これはかなり大変なことになったな。』

このサイトを見る限り、Kap Bambino を観にいきそうな方々というのは、とてもおしゃれなファッション・ピープルで、とてもオレのような中年若作りサラリーマンの手に負える世界ではなさそうなのである。このサイトに貼り付けてある写真一枚一枚をみながら、少しづつ自分の意識が遠のいていくのがわかった。でっ、できない。オレにはこの格好はできないっ。しかもオレがチャレンジしようとしているのは、世界的ファッションの中心地パリでのライブだ。この日本のサイトよりもあきらかにおしゃれな人々が群がっているであろうことは火をみるよりも明らかではないか!

オレはうなだれながら、今回は意識的にTPOを無視して普段どおりの小汚いライブ道スタイルスタイルで出かけることしかないことを悟った。せっかくの Kap Bambino。オレのしょぼくれた格好では気恥ずかしいこと請け合いで、ライブも楽しめないかもしれないが、人間そんなに無理してもいいこたぁない。それに中年には中年としての人間の尊厳もあるのだ。そんな複雑な気持ちで会場まで足を運んだのでった。

会場のドアを開けて、目に飛び込んできた光景、そうすなわち世界に君臨するパリのファッションピープルの姿ががこれである。やはりオレは度肝をぬかれた。

              ↓

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ご覧の通り、全員ただフツーの民間人のかたでありました。むしろ普段より更に汚らしい感じの。

というわけで、正気にもどったオレは彼ら Kap Bambino の盛り上がりに盛り上がった地元公演をたっぷり堪能さえていただきました。かなり良いライブだった。

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@ La Maroquinerie

浮く Caroline 嬢。オレはよこしまなキモチが芽生えるといけないので、リフティングへの参加を見合わせた。

しかし、上の日本のサイトを真剣に参考にしていたら、オレはこの日観客で来ていたパリのムッシューやパリジェンヌ達に、「今日、『怪人』をみたよ。」などと後々語られつがれていたかもしれないとおもうと、あまりTPOとか考えるのもいかがなものかと思った。

最近好きなPV。

2009年6月11日 (木)

Art Brut

< 2005. 06. 25 @ John Peel Stage, Glastonbury Festival '05 >

< 2005. 09. 28 @ ULU, London >

< 2009. 04. 24 @ Koko, Camden Crawl '09 >

< 2009. 05. 25 @ Nouveau Casino, Paris >

現役で活発に活動しているバンドの持ち歌に限って、という条件のなかで、オレ自身が最も好きな曲のひとつは Art Brut [Formed A Band] という名曲である、と躊躇なく断言できる。www.myspace.com/artbrut www.artbrut.org.uk

2004年の春さきにリリースされたシングルCDを聴いて感動したわけだが、同じ年に引き続き発売された [Modern Art / My Little Brother] というカップリング・シングルも、ともに屈指の楽曲であった。加えて翌年。アルバム発売直後のグラストンベリー・フェスティバル ('05) では、これまたオレのライブ道人生の中でも特筆すべきステージ・パフォーマンスを堪能することができて、自分の中では当時の The Rakes と合わせて、一気にイチオシバンドとなっていたのである。

もっとも、そんな「最高」ともいえるグラストンベリーの体験から数ヶ月おいて、彼らのヘッドラインショーをロンドンで観たときは、オリジナルメンバーの怪ギタリストが脱退した直後だったので、ステージがややまとまりを欠いていたような気がした。まあそんなこともあって、別に嫌いになったわけでは全然ないのだけれど、その後なんとなくライブは観に行かなくなってしまっていた。ただ、The Rakes が以降アルバムを出すたびになんとなく失速していくのと比べると、 Art Brut のほうは、その年のベストなアルバムとまではいえないものの、まずまず着実な作品を出してくれていたような気がする。

オレが個人的にいちばん盛り上がっていた2005年ごろは、一部「ビッグ・イン・ジャーマニー」というような局地的な人気はあったようだが、おしなべてみればそれほどの「大物」ではなく、NMEに記事が出るといっても、フロントマンのエディ・アルゴスが当時人気が急上昇中の Bloc Party の黒いお兄さんとバーで胸ぐらをつかみ合った、といったゴシップ記事くらいのものしかなかった、と記憶している。

だがご存知のとおり、その後の彼らは着実にインディ界で足場を固め、一時は「ビッグ・イン・アメリカ」という、ほとんどそれの何がネガティブなのか分からないような変な形容詞でさえ呼ばれるほどに、世界中で支持をひろげてきた。エディ・アルゴスはいつの間にかインディまわりでカリスマ・アイコンになっていたのである。

ところで。先だってのことになるが、彼がNMEに登場した写真に驚愕した人は多いだろう。 

Artbrutnme

これはいわずもがなその直前に話題となった Beth Ditto のNME表紙写真のパロディで、NME自身がやってのけたのである。

Beth_nme3

このべスの写真をみたときは、正直たしかにひっくり返りそうになったが、そのあとのエディ・アルゴスの「ヌード」もなんとも印象深いものであった。そのしばらく前から、エディと言えば「腹の肉」というのが、NMEにおける定番の形容詞になっていたからである。つまりエディののの「腹」写真は、彼自身がポジティブに捕らえているに相違ない彼の「だぶついた腹の肉」を、自分の代名詞とすることを公に宣言したことに他ならないのであった。この日から彼は、名実共に「ハラ芸人」になったのである。

そういうことであれば、その「腹芸」を見てみたくなるのが人情というものだ。今年の Camden Crawl ('09) で彼らが出演すると言うので、ちょっとだけ足を運んでみた。

結論から言うと、それはまさに「芸」と呼ぶにふさわしいものであった。会場の Koko にぎっしり詰めかけた観客は、言わずもがなで彼の「ハラ」になにかしらの期待を持っている。ステージアクションの末エディのズボンからシャツの裾がはだけ出てしまうと、必要があるのかないのか全く分からないのに突然上下にぴょんぴょんと跳ねだしたりする。おかげでハラがぶるんぶるんと醜く揺れるさまが、目の当たりにできるのである。観客はもちろん大喜びだ。

とはいえこの日は会場が比較的大きく、オレが陣取った場所はステージからやや距離があったため、この見世物をしっかり「堪能」というところまではいかなかった。翌月になってパリにやってくるというので、今度は間近のポジションから観察させていただくことにしたのである。

その夜パリの会場は外気温が高かったこともあってとてつもない熱気に包まれていた。一曲歌うごとに胸のボタンをひとつづつはずしていくエディ。留め残ったボタンがあとひとつだけ、となったところで、客席からは「脱いでくれえっ!!」「みせてくれよ~!」の大合唱。彼は一呼吸おいてボタンを留めなおし。「もちっと、あとでな。」

以降、胸をはだけて腹肉を開帳したり、ボタンをかけなおしたりのくりかえしで、この「ぶよんぶよん」した彼の武器は、演奏終了まで観客を魅了し続けたのであった。演奏もよかったが、「腹芸」は彼らのライブですでに欠かせない大きな要素となっていることが確認できたのである。

Art Brut はいわゆる Art Rocker の代表選手みたいなところがあって、事実 Art Rocker 主催のアニバーサリー・イベントでもヘッドラインを務めたりしているのだが、自分のこと、バンドのことそして業界のことなど常にひややかに(かつ、おもしろおかしく)捕らえては歌にしてくる連中だ。彼の、単に「出っ張っている」だけではなく、かなり醜悪に垂れ下がった腹の肉には、たぶん深いメッセージがこめられているに違いない、とおもう。たぶん後付けの理由で。

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@ Koko

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@Nouveau Casino

観客は皆「腹写真」を撮りまくっていたが、オレはなんとなくだが遠慮してしまった・・・・。

パリのステージではいつものように即興の歌詞が歌われた。♪「オレは先週アムステルダムで演奏した/アート好きなオレは、日ごろ尊敬するゴッホ美術館まで行ったさ/入場料10ユーロも払ってな/有名な絵が飾ってあるのは一番上の階だ/ところが階段を昇り始めたオレは自分の腰に違和感を感じたんだ/腰が・・腰がなんかヘンだぞ/腰はだんだん痛くなってくる/でも絵はまだまだ先だ/だんだんオレの腰は折れ曲がり/最上階に着いたときは、絵を見上げる力がもう残っていなかったんだ/オレは10ユーロも、そう10ユーロも払って、腰が痛くなっただけだったんだああああっ」

・・・エディさん、それは太りすぎが原因では・・・。

[ Formed A Band ] PVは無いみたいです。ライブ映像。

[ Modern Art ] これもPV無し。

2009年6月 8日 (月)

Vivian Girls

<2009. 05. 14 @ Po Na Na, Brighton (Great Escape '09)>

<2009. 05. 15 @ Pavillion Theatre, Brighton (Great Escape '09)>

<2009. 05. 26 @ Point Ephemere, Paris >

皆さんにも「座右の銘」があるかと思うが、オレの場合はさしずめ「ガバガバヘイ」あたりであろうか。人生や仕事に行き詰ったとき、あるいはどっちの道に進んだらよいのか分からなくなったとき。自分のとるべき行動規範を示してくれるのがこのコトバだ。

このフレーズ(Gabba Gabba Hey)はいわずもがなラモーンズの名曲(Pinhead)からの一節である。正直、意味の方はいまひとつよく分かっていないのだが、おそらくは、「オレもオマエもPUNK仲間」というぐらいの感じではないかと勝手に思っている。世の中の人間には2種類あって、それはPUNKなひとと、そうではない人たちに分かれている。なんとなく世渡り上手に生きているように見える、しがないサラリーマンのオレではあるが、やはりPUNKな生き方や選択に共感し、そして「ガバガバヘイ」な友人を持ちたいと思うものなのである。

ラモーンズに関して言えば、「パンクサウンドの発明者」などという仰々しい枕コトバがつかなくとも、主要メンバー3人が夭逝した事実がもつ迫力と説得力には別格のものがあるだろう。レジェンドとなるべき条件が備わった連中だといえる。ジョー・ストラマー氏がそうであるように、レジェンドの言葉にはなかなか納得させられてしまうものがあるものなのだ。

ところで昨年ジョン・ライドンがバターのテレビCMに出演してちょっとした騒動になったが、件のバターの売り上げが飛躍的に伸びたことを考えると、彼の言動にもいまだに説得力があるのかもしれない、と思いかけたが、英国産を謳っているこのバター、実はニュージーランド産であることが暴露され、また物議をかもし出した。「座右の銘」にするには、やはり「ノーフューチャー・フォー・ユー」より「ガバガバヘイ」の方がよさそうだ。

そんなラモーンズなので、オレのように必ずしも熱心に聴いていたわけではない外国人が言うのもなんだが、やはりパンク魂なニューヨーカーにとってはメンバー同様「ラモーン」という姓を名乗るのが自然なことなのかもしれない。

ニューヨークのブルックリン出身の女性3人組、Vivian Girls。www.myspace.com/viviangirlsnyc 音の方はラモーンズのようなオリジナル・パンクでこそないが、ラモーン姓を名乗るボーカルの Cassie 以下、その精神はうたがいなく「ガバガバヘイ」だ、とオレはおもう。

何でそう思うかと言えば、彼らの曲のうち何曲かが、ここ数週間絶えずこの「ガバガバヘイ」なオレの頭の中から離れないという楽曲の良さに起因することもさることながら、彼女達の見た目のインパクトにもそれは十分にうかがえるからである。メンバー3人とも、髪型や服装をはじめとして一見きわめて地味で普通すぎるほどフツーなビジュアルだが、よく目を凝らしてみると全員自らの腕じゅうにかなりいい加減なデザインの刺青を彫りまくっている事がわかる。

オレは自分では刺青も、またはそれを彫る気も全くないのだが、服装や髪型あるいは表情でアピールするのとは違って、しかも「おしゃれワンポイント・タトゥー」などというレベルではまったくない「乱れ彫り」の心意気は「ガバガバヘイ」仲間として評価したい。フツーの見た目でありながら、フツーの世界には戻ってこないという意気込み。それこそがPUNKである。

今年のグレートエスケープ('09)初日で楽しめたので、翌日も観にいった。そして先日パリでも姿を捉える事ができた。今年の活躍が期待できる良いバンドだと思う。

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@ Po Na Na

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@ Pavillion Theatre

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上2枚 @ Point Ephemere

意味があることなのかどうか全く分からないが、最後の曲の演奏中に全員楽器を持ち替えるのが見せ場ですガバガバヘイ。

名曲のひとつ、[Tell The World]

2009年6月 6日 (土)

School Of Seven Bells

<2009. 05. 16 @ Pavillion Theatre, Brighton (Great Escape '09)>

昨日まで、所用があって数日間だけ東京に帰っていた。

仕事の付き合いでもないのに、夜出かける場所があえて新橋あたりになってしまうのは、やはり年齢的にやむを得ないところがあるかもしれない。その夜オレは食事が終わると、当然ながら友人と共にカラオケボックスになだれ込んだ。

最近10年間の日本の歌を知らない、ということもあって、唄える曲を探しあぐねてページを開いた「洋楽リスト」に目が釘づけとなった。オレは知らんかったが、楽曲リストには欧米インディ系の曲がオンパレードなんですね、今の日本は。で、オレとその友人はその夜「はじめて唄うインディ歌謡」という縛りで夜半まで唄い明かすことにしたわけなのであった。ところで、いったい誰が歌うんですかね、The Delgados の曲って。というか、なんで入ってんの、そんなのが?

邦楽・洋楽にかぎらず、初めてトライする歌がうまく歌えるはずもない。しかもふり仮名がついているとはいえ英語で、いままで意味まで考えて聴いたことのない曲ばかりだ。それに歌詞の出るタイミングもなんかヘンだぞ。おかげでオレも友人も歌はボロボロだが、次から次に歌ってみたい曲が出てくるので、飽きることなく夜中までおおいに盛り上がったわけなのである。

ところで、そのときにオレが一番うまく歌えたというか、歌っていてまったく違和感が自分でなかったのは、Blonde Redhead の曲だったような気がするのだが、これはそもそも日本人のかたが英語で唄っているわけなので当然といえば当然かもしれなかった。日本人が歌うという英語の「味」をオレは自然に出せてしまえるからである。Blonde Redhead。カラオケ用にぜひキープしておきたい持ち歌バンドといえるだろう。

しかし一方で、彼ら Blonde Redhead をライブで見たときは、この人たちのせいではまったくないのだが、ちょっとだけ違和感があった。数年前にカムデンの Koko で満員のヘッドライン・ショーを観たのだが、CDで聴くよりもボーカルがややクリアに聴こえたために、むしろ不思議な日本人英語感が増幅されてしまい、「味」を通り越してすこしだけくすぐったくなってしまったのである。曲も好きだったし、ちょっぴりだけもったいない経験であった。

ところでその夜の Blonde Redhead のショーは大混雑で、前座の時点から満員御礼。結局かれらのステージ上の姿はほとんど拝むことができなかったので、ライブとしての記憶があまりない。そのため、いままでこの「ライブ道」で取り上げたことはなかったように思う。

先月の Great Escepe ('09) で姿を見た School Of Seven Bells はすこしだけ Blonde Redhead を思い出させてくれるバンドだった。www.myspace.com/schoolofsevenbells 曲調はそんなに似ていないかもしれないが、なんとなくかもしだす音の雰囲気がオレにとっては共通点があるような気がした。 Secret Machines からひとり脱退したギターの Benjamin が双子姉妹と新たにこしらえたバンドが彼らである。2004年のレディング・フェスティバルで自分にとってのベストパフォーマンスを披露してくれた Secret Machines には思いいれもあり、今回押さえておきたい連中であった。

純粋に比較できるものではないが、曲の優劣はともかく、ライブは Blonde Redhead より楽しめた。単純に「英語の発音」がフツーな分、余計な違和感がなかった、という点が実は意外と大きなポイントかもしれない。Secret Machines の初期のような、「いったいどうなってしまうんだろう」というライブ上の爆発感はもちろんないが、安心して楽しめる良いバンドだった。最近はMTV系VH1 (オトナ含めて広いターゲット向けチャンネル)でもオンエアされだしたので、人気の広がりそうな予感もあり、です。シューゲイザーなどと呼ばれておるが、双子はしっかりと前を見据えておりました。

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@ Pavillion Theatre

新人ながら今年のサマソニ('09)で来日公演すでに2回目、ということは、近いうちにカラオケボックスの「洋楽リスト」でお名前を拝見できるかもしれない。

新曲 My Cabal

●コメントバックできないので、追記します。

アリさん、コメントありがとうございます。ライブ道は歳だけはとっているのでご想像かもしれませんが、80年代の「4ADサウンド」は当時かなり真剣にレコードを買い集めておりました。今こうして外タレ(アメリカ人)の皆さんの、当時を彷彿させるようなライブパフォーマンスを「4AD」発祥の地英国で楽しめるのは、なかなか感慨深く、幸せなものだと思っています。

2009年5月26日 (火)

The Virgins

< 2008. 11. 14 @ Le Cigale, Paris >

たびたび書いたことではあるが、オレは否定しようのないオヤジサラリーマンであり、会社ではたいがい人並みにスーツを着用している。スーツとはいってもアルマーニとか、なんかそんな「ちょいワル」なものは着ないぞ。はずかしいし。ロンドン時代から日本人駐在員ご用達のアクアスキュータムとか、バーバリーとかの、そういった手の施しようのない「オヤジブランド」のスーツを、しかも郊外アウトレットで中国人を押しのけながら買っているのである。

「たいがいスーツ着用」と書いたのは、週のうち1日ほどはもうすこしラフな格好で出社することがあるからだ。お客さんのところに営業に行かない日、社内で書類作成だけしていることがあらかじめ分かっている日だと、面倒なこともあってややカジュアルな格好で出社するわけだ。で、こういったときに「外出着」として何を着用していくべきか、ちょっと考えさせられる出来事があった。

だいたいオレのカジュアル「よそ行き」スタイルというのは、他に服がないということもあって、ライブ道の出動スタイルと大体大差ないのが通例であった。ある日オレがカジュアル着出社をしていたら、マーちゃん(社内の日本人バイトの青年)から声をかけられた。「funfa77 さんは、今日の服とか、カジュアルなものは大体いつもどこで買ってるんですか?」

オレは間髪をいれず、「ん?今日のは、えーと、 Topman (トップマン)かな、 Top Shop の。あと古着とか・・・。」と答えたのだが、端正なマーちゃんの顔がとたんに曇った。

「・・・・・。 あのう、ちょっとやばくないすか?失礼ですが。」と申し訳なさそうにこっちを見る彼。「な、何が?」と答えるオレに対してマーちゃんはきっぱりと言い切った。

Topman は大人が着ちゃだめですよ。あれは若者が着る服であってお金がある大人が着ちゃいけないんですよ。」

そういってきびすを返して去っていった彼が、普段から着用しているのはディオールやプラダである。なんでそんなお金あるの、マーちゃん?ということは置いておいて、オレはそんなにお金もないので Topman を着ているのではあるが、 若者ではないことだけは自信を持っていえる。とはいえオレはTop Shop 自体がそもそも大好きなのであった。悪かったな、マーちゃん。

Top Shopは日本にも有るのでご存知のとおり「有名デザイナー」のパクリが基本のハイストリート・ショップの大チェーンだが、男性ブランドの Topman のほうはUKでは各種音楽イベントにも協賛しており、「若者」の普段着、つまり若い連中が音楽を観にいくときのきわめて標準的なスタイルを常々提供してくれているのである。オレは有名デザイナーの模倣品にはあまり興味がないが、ライブハウスに出かけていくときに、オレのようなおっさんでも比較的違和感なくなじめるように見えるアイテムを普段からカジュアル用として買っている。もしかするとさすがの Topman の洋服も、オレが着ると「違和感」がありまくる可能性も否定はしえないのだが、それでも他に選択肢はすくない。普通の若者ブティックだといろいろな意味で緊張して入りづらいし、そもそも入ってみないとどんな服が売っているかわからない。そこへいくとオックスフォード・サーカス(ロンドン)近くの Top Shop は巨大すぎてオレが「若者服」を物色していても、誰からも不審がられない。・・・はずだと思いたい。

そんなわけで、マーちゃんのこころない発言ぐらいではオレの Top Shop に対する信頼感は揺るがない。ライブ会場で周りの若者達があらかたそういった格好をしている、というきわめて「日本人」的安心感もあるのだが、なんといってもステージに立つミュージシャン自体、そうした Top Shop +古着のスタイルに毛の生えたような格好をしている連中が多いので、たぶんセンス的にそんなに間違っていないのだろう、というのがオレの見立てである。

こうした、多少やわなところのある自信が多いにぐらつきそうになるのは、ステージで観たバンドのいでたちが、センス的にオレの想像力を完全に超えていた場合だ。しかもビミョーながらも Topman スタイルの流れを汲んでいるような時はなおさらだ。こっ、これはオトナとして真似ができないし、してはいけない・・・。でもこれが今の若者の格好なのか、ホントウに?しかし、ここで一度ビビッてしまって受け入れられないと、もう二度と「若作り」の世界に戻ってこれなくなってしまうのではないか?オヤジにとっては最後通知のような、そんな葛藤が突きつけられてしまうのである。このままではマーちゃんの思う壺だ。

半年ほど前だが、オレのアゴが落ちるような格好をしてステージに現れたのが、このところ活躍中のアメリカ人、 The Virgins の面々であった。www.myspace.com/thevirginsnyc  www.thevirgins.net

音の方はオレの琴線にかすりもしなかったが、そのファッション・スタイルには目が釘付けになった。「音」も「ファッション」もオレから見るとどうしょうもないものであったが、「音」の方はもうこのバンドを今後無視すればいい。しかし、「服装」のほうは、これがこれからのスタンダードのなってきたらと考えただけで、もはや気が気ではなくなってきた。たとえて言うと、メンバーそれぞれこんなカンジである。

●巨大ぶかぶかロングTシャツの上に、丈の短い「ピッタリ」カーディガンのボーカリスト。しかし案配がよくないのか、カーディガンはすぐに脱ぎ捨てられた。こういう無理やりなサイズ違い合わせはオレには新しすぎて、目がしぱしぱした。

●ベーシスト。足首から上は変哲のない格好だが、右足赤スニーカー・左足青スニーカーでしかも光沢のある素材。ジーンズは折り曲げて靴がよく見えるように。むかし田原俊彦が左右色違いの靴をはいていたときは、全身気の狂ったようなコスチュームだったので違和感がなかったが・・・。

●ライダー革ジャンの黒装束ギタリストは、同じく足首をよく出して赤スニーカー。ジーンズの上に「色テープ」まきつけで自作の装飾はいくらなんでもいかがなものか・・・。

オレの今まで生きてきた常識では、これらはことごとく「さむい」どころか相当やってしまった感のある格好ではあったが、目いっぱい詰めかけた観客の黄色い歓声を聞いてしまうと、オレの自信も鈍るというものだ。そしてなにより、今度Top Shop へ出かけたらこのようなコーディネーション(自作色テープ貼り含む)だらけになっていたとしたら、オレはすごすごとマーちゃんのアドバイスにしたがって、Topman を卒業しなければならなくなる。そうすればオレの「ライブ道」卒業にも一歩近づいてしまうのではないか、とちょっとだけさびしいキモチになってしまったのであった。

久々に音の記憶ゼロ、服装の記憶鮮明、と言うバンドであった。あまりのことに見とれて写真を撮らなかったが Flickr で当日の様子を発見。クレジットが入ってるので写真は貼り付けませんがコレがリンクです。

見た目の話の割りにお見せできるジュアルが中途半端で申し訳ない。ま、ほとんど意味のないことを長々書いてしまったが、要はこのバンド、世間の人気の割にはライブも含めて「はずれ」だったということです。たぶん、本当は彼らのスタイルやセンスと言うのは今風で悪くもないのだろうが、曲を含めてライブ全体がオレにはまったくダメだったので、全ての面でカスよばわりさせていただくこととする。ステージアクションもキツかった。以上。

Virgins

ちなみにこの写真は Flickr から。今年の Camden Crawl ('09) のもの。オレは当然見ていない。皆さんはちょっとヤな感じしないですか、コレ?オレはいやだ。もちろんこのいでたちは民間人が真似するようなものではなく、「ミュージシャン」コスチュームだが、たぶんコイツこのままで道端歩いてるとおもうよ。

同じ「人気者」でいえば、自分としては Hockey も好きではないが、まだそっちの方がましだと思う。BBCテレビで生演奏を見た限りでは。Hockey 来日中止だそうだが、この The Virgins は予定通り本邦に上陸しても、ぜひ気をつけてください。

●コメントバックできないので追記します。

コメントありがとうございます。本来ミュージシャンは服装的制約のない、つまりどんな格好をしても許される人たちなわけですが、「ライブ不合格」の烙印を押すのがふさわしい方々については「服装」もきびしくチェックしていきたい、というのがこのライブ道の方針です。自分で探してきて貼り付けておいて言うのもなんですが、何度見てもこの写真のコスチュームはあってはならないものですな。

ところで、ミュージシャンと並んで「ゲイ」の方々もどんな格好をしても許される人種だという見解を持っているのですが、われらの「マーちゃん」(カミングアウト済み)はいつもかっちょよく決まりすぎで、ちょっと自分としては不満です。

2009年5月21日 (木)

Micachu And The Shapes

<2009. 05. 14 @ Po Na Na, Brighton (Great Escape '09)>

ライブを一目見てそのバンドのファンになる、というのは、なんと言ってもライブ道の醍醐味であろう。

このところNMEに取り上げられる回数も増えてきたロンドンの3人組 Micachu And The Shapes www.myspace.com/micayomusic 先週参加した今年の Great Escape ('09) @ Brighton での大きな収穫のひとつだった。えらそうな物言いですが。

今年も例年同様、「期待して観にいったらアタリだった」バンドもいくつかあったわけだが、MySpace で音をチェックしたときはなんとも評価できなかったバンドが実際目にしたら大当たり!というのが、今年は彼らだったわけです。音は例によってオレの貧困な表現力では説明しきらないので、聴いたことの無い方はぜひ上の MySpace で。去年リリースされたアルバムは日本盤も出ているようなので、知ってる方も多いでしょうが。

このバンド、フロントに立つ Micachu のキャラクターがなんと言っても強い。これまでの女性ミュージシャンには無かった個性、どこにも分類不可能な女性ミュージシャンだといってよい。なにせオレは家に帰ってきてきてから彼らの情報を見直してみてはじめて彼女が「女性」であることを知っておどろいたほどである。

「男っぽい」というのではなく、さえない中学生男子にしか見えない風貌。ビリー・アイドルばりに口をねじって唄う歌唱法。そして芸達者なパフォーマンスと曲作りのセンスは、偏見かもしれないが、「女性ミュージシャン」というオレの既成観念を完全に超えていた。

実は今年の Great Escape は女性ミュージシャン・女性バンドだらけであった。3日間で20バンドほど見た中で、女性がフロントに出てこないバンドはほんの少しだけという結果であったのは、自分としても意外な驚きである。最近は男のコの元気が無いのかな、とも思ったが Micachu And the Shapes のようなバンドを見ると、やはり女性ミュージシャンの裾野がこれまでにくらべて格段に広がってきたことがわかる。女性ミュージシャンに対するステレオタイプなオレの考えをいましめるために彼女はあのような風貌であったのかとさえ思ったりした。

大音量だと意外とダンスフロア向きです。

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@ Po Na Na

右が中坊。彼女が最初一人でステージセッティングを始めたときは、ホントにコドモに見えた。コイツらは兄弟バンドで、このぼうずは末の弟!と勝手に思ったほどである。MySpace によると彼女は1987年生まれ。22才のれっきとした成人女性でした。

今年は Glastonbury Festival にも登場予定。

2009年5月12日 (火)

The Big Pink

< 2009. 04. 25 @ Dingwalls, London (Camden Crawl '09) >

最近読んだNMEで、「The Big Pink はみ~んなとお友達」という、2ページの特集記事が載っていた。www.myspace.com/musicfromthebigpink このヒトたち、新旧とりまぜた、いろいろなミュージシャンとそれぞれ深いかかわりがあるようで、そんなネタで新人ながらも大々的に「企画モノ」として取り上げられていたわけである。

彼らはこのところ話題のエレクトロ・サイケのデュオで、どうも昔からレコードレーベルを主催して KlaxonsCrystal CastleThe Teenagers などにいち早く目をつけたり、特に Klaxons を含む何人かのミュージシャンのツアーサポートなどをしていたりするらしい。

オレはそんな背景など知らずに「サイケバンド、全てよし!」というライブ道哲学に則って観にいっただけなのであるが、今回のNMEの記事内容を事前に知っていたらすこし緊張したかもしれない。そもそもこういった「顔役」系とも思える方が、「じゃあ、おれもそろそろバンドでもやっぺか」などと、」あげなくても良い腰をあげた場合、けっこう仰々しいものになったしまったりしがちなのを知っているからである。まあ、仰々しいから必ずしも悪い、と言うわけではないのだが、なんか新人のわりに初々しさがまったく無かったりすると、積極的に行く末を見守ってあげたい!というキモチにはどうもなりづらい。

今年の Camden Crawl ('09)でオレが最後に観たバンドが彼らだったのだが、結論を言うとなかなかせっぱつまった新人感の出ているステージで、とりあえず今後成功するかどうかを傍(はた)から見ておいてあげよう、という親心の持てるようなパフォーマンスであった。彼らが、NMEに書いてあったようにある種の「業界ベテラン」だというのは、むしろ驚きで、かなり暗闇に近い照明効果や、音響的にはほとんど意味をなさないが「飾り物」としては面白い「長髪だらり」のうつむきコーラスなど、サイケバンドの演出としては『なんかいろいろがんばってるな』と、肩をたたいて励ましてやりたい気分になった。音と合わせて70点。サイケ系には点数甘いかもしれないけど。ただし、Comanechi のお姐さんがライブではドラムをたたいている、というのはNMEの記事を読むまで知らなかったので、ちょっと見逃した感はあります。暗くて見えませんでした。

もっとも彼ら、巷では、今ロンドンでもっともクールなバンド、などといわれたりしているらしいが、NMEに載っている写真をみるとほぼ全裸の状態で、手で前を隠しているひょうきんなお兄さんにしか見えないのも、意外となかなか好感が持てるところだ。「何もそんな写真を撮らなくても・・・」と思わず口をついたが、意外とそんなことが好きなキャラなのだろう。どおりで友人が多いわけである。オレはいざと言うときに脱ぎ芸ができないので友達が少ないのかもしれない、と思った。

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NME 5月2日号より記事のうち一部分。 中央が街一番のクール・ガイズである。周辺がお友達。

飲み会でこれやると、友達増えるんでしょうか?うらやましい限りです。

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@ Dingwalls

今年彼らはサマソニはじめ、各地のフェスティバルでもひっぱりだこらしい。 Camden Crawl はフェスティバルシーズンの幕開けだったためか、せっかくの良質サイケにも、観客で宇宙と交信する者のすがたは意外と少なかった。ちなみにステージ前で、もっともあからさまに薬物感のある踊りを楽しんでおられたのは、邦人の若いカップルの観客であった。Comanechi のお姐さんといい、このキマリカップルといい、世界で活躍する日本人の姿を拝むのは、なかなかにたのもしいものである。(右はうつむきコーラスのかた)

● The Big Pink その2

●コメントバックできないので追記します。

応援コメント、ありがとうございます。The Big Pink はNME の翌週号にも「今最も期待できる新人10バンド」企画で一番写真が大きく載っていたので、ちまたの期待ももりあがっているようです。コーラスのおねえさんは文字通り「シューゲイザー」ですが、ギター&ボーカルのかたはけっこう普通のロックミュージシャンのようなうごきでした。

ところでサイケバンド全てよし!のライブ道ですが、音はもとより「観客のおどり(宇宙と交信)」鑑賞はエンタテイメントとしてはずせない要素です。洋の東西を問わず「違法」なものは「違法」ですが、日本のフェスティバルでもサイケ系ではこうした見せ場があるのでしょうか?ちょっと気になってます。

2009年5月 6日 (水)

Rumble Strips その2

< 2009. 04. 29 @ Fleche d'Or, Paris >

フィガロ・ジャポンという雑誌があって、皆さんもご存知だとは思うが「セレブの隠れ家的存在、パリのビストロ」とか、「パリのクリエーターのインテリア拝見」などといった、パリに住んでいるオレですら思わずパリに観光旅行に行ってしまいたくなるような、なんだか実態のなさそうな特集を常に組んでいるおしゃれさん雑誌である。基本的にUKのインディーバンドを観るためにパリまでやって来る日本の観光客は皆無なので、というかロンドンに行けばよいだけの話なので、オレのようなライブ道には最も縁遠いメディアのひとつではある。

ところがこのフランスで企業駐在員をやっていると、日本の本社からの出張者やお得意先の方々など、パリにやってくる人たちのアテンドやらお手伝いがいろいろあったりする。「最近ハヤリ(と雑誌に書いてあった)このレストランを予約してくれませんか?」とかそういう類だ。これ自体は仕事の一環だし、せっかくこのフランスまで来ている方のお役に少しでも立ちたい、というキモチは正直あるので、できるだけ積極的にサポートするように心がけている。

そんな皆さんの御用達雑誌がフィガロ・ジャポンだったりするため、少なくとも「永久保存版!まるごとパリ」などといった年に1~2回ほど出る特集号は手元においておかないと、皆様のご要望にすんなりお答えしずらいので、パリの書店で日本の定価の3倍ほど出して購入することにしているのであった。

お答えしずらい、と言ったのは一応ご本人の希望に沿いながらも、こちらとして最低限のアドバイスはしたい、と考えているからである。こちらに連絡をくれた人が、「フィガロとかに載ってたんですけど、ココにいこうかと思ってるんですが、評判どうですか?」といった手合いの問い合わせがときどきある。もちろん、オレ自身この雑誌に載っているようなレストランやコスメショップ、雑貨店などに行くことはあんまりありえないので、社内の食通のフランス人やらに聞いたりするのだが、オレ自身が活躍できる場というのもあって、「その場所はちょっといかがなものかと・・・・」というような「土地勘」に基づく助言である。

実はこうしたアドバイスの必要性を思いついたのはロンドンにいたときだ。同じくフィガロ・ジャポン(に代表される「おしゃれさん、せれぶさん」雑誌)に載っている「新進のアーチストが集まるエリア」などと紹介されているところは、実はオレが行くライブハウスエリアと結構重なったりしているのでよく分かるのだが、見た目の荒れ具合がかなり激しいエリアが少なくない。夜歩いているのも不良、もしくは気のせいで不良にしか見えない人たちだったりして、「日が暮れてからその辺に女性だけで行くときは、かなり気をつけながら歩いてくださいね。すれ違う人たちは、本当はアーティストかもしれないけど、私には道端を叫びながらよたよた歩くジャンキーにしか見えませんから」などと的確なアドバイスをして、不必要な危険を回避するように努めていた。

たしかに、お金はないけど才能(もしくは夢)がある通称アーチスト達は、家賃の安いヤバ目の場所をめがけて集まり、それがブームになると地価があがって更に若いアーチスト達はもっと別のやばい場所を目指す・・・というのは都市の法則のひとつだが、「緊張感のあるホットエリアを探索したい」という日本男児ならびに婦女子ならともかく、なんとなくセレブがいそうだからと無防備にやってくる方々には一応覚悟を促してあげるのが「土地の者」の勤めだと思うのだ。

そんなフィガロ・ジャポンの4月5日号に、また優良物件を発見してしまった。

パリの東、20区に新たにオープンした「Mama Shelter (ママ・シェルター)」なるホテル。お勧めスポットとして1ページ紹介されていた。フィリップ・スタルクさんという高名なデザイナーの手による設計で、価格もお手ごろ、というかかなり格安。これから再開発の新しいエリアとして脚光を浴びており、おススメのようである。

オレはこのホテルの場所をきわめてよく知っており、それはなぜかというと、自分自身パリで一番のライブハウスだと信じて疑わない Fleche d'Or の真向かいに位置するからである。夜な夜な自分が出没する場所なので、横に位置するケバブ屋にはマグレブの若者達がちょっとばかり不気味にたむろしていることや、明らかにそんなものを持っているはずがないこのオレにむかって「ハッパないかのう?」と聞いてくるフードをかぶった黒い人がいることや、近くの公園で見た近隣住人の95%は同じく黒い方々だっりしたことをよく知っているのである。

まあオレとしてはさほどは気にならないし、第一自分自身が不気味で近寄りがたい若作りの東洋人オヤジである可能性もある。しかし、そんなオレでも時にはちょっと緊張したりする瞬間というのがあるのは、他の観光エリアにはないパリの素顔だといってよいだろう。たしかに気のおけないカンジが好感の持てるエリアであるのは実際にそのとおりなので、このホテルに宿泊することを希望する日本の方がいても、再考を促すことはしない。だが、雑誌に書かれていたように、まるでパリの住人になったように感じられるエリア、というくだりについては、「パリの黒い住人の方々と同化してしまったように錯覚できるエリア」というように、もし今後オレに問い合わせがあったら答えたいと考えている。この「ホット・スポット」が多少軟弱になるには、もすこしだけ時間がかかりそうな気がしていたのである。

ところが。

このフィガロ・ジャポン最新パリ特集を読んで間もないつい先日、オレにとっては衝撃的な事実が明らかになった。いままでこの「ライブ道」でいろいろバンドのレビューを書いてきたが、ここ Fleche d'Or で観たものがそのうち何割かを占めるのではないかというくらい、ここにはお世話になってきた。それが予告らしい予告もないまま、先月末4月30日をもって突然閉店してしまったのである。どうも決定から間もない出来事だったようだ。

オフィシャルのアナウンスはないが、どうも話を総合すると次のようなことらしい。つまり、この「旧駅舎」を改造した、アーティスト運営のライブハウス兼クラブは防音設備がしっかりしておらず、近隣住民からの苦情が絶えなかった。それを解決するための工事には日本円で1億円くらいかかるらしく、オーナー(株主)達は協議をくりかえしたが、やっぱり「投資」はできない、という結論に。あえなく急遽閉鎖となった―。

この Fleche d'Or は何がすぐれているかと言って、まずその内外からの出演ラインナップのよさが挙げられる。本国イギリスではもっと大きなハコで演奏するバンドが、ここでは間近で観られる。今まで知らなかったセンスのよいアメリカや北欧のバンドもこの場所で観てファンになった。しかしなによりすばらしかったのは、入場料完全無料、ということだ。オレは大人なので必ずドリンクを買ったが、それにすらお金を払わなければ、1円も使わずに毎晩毎晩ライブがタダで観られるわけだ。したがってここはどうやって運営しているのかまったくの謎だったわけだが、当然ながら防音設備に1億円追加出資することは株主として難しかったのだろう。

閉店に向けて最後に背中を押したのが、向かいにオープンした Mama Shelter の宿泊客からの苦情だといううわさもある。文化施設(Fleche d'Or) 前にあるおしゃれホテル、という狙いはよかったのかもしれないが、うるさくて寝られん、と。しかも、実はこの Fleche d'Or のオーナーのメインメンバーと Mama Shelter の主要株主は同一人物で、なんとか他の出資者にも働きかけたが工事費用を捻出できなかったらしい。巨額の利益が期待できるホテルには金を出すが、事業性の低いライブハウスは見殺しになったということで、「資本主義による敗北」と書いてあったフランス人のブログもあった。見殺しだったかどうかはともかく、もし Mama Shelter のオープンが影響しているとすれば皮肉なものである。

オレはパリに比べてロンドンの方が圧倒的に好きな街ではあるが、こういった「無料ライブハウス」のような、「文化」をサポートするようにもみえる国民の姿勢や気概はえらいと思う。だが、「アーチスト」街がフィガロ・ジャポンがおすすめする街に変貌する過程では、こうしたことが発生するものなのだなあ、と思った。別なうわさでは Fleche d'Or は装いを新たに(たぶん別な場所・別な名前)で夏の終わりには再登場する、という話もでてはいるが、入場料をとるフツーのライブハウスになってしまう、という見方もあるようだ。それはそれでもしょうがないような気がするが、もしまた無料のままがんばってくれれば、そこに通うのに今まで以上に緊張を強いられても(フーディ発生率の増加、など)、オレは我慢したい、と思った。

「お金がなくともアート!」というホットスポットと、「おしゃれなエリア」は結局は相性が悪いのかもしれない。皮肉な目で見れば、Mama Shelter のあるあたりは、アーチストエリアとして確立する前にむりやりおしゃれエリアへの変貌を試み、そして崩壊してしまった、とも言える。

さて、4月29日にここで Rumble Strips が演奏する予定であることを知ってはいたし、久しぶりに観にいきたいなあなどと思ってもいたのだが、ついつい忙しさにかまけて見送ってしまった。Fleche d'Or 閉店に気が付いたのは、クローズしたまさに翌日、5月1日になってからであった。無念です。

Mamashalter_3 Mama Shelter お部屋のベッドライトは、夢見が悪そうです。(写真はホテルのHPより)

Rumble Strips その1

●コメントバックできないので、追記します。

応援コメント、ありがとうございます。ここ数回、バンドの紹介らしい紹介をまったくしていないので、お恥ずかしい限りです。次はまともなライブレポートにしようとおもってますのでよろしく。

2009年5月 3日 (日)

Golden Silvers その2

< 2009. 04. 25 @ The Black Cap, Camden Crawl '09 >

今年も Camden Crawl ('09) に行ってきました。なかなか思い出深いステージや、心に残る新人さんをいくつか観たので、あらためてレポートしてみたい。

ところで、この Camden Crawl 自体は「音楽タウン」カムデンで昔から開かれているイベントなのだが、ここ数年来、昨今のバンドブームやフェスティバル・ブームを受けてだんだん充実、というか大型化の一途をたどっている。昔は平日1日だけのイベントだったのが、2006年からは平日2日間、2007年からは週末に移動して、昨年あたりは昼間のイベントも増えきた。そしてついに今年は Round House という大バコ会場まで加わることになってしまったのである。

これまでの Camden Crawl でもビッグネームが「シークレット」で登場したり、あるいは極端に小さな会場で演奏したり、と「ライブハウス」街カムデンならではの企画がいろいろあったりはしたのだが、当日になるまで彼らがどこの会場で演奏するかはイベント参加者には知らされていなかった。しかし今年は Round House というキャパのあるコンサート会場で、Kasabian やら Yeah Yeah Yeahs、The Enemy などの有名バンドが登場すると、あらかじめ告知されていたのである。いままで存在しなかった「メインステージ」のようなものがついにこのフェスティバルにも導入された、というわけか。イベントチケットも今まで以上に発券されたに違いない。

なんだかこのイベントもずいぶんと趣の違ったものになってきたなあ、などと感慨にふけりながら今年も Chalk Farm Road という南北に走るカムデンの目抜き通りを何回も往復したのだが、基本的にオレは新人発掘というか発見が主たる目的なので、Round House でビッグネームを観ることは無い。

初日の金曜日、オレが出かけたどこの会場も比較的すいていた。何度かこのブログでも書いたとおり、15ヶ所ほどある会場(ライブハウス)は、どこもそんなに大きなキャパシティを持っていない。したがってちょっと人気の有るバンドだと入場制限待ちの列ができるのが常である。だから、毎年どのタイミングでどこに移動するかで頭を悩ませるのであった。ところが今年に限ってはおなじみの「列」が見当たらない。頭を悩ませた割にはスムースに会場から会場へと移動できたのである。

翌日の土曜日も似たような状況だった。観たいバンドはどこも「列」なしで入場できる。これはきっと Round House 効果で、みんなあの大バコに行ってしまったのに違いない。そう思って甘く見たのが失敗だった。

昨年のグラストンベリー・フェスティバル ('08) で初めてその音を聞いて、あまりに面白かったので寝そべっていたのを立ち上がり、最前列近くまで走って観にいったバンド Golden Silvers 。それからほぼ一年がたつのだが、ついにアルバムもリリースだ。実は今年の Camden Crawl でも演奏するというのでかなり楽しみにしていた。

土曜日のイベントも後半にはいり、意気揚々と彼らの出演する会場に向かったのだが、そこでみたのは今年最初にして最大の「入場制限列」であった。「しまった!」と声を上げたが完全にオレの作戦ミスだ。数百人も並んだこの列は明らかに会場のキャパシティを超えている。つまり中が一回完全に入れ替わったとしても会場には入れない勘定だ。これは完敗である。気を取り直して近くのいくつかの会場を目指したが、どこもかしこも長蛇の列だ。4件目、ようやくは入れたのは今さっきオレが出てきたばかりの会場であった。

Camden Crawl 、今年も「らしさ」は変わっていなかった。そういえば、道すがら2階建てバスの上で「地元バンド」の Madness が演奏しているのが垣間見えた。今回のイベントの一環だ。路上のゲリラライブだから観客の95%以上は Camden Crawl とは関係ない買い物客や通行人・勤め人だが、もちろんみんなこの国民的な人気者である Madness がカムデンからデビューした人たちだと知っているので大喜びだ。こういう企画ならイベントの大型化も悪くないか、とも思ったりした。

ところで Golden Silvers だが、知らないうちに人気者になっていた。今月ここパリにも来るようなのだが、これまた無念にも Great Escape (ブライトン)の日程とかぶっているので観にいけない。新曲もキャッチーでいい感じだし、今年またどこかでもう一度見ておきたいバンドだと思う。来月の グラストンベリーでも凱旋ステージを2回ほどおこなうようなので、とりあえずはそこに足を運んでみたい。

今年もフェスティバルの季節がやってきました。

Canden_crwal

Flickr から拾ってきた写真。ラウンドハウスのリストバンド交換所。

ところで Gladen Silvers の長蛇列に並びかけたとき、ライブハウスのセキュリティガードが「みなさあん、この辺に並んでいる人は45分待ちで~す。」などと何の根拠も無いことを言っていたが、オレたち以外、誰もその場を離れようとしなかったことは驚きだった。 当日のカムデンは、このイベントと無関係にいつもどおり大賑わいだった。そもそもどこのバーでも酒を飲むために皆列をなしている。Camden Crawl の観客も、一般の友人との語らいが目的のひとつなので、並んでおしゃべりができればそれで十分に見える。うまくいってバンドが見れれば大もうけ、といったところか。この点元を取ろうと(よく言えば、十分堪能しようと)、緻密に計算して動き回るオレのような日本人とくらべて、英国人はずいぶん余裕の有る週末の楽しみ方をするな、と思った。

● Golden Silvers その1

●追記: Golden Silvers 、グレートエスケープにも出演するようでした。ただほかに見たいバンドとかぶらなくもないので、やはり緻密に計算してせこく動き回るかんじでしょうか。

2009年4月 7日 (火)

Towers of London

<2005. 08. 28 @ Radio One Stage, Reading Festival '05>

この週末だが、英国で故ジェイド・グッディ さん(享年27) の葬儀がしめやかな中にも盛大に執り行われた。彼女が癌と闘病中の様子を、そして「死」にいたるまでの間の「悪態」や「結婚式」といった一挙一動を、各TV局はこの数ヶ月間、あますところなくただただ放映し続けてきた。そして今回の葬式も、過去そうであったとおり、テレビはその模様をライブで延々と流し続けたのである。

このジェイドさんのことは日本でも一部ニュースで取り上げられたりしており、ご存知の方もいるだろう。彼女自身は教養やつつしみをまったく持ち合わせていない、外見的器量のかなり劣った、そもそもはいわゆる社会的底辺にいたであろう一般の民間人であった。ちなみに父母ともジャンキーで、とくにおやじの方はそれが原因で他界している。

そんな彼女が「リアリティTVスター」として一躍脚光を浴びたのは、2002年の『Big Brother』という、有名な「リアリティ・テレビ」番組での破天荒な言動によるものだ。オレも当時これを毎日TVで見ており、「とんでもないヤツだ!」と義憤に駆られながらもけっこう楽しんでいたことを覚えている。以降の彼女は、なにか特技があるわけではないが、「職業セレブ」としていわゆる「セレブリティ」の仲間入りを果たしたのであった。それ以来今日に至るまで、彼女のことが英国の女性週刊誌をにぎわせなかった日はない、と言ってよいだろう。

オレもそんな彼女を追いかけていたわけではないのだが、月日は流れて 2007年、今度はジェイドさん自身が「セレブリティ」の一人として、『Big Brother』の裏版ともいえる『セレブリティ Big Brother』に出演したときは強烈だった。競演(ハウスメイト)のインド人有名女優に対して「人種差別主義」的表現で侮辱したとして、全国民から強烈なバッシングを受けてしまったのである。それどころか、社会的にTVの倫理規定が根源から大問題になったり、首相が出てきて遺憾の意を表明したり、とにかく大騒ぎになってしまったのであった。

落ち着いて考えれば、彼女は「人種差別主義者」というよりは、ただの教養の無い「バカもの」のひとりだ。ただ、「人種差別主義者」を非難しなければいけない=自分は「人種差別主義者」でない、という踏み絵を踏まされそうになった英国社会全体が我を忘れて狂乱の渦に突入してしまった、というのが冷静な分析だと思う。「フェアプレイ」という概念同様、この「人種差別主義者」というモノの見方は英国人の2大弱点で、「オマエはフェアじゃない」あるいは、「君は人種差別主義者だ!」といわれたら、そいつは社会的に生きていけなくなってしまうのだ。

ところで、だいたいオレを含めた日本人の大半がそうであるように、おおかたの英国人は「人種差別的」側面を持っていると思う。そう言うと怒られるかもしれないが、良いとか悪いとかのはなしではなく、ヒトは皆自分と違うものを区別したり差別したり、ということはあっても不思議ではない、とは言ってもいいだろう。

たとえば日本では、「俺の娘は有色人種のガイジンには嫁にやらん」的な発言は、表向きにはともかく、身内の会話の中では一定の理解をもって受け入れられたりするケースがあるのではないか。英国ではそんなあからさまな発言をする人はさすがに少ないが、おおくは自分が気が付かないうちに「人種差別をしている」という連中だ。「差別」とは「された方」がどう感じるか、という問題なので、最終的ジャッジを自分ではできない。だから自分が人種差別主義者でないことを証明するために、「人種差別主義者」のレッテルを他人に貼って安心する。とまあ、そんなところだと思う。英国人の弱点を見事についてしまった事件だった。ジェイドさんに「人種差別的扱い」を受けたことになっている例のインド人女優も、ジェイドさんの悪態には腹に据えかねるものがあっただろうが、別段「人種差別とは思わなかった」という。

ジェイドさんの一件は、そういった「見たくない」現実を見せ付けられ、弱点をむみりやり突かれてしまった社会の狼狽だった、といえるのではないか。彼女の無邪気と無教養がそれを表ざたにしてしまった、という意味ではこの『セレブリティ Big Brother』はたいへん意義深い番組だったと思う。思えば彼女の存在意義はそこにあったような気もする。この「人種差別」の顛末にかぎらず、なんとなく表ざたにしてはいけないということになっているモノゴトについて、ヒトは怖いもの見たさで毎日週刊誌を開いては、彼女の記事を追いかけていたのかもしれない。

まるで王室級(にオレには見えた)の壮大な葬式。これも含めてリアリティTVに人生をささげつくしたジェイドさんの「覗かれ人生」の集大成である、と結論づけるのは容易だ。ただ、オレには葬儀に参加していたヒトも、TVで中継をず~っと見ていただけのヒトも、英国人は皆、彼女の死に冥福を祈りつつも、「過去騒ぎすぎちゃった自分」をあらためて総括しながら、、それらの過去の出来事を封印する作業をしていたのではないか、と思えてならない。

とまあ以上が能書きですが、オレは「Big Brother」も「セレブリティ Big Brother」も一所懸命見ていたが、英国人ではないので、彼女の葬儀をTVで横目で見ながら「過去の自分を封印」する作業をしていたわけではない。オレが画面の中に探したのは、「Big Brother ハウス」の元同居メンバー達が葬儀に来ていたかどうかという、もっと三面記事的な内容である。特に気になったのは Towers Of London のボーカル、Donny の存在だ。www.myspace.com/towersoflondon, もっとも、冷静に考えればヤツが来る理由も、お互いの間の面識と呼べる面識も実際のところ、無い。彼は例の「人種差別」問題の勃発した年の『セレブリティ Big Brother』にジェイドさんと同じくハウスメイトとしてともにエントリーしたものの、視聴者の投票を待たずして、最初の週に壁をよじ登ってハウスから「脱走」してしまった無法者である。

このあからさまにイロモノ風のバンドは登場時点からNMEでそれこそイロモノ扱いであったことを思い出す。だがシングル曲が何曲かそれなりにチャートを賑やかし、2005年のレディング・フェスティバルでは新人ながら大テント(Radio One Stage)での登場、となった。見晴らしが良い(観客が少ない)ので、会場では寝そべりながら余裕の鑑賞ができた。ひねりのないパンク・チューンはどうにもならないものではあるが、その格好・立ち振る舞いは縁起物として楽しませていただいた。

この日そのあと彼らは、以前 The Rakes のレポートで書いたとおり、ボーカリスト不在の The Rakes のサポートをするためにステージに上がってきたわけだが、その他のサポート陣(Bloc Party、Maximo Park)らが、本当の意味での『友情出演』であったのに対して、Donny その他の Towers of London 組は、一目見てわかる、「ただ単に出てきたヒトタチ」であった。

ただ The Rakes はまだ良かった。レディングの少し前、同じ年の Download Festival では、Donny は楽屋で他の出演バンドの連中にいちゃもんをつけて殴りかかり、警察沙汰になっているのであった。このあたり、『セレブリティ Big Brother』でたった48時間だけ滞在・出演したリアリティ・TVで行なったいくつもの傍若無人な態度に通じるものがある。ま、そんなわけで、オレはバカバンド感のある Donny を見ることはできたが、チンピラっぽい Donny らしい Donny を見ることはできなかったのである。

そんな無思慮・無鉄砲の Danny がジェイドさんの葬儀にもしも来ていたら、それはそれで興ざめになってしまうのだが、彼が「ハウス」を脱走せずに『セレブリティ Big Brother』に残っていたらどうなっただろうか、と考えた。英国人はもっと見たくないものを見る羽目になっただろうか?いや、入居後瞬時にしてハウス一の嫌われ者になったこの男は、一番最初にハウスメイトから「追放」の投票を受けたに違いない。彼が英国人のこころに突き刺さるような「暴言」をはく機会は、いずれにしてもなかったのだと思う。

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このシングルCDをジャケ買いしたが、いまだ未開封で聴いていない。

ところで、セレブリティとはイコール「有名人」のことで、ヒトにカオを知られていれば、ジェイドさんでもこの Donny でもセレブである。日本の週刊誌で見た『杉田かおる セレブ婚』って何だ?杉田かおるはセレブではないのか?というかセレブでない芸能人とは?

ジェイドさんは最期に有能PRマンを雇い、TVに更に露出しまくり、巨額のお金を2人の遺児に残し、「セレブ」から「お金持ち」に出世されて天に召されていきました。

2009年4月 1日 (水)

Emmy The Great

< 2008. 08. 24 @ Festival Republic Stage, Reading Festival '08 >

突然ですが、最近お気に入りの TouTube 映像がこれである。

いわゆる「放送禁止CM」モノだが、英語を解さない老夫婦がとんでもない『ダーティ・ワード』ミュージックをにこやかに聴きながら孫娘たちとドライブする、という英語学校の広告だ。英語勉強しないと、たいへんなことになるよ、と。ここでラジオから流れてくるさわやかで軽快な歌声は、聞いてのとおり『Fxx k your axx』の連発である。これはいけませんな。

とはいえわれわれも時として同じような過ちを犯しがちである。

マリリン・マンソンやスリップ・ノットのような方々の曲がラジオから流れてきた場合、仮に実際には『Fxx k』と叫んでいなかったとしても、歌詞の半分以上はその単語を連呼しているように聞こえてしまうのはいたしかたのないことである。フェスティバルなどで期せずして、見るともなくこういったバンドのステージに行き当たった場合、そのおどろどろしいビジュアルを割れたスピーカーの音で聞いたりすると、その単語以外は一声も発していないと感じることさえある。「ふああああああ(以下略)」

ところで一方、さわやかなフォークミュージックがラジオから流れてきた場合はどうだろう。どだい英語の歌詞などというものは、ものすごく真剣に集中しないと頭の中に入ってこないものだ。作業をしながら iTune を聴いていた程度では、この Emmy The Great を「ちょっと気の利いた節回しの、さわやかでかわいらしい女性フォークシンガー」だと勝手に思い込んでいたとしても、日本人としては怒られないだろう。去年の夏('08)、フェスティバルのステージで彼女とそのバンドを観て、はじめてその真の姿・人となりに触れ、「エミー、偉大なり!」とひざをたたいた次第である。www.myspace.com/emmythegreat , www.emmythegreat.com

ほとんど「アンドレ・ザ・ジャイアント」(往年のプロレスラー)と大差ないバンド名の彼女。本名 Emma-Lee Moss、通称 Emmy のソロプロジェクトだが、偉大なる Emmy 姐さんを奉るバンド名でもある。フェスティバルのステージでは、はにかみ屋でなよっとしたバンドの男の子達を率いて威風堂々とした姿の彼女がいた。

曲作り、そして唄もうまい。決して不必要にシャウトすることはないが、その歌詞に耳を傾けると、「Fxx K」の連発である。内容自体もなかなか乱暴なことを歌っていたりするのだが、本人を目の前にするまで気にすることがなかったし、気がつかなかった。ステージ上での彼女の言動は、男言葉もしくは姐御コトバにに翻訳してお伝えするのがふさわしい。

「ええっと、次の曲は・・・」と彼女。客席から「○○○○演ってえ~。」と掛け声。それに対するこたえが、「ああ、その歌は歌詞忘れちまったな・・。今日は無しだ、それ。」

「じゃあ、バンドのメンバー紹介。こっちがギターの×××・・・。」すると客席から黄色い歓声が。これを聞いた彼女が、「ああん?なんだオマエ、最近知らないうちに女のコに人気でてきちゃったんじゃあないの?けっこうやるじゃないのよ。えっ?何照れてんだよ。」

とまあ、こんなカンジなのである。やっぱり、Emmy The Great って昔からあだ名だったのかなあ。「エミイ姐さんとお呼び。」いや、「エミイ姐さんと呼ばせてください。」というところであろうか。いずれにしろ、この日開眼して以来、彼女の歌声を聞くとヘビーロックでダーティワードをがなりたてている連中の曲より奥深い強さを感じてしまうものである。まあ、フォーク・ミュージックってもともとそういうところがあるものなのかもしれないけど。2009年、大きな飛躍が期待されるヒトらしい。

普段からあまり歌詞は気にしていない(聞こえてこない)ので、こういった発見もライブ道と言えよう。。

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@ Festival Republic Stage

左隣は、「いじられ」が断然似合うギタリスト。姐さんには黙ってついていく、のれんの影から見つめながら支えるタイプ。

2009年3月19日 (木)

1990s その2

< 2008. 12. 13 @ The Buffalo Bar, London >

先週テレビで Sky News チャンネルを見ていたら、芸能コーナーで「ロックミュージック・サミット開催へ」というネタをやっていた。要は世界の首脳が集まるサミット会議のもじりだろうと思うのだが、ロックミュージシャンのそれこそトップに位置するであろう人たちが集まって、直近に緊急課題となっている、『オンライン・ダウンロードの著作権料』などの問題に関して、レコード会社に圧力をかけるのが目的らしい。ミュージシャン側の権利を守ろう、ということだろう。

ニュースではこの集いに参加するであろう、BlurRadiohead などといった大物バンドのメンバーにインタビューをしていたのであるが、マイクを向けられて応えていたのが Blur のドラマー Dave Rowntree 氏と Radiohead のベースプレーヤー Colin Greenwood氏であった。Dave 氏は熱心な労働党員地区代表で、国政選挙にも2度ほど立候補している(結果は落選)し、Colin 氏のほうはケンブリッジ大卒とメンバー随一のインテリだ。こういった「サミット」のフロントに出てくる人物としてはたいへんおあつらえ向きと言えよう。

ところでそのときオレがテレビを見ながら思ったのは、サミットの内容云々ではない。この二人、確かにトップバンドに在籍しているが、たとえ街中ですれ違ってもオレは絶対彼らだとは気がつかないだろうな、ということである。Blur の場合、ほかの3人を見過ごすことはおそらくないであろう。Radiohead のケースでは、シンガーと有名なほうのギタリスト(弟)は雑踏の中でもすぐ本人だとわかるだろうが、このベーシスト(兄)は無理だ。テレビを見た直後の今ですら、すでに顔を忘れている。

なぜこういうことになってしまうかというと、バンドのフロントマンに比べてプロモーションビデオの中での扱いが小さい、ということもあるだろうが、やはり彼ら見た目の印象が圧倒的に地味だからに他ならない。つまり、髪型まで含めた「顔のつくり」にはやはり派手・地味というのがあって、彼らもうすこしだけ派手な要素があれば、オレのようにコアなファンでない人間にもその存在感をアピールできるのになあ、と思ったのである。ま、どうでもいい話だが。

ところで、世の中には仮にバンドメンバーのキャラクターがいかに立っていようとも、フロントマンのビジュアルインパクトが強すぎて、そのフロントマン以外のメンバーの個性が即死してしまうようなバンドもある。たとえば 1990s のようなバンドだ。

丸1年半ぶり、3度目となる彼らのステージを、しかもかなり間近で観た。その間メンバーチェンジもあったようだがボーカル兼ギターの Jackie の面構えに圧倒されているオレとしては、それは些細なことに過ぎない。当然ながら「ベース、変わったよ」といわれなければ、気がつくすべもない。

ファッションをはじめとして、まるっきり気負ったところのない雰囲気で、下手に新しいものを追い求めようとしない曲を演奏するのがこのバンドの魅力である。それなのに、いやそれゆえに、Jackie の持つ見た目のインパクトがいっそう引き立ってくるのであった。それにしても、カオ。つよいなあ、このヒト。

彼らの演奏を最後まできっちりと楽しませてもらったわけだが、帰り道、そういえばオレはベーシストのほぼ横に陣取っていたにもかかわらず、彼やあるいはドラムのメンバーの顔はまったく覚えていないなあ、と思いながら家路についた。昔Jackie が率いていた別なバンドには、メンバーとして 現 Franz Ferdinand のボーカリストならびにドラムスが在籍していたのは有名なハナシである。しかしもし仮にオレが当時そのバンドを見ていたとしても、Jackie 以外のカオを覚えていないであろうことは確信をもって言えるのであった。

Img_2684_1

@ The Buffalo Bar

手前はベース氏。奥が Jackie。こうして写真に収めておくのはベースのためにも、オレのためにも大切だ。

1990s2

この Jackie の勇姿は Flickr から拝借。とにかく強いです。

[ See You At The Light ]

この名曲のPVでアニメ化されている Jackie は堺正章にしか見えないが、井上順・ムッシュかまやつ等堺に劣らない個性がほかに存在することを考えると、Jackie はマチャアキを超えた存在、と言っていいだろう。

1990's その1

2009年3月10日 (火)

White Lies その3

< 2009. 03. 09 @ La Maroquinerie, Paris >

ライブ道は学究の徒でもあるので、どうしても気になることがあると現場でフィールドワーク(ライブ鑑賞)をおこなうことになる。

今年1月に発表したデビューアルバムがUKチャートの1位にかがやき、NME の表紙も飾ってまさに飛ぶ鳥を落とす勢い。最近の新人の中では完全に頭ひとつ抜け出した感のある White Lies のなのだが、どうしても確認しておきたいことがあった。

去年のレディング・フェスティバル('08)では、当時すでに多少の話題になりつつあったバンドだったが、そのときのレビューで書いたとおり、彼らのステージはこのときのフェスティバルでもっとも「おやじファンまみれ」(おそらくおばさんも)という特異な印象を残すものだった。とにかくオレの目に飛び込んでくるのは、演奏するバンドのメンバーに声援を送りながらとても楽しそうな、しかも一様に後頭部のうすくなったおっさん達の群れであったのだ。

このバンドの音は最近の80年代ブームに乗ったものひとつ、という言い方もできるだろうが、その正当派な音作りと、楽曲ならびにステージ・パフォーマンスの完成度の高さによって、あの時代に青春時代をすごしたおやじさんたちの心を、がっしりと捕まえてしまったのである。そして、彼らの郷愁の琴線にふれただけではなく、おやじにとって「今観るべきライブバンド」として認識され、もぞもぞと集まってきた、というのがオレが目の当たりにしたレディングでの現実であった。

そのあとヒット曲もでて人気に広がりが見えてきたころ、去年の暮になるが、ここパリで彼らのステージを再び観た。大きめの会場でのオープニングアクトだったが、それなりにしっかりと声援を受けており、「海外」での人気の広がりを見て取れた。しかしその日のトリは、 The Kooks 。観衆の多くはこのアイドルバンド目当ての若いパリジェンヌ達であり、はたして White Lies が「外国」でもおやじのハートをわしずかむことができているのかどうかの確認はできなかったのである。

そして昨晩、初のヨーロッパ・ヘッドラインツアーをキックオフしたパリで再度彼らの姿を観にいくこととした。もちろん目玉となる研究テーマは『観客の中における年配男性の出現率』の確認、すなわちハゲ観察である。

他の都市同様、入場券は完売だ。まだまだ肌寒い3月のパリだが、会場に足を踏み入れたとたん、観客の熱気で自然と汗ばむ。前座のバンドからすでに満員のこの会場で、オレはマイ・ポジションである定位置に進んだ。するとまさに予期したかのように目前に飛び込んできたのは、なんとなく薄くなった男性の後頭部、その数3。そう、オレの目の前にいた3組の観客のうち男性はみな「おっさん」であったのだ。さらに会場全体を見回してみると、いろわいるわ。誇張を抜きにしても男性客の3割がたはそういった頭髪的特徴を兼ね備えた方々であることが瞬時に確認でき、入場10分にしてオレは研究を終了して前座バンドの演奏に没頭することができるようになった。

本国イギリスではまさに成功の階段を上り始めた White Lies。ポピュラーな人気者になりつつある、と言っていいだろう。一方ここパリでは、人気が出てきたといってもまだまだこれからだ。まずは英国での成功体験同様、おやじファンをきっちりと取り込んだことで、この先も期待できるに違いない。そういう確信を持つことができた夜だった。

もっとも英国並びにフランス市民の名誉のために言っておくと、オレが「おっさん」と呼んでいるのは明らかにオレより年下の連中である。ただ人種的特徴なのかどうかは知らないが、なんとなく比較的若くしてそういった髪型に向かっている人たちが多いような印象を受けるものである。オレは80年代はおろか、70年代も知っている、ジイサンなのだ。

もちろん昨晩彼らのライブに足を運んだのは、今言ったような「研究」が主目的ではなくて、White Lies をまた観たい!と思ったからだ。期待通り、一曲も飽きさせない、とても良いライブであった。大満足で家路についたが、オレ自身があまたいるオヤジファンの一人であることは明らかなのであった。

Img_3023_1

 .      

@ La Maroquinerie

写真ではわかりづらいが、オヤジはこのように前のほうにも陣取っていた。

White Lies その1

White Lies その2

● コメントバックできないので追記します。

コメントありがとうございます。そうですか、彼ら東京でも単独公演を行なうのですね。真剣に興味があるので、ぜひ「おやっさん発生率 @ Tokyo」についてレポートバックしてもらえると、たいへんありがたいです。

●KiKiさん、東京でのライブレポートありがとうございました。そうですか、オヤジなしだったんですか・・・。なんとなく予感はありましたが、現実につきつけられるとすこし寂しい気もします。おやっさん代表として。

しかしよく考えれば、昔の自分を懐かしがる「後ろ向き」な客ではなくて、新しい音楽として捕らえてくれる若いファンが多いという事実にネガティブなことは何もないので、White Lies、東京では理想的なファン層を捕まえた、ということかもしれません。もしくは日本人は髪の毛が多い、とか(意味なし)。

2009年2月18日 (水)

Soko

< 2008. 11. 14 @ Le Cigale, Paris >

過去自分が見た映画作品の中で、鑑賞後一番いやな気持ちになったのは、『悪魔の毒々モンスター』や『死霊の盆踊り』などといったとんでもないZ級ホラーをはるかに凌駕して『ベティ・ブルー』というフランス映画であった。

「ベティ」という情緒不安定で病的なまでに気性の荒い女性が主人公のこの映画は、たいへん悲惨な結末をもって終了するのだが、オレがこの「名作」を受け入れがたいのは、単にその後味が悪いからだけではない。作り話とはいえ、こんなやつらがいてもおかしくないことになっているフランスという国に対して背筋が寒くなってしまうからである。

パリに引っ越してきて以来、幸いなことに今までは、「ベティ」のように突然かんしゃくをおこして相手の手をフォークで刺したり、自分の目をくりぬいたりするフランス人には出会っていないので、なんとかフランス人ともぎりぎり仲良く暮らしていけるのではないか、と思いはじめてはいる。しかし、ちょっとでもヤバそうなヤツをみかけると、『ベティ・ブルー』の恐怖が頭の中によみがえり、この街で暮らしていく自信を失いそうなるのであった。

さて、先日のエントリーで紹介した Ladyhawke 。彼女がめくるめくパリのナイトライフ体験を元に作った [Paris is Burning] 。このとき Ladyhawke を夜な夜な街中に連れまわしたのが Soko というフランス人女優兼シンガーである。www.myspace.com/mysoko 

ミュージシャンとしての Soko は曲調はフォーク系なので、二人の間に音楽的嗜好の共通性は薄い。だが、昨年 ('08) の初頭にかけて欧州域内で話題になってきた新進の女性ミュージシャン同士として意気が合ったのだろう。この年の Great Escape '08 には両名とも女性インディ系のホープとして顔を連ねていた。Soko は田舎(ニュージーランド)出身のこの「友達」に、パリのスペクタクルな夜遊びをおしえたのである。果たして、そのときの驚きをあらわした曲が Ladyhawke の出世作とあいなった次第である。

そんな Soko を偶然観る機会があったのだが、オレの苦手なギター弾き語りではなくバンド編成だったので、フォーク系はオレの得意分野ではないがちょっぴり期待しながら開演を待った。しかし、出てきた彼女の演奏を聴いて、オレは正直かなりイヤな気分になってしまったのだった。

見た目はニコニコ笑ったり、急にブスっとしたりはにかんだりの「不思議ちゃん」系の女性という感じなのだが、まあそれはよい。だが、演奏し始めた曲を突然自分から止めてしまってブツブツと独り言をいいながらもう一度演奏しなおす姿とそれに振り回されるバンドのみなさん。あるいは、演奏を始めるかと思いきや、突然自分の持つギターをドラマーに押し付け、困っているドラマーを押しのけて自分がドラムを叩きながら歌い始めたり。全体として、まったく散漫な印象のうちに彼女のステージは終了してしまったのである。

これはこれで、こういった類のキャラクターを持つミュージシャンを好きなヒトもいるかもしれないが、オレはイヤだ。オレはこういうやつとは友達になれない気がする。ヒトの言葉の機微を読み取れない「アスペルガー症候群」の Ladyhawke とはまったく対極の意味で、相手のことまったくおお構いナシの Soko 。だから友達になれたのか?いずれにしろ、そのときは思わなかったが、こういった性質が悪化してくると「ベティ・ブルー」にもなりかねない、フランス人という恐るべき人々に日々オレは囲まれていることをある日無理やり思い出さされ、ちょっと気が滅入った。

さて、「無理やり思い出さ」せてくれたのは、↑上に付けてある彼女の MySpace ページに行ったからである。

そこに行ってもらうとわかるが、名前は Soko ではなく Soko is Dead (Soko は死にました)となっている。先月の中旬、アメリカかオーストラリアのツアー中に突然「ミュージシャン辞めました」宣言をしたらしい。以来、いままで MySpace のページに貼られたであろう彼女の情報が一切なくなっているようだ。「友人」として貼り付けてあるのは数年前自殺した故 Eliot Smith ひとりである。今日にいたるまで、彼女のそのページには「冗談でしょ!?辞めたなんていわないで!」というファンからの悲しいメッセージが連なっているのである。

詳しいことはわからんが、おそらくアメリカ人になんか言われたとか、何かの事情でアルバム発表にいちゃもんがついたとか、音楽業界に嫌なやつがたくさんいたとか、たぶんそんな感じらしい。キレてしまって自らミュージシャンとしてのSoko に終止符を打ったと受け取るべき状況のようである。仮にそうだとしても、あまり穏やかな消え方ではなさそうだ。なんとなくだが「ベティ」のようにわめき散らしているか、呆然と中空を見つめているような気がして、すこし怖くなってしまった。

彼女の出世作が [I'll Kill Her] (デンマークなどでヒットチャート1位)というタイトルであることを思い出し、ぜひとも成仏してあまり現世にお恨み申し上げないでほしい、と思った。女優に戻ると言うはなしだが、万が一にも「ベティ・ブルー」のリメイクには登場しないでください。

Soko

@ Le Cigale

ご冥福をお祈りいたします。

Soko_2

生前のホトケさん。

「恨み節」

2009年2月13日 (金)

Ladyhawke

< 2009. 02. 12 @ Nouveau Casino, Paris >

そのむかし「ロンドンは燃えているぜ!(London's Burning)」と絶唱したのは故ジョー・ストラマー氏だが、当時高校生であったオレにはいったいどれくらいスゴイ燃え方なのか、想像すらできなかった。世間に対する不満と退屈が鬱積(うっせき)した不良の集団が夜な夜な街中を闊歩している姿を思い浮かべるだけでかなり失禁してしまいそうな恐ろしさではあった。

月日は流れて昨今。不況だ不況だと騒がれる前からパリは実際に燃えていた。近年、年の瀬が近づくと、パリ周辺のいわゆる「郊外」と呼ばれているエリアでは、失業率の著しく高い移民系の若者が中心となってその辺に停めてある自動車に火をつけ、何千台単位で燃やすのである。もちろん、パリ市内でもクルマは燃やされる。大統領のサルコジは激怒するが、どうにもならない。社会の底辺に押し込められた奴らの、怒りにまかせた集団暴動である。とても先進国とは思えない無法ぶりだ。そしてオレは今、そんなアツいパリに暮らしているのである。

そんなおり昨年後半にかけてイギリスでヒットした[ Paris is Burning (パリは燃えているぜえ!)]。唄うはニュージーランド出身のLadyhawke こと Phillipa "Pip" Brown だ。www.myspace.com/ladyhawkerock , www.ladyhawkemusic.com 彼女はかつて初めて訪れたパリで、街が燃え上がるさまを目の当たりにし、その驚きで曲をしたためたに違いないのであった。

ところで、神奈川に住む友人から聞いた話だが、むかし名優のバンジュンこと伴淳三郎が亡くなったその直後、神奈川TVで彼の出演しているCMがまだ流されていたらしい。それは箱根かどこかの温泉のCMで、湯船にどっぷりつかった伴淳が、至福の表情で「ああ~、生き返るわあ~。」と言うものらしく、当然ながらその友人は腰を抜かしたそうである。これを見た人は、故人にキチンと成仏してくれるよう、TVに向かって手を合わせたに違いない、と思う。

もちろん Ladyhawke [ Paris is Burning ] はパリ郊外の暴動を歌ったものではまったくないのだが、この曲のヒットがヨーロッパ大陸に広がるにつけ、唄のタイトルを聞いたパリの人々は皆こぞって「えええっ?!オラのクルマ燃やさないでくださいまし、なんまんだぶなんまんだぶ・・」と手をすりあわせたに違いないというのがオレの立てた仮説である。

ま、そんなことを確かめようと彼女のパリ公演を観にでかけたのであった。場所はくしくもオレにとって Friendly Fires が彼らの出世作 [Paris]  を演奏するのを初めてパリで観たのと同じ Nouveau Casino というべニューであった。ここは彼女もお気に入りのライブハウスらしく、「新進のクリエイターたちが集まるカルチェ」というあからさまに怪しい形容詞がついてから久しいオベルカンフというエリアの中心に位置する。おそらくこれまでの人生、基本的には羊に囲まれて暮らしてきた彼女が初めて訪れたパリのおしゃれエリアで舞い上がってしまった様子があますところなく、しかも正直に書き上げられたのがこの [ Paris is Burning ] という名曲なのである。

実際の彼女はアスペルガー症候群(知的障害のない自閉症の一種)という診断をされているそうなのであまり変な言い方もできないのだが、オレは彼女が「オタク道」を追求する姿をポジティブに評価したい。仮に心の病だとしても、その「偏執」性がミュージシャンとしての良い結果に結びついているのだと思うし、観客とのコミュニケーションは彼女自身にとっても癒しになるのではないか。想像どおり派手さはまったくないステージだったが、彼女が「ワッカワッカ」ならすギターリフや男性っぽい唄い方の表情など、高得点を差し上げたいと思った。

もちろん Ladyhawke の真骨頂はその曲の良さにあるので、CDで聞くだけでも十分というミュージシャンに分類されてしまう恐れもあるのだが、一度ちかくで観ておいて良かった。ステージ最後の曲で[ Paris is Burning ] が演奏されると、パリの若者たちも大絶叫で大喜びだった。だがしかし、ここからちょっとばかり離れたエリアでは、今この瞬間もクルマを燃やしているマグレブの若者がいるかもしれない、と思うと、ちょっとだけ複雑な気がしないでもない。パリもいろいろなのだ。

Lh1

@ Nouveau Casino

彼女のセルフタイトル・アルバムはオレの愛聴盤だ。ゲイリー・ニューマンからキム・ワイルド、ヴァン・ヘイレンまで80年代サウンドの黄金期に影響を受けた音が懐かしくも今あたらしい。日本人には荻野目洋子か渋ガキ隊にしか聞こえない曲の宝庫でもあり、そのへんがグッとくるのであった。

● コメントありがとうございます。返信できないので追記します。

ににさん、イギリスにおかえりなさい。UKツアー、軒並みソールド・アウトみたいですね。KOKO前はダフ屋が出ないことも多く、ちょっとだけ心配です。出てたら出てたで少し怖いヒトが多いのは、日本もイギリスもおんなじですが。

そういえば大昔、東京でブライアン・フェリーのコンサートに出かけたのですが、道すがらダフ屋のジイサンが近寄ってきました。「さあお兄さん、ブライアン要らないかい?ブライアンあるよ~。」 ブライアン・・・・・誰のことか、まったく分かってないよね、じいさん・・・。 間違ってはいないけど、かなり脱力したまま開演をむかえました。

2009年2月12日 (木)

Coldplay

< 2000. 06. 19 @ The Scala, London >

< 2000. 10. 22 @ Shapherds Bush Empire, London >

さて、先日グラミー賞が発表されたが、いまやこの賞の常連になりつつあるコールドプレイが最優秀楽曲賞などを受賞したとのことである。

われわれは常々友人たちとビール・グラスの泡を飛ばしながら、「今年のBRIT AWARDの受賞基準はおかしい!」とか「今回マーキュリーの審査員はトチ狂ったんでねえの?」などと、まったく生産性のない与太話に花を咲かせているわけだが、このグラミー賞の選定に限っては自分ら素人の評論をまったく寄せ付けないだけの気迫が感じられる。曲の良し悪しは選定基準にまったく関係ない、という点において一ミリの迷いも感じられないからである。その迫力には畏敬の念を禁じえないし、論評の対象とすること自体失礼である。もはやグラミー賞とはU2とかコールドプレイのようなバンドに与えられるべきものであって、個々の受賞曲はたまたま新曲である、ということだけが条件である、ということをみんなが前提としてわかっているところがスゴイ。

もちろん、U2はグラミー賞をとるず~っと以前にいくつものよりすばらしい作品があったことを皆知っている。コールドプレイにしても彼らのベストな楽曲たちは、今回や前回のグラミー受賞作ではなくてずいぶん初期の作品であることをみんなわかっているわけだ。それはいい。それがグラミー賞なのだから。

オレの質問は、だとすると、受賞する本人たちはもしかして昔の佳曲よりも今回の受賞作のほうが良い曲だなどと勘違いしている可能性は実際無いのだろうか?ということである。コールドプレイもイギリス人なので、あんまりグラミー賞をありがたがってもいないように勝手に想像しているわけだが、受賞してしまった以上、万が一にも「おっ?てことはあの曲けっこうスゴかったってこと?」などと思っていたりすると、ちょっとだけ寂しい気がする。ミュージシャンの成れの果て方として・・・・。

もちろん、このさきのオレの人生にはまったく何の関係もないバンドではあるのだが、こんなオレでも昔彼らを見に行ったことがある。 [Yellow] 発売直後の Scalaは残業で前売り券を無駄にしたが、数ヵ月後の Shepherds Bush Empire では2階席の一番前というベストポジションを早めに会場入りしてキープした。期待はそんなにしていなかったが、意外と楽しめたライブであった。そんな一期一会があるので、今後いくら何を受賞してもかまわないけど、「俺達って、曲作りも今が絶頂?」などと悲しい勘違いだけはバンドのみなさんにもさせないでほしい、とグラミーのヒトにもお願いしたい。たぶん(よく知らないけど)ライブステージの演出効果とか、アクティビストとしての活動とかでは今が一番油に乗ってるんだろうし、それで評価されてるってことで十分いいじゃないか。イイってことで、バンド自身も納得してくれ。

2009年1月23日 (金)

Seasick Steve その2

< 2008. 11. 14 @ Le Cigale, Paris >

さて、今年も恒例の Brit Award のノミネーションが発表された。

今回選ばれた顔ぶれを見てみると、まあハッキリ言って低調である。British Group 部門では、Coldplay や Radiohead、Take That に Girls Aloud などなどであって、誰が勝ってもあまり面白みのあるものではない。過去一年いろいろなバンドが活躍していたような気がしないでもないのだが、冷静に振り返れば一部の新人バンドを除いてそんなに際立った一年でもなかったのかと思う。

そんな中で唯一目を引いたのは、International Male Solo Artist 部門にノミネートされた Seasick Steve であろう。なんといっても他のノミネートが Beck、Niel Diamond、Jay-Z、Kanye West といった、あからさまにとってつけたような大物ぞろいの中で、世界的には際立って無名の爺さんがその一人に選ばれたのである。数日前に見た Sky News の Brit Award レポートでも、やはりというか真っ先にインタビュー映像が映し出されていた。

インタビューアーが「ブルースマンがこのブリット・アワードにノミネートされるのは、たいへん珍しいかと思うんですけど、どう思いますか?」との問いかけに、「いやあ、もうなんちゅうか、オレなんかがさあ。」とこの爺さんは満身の笑みを浮かべてウッシッシ、というかむしろテレていて、とてもかわいらしかったのである。

前回彼のことを取り上げたときには、「もう観ることもないだろう」的なことを書いたが、先日機会があって、再度この爺さんのステージを最初から最後まで堪能する機会にここパリで恵まれた。オレにはこういったアメリカンブルースには興味も知識もまったくないのだが、今回はステージ上の彼の姿をクリアに見ることができたからだろうか、この齢(よわい)70近いブルースマンの魅力というものがすこしわかったような気がしてきた。

このおっさん自身の流転の人生を歌い上げる力強いブルースの数々はもちろん、女性客をステージに上げて花一輪を手渡しながら歌いかけるステージ運びや、演奏後観客のスタンディングオベージョンに応えてオーバーオール・ジーンズの両ひざあたりを左右の手でつまんで広げてプリマドンナのように一礼するチャーミングなしぐさ。今回予期せず観たステージではあったが、かなり楽しめたのであった。

アメリカでの放浪を経て後年から現在に至っては奥さんの住むノルウェーで隠遁、そんな時期にUKを皮切りにヨーロッパでヒットするとは文字通り夢にも思わなかったに違いない。実際アメリカの南部にいけば、われわれの知らない「つわもの」ブルースマンがそれこそ山のようにいるに違いないことをわれわれはなんとなく知ってはいるわけだが、Seasick Steve をここヨーロッパでブルース・ヒーローと呼んでもいいじゃないか、とまあそんな気がした夜であった。でも、じいさん売れてよかったな。

2月18日に発表される Brit Award の本選で万が一にもわれらが爺さんが選ばれれば、Jay-Z もビヨンセもびっくりであろう。「誰だそりゃ?」と。いやむしろ、彼らからしてみれば、Brit Award 自体が「なんだそりゃ?」である可能性が高いわけなので、ここはイギリス人にも意地を見せてもらって英国ならではの「International Male Solo Artist」を選び出してほしいものだと考えている。

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@ Le Cigal

客席からステージに上げた若い女性(おそらく別のアーチストを観に来たヒト)に切々と歌いかける船酔い老人。でもカッコよかったよ。

Seasick Steve その1

2009年1月17日 (土)

We Are The Physics その3

< 2008. 12. 13 @ The Buffalo Bar, London >

さて、前回のエントリーで取り上げた「懐かしパンクイベント」が催されていたケンティッシュ・タウンを後にしてオレが足早に向かったのは、ハイブリー&イズリントンにある The Buffalo Bar というべニューである。バンドの姿が異常なまでに見づらいつくりをしたステージレイアウトなのはいただけないが、出演バンドのラインナップはなかなか楽しめる小バコだ。その夜はお気に入りの We Are The Physics が登場するのであるが、彼らが地元のスコットランドからこのロンドンまでやってくるときは、ここの会場で演奏することが多いようだ。

半年ぶりに姿を拝んだわけだが、お約束のステージアクション&メンバーの掛け合いも今まで以上によく練られており、演奏と合わせて申し分なく楽しめたわけである。いやむしろ、ステージアクションは今までよりも激しくなっていたからだろうか、ボーカルのマイケルのトレードマークである黒ブチめがねが何かの拍子でかなたに吹っ飛び、なんとフレームが折れてしまった!やややこれはやばいっ、と思ったのもつかの間、次の瞬間には新しいメガネがいずこからか取り出され、早々に本人の鼻の上に収まった。メガネが壊れたのはアクシデントだったのだが、すでにそれすらも計算されつくしたエンタテイメントの様相を示していたのである。もちろん観客も大喜びだ。

いよいよ今月はジャパン・ツアーということなので、ぜひともがんばってきてもらいたいというのが親心である。実際に彼らの親のトシだしな、オレ。その夜ケンティッシュ・タウンで観た Johnny Moped を、70年代に実際に姿を見た日本人はあまりいないだろうと思うが、We  Are The Physics が日本で演奏してくれる喜びをあらためてかみしめたいものである。ぜひ応援に行ってあげてください。

その夜は「年末なんでイングリッシュ・アンセムをお送りします。」と言ってから、いつものシメ曲 [ Less Than Three ] のイントロに入る前に、「イーストエンダー」のテーマ曲・We Are The Physics バージョンが演奏されたわけであるが、当然これまた皆大喜びであった。たぶん日本での演奏でも、なにか気を利かせた仕掛けを用意してくれるに違いない、と思う。

Watp3_2 @ The Buffalo Bar

観客からかぶせられたサンタ帽が似合いすぎてすこし悲しい。

● We Are The Physics その1

● We Are The Physics その2

2008年12月20日 (土)

Johnny Moped

< 2008. 12. 13 @ The Forum, London >

たいそうな話で申し訳ないが、自分の人生に明らかに影響を与えたアルバムを1枚だけ選び出すということができるだろうか。

確かに簡単な話ではないし、特にオレのように30年以上の年季があるおっさんの場合にはなおさら難しいとも思う。だが、1977年に発表された[ Live at the RoxyWC2 ] (Harvest Record) という、ロンドンパンク創世記のライブアルバムは、自分にとってまちがいなくその候補の一枚に挙げることができる。

Roxy というのは、その当時生まれて間もないロンドンパンクバンドの連中が出演していたライブハウスの名前であり、今はもちろん無くなってしまった伝説のべニューである。WC2とはその場所のあった郵便番号の一部で、コベントガーデンあたりに位置していたらしい。このライブハウスで1977年の1月から4月までに行なわれたいろいろなバンドのライブ音源を収録したのが、このアルバムなのであった。

収録バンドは The Buzzcocks、Wire、X-Ray Spex、Eater、Slaughter & the Dogs などなどそうそうたる顔ぶれであるが、そのほとんどは音をはじめて聞くバンドばかり、すなわち皆まともにレコードデビューする以前の演奏であった。曲のよしあしに多少の優劣はあったが、なによりこのライブアルバム全体から漂ってくる緊張感がたまらなくスゴかったし、「ロンドンはこんなすごいことになっているのか!」と当時高校生だったオレは遠い異国で起こっている出来事に思いをはせて胸を高鳴らせたものであった。とにかく、毎日毎日欠かさずこのレコードを聴いていた。

Sex Pistols や、The Clash などといったすばらしいバンドも同時期にいたのだが、オレが「PUNK」と聴いて一番しっくり来るのは、このアルバムに収められた数々の印象深い演奏だったと言ってよい。こんなRoxy のようなところに行ってみたい!こんな新しいことが起きている生の現場に行ってみた、というのが叶わ夢だったし、実現の可能性を考えたこともなったったと思う。

すっかりいいおやっさんになってからオレが「ライブ道」に走ったのは、ロンドン勤務をきっかけとして、いちじるしく遅ればせながらではあるが、自分にとって新たしいRoxy を開拓したかったからだと今改めて思う。PUNK ほどの大事件はもう起きないかもしれないが、新しい動きが起きる瞬間というものがあるのなら、その誕生の瞬間にぜひ立ち会っていたいと思うのだ。幸いいままでいくつもの新しい現場には出会えたと思うし、有望な新人が伸びる瞬間にも立ち会えたと思う。そのことには満足しているし、それがイイ音だったときには申し分ない。

さて、そんな一人で遠い目をした話になってしまったが、今日はもっと遠い目の話、すなわち新人発掘ではなく、懐古にふけったテーマである。

話を [ Live at the RoxyWC2 ] にもどすと、その出演バンドの中には今でもなんとか姿を拝めるバンドもいれば、もういっさい公に出てこない人たちもいる。ロンドンに来てからも、機会を見つけてはこういったRoxy 組をはじめとして、ロンドンオリジナルパンクの連中の成れの果ての姿を拝みに行くのを趣味としていた。今回このアルバムのB面一曲目に収録されていた Johnny Mopedが出演する、というので足を運んでみた。www.myspace.com/thejohnnymopedband 

昼から夜中までの「懐かしPUNKイベント」だったが、過去に観たバンドも多く、今回はいまだ姿を拝んだことの無いこの Johnny Moped に焦点を当てた。ちなみにトリを勤めた The Damned は観ないで会場を後にした。

Johnny_moped_2_3 Johnny Moped 氏(ハダカ革ベスト)&バンドメンバー(77年当時)。ひねりはそんなにないが、とにかくパンクらしいパンク曲を聞かせてくれた。さあ、はたして、今どんなことになっているのか・・・。

こんなことになってました。

Johnny_moped

Flickrより今年の勇士。The Forum のときも同じ格好だった。

はたしてこんなおっさんの唄を聞く価値があるのかというと非常に答えづらいものもあるわけだが、今日はあくまで郷愁に浸るのが目的だ。聞き覚えがある曲と、黒い皮ベスト以外では特定のしようがない。だがJohnny はこのベストを着たいのだろうし、腹の出具合がどんなにたいへんなことになっていたとしても、オレは積極的に支持したい。ある種、泣けた。

もっとも観客も負けていない。この日のイベントの観客(ざっとみたところで1500-2000人くらいか?)は、男女とも9割以上がオレと同世代。そして言うまでもなく全員パンク・ファッションである。おとなしいやつでも黒いバンドTシャツ姿だ。この光景に対しておちゃらけたコメントをする気には到底ならないが、客観的にみてこれほど恐ろしい連中に囲まれた記憶は人生の中で一度もない。何が恐ろしいと言って、この大量にいる40代~50代の観客のなかで、見た目がノーフューチャーではないヤツが一人もいなかったことである。

ステージではなく観客の写真を撮りまくりたかったが、そんな恐ろしいことはできるよしもない。しばし思い出にふけり、そして青春時代を共有してきたであろう連中に別れを告げ、今度は新しい音楽を探しすために、別のライブハウスに向かった。

2008年12月17日 (水)

White Lies その2

< 2008. 11. 17 @ Zenith, Paris >

さて、世の中のブログには良いブログとそうでもないブログとがあって、一般的にはヒット数の多いブログが「良いブログ」ということになるのだと思う。

そういう視点で見れば、オレのこの「ライブ道」は世間的にはお世辞にも「良いブログ」とはみなされないであろう。ナンとかランキングに参加しているわけではないので実態はわからないが、数を競えるようなブログではないことくらいは理解している。もっとも、いまや世の中的にはマイナーな分野である洋楽をテーマにしているのでせいぜいそんなモンだろう、というのがオレ自身の言い訳ともなっている。こんなブログでも毎日かならず何十人の人たちが立ち寄ってくれる。その中の何割かの人たちはたぶん繰り返し読んでくれているのだと思うと、いかに「日記風駄文」とはいえ続けていくモチベーションとしては十分だ、と思うのだ。

ところで今回は、そういった「ぬるま湯」から「言い訳のできない世界」に自分自身を投げ出す試みにチャレンジだ。

調べたわけではないが、世の中には「パリ情報」ブログとか、「食べ歩き」ブログとかが、ゴマンと存在しているはずだ。これも想像に過ぎないが、こういった「パリ情報」とか「食べ歩き」等のブログのヒット数は、もしそれが優れたものであればかなりのスコアに達するのではないか、と思う。そう、今日のテーマは「ライブ道」パリ食べ歩き編、である。ついにこのブログも、メジャーなテーマに手を出すことで世間の荒波にもまれる洗礼をあびる日が来たのである。

その日のライブは豪華ラインナップであった。トリを勤めるのが The Kooks。そしてその前が CSS、Mystery Jets と続き、トップバッターは今注目の White Lies である。チケットもちょっとだけ高かった。会場はパリ北東部の音楽街シテ・ド・ラ・ムジークにある Zenith (ゼニート)という初めて行く大箱だ。

もちろん一番のお楽しみは White Lies である。

今年のレディング・フェスティバルでなかなか良いステージを堪能できたこともあって、勢いのある今年のうちにぜひもう一度見ておきたいと思っていたのだが、うまく念願がかなってパリにやってきた。開場と同時に入場し、彼らの登場を待った。はたしてパリで人が集まるのかな、といらぬ心配もしてみたが、結果はオープニング・アクトにもかかわらずまずまずの入りで、観客も熱演に大喜び。シングル曲になれば皆が合唱するなど、むしろ驚いたほどである。オレも大きな声援と、そして拍手を送った。良いライブであった。

さて次は Mystery Jets か、と思った瞬間に、猛烈な空腹感に襲われた。普段のライブ鑑賞では、だいたいステージ直前にピッツエリアなどで適当なものをかっ食らうのが常である。とにかく時間勝負だ。そもそも「ライブ道」と「食い歩き道」は相性がわるい。オレがパリにしばらくいるのにほとんどまともなレストランを知らないのはライブ道求道者として避けがたい宿命ともいえる。

だが今回は違うぞ。会社にいるステーキ博士のフランス人社員(生きていくうえで可能な限りすべての食事はステーキにすることを心がけている怪人)から聞いていた「パリで一番おいしいステーキ屋」が、実はこのシテ・ド・ラ・ムジークのはす向かいにあるという。オレ自身も、日本に帰省するたびにまずは韓国焼肉店に飛び込むほどの肉好きを自負している身だ。この日の夕食は、夜中まで営業しているというこの店にすでに決めていた。予約はしていないが、まあなんとか入れるだろう。今夜は豪華ライブ+豪華ステーキと豪勢なことこの上ない二本立てを予定していたのである。

だがいかんせんスタートが早かった。会社を終えて一目散に会場へ。首尾よく White Lies に間に合ったが、昼も忙しくて朝から何も口にしていない。演奏後会場を見回してみると、いい加減な作りながらも意外とおいしそうに見えるサンドイッチ(フランスパンに何かはさんだもの)を売っているではないか。しかしここで何か食べてしまっては負けだ。かといって、一回会場を出てしまうともう中には入れない。

1分間の熟慮の末オレが下した結論は、「メシ優先」という、とてもライブ道求道者とは思えないものでもあったが、逆に言えば Mystery Jets 以下、ステーキに負けたということである。かれらにもオレを引き止めるくらいの力を養ってまだまだがんばってもらいたい、というのがオレの捨てゼリフだ。どっちにころんでもライブとメシは相性が悪いことが再確認できたが、ライブが無ければこんなに家から遠いところまでメシ食いにはやってこなかったとも言える。

*パリ 肉屋情報

AU BOEUF COURONNE (オ・ブフ・クロネ=王冠牛) www.gerard-joulie.com/boeuf.htm

聞けば今回の会場などがある音楽街一帯は、その昔パリ市の屠殺場だったということで、おそらく今でも上等の牛肉が入手できるルートを持っているのに違いない。オレは 500グラムのステーキを頼んだ。すごくうまかった。平らげたが、極度に膨れた腹をさすりながら、やはり胃腸の丈夫でない日本人の中年サラリーマンにはすこしばかり無謀だったことを後悔したりもした。Zenith とか、Trabendo などでライブを観るときはまた立ち寄りたい、と思う。350グラムのほうで。

ところで、「食べ歩きブログ」には欠かせない「お皿の写真」を撮ることをすっかり忘れていた。ま、とりあえず上のサイトから想像してください。

Zenith_009_1

@ Zenith

やっぱり肉の写真よりはこっちのほうが良い、と自分でも思う。ブログのヒット数向上を狙うのには向いていないかもしれないけど。

とりあえず「パリ食べ歩き編」、一回で終了します。

White Lies その1

White Lies その3

2008年11月21日 (金)

Foals その3

< 2008. 11. 14 @ Le Cigale, Paris >

さて、人気上昇中の Foals であるが、その行く末をすこしだけ占ってみたい。とまあ、そんなにたいそうな話でもないのだが、このたびちょっとだけヤバめの雲行きを感じたので、記録しておきたい。

ここフランスの主要各都市でおこなわれる、毎年恒例の Festival Les Inrocks というイベントだが、今年もUKインディバンドを中心に豪華なラインナップで4日間開催された。オレ自身も参加は3年目となる。そのうちのある晩のヘッドライナーを堂々と勤めあげたのが、前座5バンドを従えた、彼ら Foals であった。実はそこで観た彼らの姿に、すこしだけ「うむむむむっ」と唸ってしまった、というのが今回のレビューの趣旨である。

実は改めて、自分が過去書いた Foals のライブレポート(● Foals その1、● Foals その2を読み返してみた。すると面白いほどに、今回のライブがなぜ自分にとってしっくりこなかったか、の理由がよく分かる。

昨年(07)の初頭であったか、初めて観たときうの彼らの姿は、なんと言ってもオリジナリティあふれる「内向きオタク型」のライブパフォーマンスで、実際にメンバーみんながステージ上で輪を作って内側に向かい、こちょこちょ演奏している姿がむしろ孤高な威厳と緊張感を感じさせたものである。もちろん、風貌、PVでのアクション、そしてオックスフォード大中退、という経歴などすべてがエキセントリックなオタク・パフォーマンスとも呼んでしかるべき輝きをもっていた。それらもあわせて独自のライブステージを作り上げていたといってもよいだろう。

今年の春、ひさしぶりの鑑賞となった彼らのステージは、すでにブライテスト・ホープとしての成功を手に入れ、堂々としたものであったことは否定しない。ただ、だからこそ、既存のバンドが大物になるにつれて身につけていくようなステージ上での「ふるまい」の萌芽をすこしだけ感じ取れたことが気になった。別にステージ上でのパフォーマンスが尊大、という意味ではない。彼らの持ち味のオリジナリティにこだわってほしかったし、それをうまく発展させてほしいというのが、ファンの一人としての勝手な思いである。

なんとなく、であったいやな予感が少し確信に変わったのが今回のヘッドライン・ショーだった。

ヤニス氏はステージを縦横無人に走り回り、ステージ袖のPAスピーカー機材によじ登ったりと大忙しだ。大立ち回りのハウリングや、シャウトひとつとっても、まるで「ロック・ミュージシャン」のようなものである。そんなキャラだったか、オマエ?前回同様ドラムソロが引っ張ってなかなか始まらないオープニングも、ある意味よくありがちな「誰かのマネ」ではないのか?

ことほど左様で、まあ観客としてはみんな当然大喜びなわけだが、少し長い目でみればオレ個人的にはあんまり向かってほしくない方向に舵を切っているような気がしないでもない。もっとも、彼らの場合、メロディや「さび」勝負ではなくて、サウンドのセンス一発勝負なので、この次どうする?というあたりに苦しい事情がありそうな気もする。。もしかしたら、普通のロックバンドに移行する準備をステージで行なっており、次回作(アルバム)は「安定した中堅バンド」のようなものになってしまうのではないか、とすこし危惧するものである。

Foals_cigale

@ Le Cigale  Flickr より拝借。

客席ダイブのあと、係の方に救出されるヤニス氏。軽くて小さいので、セキュリティの方々も仕事が楽です。

Foals その1

Foals その2

●コメントバックできないので追記します。

Comyuさん、コメントどうもありがとうございます。返信が遅くなってすいません。この映像は、確実に薬物ですが、あまり良いキマリかたではないようですね。これではいけません。ミュージシャンに望まれる「正しいキマリ」方とは、宇宙と交信するような解脱した踊りを見せてくれることであるべきだ、というのがこのライブ道の意見です。そのほうがこのバンドにとってもプラスになるはずだ、と思うんですが・・・。

2008年11月12日 (水)

Wild Beasts その2

< 2008. 08. 24 @ Festival Republic Stage, Reading Festival '08 >

謙遜は日本人の美徳であるが、イギリス人やフランス人がへりくだった態度や表現を取らない人たち、というわけでは必ずしもない。

だが、オレの経験から言えるのは、イギリス人というヤツは威張った態度をとるときにこそ謙遜語を駆使してオレたちをイラつかせ、そしてムカつかせてくださったりされるのです、かしこ(←これは悪い例。これではムカつくというより、あまり近寄りたくないヒトに見えてしまう)。

どんなカンジかというと、たとえばこんなである。

「もし。そこのお方。実はこんな老いぼれのわたしのわがままな頼みごとを、たいへん貴重なあなたの時間をわざわざ割いていただいてまでお願いするのは、まったくもってはなはだ心苦しいことこの上ないのだが、もしも可能であられるならでかまわないのだけれど、あなたが今偶然床に落としてしまったわたしのコートを、もとのコートハンガーにかけなおしていただくわけにはいかないだろうか?」

えええっ?あっ、すっ、すいません・・・、というか、オレが落としちゃったコートをすぐ拾えっ!て言ってるわけね。目も怒ってるし。そんな回りくどく言うひまがあったら自分で拾えや、とも思うのだが、そのおっさんはへりくだった表現をちりばめながらも、オレに強烈なプレッシャーをかけながら「命令」しているわけである。

いわゆる慇懃無礼の度の過ぎた攻撃ともいえるが、一応コトバの上では謙遜しているわけだし、むこうに落ち度があるわけでもない。こちらからキレるわけにもいかないので、すごすごコートを拾って頭をたれるが、なんとなく敗北感に打ちひしがれてしまうというものだ。ま、いずれにしてもこれがオレの考える英国流いばり虫である。

もちろん、へりくだりといってもただ単にこびへつらうのではなく、自信を胸に秘めながらの謙遜が、すがすがしくも堂々として見えるような態度というのもあってもよいはずだ。英国流「いばり謙遜」が、逆側にうまく転がれば、そういった見え方もあるのではないかと、なんとなくだが思っていた。先日のレディング・フェスティバルで、在欧9年目にしてはじめてそういう感触を味わった。

『平成の尾藤イサオ&ザ・コーラスバンド』としてオレが今年最も注目する新人バンドのひとつ Wild Beasts 。初出場のレディング小テントに応援に出かけた。客の入りはまずまずだ。近年めっきり日本人客のすがたが減ってしまったこのレディング・フェスティバルではあるが、このバンドには邦人サポーターのすがたもちらほら見られ、本邦でのアルバムセールスにも期待がもたれる。

彼らの姿を見るのは3回目だが、いつもどおり期待を裏切らないステージであった。セットが短く、もう終了か、残念だなと思っていたそのとき、ボーカルの Hayden(尾藤) が言った。「みなさん、今日はこんな僕らの演奏を、最後まで忍耐強く聴いてもらって、本当に本当に感謝しています。どうもありがとう。」

いえいえそんな、何をおっしゃいますやら。こちらこそ年甲斐もなく存分にとんだりはねたりさせていただきまして、ごっつぁんです。もちろん、彼らの曲もステージも完璧だったし、自信を持ってわれわれ観客に語りかけた言葉だとおもう。一歩間違うと相当イヤミになってしまうだろう。だが、かれらが本当の謙虚さを失っていない新人バンドであることは一目見てわかる。だから、こういった語りかけも、すがすがしくこちらの胸に飛び込んでくるのであった。

オレはこいつらはいいやつらだ、と信じたい。今週またパリに来るようなので、応援に出かけるつもりだ。

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@ Festival Republic Stage

夏場のロングコート。Hayden の古着センスは、オレのような市井の者の感覚の20歩くらい先を行っているので、世間的にも「イイやつ」にみえるかどうか、すこしだけ心配だ。

 Wild Beasts その1

2008年11月11日 (火)

Etienne Jaumet ( Zombie Zombie )

< 2008. 06. 20 @ Flech d'Or, Paris >

Etienne Jaumet といっても誰も知らないと思うが、Zombie Zombie のメンバーのひとりである。もちろん、Zombie Zombie といっても知ってるヒトはほとんどいないだろう。オレも自慢ではないが、今だよく分かってはいない。 www.myspace.com/etiennejaumet   www.myspace.com/therealzombiezombie  そして彼のソロライブを、実は現場にいながらも見逃していたことに今になって気がついたからといって、それほど地団太を踏んでいるわけでもない。

数週間前の NMEの RADAR コーナーで大きく取り上げられていたフレンチ・エレクトロ・ロックの2人組が、この Zombie Zombie である。毎週いくつかのバンドが取り上げられるこの RADAR は、UKをはじめとして新人バンドが HME からお墨付きをもらう「登竜門」といっていいだろう。ここでフィーチャーされるバンドは期待の次世代であり、次の時代の音を出すヒトタチ、ということになるのである。オレも NME が毎週配達されると、まずここに目を通す。とりあえずは MySpace でチェックすることにしているのだ。

この Zombie Zombie。音のほうはなかなか悪くないのだが、積極的にライブを見たいと思うかどうかがこの「ライブ道」の評価基準だ。エレクトロ系の2人組がステージの上で「もぞりもぞり」とうごめいているライブ光景は、まあ踊りに行くなら別だが、そんなに観て楽しいものでもない。しかもこの手の連中はライブの演奏時間が夜遅いのが特徴で、オレのような軟弱なサラリーマンにはちと厳しかったりするのが常である。そんなわけで、この連中も、オレのマイ「観たいものリスト」の上位に名前が挙がってくるわけではない。それゆえ、このユニットの一員である Etienne Jaumet のソロライブといったところで、オレの食指がそんなに動くわけではないのである。

今日彼のことを取り上げたのは、ちょっとうれしいミクロな事実を発見したからである。

このブログに比較的昔から立ち寄ってくれている方でも、たぶんすでに記憶の片隅にもないであろうバンドに Turzi というフランスのサイケ・バンドがいた。今年の2月12日のエントリーで、取り上げたやつらだ。いや、このバンド名で検索してこのブログに訪れてくれた方もそこそこいたので、もしかしたら日本でもそれなりに取り上げられている連中なのかもしれない。強烈なオリジナリティがあるわけではないが、なかなか良質なギターサイケ・サウンドを聴かせてくれるバンドで、オレは気に入った。そんなバンドがフランスにいたので、ちょっとうれしかったのである。

そのときのエントリーでも触れたのだが、このバンドのライブには、MySpace でメンバー写真を見てもそこにはでてこない、不思議な風体のキーボード奏者がいた。オレが「くいだおれ人形」と瞬時に命名したこの頭頂部の薄くなりかけた、そしておなかのぽっこり出たミュージシャンは、そのあまりにも独特で異質な風体のみならず、演奏終了後クラブ・エリアで若いパリジェンヌたちと陽気に語らっており、「こんな見た目のくせに、まるでロック・ミュージシャンみたいなふるまいじゃないか!」と驚いたものである。それほどバンドの中ではビジュアル的に浮いて見えたし、ロック方面のヒトには見えなかったのであった。

それから数ヶ月したある日、オレが Turzi を一緒に見に行った友人と、いきつけのライブハウス Fleche d'Or に足を踏み入れると、その友達が、「あっ!くいだおれっ!」と開口一番に叫んだ。そこでも彼は、テーブル席で、パリジェンヌたちと語らっていたのである。もちろん、一度見たら忘れることのできない強烈な見た目の、このおねえちゃん好き(という表現が正しいかどうかわからないが)の「くいだおれ」が、本日の主人公 Etienne Jaumet 氏である。

最新号の Artrocker 誌が手元に届いた。「パリ」特集という、まるでフィガロ・ジャポンのような企画が今月号の目玉だ。もちろん載っているのは「セレブご用達のスイーツ・ショップ」ではなく、「フレンチ・インディバンドお気に入りの、寂れたデコレーションのライブ・べニュー」だったり、あるいは期待の新人バンドたちだったりする。そのバンドのリストの中にZombie Zombie が入っていたので、あらためて NME の記事を見直してみたのである。で、写真をよく見るとそのうち一人が、実はメガネを代えた「くいだおれ」だったことに気がついたぞ。そうか、あんたやっぱり Turzi の正式メンバーではなかったのね。一度見たら忘れられない、と言っておきながらなんだが、NME の写真は変装写真なので許してほしい。そこからいろいろ調べてみたら、Fleche d'Or で見かけた日は、ソロで出演予定だったらしい。演奏前に、一杯ひっかけて、おねえちゃんもひっかけて(しつこい)いたに違いない。その日オレは出演4バンド中、3バンド目まで見終えたら家路についていたのであった。彼の出番は深夜、4バンド目だったのだ。

最初に書いたとおり、彼のライブを見なかったことについては後悔していない。だが、自分の書いたブログ記事の「追加・訂正」ということで、ここに謹んで、以上「くいだおれ」の顛末を書かせていただいた。もちろん今後彼をどこかで見かけても、いや見かけるに違いないと半ば確信しているのだが、「あっ、エチエンヌさんがいた」とは思わずに、引き続き「くいだおれ、またいやがった」とつぶやくに違いないのだが。

来年のとし明けはUKでも演奏するようだが、彼と同郷ベルサイユ市出身の Air や Phoenix とはまったく異なるビジュアル、すなわちおそらくイギリス人の頭にある「おフランス・ムッシュー」とはまったく違った方向性の外見を含めてどういう評価を受けるのか、すこしだけ気になるのである。

Zombie

彼らの MySpace より。

左側が大阪名物くいだおれ人形。ちなみに右側は、食事を終え「くいだおれ」から出Zombie_nmeてきて人形を愛(め)でるオレ。ウソですけど。

で、これがNMEの記事です。

Kuidaore

で、これが来日時のエチエンヌ・ジョメ氏。Turzi と共演の際は、同じ赤縞でも横ボーダー柄のファッションであった。小憎らしいほどフレンチなセンスのトリコロール・カラーである。

2008年11月 7日 (金)

Seasick Steve

< 2007. 08. 26 @ Reading Festival '07, Carling Stage >

オバマ氏が大統領選で勝った。彼の勝利宣言集会に集まった人々をテレビを見ると、みんな「おばまあ~っ!」と叫んでいるが、その苗字呼び捨てというのは失礼ではないのか?アメリカ人ってやつは、愛情をこめて皆ファーストネームで呼びあうのではなかったのか。ヒラリーにはみんな「くりんとお~ん!」とは叫ばないような気もするが、意外とそんなことももないのか。

一方のオバマ氏も失礼なヤツである。今日見た朝日新聞(衛星版)によれば、「(ジョン・マケイン氏に対して)電話で『君は全力を尽くした』とねぎらった」と書いてある。いくら勝てば官軍とはいえ、47歳の若造(こう書くと、同世代のオレも「若造」、もしくは「ヤング」ということになり、あまり悪い気はしませんな)が、72歳のマケイン氏に対して『キミ』よばわりはないのではないか!人生ならびに政界の先輩に向かって、あまりにも無神経な暴言と言わざるを得ない。日本の国会では議員同士が「先生」「先生」と呼び合って、必要以上にたいへん礼儀正しいではないか。ところで英語ではやっぱり「You」でしょうか?

さて、そんな扱いを受けてマケインはかわいそうだな、と思う。ちょっとばかり剥製(はくせい)感の漂う外見をみると先もそんなに長くなさそうだし、せっかくだから一回ぐらい大統領やらせてあげればいいのに。トコトコと歩く感じもかわいらしくてオレは好きだったが、やはりその辺がアメリカ国民に不安感を植えつけてしまったのかもしれない。

マケインよりちょっとだけ若いアメリカ人ブルースマン Seasick Steve も、ジイさん度合いあるいはよれ具合では負けていない。www.myspace.com/seasicksteve  www.seasicksteve.com 「船酔いスティーブ」というものすごく弱そうな名前をもつこのじいさんは、実際にはステージで酒瓶を抱え、おそらくは酒に酔ってる最中とみうけられた。

昨年のレディング・フェスティバル ('07)、なにやらヒトがごった返しているステージだったので覗いてみたのだが、よくも悪くも「ソウルフルな本格派ブルース」であった。オレは基本的には「ブルース」の良さというものがまったく分からない人間なのだが、このジイさまがギターを弾きはじめると別人のように力強い音を出す、ということだけはよく分かった。結局最初から最後まで見通したのだが、この「酔拳」プレイが会場にいた多くのヒトビトを魅了したのを目の当たりにしたのが、一番印象的だった。

つい先日、SKYニュースの芸能コーナーに出ていたのを見てはじめてこのじいさんのプロフィールを詳しく知ったのだが、13歳で家を出てからホームレス、数々の仕事を転々として今日に至るという、波乱万丈の人生らしい。誕生日すら知らない、とはにわかには信じがたい話ではあるが。体を悪くして奥さんの実家のあるノルウェイに引っ込んでいたらしいのが、60代も半ばを超えたおととしになって突然イギリスで人気に火がついた。本人もびっくりしたことだろう。今年もレディングに再び登場し、フジロックで日本にも行ったらしいが、いい冥土の土産になったはずだ。

まあオレ個人がもう一度彼を観にいくことはないだろうが、よれよれになってからのワールドデビューには敬服するものがある。マケインも、ギターというわけにはいかないだろうが、もと軍人さんなんだから、自動小銃をかまえたり、手榴弾のピンを歯で抜くときは突然シャキッとする、といったようなキラー・パフォーマンスがあれば、あんまり国民から「このじいさん、ぷるぷるしてるけど大丈夫かなァ」とは心配されなかったかもしれない、と思った。

Seaasick_steve

@ Carling Stage ('07)

Flickr より。オレも尊敬される目上のヒトでありたい。

Seasick Steve その2

2008年11月 5日 (水)

Lets Wrestle その3

< 2008. 05. 17 @ Horations Bar, Brighton, The Great Escape '08 >

さて、4月のCamden Crawl '08 では正直なところ体力的にかなり疲れていたので、彼ら Let's Wrestle のステージを会場のパブの2階ソファーから眺めていた。個人的には、もったいなかったというか、ちょっと消化不良だったので、翌月の Great Escape '08 では、万全の体制でのぞむことにした。

彼らを初めて目にしたときと同様、尊敬すべきレーベルの先輩 Pete and the Pirates との共演だったからだろうか、たいへん盛り上がった良いステージであった。オレもがんばって、ぴょんぴょん飛び跳ねたぞ。彼らのインタビュー記事にも自分たちのこれまでのベスト・ライブとして Great Escape と Camden Crawl が共に挙げられていた。良い瞬間に立ち会え、あますことなく楽しめてよかった、と思う。このインタビュー記事を読み進むと、「曲はたまってんだけどさあ、アルバム出す金ないんだよ。」とのことらしい。いいから黙ってアルバム出せ、ストールン・レコード(Stolen Recordings)!

さて、Peteたちやこの Let's Wrestle を擁するこのストールン・レコードというレーベル、すでにロンドン市内のギャラリーで自分たちのエグジビジョンを行なっていることからもわかるように、なかなかアート・ワークが面白い。特にこの2つのバンドのシングルやアルバムのジャケットデザインは秀逸である。そうなると、当然バンドTシャツも欲しくなるというのが人情だ。何枚かすでに購入済なのだが、なかでも特筆すべき1枚はこのときブライトンの会場で直接手に入れたものである。なんというか、これを着て外をあるくと良識のある人間には絶対に見えない、と自信を持っていえるだろう。

Letswretretshirt ←レーベルのマーチャンダイズのページから。オレの買ったものは色違いだが、手に入れた瞬間から今年のベストTシャツのポジションを占めている。当然、出動回数も一番多い。パリの、そしてロンドンのライブハウスやフェスティバルで、このTシャツを着た日本人中年男性がいたら、それはオレだ。気軽に握手を求めてほしい(ウソ)。

ちなみにYouTubeで発見した、当日の現場。そして位置的にオレはこの観客の中のどこかにまぎれているはずである。こういうの見つけると、ちょっとうれしい。

 Let's Wrestle その1

● Let's Wrestle その2

2008年11月 4日 (火)

Envelopes

< 2008. 05. 15 @ Hectors House, Brighton, The Great Escape '08 >

年甲斐もなく、今更 Wii のマリオ・カートにはまっている。

「いまさら」なのには言い訳があって、フランスでもイギリスでも商品が売り切れで手に入らなかったのだ。そこで、困っているオレの姿を見かねた友人が、日本からの手土産で持ってきてくれたのだが、自宅にある「欧州用」Wii のマシーンに日本からのソフトを入れこんでも、ウンともスンとも絵の出てこなかったときの衝撃は、筆舌につくしがたいものがある。日本と欧州、ソフトに互換性がまったくなかったのだ。

それからしばらくは、悔しさを振り切るかのようにほかのゲームソフト(英国で購入)に没頭していたわけだが、ふと気がつくとさすがにここフランスでも普通に手に入るようになっていた。そこで相当出遅れた感はあるがものの、いまさらながら始めたのだが、当然のように面白くてはまってしまったのである。ちなみにオレの愛用キャラは「きのこ」→「おばけ」→「さる」という変遷をたどっている。オレの一番のお気に入りは、「さる」がびょよよ~んとでかくなったときに、くるっとうしろをふり返る瞬間だ。ふり返られた相手は、ちょっとばかり神経を逆なでされるに違いない、と思う。

さて、とはいえ、50歳近い分別あるべきサラリーマンが毎晩自宅でマリオカートに励んでいる姿は、冷静に考えるとさすがに恥ずかしいものがある。最近ではライブ道よりもマリオ道になっているのもちょっと問題かもしれない。そんな一方で、日本のゲームサイトに「世界一のマリオカートファンと自負するミュージシャン」と紹介されている Envelopes についてもいかがなものか、とは思うのだが、まあオレに言われたくはないだろう。www.myspace.com/envelopes 

すでに今年日本でもライブを行なっているので目にしたヒトもいろだろう。年の頭ころから話題にはなっていたので、ブライトンの Great Escape '08 で足を運んでみた。

音の方向性は好きなバンドなのだが、いかんせんこの夜は会場が混みすぎていたし、ステージの造形・つくりも良くなかった。加えてフランス人ボーカリスト、オードリー嬢の背丈がちっちゃ過ぎた。おそらくはオレの1~2メートル先で歌っているのには違いないのだが、ついに姿を一度も拝むことなく演奏は終了した。もうすこしコンディションの良いときに雪辱を晴らしたいと思ったことだけが彼らのライブに対する印象であった。

だが上のサイトを読む限り、彼らのアルバムはマリオカートとともに完成した、ということらしく、マリオ道修行中の今だと、オレももうすこし親近感を持ってライブを楽しめたかもしれない、とも思った。もっともオードリーが「ピーチ姫」を操っていたりすると、オレにとってガゼンいやなやつに早がわりしてしまう可能性もあるのだが。大人気ないが、ピーチは憎い。よく「さる」を突き落とす。

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@ Hectors House

当日のオードリー嬢。Flickrより拝借。この日の観客は、この撮影主のようにアップで写真を撮れた人か、オレのように1ミリも姿が見えなかったか、のどちらかだ。ピーチ姫というよりは「きのこ」に近いビジュアルは、好感がもてる。

ところで NME誌を読む限り、今一番マリオカートにハマッているミュージシャンは、まんま「ゲーム中の自分の姿」をジャケットにした Ladyhawke に相違ないだろう。同誌のインタビューによれば、彼女の愛用キャラは「ヨッシー」だと。ピーチの声にはむかつくそうだ。

Ladyhawke

2008年11月 1日 (土)

Shitdisco

< 2006. 08. 27 @ Dance Stage, Readiing Festival '06 >

< 2006. 10. 13 @ Koko, Camde, London ( Club NME on Tour) >

さて、世界同時金融危機のまっただなかではあるが、イギリスではTVのトップニュース、あるいは新聞の各紙一面は共に連日コメディアンのラッセル・ブランドジョナサン・ロスが占領しているというお気楽ぶりである。

2人が出演した「BBCラジオ2」で、この連中は同じ番組に電話で参加する予定のとある老年俳優の自宅に、何回にも渡って下品な留守電を残し、それを番組で放送した。件(くだん)の俳優や視聴者が怒って問題化し、BBCそして政治家を巻き込んでの大騒ぎになっている。BBCは局として、なんで途中でこの狼藉を止めなかったのか、と。

BBCの責任者はとばされ、ラッセルは降板、そして本日ジョナサン・ロスにも3ヶ月の謹慎が言い渡されたのだが、放送コードの問題やBBCのあり方自体の問題にも発展し、しばらく騒ぎは収まりそうにもない。

イギリスにいればこの2人を目にしない日はない、というくらいの人気者ではあるのだが、超大物のジョナサンに比べれば、最近ハリウッドに進出したとは言うものの、ラッセルのほうはここ数年で人気が急上昇してきた新参者だ。オレにとってのコイツは、昔からTVですぐパンツを下ろしたりする、「尻だし芸人」のポジションから変わっていない。成り上がってきたが、調子にのりすぎてコケた。

事件の詳細を書くと『ライブ道』の格調をいちじるしく下げる恐れがあるのでここでは省くが、要は趣味の悪い「下ネタ」系と「暴露」系である。ラッセル・ブランドならやりかねないネタではあるが、これを日本でやっても間違いなく怒られるだろう。

日本のように「ホントは誰も気にしていない」のに局側であらかじめなんでもかんでも自主規制してしまったり、あるいは視聴者ひとりの抗議で大騒ぎしたりするのもいかがなものかとは思うのだが、オレにとって新鮮だったのは、イギリスでは「何でもアリ」かと思っていたら、やっぱりダメなものはみんなから非難される、という当たり前のことだった。そして、いったんそうなったときには大騒ぎになってしまうというのも面白かった。日本では、怒られたり干されたりはするだろうが、首相まででてくる大事件にはならないだろう。

さて、「ニュー・レイブ」という言葉がようやく世間に出回ってきたころ、Klaxons などとつるんでシーンを引っ張っていたバンドに Shitdisco という連中がいた。www.myspace.com/shitdisco  世間がDIY Disco 一辺倒になる前から活躍していた先駆者と呼んでいいだろう。切羽詰った曲調が、なかなか嫌いではなかった。もちろんいまでも活動はしているわけだし、DJ としてのキャリアはどんどん磨かれていたりするようだが、バンドとしてはいつのまにかなんとなく地味に埋もれてしまった印象は避けられない。

NMEが主催する「ニューレイブ」ツアーで Klaxons Data Rock などと混じって出演しており、そのとき彼らの姿を見るのは2回目だったが、やはりたしかにちょっと地味な演奏であった。そのステージで出演バンドを紹介するMC役の芸人さんがラッセル・ブランドだったのだが、これまた地味な「営業」ではあった。おれはせっかくだから観客にむかって「尻」くらいは出すのではないかと思ったが、形ばかりのバンド紹介をするそっけないものだった。この手のイベントで芸人さんが出てくるのも珍しかったが(まあ、VJはやってましたが)、NMEが「ニュー・レイブ」ブームを一発かまそう、とちょっとだけ奮発したのかも知れない。むかし会社の後輩の結婚パーティで「大川興行」(大川総裁等の著名芸人無し)を呼んでいたが、まあそんな感じか。

ラッセルにはおごりを捨ててこういった基本的「営業」で客を沸かせることを目指して出直してもらいたいものだが、マーキュリー受賞の Klaxons、天国と地獄のラッセル、そして花のない Shitdisco とそれぞれの歩む道はこの2年で大きく異なってしまった。 ニュー・レイブという言葉も死語になったかと思うと、感慨深い初冬の頃である。

Shitdisco

Shitdisco & Data Rock   Flickr より。

ところで、Data Rock って「ニュー・レイブ」だったのか?というネタのほうが今となって考えると面白い。

●コメントバックできないので、追記します。

コメントありがとうございます。そうですね、Friday Night 出演も一時休止です。ただ、年間出演契約料は変わらないため、タブロイド紙の見出しは『休んでる間も、一日12,000ポンドもらうのかよ!?』と、いささかバッシングぎみ。もっとも、ラッセルに対しては、いまさらあんなやつを責めても始まらん、と黙殺されはじめてます。BBCの現場のディレクターも若かったみたいだし、そりゃジョナサン・ロスがトチ狂っても仕切りきれんわな、と。で、やはり重鎮ジョナサン・ロス、しっかりしなきゃならないお前が何やってんだ、というのが世間の論調です。「被害者」のじいさんも、そう言ってました。

ところで、Shitdisco。「アジア系君」脱退は知りませんでした。鴻上尚史に似てる彼ですよね。

2008年10月25日 (土)

Late of the Pier その2

< 2008. 08. 22 @ Festival Republic Stage, Reading Festival '08 >

さて、お気に入りのミュージシャンがステージ上でどんな洋服を着ているのか。つまりステージ衣装というものは、ライブの良し悪しの決定的な要因にはならないが、それでもけっこう気になったり、楽しめたりするものには違いない。

とくに「フェスティバル」という『ハレ』の場では、ミュージシャンもいろいろな意味で力を入れたり、趣向を凝らしたりすることが多い。おなじみ赤ジャージの Data Rock でさえ、大きなフェスティバルで観たときは、なんとなくだが新品のジャージをおろしてきたように見えなくもなかった。

ライブハウスで見たときはTシャツ一枚だったのに、フェスティバルではちょっぴり学芸会のようないでたちで現れた、Be Your Own Pet、あるいは、方向性としては紅白歌合戦方面に向かってしまった感のある Yeah Yeah Yeahs など、やはりこのへんは女性特有の心理がはたらくからなのだろうか。

オレが個人的に断然支持したいのは、レディングのトリのステージで、よれた紺のジャケットにくたびれた黒いズボンを合わせてくる手合い、つまりデーモン・アルバーン氏のようなすがたである。仮にこれが計算されつくしたコーディネートだったとしても、見ているわれわれから「コイツ、何も考えてないな。」と思わせることのできる力量、ともいえるだろう。ま、これが本当の大物、ということか。たぶん実際何も考えてないと思うが。

だが、若い皆さんが『ハレ』のフェスティバルで、衣装にいろいろと凝ってみるのは決して悪いことではない。お祭りなんだもの。そんなわけで今年のレディング・フェスティバル('08) での企画衣装大賞は、Late of the Pier のご一行である。ステージに登場した彼らを見て確認できたのは、チェックのパジャマ(スーパーで売ってる1,500円くらいの品物?)1名、白いバスローブ1名、そして悪党のオヤジがいかにも着そうなナイトガウン1名であった。ドラムの格好は、おそらくは何がしらの寝具関係だとは思ったが、残念ながら肉眼では確認できなかった。

予想を裏切るいでたちだったので、「そうか、その手できたか~」と周りの観客と一緒に声援を送ったのではあるが、ところでいったい『その手』ってなんだ?。よく考えたらまったく意味が分かりませんが、まあよしとしよう。その場にいる大半のヒトビト(つまり観客)はパジャマを着ていない、パジャマ・パーティということで。まあ、ベテランがコレをやってしまうとちょっと寒い企画になるのだが、若いってことはすばらしい。

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@ Festival Republic Stage

すみません。かなりぼけました。リード・シンガーの Samuel は、パジャマを着ると、誘拐されてきた小学生にしか見えなかったが、良いライブであった。

最近昔のシングルをまた再発しているのはいただけないが、PVを作り直さず昔のままなのは良いことだ。今改めて以前のPVを見直すと、Klaxons のチープな偽者にしか見えない、と人は言う。が、ライブは良い。この手のバンドにしては珍しく、というと怒られるかもしれないが、しっかりとしたライブバンドである。

Late of the Pier その1

●パソコン変えても相変わらずコメントバックできないので追記します。

来月彼らはここパリで HOT CHIP と共演というか前座を務めるようですが、「若いっていいな」というバンドと、「歳とってるように見えていいな」というバンドの両巨頭ですね。

2008年10月24日 (金)

Million Dead

< 2003. 12. 02 @ The Garege, London >

さて、ヘビーロックというのか、エモというのかよく分からんが、突然シャウトしたりする例のあの音のことである。

2001年ころだったかのレディング・フェスティバルでは、メインステージで出てくるバンド出てくるバンドすべてがごっつい体格のヘビーロック系アメリカ人で、しかも低音のおどろおどろしい声で叫び続けるものだから、かなり恐れ入ってしまった記憶がある。

個人的には正直ちょっと勘弁していただきたい方面の音楽だったので、別に観なければいいだけの話ではあった。ただまあ、せっかく晴れてもいるし、日向ぼっこをしながらビールを片手に寝っころがって垣間見る分には、そんなに悪いということでもない。知らないバンドばっかりだし(その世界では皆超メジャー級)、なあるほどねえ~と自分の知らない世界をしばし楽しんだ。

しかし、みんなほんとにガタイがいいよなあ。何食うとあんなでっかくなるのかのう、などと感心したのは、普段接しているイギリス人ならびにUKバンドとは明らかに体のつくりが違って見えたからである。したがって、この手の音楽は、ひょろひょろっとした英国人の青二才が演奏したとしてもあまり「さま」にはならないだろうな、いやむしろ、まったく別のものになってしまうだろうな、などとどうでもいいことを考えながら眺めていたのである。

もちろん、イギリスにもKerrang 系の悪そうな面がまえをした、コピーバンドみたいな連中はたくさんいた(体格的にはアメリカのバンドの縮小80%くらいの見え方だった)。だが、もちろんわざわざ観に行きたいという興味がわく連中ではない。それから1年か2年もたったころだろうか。ふと見たMTV2を通して、お約束のシャウトをしながらもオレの琴線に触れる音を聞かせてくれた初めてのバンドは、果して、ひょろひょろっとした英国人の青二才がボーカリストであった。名前は Million Deadwww.myspace.com/amilliondead  歌のタイトルは [ I am the Party ] といった。

運よく彼らの「初ヘッドライン」ツアーをロンドンで見ることができた。12月の寒い日だったが、会場の The Garage はものすごい熱気に包まれていた。とても良いステージあでったことを覚えている。

もちろん彼らだけにとどまらない。曲作りの巧者 Biffy Clyro、外見がオタクの集団にしか見えなかった Reuben、その年のマイ・ベストアルバムを提供してくれた Jarcrew、などなど、あっち方面の音をベースにしているが、「さすがイギリス!」とひざを叩きたくなる連中が次々とあらわれた。アメリカ人とくらべて、やはり食ってるものも違うのだろうし、体格も違えば音も違ってくるのだな、とひとり悦に入ったものである。

ただしこれらの連中は、今は残らず解散してしまったか、音沙汰がなくなったか、あるいは、その音の内容を大きく変えてしまった。うまく進化した連中もいれば、だれもついてこられなくなってしまったバンドもある、ということなのだろうか。だがオレは今でもこのころの彼らの曲を、比較的くりかえし聴いていることが多いのである。この Million Dead も、2005年ころには活動を休止、すなわち残念ながら解散してしまったようだ。そのあとのことはまったく追いかけていなかった。

ところで、オレから青二才呼ばわりをされた、かなり細身のボーカリスト、Frank Turner 氏であるが、知らないうちになんとアコースティック・ギターをかかえたミュージシャンとしてしっかりと復活していた。http://www.frank-turner.com/ www.myspace.com/frankturner  今年のグラストンベリーやレディングのフェスティバルでは見逃していたので、まだ目にしてはいない。しかし、MTV2ではかなりチャートも上昇中で、今注目株のようである。音は直球で、以前のような泣かせどころを用意するような曲とは違ったポジティブ・シンガーだといえるだろう。

この人はイートン校というイギリスで一番有名な高校をでているお坊ちゃん出身だ。だがロックに目覚めて、ロックでヒッピーな世界を突き詰めているに違いない、自由人なのだと思う。Million Dead の良さや持ち味も、このヒトのキャラクターに負っていたにちがいない。このヒトの今やってる音楽は、あんまり面白そうなものでもなかったりするのだが、来月パリの Fleche d'Or に来るというので、ぜひかけつけて声援を送ってあげたいと考えている。

やっぱりオレはヘビーなんたらや、エモなんちゃらが好きなわけではなくて、良質の英国音楽が好きなだけなのであった。

●コメントバックできないので、追記します。

コメントありがとうございます。ジョー・ストラマーの父親が外交官で、トルコで少年時代を過ごしたのににてますよね。せっかくなので曲、貼り付けました。 

2008年10月23日 (木)

The Paddingtons

< 2008. 06. 29 @ Glastonbury Festival '08, Left Field Stage >

オレはつい先日また50歳の大台に一歩近づいてしまった、何の変哲もない日本人中年(もしくは初老の)サラリーマンにしか過ぎないのだが、自分自身では「PUNK」だと信じて疑わない。

得意先接待で先方の社長を盛り上げようと大酒をかっくらい、カラオケ屋のトイレで嘔吐し終えた涙目のなさけないよれよれネクタイ姿を鏡で見ても、おれ自身が「PUNK」であることには一点の曇りもないと信じている。で、それはなぜかと言うと、自分には『良いパンクバンド』、つまりは『良いパンクサウンド』と『悪いパンクサウンド』とを見分けられる、そして聴き分けられる絶対の自信があると思っているからだ。そう、以前にも書いたことがあるのだが、オレにとっての「PUNK」とは、生き方・ポリシーではなく、『音』なのである。PUNKが大きなムーブメントになりえたのは、皆がみな、というわけではないが、優れた楽曲やフレーズがあったからに他ならない、と思うのだ。

だから、髪の毛を立てることには興味がなかったが、このお気に入りのPUNKサウンドというやつとは一生涯付き合っていくような気がしているうちに、今日に至っているわけだ。そして、PUNKサウンドは自分の音楽の原体験であるというだけではなく、常にその時代の「良いパンクバンド」を探しておかねばならないことを、自分自身に課してもいる。今われわれは、当時有名だったか無名だったかを問わず、いまやオレと同年代かもっとジジイになっている、かつての70年代パンクバンドの姿を比較的容易に観ることができる。だが、懐メロはCDで聴くだけでよい。本当の追体験とは、今現在の「良いパンクバンド」のすがたを追いかけることに他ならないというのがオレの基本姿勢なのである。(自分の人生を振り返りながら酒を飲みたいときは、懐メロPUNKも観にいくけど)

しかし、宿命と言えるかもしれないが、パンクバンドの、いやパンクサウンドのと言ったほうがいいかもしれないけど、その寿命は短いものだ。たとえば、The Clash の優れたPUNKサウンドとは最初のアルバムのことを指すであり、それ以降はただただ「優れた音楽」、というのがオレ見解だ。彼らはPUNKな姿勢を解散まで貫いたバンドとしてリスペクトされるべきだし、最後まで偉大な音楽家集団であったことには異論はないが、オレにとって彼らの「PUNKサウンド」は初期のものだけだ。だから、中期以降の彼らのステージを観にいくことは、パンクサウンドを聴きにいくことにはならないのである。

一方で、息長くパンクサウンドを続けている連中もいるにはいるが、本当によいパンク曲はそいつらのある特定の時期に数曲あるだけ、と言う場合が大半だ。シングル1枚、あるいはアルバム1枚、というのが「良いPUNK」サウンドの天寿、というのが適当なところではないだろうか。

さて、2005年ごろ、オレにとって良いパンクサウンドを聴かせてくれる代表格がこの The Paddingtons であった。www.myspace.com/thepaddingtons  www.thepaddingtons.net けっこうPUNKらしいPUNKサウンドで、ドライブ感もあり、なかなか琴線に触れてくる音なのであった。

例によって何回か仕事の都合でライブを見逃しているうちに、音沙汰もなくなってしまい、けっこうしくじったな、という感じがただよっていた。そんなおり、今年のグラストンベリー・フェスティバルの出演者リストの中に彼らの名前を発見したのであった。おおおっ、まだやってたか。3日目日曜日の夕方、用意万端で初 The Paddington に挑んだのである。

ところで、結果的にはちょっとしょんぼりした内容のステージであったと言わざうをえない。

決して不合格というライブではなかったのだが、おそらくはまもなく(11月3日)に発売されるであろう2枚目のアルバムからの新曲が大半を占め、で、その曲はパンクではあるが、それほど良いパンク曲ではなかったのであった。たいへん残念ながら、パンクバンドの短い寿命のうちの、いちばん良いところを見逃してしまっていたのに違いない、というのが結論だ。アルバム発売に先立ち発表されたシングルも、先週号のNMEによれば10点満点で2点。「おいおい、どしちゃったのよ。」と書かれていた。

彼らのステージを観終えると、ちょっと早いが荷物をまとめて今年のグラストンベリー・フェスティバルから撤収した。宿の近くのパブでビールを飲みながら、次の良いパンクバンドを早く探さないといけないな、と思った。

Img_2271_2

@ Left Field Stage

このバンドのギタリストは、去年 Dirty Pretty Things のカールが骨折中、代わりにギターを弾くためにそのバンドのツアーに参加していたということだ。このことでちょっとセンスが狂ってしまったのではないか、とオレはにらんでいる。

●コメントバックできないので追記します。

コメント、ありがとうございます。Dirty Pretty Things 、解散らしいですね。新譜のアルバム評が Pete のバンドはもとより、元ベーシストのバンド Yeti (同時期にアルバム発表)よりも軒並み低い点数だったことで背中を押されたのではないでしょうか。というか、このバンドの曲作りのセンスが怪しいことは、みな薄々気がついていたにもかかわらず、ちょっと回りが引っ張って持ち上げすぎたのではないかと思います・・・・。The Paddingtons も、こいつらに惑わされた時点で負のスパイラルに落ち込んだ負け組みかと思うと、すこし悲しいです。

2008年10月13日 (月)

Ida Maria

< 2008. 08. 22 @ Reading Festival '08, Festival Republic Stage >

Ida Maria のステージを観るのは、この夏のレディング・フェスティバルが初めてだった。www.myspace.com/idamaria

その数ヶ月前におこなわれたブライトンの The Great Escape では、あまたいる出演者のなかから選ばれた彼女の顔写真が、イベント・パンフレットの表紙に載っていたことを覚えている。その直後のグラストンべリー・フェスティバルでは、そもそも出演が予定されていなかったにもかかわらず、突如登場した土曜日の The Other Stage のオープニングで、雨降る中オーディエンスを大いに盛り上げたというはなしだ。やはり一度くらいは観ておくべき今年の顔だろうと考えて、レディングの会場で彼女の登場を待つことにしたのである。

ところで話はさかのぼって、そのグラストンベリーでのことなのだが、ちょうど彼女のステージが終わったあたりでオレはようやく The Other Stage に到着した。一雨あがったので、屋外に出ようと思ったのだ。そこにはたった今演奏を終えたばかりのアーチスト名、つまりは彼女の名前がステージの上に「IDA MARIA」、と大きく掲げられていた。

そのとき同行していたオレの友人(日本人)がそれを見てぽつりと言った。「井田マリアかあ~。聞いたことないけど、今回日系人アーティストがここに出演してるとは知らなかったよ。」

井田マリア。かなり、実在しそうな名前である。単なる勘違いで片付けるにはもったいないくらいだ。

「井田マリア」という語感からオレの想像力が刺激されるビジュアルは、世代的に夏木マリとか山東ルシア、そして辺見マリなどといった『昭和セクシー歌謡』の重鎮たちである。だが、レディングで近くから眺めた彼女のご尊顔は、「悩殺系」というよりは「呪殺系」、もっと具体的に言うと、ビョーク方面の造作であった。

実際彼女は、顔の見た目以上に声質がビョーク似のハスキーボイスで、要するにステージの印象はビョークがロックンロールをやっているようなものなのであった。これが好きかと聞かれたら、オレ自身はちょっと躊躇して答えに窮してしまうような気もするのだが、世の中にはビョーク信仰というものがある。 Ida Maria もビョークの輪廻転生した姿のひとつと考えれば、その信仰の世界から意外と多くの歓迎を受けるアーチストになるかもしれない、と思った。

ビョーク本人が、なんとなく日本人から見ても親近感を持たれる顔つきをしているからだろうか、外見上もビョーク信仰にたっぷり浸った日本人婦女子というものを、をこれまで何人も目にした記憶がある。そう考えてみると、Ida Maria 当人自身もおそらくはビョーク信仰者に違いないとオレは勝手ににらんだのであるが、「井田マリア」名で売りだしても日本ではけっこういけるだろうな、とまったく意味なくどうでもいいことを考えた。

Idamaria

@Festival Republic Stage

Flickr より拝借。

井田さん!ストッキング、伝線してますわよ。

● コメントバックできないので、追記します。

皆さま、コメントならびに情報ありがとうございます。 We Are The Physics 来日公演、是非とも成功を祈念いたしております。彼らを初めて見たとき、xfm の John Kennedy が、ライブステージ前のバンド紹介で、「さあ、お待ちかねの、ウィー・アー・フィジクス!」と叫んだのですが、しょっぱなからボーカルのマイケルに訂正されてました。「あのう、ぼくらは、ウィー・アー・・フィジクス、といいます・・・」 けっこうこだわりがあるようなので、関係者の皆さまも、一応、気にかけてあげてください。あと、一ファンとして気になっているのですが、(ボーカル)マイケルはオフステージでは常にリュックをかついでいるのですが、中に何が入っているのか、わかったら教えてください・・・・。

あと、井田さんの歌詞。けっこう、むねとおなかががいっぱいになりますね。

2008年10月 1日 (水)

Black Kids

< 2008. 06. 28 @ Glastonbury Festival '08, The Other Stage >

このブログを始めて丸一年が過ぎた。

始めるに際して「こういうブログにしていきたいなあ」などと、なんとなく考えていたことについては、まあ7~8割は実現できている、というか初志貫徹を続けているのではないか、と考えていた。実際のところ、こういったいわゆる「楽屋話」的なことも、できればほとんど載せないようにしたい、というのが当初からの目標である。しかし、今回に限っては内輪の話を許してもらいたい。

実は、ありがちな話だが先週パソコンがお亡くなりになってしまった。天寿を全うしたかどうかは評価の分かれるところだが、いずれにしろ急逝され、天に召されたのである。ところがあまりに急なことだったので、彼は遺言をまったく残さなかった、というか、ITに弱いオレが、データのバックアップをほとんどとっていなかったのである。ということで結論を言いますと、この「ライブ道」用の元ネタ・資料一切消滅してしまったのである。で、今日ようやく代わりのパソコンが手に入ったのでひさびさのエントリーをアップしようとしているところなのであった。

まあ、ライブ会場で記念の写真を撮りだしはじめたのは1年前ほどからなので、写真データがなくなったと言っても、もともと「古ネタ」のときは、自前の写真は存在しない。今はFlickr もあるし、幸運なことに若干の保存写真もある。そして、なにが面白かったか・なかったか、というのはオレの頭の中にある話なので、認知症の始まるまであと20年くらいはなんとかなるはずだ(と思いたい)。

一番イタイのは、このブログをはじめるに当たって一週間集中でこしらえた、過去のライブ履歴である。何年の何月何日に何処で観たか。実は記録が整理されていないと、ここを調べるのがブログ記述の中で一番時間がかかってしまう作業なのだ。家のあちらこちらに散乱していたライブチケットのもぎり半券をかきあつめ、それが見当たらない場合や、無料イベントの場合にはネットで調査。5年以上古いものだと、意外とウェブでも引っかからないことが多かったりする。記憶だけでは観た年ですらあやふやなものだ。そんな、苦心の大作業である「履歴」も、今回きれいにすっ飛んでしまったのであった。

というわけで、やや「ライブ道」の危機なのであるが、一服して気をとりなおしてがんばりたい。

だがオレは因果応報を信ずるので、今回パソコンが絶命したのには訳があるとにらんでいる。あまりに無慈悲にオレに罵倒されたバンドの呪いがかかってしまった、というのは安易な見方だ。やはりオレ自身が初心を忘れて最初にやりたかったことと違う方向に走っていたのではないか?というのが自分なりの見立てである。

おれ自身が最初に立てた方針。これを思い返してみよう。

●バンドの評論・うんちくは極力避けて、見た目一発のライブレポート。

そうだ、これであった。というわけで、本日は今年のグラストンベリーで姿を観た話題のフロリダ出身バンド Black Kids について語ってみたい。www.myspace.com/blackkidsrock http://blackkidsmusic.com/ なんといっても、今のUKシーンを救うのはアメリカのニューカマーたちであり、その中心を担うのがこの Black Kids であるというのが NME の論調なので、これは大変なヒトタチらしいのである。

やはり一度は姿を拝んでおくべきだろうとグラストンベリーで垣間見たのであるが、結果としては、なんとなく来年いなくなってしまっても誰も困らないバンド、というのが正直な印象である。何かのときにも書いたが、「黒いヒトなのに歌が下手」という、現代のトレンドをしっかりと抑えているにはいるが、逆に言うとそれだけであった。のちに買ったアルバムを通して聴くと、なかなかキャッチーで悪くないところもあるにはある。だが、この黒いお兄さんが歌うとやや気持ち悪く感じてしまう「オレってさびしいやつさ」的な歌詞内容も、ライブで本人を目の当たりにしてしまうと正直ちょっとばかりキツイ。そんなことで、数曲で席を立ってしまったのであった。

ところが。このバンドの真価を目の当たりにしたのは2ヵ月後のレディング・フェスティバルだった。

結局このバンドのステージはレディングでは観なかったのだが、彼らが登場予定の Festival Repblic ステージのやや外側でまったりとしていたときだった。会場付近をうろちょろするメンバー数人と、それを目ざとく(というより、見間違えようもなく)発見したファンが一緒に写真を撮っている。そんなほほえましい光景が、オレのほぼ真横で繰り広げられていた。フェスティバル会場の雑踏の中で一発で本人だとわかってしまうミュージシャンって、いったいいいんだかわるいんだか・・・などとどうでもいいことを考えながら、その黒いお兄さんの顔を初めて近くから眺めてオレは仰天した。

「でっ、でかい・・・。でかすぎる(顔が)・・・・・。しかし、そのわりにはちっちぇえなあ、コイツ(上背が)・・・・。」

イギー・ポップやプリンスなど、世に「小さな巨人」は何人もいるが、コイツの場合は明らかにステージが違う。よくアタマの大きなヒトをサンダーバードの人形にたとえて揶揄したりするが、明らかにそんなスケールを超えていた。背丈は人並みよりすこしばかり低いだけかもしれないが、とにかく顔の大きさが尋常ではないのであった。ミュージシャンという枠を超えて、オレはついに見るべきものを見た満足感で胸がいっぱいになった。

ヒトの身体的特質を捉えておもしろおかしく語ることに、道徳的な正義は無い。しかし彼は、なお他人の遠近感をさらに迷わせるべくあのようなアフロ髪型にしているのである。本来は見た目勝負であるべきアメリカ人でありながら、このバンドはメンバー全員がイギリス人並み、いや、それをはるかに超えていい加減なビジュアルのお歴々。彼らが「救世主」と言われる時代こそがまさに「現代」なのではないか?そう考えると、雰囲気たっぷりの歌詞も、彼らが歌うからこそ意義が出てくるのかもしれない。オレは彼らの術中にあえてはまろうと考えた。ヤツの無言の意思を見た目にとらえて、ここで伝道することに決めたのである。

バンドが無言のうちにも発信する隠れたメッセージを瞬時にして捕らえること。見た目一発レポートとは、つまりはそういうことなのである。

Bk

Flicker より。

こうして下からあおって写真を撮ると、このように「小顔」になります。2週間ほど前のNMEに載っていた「ファンが撮ったツーショット」は圧巻の極みでした。

ところで、今回のエントリー内容によって、バンドのメンバーの呪いがこもった天誅がオレに下った場合、この新パソコンも短い一生を終えるかもしれない。

2008年9月24日 (水)

Pete and the Pirates その8

< 2008. 08. 22 @ Reading Festival '08, Radio One Stage >

いったい彼らのライブを観るのは何回目か。初めて目にしてから1年半の月日が流れたが、しかしついにこの日を迎えた。

オレのイチオシバンドの Pete and the Pirates だが、栄えあるレディング・フェスティバル ('08) で、大テントすなわち Radio One Stage で演奏することとなったのである。昨年は、カーリングステージ(小テント)でその日いちばん最初の出演バンドだったから、順当な「出世」といえるだろう。オレは当然応援に出かけることにした。

初日金曜日、ふたバンド目の登場となった彼らだが、テントをほぼいっぱいにした大観衆からは割れんばかりの声援。それを受け取るメンバーの姿にもいまや余裕さえ見て取れる。この間の月日の流れを感じないわけにはいかなかった。シングル曲のイントロがかかると歓声も一層大きくなる。オレはいままで「影ながら」の声援を送り続けた日々を思い返し、大きな拍手とともに会場をあとにしたのである。

これまでのレディングフェスティバルの歴史を振り返れば、小テント~大テントと順調に階段を上り、そして更に大きく羽ばたいたバンドもあれば、その一方で翌年には影もカタチもなくなってしまった連中も少なくない。だが、ここまでくればあとは自分たちでなんとかがんばっていってくれ。実際にはバンドのために何かしたわけでは全くないのだが、なにか大きなひと仕事を終えたような気がして、一服しながら空をながめた。

来年の夏、レディングはまた彼らを暖かく迎えてくれるだろうか。

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@ Radio One Stage

ところで、昨日ポストされた彼らの MySpace ブログによると、この10月からスタートする彼らのUKツアーに、地元レディングが含まれていないというバンドへの問い合わせが多いようである。それに対する彼らの答えが『とっても残念なんだけど、ニーズに見合ったサイズのベニューがないんだよ・・・。是非(近くの)ロンドンに来てくれるか、今度レディングに行くまで待っててくれないか?』というものであった。

オレは「小さいハコでも良いからレディングで3日間演れ」、と心の中でちょっと思った。出身地は大事にしたい。

● コメントバックできないので追記します。

「大学生の町」というのが自分の持つレディングのイメージですが、永遠の予備校生にしか見えないリトル・ピートもまさにレディングらしい外観をしたミュージシャンといえると思います。バンドの活動的にはブライトンやリーズからくらべると明らかに地味なエリアですが、出身地に似合ったビジュアルのバンドという意味でも「地元」対策には細心の注意を払いたいものです。

Pete and the Pirates その1 (2007年4月~8月のライブ3回)

Pete and the Pirates その2 (2007. 10. 09 @ Barfly)

Pete and the Pirates その3 (2007. 11. 15 @ La Maroquinerie)

Pete and the Pirates その4 (2007. 11. 16 @ Fleche d'Or)

Pete and the Pirates その5 (2008. 01. 04 @ Showcase)

Pete and the Pirates その6 (2008. 05. 17 @ Horations Bar)

Pete and the Pirates その7 (2008. 08. 09 @ Paris Plages)

2008年9月23日 (火)

Cage the Elephant

< 2008. 08. 24 @ Reading Festival '08, Festival Republic Stage >

先月のことになるが、東京の本社にいる同僚から一本のメールが届いた。ずいぶん前に同じ部に所属していたことのある同期入社の人間だ。

彼によれば、15年ほど前の当時わずかな期間だけその部の部長をしていたおじさんが、定年を数年残して会社を辞めるという話だった。で、当時の部員が集まって、なつかしい顔ぶれだけの送別会を開きたい、というお知らせなのであった。いまやオレを含めてほとんどの「元」部員が、そのおじさんの当時の年代になってしまったわけなので、かなり「じじい臭」のする飲み会になるに違いない。是非駆けつけて皆の変わり果てた姿を肴に酒を飲みたいと思ったのではあるが、いかんせんここは遠い異国。残念ながら不参加の返信のかわりに、僭越ながら当人に激励文を送らせていただくこととした。

この会に参加できなくて残念だと思ったののは、もうすこしだけ深い訳がある。

当時この「元」部長と、オレやオレの同期を始めとした「元」部下全員は、正直言ってかなり折り合いが悪かった。いろいろなことの積み重ねで、最後の方にはかなり険悪な雰囲気になっていた、と思う。本人もその部を出たいと考えるようになっていたみたいだし、我々の方も彼をその部から「追い出す」ようなアクションを取ったりしたこともあった。

15年の歳月を経て、まさに『恩讐(おんしゅう)の彼方に』ではないが、あのとき「お互い若かったな」という雰囲気が、コトバにはださなくても感じられるような場を共有することができれば、なんとなくだが自分自身に対するわだかまりも解けるような気がしたのである。彼も初めて「部長」になった稚拙な新米上司だったかもしれないし、我々も自分たちで解決できないことを、ただただあたりちらす無能でわがままな部下だったかもしれなかった。だから、「おつきあい」ではなく、できれば彼の送別会に出席したかったと思ったのである。

ところで、オレにはその「元」部長の忘れられない姿がある。彼が我々の部に着任したまさにその日、歓迎会が開かれた。この会社にしては珍しく、全く別の部署から部長になるためやってきたその人は、我々部員からは「未知」の存在であった。彼から見たわれわれもそうだったに違いない。お互いに、けん制しながらも期待を持って初顔合わせである「歓迎会」の宴席に臨んだのだ。

とりあえず和気あいあいとしたまま一時会は終了し、二次会のカラオケボックスに10人ほどでなだれ込んだ。誰かが景気づけに1~2曲歌いだして盛り上がりはじめたころ、オレは小用をたしにトイレのドアを開けた。そこで出会いがしらに見たものは、件(くだん)の元部長が鏡を真剣な表情で覗き込みながら、今まさに自分の首からはずしたばかりのネクタイをハチマキ代わりにアタマに巻きつけている、そして巻き付け方を微調整している、実にその瞬間だったのだ。

オレはかなり見てはいけないものを見てしまった気がして、急に千鳥足風で「♪なっかあのしい~まあ、ぶうるううすよお~っ。」などと酔っ払ったふりをしながら元部長に気づかないふりをして便器の並んでいる方向へ一目散に向かった。これは明らかに、「いい心持ちになって盛り上がっているオヤジサラリーマン」を演出している作為以外の何者でもない。そしてその姿のまま、今まさに宴たけなわになりつつあるカラオケボックスに再乱入することで、場の雰囲気を一気に盛り上げよう、部員のこころをひとつかみにしてしまおう!という戦略に違いないのであった。

通常は(そもそも通常は、そんなオヤジなどいまどきいないのであるが)、興が高じて「ネクタイハチマキ」に自然に移行すべきものであるところ、その「新」部長は新しい上司としての自分と部下との距離を一気に縮めるために、ある種「禁じ手」の荒業に手を染めたものと思われる。オレはこのことで、「人間ってヤツは、場を盛り上げるためにこんななことをしてしまう生き物なんだ」ということを学んでしまったのである。もしトイレでこの一件を目撃していなければ、自分の見逃したスキに、酔いに興じた部員が部長のネクタイをはずしてそのアタマに結びつけた、くらいにしか考えなかったであろう。そしてたぶん、オレと部長の関係も、一気に親しみのこもったものになっていたかもしれないのだった。

今回の送別会、当時の当事者双方に、この一件が実際のところどんな雰囲気をかもし出したのか、あらためてちょっと聞いてみたかった。もう誰も覚えてないかもしれないが。でもオレはとにかくこの部長とのあいだの良かったことも悪かったことも、ほとんど何にも覚えていないのだが、このことだけはふとした拍子に頭の中によみがえる。

というあまりにも長い前フリだが、先月のレディング・フェスティバル ('08) で、そのときのネクタイハチマキの一件が、一瞬にしてクリアに呼び起こされる出来事があった。 アメリカの新人、Cage the Elephant のボーカルの Matt がステージに登壇した瞬間だ。www.myspace.com/cagetheelephant

今年のグラストンベリー・フェスでも見逃していたので、レディングでは最も期待していたバンドのひとつだった。ステージ上に現れた彼のいでたちは、まさにフェスティバル3日目の最終日、週末通してたっぷりと楽しみまくった観客のスタイルそのもの、であった。上半身ハダカ、そしてカラダには蛍光色のいい加減なペインティング、腰には売店で売っているようなフリフリの女性物、とにかく全身小汚く薄汚れた格好などなどとにかくこのフェスティバル会場で、何日間も徹夜続きで遊び通した「証拠」を身に満載にまとっているのであった。そこにいるのはミュージシャンの姿ではなく、あきらかに、いわゆる Festival Goer というか、会場で大騒をしながら大いに楽しんでいる観客の姿そのものであった。

もちろん、この日朝から彼が会場の中でこのフェスティバルをたっぷりと堪能していた可能性はある。リーズ・フェスティバルで演奏したあと、テント代わりにバンで寝食をとればあれだけすっかりその場に馴染んだ格好になることも有りえるだろう。だがオレは突然にして例の元部長のことが頭をよぎり、こいつ、Matt はステージ直前になってフェスティバル観客に馴染んだ格好を「化粧」してきたのではないか?という疑いを持ってしまった。

万がいち仮にそうだとしても、悪意は無いしかわいらしい話なので罪はない。だが、オレとしては当時のビミョーなキモチがよみがえり、なんとなく見てはいけない姿がバックステージであったのではないか、などと想像力がたくましくなってしまった。そのため肝心のステージに十分な集中ができなくなったのである。ステージ後半に客席への乱入を繰り返す彼の姿を見るにつけ、英国のミュージシャンに時々ありがちな「照れ」や「てらい」が全くない、まさにアメリカン・エンタテイメントの真髄を垣間見た気がして、「つくり」くらいはやりかねないという確信さえ芽生えてしまった。彼らの演奏は、そういったアクションやパフォーマンスを含めてとても良かったと思うのだが、オレ個人の小さなトラウマが、自分自身の完全燃焼を妨げてしまったのも事実である。

後日、彼らの MySpace を見るにつけ、そこに貼り付けてあるレディング・フェスティバルでの夜間キャンプサイトのゲリラ・ライブ映像や、先日の Bestival での泥にまみれた格好での映像を見るにつけ、ヤツラは実は「つくり」ではなく「ホンモノ」であった疑いが濃くなってきた。そう、実際に観客と一緒になって本当によれよれの格好になってしまったヤツラだったのか?そう思うと、当日、もっと素直に彼らのステージを楽しむべきだった、とも後悔する。真相はわからないままなのだが、オレ自身が毎晩ホテルへ帰ってはシャワーと着替えをキッチリ済ませてから毎朝フェスティバル会場へ向かう、「ひよった」人間なので、ひねくれて考えすぎてしまったのかもしれない。

この「ネクタイ・ハチマキ」のトラウマを克服するために、次回 Cage the Elephant のライブでは、バンドメンバーのいでたちを完全にまねして作りこみ、ステージからボーカリストとツイン・ダイブを試みるくらいの意気込みで臨みたい。そんなことを考えた。

@ Reading '08 キャンプサイト

で、下がオレが撮ったステージ写真

Reading_2008_120

こんな格好で登場したので、最初から仲間感100%のたいへんな盛り上がりようであった。

* コメントバックができないので、追記します:

● そうですね。言葉の壁、まったくないですよね。うらやましいです。さらにプラスして言わせてもらえば、年齢の壁も人種の壁もないともっといいのですが、「ライブ道」はメガネをかけた日本人中年サラリーマン(風がふくと髪型が2:8分けになる)なので、壁がありまくりなのが残念です。

2008年9月18日 (木)

Elle s'appelle

< 2008. 05. 15 @ The Water Margin, Brighton, The Great Escape '08 >

ロンドンとパリの両方に住んだ、あるいは住んでいる経験から言うと、双方に住む日本人を比較して一番「ちがうなあ~」と思うのは、パリのほうが「自分が住みたい街だから住んでいる」という人々が圧倒的に多い、ということだ。

ロンドンにはやはり金融企業やらなにやらいろいろあって、日本人にしても企業駐在員の数が圧倒的に多い。もちろん「ロンドンで背広の仕立てを修行したい。ロンドンでなければダメだ!」という、かなり狭い世界でつきつめているヒトもいる事はいるだろう。だが、同じロンドンに住むにしても、なんとなく英語だし、とか、とりあえず転勤で来ました、特にこの街に思い入れがあるわけではありません、というヒトが実際にはかなり多いと思う。この学問を成したいのだが、師事すべき専門の教授がたまたまここにいました、とかいう程度の動機である。そういう意味では、オレから見てあからさまに「濃い」エネルギーをあたりに発散するヤツが、そうたくさんいる街ではない。

一方のパリ。ここはロンドンに比べて日本企業の事務所がそんなにあるわけではなく、なぜ自分が今ここにいるのか、よく考えたらわからない、というオレのような存在はあくまで少数派だ。パリがすてきな(ところもある)街だということは否定のしようのない事実かもしれないが、アイ・ラブ・パリな特濃の日本人がうようよひしめいているため、時として呼吸困難やめまいを覚えてしまうのは、おそらくオレがフランス語を話すことができないヒガミからくるものに違いない。

こういったマダム「特濃」や、ムッシュー「特濃」は、予期せぬタイミングでオレの目の前にあらわれる。もちろん彼ら自身「日本人」として、パリのダメなところをけなしたりはするのだが、自分らが「パリはここがすばらしい」と信じて疑わない分野にこちらが疑問をはさもうものなら、まるで自己を否定されたかのような興奮状態でこちらに反論を試みる。で、こちとらは結局フランス語も話せない「マイノリティ」なので、市民権なく強制退場、とあいなるのであった。

オレはオレで悔し紛れに、そういったマダム「特濃」や、ムッシュー「特濃」に影でニックネームをつけるのだが、それはたとえば「すまたん田中(仮名)」とか、「じゅてえむ鈴木(仮名)」とか、そういったものである。で、なぜそんな名前かというと、フランス語で名前をつけると圧倒的に間抜けに見えるからである。フランス語とは、所詮そのようなものなのである。

ミュージシャンも同じだ。フランス人を除き、国籍問わずでフランス語のバンド名をつける連中は、すべてムッシューかまやつとピエール瀧に通ずる、というのがヒガミを通りこしたオレのやけっぱちの結論である。

今年 Camden Crawl から Great Escape、そして Glastonbury Festival と大活躍な英国の新人3人組 Elle s'appelle www.myspace.com/ellesappelleband

MTV2 でもよく流れいたので目にしていたが、曲はわるくない。しかし、フランス語でバンド名とはいい度胸ではないか?なんとなく語感的にも「とわえもあ」に通じなくもない。そもそもこの「えるさぺーる」の親戚である「じゅまぺーる」は、できればフランス語を話さないで穏便に一生を終えたいと考えているこのオレが、得意先の事務所の受付で毎回必ず話さなければならない屈辱のフレーズでもある。「じゅ、じゅまぺーる、Funfa 77 (対訳:Funga77 と申しますですが・・)」と毎回決まっておどおど話さなければならないのは、一応はささやかながら社会的地位を築いたサラリーマンにとって、拷問ですらある。このバンド名を見るたびに、キモチが重たくなってしまうのだ。そこで、こんなフランス語のバンド名をつけてしまうのって、オマエらセンス的にホントは大丈夫か?というのが、半分八つ当たりで半分ホントに当たっているかもしれない、オレの疑問である。

初めて観る彼らのステージは、ビックリするようなすばらしいものではなかったが、まあまあ期待どおり楽しめるものだった。あらためてひとつ気がついたのは、フロントの紅一点のお姉さんが、パリでよく見かけるすっきりほっそりしたパリジェンヌのような外見ではなく、背は高くないががっしりしてガタイのよい、典型的な英国女性だったことだ。

ダサい名前かとかそんなことはどうでもよくなって、なんというかイギリスのバンドって見た目も安心できていいよな、とわけのわからない結論に自分で納得して彼らに拍手を送ったのだった。なんとなく「濃い」ヤツラではなさそうだと思ったので、すこし安心した。

Great_escape_2008_008

@ The Water Margin

ベレー帽とかかぶって出てきたらどうしよう、とか真剣に心配した。フツーの格好をしていただけでオレから高得点を獲得した。

* コメントバックができないので、追記します:

コメントありがとうございます。たしかにしゃべりはかなり訛ってました。それを含めて安心感が醸成されたのだと思います。よく考えたら、「える、さっぺええ」と自分で発音してみると、世界共通の訛りのようにもきこえます。おれのくにことばも、そんなだ。

2008年9月17日 (水)

The Week That Was

< 2008. 09. 05 @ Fleche d'Or, Paris >

儲けることは無頓着にも見える職人さん、というのがいると思う。

熟練の技巧とセンスで自分に納得のいく「いい仕事」を必ずするのだが、「自分は職人だから」と頑(かたく)なに世間に迎合せず、ひけらかしや利潤の追求をむしろいさぎよしとしないマイスタータイプのことである。なんとなく結果的に「清貧」になっている感じ、とでもいえるだろう。

音楽家の場合、基本的にヒトはそれを「アーチスト」と呼ぶので、超テクを誇るジャズミュージシャンを「職人芸」と賞賛することはあっても、バンドのコンセプトや楽曲自体を「職人」にたとえることはあまり適切ではないかもしれない。しかも、本来何とか売り出したい、成功したいととがんばっているバンドに対して第三者のオレがそんな形容をつけることは不謹慎かつ僭越であることも理解しているつもりだ。

それでもなお、オレはこのバンドを「儲からない職人さん」と呼ばせていただきたい。先日観た The Week That Was という連中のことである。www.myspace.com/theweekthatwas 繰り返しになるが、演奏テクニック云々の話ではない。その音楽もさることながら、演奏風景を鑑賞しながら「コイツら、売れようが売れまいが関係ないところで生きてるな」と思わしめる、力強くも悲しいパワーを感じたのである。

実はこのバンド、同じ英国 Sanderland という街出身の The Futureheads のメンバーと過去にバンドを一緒に組んでいた Field Music という、そこそこ名の知れたバンドの主要メンバーBrewis 兄弟の片割れが、母体になっている。Field Music 自体は過去にCDを買ったりライブを観たことのあるお気に入りのバンドだったので、最近その動向が静かなことが気にはなっていた。そんな折に飛びこんできたのが彼のこの新バンドによるアルバム発表とライブの告知だったので、何はともあれ観にいってきた。

そしてその感想が、ひとことでいうと「堅気な職人さん」、ということなのである。ハッキリ言って、曲はかなり良い。だが、もしカラオケにあったとしても決して唄いたくなる歌ではないだろう。ヒトに口ずさんでもらうことは望まれていないような波長を感じる楽曲の数々。ステージ上のメンバーの面構えや服装も、これほどあえて地味にしなくても良いのではないかとさえ思わしめる様相だ。皆さんにも、究極にすぐれた地味な楽曲を是非堪能して欲しい。→[ Scratch the Surface ] こんなヒトタチが、6弦ベースなどを黙々と弾いていたりするのである。

基本的には Field Music の延長線上の音楽をやっているのだが、彼(か)のバンド同様、知らないうちに歴史の狭間に埋もれて消えていってしまうバンドに違いない。ほめているのかけなしているのかよく判らないが、そんな「儲からない職人さん」に見えてしまうところがこのバンドの弱点なのだと思う。楽しかったが、ちょっとキモチが寂しくもなったライブであった。

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@ Fleche d'Or

Brewis 兄弟のもう一人の片割れは、Scholl of Language www.myspace.com/schooloflanguage という、これまたマニア感あるプロジェクトを始めたが、こちらのほうはまだ売れることを意識しているようにも見える。フェスティバルなどで観ようと思えば見る機会はあったが、いまひとつ足を運ぶには至らなかった。こっちは「職人さん」ではなく「売れない芸術家」とでも言えるか。

* コメントバックができないので追記します。

● 返信ありがとうございます。「イギリスらしさ」が匂ってくるようなバンドに久しぶりに出会ったカンジです。彼らのステージの後、バンドTシャツでも買おうと会場内を見回したのですが、このバンドに限ってはマーチャンダイズが皆無でした・・・。正統派の応援方法しかなさそうなので、本日Amazon にアルバムをオーダーしたところです。

2008年9月16日 (火)

Breakbot

< 2008. 09. 12 @ Fleche d'Or, Paris (DJ Set) >

長年ライブ道の修行をつきつめているのだが、ときどき「寄り道」をしたい衝動に駆られることがある。

オレの場合、自分が観たいと思い続けていたバンドであれ、偶然でくわしたバンドであれ、それにかかわるすべてを「一期一会」として記憶にとどめ、このブログに書き残すことで各々に「成仏」してもらっている。ライブハウスに行く道すがらや、あるいは結局そのバンドを観ることができなかったとしても、そういう「縁の無さ」までふくめてライブ道の修行だというような受け止めかたをしているので、「実際に観た」という行為の結果だけを目的化していることは無いのである。

ところが、オレには収集癖があって、いまだに切手なども集め続けている絵に描いたようなマニア中年だ。音楽に関しては 7inch 盤収集などにも食指が動かないでもないが、ライブ道を続ける限り他にはあんまり時間やお金もかけたくない。ときどきロンドンはオックスフォード・ストリートのCDショップで売っている、『来店バンドのサイン入り 7inch だが、いまだに売れ残って定価の 1.99 ポンド(400円弱)で売っているもの』などを購入したりするくらいだ。(ちなみに、 Tower Of London とか、Dead 60s とか、そういったうら悲しい陰のあるバンドがほとんどであるが)

そこでライブ道の範囲の中での「寄り道」なのだが、バンドのライブをおなじ観にいくにしても、なにかテーマを持って完全収集、すなわちそのテーマにかかわるバンドすべての姿を観ようというのはどうだろうか、とときどき考えたりするのである。たとえて言うと、山手線の各駅で降りて、それぞれの駅の記念スタンプを押し集めてまわるようなものである。

いちばん判りやすいのは、何かのオムニバスアルバムを1枚取り上げて、そこに収録されているバンドのライブをとりあえずすべて観る、まずはそのこと自体に目的を置いてみる、というものだ。最初に試みようと思ったのは「Kitsune」のコンピレーションアルバムであったが、とあるバンドのライブがとてつもなくつまらなかったために、あっという間にあきらめた。やはり、ああいうプロデューサーものは、ライブではきつかったりするので、あまり楽しくない。

そこで現在自らのサイドテーマとして取り組んでいるのが「Moshi Moshi Singles」という、UKの「もしもしレコード」が出している同レーベル所属バンドのコンピレーションCDアルバム収録バンドの『完集』、すなわち「全バンドのライブ制覇」である。www.myspace.com/moshimoshisinglesclub  www.moshimoshimusic.com

Moshimoshi_b_2

このアルバムは、「Moshi Moshi Singles Club : The A Side」として市販されており、Amazon でも買える。そもそもこの存在そ知ったのは、同じシングルから B サイドの曲ばかりを集めた「Moshi Moshi Singles Club : The B Side」という、ジャケットが同じCDが、定期購読している Artrocker マガジンの「オマケ」としてくっついていたのを聴いてみたのが発端だ。「オマケ」が気に入ったので、「A面」の方もお金を出して買ったのである。

以前にも紹介したことがあるこの Moshi Moshi Records だが、フォーク系からアートパンク、そしてエレクトロ系までと幅広いジャンルのミュージシャンの作品をリリースしている。ところがそのどれもが、なかなか放っておけない、気になるバンドが多いのである。普段聴かないジャンルの音楽であったとしても、そのセンスを信頼できると思わせる力がある。そういうところから出されたコンピレーションなので、かなり愛聴盤になっているのである。AサイドとBサイド、2枚両方聴いてみるとむしろ「B面」の方が良い楽曲ではないか、と思わせるバンドもいくつかあり、そういう意味でも侮りがたい。

当然すでに姿を観たことのあるバンドも少しはあったので、これをベースにしながら「全バンド制覇」にチャレンジしようと思いたった。コレならどうやら楽しめそうだ。レーベル自体が「もしもしナイト」と称して、ロンドン以外、すなわちパリやらブライトンの The Great Escape でイベントを組んでいるので、バンドに出会える機会も多そうだ。

過去に観たことのある Kate Nash などは別として、Friendly Fires や、Late of the Pierそして、 Wave PicturesSlow Club、Elle S'appelle などのステージを観たので、次は Matt and Kim や Pacific! のライブに行きたい!と彼らのライブスケジュール表に目をやったりしているのが現状である。

ところが。そうはいうものの、バンドの国籍もさまざまで、自分の都合とバンドのスケジュールなど、なかなかうまく合致することばかりとは限らない。ライブのお知らせがしばらく出てこないバンドもある。このままではもしかしたら「完集」前に、そのうちのあるバンドが解散してしまったりする恐れだってあるだろう。そう思うと、少しだけだが気がせいている自分の姿があった。自分の楽しみのために始めた「寄り道」ではあるのだが、普段のライブ道と違って「観にいくこと自体」が結果的には最終目標になってしまっているため、目的優先でとりあえず「鑑賞済み」バンドの数を増やしてしまおう、という邪(よこしま)な考えが、ココロに芽生え始めるのに気がついたのであった。

エレクトロ系のヒトタチなので、「ライブ」ではなくて「DJセット」でも観たことは観たことになるのではないか、と自分で勝手な理屈を考えて、「Moshi Moshi Singles Club」に収録されている Breakbot を観にいってしまおうと考えたのは先週のことだった。基本的に「クラブ」アワーになったイベント会場には全く興味が無いにもかかわらず、である。www.myspace.com/dothefunkybot  ただ、ここで観ておけば、「1バンド稼げる」と、思いついたのであった。

しかし、しばし深く自問し、結局出かけるのをあきらめた。

深夜のクラブに出かけるのは体力的にキツイと考えたこともあるが、やはり Breakbot はナマでライブを観ておくべきだ、と考え直したからだ。特に「B-Side」アルバムに収録の彼らのの曲は気に入って、繰り返し聴いている。堕落のこころが芽生えて悪事に手を染めかけたが、すんでのところでぎりぎり思いとどまった感覚に近い。はっきりって、このブログを読んでも、「いったい何を言っておるのだ、コイツは?」と言うカンジかとはおもいますが、そういう葛藤も人生の中にはあったりする、という話である。 Breatbot はけっこう真剣にライブを観たいバンドだと再認識して思いなおしたが、なかにはまだギリギリ境界線に乗っているようなバンドもあったりして、今後くじけそうなことがあったら、つまり安易なほうに流れていきそうになったら、今日のエントリーを自分で読み返したいとおもう。

まあ、「寄り道」なのに自分を苦しめてどうする、という話もあるが、オレは山手線のスタンプを一駅集めたら、途中でやめられなくなってしまうタイプの人間なのである。

Breakbot Breakbot。このキャラもすてきだ。このように思い直してみると意外と道は開けるもので、新たにアップされた MySpace のスケジュールによれば、年内に何度かパリでライブがある模様。ちなみにコイツはパリジャンである。あらためてトライしたみたい。

2008年9月15日 (月)

Friendly Fires その3

< 2008. 09. 04 @ Fleche d'Or, Paris >

先月末レディング・フェスティバルでステージを見たばかりではあるが、パリの Fleche d'Or にやってくる、というのでまた Friendly Fires のライブに足を運んでみた。

今年のアタマ2月にはこの街で有料公演をおこなっていたし、まもなく11月にも再び大きなインディ・イベントで再度「来仏」するにもかかわらず、無料ライブを見せてくれるというのは太っ腹なものである。

会場は混んではいたが、どうにもならないほどのカオスということでもなく、今回初めて彼らをステージの最前列から鑑賞することができてとてもよかった。なにがよかったかというと、フロントマンの Ed が着ているニット・セーターがどのようなデザインのものか間近で観察できたことがよかった。ステージ登壇前に彼がオレの目を横切ったので、素材感もなんとなくだが確認できた。

実はレディング・フェスティバルで彼らを観たときに Ed の着ている洋服がかなり気になっていたのであるが、混雑した会場では遠めに眺めるしかなかった。ところが彼自身もこのニットはお気に入りと見え、全く同じものを2週間後のこのパリでも着てくれたのである。自分で洗濯したのかなあ。まあ、いずれにしてもおかげで、自分のアタマの中にだいぶ「どのようなデザインか」のイメージができた。そう、オレは年甲斐も無く芸能人のステージ衣装を参考にしながら自分の洋服を選んだりすることが多いのであった。そんなの実際買っても、あまり着る機会ないけどね。いや、おはずかしい。以上です。

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@ Fleche d'Or

このヒトのいわゆる「スラックス」ファッションには、なんとなくひきつけられるものを感じる。

ところで、アメリカで Wii のTVCMに使われているという [ On Board ] や、ご当地ソング [ Paris ] よりも、ニューシングルである [ Jump In The Pool ] の人気が高かった。というか、歓声の大きさが圧倒的に違った。先日のエントリー( Friendly Fires その2)で書いたばかりだが、サンバリズムはラテンの血を引くフランス人にも強くアピールしたようだ。特にこの Fleche d'Or は無料ベニューなので、「このバンドを観にきたわけではないが、なんとなく酒を飲みに来たパリジャン」の数も多い。サンバがかかればなにはともあれ条件反射的に皆「踊るあほう」である。

過ぎ行く夏を惜しむ夏祭りの様相であった。

● Friendly Fires その1

● Friendly Fires その2

* コメントバックができないので、追記します:

● いつもツボを得た新情報、ありがとうございます。実は「洗っていないのではないか?」という嫌疑はわれわれの仲間うちでも話題になったのですが、これでほぼ「クロ」と断定してよいのではないでしょうか。もっとも、実はこのライブを観た3日後にロンドン・イーストのデザイナーズ・セールと古着屋めぐりをしたのですが、このニットのイメージに直結する物件にはめぐりあえませんでした。もしかすると当人が「買占め」をしているのかもしれません。タンスを開けたら同じ服がずらり、というオバQ状態であれば、なおすてきです。

● リンクありがとうございます。一度観たら十分、というバンドが多い昨今、何度でも足を運びたくなる数少ない連中だと思います。11月のチケットも購入。セーターの一件についてはしつこく再確認する予定です。

● ふたたびコメントありがとうございます。この写真の「キモ」が『腹』であることに気がついていただいて、とてもうれしいです。この一枚は、実はライブ道が撮影したものではなく、同行した友人から分けてもらいました。いつも自分が撮ったボケ写真が多いので、ちょっとカッコいいやつを貼りたかったのです。その友人の一番のお勧めが、この「はら」写真でした。その方の連写の中にはかなりの怪作が含まれていたのですが、Ed氏の名誉のためにその友人が墓場まで持っていくことになっております。

2008年9月11日 (木)

Ash

< 2001. 05. 11 @ The Ocean, London >

< 2002. 08. 24 @ Reading Festival '02, Main Stage >

< 2008. 09. 06 @ The Astoria, London >

All Tomorrow's Parties (オール・トゥモローズ・パーティズ=ATP)という、ヴェルベット・アンダーグラウンドの名曲タイトルを、そのままイベントタイトルに持ってきた音楽フェスティバルがイギリスで催されている。いまやそれなりの歴史を持ち、確固たるポジションを築いているイベントだ。「明日をになう」、あるいは「明日を先取りする」といったあたりの意味合いなのだろうか。いずれにしろ、いまや日本でも知られた存在になってきていると思う。

このフェスティバルに出演するバンドのラインナップは明らかにその他のイベントと趣を異にしており、だいたいが玄人筋から評価を受けそうなアングラ系のバンドが大半を占めている。そのたいていは見たことも聞いたこともない連中なのだが、さすがにメインアクトあたりには Mogwai やら Yo La Tengo といった名前が見える。おそらく週末の3日間、めいっぱい繰り広げられるインディ感100%のこのイベントには、かなりコアな音楽ファン&おたくが結集するに違いないと思われるのである。コドモが生半可に手を出せない、濃いイベント、というのがオレの印象だ。

オレ自身は Mogwai や Yo La Tengo をリスペクトしているのではあるが、このフェスティバルだけは及び腰で、いまだに参加したことがない。で、50歳に手が届こうとしている昨今ではあるが、もうすこしオトナになってからでないと観にいってはいけないような気がしているのである。

ところで、今日のテーマは直接この ATP とは関係ない。関係ないが、実はこの ATP というオーガナイザーはこうした「アングラ」フェスティバルのほかにも各種いろいろな音楽イベントを主催しており、それぞれなかなか趣向が面白い。そのひとつに、これまた歌のタイトルから取った Don't Look Back (ドント・ルック・バック)という企画が時々あるのだが、それはなにかというと、Sonic Youth や Dinosaur Jr といったレジェンド系のバンドに、彼らの過去のある特定のアルバムだけをフルに演奏してもらう、という催しだ。

これはなかなか冴えたアイディアだと思う。「あのバンドに、あのアルバムの曲だけライブで演奏してもらいたい」というのは、意外な潜在意識としてヒトビトの気持ちの中にあると思うからだ。だがそうした企画は、現実のところあまり頻繁にはみられない。ATP の場合は、そういうトライアルを試みる余裕を持った、すでに「伝説」化しているようなバンドにプラスしてATP というブランドネームがくっついているので、なんとか成り立っていると思う。しかし現役のバンドがフツーにコレをやってしまった場合、「昔は良かったが最近どうもいまひとつなので、過去の曲と過去のファンに頼るのか?」という、ちょっとうがったネガティブな評価をされてしまいがちだからである。やはりミュージシャンとして、現役で新曲を出し続け、新アルバムをプロモートしなければいけない立場では、現実になかなかできる企画ではないのだと思う。ATPから呼ばれていないのに、つまり誰からも頼まれていないのに、みずから進んでこういったことをするミュージシャンは結果的に少ないのであろう。

ところで、いまだ「伝説化」まではしていないバンドでも、条件さえととのえば、こうした企画で我々ファンを楽しませてくれることがある、という経験をしたのが先週の Ash のロンドン公演だった。かれらはデビュー・アルバムである [1977] をそのままイベントのタイトルにしたライブで、そこに収録されている懐かしい曲すべてを演奏するとあらかじめ告知していたのである。

オレにとっては [1977] こそが Ash のすべてであり、そのあとは数々のヒット曲を含めて彼らの余生のようなものだと考えている。このアルバムは、それが世に出た1995年の間違いなく最高傑作だと思っている。同時に、そのあとの曲はMTVで流れているのを見れば、オレにとってはもう十分、という存在であった。だから Tim の音楽に対する姿勢などには共感ができる部分があるものの、もうわざわざライブを観るようなことはあるまい、と勝手に思い込んでいたのである。

ところがNMEに載っていた広告に、「[1977] をフルで演奏するライブ」と書いてあったものだから、ビッグ・サプライズであった。もちろん、うれしい驚きと同時に、こんなことやっちゃっていいの?という心配の入った驚きもである。オレのように「[1977] 以外はいまひとつ」と考えている人間からしてみると、「こっちはうれしいけど、世間的に『最近どうもパッとしないんですよ・・』と宣伝していることになりはしないか、そんなことより新曲売る心配しなくて良いのか?オマエら、まだそんな、『過去の大物』じゃあねえだろ・・」などなどと思ってしまったのである。

満員でごった返した会場の Astoria では、予想通り「年配」感のある客でにぎわっており、イマドキのコドモタチの姿は見られなかった。だが、楽しそうに演奏する Tim の姿を見ながら考えたのだが、いまの彼らにはこういった企画のライブをおこなうだけの理由が十分あることに気がついた。

Charlotte Hatherley が抜けてもとの3人編成にもどったわけだから、初心に帰って3人でこしらえた [1977] を演奏するというのは、新たなスタートとしておあつらえむきではないか。よく考えたらもうアルバムを発表しない、シングルしか出さない、と宣言しているのだし、ニュー・アルバムのプロモーション・ツアーも必要ないわけだ。そんなわけで、Ash としては今回のような「自主的 Don't Look Back」企画を催すのに必要な条件が整っていたわけだ。

背景はどうであれ、結果的に [1977] をフルで堪能できて、大満足な夜であった。もっとも「本編」のライブは当然ながら40分くらい(アルバム一枚分)で終了してしまうわけだが、そのあとそれよりも長い時間の「アンコール」が延々と繰り広げられ、「余生」に入ってからの各種ヒット曲はもちろん、 [1977] にも収録されていないデビュー・シングルや、スター・ウォーズがらみの楽曲等々、やりたい放題のステージであったのはご愛嬌である。

どんな屁理屈や言い訳をつけても良いので、こういった企画を他のバンドもどしどし行なってほしい、というのは勝手ではあるが音楽ファンの願いだと思う。

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@ Astoria

オレより一回り以上若い「オヤジ」客でごった返した会場は、皆満足げであった。

2008年9月 9日 (火)

The Rascals

< 2008. 08. 24 @ Reading Festival '08, Festival Republic Stage >

< 2008. 09. 05 @ Fleche d'Or, Paris >

先週はちょっと、『ライブ道』の難しさについて自問自答する瞬間があった。

毎晩無料ライブをおこなってる行きつけのライブハウス Fleche d'Or であるが、その夜はこういった4バンドのラインナップであったと想像してほしい。(演奏順)

①いままでに観たことがなく、是非観たいバンド

②いままでに観たことはないが、別に観なくても良いバンド

③かつて観たことがあり、再度観なくても良いバンド

④かつて観たことがあり、再び観ておきたいバンド

これを全部こなそうとすると、午後8時くらいから行って夜中までかかる。そのあとは明け方までDJが入ってクラブになるわけだが、オレはあくまで気になるバンドのライブを楽しみたいだけだから、通常はひとバンドかふたつほど選んで観るだけだ。「この腰痛とは、一生うまく付き合っていってください」と医者から言われている虚弱中年としては、何時間も立ちっぱなしなのはなかなか辛いものなのである。

いずれにしろ、①は当夜はずせないバンドだった。そしてできれば④も観たいと思う。会場に向かう道すがら、購入したばかりの④のデビューアルバムを聴きながら、準備万端でやってきたのである。そうすると問題は②と③だ。Flecha d'Or に入場した時点では、ビールを飲んだり友人と話したりしながらなんとか②と③をやり過ごそうと考えてはいた。特に②は「まだ観たことがない」バンドで MySpace でチェックしただけだから、もしかしたら意外と「当たり」だったりするかもしれない。

そう思いながら①のステージを楽しんだのであったが、会場がどんどん混んできたため急に腰砕けになり、②の登場を待たずにそのまま家に帰ってしまったのであった。④は残念だが次の機会に期待しよう。翌朝早い時間に起きて空港に行かねばならない、という事情はあったにせよ、微妙な判断ではあったし、大きな後悔はしていない。ただ、もし③の連中が②と同様に「いままで観たことがないバンド」であれば、なんとも帰る判断がつかずにずるずると居残っていたような気もするのである。つまり、オレの背中を「帰ろうよ!」、と押したのは他でもない、③のヤツラである。最近一回観てちょっとキツかったバンドだ。

で、③が誰かというと、今日のお題の The Rascals なのであが、そもそも一回観たと言っても積極的に観たわけではなかった。www.myspace.com/rascalmusic

先月のレディング・フェスティバル('08)。最終日の日曜は、ある時間から小テント、すなわち Festival Republic Stage にへばりついていたのだが、オレは基本的には太陽を求めてテントの外の芝生に寝っころがりながらビールを飲んで柿ピーを食べていた。観たいバンドが演奏するときだけテントの中に入ってステージの前まで駆けつけたが、それ以外の時間は外で音だけ聴きながら、友人と語らっていたわけである。

The Rascals は MTV で観た印象から、あえて観なくても良さそうなバンドだったのでそのまま外で寝ていたのだが、テントの中がそれほど満員にはならなかったために寝そべった腕枕の姿勢のまま、なんとなくステージの様子が垣間見えたわけである。したがって、少なくとも数曲は少し遠めに眺めることになった。「うーむ。まあ、そうですか。そうですよね・・・。」といううちに演奏も終了したのであるが、「なんかの機会にまた観る、ということもないだろうな。」という位置づけのバンドとしてオレの記憶に焼き付けられた。

そこで話はもどるのだが、もしこのとき「垣間見えて」いなければ、パリでも「まあ、一回は観とこうか。」となったような気もするのである。そうすればお楽しみの④までたどり着いていたようにも思うのであった。

『ライブ道』は一期一会、と以前書いたが、こういう思わぬ副作用を引き起こす「出会い」もあるのであった。 (ちなみに、④は The Wave Pictures である。日が悪かった。ゴメンよ、応援するとかブログに書いておきながら・・・。)

Rascals

オレは観なかったが、その夜の Fleche d'Or での演奏風景。Flicker より拝借。レディング・フェスでは「大入り」とはいかなかったが、ここパリでは人気の出る予兆が感じられた。最初のバンド①が終わった直後、「今のがRascalsだったんですか?違います?そうですか、間に合ってよかった。」と隣のフランス人に聞かれたからである。

なんだかよく判らないが観にいく、という話題先行パターンで波に乗ってビッグ・イン・フランスを目指すのも良いだろう。がんばってくれ。

2008年9月 5日 (金)

Rage Against the Machine

< 2008. 08. 22 @ Reading Festival '08, Main Stage >

上の日付を「赤字」で書いているのでお察しの方もあるかもしれないが、今日のお題は「今年のレディング・フェスティバルに行ってきたけど、メインステージのヘッドライナーである Rage Against the Machine は観ませんでしたよ。」という、ただそれだけの話である。

まあオレの場合、よほどのことが無い限りはフェスティバルのメインステージにおけるヘッドライナーを観ることはないのだが、夜の寒さと大群衆の混雑には耐えられない「ひ弱」な日本人中年サラリーマンなので勘弁して欲しい。

従って、そもそもあえて取り上げるまでも無いバンドではあったのだが、実はフェスティバルの前日の木曜日、レディングに向かうべくパリの空港でロンドン行きの飛行に搭乗する列に並んでいたら、同じ飛行機に乗りこむこのバンドのメンバー全員に遭遇したのであった。キャリアであるエール・フランスというのは、間違いなく世界一システムがダメな航空会社で、オレは極安チケットで後ろから3番目の席だったが、列の短い「ビジネス搭乗口」に堂々と並んでいる一方、間違いなくビジネスクラスに乗るであろうレイジのメンバー達は、「エコノミー登場口」の長蛇の列に並んでいた。そのため、ちょうど正面でお互い目が合う位置に対峙したのであった。

オレの同行者が、いきなり「おっ!いたっ、トム・モレロ!」と叫んだので、一緒になって必要以上に彼を凝視したために本人的にはキモチ悪かったと思う。ほかには誰も気にかけるような乗客はいなかったようだ。しばし考えたあと、レイジが明日レディングで演奏することを思い出し、それでは、と Tom 氏の周りを見回したら他のメンバーも発見した、というわけである。まあ、ボーカルの Zack de la Rocha 氏だけはすこし離れれて並んでいたのは、やっぱりそういう人間関係なのかなあ、などとも思ったりしたものである。だが彼の髪型はオレの知っているドレッドではなくて、かなりフツーのものであった。Tom 氏ではなく、Zack 氏を見ただけでは、レイジとは気づかず、ただのマグレブ人と思って見過ごしたに違いない。

翌日になってフェスティバルの会場内を歩いていると、いるわいるわのレイジTシャツだらけである。なぜ彼らが昨日パリから飛んできたかを無言で「説明」してくれるヒトもいて、おもわず「なるほど!」とヒザを叩いた。当たり前といえば当たり前だが、レディング公演の前は、パリ公演なのであった。↓

Reading_2008_025

コアなファンの髪型は基本的にドレッドであり、このボーカリストの現在の髪形を真似よう、という奇特な者はあまり見受けられなかった。

例によって暗くなりかけてきたころホテルに帰った。シャワーを浴びてつまみをほおばりビールを飲みながらBBCのチャンネルをひねる。だいたいこの時間はヘッドライナーの生中継を中心に本日のハイライトを流しているのである。せっかくの縁だし、テレビでくらいは見てやるか、というのがこちらの姿勢であった。

ところがなぜだか不可思議にもレイジの映像だけ出てこない。こいつらやりやがったな、とピンときたとおり、後日調べたら「ライブ映像はバンドの意向により放映禁止」とのことであった。だったらフェスに出るなよ、とも思ったが、よく考えたら、「だったら最後まで残ってナマで観ろよ」というのが正解であろう。

2008年9月 4日 (木)

Future of the Left その2

< 2008. 08. 22 @ Reading Festival '08, Radio One Stage >

人間ついヒトになにか物をあげたくなってしまう瞬間というのがあるようだ。先月のレディング・フェスティバルで Future Of The Left を観ていた時に、そんなことを思った。

フェスティバル初日の金曜日、真昼間の最初のバンド、というポジションではあったものの、大テントすなわち Radio One Stage での登場である。なにはともあれ、よくぞここまで来たもんだ、と大きな感慨を持たずにはいられなかった。

このバンドの紹介のときに必ず枕コトバとしてつく「元McLusky」はオレの興味のまったく対象外ではあったが、レディング・フェスティバルには今を逆のぼること5年前の2003年に、小テントである Carling Stage にはがんばって出演していたようである。とはいっても、McLusky がこの日の夕方出演していた全くおなじ日、同じステージで、昼から午後早めにかけて演奏していたのは、当時は全く無名の Franz Ferdinand であり、Billy Talent であり、そして Razorlight であった。実力の世界とはいえ、各バンドのその後の活躍を考えれば、まさに世の無情を目の当たりにする思いである。(まったくちなみにだが、オレがこの日このステージで観たのは、Rocket Science という、いまはすっかり地元のAustralia に引っ込んでしまった地味目のバンドだけであった。けっこう好きだったんだけど。というか、フランツ見逃してたんですね、オレ。)

もちろん、この Future of the Left に話を戻せば、オレのお気に入りであった方、もうひとつの枕コトバになっているバンド「元Jarcrew」については、こうした華やかなフェスティバルには全く無縁のまま終焉を迎えたのである。そう考えると、バンド解散をそれぞれ経験したメンバー達にとっても、このレディングの大テントで演奏するというのはかなり錦を飾ったカンジがしたに違いない。しかも、この日最初のバンドとはいえ予想外の熱気に包まれた客の入りである。無論、この大きなテントを満杯にというわけにはいかないが、例年ここに通って昼いちばんに出てくるバンドがとてつもなくさびしい中で演奏しているのをよく知る身としては、この盛り上がりは驚きですらあった。メンバー達もうれしかったに違いない。

いよいよ演奏も終了し、観客の拍手と歓声が続く中、ドラマーがスティックを何本も何本もオーディエンスに向かって放り投げ始めた。他のメンバーもピックを何枚も投げているようだ。当然メンバーも観客も大喜びである。ここまではよくある光景として眺めていたのだが、ついにスティックならびにピックの在庫が切れたらしい。ベーシストの Kelson (元Jarcrew)がズボンのポケットに何度も手を入れるや、モノはな